2015年 09月 05日

憲法便り#1283:70年前の「平和国家」論社説2:昭和20年9月5日付『朝日新聞』社説「平和国家」

2015年9月5日(土)(憲法千話)

憲法便り#1283:70年前の「平和国家」論の社説2:昭和20年9月5日付『朝日新聞』社説「平和国家」

朝日新聞編集委員上丸氏の研究盗用問題については、別途論じる予定です。

過去に2回、紹介している社説ですが、三度目の紹介をします。

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以下は、【再録】です。

2015年3月28日

この社説は、すでに2014年 09月 05日に『憲法便り#646』で紹介したものです。

若干の加筆をして再録します。
昭和20年9月6日付『上毛新聞』の社説、同じく9月6日付『伊勢新聞』の社説は、ともに『朝日新聞』社説「平和国家」を借用し、全く同文で掲載しています。

この社説は、マスコミの皆さんにも、読んでいただきたい文章です。
後になって、「あの時、こうしていれば良かった」と悔やむより、いまが大切です。
いま、日本の政治は、安倍政権の憲法破壊、立憲政治破壊、国民無視の政策の強行により、戦前の「いつか来た道」を、まっしぐらに逆走しています。
日本は、「テロとの戦い」を口実に、国民の声を無視して戦争準備を急速に進めていますが、決して、過ちを繰り返してはならないと思います。

この社説には、天皇の言葉にすべてを求めるたわ言のような部分もありますが、とにかく、最初から最後までお読みください。
最後の方に、「心ある国民はそもそも一部官辺のナチスかぶれの思想が今日の禍を齎したことを痛感している」という言葉も書かれています。
私が戦争を体験したのは、二歳の時でしたから、あの戦争に責任はありません。
でも、「同盟軍への支援」、「集団的自衛権」なるものを口実に現在進行している戦争への道を許してしまったならば、力不足だった私にも責任があると考えています。
後で、「力不足だった」と慨嘆するよりも、いま力を尽したいと思います。

判読が困難な個所は、□□で記しておきます。旧漢字、旧仮名遣いも改めてあります。

社説「平和国家」
「連合軍進駐のめまぐるしい速度並にポツダム条項履行のための急速なる準備―内閣及び各省当局はいまこれに忙殺されている。もちろん具体的措置は、連合軍司令官の命令を待ち、これに即応して行なわれるのであるが、そのための心の用意と実務上の仕度は着々なられなければならないからである。あの惨憺たる終戦前後の混沌から、突如急転、降伏に立ち至った情勢下に出発した現内閣としては、いま□にこれ以上の能率を発揮することは頗る至難といわなければならぬ。厩舎、電報、電話から甚だしきは乗用車そのた交換手段さえ意に任せぬこともこの際思い合せられなければなるまい。
 しかしながら、現内閣が心の奥底から深く思索し、堅く決意せるところのものは、総理の宮の談話にもあったように、日本の再生、再誕生にほかならぬ。現在のところ、日々の緊急要務に忙殺されざるをえないため、また言葉以上のものになっていないかも知れない。具体的事実というにはさらに一層遠い距離があるであろう。だが、いま日本に進行しつつあるものは、恐らく空前の大変革なのである。強風によって急旋回したカードの表に裏が代ったほどの急変化である。この大激変を日本人自身すら明確にはまだ□っていないかも知れない。一般的には暗中に模索しているといえるかも知れぬ。しかし、具眼の士はすでに明確に意識している。いな大衆も模索の境にあるとはいえ、無意識の裡に、漸次厳粛なる結論に到達しつつあると思う。
 然らば、いったい、こうした突□はどこから来たのか。それは東洋の秘密であり、日本の神秘に属する。端的にいおう。八月十五日正午の天□からである。天□なるが故に真実を指さされ給うた。事実を自ら偽るものはもはや許されない。無用の虚勢も、自己本位の欺瞞ももはや存在し得なくなった。それは民心深く浸透したものの力である。世界平和をつねに御□念遊ばされ万民赤子を道具としてでなく、大御□として慈み給う大御心が□□の如く全国民の良心をうったのである。そこには、もはや君民を隔てる何物もすでに力を失っていた。あらゆる謀略ももはや効を奏しなかった。遠く余りにも遠くゐまして、知るによしなかりし大御心が玉音とともに国民の迷夢を覚醒せしめられたのである。思うに戦争はすでに完全に負けていたのだ。知らされさえすれば理解の早い日本人も、知らされざるが故に完敗とは思っていなかったのだ。卒然として迷妄が霧消し去った。科学において破れた。出兵においても破れた。政治においても破れた。経済政策においてはなおさらだ。よく諒解し得なかった支那事変のつづきの戦争としての危惧の念も強かった。単に物量と原子爆弾だけに敗北を喫したのではなかった。
すべてにで敗れた日本は、また再び戦争を考える愚かものではない。精神に生きよう。文化に生きよう。学問に、宗教に、道義に生きよう。欧亜にまたがるかくの如き大戦の惨禍を未来永劫世界より絶滅するための一助言者として生き抜こう。これが佯(いつ)わらざる日本人の心理であり、新日本の姿勢である。開院式の御垂示に「平和国家」と宣うた。然り、平和国家の平和なるみ民として、断じて敗るることなき文化と精神の大道を踏み出そうとしているのだ。このコペルニクス的大転回は、総て徐々にもせよ事実の上に現れて来るであろうが、日本人の外は中国人が些(いささ)か理解し得る外は、国際的になかなか腑に落ちないかも知れない。それはそれでよろしい、けれども、ここにはっきりしているのは「信義」を内外に失うようなことは、日本国民自体が絶対的に許さないであろう事だ。心ある国民はそもそも一部官辺のナチスかぶれの思想が今日の禍を齎したことを痛感している。民本の、君民一体のわが国に独裁者気取りの指導者の介在することを嫌悪していたのだ。それらのものは戦争犯罪者として処断されるに全大衆の痛烈なる審判に包囲されているのだ。もって陰険と、謀略と、不忠と無智と饗膳とを払拭し去ろうとしているのだ。「平和国家」日本の、平和国民日本人の途は、かくて世界的に客観性を立証するに至るであろう。」

