2015年 09月 08日 ( 12 )


2015年 09月 08日

憲法便り#1308:【再録】シリーズ・「新設」は嘘! これが復活する言論統制機関「内閣情報局」だ!

2015年9月8日(火)(憲法千話)

憲法便り#1308:【再録】シリーズ・「新設」は嘘! これが復活する言論統制機関「内閣情報局」だ!

以下は、【再録】です。

*********************************************
2013年 09月 08日
憲法便り#277「新設」は嘘! これが復活する言論統制機関「内閣情報局」だ!

「日本民主化の日歴」(特別篇)
いま、安倍政権は、マス・メディアの社長たちを個別の会食で抱き込み、取材現場では記者たちを恫喝し、懲役最高十年の罰則を伴う「秘密保護法」という名の「機密保護法」の制定を目論み、それでも足りずに、68年前に廃止せざるを得なかった言論統制機関である「内閣情報局」を復活させようと画策している。まさに、戦争中の亡霊を呼び出そうとしている。
「新設」などとは「真っ赤な嘘」である。

その実体を明らかにするために、今日と明後日の二回にわたって、昭和20年12月31日に廃止された「内閣情報局」の実態について掲載する。

典拠は、『國史大辞典』(吉川弘文館)第十巻に内閣情報局の項目(担当:マス・コミュニケーション学者の内川芳美氏)で、項目の全文をそのまま紹介する。
この文章が、内閣情報局に関して、最も判り易くまとめられているからである。
ただし読み易くするため、内容的に区切りのよい箇所で改行し、行のスペースを設けた。

今日は、その第一回。歴史的な概要。
明日の第二回は、組織図の全体と各部署の役割について。

【ないかくじょうほうきょく 内閣情報局】
第二次世界大戦期に、国家的情報・宣伝活動の一元化と、言論・報道に対する指導と取締りの統合強化を目的に設置された政府機関。昭和十五年(一九四〇)十二月六日公布の情報局官制(勅令第八四六号)に基づき、内閣総理大臣のもとで設置。

系譜的には、内閣情報部(昭和十二年九月二十五日設置)、およびその前身である情報委員会(昭和十一年七月一日設置)が発展したものである。この二者は、いずれも政府各省庁の権限下にある情報・宣伝業務の「連絡調整」が主務で、内閣情報部に至って、このほかに新たに、各省庁に属さない業務の実施と、のちに国民精神総動員関連業務の実施とが独自業務として独自業務として加わったにとどまっていた。

情報局は、従来、これら各省庁にばらばらに分属していた情報・業務宣伝、および言論・報道に対する指導と取締りを一元的に統合し強化することをめざして設置されたものである。
当初の組織は、総裁以下、官房(二課)および五部の合計十七課よりなる厖大な機構で、各課に現役の陸・海軍将校を含む計三十名の情報官が配置されていた。

庁舎は東京日比谷の帝国劇場があてられた。

情報局の業務は、国策遂行の重要事項に関する情報収集、報道・宣伝のほか、国家総動員法第二〇条に基づく新聞紙等掲載制限令(勅令、十六年一月十一日公布)の規定する処分、および、これまで内務省・外務省・逓信省で実施されてきた新聞・雑誌・出版・放送・映画・演劇・レコードなどの検閲と取締り、ならびに、これらのマス=メディアおよび各種の思想・文化団体の指導など、きわめて広汎な範囲にわたっており、情報局が軍国主義ファシズム体制下の戦争遂行政策に果した役割は、決して小さくなかったといえる。

ただ、上述した各省庁に分属していた情報・宣伝関連業務の一元化は、当初はなお完全とはいえず、ことに大本営報道部や陸・海軍省報道部などの軍関係の機関は、依然、情報局の外にあって独自の活動を行なった。

十七年三月には審議室が設置され、大本営との連絡調整がはかられてはいるが、この一元化が完全な形で実現したのは、大戦末期のすでに敗色濃厚な二十年四月のことであった。

情報局は敗戦後もしばらく存続したが、同年(二十年)九月二十七日に天皇が連合国最高司令官マッカーサー元帥を訪問した際の写真を掲載した二十九日付けの東京各紙を発売禁止処分に付したのが契機となって、連合国総司令部から「新聞及び言論の自由への追加措置に関する覚書」(日付けは遡及して九月二十七日付け)を発したため、これによって情報局の言論・報道に対する指導と取締り機能が停止されることとなり、目的も「斡旋助長」(十一月一日改正官制)に衣替えした。しかし、結局、昭和二十年十二月三十一日廃止された。総裁は、初代が伊藤術史、ついで谷正之・天羽英二・緒方竹虎・下村宏・河相達夫が就任。〔参考文献〕内川芳美編『マス・メディア統制』二(『現代史資料』四一、『戦時情報機構要覧』  (内川 芳美)

明後日は、機構一覧(組織図の全体と各部署の役割)です。
[PR]

by kenpou-dayori | 2015-09-08 21:46 | 戦後日本と憲法民主化報道
2015年 09月 08日

憲法便り#1307:昭和20年9月8日の報道より・「日本民主化と憲法民主化シリーズ」【再録】

2015年9月8日(火)(憲法千話)

