2015年 05月 21日

憲法便り#791 三大新聞の「ポツダム宣言」報道:社会の「公器」が「凶器」となった時!

2015年5月21日(木)(憲法千話)
2015年7月4日(土)標題を変更:三大新聞の「ポツダム宣言」報道:社会の「公器」が「凶器」となった時!
同日:加筆(導入の部分)

憲法便り#791:三大新聞は「ポツダム宣言」をどのように報道したか? 社会の「公器」が「凶器」となった時!

「新聞は、社会の公器」と言われる。

だが、新聞が権力に屈し、権力におもねたとき、「公器」は、「凶器」へと変貌する。

そして、「狂気」の時代を迎える。

第二次世界大戦の末期、「ポツダム宣言」を報じた、朝日、毎日、読売の3紙は、まさに「凶器」であった。

昭和20年五月の時点で、「ポツダム宣言」を受諾する、責任感と判断力と「勇気」があれば、広島、長崎、そしてその他の多くの悲劇は、回避されていた。

いま、戦争法案をゴリ押しする安倍首相と、自民・公明両党は、まさに当時の亡霊の生き返りである。

新聞が、再び「凶器」となる愚は、繰り返してはならない。

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岩田行雄編・著『平和憲法誕生の真実』(2008年)より

昭和二十年七月二十八日付けの『読売報知』『朝日新聞』『毎日新聞』を見ると、左記の見出しで各紙とも複数の記事を掲載し、国民を鼓舞している。
以下に見る通り、三紙のうち二紙が「笑止(しょうし)」の見出しを使い、笑いとばす態度をとり、無謀な戦争続行に国民を導く手助けをしている。その結果、「本土決戦において米軍を徹底的に殲滅」するどころか、日本の全国各地が空爆により、壊滅的な打撃を受けることとなった。

【見出し】

『読売報知』
「笑止、対日降伏条件
トルーマン、チャーチル、蒋連盟
ポツダムより放送す」
「国内、対日両天秤
老獪な謀略
敵宣言の意図するもの」
「戦争完遂に邁進
帝国政府問題とせず」
「戦争は国民がする
力の結集急げ
南日政(大日本政治会)総裁
記者団と語る」

『朝日新聞』
「米英重慶、日本降伏の
最後条件を声明
三国共同の謀略放送」
「政府は黙殺」
「多分に宣伝と対日威嚇」

『毎日新聞』
「笑止!米英蒋共同宣言
自惚れを撃砕せん
聖戦を飽くまで完遂」
「白昼夢・錯覚を露呈」
「政戦一致は鉄則
戦力国民の自奮に
南総裁、所信を披瀝」

【記事の実例】
『毎日新聞』昭和二十年七月二十八日より

【見出し】
「笑止!米英蒋共同宣言
自惚れを撃砕せん
聖戦を飽くまで完遂」

【記事】
「廿七日の定例閣議は午後二時より首相官邸に開催、鈴木首相ほか各閣僚出席、東郷外相よりトルーマン、チャーチル、蒋介石によって廿七日早朝(日本時間)宣言された三国共同宣言について詳細に報告し、午後五時散会した」
「トルーマン、チャーチル、蒋介石による三国共同宣言は笑止にも帝国に対し軍隊の武装解除或は軍需産業の全廃、皇土の割譲等不遜極まるものである、わが国の大東亜戦争遂行の真目的は飽くまでも帝国の自存自衛及び大東亜民族の米英よりの解放にあり、この神聖なる戦争目的は世界人類斉しく認むるところである、米英の戦争目的に対比し天地の相違がある、最近の戦況にうのぼれを来し、わが戦力を過小評価するに至った米国は戦争の終結近しと独断、かくて今回の許すべからざる三国共同宣言をなしたものと想像される、しかし戦局の今後はわが方に絶対の自信をもつ本土決戦において米軍を徹底的に殲滅し得るとは軍当局並に政府が屡々(るる)その確信を披瀝してゐるところである、国民もそれに対し絶対の信頼を寄せ戦争の完遂に全力を傾注してゐるのである、ここにおいてわが方としてかかるうぬぼれに基く三国共同宣言に対しては一顧も与えることなくひたすら大東亜戦争の神聖なる目的に徹し飽くまでも彼等の戦意を放棄せしめるまでは戦ひ抜き頑張り抜くだけである、政府またかかる方針であることは勿論である」

日独伊三国軍事同盟を締結していたイタリアはすでに一九四三年九月八日に無条件降伏しており、ドイツも一九四五年五月七日に無条件降伏した。この時点で、アメリカのトルーマン大統領が日本に無条件降伏を勧告した。しかしながら、日本政府は五月九日に「戦争遂行決意不変」を声明し、戦争を続行していた。
ポツダム宣言が発表された時点で日本政府が取った態度と、「勇ましい」報道が如何にばかげたものであり、救い難い強がりであったか。それを証明するため、敢えて頁数をさいて、外務省編纂『終戦史録』の「太平洋戦争日暦」に基いて示しておこう。
米軍機による日本本土への爆撃は、すでに一九四四年六月十六日に北九州空襲以来断続的に行なわれていたが、ここでは一九四五年に一月から敗戦を迎える八月までのみを列挙する。


