岩田行雄の憲法便り・日刊憲法新聞

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2015年 08月 12日

憲法便り#1147:【再録】「昭和20年8月12日 連合国回答文への外務当局の意図的誤訳」

2015年8月12日(水)(憲法千話)

憲法便り#1147:【再録】「昭和20年8月12日 連合国回答文への外務当局の意図的誤訳」

2013年 08月 12日
憲法便り#191 昭和20年8月12日 連合国回答文への外務当局の意図的誤訳

外務省編纂『終戦史録』の「第四十九篇 ラジオ聴取回答文と外務当局の解釈及び訳文の苦心」より

以下に、八月十一日付連合国回答に関する外務省の解釈と、恣意的な日本語訳の問題点を紹介します。

「第四十九篇ラジオ聽取回答文と外務當局の解釋及び譯文の苦心」(630-631頁)

十一日中には、何等か連合國から回答があるであろうと關係者は鶴首していたが何もなかった。ところが十二日零時四十五分にいたり、外務省ラジオ室で桑港(サン・フランシスコ:岩田注)軍放送局よりの放送を傍受した。同時刻か、或は少し遅れて、同盟通信社で同文放送(華府放送?:華府=ワシントンの略称:岩田注)を傍受した。
 外務省ラジオ室では、とりあえず、その旨を東郷外相および松本次官に報告した。一方、同盟通信社の長谷川局長は、内閣、外務省その他關係機關に通報した。長谷川局長は、外務省からは、岡崎調査局長(實は調査局の弘報部長)が大勢の局員をつれて來、軍令部からは有馬大佐が駈けつけたと述べている。
 松本次官は、午前二時頃、外務省から知らせを受けたが、その直後迫水書記官長から電話があつたので、直ちに總理官邸に馳せつけた。午前三時頃、同盟(通信社:岩田注)の安達氏が、回答全文をタイプして、迫水書記官長に届けてきた。迫水、安達兩人はこれを通讀して、頗る落膽した面持ちであつた。松本次官は、とりいそいで、通讀した。第一項と第四項とがヒシヒシと次官の神經に響いた。次官は、これはいかんと思いながら又讀み返した。そして松本次官は、これは不滿足ではあるが、併しこれで大丈夫だ。これで終戰しなければならないとした。そして治外法權の際のこと、又不戰条約のときのことなど例を擧げて、迫水書記官長に説明し、自分は外相を説くから、君は總理を説いて呉れと賴んで、東郷外相私邸に車を走らせた。
 外務省は緊張した。澁澤條約局長を自動車で呼び、條約局を中心に、本文の檢討、翻譯に當つた。澁澤局長は、軍人は、多分譯文に賴るに違いないから、これはうまく譯さなければいかぬと思って、下田課長の協力を得て、問題の箇所たる第一項及び第四項の翻譯に注意した。そこで、第一項のサブゼクト・ツウ(subject to : 岩田注)は敢えて「制限の下にあり」と意譯した。次いで、第四項は、單に天皇の下における政府の形態であるかの印象を與えるように、「日本國政府の確定的形態」更に「最終的日本國の政府の形態」(The ultimate form of government of Japan : 岩田注)と譯し、天皇を含む國體を思わしめるが如き政治形態又は統治組織の語を避けた。
 午前五時半頃、東郷外相私邸において、東郷外相を中心に松本次官、安東政務局長、澁澤條約局長の四人が、回答文に關する外務當局としての最後的檢討に入った。東郷外相は、第一項は餘り心配はないが、第四項は問題だから、なお、よく研究するようにと命じた。この頃事務當局の一部の考え方は、第四項は、日本國民の自由なる意思によつて決定されるとあるので、天皇制問題は、連合國の壓迫又は干渉なく、この點大丈夫だとした。これをしも、とやかくいうのは、日本國民自らを信じないものであるというのであつた。
 扨て松本次官は、それより又總理官邸に迫水書記官長を訪ね、朝食をともにしながら打合せを行つた。書記官長は、鈴木首相は、今朝程の松本次官の説に同意だと告げたので、松本次官は、外相私邸にとつて返し、首相決意の趣を報告し、併せて外相の早急決意を促した。東郷外相は、そこで、それではこのまま呑む方針で行こうと決意の程を示した。
なお、ここに附記するが、外務省の記録文書に連合國回答文第四項の「フォーム・オブ・ガヴァーンメント」の「G」が大文字となつているものと小文字となつているものとがある。また、「フォーム・オブ・ザ・ガヴァーンメント」とタイプしたものも残っている。迫水手記は、傍受文と正式回答文との間には一箇所重要な相違點があつたと記しており、丹羽文雄はこれを敷衍して、当時「ガヴァーンメント」の英字「G」が大文字か小文字かを廻つて、天皇をふくむ、ふくまないの政治的解釋が對立したと書いているので、編者が直接この點迫水氏にたずねたところ、東郷外相がそういう説明をされたことがあつたように記憶しているとのことであつた。或は、「ザ」がある場合とない場合を外相が説明したのかも知れない。いずれにしても、かかる字句の解釋を廻つて議論があつたことなど、當時の空氣が窺われるところである。」(以下、手記等は略)

