2015年 12月 18日

憲法便り#1474:9・11直後に書いた「『アメリカの友へ』―2001年11月18日の手紙」

2015年12月18日(金)(憲法千話)

憲法便り#1474:9・11直後に書いた「『アメリカの友へ』―2001年11月18日の手紙」

今日は、12年前の9・11の直後に書いた、私の詩を掲載します。
正式なタイトルは、「『アメリカの友へ』―2001年11月18日の手紙」。
同人誌『ひろば 190号』(2002年2月)に掲載されたものです。
当時は、イラク戦争の前夜でした。
現在は、シリアへのアメリカの軍事行動が当面は阻止された状況ですが、予断は許しません。
こういう時こそ、世論の力が戦争をくいとめる、そう信じます。
イギリスでは、世論がイギリス政府の手を縛りました。

いま、改めてこの詩を読んでみると、日本は本当に変わってきていると思います。
しかしながら、私は諦めません。
いかなる戦争も反対です。

9・11事件当時、私は、「来日ロシア人研究会」がその研究活動の一環として、2001年10月6日に、早稲田大学において開催を予定していた国際会議「日本におけるロシア文化の受容<過去から未来へ>」で研究発表をするために、原稿の仕上げの段階にありました。テーマは、「エマヌイル・シュテインの亡命ロシア人詩集コレクションについて」。
エマヌイル・シュテインは1934年ポーランド生まれのユダヤ人で、5歳のときに第二次世界大戦が勃発して以降、数奇な運命を辿り、1968年に不本意ながらアメリカに亡命している。彼は、残念ながら1999年にこの世を去っており、アメリカで刊行された「シュテイン・コレクション目録」および彼の経歴については、オリガ夫人と手紙のやりとりで、情報を提供していただいていました。ところが9・11以降、アメリカでは手紙が果たして届くかどうか判らない、高い警戒レベルになり、友人の協力を得てメールのやり取りをしました。エマヌイル・シュテインの運命については、改めて紹介したいと思います。

前段が長くなりましたが、詩とともに投稿した文章がありますので、その中から詩を書いた経緯についての部分をここに再録します。

「『アメリカの友へ』は、「高校生の平和のつどい」、「世界の子どもの平和像を東京に」、「報復戦争反対、平和を求める高校生一万人署名」などの運動を続けている高校生たちへの激励の気持ちを込めて書いた散文詩です。
 最近の世界情勢と私の戦争体験、ベトナム戦争後に南北が統一する前の北ベトナムを訪問して来た体験、そしてユーゴスラヴィア空爆の時にはNATO軍に基地を提供しているイタリアに滞在していた経験を重ねあわせました。
 私の中にはもっと書きたいこと、もっと大きな怒りがありますが、いろいろな人に読んでもらうために表現を抑え、問いかける手紙の形式をとりました。
 昨年(2001年)十月六日に早稲田大学を会場にして来日ロシア人研究会が開催した国際シンポジウムで『エマヌイル・シュテインの亡命ロシア人詩集コレクションについて』と題する研究発表をするために、アメリカ在住のオリガ・シュテインさんと昨年(2001年)の九月末から十月にかけてメールのやりとりをしたこともきっかけになっています。
 「高校生の平和の集い」の実行委員宛てに激励の手紙とこの詩を送ったところ、顧問の先生からお礼の手紙が届きました。「平和の集い」実行委員の反省会で顧問の先生が私の手紙を読み上げ、高校生の皆さんでこの詩を輪読して下さったそうです。そして、歴史について改めて話し合うきっかけにして下さったとのことでした。
 『アメリカの友へ』は(二〇〇二年)一月十八日に新宿平和委員会をはじめとする新宿区内の平和五団体により開催される「アフガンは今―パキスタン現状報告・二〇〇二年新春平和の集い」でも朗読されることになりました。」

なお当時、私は、「報復戦争反対、平和を求める高校生一万人署名」に協力するため、友人・知人に署名用紙を郵送して、五百筆を大きく超える署名を届けたことを付記しておきます。
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by kenpou-dayori | 2015-12-18 09:25 | エッセー


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