岩田行雄の憲法便り・日刊憲法新聞

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2015年 09月 26日 ( 6 )


2015年 09月 26日

憲法便り#1412:心に響いたコカリナの演奏と語り『第7回コカリナ講師コンサート 神宮の森の詩』

2015年9月26日(土)(憲法千話)

憲法便り#1412:心に響いたコカリナの演奏と語り『第7回コカリナ講師コンサート 神宮の森の詩』

今日、妻が紀尾井ホールで開催された『第7回コカリナ講師コンサート 神宮の森の詩』に、
姉妹と共に行ってきました。

ホールの良さも相まって、人と自然と音の一体感を心ゆくまで味わい、
命の貴さを改めて感じるひと時を過ごしてきました。

新国立競技場建設のため伐採された樹齢百年の木が、
コカリナという楽器として、新たな命を得て、名曲を奏でました。

明治神宮の森は、72年前、学徒出陣壮行会が行なわれた場所。

黒坂黒太郎さんのトークに、平和の願いが込められていました。

私も一緒に聴きたかった。そんな思いが募るコンサートのチラシと、

黒坂さんの人となりを紹介します。
『第7回コカリナ講師コンサート 神宮の森の詩』のチラシ
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「孫9条の会」について語る黒坂さん(『食べもの通信2015.08』2頁ー3頁より)
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『コカリナ20周年記念コンサート 歓喜(よろこび)の歌』のチラシ
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by kenpou-dayori | 2015-09-26 21:22 | 音楽・舞台芸術・芸能・映画
2015年 09月 26日

憲法便り#1411:平和川柳「戦地から 遺骨代わりの 弁当箱(べんとばこ)」才之助作

2015年9月26日(土)(憲法千話)

憲法便り#1411:平和川柳「戦地から 遺骨代わりの 弁当箱(べんとばこ)」才之助作

「戦地から 遺骨代わりの 弁当箱(べんとばこ)」(友人の御尊父に捧げる一句)。私の小学校時代の同級生のお父さんは、敗戦後の昭和20年11月に中国で戦病死した。死亡通知が届いたのは八ヶ月後。増上寺に遺骨を引き取りに行くと、弁当箱と箸が入った小さな箱を渡された。戦争の残酷さの証明。

以下に、岩田行雄編・著『世論と新聞報道が平和憲法を誕生させた!』(9頁ー10頁)を再録する。

*********************************************
 二〇〇九年五月に千葉の稲毛で講演を行った際に、小学校時代の同級生Kさんが友人二人を誘って聴きに来て下さった。暫くして、彼女から届いた綺麗な押し花付きの手紙には私が五十五年間全く知らなかったことが書かれていた。ご本人の承諾を得て、核心部分を紹介する。

「戦争放棄に関心がありました。私の父が戦死だからです。私は父の顔を知りません。父は若い時に耳を怪我して難聴になり、耳元で大きな声で話をしないと聞こえない状態だったそうです。昭和十九年、三十五歳のときに招集令状が来て狩りだされました。昭和二十年十一月(中華民国北***?)戦病死と書いた死亡通知が八ヶ月後に千葉の疎開先に届いて、増上寺に遺骨を引き取りに行ったのですが、渡された小さな箱には骨は入ってなく、お弁当箱と箸が入っていたそうです。母はそれを遺骨と思ってお墓に入れていたそうです。その母が九十六歳十カ月で亡くなりました。昨日、七七日忌の法要があり、お墓に母が入りました。建て替えたお墓には父の遺品はありませんでした。少し悲しい思いがしました。母に聞いたことを思い出して書いてみました。
 これからの人たちには、この様な思いをさせないように九条を守りたいです。」
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「これからの人たちには、この様な思いをさせないように九条を守りたいです。」この言葉を心に深くとめておきたい。

同時に、次の言葉を肝に銘じる。

「9・19を忘れるな!」
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by kenpou-dayori | 2015-09-26 17:39 | 川柳・俳句・短歌・狂歌
2015年 09月 26日

憲法便り#1410:『平和川柳「玉音」に 無言の母の 仁王立ち』才之助作(母の64回忌に捧げる一句

憲法便り#1410:

2015年9月26日(土)(憲法千話)

憲法便り#1410:『平和川柳「玉音」に 無言の母の 仁王立ち』才之助作(母の64回忌に捧げる一句)

昭和20年(1945年)8月15日正午に、日本の敗戦を告げる、「玉音」放送が流れた。

マスコミの報道では、一億臣民(しんみん)が慟哭(どうこく)したように扱われることが多い。

だが、それは違う。

私は、この時、3歳の誕生日を迎える直前のことで、その光景の記憶はないが、

4歳年上の姉の話によれば、母は、子供たちをラジオの前に並ばせた。

「玉音」放送が始まった時、母は、涙も流さず、怒ったようなこわい顔をして、立っていた。

私たち家族は、昭和20年3月の東京大空襲のあと、母方の親戚を頼って福島に疎開し、最初は小高、次に小名浜でお世話になっていた。

だが、小名浜で、米軍の爆撃にあい、親戚の母屋も、離れも、衣類も食料も、すべてを失った。

一斗缶(いっとかん)に入れてあった米は、真っ黒な炭になっていた。

それを見て、母は「あーあ、みんな炭になっちゃった」と言って、立ちつくしていたという。

私は、「玉音」を聞いた時の、母の「仁王立ち」は、為政者への怒りだったと思っている。

だから、安倍政権の戦争政策は、絶対に許せない。

私は、「9・19を忘れない」。
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by kenpou-dayori | 2015-09-26 17:28 | 川柳・俳句・短歌・狂歌
2015年 09月 26日