憲法便り#1307:昭和20年9月8日の報道より・「日本民主化と憲法民主化シリーズ」【再録】:

以下は、【再録】です。

*********************************************
2013年 09月 08日
憲法便り#276 昭和20年9月8日「日本民主化の日歴」

今日は、9月8日付『朝日新聞』および『福島民報』に基いています。

昭和20年9月8日(土)

[社説]
『朝日新聞』社説「新産業建設と賠償問題」
『福島民報』社説「武器なき大国の可能性」(9月7日付『毎日新聞』の社説を借用)

[日本国内]
7日、「戦災復興委員会」(仮称)内閣に新設決定。民間知能をも動員。
7日、東京・神奈川地区、憲兵の解散完了。

[進駐軍情報]
米占領軍は陸軍十八個師団など計五十万。占領軍の主体となる米陸軍十八個師団の他に、航空部隊、補給部隊および海軍補助部隊があり、兵力総数は陸軍約四十万、海軍約十万、合計約五十万【サンフランシスコ六日発同盟】
きょう連合軍帝都へ進駐。原町田から進発。米大使館、代々木、三聯隊へ。
マ元帥入京、きょう米大使館へ。

[外国]
広島へ米陸軍調査隊【サンフランシスコ六日発同盟】
米国務長官報告書を発表“日本軍、米の捕虜を虐待”【チューリッヒ特電六日発】
[PR]

by kenpou-dayori | 2015-09-08 21:39 | 戦後日本と憲法民主化報道
2015年 09月 08日

憲法便り#1306:昭和20年9月7日 『毎日新聞』社説「武器なき大国の可能性」【再録】

2015年9月8日(火)(憲法千話)

憲法便り#1306:昭和20年9月7日 『毎日新聞』社説「武器なき大国の可能性」【再録】

以下は、【再録】です。

*********************************************
2013年 09月 07日
憲法便り#275 昭和20年9月7日 『毎日新聞』社説「武器なき大国の可能性」


9月5日付『朝日新聞』社説、6日付『讀賣報知』社説に続いて、『毎日新聞』のこの社説で、三大紙の社説が出揃いました。
ところが、『ポツダム宣言』に対しても「笑止」などの見出しで戦争邁進を煽ってきた翼賛報道への反省は、全く見られません。

私は、『毎日新聞』社説の「武器なき大国の可能性」という題名を初めて見た時には、大いに期待を持って読み始めました。
しかしながら、最後の部分まで、侵略戦争への反省はひと言もなく、懲りもせず「大国」にこだわっていることに、「まだ報道体質は変わっていない」を強く感じました。
それでも、戦争を煽っている記事より、少しはましであろうと我慢をしてこの入力をしました。それには、当時の下記の状況を考慮した上のことです。

この社説は、昭和20年9月7日の「日本民主化の日歴」で示したように、戦災の被害が甚大だった『香川新聞』および『徳島新聞』が、『毎日新聞』(大阪)に紙面の編集委託を行っていたことから、9月7日付の「社説」は、両紙とも「武器なき大国の可能性」を掲げています。
なお、翌9月8日付『福島民報』は、『毎日新聞』のこの社説を借用して、全文掲載しています。

社説「武器なき大国の可能性」。
「日本は昨日まで強国であり、大国であった。その日本が今度の敗戦によって海外領土を剥奪され、日清戦争以前よりももっと小さな国土した持たないことになった。しかも武装を完全に解除される。強大な陸軍と海軍を均勢的に併有する世界第一の武装国家といわれたその武装がなくなる。明らかに強国ではなくなる。しかし八千万に近い人口を擁する。東亞の盟主として昨日まで持った高い矜持を捨てよう術のない、しかも世界に冠絶する初等教育の普及率を持つ国民である。強国でなくなるのは明白なことだが、同時に大国であるといい切ることは出来ない。そこで問題になるのは、日本が大国として残り得るかどうかである。従来の観念では、強国ならざる大国は在り得なかった。しかし言語の本来の意味からいえば強国と大国とは別物である。日本の今後の建設の仕方によっては、武器なき大国を、人類の歴史の上に、初めて創って見せることが出来るのではあるまいか。その可能性ありや否や。
 日本の降伏の重要な理由の一つが、原子爆弾の出現にあったことは詔書に示された通りである。このために将来の戦争の様相は全く変るであろうといわれている。すでに英誌は原子爆弾の発見によって、敗戦のドイツに飛行機の製作を禁止する理由がなくなり、英国自身が艦隊を保有することすら無意味であることを指摘している。もしそうだとすれば、旧来の兵備軍装はそれがどれほど大きなものであっても、この新兵器の前には無力である。それにも拘らず、今度の大戦の戦勝国はその無力な軍備を常備することを止めないであろう。そうしてその準備のために強国の格付をすることは依然として続くであろう。しかしこのことは、事の実体を考えるときに何の意味があるだろう。原子爆弾で容易に吹き飛ぶ軍備の何処に「強国」があるかである。そんな意味の軍備と強国なら、それから解放される日本こそまことに多幸といわなければならない。尤も原子爆弾の使用については、すでに国際管理説が伝えられている。従ってこの新兵器の使用を封じた場合には、旧来の武装が依然として強国を資格づけるに至るということもいえないことはない。しかしこれも余りに技巧的である。米英が何といおうと、原子爆弾の理論と製法は遠からず公開されざるを得ないであろう。その商業的、工業的利用も必ず起るに違いない。今後百年は平和的用途に向くまいというのは恐らく宣伝である。全世界の鉱工業の既設投資を全く無価値にする脅威を観念しての申し訳と解される。何れにしても今後の戦争はこれまでと全く違った兵器によって、全く新しい方法え闘われなくてはならない。旧来の意味での武装を持つか否かは、国家の強弱を弁別する標準にならず、況んや国家の大小をやといわなくてはならないと思う。
 八千万の国民がどうして狭められた領土で生存するか。食うだけでも相当の難事業であることは否定出来ない。しかしそこで食うことに成功する。しかもポツダム宣言は生来日本の国際通商への参加を否定しない。日本国民がまづ食うことに成功したうえに、その生活程度を高めることに努力する。生活を高めるだけでなく、一切の物的、心的の文化においても世界の第一流国家の上に出る。このことを容易に出来ることとは考えないが、出来ないことではない。最も簡単な事実を見よう。日清戦争直前の米穀生産は三千七、八百万石であった。それが現在では平年作六千万石に達している。農業技術の進歩、肥料の使用増加党のためであるが、これにもう一段の改善を加えればさらに増産せしめることは出来る。八千万人のほぼ純潔な血の民族の形成する国家を世界は小国と呼ぶことは出来ない。しかもその国民の励精によって、生活も文化も道義も世界のどの国民よりも高いとすれば、実に偉大なる大国といわなくてはならない。武装なくして大国となる。これが出来れば人類の偉観である。日本はこの目標に向って先進を起そう。」
[PR]

