岩田行雄の憲法便り・日刊憲法新聞

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2015年 03月 25日

憲法千話・憲法施行に際しての社説No.13:昭和22年5月3日『山形新聞』社説「新憲法の出発」

2015年3月25日(憲法千話)

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憲法千話・憲法施行に際しての社説No.13:昭和22年5月3日『山形新聞』社説「新憲法の出発」

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下は、5月3日二面
「平和と文化の国ここに生る」「桜花の下に祝典」「全県あげて感激の渦」。
この見出しは、記者が本当にそう感じていなければ書けないものと思う。
その隣には、『山形県民の歌』が楽譜月で紹介されている。
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社説「新憲法の出発」
 神国と言われた日本に神風ならぬ民主風が吹きこんで花らんまんの今日民主憲法の誕生を見たことは、一切の偽装、嘘(?)をかきむいて日本をして人間社会の国家であることを内外に告白したところの世界史的意義をもつものであろう。
 どんな国家でも、その仕組みの基本法典は無理、独善、策略(?)にみちたものであってはならない。即ち内容に本前性がない限りどのような宣言をうたったところの憲法を発布してもその生命は極めて短いのである。
 万世不磨の法典とされた明治憲法は僅かに五十有余年の半世紀にして終りを告げたことは□に故なしとしない。
 今日のこの新憲法は敗戦という外郭的事実を契機として制定されたことは否定出来ないのであるが、その更新された実質的の意味あえは不自然且不条理なるものには永続性がないものであるという国家社会発展の公理が示現されたものといえる。
 公布後六ヶ月という準備期間があったに拘らずその準備が完成しているであろうか。
 貴族院が参議院に代って議員の選挙が済んだことと都道府県市町村の首長が公選されたことなどはいかにも新憲法実施の準備であったには相違ないが、この新憲法実施と同時に民主仕組みが出発したとは言えまい。
 国民の基本的人権を保証するところの諸々の立法は殆ど出来ていない。ここに旧議会と政府の怠まんが顕著であることがとがめられなければならない。次ぎに国民は果して新憲法と言う衣替えをする程の民主意識を□取しているであろうか。
 例を挙ぐれば各種選挙にみる女性の不振、未だ官尊民卑思想の □逸諸現象、本県に於ける地方区参議院議員選挙に際して行われたところの、その物資不足につけこんだ謀略的誘惑選挙等は、候補者の卑劣不純も批判されようが、これら民主政治のバチルスにマンマと乗せられるところに国民としての県民に自覚なき不明を嘆かれるのである。
 旧議会、政府にして然り、国民にして亦然り、新憲法の光沢が隅々に浸透して真に日本が衣替えをするのは果して何時の日であろうか。
 而も官公諸団体にして新憲法普及に関する積極的果敢な行動は未だに顕著なるものが殆ど見受けられない。一方取締官憲にあっては買収的選挙に関する轟轟たる巷間の風評については、そ知らぬ風に見え、単に選挙施行が終ったことに□如たるが如き態度にあることは、いかに新憲法のかざす民主政治の達成を妨げることであろうか。
 われわれはこの新しい民主憲法を国民一体となって身につけるためには、更に積極的な啓蒙的普及運動に力をつくすことと、苟(いやしく)も民主政治の障害となるべき法的非難に対して断固仮借の手をこまねくべきではない。又之を等閑にする官憲の怠慢と□□的なる居眠り態度を許すべきではあるまい。
 新憲法が虚偽、擬、制をかなぐり捨てて、天皇を名誉職的地位にお戻ししたことや国会を最高機関に引き直ししたことで、民主日本の夜明けとはならないはずである。
 新しい憲法の切り開いてくれた窓に光りをさし込ませるためには、先ず憲法の掲ぐる理想追求のための啓蒙運動と諸々の選挙に対する構成を期することを揚言して新憲法実施の言葉としたい。

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(典拠は、国立国会図書館所蔵マイクロ資料)
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by kenpou-dayori | 2015-03-25 06:50 | 憲法千話・憲法施行に関する社説


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