2015年 08月 04日

憲法便り#1097:朝日新聞社編集委員上丸洋一氏による研究無断使用、即ち盗用についての抗議文

2015年8月4日(火)(憲法千話)
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憲法便り#1097:朝日新聞社編集委員上丸洋一氏による研究無断使用、即ち盗用についての抗議文

去る7月29日午後、朝日新聞本社を訪ね、同社の窓口として対応している広報部石原嘉人に、7月28日付の下記文書を手渡して来ました。

その文書を公表します。

また、抗議の根拠とする記事を、
憲法便り#1098朝日新聞編集委員上丸氏への協力中止の真相(14)研究の盗用に到る経過①(画像付)を掲載しますが、緊急の用事がありましたので、前半部分のみとし、明日、後半を掲載るることとします。

2015年7月9日以来の同社とのやりとりは、別途、明らかにします。

また


「2015年7月28日
朝日新聞社 広報部 石原嘉人 様

前略お許し下さい。
 貴社編集委員上丸洋一氏による研究無断使用、即ち盗用について(以下、上丸問題と略す)、去る2015年7月9日に、「朝日新聞への抗議」の意思を電話にてお伝えし、その概略を昨7月27日に手書きの文面をFAXで送りましたが、意を尽しておりませんので、予めお伝えした通り、正式な文面を作成致しました。
 貴社の誠実なご検討を願うものです。
 
 
 朝日新聞社 御中

上丸洋一氏による知的財産の侵害、精神的、肉体的苦痛に対して、以下の通り求めます。
① 朝日新聞社に対して抗議し、文書での謝罪を求めます。
② 朝日新聞の紙面で、具体的な事実を述べた明確な謝罪文の掲載を求めます。
③ 事実経過に関する私の主張を、朝日新聞に掲載することを求めます。
④ 私の研究を盗用している『新聞と9条』を、出版しないよう求めます。
⑤ 慰謝料として、金壱円也の支払いを求めます。

以上について、貴社からの文書での回答を求めます。いつまでにご回答いただけるのか、ご連絡下さい。
なお、この抗議と要求についてはブログで公表し、他社やマスコミ関係者にも知らせ、見解を伺う予定です。


【要求理由の説明】
①から④に関しては、明日7月29日以降のブログで公表します。
⑤で金壱円としたのは、金銭の要求が目的ではないことを明確にするためです。
また、被害者である私が、いつの間にか加害者であるような論理のすり替えを許さないためです。


 上丸問題は、私にとって「トラウマ」となっており、書こうとしても書けません。
 その上、7月9日以降も、体調が悪く、なかなかこの文章が書けませんでした。
 体調とは、まず心臓のことで、この文章のことを考えただけで、動悸と不整脈が起り、左胸に痛みが生じることもあります。
 そのうえ、原因不明の喉からの出血、右眼の内出血を繰り返しており、出来るだけ安静にしていることが必要です。勿論、これらの症状も信頼できる専門医に通い、治療を受けて、経過を見ているところです。
私は、急性心筋梗塞の恐れと、失明の恐怖を抱きながら、文字通り体を張って、平和憲法を守るために、研究成果を、惜しみなくブログに掲載してきました。
それは、定年の花道を自ら飾ろうとする、功名心に駆られた新聞記者の研究盗用のためではなく、地方に住む人々や、未来の有権者となる青少年を含めた多くの人々のために公表したデータベースです。しかしながら、上丸氏の不正行為に遭って以降、正直に申しまして、研究成果のこれ以上の公表には、ためらいが生じています。
「戦争法案」をめぐる情勢は、いつまでも上丸問題に拘っている状況ではありませんが、そうかと言って、事実を明かにしないままでは、「死んでも、死にきれません」。

