岩田行雄の憲法便り・日刊憲法新聞

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2017年 05月 07日

憲法便り#2000:「(訂正版)『2000号記念:日本国憲法制定に伴う民法改正の経過―女性の権利確立の視点から』

2017年5月7日(日)(憲法千話)

2017年5月12日(金)訂正作業開始

2017年5月20日(土)訂正作業終了


憲法便り#2000:(訂正版)『2000号記念:日本国憲法制定に伴う民法改正の経過―女性の権利確立の視点から』


【はじめに】

2013年5月3日にブログを開設してから丸4年が経ちました。何回か長い中断の時期がありましたが、2000号まで回を重ねてきました。スタートした当時は、娘に過重な負担をかけてしまいましたが、現在は自立して続けています。

憲法研究に取り組み始めたのが、2004年1月ですから、14年目も半ばにさしかかっています。そして、2004年6月30日に『検証・憲法第九条の誕生』(初版、5000冊)を自費出版してから、間もなく満14年を迎えます。

現在の最大の課題は、『日本国憲法成立史の実証的再検討』と題する学位論文を完成することです。

しかしながら、今年3月末までは、日本国憲法施行に伴う付属法令改革の全体像を把握していないことに、私自身、大きな不満を持っていました。

でも嬉しいことに、一昨年、東京・本郷の文生書院から入手した、司法省民事局編『日本國憲法の施行に伴う民法の應急的措置に關する法律理由書』(民事月報号外)を手がかりに、研究はいま大きく前進しています。

特に、熊本女性学研究会編『新女性史研究』に寄稿することを申し出て、了承していただいたことにより、研究意欲と集中力が高まり、大きな力となりました。

熊本女性学研究会および『新女性史研究』については、『憲法便り』で、すでに繰り返し紹介していますので、ご記憶の方もあると思います。


憲法施行70年を迎えて、新聞、テレビ、雑誌等が、いろいろと特集を組んでいますが、この『憲法便り2000号記念』では、現在、『新女性史研究』のためにまとめつつある、『日本国憲法制定に伴う民法改正の経過―女性の権利確立の視点から』(仮題)の概略を紹介します。これには、私自身の研究の深化を確認する意味もあります。

典拠は、上述の『日本國憲法の施行に伴う民法の應急的措置に關する法律理由書』、我妻栄編『戦後における民法改正の経過』(日本評論社)、アカギ書房編集部編『日本国憲法全文及び解説 附民法改正要綱案』、官報、新聞記事、その他です。


【日本国憲法施行に伴う付属法令検討の組織】

日本国憲法は、昭和21年(1946年)11月3日公布、そして半年後の昭和22年(1947年)5月3日から施行されました。

しかしながら、憲法を実効性のあるものとするために、憲法施行までに付属法令を整える必要がありました。

第90回帝国議会衆議院において日本国憲法の政府案が提案、論議され始めたのは昭和21年6月25日ですから、その一週間後のことです。


付属法令全体の審議のため、まず、内閣のもとに「臨時法制調査会」が設置されます。民法に関しては「同調査会の第三部会」が担当することになります。

それに加えて、司法省に「司法法制審議会」が設置され、「臨時法制調査会」の第三部会を兼ねることが決定されます。そして、民法に関しては「臨時法制調査会第三部会」を兼ねる「司法法制審議会の第二小委員会」が担当し、さらに、「同第二小委員会」に「起草委員会」を設け、「同起草委員会」に三つの班を設け、細かい任務分担するという、何層にもわたっての組織作りが行われます。


 したがって、いつ、どの会議で、何が審議され、何が決定されたのか、経過を整理し、正確に把握することが重要な作業となりました。各組織について、もう少し詳しくふれておきます。


(1)臨時法制調査会

1946年7月2日:臨時法制調査会官制(昭和21年7月3日、勅令348号公布)により、内閣のもとに「臨時法制調査会」が設置されます。

 任務は、「内閣総理大臣の諮問に応じて憲法改正に伴う諸般の法制の整備に関する重要事項を調査審議する」こと。

ただし、下記の構成は、委員59人(現在)、幹事35人(現在)、新聞界1人(他に2人手続き間に合わず)を見てわかるように、最終的に確定したものではありません。また、全体で94人の構成のうち、女性はたったの3人です。

