2013年 08月 22日

憲法便り#225 ナチスの手口(17)政党新設禁止法

2013年8月22日(木)

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「ナチスの憲法」と呼ばれるものには、「日本国憲法」のように体系化されたものはありません。「ワイマール憲法」の機能を停止した大統領令およびそれに続く一連の法律のことを指します。
したがって、「ナチス憲法」と呼ばずに、「ナチスの憲法」と呼ばれます。

I については、すでに詳しく紹介しましたが、これが「ナチスの憲法」の始まりです。

Ⅱは、「授権法」あるいは「全権委任法」と呼ばれるもので、現在、テレビのコメンテーターなどが、麻生副総理の「ナチス発言」後に、話題にしている法律ですが、これは「ナチスの憲法」の始まりでも、全体を示すものでもありません。
全体像は、下記のI-XIの法律群を指します。

文中の、ライヒは「国」、ラントは「州」を意味します。
ヴァイマルは、一般的には「ワイマール」と表記されています。

今回は、七番目の法律についてです。

Ⅶ 政党新設禁止法(1933年7月14日)(注29)

 ライヒ政府は、次の法律を議決し、ここにこれを公布する。

§1〔唯一の政党としての民族社会主義ドイツ労働者党〕
 ドイツにおいて存在する唯一の政党は、民族社会主義ドイツ労働者党である。

§2〔罰 則〕
 他の政党の組織的団結を保持すること、または新政党を結成することを企てる者は、その行為が他の法規定によって本法に定めるところ以上の形が定められていない限り、3年以下の懲役または6ヵ月以上3年以下の禁錮に処す。
     ベルリーンにて、ライヒ総理大臣 アードルフ・ヒトラー
             ライヒ内務大臣 フリック
             ライヒ司法大臣 博士 ギュルトナー
     
(注29)ヒトラーは、全権授権法制定後、6月22日に社会民主党を禁止したが、本法でもって一党独裁制を確立しようとしたのである。

「ナチスの憲法」の全体像
I 民族および国家の保護のためのライヒ大統領令(1933年2月28日)
Ⅱ 民族および国家の危難を除去するための法律(1933年3月24日)
Ⅲ ラントとライヒとの均制化に関する暫定法律(1933年3月31日)
Ⅳ ラントとライヒとの均制化に関する第二法律(1933年4月7日)
Ⅴ 職業官吏制の再建に関する法律・・・・・・・(1933年4月7日)
Ⅵ 国民投票法・・・・・・・・・・・・・・・・(1933年7月14日)
Ⅶ 政党新設禁止法・・・・・・・・・・・・・・(1933年7月14日)
Ⅷ 党および国家の統一を確保するための法律・・(1933年12月1日)
Ⅸ ライヒの改造に関する法律・・・・・・・・・(1934年1月30日)
Ⅹ ライヒ参議院の廃止に関する法律・・・・・・(1934年2月14日)
ⅩⅠ ドイツ国元首に関する法律・・・・・・・・(1934年8月1日)

この内容と問題点を正確に伝えるために、次の文献を引用しました。
高田敏(たかだ・びん)・初宿正典(しやけ・まさのり)編訳
『ドイツ憲法集〔第3版〕』〈講義案シリーズ17〉(2001年、信山社)

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by kenpou-dayori | 2013-08-22 07:30 | ナチス


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