岩田行雄の憲法便り・日刊憲法新聞

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2013年 06月 18日

憲法便り#63 昭和20年の憲法民主化世論 新聞記事編(第16回)12月21日付毎日新聞社説

2013年6月18日(憲法千話)

憲法便り#63 昭和20年の憲法民主化世論 新聞記事編(第16回)12月21日付毎日新聞社説

「微温に過ぐる憲法改正案」

今日は、昭和20年12月21日付『毎日新聞』の「社説」を紹介します。
題名は、「微温に過ぐる憲法改正案」。

この社説の背景には、次の事情があります。
戦犯容疑者に指名された近衛文麿が、出頭当日の12月16日午前5時頃に自宅で服毒自殺を図り、
55歳で世を去ります。
その5日後、葬儀当日の12月21日に、『毎日新聞』(大阪)が、「故近衛公の憲法改正草案 天皇の統治権を固執し民主政治に徹せず 『地方自治』を加え八章百ヶ条」の見出しで報じています。これは、『毎日新聞』のスクープ報道です。
『毎日新聞』(東京)も同じ内容の記事を掲載していますが、見出しを「近衛公の憲法改正草案 統治権は萬民翼賛 草案内閣に御下渡し 一月中には成案」としています。二つの見出しを比較すると、「『地方自治』を加え八章百ヶ条」とした大阪版の見出しの方が本質を明確に伝えており、優れています。
しかしながら、報道されたの内容は近衛案ではなく、同じく内大臣府御用掛であった佐々木惣一が、内大臣府廃止当日の11月24日に、天皇に進講した佐々木案そのものの要約です。したがって、葬儀当日のスクープ報道は、偶然の一致ではなく、佐々木惣一本人か、この間の事情と佐々木案を知り得る人物による、一定の意図を持った情報提供であったと考えられます。
そのスクープ報道をした『毎日新聞』が、翌日にスクープ記事の内容を冷静に、そして批判的に論じているところが何とも興味深いものです。
下記のコピーは、昭和20年12月21日付『毎日新聞』(大阪)版です。

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【見出し】
「微温に過ぐる憲法改正案」
【記事】
近衛公がその自決にいたるまで皇室のことを憂慮した苦哀はよく判る。しかし皇室の尊嚴が、今日までの天皇政治と不可分のものと考へたごとき跡は今回の公の憲法改正案を見て明かである。いはば同公が上奏した憲法改正案は微温的の一語につきる。統治権の條章について何ら觸れてゐないことはその根本的缺陥である。われらのしばしばいふ通り、天皇が統治権を総攬するといふ憲法の條章を存置することは、將來疑義の因となり、あるひは反動的分子の惡用するところとならぬを保し難いのである。これらの條章は、今日までの憲法、すなはち民主政治にあらざる時代のわが憲法においてこそ、その根本理念を表明したものであつた。それは、民主主義政治を否定する理念に出発してゐるのである。從つて、この條章を今後の民主主義日本にあてはめてゆかうとするのは、そもそも無理な努力であることは明らかである。
 近衛公らは、この改正案を草するに當つて、議會の権能を擴大強化することにのみ力を拂つてゐる観がある。民主主義政治の実現のためには、議會の権能を強化することが前提要件であると考へるのはよい。しかし、議會といふものは、民主主義政治思想が國民の間に完成した上では強いものであつても、その完成以前の道程においては、殊に軍國主義、右翼思想のあれほどに跋扈した直後のわが日本の議會といふものは、まだ決して強固な思想的地盤の上に立つていると考へてはならない。如何に法文の上で立派な権能強化を謳つたところで、それが直ちに議會の本質的強化となつたと考へるわけにはゆかないのである。
現にわが國の軍閥は、今日まで如何に議會に対して憲法違反的抑壓を加へて來たか。議會の法文上に與へられた権能も、軍閥が國家國民に強制した誤れる思想の前には、事実上無効に帰するのである。この意味において、われらは制度や條文の力に頼る前に、思想の力を恐れる。しかしてかかる誤れる思想の再興を防止するためには、かかる思想と過去において結びついたところの、しかしてまた將來において結びつき易いところの、統治権の條章を廃し、これに代ふるに、民主主義政治思想を象徴し、またその思想の完成を可能ならしめるやうな條章をもつてすることが必要であると確信するのである。それによつて、新憲法と國民の民主政治思想とが時の経過において因となり果となつて相互にその実質的力を培養し合ふことの出來る條章が必要なのである。例へば、民間人で組織する憲法改正調査會がさきに決定した改正案のやうに、天皇は單に「栄誉の淵源として國家最高の地位にあり、國家的儀禮を司る」となし、また「天皇は内外に対し國を代表す」るにすぎないものとするのも一案であらう。かやうにしても、天皇に対する國民の信仰は決して減殺されるやうなことはない。
 天皇は、かやうにして國の元首として條約などにおいて國を代表する。しかし、天皇は國務を親らせずといふことを憲法において明文化することが必要である。近衛公も、憲法改正を現行憲法の解釈運用によらず成文の上で改正する必要があると上奏してゐる。その趣旨は、成文とすることによつて、將來疑義の起ることを避けようといふのであらう。然る上は、天皇の憲法上の地位を具体的に明確化すべきであつて、それが天皇に不測の累をおよぼさぬことともなるのである。
 総じて近衛公の改正案は、公自身の政治生活の道程において、いつも痛切に感じてゐたに違ひないところの、軍の政治干犯や官僚の委任立法による議會軽視などの弊害を、改正憲法において除去することにのみ急であつて、今日のわが國が文字通りの革命に際會してゐることを彼は実際に知らなかつたといへる。
 憲法改正にあらずして新憲法の制定とさへ考へてよいくらゐの今日なのである。政府が、もしこの近衛案を基礎にして立案するつもりならば、決してこの大問題は解決出來ず、從つて、わが日本を正しい民主政治の軌道に乗せることは出來ない。國家百年の大計を誤ることなきを政府に切望する次第である。

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by kenpou-dayori | 2013-06-18 07:00 | 戦後日本と憲法民主化報道


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