2016年 03月 13日

憲法便り#1596:痛快!マーティン・ファクラー著『安倍政権にひれ伏す日本のメディア』

2016年3月13日(日)(憲法千話)
2016年3月22日(火)末尾に、目次のコピー4頁追加

憲法便り#1596:痛快!マーティン・ファクラー著『安倍政権にひれ伏す日本のメディア』
c0295254_1713076.jpg読み出すと止まらない!
とにかく、痛快である。
ジャーナリズム本来のあり方の、お手本のような著作である。
どんな権威にもへつらわない。

著者は、ニューヨーク・タイムス前東京支局長。
日頃、私が思っていたこと、あるいは『憲法便り』で指摘してきたことが書いてある。

昨夜、夕食後、買い物がてら散歩に出かけた際に、書店で、この本に気が付いた。
本体価格1,000円+税=1,080円。
是非ともお薦めしたい。
本を買わない主義の人には、身近な公立図書館に購入希望を出すことをお薦めしたい。

本書の構成は、次の通り。(下に、目次のコピーあり)
はじめに
第1章 安倍政権のメディア・コントロール
第2章 メディアの自壊
第3章 ネット右翼と安倍政権
第4章 権力vs調査報道
第5章 失われる自由
第6章 不確かな未来
おわりに

ここで、「はじめに」の全文を紹介しておこう。(年号は、15年→2015年のように補足)
「2015年9月19日未明、参議院で安全保障関連法案(安保法案)が成立した。国会を大幅延長して論戦を繰り広げ、最後は野党議員から激しい怒号が飛び交う中での強行採決だった。安保法案が成立すると、安倍晋三首相は9月26日から10月2日にかけて颯爽と外遊に繰り出し、ニューヨークの国連総会に出席している。
 帰国前の9月29日、ニューヨークで開かれた安倍首相の「内外記者会見」で事件は起きた。安倍首相による冒頭発言のあと、NHK、ロイター通信、共同通信、NPR(ナショナル・パブリック・ラジオ)の4人の記者が順番に質問をしている。
 日本の総理大臣がこの種の記者会見を開くとき、官邸は指名を予定している記者に「事前に質問項目を出してください」と要求する。だから記者クラブメディア質問する総理大臣の記者会見では多くの場合、予定調和の想定問答のようなやり取りがなされるわけだ。
 この日、一番手に指名されたNHKの記者は予定通りの質問を棒読みした。安倍首相は準備してきたかのように、よどみなく回答した。続いてロイター通信のブラントロム記者が、まず事前に官邸に提出しておいた「アベノミクス2・0」についての質問をしている。ここで、イレギュラーが起きる。ブラントロム記者が、予定にはない質問項目をその場で次のように付け足したのだ。

〈シリアの難民については、日本は新しいお金をイラクにも出すとのことだが、日本が難民を受け入れるという可能性についてはどう考えるか。〉(首相官邸の議事録より)

 思わぬ質問に、安倍首相はあわてたように見えた。アドリブで以下のように答えた。

〈今回の難民に対する問題であります。これはまさに国際社会で連携して取り組まなければいけない課題であろうと思います。人口問題として申し上げれば、我々はいわば移民を受け入れるよりも前にやるべきことがあり、それは女性の活躍であり、あるいは高齢者の活躍であり、そして出生率を上げていくにはまだまだ打つべき手があるということでもあります。同時にこの難民の問題については、日本は日本としての責任をいきたいと考えておりまして、それはまさに難民を生み出す土壌そのものを変えていくために、日本としては貢献をしていきたいと考えております〉(同)
 
 ブラントロム記者は「refugees」について質問しているのに、安倍首相は「難民」と「移民」をごちゃ混ぜにして答えている。移民が頭から離れなかったためか、「女性の活躍」「高齢者の活躍」「出生率」というシリアの難民とはまったく関係ない国内問題について語り始め、非常に間が抜けた発言になってしまった。
 安倍首相が難民問題について日頃きちんと考えていないことが、ニューヨークを舞台にした記者会見で明るみになった。

