岩田行雄の憲法便り・日刊憲法新聞

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2015年 05月 11日

憲法便り#986 第九条の条文の変遷ー草案から確定まで(『検証・・・』(第六版)より「第三章」

2015年5月11日(月)(憲法千話)

憲法便り#986 第九条の条文の変遷ー草案から確定まで(『検証・・・』(第六版)より「第三章」


『検証・憲法第九条の誕生』(増補・改訂 第六版)より
第三章 第九条の条文の変遷―草案から確定まで


この章では、憲法第九条の条文が、憲法草案の段階から、衆議院本会議での修正案可決まで、どのように変化したのか、その変遷を辿る。
当初、憲法草案は、文語体、カタカナで書かれていた。そして三月五日案では、第九条の動詞の態は能動態であったものが、四月の「想定問答集」では、第二章で見たように、受け身(受動態)で書かれていることの意味を強調している。第九条は能動態と受動態で何回かの変更があったが、最終的には能動態で確定されている。
憲法の条文全体も、多面的な論議を経る中で、文語体から口語体に、カタカナからひらがなに書き換えられ、そして、内容も簡単な文言だったものが、豊富な内容を持つものになっている。その変遷の様子は、以下に掲げる各条文を比較することにより、具体的に辿ることが出来る。
日本文の他に、GHQ文書の中からも、第九条の部分を原文のまま掲げた。
この調査は国立国会図書館で行い、憲政資料室及び議会官庁資料室の書籍の閲覧、さらに国会図書館のホームページ上で公開されている資料を参照した。多数の資料の中で、参考にしたのは左記の通りであるが、主として参考にしたのはハッシー・ペイパーズ(Hussey Papers )および佐藤達夫文書である。
ハッシー・ペイパーズは、新憲法草案作成に参画したハッシー(Alfred R. Hussey, Jr., 1899 -? :GHQ民政局政治課長(または政務課長)、海軍中佐、弁護士)が保存していた文書。多数の書き込みが残されている第一級の原資料で、マイクロフィルムもある。
佐藤達夫文書は、憲法改正実務の中心を担った、当時の法制局次長佐藤達夫(一九〇四―一九七四)が所有していた資料。佐藤達夫文書にも多数の書き込みがあり、憲法改正案論議の過程が記されている。これまた第一級の原資料である。国立国会図書館のホームページ上でも一定の部分を見ることが出来る。

