岩田行雄の憲法便り・日刊憲法新聞

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カテゴリ:国会議員・政党関連( 194 )


2015年 06月 27日

憲法便り#1029 これが「言論弾圧勉強会」参加議員の名簿!我々は、断固抗議する!謝罪せよ!

2015年6月27日(土)(憲法千話)

憲法便り#1029 これが「言論弾圧勉強会」参加議員の名簿!我々は、断固抗議する!謝罪せよ!

2015年6月27日付『東京新聞』朝刊二面を引用し、【注】も含め、そのまま掲載する。

【 衆 院 】
堀井   学②(北海道9区)
簗   和生②(栃木3区)
薗浦健太郎③(千葉5区)
白須賀貴樹②(千葉13区)
大西  英男②(東京16区)
松本  洋平③(東京19区)
萩生田光一④(東京24区)
坂井    学③(神奈川5区)
星野  剛士②(神奈川12区)
高鳥  修一③(新潟6区)
田畑  裕明②(富山1区)
佐々木  紀②(石川2区)
宮沢  博行②(静岡3区)
熊田  裕通②(愛知1区)
大岡  敏孝②(滋賀1区)
武藤  貴也②(滋賀4区)
宗清  皇一①(大阪13区)
山田  賢司②(兵庫7区)
山下  貴司②(岡山2区)
加藤  勝信⑤(岡山5区)
井上  貴博②(福岡1区)
鬼木   誠②(福岡2区)
木原   稔②(熊本1区)
前田  一男②(比例北海道)
藤原   崇②(比例東北)
石川  昭政②(比例北関東)
今野  智博②(比例北関東)
宮川  典子②(比例南関東)
青山  周平②(比例東海)
池田  佳隆②(比例東海)
大西  宏幸①(比例近畿)
岡下  昌平①(比例近畿)
谷川  とむ①(比例近畿)
長尾   敬②(比例近畿)

【 参 院 】
滝波  宏文①(福井)
長峯   誠①(宮崎)
宮本  周司①(比例)
【注】敬称略、丸数字は当選回数。自民党の勉強会「文化芸術懇談会」事務局発表による。
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by kenpou-dayori | 2015-06-27 11:43 | 国会議員・政党関連
2015年 06月 27日

憲法便り#1028百田氏の言論弾圧発言に対し、『沖縄タイムス』『琉球新報』両紙編集局長が共同抗議声明

2015年6月27日(土)(憲法千話)

憲法便り#1028百田氏の言論弾圧発言に対し、『沖縄タイムス』『琉球新報』両紙編集局長が共同抗議声明

2015年6月27日付『東京新聞』朝刊26面を引用し、紹介する。

2015年6月27日付『東京新聞』朝刊は、下記の四つの見出しとともに、
『沖縄タイムス』『琉球新報』両紙編集局長による共同抗議声明(全文)を報じた。

「言論弾圧の発想そのもの」
「報道の自由 否定の暴論」
「沖縄2紙 百田氏に反発」


「百田氏「商売目的で普天間居住」(と発言)

「自民党若手議員の勉強会で百田尚樹氏は、米軍普天間飛行場に関し「飛行場の周りに行けば商売になるということで(人が)住みだした。そこを選んで住んだのは誰なのかと言いたくなる」と語っていた。「飛行場の地主は年収何千万円だ。六本木ヒルズとかに住んでいる」とも指摘。「ですから基地が移転したら、えらいことになる」と述べた。
 百田氏から「つぶさないといけない」と批判された沖縄の二紙は、二十六日付朝刊でこの問題を大きく報じた。
 沖縄タイムスは一面と社会面に記事を掲載。
 住宅地にある米軍普天間(ふてんま)飛行場(沖縄県宜野湾(ぎのわん)市)の成り立ちを、百田氏は「基地の周りに行けば商売になると住みだした」と語ったことに触れ、「土地は強制的に接収され、人口増加に伴い周辺に住まざるを得なかった」と事実誤認であると指摘している。
 編集局の石川達也次長は「問題は、安倍首相に近いメンバーが出席していたこと。出席議員から百田氏への反論はなかった。自民には容認する土壌があるのではないか」とみる。
 琉球新報は社会面に掲載。勉強会の代表を務める木原稔衆院議員や、有識者二人のコメントも紹介した。編集局の松元剛次長は「政権の意に沿わない民意があり、それを土台にした報道に圧力をかけるのは、県民を軽んじているといえる」と指摘した。
 自民党関係者はこれまでも沖縄のメディアを批判していた。元防衛相の小池百合子氏は二〇一三年三月、党国防部会で「沖縄メディアの言っていることが、本当に県民をすべて代表しているとは思わない。(沖縄選出議員が)戦っているのは沖縄メディア」と断じた。今年五月、海上保安庁の佐藤雄二長官が記者会見で、辺野古(へのこ)沿岸部の過剰な海上警備を報じる二紙に「誇張されている部分があると感じている」と述べた。
 沖縄タイムスの石川次長は「自民政権から圧力的な意見が多くなっていると感じるが、報道の視点に変わりはない」と強調した。

2紙編集局長による共同抗議声明全文

 沖縄二紙編集局長の共同抗議声明全文は次の通り。 (原文のまま)
   ×   ×
 百田氏発言をめぐる共同抗議声明
 沖縄タイムス編集局長・武富和彦
 琉球新報編集局長・潮平(しおひら)芳和


「百田尚樹氏の「沖縄の2つの新聞はつぶさないといけない」という発言は、政権の意に沿わない報道は許さないという“言論弾圧”の発想そのものであり、民主主義の根幹である表現の自由、報道の自由を否定する暴論にほかならない。

 百田氏の発言は自由だが、政権与党である自民党の国会議員が党本部で開いた会合の席上であり、むしろ出席した議員側が沖縄の地元紙への批判を展開し、百田氏の発言を引き出している。その経緯も含め、看過できるものではない。