by kenpou-dayori | 2015-09-08 21:24 | 戦後日本と憲法民主化報道
2015年 09月 08日

憲法便り#1305:昭和20年9月6日の報道より・「日本民主化と憲法民主化シリーズ」【再録】

2015年9月8日(火)(憲法千話)

憲法便り#1305:昭和20年9月7日の報道より・「日本民主化と憲法民主化シリーズ」【再録】

以下は、【再録】です。

*********************************************
2013年 09月 07日
憲法便り#274 昭和20年9月7日:日本民主化の日歴

編集 | 削除
「日本民主化の日歴」
今日は、昭和20年9月7日付『朝日新聞』、『毎日新聞』、『香川新聞』および『徳島新聞』に基いています。

昭和20年9月7日(金)
[社説]
昭和20年9月7日付『朝日新聞』社説「失業対策の一構想」
同 『毎日新聞』社説「武器なき大国の可能性」
同 『香川新聞』社説「武器なき大国の可能性」(『毎日』(大阪)への編集委託紙面)
同 『徳島新聞』社説「武器なき大国の可能性」(『毎日』(大阪)への編集委託紙面)

[日本国内]
新党へ動き溌剌:鳩山派、日政系の再出発 無産諸派も大同団結。

[進駐軍情報]
沖縄、小笠原等を基地。米海軍当局、広汎な計画言明【ワシントン五日発同盟】
あす東京進駐、騎兵第一師団八千名【帝国政府発表9月6日】
十月十日迄に武装解除、マッカーサー元帥申入れ【ストックホルム特電五日発】

[国外の軍隊]
ウエーキ島の日本軍降伏【サンフランシスコ五日発同盟】
ニューギニア、ニューブリテン、ソロモン群島の全日本軍司令官今村大将が六日に降伏と伝えられる【サンフランシスコ五日発同盟】

[外国]
中国連立政府を樹立。
[PR]

by kenpou-dayori | 2015-09-08 21:14 | 戦後日本と憲法民主化報道
2015年 09月 08日

憲法便り#1304:昭和20年9月5日の東久邇宮首相の施政方針演説について【再録】

2015年9月6日(火)(憲法千話)