①憲法研究会の憲法改正要綱(一九四五年一二月二六日付け、十二月二十七日発表)
憲法研究会案の起草メンバーは、高野岩三郎、馬場恒吾(つねご)、杉森孝次郎、森戸辰男、岩渕辰雄、室伏高信(むろぶせ・こうしん)、鈴木安蔵の各氏。
この案にはGHQが強い関心を示し、マッカーサー草案に強い影響を与えた「日本国憲法の源流」ともいうべきもの。ただし、戦争の放棄にはふれていない。
②高野岩三郎「改正憲法私案要綱」(一九四五年一二月二八日)
冒頭の「根本原則」の項において、
「天皇制に代えて大統領を元首とする共和制の採用」を主張している。高野岩三郎が憲法研究会案よりもさらに民主的な要素を盛り込んだ私案。
③ラウエル「私的グループによる憲法改正草案(憲法研究会案)に対する所見」(一九四六年一月十一日)。
憲法研究会案にGHQが強い関心を示していた文書(以下、国立国会図書館ホームページより引用)
〔資料名〕
Memorandum for Chief of Staff.
Subject : Comments on Constitutional Revision proposed by Private Group.
〔年月日〕11 January 1946
〔資料番号〕
GHQ/SCAP(民政局文書)
GHQ/SCAP Records
Government Section; Box No.2225: «The Japanese Constitution »:〈Sheet No.GS(B)02090-02092〉
〔所蔵〕国立国会図書館
〔原所蔵〕米国国立公文書館(RG 331)
〔注記〕マイクロフィッシュ
〔解説〕GHQは陸軍中佐で、民政局作業グループ法務班長のラウエル(Rowell, Milo E:1903-1977)を中心として、日本国内で発表される憲法改正諸案に強い関心を寄せていた。なかでもとりわけ注目したのは憲法研究会案で、ラウエルが綿密な検討を加え、所見をまとめたものがこの文書。彼は憲法研究会案の諸条項は「民主的で賛成できる」とし、国民主権主義や、国民投票制度などの規定については「著しく自由主義的」と評価。憲法研究会案とGHQ草案との近似性は早くから指摘されていたが、一九五九年にこの文書の存在が明らかになったことで、憲法研究会案がGHQ草案作成に大きな影響を与えていたことが確認された。
ラウエルはカリフォルニア州出身。スタンフォード大学ロースクールで法学博士号を取得し、一九二六年から弁護士となり、一九四三年に兵役についた。大戦中は占領行政などを学び、一九四五年九月に来日。主に憲法問題を担当し、明治憲法の分析や憲法研究会の検討などを行った。GHQが草案作成をする運営委員会のメンバーであった。
④一九四六年二月一日付『毎日新聞』がスクープした「憲法問題調査委員会試案」。(これは誤報であった)。
⑤民政局会議でのホイットニーの演説(一九四六年二月四日)。「戦争放棄」についてふれている。
⑥一九四六年二月七日から十日頃と推定されているGHQによる英文の憲法原案骨子(Hussey Papers No.8)
⑦「戦争放棄」を初めて明文化した一九四六年二月一〇日付の英文の憲法素案である「チェック・シート」(Hussey Papers No.10)
⑧マッカーサーから一九四六年二月一三日に提示された英文草案(Hussey Papers No.12)
⑨マッカーサー憲法草案手交の際の日本側会談録(一九四六年二月一三日)
⑩マッカーサー憲法草案手交の際のGHQ側会談録(一九四六年二月一三日)
⑪「日本国憲法」(三月五日案)(佐藤達夫文書四一)
⑫三月六日に提示された英文草案(三月五日付文書)(Hussey Papers No.26)
⑬一九四六年三月六日付の「憲法改正草案要綱」(佐藤達夫文書四六)
⑭一九四六年四月五日付の日本国憲法[口語化第一次草案](佐藤達夫文書七二)
⑮一九四六年四月一三日付の日本国憲法[口語化第二次草案](佐藤達夫文書七二)
⑯一九四六年四月一七日発表されたひらがな口語体「憲法改正草案」(佐藤達夫文書七四)
⑰帝国議会における審議のために法制局により一九四六年四月~六月に作成された「憲法改正草案に関する想定問答」及び「憲法改正草案逐条説明」
⑱衆議院で修正可決された「帝国憲法改正案」の一九四六年八月二一日付報告書(佐藤達夫文書二〇八)
⑲一九四六年六~八月に二一回行われた第九〇回帝国議会衆議院「帝国憲法改正案委員会議録」
⑳一九四六年七~八月に一三回行われた第九〇回帝国議会衆議院「帝国憲法改正案委員小委員会速記録」

次に十一種類の資料から第九条の条文を掲げ、比較する。
【資料一】「チェック・シート」(ハッシー・ぺイパーズ・ナンバー⑩)「戦争放棄」を初めて条文化した英文の憲法素案
Hussey papers No.10(1946.2.10) / Check sheet,
Government Section to Commander-in-chief.
C.Charpter II, Renunciation of War
The draft renounces war absolutely as an instrumennt of national policy and proclaims that hope for survival rests upon the «justice and good faith of the peace-loving peoples of the world.» This is so inspired a position with such far reaching implications that uncounted future generations may well come to look upon it with the same reverence as the Magna Charter.

【資料二】マッカーサーから一九四六年二月一三日に提示された英文草案(Hussey Papers No.12)
この草案では、第一章は七条までで、第二章戦争の放棄の条文は、第八条であった。その後、第一章第三条が、第三条と第四条に分割されて条文が一条増えたため、第二章戦争放棄は第九条となった。
Memorandum to Chief, Government Section, dated 12 February 1946, signed by all but three of those participating in drafting of constitution. Persons not signing, 1st Lt. Milton J. Esman, Mr.Philip O. Keeney, and Miss Beate Sirota. Original.
CHAPTER II
Renunciation of War
Article VIII. War as a sovereign right of the nation is abolished. The threat or use of force is forever renounced as a means for settling disputes with any other nation.
No army, navy, air force, or other war potential will ever be authorized and no rights of belligerency will ever conferred upon the State.

