岩田行雄の憲法便り・日刊憲法新聞

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2015年 09月 08日

憲法便り#1308:【再録】シリーズ・「新設」は嘘! これが復活する言論統制機関「内閣情報局」だ!

2015年9月8日(火)(憲法千話)

憲法便り#1308:【再録】シリーズ・「新設」は嘘! これが復活する言論統制機関「内閣情報局」だ!

以下は、【再録】です。

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2013年 09月 08日
憲法便り#277「新設」は嘘! これが復活する言論統制機関「内閣情報局」だ!

「日本民主化の日歴」(特別篇)
いま、安倍政権は、マス・メディアの社長たちを個別の会食で抱き込み、取材現場では記者たちを恫喝し、懲役最高十年の罰則を伴う「秘密保護法」という名の「機密保護法」の制定を目論み、それでも足りずに、68年前に廃止せざるを得なかった言論統制機関である「内閣情報局」を復活させようと画策している。まさに、戦争中の亡霊を呼び出そうとしている。
「新設」などとは「真っ赤な嘘」である。

その実体を明らかにするために、今日と明後日の二回にわたって、昭和20年12月31日に廃止された「内閣情報局」の実態について掲載する。

典拠は、『國史大辞典』(吉川弘文館)第十巻に内閣情報局の項目(担当:マス・コミュニケーション学者の内川芳美氏)で、項目の全文をそのまま紹介する。
この文章が、内閣情報局に関して、最も判り易くまとめられているからである。
ただし読み易くするため、内容的に区切りのよい箇所で改行し、行のスペースを設けた。

今日は、その第一回。歴史的な概要。
明日の第二回は、組織図の全体と各部署の役割について。

【ないかくじょうほうきょく 内閣情報局】
第二次世界大戦期に、国家的情報・宣伝活動の一元化と、言論・報道に対する指導と取締りの統合強化を目的に設置された政府機関。昭和十五年(一九四〇)十二月六日公布の情報局官制(勅令第八四六号)に基づき、内閣総理大臣のもとで設置。

系譜的には、内閣情報部(昭和十二年九月二十五日設置)、およびその前身である情報委員会(昭和十一年七月一日設置)が発展したものである。この二者は、いずれも政府各省庁の権限下にある情報・宣伝業務の「連絡調整」が主務で、内閣情報部に至って、このほかに新たに、各省庁に属さない業務の実施と、のちに国民精神総動員関連業務の実施とが独自業務として独自業務として加わったにとどまっていた。

情報局は、従来、これら各省庁にばらばらに分属していた情報・業務宣伝、および言論・報道に対する指導と取締りを一元的に統合し強化することをめざして設置されたものである。
当初の組織は、総裁以下、官房(二課)および五部の合計十七課よりなる厖大な機構で、各課に現役の陸・海軍将校を含む計三十名の情報官が配置されていた。

庁舎は東京日比谷の帝国劇場があてられた。

情報局の業務は、国策遂行の重要事項に関する情報収集、報道・宣伝のほか、国家総動員法第二〇条に基づく新聞紙等掲載制限令(勅令、十六年一月十一日公布)の規定する処分、および、これまで内務省・外務省・逓信省で実施されてきた新聞・雑誌・出版・放送・映画・演劇・レコードなどの検閲と取締り、ならびに、これらのマス=メディアおよび各種の思想・文化団体の指導など、きわめて広汎な範囲にわたっており、情報局が軍国主義ファシズム体制下の戦争遂行政策に果した役割は、決して小さくなかったといえる。

ただ、上述した各省庁に分属していた情報・宣伝関連業務の一元化は、当初はなお完全とはいえず、ことに大本営報道部や陸・海軍省報道部などの軍関係の機関は、依然、情報局の外にあって独自の活動を行なった。

十七年三月には審議室が設置され、大本営との連絡調整がはかられてはいるが、この一元化が完全な形で実現したのは、大戦末期のすでに敗色濃厚な二十年四月のことであった。

情報局は敗戦後もしばらく存続したが、同年(二十年)九月二十七日に天皇が連合国最高司令官マッカーサー元帥を訪問した際の写真を掲載した二十九日付けの東京各紙を発売禁止処分に付したのが契機となって、連合国総司令部から「新聞及び言論の自由への追加措置に関する覚書」(日付けは遡及して九月二十七日付け)を発したため、これによって情報局の言論・報道に対する指導と取締り機能が停止されることとなり、目的も「斡旋助長」(十一月一日改正官制)に衣替えした。しかし、結局、昭和二十年十二月三十一日廃止された。総裁は、初代が伊藤術史、ついで谷正之・天羽英二・緒方竹虎・下村宏・河相達夫が就任。〔参考文献〕内川芳美編『マス・メディア統制』二(『現代史資料』四一、『戦時情報機構要覧』  (内川 芳美)

明後日は、機構一覧(組織図の全体と各部署の役割)です。
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by kenpou-dayori | 2015-09-08 21:46 | 戦後日本と憲法民主化報道


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