憲法便り#1304:昭和20年9月5日の東久邇宮首相の施政方針演説について【再録】

以下は、【再録】です。

*********************************************
2013年 09月 06日
憲法便り#273 昭和20年9月5日の東久邇宮首相の施政方針演説について

昭和二十年九月四日と五日の両日、第八十八回帝国議会本会議が開催され、五日に東久邇宮首相が施政方針演説を行っている。翌六日の各紙は細かい活字を使って、その長い全文を報じている。『讀賣報知』も一面全部を使って詳細に報じている。紙面の三分の二は彼我の戦力比、敗戦に至る経緯と言い訳、残りは日本再建のための国民への叱咤激励である。この演説について、三つの問題点を指摘おきたい。
第一は、戦況についての認識の問題である。
首相はまず、開戦時と敗戦直前とを比較して、日本の船舶の保持数は四分の一程度、鉄鋼生産は四分の一以下に落ち、さらに、多分野での生産が落ち、近代戦の維持が困難になっていたことを述べている。
ついで彼は、日本の状況に反して、膨大な資源と工業力を持つ連合国側の国力は増大しており、ドイツの降服後は、連合国側の全戦力が日本に向けられたことにより勝利の見通しは持ち得なかったことを述べている。
敗戦からわずか二十日後に行った説明である。この認識がありながら、日本の支配層は「本土決戦」「一億玉砕」などの言葉によって、国民を戦争に駆り立てていたのであるから、責任は非常に重大である。
第二は、「大東亜戦争の陸海軍の損耗」という報告の問題点である。損害の「損」に、消耗の「耗」、この大きなくくりの中には、陸海軍機や艦船のみならず、陸軍戦死三十五万、海軍戦死十五万八千余も含まれている。「お国のため」に戦死した兵士たちは、大日本帝国の指導層からすれば消耗品のような扱いであったという事実である。
第三の問題点は、演説の最後のほうで、国民を鼓舞するために言った次の部分。
「我々の前途は遠く且つ困難に満ちて居る、然し乍ら御詔勅に御論を拝する如く、我々国民は固く神州不滅を信じ、如何なる時代におきましても、あくまでも帝国の前途に希望を失うことなく、どこまでも努力を尽さねばならんのであります。」
神州とは「神の国」のこと。敗戦後も、首相が戦前の思想そのままに、こんな馬鹿なことを言っていたのである。

以上の問題点を踏まえて、昭和二十年九月六日付『読売報知』より所信表明演説の一部分を引用する。
ただし、長文のため、☆印の二つの部分以外は新聞社がつけた中見出し(◇以下)のみとした。


【見出し】
「前途は遠く苦難に満ちて
―東久邇首相宮・御初の施政方針演説―」
「いざ文化日本建設へ 戦力相対比の破綻に敗る 悲局打開に出せ底力」

◇大御心の下・自粛自省せよ
◇近代戦維持困難を加ふ
◇彼我戦力急速に均衡失す
☆終戦への大乗的聖断下る
それより先、米英支三国はポツダムに於て帝国の降服を要求する共同宣言を発し、諸般の情勢、帝国は一億玉砕の決意を以て死中に活を求むるか、然らざれば終戦かの岐路に立ったのであるが、日本民族の将来と世界人類の平和を顧念せらるる大御心より大乗的御聖断が下されたのである、即ちポツダム宣言は原則として、天皇の国家統治の大権を変更するの要求を包含し居らざることの諒解の下に、涙を呑んでこれを受諾するに決し、ここに大東亜戦争の終戦を見るに至ったのであって、帝国と連合各国との間の降服文書の調印は本月二日横浜沖の米国軍艦上に於て行はれ、同日御詔書を以て連合国に対する一切の戦闘行為を停止し、武器を措くことを命ぜられたのである、私は顧みて無限の感慨を禁じ得ぬと共に、戦争四年の間、共同目的のために凡ゆる協力を傾けられた諸盟邦に対し、この機会をもって深甚なる感謝の意を表するものである
連合国軍は既に我が本土に進駐致して居る、事態は有史以来のことであり、三千年の歴史において最も重大局面と申さねばならぬ、この重大なる国家の運命を担って、その□(一字不明)ふべき所を誤らしめず国体の弥(いや)が上にも光輝あらしむることは、現代に生を享けているわれわれ国民の一大責務であり、一に懸って今後に処する我々の覚悟、我々の努力に存する
今日に於て現実の前になほ眼を覆ひ、当面を糊塗して自ら慰めんとする怯懦や、激情に駆られて事端を滋くするが如き軽薄は、到底国運の恢弘を期する所以ではない、一言一行盡く天皇に絶対帰一し奉りいやしくも過たざるこそ、臣子の本文であって、われわれ臣民は大詔の御誡めを畏み、堪へ難きを堪へ、忍び難きを忍んで、今日の敗戦の事実を甘受し断固たる大国民の矜持をもって、潔く、自ら誓約せるポツダム宣言を誠実に履行し、誓って信義を世界に示さんとするものである、今日我々は不幸敗戦の苦杯を嘗めて居るが、我々にして、誓約せる所を正しく堂々と実行するの信義と誠実を示し、正と信ずる所は必ずこれを貫くと共に、非は非として速かにこれを改め、理性に悖ることなき行動に終始するならば、我が国家及国民の真価は必ずや世界の信義と理性に訴へ、列国との友好関係を恢復し、茲に萬邦共栄の永遠の平和を世界に顕現し得べきことを確信する次第であって、今後における我が外交の根本基調も、正しく是に存するのである、畏くも大詔おいては「世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ」と曰はせられた、私共は維新の大業成るに当り、明治天皇御自ら天地神明に誓はせられた五箇条の御誓文の御精神に□(一字不明)り、この度の悲運に豪も屈することなく、自粛自重、徒に過去に泥まず、将来に思ひ惑ふことなく、一切の蟠(わだかま)りを去って虚心担懐、列国との友誼を恢復し、高き志操を堅持しつつ、長を採り短を補ひ、平和と文化の偉大なる新日本を建設し、進んで世界の進運に寄與するの覚悟を新にせんことを誓ひ奉らねばならぬと存する
◇心機一転戦後建設に邁進
◇国民衣食住の安定期す
◇インフレと失業克服せよ
☆挙国勠力(りくりょく)帝国の前途洋々
我々の前途は遠く且つ困難に満ちて居る、然し乍ら御詔勅に御論を拝する如く、我々国民は固く神州不滅を信じ、如何なる時代におきましても、あくまでも帝国の前途に希望を失うことなく、どこまでも努力を尽さねばならんのである、洵に畏れ多き極みであるが「朕ハ常ニ爾臣民ト共ニ在リ」と曰はせられた、この大御心に感奮し、我々は愈々決意を新にして将来の平和的文化的日本の建設に向って邁進せねばならぬと信ずるのであって、全国民が盡く一つ心に融和し、挙国一家、力を勠(あわ)せて不断の精進努力に徹するならば私は帝国の前途はやがて洋々として開けることを固く信じて疑はぬ次第である、かくしてこそ宸襟(しんきん)を安んじ奉り、戦線銃後に散華殉職(さんげじゅんしょく)せられたる幾十万の忠魂に応へ得るものと信ずる」

