岩田行雄の憲法便り・日刊憲法新聞

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2015年 08月 04日

憲法便り#1096:戦争をあおり続けた新聞の戦争加担:昭和20年8月4日付『朝日新聞』の場合

2015年8月4日(火)(憲法千話)

憲法便り#1096:戦争をあおり続けた新聞の戦争加担:昭和20年8月4日付『朝日新聞』の場合

はじめに、外務省編纂『終戦史録』の「太平洋戦争日歴」を再録し、
そのあとで、昭和20年8月4日付『朝日新聞』の紙面を掲載します。

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以下は、【再録】です。

2013年 08月 04日

2013年 08月 04日
憲法便り#166 昭和20年8月4日 ポ宣言受諾進言のモスクワ佐藤大使暗号電文

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外務省編纂『終戦史録』の「太平洋戦争日歴」

昭和20年八月四日 22:28 莫斯科発
       八月五日 17:15 東 京 着
               在「ソ」佐藤大使
東郷外務大臣
◇第一五二〇号(館長符号、緊急)
 往電一五一七号に関し
 ソ連政府が戦争終結の斡旋を引受くると否とに不拘今次の大東亜戦終結の為に七月二十六日の英米支対日宣言がその基礎たるべきこと最早動かし難き所ソ連が仲介の労を取る場合にも右の基礎において為さるべきこと自然の帰結なり此の点において貴電九七三号括弧内の記述は少くとも三国宣言を我方条件攻究の基礎としたき御所存とのことにて至極結構と存ぜらる。
 右に付貴電合第六二九号をもって転電を受けたる在瑞西加瀬公使の三国宣言に関する考察は極めて中正妥当の観察と思考せられ本使も全幅的同意を表する所なりもし右宣言が同公使解釈の如きものなりとせば、その基礎において立案せらるべき講和条件は今次のポツダム三国会議決定に係る独逸処理条件に比しある程度緩和せられたるものとなるべしと想像すること必ずしも牽強付会の説とべからず而して右は日本の平和提唱の決意が一日も早く連合側に通達せらるれば夫れ丈条件緩和の度を増すことなる道理なるに反しもし政府軍部の決意成らず荏苒日を空うするにおいては日本全土焦土と化し帝国は滅亡の一途を辿らざると得ざるべし
 如何に緩和せらるるとするも講和条件の如何なるものなるべきやは独逸の例に観るまでもなく事前において既に明かにして多数の戦争責任者を出すことも予め覚悟せざるべからず去りながら今や国家は滅亡の一歩前にあり此等戦争責任者が真に愛国の士として従容帝国の犠牲者となるも真に已むを得ざる所とすべし
 加瀬公使の意見を読んで感極めて深きものあり敢て卑見を呈す(了)

(注1)加瀬公使からの暗号電文の全文は、8月1日付『憲法便り#159』に掲載。
(注2)ポツダム宣言の全文は、7月26日付『憲法便り#142』に掲載。
(注3)7月29日付『憲法便り#151』に、昭和19年10月以降の、沖縄、日本本土への爆撃、艦砲射撃の日歴を記載。(上記以外の地域への日本軍に対する攻撃は対象外とした)

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以下は、昭和20年8月4日付『朝日新聞』の一面と二面(当時は、2ページ建ての朝刊のみ)
二面には、戦争に駆り立てられた国民の悲惨な記事、そして、あまりにも馬鹿げた記事が多い。

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「逓信魂は脈搏(う)つ」
「最後の連絡果して 局舎と運命共に 死してなお手にバケツ」
「妻子を顧みず 空爆下に職場死守」
「羽ばたくぞ、木の翼」(木製の飛行機を製造していた。これは、実戦用で、模型飛行機ではない)
とろう松脂(まつやに)、決戦の燃料へ」「簡単に出来る良質油」「本土到るところに宝庫あり」
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by kenpou-dayori | 2015-08-04 19:48 | 太平洋戦争日歴


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