 さらに「(米軍普天間飛行場は)もともと田んぼの中にあった。基地の周りに行けば商売になるということで人が住みだした」とも述べた。戦前の宜野湾村役場は現在の滑走路近くにあり、琉球王国以来、地域の中心地だった。沖縄の基地問題をめぐる最たる誤解が自民党内で振りまかれたことは重大だ。その訂正も求めたい。

 戦後、沖縄の新聞は戦争に加担した新聞人の反省から出発した。戦争につながるような報道は二度としないという考えが、報道姿勢のベースにある。

 政府に批判的な報道は、権力監視の役割を担うメディアにとって当然であり、批判的な報道ができる社会こそが健全だと考える。にもかかわらず、批判的だからつぶすべきだ-という短絡的な発想は極めて危険であり、沖縄の2つの新聞に限らず、いずれ全国のマスコミに向けられる恐れのある危険きわまりないものだと思う。沖縄タイムス・琉球新報は、今後も言論の自由、表現の自由を弾圧するかのような動きには断固として反対する。」
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by kenpou-dayori | 2015-06-27 11:06 | 国会議員・政党関連
2015年 05月 21日

憲法便り#786 大スクープ:党首討論で志位委員長の追及に” 「ポツダム宣言」読んでいない”と首相

2015年5月21日(木)(憲法千話)

2015年5月21日付『しんぶん赤旗』一面トップ
(写真)党首討論で安倍晋三首相に質問する志位和夫委員長(左)=20日、衆院第1委員室
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安倍首相が、「ポツダム宣言」を読んでいない。
これは、日本共産党の大スクープです。
しかも、歴史に残る大スクープです。


したがいまして、『しんぶん赤旗』の紙面をそのまま紹介します。
私は、日本の政治状況を正確に把握するために、常々、周囲の人たちにも、『しんぶん赤旗』および『東京新聞』の購読をすすめていますが、今日またその思いを強くしました。このブログをお読みの皆さんに、是非ともおすすめします。

それにしても、あまりにも不勉強な安倍首相。
私が以前から指摘してきた通りです。

「戦争の善悪の区別がつかない首相に戦争法案提出の資格なし」

党首討論で志位委員長が追及

「ポツダム宣言」読んでいない”と首相

 「戦争の善悪の区別がつかない首相に、日本を『海外で戦争する国』につくりかえる戦争法案を出す資格はない」。日本共産党の志位和夫委員長は20日の党首討論で、日本が過去に行った戦争に対する安倍晋三首相の認識を問いただし、戦争法案撤回を迫りました。 (関連記事) (討論全文)

 志位委員長が党首討論にのぞんだのは11年ぶり。一連の国政選挙での躍進を受け、実現しました。

 志位氏は、戦後70年の節目の年にあたって日本が過去の戦争にどういう基本姿勢をとるかが重大問題になっていると提起し、首相に「過去の日本の戦争は『間違った戦争』だという認識はありますか」と端的に問いました。

 安倍首相は、村山富市首相談話(1995年)など「節目節目にだされている政府の談話全体として受け継いでいく」とのべるだけで、善悪の判断を正面から答えません。

 そこで志位氏は、日本が1945年8月に受諾し、戦後日本の始まりとなった「ポツダム宣言」に言及しました。同宣言は、日本の戦争に対する認識を二つの項目で明らかにしています。

 一つは、日本の戦争を「世界征服」のための戦争だったと明瞭に規定した第6項。もう一つは、日本の戦争を「侵略」と規定し、「暴力と強欲」で奪った地域の返還を求めた「カイロ宣言」の履行を記した第8項です。

 志位氏は「ポツダム宣言の(間違った戦争という)この認識を認めないのか」と問いただしました。

 首相は「私はまだ、その部分をつまびらかに読んでいない。論評は差し控えたい」と答え、戦争の善悪をかたくなに口にしないばかりか、戦後日本の原点となった「ポツダム宣言」すら読んでいないという首相の資格に関わる重大な事実が明らかになりました。

 志位氏は「『侵略戦争』はおろか、『間違った戦争』だともお認めにならない」と指摘したうえで、「いま進めようとしている集団的自衛権の行使とは、日本に対する武力攻撃がなくても、米国が、世界のどこであれ、戦争に乗り出したさいに、その戦争に自衛隊を参戦させるものです。しかし、米国の戦争の善悪の判断が総理にできますか。日本の戦争の善悪の判断もできない総理に、米国の戦争の善悪の判断ができるはずがない」と述べ、戦争法案の撤回を求めました。

 ポツダム宣言 第2次世界大戦末期の1945年7月26日、米・英・中が、対日戦の終結、日本の降伏の条件を定めて、ドイツのポツダムで発した宣言。ソ連も対日参戦にあたってこれに加わりました。日本軍の無条件降伏と日本の民主化・非軍事化を要求しました。日本は8月14日、天皇出席のもとで開かれた御前会議で宣言の受諾を決定しました。

1015年5月21日付『しんぶん赤旗』二面より
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“「ポツダム宣言」を読んでいない”――首相の資格なし/党首討論後 志位委員長が会見

日本共産党の志位和夫委員長は20日、安倍首相との党首討論後に記者会見し、次のように語りました。

 久しぶりの党首討論でしたが、時間が短いので、歴史認識の問題にしぼって首相の姿勢をただしました。
 今日は、うんとひらたく、過去の日本の戦争を「間違った戦争」と認めるかという一点で、お聞きしました。
 「侵略」と認めるかと聞きますと、首相は「侵略の定義は確立していない」などと逃げてきたので、もっとひらたく、「間違った戦争か」か「正しい戦争か」と、善悪の判断を聞いたわけですが、首相は、最後まで、「間違った戦争」という認識をのべませんでした。