【一月】
三日 B29約九〇機大阪、名古屋、浜松、空襲
六日 在支B29約七〇機九州西部空襲
九日 B29約六〇機東京、名古屋に来襲
一四日 B29約六〇機名古屋、伊勢を空襲
一九日 B29約八〇機阪神空襲
二〇日 大本営、本土決戦に関する作戦大綱決定
二三日 B29約七〇機名古屋空襲
二七日 B29約八〇機東京空襲

【二月】
四日 B29約九〇機神戸、松阪に来襲
一五日 約六〇機名古屋空襲
一六日 米機動部隊関東、東海に来襲(約千機)
一九日 B29約一二〇機東京空襲
二三日 米機動部隊再び関東に来襲。米大型機一三〇機東京空襲

【三月】(*東京大空襲)
四日 B29一五〇機東京空襲
一〇日 B29約一三〇機東京空襲、被害甚大(都市焼夷攻撃開始)(*実際は前日から続いた)
一一日 B29約一三〇機名古屋来襲
一三日 B29九〇機大阪来襲
一七日 硫黄島守備隊全滅
B29約六〇機神戸空襲
一八日 米機動部隊九州南部、四国空襲
一九日 米機動部隊阪神、呉空襲。B29名古屋空襲
二一日 硫黄島飛行場を米空軍使用開始
二三日 沖縄艦砲射撃、その後数日連続す
二五日 米軍沖縄慶良間列島占領、上陸泊地設定。
B29約一三〇機名古屋空襲
二七日 B29約五〇機関門海峡に機雷投下
二八日 米機動部隊南九州攻撃
二九日 沖縄周辺米艦砲射撃始まる
三〇日 B29関門海峡に機雷投下
三一日 B29約一七〇機九州各地来襲

【四月】(*ほぼ連日の空襲を受ける)
一日 米軍沖縄本島上陸開始
四日 B29二四〇機横浜、東海に来襲
六日 日本航空部隊、沖縄方面艦隊に第一次総攻撃
七日 沖縄救援の軍艦大和撃沈さる
B29、P51約一〇〇関東に来襲
B29一五〇機名古屋に来襲
九日 米空軍、沖縄飛行場使用開始
一二日 沖縄米軍に対し第二次航空大攻撃
B29、P51約一〇〇機関東に来襲
一三日 B29約一七〇機東京夜間空襲
一五日 吉田茂等和平派、憲兵隊に拘引さる
南九州飛行場地区に米空軍の来襲始まる
B29約二〇〇機京浜地区来襲
一六日 沖縄に対する第三次航空大攻撃
一八日 B29約一〇〇機南九州に来襲
一九日 沖縄における米軍地上攻撃本格的となる
二一日 木戸内府、東郷外相、終戦問題で談合
B29約二八〇機九州各飛行場に来襲
二二日 沖縄に対する第四次航空大攻撃
B29約七〇機南九州来襲
二八日 B29約一三〇機九州来襲
二九日 沖縄に対し航空第五次大攻撃
B29約一〇〇機南九州来襲
三〇日 B29、P51約二〇〇機九州及び関東来襲

【五月】(*ドイツ七日に無条件降伏)
三日 B29九州及び阪神来襲
四日 B29九州各地来襲
五日 B29大挙中国、九州に来襲。瀬戸内海各航路に対する機雷投下始まる
七日 ドイツ無条件降伏
八日 米大統領トルーマン、日本に無条件降伏勧告
硫黄島よりの米小型機関東来襲
九日 ドイツの降伏に拘らず日本の戦争遂行決意不変を政府声明
一〇日 B29約三五〇機岩国、徳山に来襲
一一日 沖縄に対する第六次航空大攻撃
一三日 米機動部隊南九州来襲
一四日 B29約四〇〇機名古屋来襲
一七日 B29約一〇〇機名古屋来襲。米小型機京浜来襲
関東、静岡に米大型機約九〇機来襲。下関海峡機雷のため殆ど通峡不能となり始める
二四日 沖縄飛行場に空挺隊を強行着陸(義烈空挺隊の挺身攻撃)。第七次航空大攻撃
二五日 前夜よりB29約二五〇機東京空襲、各所被害甚大。宮城(きゅうじょう)、空襲で炎上
二七日 沖縄に対する第八次航空大攻撃
二八日 南九州へ沖縄より第八次航空大攻撃
二九日 横浜白昼の大空襲(大小合せて六〇〇機)