「臨時法制調査会」の構成

 会長  内閣総理大臣 吉田茂

 副会長 国務大臣 金森徳次郎

 委員  59人(現在)

     内訳

     (1)官庁関係 24人

     (2)学会   14人

     (3)新聞界   1人(他に2人手続き間に合わず)

     (4)婦人会   3人(久布白落実、村岡花子、川崎なつ)

(5)法曹界   3人

     (6)自治体関係 1人

     (7)貴族院議員 7人

     (8)衆議院議員 6人

 幹事   35人(現在)(ここでいう幹事とは、補助的な役割をさします)

     (1)官庁関係 30人

     (2)学会    5人


(2)臨時法制調査会に四つの部会を設置

7月11日:臨時法制調査会の第一回総会開催。

臨時法制調査会には、四つの部会が置かれ、下記の任務分担が決定された。

第一部会 皇室及び内閣関係法律案の要綱の立案

第二部会 国会関係法律案の要綱の立案

第三部会 司法関係法律案の要綱の立案(部会長 有馬忠三郎委員)

第四部会 財政関係その他の部会の所管に属しない法律案の要綱の立案


(3)司法省のもとに「司法法制審議会」を設置

「臨時法制調査会」第一回総会開催と同じ7月11日、司法省の下に「司法法制審議会」が設置されます。そして、前述の通り、この「司法法制審議会」は、「臨時法制調査会」の第三部会を兼ねることが決定されます。

 ただし、第三部会と司法法制審議会のメンバーに違いがありますので、比較検討をしているところです。


(4)「司法法制審議会」に三つの小委員会を設置

7月12日:司法法制審議会の第一回総会

 司法法制審議会に、三つの小委員会が設けられ、下記の通り任務分担。

  第一小委員会・・・裁判所関係

  第二小委員会・・・民事法関係

  第三小委員会・・・刑事法関係


(5)第二小委員会に起草委員会を設ける

7月13日:第二小委員会の第一回会議

第二小委員会の主査は、坂野千里(当時、東京控訴院長)。

まず、坂野から、民法改正要綱草案を起草するための、起草委員3人、およびこれに付随する幹事8人の指名が行われた。肩書きは、当時のものです。

起草委員:我妻栄(東大教授)、中川善之助(東北大教授)、奥野健一(司法省民事局長)


(6)起草委員会の中に三つの班を作り任務分担

7月13日:第二小委員会の第一回起草委員会

幹事の分担を決め、20日までに幹事案を作成することを決定。

起草にあたる幹事を三つの班に分けた。

A班(家、相続、戸籍法)

B班(婚姻)

C班(親子、親権、後見、親族会、扶養)


なお、この他に、司法省側の組織として、民事局に、事実上「民法改正調査室」と称したものがありました。


【具体的な作業の経過】

諮問第一号は「憲法の改正に伴ひ、制定又は改正を必要とする主要な法律について、その法案の要綱を示されたい。」というもの。

通常の立法作業の進め方は、「要綱案」を起草し、審議を経て確定したのち、「法案」の作成に取り掛かります。

しかしながら、当時は、5月3日の憲法施行に間に合わせるため、要綱案の審議と、法案作成が並行して行われました。

つまり、帝国議会での憲法改正案審議と並行して、「民法改正要綱案」、および「民法改正案」の作成が同時進行するということになりました。

詳細な日誌に関しては、資料の付け合わせをしながら作成の努力をしてきました。ほぼ完成していますが、正確を期すために点検中です。今回は掲載を見送り、『新女性史研究』に寄稿するために、月中の完成を目指しています。


通常、私たちが目にするのは、決定された条文です。

ところが、民法改正要綱案、および民法改正案の決定に至る経過には、当時の民主的改革派と現状維持を主張する保守派の激しい論争がありました。

主要な争点は、民法上の「家」制度の廃止か、存続かを巡ってのものでした。その具体例を示しておきます。

民法改正要綱案の条項は、最終的に「第四十二」までありますが、ここでその「第一」の条項の変化を見ておきます。

①起草委員第一次案(昭和21年7月27日)(この時点では「第三十四」まで)