 それから「ポツダム宣言」に言及して、首相の姿勢をただしました。
 「ポツダム宣言」は日本の戦後政治の原点です。そこに規定されている、日本の戦争についての認識――第6項では「世界征服」の戦争とあり、第8項では「カイロ宣言の履行」とあり、「カイロ宣言」には、「侵略」という規定があります。二重に、日本の戦争は「間違った戦争」だという認識が明記されているのが「ポツダム宣言」です。

 「ポツダム宣言」のこの認識を認めないのかと、こう繰り返し聞いたわけですが、首相はついに認めるといわなかった。こうなってきますと、戦後政治の原点の否定ということになってきます。

 それどころか、私が、質疑の中で驚いたのは、首相が「ポツダム宣言」について「つまびらかに読んでいないので、論評は差し控えたい」と発言をされたことです。これは驚きですね。

 「ポツダム宣言」というのは、たいへんに短い条項ですが、戦後の日本の民主化の原点になった歴史的文書です。「ポツダム宣言」をきちんと読んでいない首相というのは、それだけで私は、首相の資格がないという問題ではないかと思います。
 戦争法案との関係で言いますと、米国の戦争に自衛隊が参戦するというのが戦争法案ですが、過去の日本自身の戦争の善悪の判断ができない首相が、米国の戦争の善悪の判断のできる道理がないということになってきます。そういう首相に、こういう法案を出す資格はそもそもないということも明瞭になったのではないかと思います。
 引き続き、戦争法案の本体の方は、今後の質疑で徹底的に究明していきます。」


【主張】「日本の戦争の善悪 間違い認めぬ首相の危険明白」

 今通常国会で初めての安倍晋三首相と野党党首との党首討論を聞きました。昨年の総選挙で大きく躍進した日本共産党は、志位和夫委員長が11年ぶりに討論に立ちました。志位氏がただしたのは、首相自身が過去の日本の戦争にどのような姿勢をとるかという点です。今年はアジア・太平洋戦争終結から70年です。この節目の年にあたって、侵略戦争を引き起こした当事国である日本の首相が、その戦争の善悪をどう認識しているのかは、首相の資格とともに、日本の前途にかかわる大問題です。

是非判断は政治家の責任(中見出し)
 戦争認識の問題では、戦後50年に当時の村山富市首相が談話で「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り」「植民地支配と侵略」によってアジア諸国の人たちなどに多大な損害と苦痛を与えた、とのべ「間違った戦争」という認識を明らかにしています。

 安倍首相には「間違った戦争」との認識はあるのか―。志位氏の端的な問いにたいして、安倍首相は、歴代内閣の談話を「全体として受け継ぐ」というだけで、自分の言葉として「間違った戦争」とは一言もいいません。あまりに無責任な姿勢に驚かされます。日本自身の過去の戦争の善悪を判断することは、国民の平和と安全に責任をもつ政治家に、もっとも問われていることだからです。

 70年前、日本は「ポツダム宣言」を受け入れ、敗戦を迎えました。「ポツダム宣言」は、日本の戦争について「世界征服ノ挙ニ出ヅルノ過誤」であることや、日本の「侵略」であることなどを明確に判定しています。日本がアジア・太平洋地域で戦争に乗り出したことを「間違った戦争」と認識することは、国際的にも歴史的にも、すでに決着がついているものです。

 志位氏は「ポツダム宣言」に明記されている「間違った戦争」という認識を認めないのか、と追及しましたが、安倍首相は「ポツダム宣言」の受け入れは「戦争を終結させる道だった」などと繰り返すだけです。それどころか、「ポツダム宣言」の内容について「つまびらかに読んでおりません」「論評することは差し控えたい」などと耳を疑うような発言をしました。戦後日本の出発点にあたる「ポツダム宣言」についてこんな態度では、戦後の日本の首相がつとまるはずはありません。

 戦後の国際秩序は、日本とドイツとイタリアによる戦争は侵略戦争だったという判定のうえに成り立っています。過去の日本の戦争を「侵略戦争」どころか「間違った戦争」とすらいえない安倍首相の姿勢は、国際的に通用しません。

「戦争法案」出す資格なし(中見出し)
 安倍首相の姿勢は、日本の進路にとって危険極まりないものです。首相が今国会で強行しようとしている「戦争法案」は、日本にたいする武力攻撃がなくても、米国が世界のどこかで戦争に乗り出せば、その戦争に自衛隊が参戦する集団的自衛権の行使まで盛り込んでいます。米国は違法な戦争を繰り返してきた国です。日本の過去の戦争の善悪の判断もつかない首相に、米国の戦争が「正義」なのか「不正義」なのかの判断ができるはずがありません。

 戦争の善悪の区別がつかない首相に、日本を「海外で戦争する国」につくりかえる「戦争法案」を出す資格などないことは明らかです。」

1015年5月21日付『しんぶん赤旗』三面より
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日本の戦争を「間違った戦争」とさえ言えぬ首相/戦争法案を提出する資格なし/党首討論 志位委員長の発言

 日本共産党の志位和夫委員長が20日に行った安倍晋三首相との党首討論は次のとおりです。

志位 過去の日本の戦争は「間違った戦争」との認識はあるか
首相 (答弁できず)
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(写真)党首討論に立つ志位和夫委員長=20日、衆院第1委員室

 志位 今年は、戦後70年です。この節目の年にあたって、日本が、そして総理自身が、どういう基本姿勢をとるかは、たいへん重大な問題であります。

 戦後50年の「村山談話」では、「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩ん(だ)」と述べ、過去の日本の戦争に対して「間違った戦争」という認識を明らかにしております。