※平和憲法を守る闘いに寄与するため、昨年5月に下記の新著を緊急出版しました。
『世論と新聞報道が平和憲法を誕生させた!』
―押し付け憲法論への、戦後の61紙等に基づく実証的反論―
(これは『心踊る平和憲法誕生の時代』の改題・補訂第二版です)

闘いは、まだこれからも続きます。「押し付け憲法」論、自主憲法制定論に対する闘いに、是非とも本書を活用していただきたい。

ご注文は、下記の書店へ
美和書店 電 話03-3402-4146
FAX 03-3402-4147
憲法便り#1283:

2015年3月28日

この社説は、すでに2014年 09月 05日に『憲法便り#646』で紹介したものです。若干の加筆をして再録します。
昭和20年9月6日付『上毛新聞』の社説、同じく9月6日付『伊勢新聞』の社説は、ともに『朝日新聞』社説「平和国家」を借用し、全く同文で掲載しています。

この社説は、マスコミの皆さんにも、読んでいただきたい文章です。
後になって、「あの時、こうしていれば良かった」と悔やむより、いまが大切です。
いま、日本の政治は、安倍政権の憲法破壊、立憲政治破壊、国民無視の政策の強行により、戦前の「いつか来た道」を、まっしぐらに逆走しています。
日本は、「テロとの戦い」を口実に、国民の声を無視して戦争準備を急速に進めていますが、決して、過ちを繰り返してはならないと思います。

この社説には、天皇の言葉にすべてを求めるたわ言のような部分もありますが、とにかく、最初から最後までお読みください。
最後の方に、「心ある国民はそもそも一部官辺のナチスかぶれの思想が今日の禍を齎したことを痛感している」という言葉も書かれています。
私が戦争を体験したのは、二歳の時でしたから、あの戦争に責任はありません。
でも、「同盟軍への支援」、「集団的自衛権」なるものを口実に現在進行している戦争への道を許してしまったならば、力不足だった私にも責任があると考えています。
後で、「力不足だった」と慨嘆するよりも、いま力を尽したいと思います。