「第一 民法上の家を廃止すること」

②起草委員第二次案(昭和21年7月29日)(「第一」から「第四十」まで)

「第一 民法上の家を廃止すること」

③第二小委員会決議(昭和21年7月30日)(「第一」から「第四十」まで)

「第一 民法上の家を廃止すること」

④司法法制審議会第二回総会決議(昭和21年8月15日)

 「民法の戸主及家族に関する規定を削除し親族共同生活を現実に即して規律すること」

上記の通り、①から③までは単純明快だった「第一」の条項が、④では,回りくどく判りづらい表現に変化しています。明らかに保守派に譲歩した表現です。

 しかしながら、我妻栄起草委員は「最初に決定された要綱案の大原則―民法上の「家」を廃止することというもの―に従って立案し、要綱の審議に際しては、決して譲れない一線として死守した点でありました」と述べており、内容的には譲歩していなかったと考えられます。

もうひとつ具体例を示しておきます。妻の権利を認める次の規定は、条項の数が増えたため、位置が移動していますが、表現は一貫しています。

①起草委員第一次案(昭和21年7月27日)

「第九 妻の無能力に関する規定を削除すること」

②、③も同文(省略)

④民法改正要綱(昭和21年9月11日)(司法法制審議会第3回総会決議)

「第十一 妻の無能力に関する規定を削除すること」

民法改正要綱案は、821日に記者発表され、8月22日付『読売新聞』朝刊が、「新憲法の付属法規 改正十六試案成る きのう調査総会へ報告」の見出しのもとに、全文報道しています。

しかしながら、民法改正要綱はすぐには決定せず、10月24日の臨時法制調査会第3回総会においてようやく決定します。


一方で、肝心の「民法改正案」作成は、昭和21年の8月6日以来続けられていました。法制局の条文審査を経て日本文が整い、英訳も準備して、GHQに提出し、昭和22年5月3日の日本国憲法施行に間に合うように審議を求めました。

しかしながら、憲法施行前で、仕事が集中していたGHQの担当部局が「不可能である」と返答をして来たため、日本政府は、冒頭で紹介した司法省民事局編『日本國憲法の施行に伴う民法の應急的措置に關する法律理由書』(民事月報号外)の刊行を決定しました。執筆者は、奥野健一司法省民事局長。彼は、民法改正要綱草案を起草するために指名された、起草委員3人のうちのひとりです。


全体は、十カ条から成っていますが、最初の三カ条、および時限立法であることを示す付則を紹介します。

なお、公報で示されたのは条文のみで、(理由)は削除されています。

第一條 この法律は、日本國憲法の施行に伴い、民法について、個人の尊嚴と兩性の本質的平等に立脚する應急的措置を講ずることを目的とする。

 (理由)本條は、この法律の目的を明かにしたものである。即ち、新憲法は、すべて國民は個人として尊重せられ法の下に平等であること、及び法律を制定するには、個人の尊嚴と兩性の本質的平等に立脚しなければならないことを宣言した。然るに現行民法には、この趣旨に牴觸する幾多の規定を含んでいるから新憲法の基本原則に適合させるため、これを根本的に改正しなければならないが、種々の事情から、新憲法の施行の日迄にこれを制定公布することができないため、取り敢えず、新憲法の基本原則を實現する上に特に必要な諸點につき、民法の改正に至る迄の最少限度の應急的措置を講じ、以て新憲法の施行と民法の改正とが時期を異にするために生ずる種々の混亂をできるだけ防止しようとするものである。

第二條 妻又は母であることに基いて、法律上の能力その他を制限する規定は、これを適用しない。

 (理由)本條は、女性の法律上の能力の制限を撤癈することを目的とする。現行民法は夫婦間の共同生活の圓滿を期するために、妻を無能力とし、又母の能力を危ぶんで母の新權を制限している。然しかような規定は、新憲法第二十四條の、夫婦は同等の權利を有すること及び兩性は本質的に平等でなければならぬという規定に違反すること勿論である。よって、妻の無能力に關する規定及び母の親權についての制限の規定を適用しないことにするのがこの規定の趣旨である。