 総理に端的にうかがいます。過去の日本の戦争は「間違った戦争」という認識はありますか。

 ことは日本自身が行った戦争の善悪の判断の問題です。歴史の研究の話ではありません。日本の平和と安全に責任を持つ政治家ならば、当然判断しなければならない問題です。「間違った戦争」という認識はありますか。端的にお答えください。

首相 今年は、戦後70年の節目の年であります。70年前、戦争は終結をしました。しかし、さきの大戦において、多くの日本人の命は失われたわけであります。同時に、アジアの多くの人々が戦争の惨禍に苦しんだ。日本はその後の歩みのなかで、まさに塗炭の苦しみを味わったといってもいいと思います。

 戦争の惨禍を二度と繰り返してはならない。われわれはこの不戦の誓いを心に刻み、戦後70年間、平和国家としての歩みを進めてきたわけであり、その思いにまったく変わりはないわけでございます。そして、だからこそ、地域や世界の繁栄や平和に貢献をしなければならないと、こう決意をしているわけでございます。

 当然、また、「村山談話」、あるいは「小泉談話」、節目節目に出されているこの政府の談話を、私たちは全体として受け継いでいくと、再三再四申し上げてきたとおりでございます。(議場がざわめく)

志位 私が聞いているのは、何も難しい問題じゃないんです。過去の日本の戦争が、「間違った戦争」か、「正しい戦争」か、その善悪の判断を聞いたんですが、まったくお答えがありませんでした。

志位 「ポツダム宣言」の認識を認めないのか
首相 つまびらかに読んでいないので論評は差し控えたい
写真
(写真)答弁する安倍晋三首相=20日、衆院第1委員室

志位 この問題は、すでに70年前に歴史が決着をつけております。

 戦後の日本は、1945年8月、「ポツダム宣言」を受諾して始まりました。「ポツダム宣言」では、日本の戦争についての認識を二つの項目で明らかにしております。

 一つは、第6項で、「日本国国民ヲ欺瞞(ぎまん)シ之ヲシテ世界征服ノ挙(きょ)ニ出ヅルノ過誤」を犯した勢力を永久に取り除くと述べております。日本の戦争について、「世界征服」のための戦争だったと、明瞭に判定しております。日本がドイツと組んで、アジアとヨーロッパで「世界征服」の戦争に乗り出したことへの厳しい批判であります。

 いま一つ、「ポツダム宣言」は第8項で、「『カイロ』宣言ノ条項ハ履行(りこう)セラルベク」と述べています。

 「カイロ宣言」とは、1943年、米英中3国によって発せられた対日戦争の目的を述べた宣言でありますが、そこでは「三大同盟国は、日本国の侵略を制止し罰するため、今次の戦争を行っている」と、日本の戦争について「侵略」と明瞭に規定するとともに、日本が「暴力と強欲」によって奪った地域の返還を求めています。

 こうして「ポツダム宣言」は、日本の戦争について、第6項と第8項の二つの項で、「間違った戦争」だという認識を明確に示しております。

 総理におたずねします。総理は、「ポツダム宣言」のこの認識をお認めにならないのですか。端的にお答えください。

首相 この「ポツダム宣言」をですね、われわれは受諾をし、そして敗戦となったわけでございます。そしていま、えー、私もつまびらかに承知をしているわけでございませんが、「ポツダム宣言」のなかにあった連合国側の理解、たとえば日本が世界征服をたくらんでいたということ等も、いまご紹介になられました。

 私はまだ、その部分をつまびらかに読んでおりませんので、承知はしておりませんから(議場がざわめく)、いまここで直ちにそれに対して論評することは差し控えたいと思いますが、いずれにせよですね、いずれにせよ、まさにさきの大戦の痛切な反省によって今日の歩みがあるわけでありまして、われわれはそのことは忘れてはならないと、このように思っております。

志位 私が聞いたのは、「ポツダム宣言」の認識を認めるのか、認めないのかです。はっきりお答えください。

首相 いま申し上げましたようにですね、まさに「ポツダム宣言」を私たちは受け入れて、これがまさに戦争を終結させる道であったということであります。この、われわれは受け入れることによって、終戦を迎え、そして、まさに日本は平和国家としての道をその後、歩き始めることになったということではないかと思います。

志位 日本の戦争の善悪の区別さえつかぬ首相に、米国の戦争の善悪の判断ができるわけがない

志位 私は、「ポツダム宣言」が認定している「間違った戦争」という認識を認めないのかと聞いたんですが、認めるとおっしゃらない。これは非常に重大な発言であります。

 戦後の国際秩序というのは、日独伊3国の戦争は侵略戦争だったという判定の上に成り立っております。ところが総理はですね、「侵略戦争」はおろか、「間違った戦争」だともお認めにならない。

 総理がいま進めようとしている集団的自衛権の行使とは、日本に対する武力攻撃がなくても、アメリカが世界のどこであれ、戦争に乗り出したさいに、その戦争に自衛隊を参戦させるというものであります。しかし、米国の戦争の善悪の判断が、総理にできますか。日本が過去にやった自らの戦争の善悪の判断もできない総理に、米国の戦争の善悪の判断が、できるわけないじゃないですか。(「そうだ」の声)

 戦争の善悪の判断ができない、善悪の区別がつかない、そういう総理が、日本を「海外で戦争する国」につくり変える戦争法案を出す資格はありません。撤回を強く求めて終わります。(大きな拍手)
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by kenpou-dayori | 2015-05-21 16:04 | 国会議員・政党関連
2015年 02月 01日

憲法便り#711 安倍首相の一ヶ月間の行動

2015年2月1日

今年の初めから、安倍首相の行動を検証するために、東京新聞の「首相の一日」を切り抜いて、毎日チェックをしていた。
安倍首相のテレビカメラを意識したパフォーマンスと、多額のばらまき外交に危うさを感じていたからである。
沖縄県民に対する予算を大幅に削り、福祉を切り捨て、軍事費を突出させる現在の政治に「異議」を表明するための準備であった。
今日は、まず、昨年の大晦日から、今年一月の行動を紹介する。
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下の記事は、東京新聞の「こちら特報部」からの借用である。
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by kenpou-dayori | 2015-02-01 22:12 | 国会議員・政党関連
2015年 01月 10日

憲法便り#702:安倍首相よ、このコピーを見よ! 衆院選選挙公報には、憲法の「け」の字もないぞ!