判読が困難な個所は、□□で記しておきます。旧漢字、旧仮名遣いも改めてあります。

社説「平和国家」
「連合軍進駐のめまぐるしい速度並にポツダム条項履行のための急速なる準備―内閣及び各省当局はいまこれに忙殺されている。もちろん具体的措置は、連合軍司令官の命令を待ち、これに即応して行なわれるのであるが、そのための心の用意と実務上の仕度は着々なられなければならないからである。あの惨憺たる終戦前後の混沌から、突如急転、降伏に立ち至った情勢下に出発した現内閣としては、いま□にこれ以上の能率を発揮することは頗る至難といわなければならぬ。厩舎、電報、電話から甚だしきは乗用車そのた交換手段さえ意に任せぬこともこの際思い合せられなければなるまい。
 しかしながら、現内閣が心の奥底から深く思索し、堅く決意せるところのものは、総理の宮の談話にもあったように、日本の再生、再誕生にほかならぬ。現在のところ、日々の緊急要務に忙殺されざるをえないため、また言葉以上のものになっていないかも知れない。具体的事実というにはさらに一層遠い距離があるであろう。だが、いま日本に進行しつつあるものは、恐らく空前の大変革なのである。強風によって急旋回したカードの表に裏が代ったほどの急変化である。この大激変を日本人自身すら明確にはまだ□っていないかも知れない。一般的には暗中に模索しているといえるかも知れぬ。しかし、具眼の士はすでに明確に意識している。いな大衆も模索の境にあるとはいえ、無意識の裡に、漸次厳粛なる結論に到達しつつあると思う。
 然らば、いったい、こうした突□はどこから来たのか。それは東洋の秘密であり、日本の神秘に属する。端的にいおう。八月十五日正午の天□からである。天□なるが故に真実を指さされ給うた。事実を自ら偽るものはもはや許されない。無用の虚勢も、自己本位の欺瞞ももはや存在し得なくなった。それは民心深く浸透したものの力である。世界平和をつねに御□念遊ばされ万民赤子を道具としてでなく、大御□として慈み給う大御心が□□の如く全国民の良心をうったのである。そこには、もはや君民を隔てる何物もすでに力を失っていた。あらゆる謀略ももはや効を奏しなかった。遠く余りにも遠くゐまして、知るによしなかりし大御心が玉音とともに国民の迷夢を覚醒せしめられたのである。思うに戦争はすでに完全に負けていたのだ。知らされさえすれば理解の早い日本人も、知らされざるが故に完敗とは思っていなかったのだ。卒然として迷妄が霧消し去った。科学において破れた。出兵においても破れた。政治においても破れた。経済政策においてはなおさらだ。よく諒解し得なかった支那事変のつづきの戦争としての危惧の念も強かった。単に物量と原子爆弾だけに敗北を喫したのではなかった。
すべてにで敗れた日本は、また再び戦争を考える愚かものではない。精神に生きよう。文化に生きよう。学問に、宗教に、道義に生きよう。欧亜にまたがるかくの如き大戦の惨禍を未来永劫世界より絶滅するための一助言者として生き抜こう。これが佯(いつ)わらざる日本人の心理であり、新日本の姿勢である。開院式の御垂示に「平和国家」と宣うた。然り、平和国家の平和なるみ民として、断じて敗るることなき文化と精神の大道を踏み出そうとしているのだ。このコペルニクス的大転回は、総て徐々にもせよ事実の上に現れて来るであろうが、日本人の外は中国人が些(いささ)か理解し得る外は、国際的になかなか腑に落ちないかも知れない。それはそれでよろしい、けれども、ここにはっきりしているのは「信義」を内外に失うようなことは、日本国民自体が絶対的に許さないであろう事だ。心ある国民はそもそも一部官辺のナチスかぶれの思想が今日の禍を齎したことを痛感している。民本の、君民一体のわが国に独裁者気取りの指導者の介在することを嫌悪していたのだ。それらのものは戦争犯罪者として処断されるに全大衆の痛烈なる審判に包囲されているのだ。もって陰険と、謀略と、不忠と無智と饗膳とを払拭し去ろうとしているのだ。「平和国家」日本の、平和国民日本人の途は、かくて世界的に客観性を立証するに至るであろう。」

※平和憲法を守る闘いに寄与するため、昨年5月に下記の新著を緊急出版しました。
『世論と新聞報道が平和憲法を誕生させた!』
―押し付け憲法論への、戦後の61紙等に基づく実証的反論―
(これは『心踊る平和憲法誕生の時代』の改題・補訂第二版です)

闘いは、まだこれからも続きます。「押し付け憲法」論、自主憲法制定論に対する闘いに、是非とも本書を活用していただきたい。

ご注文は、下記の書店へ
美和書店 電 話03-3402-4146
FAX 03-3402-4147
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by kenpou-dayori | 2015-09-05 13:03 | 敗戦直後の「平和国家」論の社説


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