2016年3月21日(月(憲法千話)
憲法便り#1607:〔講演資料〕2月13日に外務大臣官邸でGHQ草案を手渡した際の『記録』より
(会談終了後一時間以内にケーディス、ハッシー、ラウエルが作成した報告書の要約。
岩田が新たに翻訳した全文は、岩田行雄編著『外務省と憲法第九条』p.135-140に収録)
全体が長いので、7つの論題に分けて、整理した。
《到着》ホイットニーたちは、午前10時きっかりに外務大臣官邸に到着。そして彼らは白洲次郎に帽子と手袋を預け、彼の案内でサンルームに通された。そこには、吉田外務大臣、松本烝治、通訳に当った外務省の長谷川元吉が待っていた。
《テーブルの上》彼等はホイットニーたちを迎えるために立ち上がった。テーブルの上は、松本憲法草案に関するものらしい書類やメモがちらかっていた。
《座った位置》ホイットニーと部下たちは、日本の出席者の反対側に、太陽を背にして坐った。太陽は、日本側出席者の顔に最も効果的な照明をもたらしていた。
【論題1: GHQ草案の提示 】
ホイットニー「先日あなた方が私たちに提出した憲法改正草案は、自由と民主主義の文書として最高司令官がまったく受け入れることの出来ないものです。最高司令官は、日本国民が過去の不正義と専制的支配から彼らを守ってくれる自由主義的で、啓発された憲法に対する切なる願いを十分に承知しています。最高司令官は、日本の情勢が要求している諸原理を具現したものとしてこの草案を承認し、あなた方に手渡すように命じました。あなた方が自由に検討し討議できるように、部下と私はここで退席します。」
《日本側の表情》ホイットニーの言明を聞いて、日本側の出席者たちは茫然。吉田茂の顔は、特に、驚きと憂慮を表していた。全体の雰囲気は、劇的な緊張に満ちていた。
《草案の手渡し》コピー番号6番が吉田、7番が松本、8番が長谷川、9番から20番までが白洲に手渡され、白洲がまとめて受取りの署名。 《会談を中断》午前10時10分
《陽光の中庭で》白洲がサンルームを離れる前に、日本の関係者各人が、憲法草案を読み、吉田茂と松本烝治が草案の様々な部分に言及し、協議していたことが見てとれた。
《会談再開へ》白洲氏は両大臣の協議の場に呼び戻され、数分後に大臣たちの用意が整ったことを我々に告げに来た。我々はサンルームに戻り、最初と同じ席に着いた。
《テーブルの上》の資料はすべて片付けられ、封筒の中に戻されていた。
【論題2:会談再開(午前10時40分)… 憲法改正草案について 】
松本烝治(通訳官を介して)「草案を読んで理解をしたが、自分たちの案とはあまりにも掛け離れているので、総理大臣にこの案を示すまでは、いかなる言明も出来ない。」
ホイットニー「非常にゆっくり話します。もしも松本博士が私の話しで理解できない時は、どんなところでも話の中断を歓迎します。それは吉田氏と同じく松本博士にも私が発言する全ての言葉を理解することを確かなものにしたいと望んでいるからです。」
松本烝治(通訳官がこの部分を博士に通訳する前に)「ホイットニー将軍が言ったことは理解したが、何かこの憲法の説明書が用意されているかをどうかを知りたい。」
ホイットニー「説明書は準備されていないが、専門用語によるこの文書は明確なので、それは誤解しにくい、判り易いものです。」さらに、
ホイットニー「最高司令官は、最近、様々な党派が憲法改正案を発表していること、また、国民の中で憲法改正の必要に関して増大しつつある自覚を注意深く見ています。国民が憲法改正を手に入れることを見届けるというのが彼の意向です。」
【論題3:天皇の戦犯問題について 】
ホイットニー「あなた方がご存知かどうか分りませんが、最高司令官は、天皇を戦争犯罪取調べの対象にするという、強まりつつある外部からの圧力に抗して、天皇を守ろうという決意を固く保持しています。彼が天皇を守ってきたのは、それが公正と正義のためであると考えたからであり、今後も彼の力の及ぶ限りそうするでありましょう。しかし、紳士諸兄、最高司令官といえども、神のように万能ではありません。けれども最高司令官は、この新しい憲法の諸条項を受容することが、天皇を実際的な見地から攻撃出来ないものとすると考えています。彼はそれが、連合国による占領からあなた方が自由になる日がより早くなることをもたらすであろうこと、連合国があなた方の国民のために要求しているところの本質的な自由を彼らに提供するであろうと考えています。」
(マッカーサーは、米国統合参謀本部発1945年11月29日付極秘通達、1月22日付通達による天皇他61名の戦犯名簿に関して、天皇を外すよう1月25日付返信を送っている。)
【論題4:民主的な憲法草案、保守的な憲法草案のどちらを選ぶかは、国民に権利がある 】
ホイットニー「最高司令官は、あなた方の選択と、もしあなた方がそうしたいとお思いならば、彼の全面的な支持のもとでの国民に対するあなた方の説明のために、この憲法草案を提示することを私に指示しました。けれども、彼がこれをあなた方に命じているのではありません。とはいえ、最高司令官は、ここに明言されている諸原則が国民の前に出されるべきであること―それはあなた方によって開示が行われることが望ましいが、もしあなた方が行なわないのなら、最高司令官によって行なうことを心に決めています。最高司令官は、この草案によって、敗戦国日本に対して、恒久平和に向う世界の国々の間で、精神的リーダーシップをとる機会を提供しているのです。」