2015年1月10日(憲法千話)

憲法便り#702:安倍首相よ、このコピーを4見よ! 衆院選選挙公報には、憲法の「け」の字もないぞ!

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この選挙公報は、昨年末の衆院選投票日前に、『東京新聞』朝刊に折り込まれていたものである。これは、全有権者に配布するために執られた方策であった。
東京都選挙管理委員会が作製したもので、各ページ下の欄外に、次の文言が印刷されている。
(この選挙公報は、公職選挙法第169条第2項の規定により、名簿届出政党等から提出された原稿を、そのまま写真製版のうえ掲載したものです。)と、カッコにいれて表示されている。
自民党の選挙公約と思われる訴えは、「景気回復、この道しかない。」から始まって、
「史上最高のオリンピック・パラリンピックの実現へ!」で終っていて、憲法という文字はどこにも見当たらない。
これで、どうして、「憲法改正」についても、「公約として国民の皆様にお示した」ことになるのか。
まるで、問題点を隠して客を騙す、悪徳不動産屋の広告ばりである。
もっと言えば、「安い」からと客を誘って、法外な料金を吹っ掛ける「ぼったくりバー」の手口に似ている。
だが、「ぼったくりバー」の場合は、「運が悪い」少数の市民が騙されるに過ぎないが、衆議院選挙で国民全体を騙すのは、極めて悪質である。
「国民が、いつまでも、このような詐欺師的な手口を許すと思っていたら大間違いである。」と、声を大にして言っておこう。
「ここで言わねばならぬ。だから言わせてもらう」

※平和憲法を守る闘いに寄与するため、2014年5月に下記の新著を緊急出版しました。
『世論と新聞報道が平和憲法を誕生させた!』
―押し付け憲法論への、戦後の61紙等に基づく実証的反論―
(これは『心踊る平和憲法誕生の時代』の改題・補訂第二版です)

「アベノミクス」のみを前面に打ち出していた今回の衆院選で国民の信任を得たとして、安倍首相は、早くも憲法改悪を「自民党結党以来の目標」「歴史的チャレンジ」として強調し始めました。
彼らの論拠は、「押し付け憲法」論です。
『世論と新聞報道が平和憲法を誕生させた!』は、実証的反論です。
是非とも本書を活用していただきたい。
ご注文は、下記の書店へ
美和書店 電 話03-3402-4146
FAX 03-3402-4147
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by kenpou-dayori | 2015-01-10 20:10 | 国会議員・政党関連
2014年 05月 07日

憲法便り#584 社民党福島みずほさんへの激励の手紙を紹介します

2014年5月7日

参議院での福島みずほさんに対する答弁の際に、安倍首相が内容に触れず「そのことについては、これまで何回も何回もお答えしています」という発言を、二回も繰り返し、それに対して、福島議員が「ひどいよ」「ひどいよ」と叫んでいた場面があったことを覚えているかたも多いと思います。首相の態度もひどいが、その場にいた議員達が笑っていたことも許せない。
そんなことがあってから暫くして、私は参院議員会館の福島みずほ事務所に激励の電話をした。そして、電話に出た秘書の中島さん(男性)に、私は、選挙の際は日本共産党を支持しているが、平和憲法を守るために社民党にも頑張ってほしいので、私が出来ることがあれば応援したい旨を伝えました。
そして、私の考えを正確に伝えるために、2月20日に下記のFAXを送りました。文面の最後に、「敬具」という言葉を書くスペースがなくなってしまったので、中途半端な手紙になってしまった感がありますが、この手紙をブログに掲載することは、中島さんにはご了承をいただいています。
私は、何ごとにつけても、大事なことは、直接会って話をすることにしています。
議員数が少なくなったため、ひとりで何役もこなさなければならず、ご多忙とのことで、まだご返事はありませんが、気長に待つことにしています。

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※本書『心踊る平和憲法誕生の時代』の注文については、こちらから
歴史的事実をもって、安部首相と石原慎太郎議員の「押し付け憲法」論のデタラメを打破するこの本が十万部普及すれば、闘いは必ず勝てると思っています。
安倍政権とその補完者である維新の会の暴走を食い止め、憲法改悪を阻止しましょう!
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by kenpou-dayori | 2014-05-07 21:27 | 国会議員・政党関連
2013年 11月 10日

憲法廃棄を求める石原議員の代表質問と首相答弁:衆議院本会議10月16日

2013年11日9日
衆議院本会議10月16日石原議員の悪質な代表質問と首相答弁の問題点

検証に時間がかかりますので、初の試みとして、このブログの検証の過程、いわゆるメーキングを公開します。
内容だけでなく、タイトルも変更することがあります。すでに変更しています。

第一段階は、インターネット中継から、石原議員の質問のうち、憲法に関する部分を文字に起こしたものを紹介します。
発音が悪いため、不明のところは、?をつけてあります。
確定した議事録が公表された時点でより正確にします。