 上丸氏との出会いは、2014年6月29日(日)に、私が「早稲田九条の会」で講演を行った際の、講演終了後です。
早稲田大学名誉教授浦田賢治先生(憲法学)をはじめ、『登山時報』副編集長橋口清彦氏、東秩父村からご来聴のFさん、富岡市からご来聴のAさんなど、4名の方から挨拶や感想、質問を受けた後、上丸氏が「朝日新聞 編集委員」の名刺を出して、開口一番、「実証的な講演に感銘を受けました。これまで何人かの講演を聴きましたが、このような講演は初めてです」ということでした。
そして、「来年が戦後70年にあたるので、各社ともいろいろと企画を検討中だと思います。朝日でも何か企画を検討しなければならないのですが、具体的には、まだ何も決まっていません。」とのこと。
「時間が取れれば、一度話を聞かせていただきたい」との申し入れに、私は、休日の日曜日を使って聴きに来た熱心さを買って、応諾しました。
ここではっきり指摘しておきたいのは、この時点で、彼が『新聞と9条』を書くつもりでいたこと、しかしながら、2015年3月末に定年を迎える「先の見えない時期」にあったことについては、もちろん何も知らされてはいません。
私に対しては、企画を決定できる立場にあるような印象を持たせる話ぶりでしたが、実際はどうだったのか、「編集委員」はどのような権限を持っているのか、部外者の私には未だに判りません。
一般的に、戦後70年間の憲法にふれることと、『新聞と9条』という著作の執筆を目論んでいることには、大きな違いがあります。

すでにブログに詳しく書いた通り、私は、上丸氏に対して、二回にわたる詳しいレクチャーは行いましたが、具体的な質問は何も受けていません。
取材ならば、取材メモに基づいての質問があって然るべきですが、彼は、「話を聞かせて欲しい」とは言ったものの、何を質問したらいいのか、その準備はなかったし、私がレクチャーを行った際に示した事柄も、私からの問い掛けに関しても、すべて「何も知らなかった」というのが実際のところです。
したがって、「朝日新聞の編集委員とは、この程度のものなのか」と言うのが率直な感想です。
因みに触れておきますが、私が論文等を書くときには、あらかじめ目次を作成し、併せて、調査が必要である項目の簡単なリストを用意します。論文の場合は、これで80%完成です。

私は、人を疑うことがありませんので、「朝日新聞 編集委員」という立場を信じ、朝日新聞の窮状を支援したいという思いから、十年来の研究成果、それも未発表の資料も含めて、協力を行いました。そして、彼には、誤った情報を流布しないため、事実に基づいて書くことを助言しました。これは、私が提供した研究成果に関しては、典拠として、私の研究であることを前提とするものです。
しかしながら、それに対して、上丸氏は、人の善意を裏切り、いかにも自分自身で調べたような記述を行うという、背信行為を行いました。
これは、私に対する背信行為に止まらず、何も知らない読者を騙すことであり、朝日新聞社の上司をはじめとする社員全体を騙すことでもあります。
今回の上丸氏による研究の盗用は、単に、「朝日新聞の体質」として片付けることの出来ない、朝日新聞、そしてジャーナリズムそのものへの信頼をも裏切る行為であると断言します。
学問の世界ならば、彼が行った行為は、学問の世界から「即退場」になる、不正行為です。
私は、今回の上丸氏の行為は、勿論ジャーナリストの世界でも許されないことだと考えます。それとも、ジャーナリストの世界では「全く問題なし」と考えるのでしょうか。

研究の盗用で始まっている『新聞と9条』は、朝日新聞社取材班による『新聞と戦争』『新聞と「昭和」とは、似て非なるものです。

上丸問題が生じた時点で、私は大変悩みました。
その悩みは今も続いていて、「トラウマ」の原因にもなっています。
この「トラウマ」によって、簡単に終えるつもりで始めた上丸問題の連載は、焦れば焦るほど、先に進むことが出来ませんでした。

憲法が重大な情勢を迎えている時、この問題をどのように扱うべきか?
「憲法書出版活動十周年記念パーティ」に参加した友人の一人は、『新聞と9条』というタイトルを見たとたん、「これは、岩田さんの本のパクリじゃない!私、朝日新聞をとろうと思っていたけれど、それは止めます。歴史の研究会の皆さんにも、この事実を伝えますので、是非、ブログに掲載して下さい」と反応しました。
また、私がお願いして、上丸氏を紹介し、多数の資料を提供して下さった私の「資料探しの師」である堀内寛雄氏は、ご挨拶がてら伺った時に、4月7日付夕刊およびその前段にやりとりしたFAX等を示すと、「上丸氏は、こういうことをする人だったのか」と、唖然としておられました。
さらに、私の著作をいつも取り扱って下さっている方は、「朝日は、そこまで落ちてしまったのですか」と驚きを隠しませんでした。