 アドリブで追加の質問項目を盛りこんだブラントロム記者は、官邸から「事前に質問項目を出して下さい」と言われて「バカバカしい」と思ったのだろう。
 一国のリーダーが想定問答のような記者会見を開くなど、民主主義国家では考えられない。アメリカの大統領が記者会見を開くときには、質問事項など誰も事前には提出しない。記者はあらゆる角度から実にさまざまな質問を投げかけ、なかには大統領にとって相当にタフなやり取りもある。政権に批判的な質問もあるのは当然だ。
 日本では官邸が記者クラブメディアをがっちりコントロールしており、記者会見では「想定外の質問が飛んでくる」という緊張感は生れない。「不規則発言」が民主主義国家の記者会見では当たり前なのだが、日本ではそんなことをすれば、「オマエは何を勝手なことをやっているのだ」と怒られてしまうのだ。官邸の記者たちは、権力側からの管理によってあまりにも縛られ、またそのことに慣れすぎている。
 あの記者会見のおかしさと滑稽さについて、日本の主要なメディアがきちんと報道しないことも私には驚きだった。質問事項を事前に提出するよう官邸が記者に迫り、記者はその指示に従順に従う。国際社会で最も緊急性が高い難民対策というホットイシューについて、誰も質問しようとしない。このおかしさを指摘する日本の大手メディアは皆無に等しかった。
 政府から得る情報でなければ、報道する価値はない。外務省が発表しないニュースは、ノータッチで済ませてしまう。メディアが政府から完全にコントロールされている現在の日本のジャーナリズムは、およそ健全ではない。

 私はアメリカの大学でジャーナリズムを学んだのち、1996年からブルームバーグ東京支局で仕事をしてきた。それからAP通信に移り、ウォール・ストリート・ジャーナル東京支局を経て、2005年からはニューヨーク・タイムズ東京支局で記者の仕事をしている。2009年2月から2015年7月まで、約6年半にわたって東京支局長を務めてきた。

 私の母語は英語だが、読み書きインタビューすべてを含めて日本語でも取材をしている。日本で仕事を初めてから20年近くが過ぎ、日本の記者たちのおかしな取材は数知れず目にしてきた。日本ならではの不思議な報道、記者クラブメディアの特殊さを間近で見てきた。
 ジャーナリズムは政治権力のウオッチ・ドッグ(番犬)であるべき存在だが、記者クラブメディアはまるで政権のポチのようにシッポを振ってきた。第二次安倍政権が成立して以降、その傾向はますます加速している。
 なぜ日本のメディアは安倍政権に「伏せ」をするような態度で仕事をするのか。メディアに対する「Political pressure」(政権からのプレッシャー)とメディアの「Self-censorship」(自己検閲、自主規制)は、どこまで進んでいるのか。
 日本にも優れたジャーナリストはいる。だが、第二次安倍政権の誕生以降、彼ら彼女らの取材環境はますます厳しいものとなっている。
 果たして今、日本のメディアに何が起きているのか。
 本書を読みながら、読者の皆さんにその判断をしていただきたい。

  ニューヨーク・タイムズ前東京支局長 マーティン・ファクラ―」

 本文には、事実に基づく豊富な事例が記されている。
驚くような事例も、多数書かれている。 
 その中の一つだけ簡単にふれると、第1章に「国際報道官から要求された念書の提出」(30頁から34頁)という項目がある。首相官邸の国際報道官からの要求である。麻生政権末期に、ニューヨーク・タイムズ東京支局長に就任し、新任の挨拶に訪れた時の話である。
 部分的に引用すると誤解を生じる恐れがあるので、あとはご自分で読んでほしい。

 彼は、今後、各地での講演会に、ひっぱりダコになること間違いない。
 近い将来、彼の話を聞く機会があることを、今から楽しみにしている。

今日は、取りあえず、表紙のみをコピーで紹介したい。

 目次の細目も、コピーで紹介したいが、著作権の問題がある。
今日は双葉社が休みなので、明日電話で了解を得られれば、コピーによる紹介を追加したい。
ご了解を得ましたので、目次のコピーを追加します。(2016年3月22日)

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by kenpou-dayori | 2016-03-13 17:11 | 名著・名文・名言紹介


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