ここで見るように東久邇宮の演説は、国民を守り、生活を守り発展させることではなく、旧態依然としたものであった。

(岩田注1)昭和二十年代においては、ラジオ放送は新聞と並んで最も重要な報道機関であった。しかしながら、私が主な研究対象の期間としている昭和二十年八月から二十二年六月までの新聞にはラジオ放送の番組表がないので、系統的な追跡調査を行っていない。
[PR]

by kenpou-dayori | 2015-09-08 21:07 | 日本民主化・憲法民主化の日歴
2015年 09月 08日

憲法便り#1303:昭和20年9月6日付『讀賣報知』の社説「平和建設の道」全文【再録】

2015年9月6日(火)(憲法千話)

憲法便り#1303:昭和20年9月6日付『讀賣報知』の社説「平和建設の道」全文【再録】

以下は、【再録】です。

*********************************************
2013年 09月 06日

憲法便り#272 昭和20年9月6日付『讀賣報知』の社説「平和建設の道」全文

すべての新聞に先駆けて書かれた9月3日付『福島民報』の社説、天皇の詔勅を受けた翌日の9月5日付『朝日新聞』社説に続いて、東久邇宮首相の施政方針演説を受けた翌6日に「平和」を論じた三番目の社説です。

社説「平和建設の道」
「東久邇首相宮殿下には、開会劈頭の議会において、敗戦に至る諸般の経緯、新しい事態に処する国民の覚悟、今後施策の要点などについて詳細に論ぜられた。烈々たる闘魂を懐き、且つ吾が戦力について揺がぬ信念を持していた国民としては、戦争終結の大詔は誠に青天の霹靂と称すべきものであったが、今戦力の実情を窺い、事の茲に立ち至らざるを得なかった理由を知って、□めて驚愕を新にするのである。航空機の生産額といい、船舶の保有□といい、久しきに亘って楽観的な解釈を注入されて来たのであるが、今にして思えば、吾々は文字通り精神力のみを以て戦って来たのである。固より精神力は最も重要視すべきであるとしても、かかる貧弱な物力によって無量の感慨を禁じ得ないのである。広く世界の諸国民も、日本がかかる物力を以て茲まで勇戦力闘を続けて来たことに深き驚きを感ずるであろう。
 勿論吾が国の敗北を決定したものは、ひとり物力にとどまらぬ。物力というも一塊の士のことではなく、凡てこれ科学により精神によって媒介された機械であり生産物であるに外ならず、考えて茲に至れば、敗北は実に物心両面に及ぶ全体的の根柢に立つものと観ぜざるを得ない。これを強いて物量の敗北となすものは、好んで真実に眼を蔽わんとするものである。今回の敗北が偶然や過失に基づくものでなく、真実の力の不足に由来すること、偶然や奇蹟の入り込む隙のない近代戦の面目が遺憾なく発揮されていることを、首相宮殿下の御言葉は国民の前に明らかに示されている。宣伝の重要なる所以は何人もこれを疑わぬが、戦争の最後を、戦争の全体を決定したものは、やはり真実の力以外にはない。それ以外は凡てこれ一片の挿話に過ぎぬものである。
 だが真実が決定的の意味を持つのは、単に戦争ばかりではない。吾々は新しく偉大な平和の曙に立っているが、この平和もまた真実を措いて何処にもその足場を求めることは出来ぬ。世上往々に信ぜられる如く、平和とはただ戦争の終った状態ではなく、また戦争の欠けた状態ではない。平和はそういう消極的なものでなく、実に人類の、国家の総力を挙げて営々とその建設に努力すべき積極的のものである。凡ゆる努力を傾けて漸く確立し、確保し得べきものである。これを保守的に或は消極的に考えたところに、第一次世界大戦後における戦勝諸国の許し難い無気力と過誤とがあり、また第二次世界大戦の究極の因由もこの点に認めらるべきものであった。
 今や実現せらるべき平和は、かかる□□の轍に顧みて、積極的且つ計画的に樹立せらるべきであるが、この問題については第一に諸国民の平和への意思が重大である。吾が国は既にこの意思を聖旨によって中外に宣明した。今後吾が国民の努力はこの聖旨を如何に実現するかに向けられねばならぬ。だが平和への意思が一切を決定する如く信ずるは、総てを捧げて精神力に委ねるというに等しい。それ故にこの意思と共に、第二に必要なのは、各国民の生活の実情、その条件としての経済的な力の真実である。この条件の下に如何なる物質的福祉が実現せられ得るかの問題である。これは一国民の意思のみでは動かすことの出来ぬ事柄であって、諸国民の協力を俟って始めて改善し処理し得るところである。戦争の帰趨を最後的に決定したものが何物も蔽い得ない赤裸々の国力があったと同様、今後の平和に断乎たる基礎を与えるものも、各国の国力に関する真実である。この真実を承服し、その上に平和への意思に基く新たなる均衡ある組織を形作って行くことによって明日の平和は約束されるのであろう。第一次大戦後における所謂平和愛好国は、多くの場合かかる真実を直視せず、却って無力なる□□に頼ることによって新しい戦乱の可能性を作り出したのであった。この経験が二度と繰返されてはならないのである。吾が国も世に平和への意思を表明するのみでなく、進んで真実に基礎をおく平和の確立のために凡ゆる努力を惜しむべきではない。
「和を結ぶのは戦うのより恐ろしい」と一九一九年春クレマンソーはいったが、勝利者にとってさえも恐ろしい講和を、日本は敗者として結んだのだ。まだ今のところは戦争が終ったという結果しか生れていない。敗戦の苦悩と、これに劣らぬ平和建設への苦悩とは、漸く今後に至って現われるものである。飽くまでも真実に立脚しながらこの苦悩を乗り越えて行くのが、吾々に残された唯一の道であるといわねばならない。」
[PR]