石原
「えー、今から、43年前、私が敬愛しておりました、天才とも言われていた作家の三島由紀夫氏は、この日本の国家と民族の将来を憂い案じて挙句に有志を募り、市ヶ谷台の自衛隊の本部に乱入し、隊員たちに決起を促しましたが叶わずに自決をいたしました。三島氏が案じていたこの国はそれから彼の懸念の通りに、心身ともに衰弱の道を辿り、今日の姿にあります。
 彼が自決する一年ほど前に私と彼との共通の優れた友人であった、フランス文学者の村松剛氏が、カナダのトロントの大学に交換教授として赴いて、日本文化について講義した後に、帰国の途中、ニューヨークに立ち寄って、アメリカの代表的な新聞であるニューヨークタイムズの本社に寄りまして、日本が降伏した8月15日と、その日のニューヨークタイムズの論説と、同じ年の春にドイツが降伏した時の論説のコピーを作って持ち帰り私たちに提供してくれたのであります。この2つを併せ見ますと、極めて対照的であります。ちなみに、若い議員の諸君はご存じ無いでしょうが、日本とドイツの降伏の仕方はかなり対照的に違っております。日本は瞬時にして数十万の人命を奪った原爆に腰を抜かして、無条件降伏をいたしましたが、

ドイツは三つの条件を付けて降伏をしました。(注:下記〔資料1〕【ドイツ軍の降伏文書】で見るようにこれは嘘)
第一は、戦後のドイツの基本規法である憲法は自分たちが作る、第二は戦後の視点の教育はドイツ人自身が決める、第三は、規模は何であれ、性能が何であれ、ドイツの国軍はこれを保有するということであります。まぁこれを踏まえて、ドイツの降伏に関してのタイムスの論説は、彼らの�
�論説は、「この優れた民族はナチスによって道を誤って戦争を起こしたが、敗れはしたが、この敗戦の後に立ち上って新しい立派な国を作るに違いない」と、「それに我々は全面的に力を貸して立派なドイツの再興を助けよう」ということですと。それと対照的に、日本の国民についての彼らの論調は、論調の紙面の横に大きな漫画が描かれておりまして、その漫画は、巨大なナマズの化物のような怪物が倒れて横たわっていて、そのあんぐり空いた大きな口の中にアメリカ兵が鉄兜をかぶって入って、やっとこでその怪物の牙を抜いている漫画でありました。そしてその解説に「この醜く危険な怪物は倒れはしたがまだ生きてる。われわれアメリカの安全のために、世界の安全のために、あらゆる手を尽くして、いかなる時をかけても、この怪物を完全に解体しなくてはならない」とありました。あの敗戦に対するニューヨークタイムズの論説の背景には、歴然としたレイシズムによる人種偏見があると思います。それは、近世近代にかけて産業革命の余力をかって有色人種の国土を殆ど植民地化してきた、白人のレイシズムによる驕りの露骨な表れでしかありません。そして、根底にはそうした�
�偏見にのっとった敗戦国日本への統治の名前を借りた徹底的な改訂が行われて
きたわけであります。その有効な手段として、歴史的に正当性の無い憲法が見事に活用され、その絶大な効果を生みました。新しい憲法を基点に、アメリカの戦後の日本に対する統治が始まったわけであり、そして、その日本の解体統治のための一つの手段として、彼らが一方的に即製した極めて醜い日本語の全文で綴られた憲法が押し付けられ、私たちはそれを拝受し今日まで、アメリカの囲まれ者としての時を費やしてきました。
 この憲法についての論議が国会でようやく正式に始まろうとしておりますが、私たちはこの際、哲学者ヘーゲルが言った、「国家社会にとっての重要な問題の正否を論じる際の判断の原理は、全て歴史の中にある」という言葉を想起し、事に望むべきだと思います。人間の歴史は多くの戦争を繰り返してきましたが、戦争の後に、戦勝国が敗戦国を統治するための手段として作って押し付けた法律が、半世紀を越しても有効に敗者を拘束している事例は、歴史には全くありません。ということを鑑みれば、歴史を踏まえて、私たちが拝受した現行の憲法には、歴史を踏まえての歴史的な正当性が全く無いということが言えるはずであります。ということについて、総理はいかがお考えでしょうか? 私たちが拝受し続けてきた現行の憲法に、果たして歴史的な正答性があるのか無いのかということをまずお伺いしたい。
 私は比較的、若く世の中に出たために、当時まだありました文壇の行事を通じて、吉田茂総理の側近中の側近と言われた、白洲次郎氏との知己を得ました。そして何度か氏から直接諭されました。「吉田茂という優れた政治家が犯した大きな問題がある。その最たるものは、自分も同行して吉田内閣が調印したサンフランシスコ条約によって、日本がようやく独立を獲得した後に、これを踏まえて吉田総理はアメリカが作って与えた憲法を無効とすべきであった。それをしなかったことが、吉田さんの政治家の最大の誤りだ」ということであります。総理は憲法の改正に並々ならぬ意欲をお持ちのようですが、そうした論評を踏まえて、この際はっきりと、現行の憲法に歴史的な正答性があるのか無いのか、それについてのお考えを聞かせていただきたい。イエスでありますか、ノーでしょうか。もし、以上の言葉を鑑みて、この憲法に歴史的なレジデマシー、正当性が無いならば、あなたが日本という国家の最高の指導者としての責任で、この憲法の無効を明言されたらよろしいと思います。そして、その憲法についての論議はまさにそこから始まるべきだと私は思いますが、いかがでしょう�
�か。」

安倍
「現行憲法の正当性についてのお尋ねがありました。現行憲法については、私は、我が国が、占領されていた時代に、占領軍の影響下で、その原案が作成されたものと認識しています。その成立過程については、種々の議論がありますが、現行憲法は、最終的には、帝国議会において、議決され、既に六十有余年が経過したものであり、有効なものと、考えております。

2013年2月13日(12日とあったのは、ミスタイプによる誤りにつき訂正)の衆議院予算委員会における石原質問と首相答弁のデタラメについては、『心踊る平和憲法誕生の時代』の冒頭「はじめに」で、厳しく指摘し、このブログでも、批判を展開してきた。最近では『千倍返し』と題して、批判のキャンペーンを行ったばかりである。
拙著の指摘後、安倍首相の発言が変わってきたとの評価もある。

この答弁を受けて、石原議員は記者団に対して、「だいぶトーンダウンしたな」と、不満顔で話していた。
いつまでもデタラメが通ると思っていたら、大間違いである。

※本書『心踊る平和憲法誕生の時代』の注文については、こちらから
歴史的事実をもって、安部首相と石原慎太郎議員の「押し付け憲法」論のデタラメを打破するこの本が十万部普及すれば、闘いは必ず勝てると思っています。
安倍首相と石原慎太郎議員は、「ウソも百回言えば真実となる」というヒットラーばりのデマを繰り返しています。
ならば、本書の真実で、世論の千倍返しを!