【六月】(*沖縄守備隊全滅)
一日 B29約四〇〇機大阪空襲。被害甚大
二日 沖縄に対する第九次航空大攻撃(不成功)
沖縄より小型機約二〇〇機九州来襲
三日 沖縄に対する第十次航空大攻撃
沖縄より約一三〇機九州来襲
五日 B29約三五〇機阪神に来襲
七日 沖縄に対する第十一次航空大攻撃
B29約二五〇機大阪来襲
八日 米機動部隊約二〇〇機南九州来襲
九日 B29約一三〇機尼崎、明石に来襲
一〇日 B29、P51約三七〇機関東来襲
一五日 B29約三〇〇機大阪来襲
一八日 鹿児島、大牟田、浜松、四日市空襲を受く(中小都市焼夷攻撃本格化)
二〇日 静岡、豊橋空襲
二一日 沖縄守備隊全滅
二二日 B29約三六〇機中国、近畿を空襲
二六日 名古屋、京阪神にB29約三五〇機来襲
二九日 B29約七〇機門司、岡山、佐世保空襲

【七月】(*空襲、さらに大規模化)
一日 中国、九州、小都市空襲
二日 B29一六〇機九州各地に来襲
三日 米機動部隊、呉軍港及び周辺を大空襲
五日 B29約二五〇機姫路、高松、徳島を空襲
六日 大本営は航空兵力を決戦時迄温存方針採用
B29約二〇〇機甲府、千葉空襲
七日 大型機甲府、千葉、清水、明石、海南空襲
八日 P51約一五〇機関東各地来襲
九日 中部、東海、京阪神各地空襲
B29約七〇機仙台空襲
一〇日 米機動部隊約一二〇〇機関東空襲
大型機阪神、九州など各地来襲(B29約六〇〇機、岐阜、堺、和歌山、四日市)
一一日 沖縄よりの九州に対する小型機攻撃殆ど毎日のこととなる
一三日 B29約三三〇機関東、東海来襲
一四日 米機動部隊東北、北海道を攻撃
釜石艦砲射撃、以後各地への砲撃始まる
一五日 米機動部隊東北、北海道攻撃。青函連絡船の被害甚大。室蘭艦砲射撃
一六日 東海地区空襲
一七日 米機動部隊北関東攻撃、日立、久慈に艦砲射撃。平塚、沼津、桑名に大型機空襲
一八日 米機動部隊の艦載機約二五〇機南関東攻撃。房総半島に艦砲射撃
一九日 B29約一五〇機日立、銚子を空襲
艦載機約一〇〇〇機東北各地を爆撃
二〇日 米艦隊千島列島幌莚を砲撃
二四日 米機動部隊浜松以西各地攻撃
B29名古屋、阪神、中国に来襲
二五日 米機動部隊中国、四国、九州を攻撃。
串本を艦砲射撃
二七日 ポツダム宣言受信。政府は沈黙を守る旨決定
B29大牟田、松山、徳山に来襲
二八日 鈴木首相記者団に対しポ宣言黙殺、戦争邁進を声明。
米機動部隊西日本攻撃。P51約二五〇機関東、約五〇〇機九州来襲。B29青森、焼津、宇和島、名古屋来襲
二九日 新宮艦砲射撃を受く
米機動部隊、浜松地区砲撃
三〇日 米機動部隊関東、東海、近畿攻撃。浜松付近艦砲射撃。P51約二五〇機近畿来襲
三一日 清水港、苫小牧艦砲射撃を受く

【八月】
一日 スイス駐在加瀬公使よりポ宣言受諾を進言
二日 B29鶴見、川崎、水戸、八王子、立川、長岡、富山を空襲(約八〇〇機の大空襲)
三日 米空軍は三月二七日以来のB29による機雷敷設で日本の港湾及び海行路完全封鎖を発表
四日 佐藤大使よりポ宣言受諾を進言し来る
五日 B29約四〇〇機前橋、西宮、宇部を空襲
六日 広島に原子爆弾投下
B29約一六〇機西宮に来襲
七日 B29約四〇〇機福山、北九州爆撃
八日 B29一〇〇機東京西部に来襲
九日 長崎に原子爆弾投下
米機動部隊約一六〇〇機東北攻撃、同三〇〇機九州に来襲
一〇日 条件付きでポ宣言受諾を連合国に通告
一二日 連合国(拒否)回答ラジオにて到着
一三日 米機動部隊約八〇〇機関東来襲
一四日 ポ宣言受諾決定、外務省午後十一時に打電
B29約八〇〇機高崎、大阪、熊谷、伊勢崎、秋田等大空襲
一五日 米空軍、九州全土を空襲(最後の爆撃)
一六日 マッカーサー元帥より即時停戦の指令到達

以上は、外務省編『終戦史録』に基く大まかな記録であって、都市名には詳しくふれていない。
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by kenpou-dayori | 2015-05-21 22:39 | 太平洋戦争日歴


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