by kenpou-dayori | 2015-09-08 20:58 | 戦後日本と憲法民主化報道
2015年 09月 08日

憲法便り#1302:昭和20年9月6日の報道より・「日本民主化と憲法民主化シリーズ」【再録】

2015年9月8日(火)

憲法便り#1302:昭和20年9月6日の報道より・「日本民主化と憲法民主化シリーズ」【再録】

以下は、【再録】です。

*********************************************
2013年 09月 06日
憲法便り#271 昭和20年9月6日 日本民主化の日歴

「日本民主化の日歴」
今日は、9月6日付『朝日新聞』および『讀賣報知』に基いています。

昭和20年9月6日(木)
[社説]
9月6日付『朝日新聞』社説は「首相宮殿下の大抱負」。
9月6日付『讀賣報知』社説は「平和建設の道」(憲法便り#272に全文掲載)。
 (9月5日の帝国議会において第八十八回臨時帝国議会での東久邇宮の施政方針演説を受けて書かれた社説)。

[日本国内]
9月5日、東久邇宮首相施政方針演説で「文化日本建設を強調」(憲法便り#273に掲載)。
9月6日午前十一時、貴族院にて第八十八回臨時帝国議会閉院式。

[外国]
9月5日から平時議会を開催、1941年12月以来のこと【ワシントン四日発同盟】。
[PR]

by kenpou-dayori | 2015-09-08 20:49 | 戦後日本と憲法民主化報道
2015年 09月 08日

憲法便り#1301:【再録】で見る、「日本民主化と憲法民主化の日歴」を連載開始、9月掲載予定リスト

2015年9月8日(火)(憲法千話)