【資料三】前掲の英文草案を外務省で翻訳した文書。
(入江俊郎文書15)
第二章 戰爭ノ廢棄
第八條 國民ノ一主權トシテノ戰爭ハコレヲ廢止ス。他ノ國民トノ紛爭解決ノ手段トシテノ武力ノ威嚇又ハ使用ハ永久ニ之ヲ廢棄ス。
陸軍、海軍、空軍又ハ其ノ他ノ戰力ハ決シテ許諾セラルルコト無カルヘ(べ)ク、又交戰状態ノ権利ハ決シテ国家ニ授興セラルルコト無カルヘ(べ)シ。
【資料四】「日本国憲法」(一九四六年三月五日案)(佐藤達夫文書 四一)
第二章 戰爭ノ放棄
第九條 國家ノ主權ニ於テ行フ戰爭及ビ武力ノ威嚇又ハ行使ヲ他國トノ間ノ爭議ノ解決ノ具トスルコトハ永久ニコレヲ放棄ス。
陸海空軍其ノ他戰力ノ保持ハ之ヲ許サズ。國ノ交戰權ハ之ヲ認メズ。

【資料五】三月六日に提示された英文草案(三月五日付文書)
Hussey papers No.26(1946.3.6)
Draft Constitution for Japan accepted by the Cabinet on 6 March 1946
Chapter 2 Renunciation of war
Article IX War as a sovereign right of the nation, and the threat or use of force, is forever renounced as a means of settling disputes with other nations.
The maintenance of land, sea, and air forse, as well sa other war potential, will never be authorized. The right of belligerency of the state will not be recognized.

【資料六】「憲法改正草案要綱」(一九四六年三月六日付)(佐藤達夫文書 四六)
第二章 戰爭ノ抛棄
第九條 國ノ主權ノ發動トシテ行フ(う)戰爭及ビ武力ニ依ル威嚇又ハ武力ノ行使ヲ他國トノ間ノ紛爭ノ解決ノ具トスルコトハ永久ニ之ヲ抛棄スルコト。
陸海空軍其ノ他ノ戰力ノ保持ハ之ヲ許サズ。交戰權ハコレヲ認メザルコト。

【資料七】日本国憲法[口語化第一次草案](一九四六年四月五日付)(佐藤達夫文書 七二)
第二章 戦争の抛棄
第九條 國の主權の發動たる戰爭と、武力による威嚇又は武力の行使は、他國との間の紛爭の解決の手段としては、永久にこれを抛棄する。
陸海空軍その他の戰力の保持は、これを許さない。國の交戰權は、これを認めない。(審議過程で「陸海空軍その他の戰力の保持は、許されない。國の交戰權は、認められない。」と加筆訂正。)
(注)一九四六年四月二日にGHQの了承、閣議の了解を得て、ひらがな口語体による憲法改正草案の準備が極秘裡に進められた。その証拠に、【資料七】に掲げた「佐藤達夫文書七二」には、極秘の印が押されている。作家の山本有三に口語化を依頼し、前文等の素案を得た。この素案を参考として、実質的には入江俊郎法制局長官、佐藤達夫法制局次長、渡辺佳英法制局事務官らの手により四月五日に口語化第一次草案が完成した。

【資料八】
日本国憲法[口語化第二次草案](一九四六年四月一三日付)(佐藤達夫文書 七二)
第二章 戰爭の抛棄
第九條 國の主權の発動たる戰爭と武力による威嚇又は武力の行使は他國との間の紛爭の解決の手段としては、永久にこれを抛棄する。
陸海空軍その他の戰力の保持は許されない。國の交戰權は認められない。

【資料九】ひらがな口語体「憲法改正草案」(一九四六年四月一七日発表)(佐藤達夫文書 七四)
(この改正草案は【資料八】と同文のため省略)

【資料十】第九十回帝国議会衆議院に提案された
「帝国憲法改正案」(一九四六年六月二五日)
第二章 戦争の抛棄
第九條 國の主權の發動たる戰爭と、武力による威嚇又は武力の行使は、他國との間の紛爭の解決の手段としては、永久にこれを抛棄する。
陸海空軍その他の戰力は、これを保持してはならない。國の交戰權は、これを認めない。

【資料十一】衆議院で修正可決された「帝国憲法改正案」に関する一九四六年八月二一日付報告書(佐藤達夫文書 二〇八)(現憲法と同文)
第二章 戦争の放棄
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
前項の目的を達成するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない。
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by kenpou-dayori | 2015-05-11 08:37 | 自著連載


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