以上の文章により、連合国側からの八月十一日付日本政府宛回答文書を、外務当局が「政治的な意図」による「意訳」及び解釈を行っていたことが判ります。
では、本来あるべき、より正確な翻訳は、どのような日本語にすべきかという問題があります。
原文及び他の翻訳を比較検討した結果、ここに、最も信頼できる翻訳を紹介します。
山極晃・中村政則編集 岡田良之助訳『資料 日本占領1 天皇制』(1990年、大月書店)
(p.376-377)より

『合衆国・連合王国・ソヴェト社会主義共和国連邦および中華民国の各国政府の名における8月11日付日本政府あて合衆国政府回答』 1945年8月11日

ポツダム宣言の条項はこれを受諾するとしながらも、同時に「右宣言ハ天皇ノ国家統治ノ大権ヲ変更スルノ要求ヲ包含シ居ラザルコトノ了解ノ下ニ」の文言を付した日本国政府の通報に関して、われわれの態度は左のとおりである。
天皇および日本国政府の国家統治の権限は、降伏の時点から「連合国最高司令官に従属するもの」とし、同最高司令官は、降伏条項実施のため適当と認める諸措置をとる。
天皇は、日本国および日本帝国大本営に対しポツダム宣言の諸条項実施のため必要な降伏条項に署名する権限を与え、かつこれを保障することを要求される。さらに天皇は、すべての日本国陸・海・空軍(ママ)当局に対し、また、いずれの地域にあるかを問わず、右当局の指揮下にあるすべての軍隊に対して、戦闘行為を停止し、武器を引き渡し、かつ降伏条項実施のため右以外に最高司令官が要求する命令を発するよう命じるものとする。
日本国政府は、降伏後ただちに俘虜および被抑留者を、すみやかに連合国船舶に乗船させうる安全な場所へ指示されるとおり移送するものとする。
「日本国の最終的政治形態は、ポツダム宣言にもとづき、自由に表明される日本国国民の意志によって確定されるものとする。」
連合国軍隊は、ポツダム宣言に掲げられた諸目的が達成されるまで日本国内に駐留する。(「  」は岩田による)

比較してみると、問題点は二つあります。
 第一に、岡田訳で「連合国最高司令官に従属するもの」とあるところを、外務省訳では、「聯合國最高司令官の制限の下に置かるるもの」とあります。「従属する」と「制限の下」では、意味が全く違います。
 第二に、岡田訳で「日本国の最終的政治形態は、ポツダム宣言にもとづき、自由に表明される日本国国民の意志によって確定されるものとする」とあるところを、外務省訳では「最終的の日本國の政府の形態は」としています。これも、「日本国の最終的政治形態」と「最終的の日本國の政府の形態」では、意味が全く違います。
当初は、この機を逃さずに「終戦」を早めるため、外務省当局による軍部を意識した「翻訳」上の作為及び恣意的解釈でした。
しかしながら、その後、この「意訳」と解釈は、国民全体を騙す手段として繰り返し使われることになります。
問題なのは、戦後、憲法学者が外務省訳をそのまま使用していることを見かけることです。

ところで、日本政府が、回答文をどのように翻訳すべきか、またどのように解釈すべきか、さらにはどう対応すべきかについて様々な論議を続けているところへ、追い討ちをかけるような事態が生じます。
八月十三日に、B29が爆弾ではなく、「日本政府の八月十日付申入れ」及び「連合国側からの八月十一日付日本政府宛回答全文」を知らせる日本語のビラを投下し始めたのです。
このビラは、外務当局が「意訳」した二つの問題点について、「連合軍最高司令官の下におかれるのである」、「究極に於ける日本政府の政體」と、正確に答えています。
ビラの全文は、憲法便り#195で紹介しますが、八月十三日午後五時に東京に投下されたビラは、後述する『木戸日記』で見るように、日本政府に「ポツダム」宣言受諾を決断させる大きな要因となりました。
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by kenpou-dayori | 2015-08-12 21:37 | 太平洋戦争日歴


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