岩田行雄の憲法便り・日刊憲法新聞

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2015年 04月 12日

憲法便り#730:ドキュメント・朝日新聞上丸洋一編集委員への憲法研究協力とその中止について(第一回)

2015年4月12日
2015年4月13日

2015年4月14日標題の加筆変更
【変更前】:『朝日新聞』編集委員への協力の経緯とその中止について』
【変更後】:ドキュメント・朝日新聞上丸洋一編集委員への憲法研究協力とその中止について

〔第一回〕出会い―2014年6月29日午後

去る4月1日から、『朝日新聞』夕刊は、「新聞と9条」という題名の長期連載を開始しました。
筆者は、同社編集委員上丸洋一氏です。

私は、2014年6月29日午後、「早稲田九条の会」(*早稲田地域の九条の会)から依頼を受けて、『世論と新聞報道が平和憲法を誕生させた!』と題する講演を行いました。内容は、十年間の研究の集大成です。講演時間は、2時間。参加者は約30名。私が直接チラシを届けた知人も10人ほどが参加して下さっています。

私は、参加者が十人前後でも、数百人でも、決して力を抜くことなく、最良の講演を心がけています。これまでの経験で、小学生から93歳の東工大名誉教授まで実に様々な方が聞いて下さっているからです。

6月29日も、講演終了後、ご挨拶をいただいた方の中には、早稲田大学名誉教授で憲法学者の浦田賢治先生、東秩父のFさん、富岡市から参加なさった若い女性もいらっしゃいました。
浦田先生からは、「これまでに知らない、新しいことがいくつかありました」と、名刺と共にお褒めの言葉をいただきました。浦田先生の御高名は存じ上げていましたが、お目にかかったのは、初めてです。
こういうことがあるので、絶対に手抜きはしません。
それに、有名人ではない私の講演を、それぞれの方の人生の、大切な時間をさいて聞きに来て下さるのですから、手抜きは絶対に出来ません。

そして、最後の方で名刺をいただいたのが、上丸洋一氏でした。
「今までいろいろな講演を聞いてきましたが、このような実証的な講演は、初めてで、感銘を受けました。来年は、戦後70年ということで、各社が準備をしていることと思いますが、朝日でも何か特集を組めればと思っています。何を書くかは、まだ決っておりませんが、場合によっては、一度お話しを伺いたいので、その時には時間をとっていただけますか?」とのこと。
彼はこの日、会場で販売されていた拙著2点、『検証・憲法第九条の誕生』および、刊行間もない『世論と新聞報道が平和憲法を誕生させた!』の両方を購入して下さっていた。

私は、「他の予定と重ならない限りは、いつでもご協力します。」と応えました。
上丸氏は、「せっかくお話しをうかがっても、記事に生かせないかも知れませんが」と言い添えましたので、
「それは、かまいません」「ご連絡をお待ちしています。」と答えて当日の会話は終りました。
憲法の講演会はおおまかに言って、情勢論、運動論、体験談、憲法の意義論、平和論と様々なテーマがありますが、私の場合は、日本国憲法成立過程を巡る実証的なものです。
上丸氏と出会った当日の講演のレジュメを、ここで紹介しておきたいと思います。

レジュメは1-21頁ですが、参考資料として、22頁は「ナチス憲法の全体像」、23-25頁は昭和20年から22年の憲法書リスト。メモを取らないでも済むように、構成してありますが、いま、改めて見ても、かなりの分量です。
休憩なしで2時間の講演は、お聞きになる方も大変です。なぜ休憩なしかと申しますと、過去の経験から、集中力をとぎらせないためです。

【レジュメの資料】各ページは、
行動する研究者・岩田行雄のプロフィール
〔資料1〕講演の主な参考文献と資料
〔資料2〕平和と憲法の民主化を求める世論(1945年9月~12月の全国各紙より)
〔資料3〕日本全国に吹く民主化の風!『朝日新聞』『讀賣報知』(共に東京版)より               
〔資料4〕1945年9月46年3月に作成された主な憲法改正草案・提言の一覧表     
〔資料5〕法制局内部で敗戦直後から密かに、自発的に検討された憲法改正文書より
〔資料6〕外務省内の憲法改正問題に関する検討文書より(外務省の公式文書!)
〔資料7〕◎憲法研究会『憲法草案要綱』(1945年12月26日)抜粋
〔資料8〕●松本烝治国務相『憲法改正私案』(1946年1月4日稿)(極秘)【抜粋】
〔資料9〕 GHQ民政局の「憲法草案作成委員会」の構成とメンバーの原簿
〔資料10〕日本政府とGHQの動き=明治憲法押し付けと平和憲法制定の攻めぎ合い
〔資料11〕ラウエル著『民間の研究団体により提案された憲法改正案に関する註解』
〔資料12〕2月13日に外務大臣官邸でGHQ草案を手渡した際の『記録』より
〔資料13〕『1946年2月22日午後のホイットニー将軍達と松本博士達の会談記録』より
〔資料14〕「戦争放棄」の原点は「パリ不戦条約」(1928年)に!
*参考資料「その他の戦力」について
〔資料15〕1945-1946年の 世論調査に見る憲法改正に関する国民の意識
〔資料16〕 衆議院での実質審議(1946年6月25日~8月24日)と主な資料
【フリートーキングのための資料】
〔資料17〕「ナチスの憲法」と「ナチスの手口」
〔資料18〕日本国憲法公布および施行をきっかけに刊行された様々な憲法書より

準備段階からの書き込みがある、実際に使用したレジュメ(A4サイズ)の画像を、2頁づつスキャンして紹介しておきます。赤ペンでの書き込みも随所にあります。
レジュメの途中に挿入した新聞紙面の画像は、講演当日に、ホワイト・ボードに張り出して説明に使ったものです。

まず、、レジュメに沿っての話に入る前に、以下の表により、様々なことが同時進行していたことを説明。
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以下、レジュメに沿って進行。
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「憲法研究会案」の報道について、読売、毎日、朝日三紙の見出しと記事の位置の比較。見出しと、記事の位置がいかに重要であるかを実物で示したものです。
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昭和21年2月1日付『毎日新聞』の「スクープ」記事。これは誤報であった。
この「スクープ」報道の真相に迫る詳しい研究は、拙著『世論と新聞報道が平和憲法を誕生させた!』で述べている。
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最後に部分的に読み上げた二つの文章。拙著『検証・憲法第九条の誕生』より
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by kenpou-dayori | 2015-04-12 18:02 | 朝日新聞ドキュメント


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