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岩田行雄の憲法便り・日刊憲法新聞

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2013年 09月 30日

憲法便り#337 歴史の証言『ヒットラ来り去る』より、第一話「二つの戦勝演説」

昭和20年9月17日から25日までの間に、『ヒットラ来り去る』と題する連載が、下記の通り、6回にわたって掲載された。
筆者は、前ベルリン支局長守山義雄(1910-1964)。この連載を執筆した時、彼はちょうど30代半ばである。朝日新聞大阪本社勤務。

各回とも、第二次世界大戦中のヨーロッパの生々しい様子、そして人々の息づかいが伝わってくる名文である。
連載全体については、下記の通り。
今日は、①9月17日二面「失われた言論:離反する“思想の闇”、勝利のみが支えた独裁」から、「二つの戦勝演説」の部分を紹介する。(旧字体の漢字、および旧仮名づかいは改めた。)

【二つの戦勝演説】
「さる五月八日の夕べのことだ。全欧州の教会という教会の鐘は、平和克復のよろこびを□□たる余韻に托して、鳴りひびいていた。ふたたび起った独逸は、ふたたびそこに屈したのだ。天は勝敗を公平には分配しない。わが伯林(ベルリン)大使館の防空地下室で、われわれはその鐘の音を人ごととしてきくことはできなかった。みんな黙々として、それぞれの物思いに耽(ふけ)っていた。誰かがラジオのスイッチをいじった。波長はロンドン放送局だ。ジョージ六世のすこぶる人間的な声が対独勝利の日の勅語を読んでいる。背景にやはりウエストミンスターの鐘の音がきこえてくる。そのあとでチャーチルの演説がはじまった。それは彼の生涯になされた演説のなかで、最も確信にみちた得意の絶頂にある言葉であった。今後世界を支配する民主主義はわれわれの考えているデモクラシーでなければならぬ、と彼が突如としてデモクラシーの解釈について問題をなげだしたのもこのときであった。しかしこのチャーチル演説のなかで、筆者に打ちのめすがごとき痛撃をあたえたのは、次のような一句である。

《余はこのたびの戦争を通じて、われわれイギリス人がもっている議会制度が、政体として地球上で最もすぐれた組織であることを確信した。大英帝国の勝利は実にわが政体の勝利、言論の勝利であった。》

彼は欧州の全体主義独裁国家が、何故に敗退しなければならなかったかということを、みごとな間接法の表現のなかに的確に喝破した。敵も味方も、あるいは政敵も同志も、すべてのイギリス人がこの勝利の日の瞬間に、彼の言葉に自らなる誇りを感じたにちがいない。筆者はチャーチルの言葉をききながら、ちょうどそれとは全く対蹠的なあの日のヒットラの言葉を思いだしていた。それは一九四〇年の夏、フランスを六週間の電撃戦で圧倒したヒットラが花と旗で埋った伯林へ凱旋してきた時のこと、国会の壇上にたった彼は、満場を睨みつけて絶叫した。

《諸君、余はこのたびの西方における戦闘の経験を通じて、われわれ独逸が現在もっている国家社会主義(ナチズム)が地上における最もすぐれた組織であることを確信した。この戦争が完全なる独逸の勝利に終った暁には、余はますます国家社会主義者として徹底するであろう!》」
(次回、「誤れる栄光の眩惑」に続く)

ここで、二つの点について触れておきたい。 
第一は、チャーチルが反共主義者であったこと。したがって、「われわれイギリス人がもっている議会制度が、政体として地球上で最もすぐれた組織であることを確信した」という表現は、単に「国家社会主義」との比較ではなく、ソ連邦の「社会主義体制」を意識したものであったと言うことが出来る。
 第二は、つい先日、イギリス議会が、米オバマ政権が打ち出した「シリアへの武力攻撃」に同調するイギリス政府の提案を否決したことは、記憶に新しいところである。この点では、チャーチルが強調した「政体として地球上で最もすぐれた組織」の伝統が息づいていることを証明したとも言えよう。


前ベルリン支局長 守山義雄著「ヒットラ来り去る」の見出し一覧。 
①9月17日二面 失われた言論:離反する“思想の闇”、勝利のみが支えた独裁。
②9月18日二面 制服文化の失敗:沙漠のナチス楼閣、恐喝者をつくる教育。
 (9月19日、20日は刊行停止)
③9月21日四面 ルーレットと戦争:切りあげの“潮どき”、運命かけた恐ろしい偶然。
④9月23日二面 開戦の秘密:遂に陥る侵略の轍、鍍金のはげた戦争目的。
⑤9月24日二面 英雄国を滅ぼす:買手なき“民族理論”、こけおどしの「舞台美術」。
⑥9月25日二面 世界戦の遺:業病の血、軍国主義。同胞よ、新鮮な空気の中に。

〔次回以降の予告〕①9月17日二面「失われた言論:離反する“思想の闇”、勝利のみが支えた独裁」の全文を、「二つの戦勝演説」のあと、「誤れる栄光の眩惑」、「自由なきペンの兵」、「盲聾唖の奴隷状態」の順で紹介します。


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by kenpou-dayori | 2013-09-30 07:15 | ナチス


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