岩田行雄の憲法便り・日刊憲法新聞

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2015年 08月 10日

憲法便り#1136:【再録】昭和20年8月10日 条件付きでポツダム宣言受諾電報発送

2015年8月10日(月)(憲法千話)

憲法便り#1136:【再録】憲法便り#185 昭和20年8月10日 条件付きでポツダム宣言受諾電報発送

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以下は、【再録】です。

2013年 08月 10日
憲法便り#185 昭和20年8月10日 条件付きでポツダム宣言受諾電報発送

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外務省編纂『終戦史録』の「第四十四篇 國體問題に関する了解附のポツダム宣言受諾電報発送」より

「霞ヶ関の外務省庁舎は、五月二十五日の空襲により全焼していたので、このときは虎之門の文部省内(四階)に引き越していた。
 八月九日から十日にかけては、もち論、松本次官以下幹部を始め関係局課の所要部員は、それぞれ徹夜で頑張っていた。
 瑞西(注:スイス)の加瀬公使、瑞典(注:スウェーデン)の岡本公使あての電報の原案は、すでに九日中に曾禰政務局第一課長が起草し、安東政務局長、松本次官の校閲を経て予て、同次官より東郷外相にも見せてあった。外相は次官に対し、陸軍側提出の三条件は、条件ではないが希望条項として付加する案を別に作成しておくよう命じたが、次官はこれに反対し若し出すにしても此際は絶対に避くべきであると主張したのであった。扨て(さて)、外相が帰って来たのは午前四時頃であった。それから案文の修正にかかった。即ち御前会議において平沼枢相の意見で、「天皇の国法上の地位云々」の箇所が天皇の国家統治の大権云々と修正されたので、その部分のみ電報原案が一枚書き改められた。英文翻訳は、加瀬書記官が担当し、松本次官以下幹部が検討を加え、それから大臣の決裁を仰いだ。時に八月十日午前六時頃だといわれている。東郷外相はその際これら電報案に、鉛筆をもって二、三ヶ所修正を施し、第一電の欄外に(加瀬公使、岡本公使あて合第六四七号)決裁のサインをした。これらの原案は、現在外務省文書課記録書庫内に編さん保管されている。
 午前六時四十五分、加瀬公使、岡本公使あて第一電が送られた。次いで、第二電は七時十五分、第三電は九時、第四電は十時十五分、第五電も同じく十時十五分発出された。かくして、「天皇の国家統治の大権を変更するの要求を包含し居らざることの了解の下に」ポツダム宣言を受諾するとする一連の関係電報は発電を終ったのである。
十一日午後になって、両公使より、取り急ぎ任国政府に所要の申入れを了した旨の報告電報が到着した。」

だが、この条件付きでのポツダム宣言受諾の発電で、直ちに戦争終結にはいたらなかったのである。

※本書『心踊る平和憲法誕生の時代』の注文については、こちらから

外務省編纂『終戦史録』の「第四十四篇 國體問題に関する了解附のポツダム宣言受諾電報発送」より

「霞ヶ関の外務省庁舎は、五月二十五日の空襲により全焼していたので、このときは虎之門の文部省内(四階)に引き越していた。
 八月九日から十日にかけては、もち論、松本次官以下幹部を始め関係局課の所要部員は、それぞれ徹夜で頑張っていた。
 瑞西(注:スイス)の加瀬公使、瑞典(注:スウェーデン)の岡本公使あての電報の原案は、すでに九日中に曾禰政務局第一課長が起草し、安東政務局長、松本次官の校閲を経て予て、同次官より東郷外相にも見せてあった。外相は次官に対し、陸軍側提出の三条件は、条件ではないが希望条項として付加する案を別に作成しておくよう命じたが、次官はこれに反対し若し出すにしても此際は絶対に避くべきであると主張したのであった。扨て(さて)、外相が帰って来たのは午前四時頃であった。それから案文の修正にかかった。即ち御前会議において平沼枢相の意見で、「天皇の国法上の地位云々」の箇所が天皇の国家統治の大権云々と修正されたので、その部分のみ電報原案が一枚書き改められた。英文翻訳は、加瀬書記官が担当し、松本次官以下幹部が検討を加え、それから大臣の決裁を仰いだ。時に八月十日午前六時頃だといわれている。東郷外相はその際これら電報案に、鉛筆をもって二、三ヶ所修正を施し、第一電の欄外に(加瀬公使、岡本公使あて合第六四七号)決裁のサインをした。これらの原案は、現在外務省文書課記録書庫内に編さん保管されている。
 午前六時四十五分、加瀬公使、岡本公使あて第一電が送られた。次いで、第二電は七時十五分、第三電は九時、第四電は十時十五分、第五電も同じく十時十五分発出された。かくして、「天皇の国家統治の大権を変更するの要求を包含し居らざることの了解の下に」ポツダム宣言を受諾するとする一連の関係電報は発電を終ったのである。
十一日午後になって、両公使より、取り急ぎ任国政府に所要の申入れを了した旨の報告電報が到着した。」

だが、この条件付きでのポツダム宣言受諾の発電で、直ちに戦争終結にはいたりませんでした。

※本書『心踊る平和憲法誕生の時代』の注文については、こちらから
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by kenpou-dayori | 2015-08-10 20:07 | 太平洋戦争日歴


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