憲法便り#1301:【再録】で見る、「日本民主化と憲法民主化の日歴」を連載開始、9月掲載予定リスト

すでに、【再録】記事として紹介済みのものも含まれていますが、9月の日付の記事のリストです。

9月6日以降を、『憲法便り』に順次掲載します。

取りあえず、9月6日ー9月8日の記事を『憲法便り』#1302ー1308に【再録】します。

憲法便り#339 『朝日新聞』昭和20年9月30日「新聞、言論の自由へ」詳報
[ 2013-09-30 15:00 ]
憲法便り#336 昭和20年9月30日「日本の民主化、憲法民主化の日歴」
[ 2013-09-30 07:00 ]
憲法便り#334 昭和20年9月29日「日本の民主化、憲法民主化の日歴」
[ 2013-09-29 07:15 ]
憲法便り#333 昭和20年9月28日「日本の民主化、憲法民主化の日歴」
[ 2013-09-29 07:00 ]
憲法便り#331 昭和20年9月27日「日本の民主化、憲法民主化の日歴」
[ 2013-09-27 07:00 ]
憲法便り#329 昭和20年9月26日「日本の民主化、憲法民主化の日歴」
[ 2013-09-26 07:00 ]
憲法便り#325 昭和20年9月25日「日本の民主化、憲法民主化の日歴」
[ 2013-09-25 07:00 ]
憲法便り#323 昭和20年9月24日「日本の民主化、憲法民主化の日歴」
[ 2013-09-24 07:00 ]
憲法便り#321 昭和20年9月23日「日本の民主化、憲法民主化の日歴」
[ 2013-09-23 07:00 ]
憲法便り#319 昭和20年9月22日「日本の民主化、憲法民主化の日歴」
[ 2013-09-22 07:00 ]
憲法便り#314 昭和20年9月21日「日本の民主化、憲法民主化の日歴」
[ 2013-09-21 07:00 ]
憲法便り#311 昭和20年9月20日「日本の民主化、憲法民主化の日歴」
[ 2013-09-20 07:00 ]
憲法便り#307 昭和20年9月19日「日本の民主化、憲法民主化の日歴」
[ 2013-09-19 07:00 ]
憲法便り#302 昭和20年9月18日「日本の民主化、憲法民主化の日歴」
[ 2013-09-18 07:00 ]
憲法便り#298 昭和20年9月17日「日本の民主化、憲法民主化の日歴」
[ 2013-09-17 07:13 ]
憲法便り#296 昭和20年9月16日「日本の民主化、憲法民主化の日歴」
[ 2013-09-16 07:00 ]
憲法便り#294 昭和20年9月15日「日本の民主化、憲法民主化の日歴」
[ 2013-09-15 07:00 ]
憲法便り#291 昭和20年9月14日「日本の民主化、憲法民主化の日歴」
[ 2013-09-14 07:00 ]
憲法便り#289 昭和20年9月13日 「日本の民主化、憲法民主化への日歴」
[ 2013-09-13 07:00 ]
憲法便り#287 昭和20年9月12日 「日本の民主化、憲法民主化への日歴」
[ 2013-09-12 07:00 ]
憲法便り#285 敗戦から26日、68年前の今日何が報道されたか?
[ 2013-09-11 07:00 ]
憲法便り#282 旧内閣情報局の機構と役割
[ 2013-09-10 07:50 ]
憲法便り#280 昭和20年9月10日「日本民主化の日歴
[ 2013-09-10 07:39 ]
憲法便り#279 昭和20年9月9日「日本民主化の日歴」
[ 2013-09-10 07:20 ]
憲法便り#277「新設」は嘘! これが復活する言論統制機関「内閣情報局」だ!
[ 2013-09-08 07:30 ]
憲法便り#276 昭和20年9月8日「日本民主化の日歴」
[ 2013-09-08 07:00 ]
憲法便り#275 昭和20年9月7日 『毎日新聞』社説「武器なき大国の可能性」
[ 2013-09-07 07:30 ]
憲法便り#274 昭和20年9月7日:日本民主化の日歴
[ 2013-09-07 07:00 ]
憲法便り#273 昭和20年9月5日の東久邇宮首相の施政方針演説について
[ 2013-09-06 07:59 ]
憲法便り#272 昭和20年9月6日付『讀賣報知』の社説「平和建設の道」全文
[ 2013-09-06 07:30 ]
憲法便り#271 昭和20年9月6日 日本民主化の日歴
[ 2013-09-06 07:00 ]

憲法便り#270 昭和20年9月5日 『朝日新聞』社説「平和国家」(全文)(【再録】掲載済み)

[ 2013-09-05 08:00 ]
憲法便り#268 昭和20年9月5日 『朝日新聞』社説の題名は「平和国家」
[ 2013-09-05 07:00 ]
憲法便り#266 昭和20年9月4日 第八十八回臨時帝国議会開院式
[ 2013-09-04 07:00 ]

憲法便り#265 昭和20年9月3日付『福島民報』社説「平和建設への強力な拍車」(【再録】掲載済み)
[ 2013-09-03 16:20 ]

憲法便り#264(夕刊)降伏文書調印に際しての、九月二日付「詔書」
[ 2013-09-03 16:15 ]
憲法便り#263 昭和20年9月3日『朝日新聞』は降伏文書をどのように報じたか
[ 2013-09-03 16:05 ]
憲法便り#262 昭和20年9月3日 各紙が一斉に、「詔書」と降伏文書を報道
[ 2013-09-03 15:30 ]
[PR]

by kenpou-dayori | 2015-09-08 20:45 | 戦後日本と憲法民主化報道
2015年 09月 08日

憲法便り#1300:私も、早稲田大学全学集会、早大から高田馬場までのデモ行進に参加しました(画像付)

2015年9月8日(火)(憲法千話)

憲法便り#1300:私も、早稲田大学全学集会、早大から高田馬場までのデモ行進に参加しました(画像付)

体調不良を押して、集会の途中から参加してきました。

久しぶりに会えた人たちもいて、無理をしてでも参加して良かったと思っています。

雨の中のデモ行進にも拘わらず、約250人の方々が参加しまし、沿道の人びとに「戦争法案反対」を訴えました。

*********************************************
2015年9月7日(月)(憲法千話)

憲法便り#1296:新宿歩行者天国で、早稲田大学で、学生と学者が「戦争法案廃案」の宣伝、集会、デモ

昨9月6日にも、全国各地で大規模な集会や、様々な取り組みが行われたことが報じられています。

ここでは、それらの中から、2015年9月7日付『しんぶん赤旗』一面の紙面を借用して、新宿歩行者天国と早稲田大学での取り組みを紹介します。

c0295254_21303386.jpg


【写真下】早大から高田馬場に向かうデモ行進。
横断幕を両手で持っている男性は、講演を行った水島朝穂教授(早大法学学術院)。
その右隣で、右手で高く傘をさしかけ、左手で横断幕をもっている、帽子を被った男性が岩田です。
デモ行進は、約一時間。
c0295254_21313430.jpg