〔資料1〕【ドイツ軍の降伏文書】(複数の文献で、確認中)*ドイツ軍の降伏について論じる場合には、まず『降伏文書』に基づかなければならない。その点で、石原発言は、歴史的文書の確認という基礎的作業すら行っていない。

連合国最高司令官アイゼンハワー大将及びソ連軍総司令部に対する全ドイツ軍の降伏文書

一、 下記に署名せる者は、ドイツ国防軍総司令部の許可を得て、ここに連合国最高司令官及び同時にソ連軍総司令部に対して、この時点でドイツの支配下にあるすべての陸海空の全軍を無条件に降伏せしめる。

ニ、  ドイツ国防軍司令部は、すべてのドイツ陸海空軍司令部及びドイツの支配下にある全軍に対して、中部欧州標準時の五月八日二三時一分に軍事作戦を直ちに停止し、その時点で占位する地点に留まるよう命令を発する。いかなる船舶も航空機も破棄されず、その機体、機械、装備に損害が与えられないこととする。

三、  ドイツ国防軍総司令部は、直ちに当該各司令官に対し、今後さらに発せられることあるべき連合国最高司令官及びソ連軍総司令部の命令を下令し、その遂行を確保する。

四、  この軍事的降伏の文書は、今後ドイツ及び軍隊全体に適用されるために、連合国により、またそのために課せられるべきいかなる一般的な降伏文書をも阻害するものではなく、またそれにより廃棄されるものとする。

五、  ドイツ国防軍総司令部またはその支配下にあるいかなる軍隊も、この降伏文書に従って行動しない場合には、連合国最高司令官及びソ連軍総司令部は、適当と認める懲罰的またはその他の措置をとるものとする。

一九四五年五月七日午前二時四一分、ランスにて署名
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by kenpou-dayori | 2013-11-10 15:01 | 国会議員・政党関連
2013年 11月 08日

増補改訂第三版:副総理麻生太郎氏の「ナチス発言」に史実を以って反論する

〔増補改訂第三版〕について、
この増補改訂第三版では、第二項にコピー、第三項にコピー、第五項に文章の増補を行っています。

麻生太郎氏の「ナチス発言」は、あまりにも不見識で、粗雑である。
しかし、残念ながら、この発言に対する詳細な、あるいは有効な反論を目にしていない。したがって、抗議の意思表示とともに、史実を以って反論しておく。

正確を期するため長文なるので目次をたて、下記の順で述べる。
第一項 はじめに・・・抗議の意見表明
第二項 「ナチス発言」について論述するに至った経緯
第三項 典拠とした文献
第四項 「ナチス憲法」出現の時代背景
第五項 「ナチス憲法」の全体像
第六項 ナチスの手口一覧表(1)~(21)
第七項 ナチスの手口とその根拠となった法律
第八項 まとめ


【第一項】はじめに・・・抗議の意見表明
2013年8月2日付の『憲法便り号外(6)』で、私は、「麻生太郎副総理の「ナチス」発言に断固抗議する!」と題して見解を表明した。
今回、ここで新たに加筆した部分を含め、改めて抗議の意思を表明する。

「麻生太郎副総理の「ナチス」発言は、どのように言い訳をしても、発言を撤回しても、また今後どのように取り繕っても、決して、それで許されるものではない。
彼は、元総理大臣でもあり、この発言は歴史に残る重大発言である。
この発言について日本では「有耶無耶(うやむや)」にすることは出来ても、国際社会では決して通用しない、恥ずべき発言である。
麻生太郎氏は、即刻、副総理の職を辞し、国会議員も辞職すべきである。そして、一切の政治活動をやめるべきである。」

「この発言について日本では「有耶無耶(うやむや)」にすることは出来ても、国際社会では決して通用しない、恥ずべき発言である。」は、今回の執筆に当って、加筆した部分である。

「ワイマール憲法は、いつの間にか変わっていた」という麻生太郎氏の発言は、まったくの誤りであり、デタラメである。不勉強なのか、嘘を言っているのか。そのどちらにしても、政治家として失格である。

以下、史実に基づき、そのデタラメと危険性を明らかにする。


【第二項】「ナチス発言」について論述するに至った経緯
7月18日:参院選投票日が目前に迫った7月18日に、下記の寄稿文を東京革新懇に提出。
7月24日:即ち参院選投票日の三日後に、東京革新懇への寄稿文を『憲法便り号外(2)』で公表。
題名は「ナチスの手口と酷似した改憲派の攻撃を撥ね返そう!」。
これは、麻生太郎氏の「ナチス発言」に先立つものである。