「将軍は、これが数多くの人々によって反動的と考えられている保守派にとって権力に留まる最後の機会であること、それはあなた方が左に急旋回(この案を受容)することによってのみなされうると考えております。もしあなた方がこの憲法草案を受け容れるならば、最高司令官があなた方の立場を支持することを当てに出来ます。」
「最高司令官は、日本国民がこの憲法と、この憲法の諸原則を含んでいない他の憲法のどちらを選ぶかの自由を持つべきだと心に決めていることを、いくら強調しても強調しすぎることはありません。」
《通訳官長谷川》は、協議中ずっとまったく生気がなく、話すのが苦しそうで、たえず自分の唇を濡していた。
《吉田茂の表情》は暗く、しかめっ面で、ホイットニーが所見を述べている協議の間、変ることがなかった。彼はもっぱらホイットニーを凝視していたが、時折り脇を見ることがあり、彼の視線は部下たちの一人のところまで来ると、すぐに元に戻った。
そして、ホイットニーが話している間中、両方の掌をズボンにこすりつけ、これをゆっくりと前後に動かしていた。
《松本烝治の表情》ホイットニーが話すことのすべてを最大の集中力をもって聴いていたが、彼はホイットニー以外のメンバーに視線を注いでおり、ホイットニーをまっすく見ることは一度もなかった。
《ホイットニー》、は松本が話し終った時に、自分の所見を理解するために松本烝治が一度も通訳官に助けを求めなかったことにふれた。
松本烝治「ホイットニー将軍が言ったことのすべてを完全に理解したが、この問題に総理大臣の注意を向けさせ、熟考し論議する機会を持つまでは、回答できない。」
【論題5:一院制の提案について 】・・・GHQの高等戦術
松本烝治「一院制が規定されているが、これは日本の立法府の歴史的発展に照らしてみても全く異質であり、いかなる考えからこの規定が書き込まれたのか疑問である。」
ホイットニー「この憲法草案では、華族階級が廃止されるので、貴族院は不必要となります。一院制は、この憲法の他の部分に掲げられた抑制と均衡の原理の下で規定した、あなた方の選択のために最も簡単な形式との考えからです。日本における状況は、合衆国と比べ物になりません。合衆国では下院における、大きな州および人口が多い州の多数派代議員の政治支配を抑制するため、州の大きさあるいは人口にかかわりなく、それぞれの州の市民に同数の代議員を与えることを目的に上院が設立されました。」
松本烝治「他の諸国の大部分も、議会の活動に安定性をもたらすため、二院制を採用していると述べた。しかしながら、もしも一院しか存在しなかったならば、ある政党が過半数を獲得したらば、一方の極に進み、別の政党が政権を獲得したならば反対の極に進むだろうが、第二院を持つことは、政府の政策に安定性と継続性をもたらすであろう」
ホイットニー「最高司令官は、憲法草案の中に明らかにされている根本原則を損なわない限り、二院制を維持することが有用であると松本博士が主張したような、どんな点に対しても十分に考慮するであろうし、博士の意見は十分に論議されるであろう。
【論題6:日本側から、検討の約束および再会談の申し入れ 】
吉田外務大臣「総理大臣および閣議の意見を聞いたあとで、この問題に関する今後の会合の手筈を整えたい」…(注:実際には、松本国務相は2月19日まで閣議に報告せず)
ホイットニー〕「大臣閣下の望みは、勿論理解出来ます。最高司令官は、この憲法問題は総選挙よりもかなり前に国民に示されるべきであり、かれらが憲法改正に関して彼らの意思を自由に言い表わす機会を十分に持つべきであると心に決めています。マッカーサー元帥は、日本政府にこの憲法草案の起草を委ねる用意が出来ていますが、もしも必要ならば、彼は自分自身で国民の前にこれを示す用意があります。この草案は、最高司令官および連合国が、日本の政治の基礎として受け入れることが考えられる諸原則を表現しています。なぜならば、この文書で言明された諸原則が、自由で民主主義的な日本の政治およびポツダム宣言諸条項履行の基礎を規定しているからです。」
【論題7:GHQ側からの秘密の保持の確言および再会談の約束 】
吉田外務大臣(最後に)「この件についてあなたがたが秘密を守るよう希望する」
ホイットニー「大臣閣下、秘密は最高司令官のためではなく、あなた方の便宜を計りそしてあなた方を護るために、これまで守られて来ましたし、これからも守られるでしょう。後ほどのご連絡をお待ちしております。」(午前11時10分終了:会談の正味は40分間)
《退出時》ホイットニーは帰る時に、白洲次郎に自分の帽子と手袋を頼んだ。白洲は、玄関近くの控えの間に行き、そこでホイットニーたちの帽子と手袋をサンルームの隣りの書斎に置いたことを思い出して大急ぎで戻り、帽子と手袋を手にとり、極度の苛立ちをあらわにしながらホイットニーに渡した。それほど、彼は混乱していた。
4月22日(金)の講演会の詳細は、こちらへ。