憲法便り#1409:「戦地から 遺骨代わりの 弁当箱(べんとばこ)」(友人の御尊父に捧げる一句)。

2015年9月26日(土)(憲法千話)

憲法便り#1409:「戦地から 遺骨代わりの 弁当箱(べんとばこ)」(友人の御尊父に捧げる一句)。

「戦地から 遺骨代わりの 弁当箱(べんとばこ)」(友人の御尊父に捧げる一句)。私の小学校時代の同級生のお父さんは、敗戦後の昭和20年11月に中国で戦病死した。死亡通知が届いたのは八ヶ月後。増上寺に遺骨を引き取りに行くと、弁当箱と箸が入った小さな箱を渡された。戦争の残酷さの証明。

以下に、岩田行雄編・著『世論と新聞報道が平和憲法を誕生させた!』(9頁ー10頁)を再録する。

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 二〇〇九年五月に千葉の稲毛で講演を行った際に、小学校時代の同級生Kさんが友人二人を誘って聴きに来て下さった。暫くして、彼女から届いた綺麗な押し花付きの手紙には私が五十五年間全く知らなかったことが書かれていた。ご本人の承諾を得て、核心部分を紹介する。

「戦争放棄に関心がありました。私の父が戦死だからです。私は父の顔を知りません。父は若い時に耳を怪我して難聴になり、耳元で大きな声で話をしないと聞こえない状態だったそうです。昭和十九年、三十五歳のときに招集令状が来て狩りだされました。昭和二十年十一月(中華民国北***?)戦病死と書いた死亡通知が八ヶ月後に千葉の疎開先に届いて、増上寺に遺骨を引き取りに行ったのですが、渡された小さな箱には骨は入ってなく、お弁当箱と箸が入っていたそうです。母はそれを遺骨と思ってお墓に入れていたそうです。その母が九十六歳十カ月で亡くなりました。昨日、七七日忌の法要があり、お墓に母が入りました。建て替えたお墓には父の遺品はありませんでした。少し悲しい思いがしました。母に聞いたことを思い出して書いてみました。
 これからの人たちには、この様な思いをさせないように九条を守りたいです。」
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「これからの人たちには、この様な思いをさせないように九条を守りたいです。」この言葉を心に深くとめておきたい。

同時に、次の言葉を肝に銘じる。

「9・19を忘れるな!」
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by kenpou-dayori | 2015-09-26 11:25 | エッセー
2015年 09月 26日

憲法便り#1408:「玉音」に 無言の母の 仁王立ち(母の64回忌に捧げる一句)

2015年9月26日(土)(憲法千話)

憲法便り#1408:「玉音」に 無言の母の 仁王立ち(母の64回忌に捧げる一句)

昭和20年(1945年)8月15日正午に、日本の敗戦を告げる、「玉音」放送が流れた。

マスコミの報道では、一億臣民(しんみん)が慟哭(どうこく)したように扱われることが多い。

だが、それは違う。

私は、この時、3歳の誕生日を迎える直前のことで、その光景の記憶はないが、

4歳年上の姉の話によれば、母は、子供たちをラジオの前に並ばせた。

「玉音」放送が始まった時、母は、涙も流さず、怒ったようなこわい顔をして、立っていた。

私たち家族は、昭和20年3月の東京大空襲のあと、母方の親戚を頼って福島に疎開し、最初は小高、次に小名浜でお世話になっていた。

だが、小名浜で、米軍の爆撃にあい、親戚の母屋も、離れも、衣類も食料も、すべてを失った。

一斗缶(いっとかん)に入れてあった米は、真っ黒な炭になっていた。

それを見て、母は「あーあ、みんな炭になっちゃった」と言って、立ちつくしていたという。

私は、「玉音」を聞いた時の、母の「仁王立ち」は、為政者への怒りだったと思っている。

だから、安倍政権の戦争政策は、絶対に許せない。

私は、「9・19を忘れない」。
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by kenpou-dayori | 2015-09-26 10:12 | エッセー
2015年 09月 26日

憲法便り#1407:『憲法便り』への、9月25日のアクセス・ベストテン(ナチスの手口シリーズ多し)

2015年9月26日(土)(憲法千話)

憲法便り#1407:『憲法便り』への、9月25日のアクセス・ベストテン(ナチスの手口シリーズ多し)

1.憲法便り#968:『日本共産党が日本国憲法草案の採決で反対した四つの理由』(第一回)

2.憲法便り#932:『日本国憲法公布、その日、あなたの故郷ではNo.32: 兵庫篇』(5月5日増補版)

3.憲法千話・憲法クイズNo.1:日本国憲法の正文は、①日本語 ②英語 ③日本語と英語の両方のどれ

4.憲法便り#973 連載:日本共産党が日本国憲法草案の採決で反対した四つの理由(第六回)

5.憲法便り#243 ナチス関連記事のまとめ:ナチスの手口(1)~(21)ほか

6.憲法便り#240 「ナチスの憲法」出現の時代背景

7.憲法便り#1405:『生きよ、そして記憶せよ』

8.憲法便り#228 ナチスの手口(18)立法により、党と国家の一元化をはかる。

9.憲法便り#196 ナチスの手口(9)地方自治権の破壊

10.憲法便り#169 日本共産党の皆さん必見!ナチスの手口(1)共産党弾圧
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by kenpou-dayori | 2015-09-26 07:00 | アクセス・ベストテン