2016年 12月 01日

憲法便り#1865:ご存知ですか? 「ナチスも第二次大戦中にカジノを重要な財源としていたこと」

2016年12月1日(水)(憲法千話)

憲法便り#1865:ご存知ですか? 「ナチスも第二次大戦中にカジノを重要な財源としていたこと」

国会では、自公政権が、「年金強引カット法案」を通すために、会期延長し、そのどさくさに紛れて、「カジノ法案」をも成立させようとしている。

私は、どちらの法案も反対である。

カジノに関しては、すでに昨年5月12日に書いているので、ここに再録する。

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2015年5月12日(火)(憲法千話)
同日、別のタイトルで、#780も掲載:大阪の皆さん!ナチスが「カジノ」を重要な財源としていたことを、ご存知ですか?

憲法便り#779 ご存知ですか? 「ナチスも第二次大戦中にカジノを重要な財源としていたこと」

「大阪維新の会」が、都構想の成長戦略の目玉として、「カジノ」を位置づけていると報じられている。
生産や、労働ではなく、
ギャンブルを成長戦略の目玉にすることは、大阪のみならず、東京であれ、日本のどこであれ、私は強く反対する。

維新の会の強引な提案と闘っていらっしゃる大阪の皆さんへの応援メッセージとして、以下の文章を掲載します。
この記事を広くリツイートして下さることを望みます。

昭和20年9月17日から25日までの間に、『朝日新聞』に、『ヒットラ来り去る』と題する連載が、下記の通り、6回にわたって掲載された。
筆者は、前ベルリン支局長守山義雄(1910-1964)。この連載を執筆した時、彼はちょうど30代半ばである。
彼は、朝日新聞大阪本社勤務で、昭和14年3月にベルリン特派員として派遣され、昭和20年5月にドイツが降伏する最後の段階までベルリンに滞在した。
ヒットラーとナチス政権に関して最も詳しい日本人と言える。
以下は、その彼が書いた、「カジノ」に関する証言、そして体験の始めの部分である。
表現に時代の制約はあるが、自身の経験に基づいているので、生々しい。

因みに、私は、昨年六月に、彼の友人たちが刊行した『守山義雄文集』をもとに、『ヒットラー来たり、ヒットラー去る』と題する「ひとり芝居」を上演したが、カジノの場面は、観に来て下さった方々にも、強烈な印象を残した場面である。

ルーレットと戦争

敗戦前夜の賭博場
ドストエフスキーの作品の一つに「賭博者」という心理小説がある。この作者がまだ三十代の若いころドイツのバーデンバーデンでルーレットに熱中し、元も子もすっからかんにすって、貧苦のどん底を彷徨する体験から生まれたものであるが、例の深刻な筆致で賭博者の異常心理をあますところなく描きつくした奇作である。遊蕩腐敗の徒を一掃する建前のナチスのことだから、まさかそういう賭博場は第三帝国から姿を消したことだろうと思うと大間違い、バーデンバーデンなどでは米英軍がつい目と鼻のさきへ押し寄せてくるまで、かつてはドストエフスキーが遊んだそのままの姿で、あの小さな象牙の玉がガラガラ廻りつづけていた。
 もちろん壮麗なカジノは燈火管制の黒幕で掩われていたが、一歩中へ入ると煌煌たるシャンデリアのもと、血走った博徒の群でむせるような賑わい、これでも戦争かといいたくなるような平和の、更に彼方の三昧境である。スターリングラード以後のあの根こそぎ動員でオペラハウスは閉鎖されたが、不思議なことに賭博場だけは逆に門を大きく開き年中無休でお客を呼んだのである。そこでナチスが戦時下にこういう施設をむしろ助長するような方針をとったのはどういう訳かというと、やはりこの賭場が党の有力な財源たるを失わなかったからだ。
 賭博場一箇所で一晩の純益十万マルクは確実だから、ドイツ一国数箇所で年一億数千マルクの収入になる勘定だ。日本金に直して約二億円ちかく、丁度わが国戦前の煙草等専売による収入純益に匹敵する。

(時間のある方は、続けてお読み下さい)
地中海の小国モナコの国民が税金を納める必要がなくて、その国家財政がもっぱら国営賭博場の収益に依存しているいることは周知の事実。
 そして一種の現場取引の富籤(とみくじ)のようなものだから、民間のインフレ遊資吸収という作用もある。富籤や勝札とは比較にならない圧縮された濃厚な魅力とスリルのあるところが味噌だ。
 さしあたり日本でこのカジノを全国に十箇所もひらけば、腹巻のなかに百円札の束をねじ込んでそこらあたりをうろうろしている闇屋の兄さんたちは、たちまちもとの寂しいからだになって、すこしは「敗戦」の痛苦に徹することとおもう。
 しかし日本人は忠治や次郎長ばかりではない。丁半をゆうゆうと楽しめるほどのまだ大国民ではなさそうだから、まあ家庭悲劇をさける意味でやらない方がよい。
 勝てばつけあがり、負ければしょげかえり、関心に凝っているなど思ったら、実はかっとのぼせているのだ。そのうえ我々の性格で一番いけないのは、切りあげる「潮どき」をしらないこと。
 これでは賭博にも戦争にも勝てっこない。満州事変以来のあののぼせあがった深あそびを思いかえせば、本当なら勘当されて首を縊(くび)らねばならないところだ。それがこんにち、どうやらこうやら食いつないでゆけそうだという境涯は、なんとしても有難い。勝ったとのき「潮どき」はわからなかったが、負けたときの「潮どき」をはづさなかったわけで、情けないながらさすがにさすがにと涙のこぼれるうれしさがある。(以下、略)

実は、彼は、昭和16年12月8日、友人に誘われて、初めて、バーデンバーデンの賭博場に行っている。
そして、当時のドイツ人労働者の1ヶ月分の給料に相当する200マルクを元手にルーレットに挑む。
幸運にも、掛金は倍倍に増え、大きな勝負に打って出るようになる。

勝ち続けていたとき、賭博場の事務室の男から呼び出され、電話で、日本が米英に宣戦布告をしたことを知らされる。
日本が開戦したことは、瞬時に、賭博場全体に広まり、事務所から戻って来た彼に好奇の目が注がれる。

ここで、勝ち逃げをすることは、出来ない。
賭博の魔力が、彼に神がかりのような気持ちを起こさせる。
彼は、また勝ちを納める。
払い戻された金額は、六千マルク。

この賭博場で賭けることが出来る上限の大金である。
彼は、その全額を賭けた。まれにみる大勝負。

日本人による、この大勝負の結果を見守るために、賭場にいるすべての人間が集まってきた。

ルーレットが回り始め、象牙の丸が逆方向に投げ込まれる。
そして、運命の一瞬。

この結末は、いずれまた。岩田行雄
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by kenpou-dayori | 2016-12-01 22:12 | ご存知ですか?シリーズ


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