私は色々と考えましたが、不売運動や、裁判所に連載中止を求める提訴、あるいは他社の紙誌を利用するという方法は取りませんでした。
それは、私の生き方には、そぐわない方法だからです。
とくに、相手が不正行為をしたからと言って、私が他社の紙誌を利用するような手段をとらなかったのは、「どっちもどっち」という批判が出て来る可能性があるからです。
私が選んだ方法は、この問題を社会的に告発するために、まず、正確に記録を残すことでした。こういう問題は、説得力が大事ですし、「自称憲法研究者が売名行為で、大騒ぎをしている」などという批判を許さないためです。
また、これは、たとえ、上丸氏または朝日新聞社から「名誉棄損」あるいは、「威力業務妨害」などで提訴されることがあっても、十分に闘える準備と、朝日新聞社内の良識ある人々、そして日本社会の理解を得るためでもあります。
ところで私は、現在は朝日新聞の読者ではありませんが、朝日新聞には特別の親しみを抱いています。それは、優れた「朝日人」との出会いがあったからです。

私が最も尊敬する「朝日人」は、秦正流さんです。私は、秦さんが日本ジャーナリスト会議の代表委員をなさっていた頃、一度だけですが、懇親会の四人がけの席で向い合せになり、ナウカのこと、その他を親しく話した経験があります。その時、私が早稲田大学ロシア文学科での丸山政男先生(朝日新聞の初代モスクワ特派員)の教え子であること及びご自宅にも何回か伺ったことがあることを話したところ、大変懐かしがって、大いに話が弾んだことを、昨日のことのように思い出します。いまはやりの言葉で言う二人の「レジェンド」との接点です。

生前にお目にかかったことはありませんが、ヒトラー時代のベルリン特派員だった守山義雄さんの『守山義雄 文集』に基づく一人芝居『ヒットラー来り、ヒットラー去る』(2時間休憩なし)を、昨2014年6月15日に、演じたことがあります。この際、西宮市にお住まいのご長男雄介氏とも連絡をとり、快くご諒解を得て上演し、その成功をお伝えしたところ、お手紙もいただいています。
このひとり芝居は、昨年12月に第二回公演を予定していましたが、衆議院選挙と日程が重なってしまったため、残念ながら、延期したまま今日に至っています。
ひとり芝居に取り組んだ結果、私は、しばしば、守山義雄そのものになったような感じになるほど、ナチスの時代のとらえ方が鋭くなっています。

最近、もう一人、朝日の「レジェンド」との接点がありました。
去る2015年7月2日、新宿区教育委員会宛に、「教科書採択に関する要請書」を提出しましたが、教育委員長の羽原清雅さんは、朝日新聞の元政治部長あることを最近になって知りました。
朝日新聞の「レジェンド」たちが今回の事実を知ったら、何とおっしゃるだろうか?

今回のことは、他社を「抜くこと」、さらには、社内でも「囲い込み」が当たり前の在りようの中で過ごしてきた上丸氏にとっては、大したことではないのかも知れませんが、こうしたことは、もう二度と繰り返してはならないと思います。

朝日新聞社の「良識」に一縷の望みを抱いて、この文書をお届けします。
                                              岩田行雄

ご参考までに、私の経歴および研究をご理解いただくために、下記を添付します。
①『私の18世紀研究』(日本18世紀ロシア研究会年報No.8, 2012)
② 「行動する研究者・岩田行雄のプロフィール」
③ 中馬清福著『考 混迷の時代と新聞』についての感想とコメント
④ 自費出版した憲法書リスト
⑤ 新宿区教育委員会に提出した『教科書採択に関する要請書』
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by kenpou-dayori | 2015-08-04 20:37 | 朝日新聞ドキュメント


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