第三條 戸主、家族その他家に關する規定は、これを適用しない。

 (理由)本條は、戸主、家族その他家に關する規定の適用の排除を目的とする。現行民法の下では、戸主は、家の統率者として家族に對し、居所指定權、婚姻及び縁組の同意權その他各種の權力を認められているが、これらは個人の尊嚴と兩立しないため、新しい憲法の下では、これを認めることができない。そして、これらの權力を否定すれば、最早民法上の家の制度は、法律上はその存在の理由を失うのみならず、これを法の上に殘すことは却って戸主の權力を癈止する趣旨を不明瞭にする虞れがある。よつて戸主、家族その他家に關する規定はすべてこれを適用しないこととした。これにより現行民法上戸主が戸主たる資格に基いて家族の上に有する各種の權利は全部認められなくなる。尚家の存在を前提とする各種の規定例えば繼親子、嫡母庶子關係、親族入籍、取引入籍、分家、癈家、癈絶家再興、一家創立、離籍、入夫婚姻、隠居、法定推定家督相續人等に關する諸規定はすべてその適用がなくなるのである。尚、ここに留意すべきことは、右の樣に民法上の家の規定はこの法律によって今後すべて適用されなくなるのであるが、これはわが國において現實に營まれている、親子夫婦等の親族の精神的結合自體をも否定する趣旨ではないことである。常識的、倫理的意味における所謂家族制度とは、これを指すものと考えるが、これはわが國において民法の制定以前から存在し、民法が變更になっても變わることがないのであり、この法律もまたこの點には何等の變更をも試みんとするものではないのである。

(第四条―第十条は省略)

附 則

この法律は、日本國憲法施行の日から、これを施行する。

この法律は、昭和二十三年一月一日から、その効力を失う。

(理由)この法律は、日本國憲法の施行後、民法の本格的改正に至る迄の應急的措置を講ずるに過ぎないので、特にその有効期間を限定した。


日本政府は、昭和22年4月19日、「日本国憲法の施行に伴う民法の応急措置に関する法律(昭和22年法律第74号)」を公布します。

この「日本国憲法の施行に伴う応急的措置に関する法律」は、日本国憲法と同じく、昭和22年5月3日に施行されました。

なお、民法改正の作業はその後も続けられます。そして、第一回国会での審議を経て、新民法が昭和23年1月1日に施行されます。

 

【終りに】

我妻栄編『戦後における民法改正の経過』(1956)をつぶさに読むと、民法の改正が、GHQの指示ではなく、日本人の意思で行われたことがよく判ります。

全体は378頁で、そのうちの203頁から最後までを「第三部 資料」が占める、素晴らしい本です。皆さんにも、ぜひ一度読んでいただきたいと思います。

同書の125頁で、批判や、避難や、誤解に対して我妻栄が述べている部分を紹介しておきましょう。

「とにかく、問題は、起草者の主観がどうあったかということではない。わが国の社会の実際に適合した制度であるかどうか、それによって家庭生活の民主化の理想に近づきうるか、それとも反対の作用をするかどうか、そうした点を冷静に考慮すべきことでしょう。」

 今回の調査の中で、昭和30年(1955年)から、家制度復活を目指す「民法再改正」の動きがあったということを、今回の調査のなかで、知りました。「押し付け民法」論です。憲法改悪の動きと、同じ時期に出てきたものです。

 民主的、論理的な審議を重ねてきた努力を、無遠慮に、平気で踏みにじる輩が、昔も今も横行しています。

 日本国憲法の施行や、民法の民主的改革が行われても、日常生活において、家制度、戸主制度の封建的な思想にしがみつき、意識の変化を拒む頑迷な人々の存在がありました。

 『新女性史研究』に寄稿する文章は、民法改正の審議の中でのエピソードを交えたものです。刊行されましたらお知らせします。是非そちらもお読み下さい。


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by kenpou-dayori | 2017-05-07 22:42 | 民法、女性史


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