[PR]

by kenpou-dayori | 2015-09-08 19:14 | 戦争法反対行動・声明
2015年 09月 08日

憲法便り#1299:『憲法便り』、9月(1日ー7日)掲載記事一覧リスト

2015年9月8日(火)(憲法千話)

憲法便り#1299:『憲法便り』、9月(1日ー7日)掲載記事一覧リスト

【9月7日】
憲法便り#1296:新宿歩行者天国で、早稲田大学で、学生と学者が「戦争法案廃案」の宣伝、集会、デモ
[ 2015-09-07 21:46 ]
憲法便り#1295: 9月8日(火) 安保法案 東京大学人 『緊急シンポジウム』 @本郷キャンパス
[ 2015-09-07 21:10 ]
憲法便り#1294:『憲法便り』への、9月(1日ー6日)のアクセス・ベストテン
[ 2015-09-07 20:54 ]
憲法便り#1293:『憲法便り』への、9月6日のアクセス・ベストテン
[ 2015-09-07 18:38 ]
憲法便り#1292:非常勤講師組合、共同声明「安全保障法関連法案の制定・改定に反対する声明」
[ 2015-09-07 18:30 ]

【9月6日】
憲法便り#1291:「早稲田から止める戦争法案 安保関連法案に反対する早稲田大学全学集会」アピール
[ 2015-09-06 21:18 ]
憲法便り#1290:『憲法便り』への、9月(1日ー5日)掲載記事一覧リスト
[ 2015-09-06 12:10 ]
憲法便り#1289:『憲法便り』への、9月(1日ー5日)のアクセス・ベステン
[ 2015-09-06 12:06 ]
憲法便り#1288:『憲法便り』への、9月5日のアクセス・ベストテン
[ 2015-09-06 11:56 ]
憲法便り#1287『東京新聞』12面に全面広告:「戦争法案廃案!安倍政権退陣!」総がかり行動予定
[ 2015-09-06 09:21 ]

【9月5日】
憲法便り#1286:夏目坂上の感通寺にある、山手大空襲犠牲者を供養する観音像と慰霊園のこと(第二版)
[ 2015-09-05 20:50 ]
憲法便り#1285:芳林堂書店・高田馬場店3階人文コーナーで拙著『世論と新聞報道・・・』を販売中!
[ 2015-09-05 17:47 ]
憲法便り#1284:「平和国家」論の社説3:昭和20年9月5日付『神戸新聞』社説「平和への努力」
[ 2015-09-05 16:38 ]
憲法便り#1283:70年前の「平和国家」論社説2:昭和20年9月5日付『朝日新聞』社説「平和国家」
[ 2015-09-05 13:03 ]
憲法便り#1282:『憲法便り』への、9月4日のアクセス・ベストテン
[ 2015-09-05 06:20 ]

【9月4日】
憲法便り#1281:ご存知ですか?夏目坂上の感通寺に、山手大空襲犠牲者を供養する観音像があること
[ 2015-09-04 22:28 ]
憲法便り#1280:『憲法便り』への、9月(1日ー3日)アクセス・ベストテン
[ 2015-09-04 20:44 ]
憲法便り#1279:『憲法便り』への、9月3日のアクセス・ベストテン
[ 2015-09-04 09:12 ]

【9月3日】
憲法便り#1278:昭和20年9月3日付『福島民報』に掲載された戦後初めての「平和国家」論」社説
[ 2015-09-03 21:26 ]
憲法便り#1277:昭和20年9月2日に調印、「無条件降伏」と明記された降伏文書全文
[ 2015-09-03 14:01 ]
憲法便り#1276:『憲法便り』への、9月2日のアクセス・ベストテン
[ 2015-09-03 10:19 ]

【9月2日】
憲法便り#1275:70年前の今日、昭和20年9月2日 ミズーリ号艦上で降伏文書に調印
[ 2015-09-02 20:51 ]
憲法便り#1274:「早稲田から止める!戦争法案 安保関連法案に反対する早稲田大学全学集会」9・6
[ 2015-09-02 08:40 ]
憲法便り#1273:『憲法便り』への、9月1日のアクセス・ベストテン
[ 2015-09-02 08:12 ]

【9月1日】
憲法便り#1272:なんと、国会前の学生ハンストは、続行中!再び、激励してきました
[ 2015-09-01 21:54 ]
憲法便り#1271: 必見!8・30大行動に関する、全国各紙の報道(北海道、東北、関東篇)
[ 2015-09-01 12:59 ]
憲法便り#1270: 70年前の今日、 昭和20年9月1日 米軍第八軍横浜上陸開始、ソ連軍千島占領!
[ 2015-09-01 09:48 ]
憲法便り#1269:『憲法便り』への、8月(1日ー31日)アクセス・ベストテン
[ 2015-09-01 09:44 ]
憲法便り#1268:『憲法便り』2015年8月(1日ー31日)掲載記事一覧リスト(184件)
[ 2015-09-01 09:23 ]
憲法便り#1267:『憲法便り』への、8月31日のアクセス・ベストテン
[ 2015-09-01 09:06 ]
[PR]

by kenpou-dayori | 2015-09-08 19:00 | 憲法便り掲載記事一覧