〔寄稿文〕「ナチスの手口と酷似した改憲派の攻撃を撥ね返そう!」
〔寄稿文の冒頭〕
「国会議事堂の放火したのは共産党だ!」。1933年2月、ナチスが政権を獲得した直後の放火事件。ナチスはこの事件を口実に、共産党を徹底的に弾圧し、さらに憲法の基本的人権に関する一連の条項を停止する緊急条例を発布。第二次大戦後、放火はゲーリングらナチス犯行説が有力となったが、真相は不明。
放火事件を利用したナチスの手口と、改憲派のデタラメ言いたい放題及び言論抑圧の手口は酷似している。
改憲派は「占領下の日本政府にGHQが草案を押し付けた」と繰り返し、事実関係については嘘も含めて言いたい放題で世論を誘導している。日本が占領下にあったこと、GHQが草案を提示したことは事実であるが、当時の世論や国民の姿には一切ふれない。一方、平和憲法を護ろうとする側も、様々な憲法書を読んでも、当時の「憲法民主化」の世論や国民が平和憲法を歓迎した姿に確信を持って運動を進める材料が乏しかった。
4月に緊急出版した『心踊る平和憲法誕生の時代』は、正確な歴史的事実を以って「押し付け憲法」論に対して痛烈な反撃を行い、護憲運動にとっては大きな確信につながる憲法書である。
(以下、略)

7月30日:7月29日に行った講演での、麻生太郎副総理大臣の「ナチス発言」が報じられ、大きな問題として取り上げられるようになる。
8月2日:『憲法便り号外(6)』において「麻生太郎副総理大臣の「ナチス」発言に断固抗議する!」を発表。、
8月3日:『憲法便り号外(7)』において、「ナチスは国会議事堂放火事件の翌朝に(ワイマール)憲法の基本権を停止した!」を発表。
私は、東京革新懇ニュースへの寄稿文を書いた時点では、勿論、麻生太郎のあまりにも「バカ」正直な発言までは予見していなかったが、ブログでの「ナチスの憲法」についての連載の準備に取り掛かっていたので、夏休みをとることなく、予定を繰り上げて連載を続けた。

8月5日:『憲法便り#169』で、「ナチスの手口」についての連載を開始。
8月5日:『東京革新懇ニュース』7・8月合併号発行
 この見出しは、『東京革新懇ニュース』編集担当者によるものです。

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8月26日:21回にわたる「ナチスの手口」の連載を完了。【第六項】参照。
(なお、「ナチス」のタグで検索するとナチス関連項目あり)

八月半ばに、妻宛に届いた知人・新堰義昭さんからの暑中お見舞いに、私の寄稿文についての感想が述べられていましたので、ご本人の了解を得て、ここに紹介します。
「さて、行雄さんの原稿は、ナチスの国会放火事件を切り口に書かれていますが、その後、例の麻生副総理の暴言があり、改憲勢力の本質を見抜く先見性に関心しております。」
これは、とても嬉しい感想です!!!


【第三項】典拠とした文献
内容と問題点を正確に伝えるために、次の文献を引用した。
高田敏(たかだ・びん)・初宿正典(しやけ・まさのり)編訳
『ドイツ憲法集〔第3版〕』〈講義案シリーズ17〉(2001年、信山社、)
同書には、各憲法の訳文のほか、詳しい原注、訳者注が収録されている。
訳者の意向を考慮して、「ワイマール」を「ヴァイマル」と表記した。

同書の「目次」は次の通り。(全323頁)
 ドイツ憲法略史 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1頁
 1.フランクフルト憲法(1849年3月28日)・・・・・17頁
 2.プロイセン憲法(1850年1月31日)・・・・・・・53頁
 3.ビスマルク憲法(1871年4月16日)・・・・・・・83頁
 4.ヴァイマル憲法(1919年8月11日)・・・・・・111頁
 5.ナチスの憲法(1933年-1934年)・・・・・・153頁
 6.ドイツ民主共和国憲法(1968年4月6日)・・・・173頁
 7.ドイツ連邦共和国基本法(1949年5月23日)・・209頁
 おわりに――ドイツ憲法と日本 ・・・・・・・・・・・・295頁

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【4.「ナチス憲法」出現の時代背景】
「ナチスの憲法」が出現した時代背景については、下記の文献の7ページの前半をそのまま引用する。
ただし、読み易くするために、適宜、改行し、行間もあけてある。
高田敏(たかだ・びん)・初宿正典(しやけ・まさのり)編訳
『ドイツ憲法集〔第3版〕』〈講義案シリーズ17〉(2001年、信山社)より

「7 ナチス・ドイツの憲法(1933~1934)

第一次大戦におけるドイツの敗北によって1919年6月28日に締結された《ヴェルサイユ条約》には、ドイツにとってはきわめて屈辱的な内容が盛り込まれており、これがドイツにとってきわめて大きな不満をもたらすことになり、それが、ヴァイマル体制の崩壊の大きな誘因となったといえる。

ヴァイマル共和国の初期はテロと一揆があいつぐ不安定期であったが、第2期の1924年頃になって経済的にも安定期に入ったドイツは、国際連盟に加入(1926年)し、国際的にも地位を改善した。

しかし1929年の世界恐慌に始まる第3期に入ると、失業者が増大し、ナチス党(民族社会主義ドイツ労働者党)と共産党が急速に勢力を伸ばしていく。とくにナチスは、1930年9月14日の選挙では一挙に社会民主党についで第二党となり、さらに1932年には得票数が倍増してついに第一党に躍進した。

その後、1932年11月の選挙ではナチス党の議席数はいったん減少し、同年12月3日にはシュライヒャー内閣が成立するが、その内閣はたった2ヶ月たらずで翌1933年1月30日にはヒトラーに取って代わられ、2月1日にはライヒ議会が解散され、同年3月5日のヴァイマル共和国最後の選挙ではナチスが一大躍進し、《ヒトラーの時代》に移ることになる。(以下、略)」


【第五項】「ナチスの憲法」の全体像(ライヒ大統領令および主要な法律)
「ナチスの憲法」と呼ばれるものは、「日本国憲法」のように体系化されたものではない。
「ナチスの憲法」とは、「ワイマール憲法」の機能を停止した「民族および国家の保護のためのライヒ大統領令(1933年2月28日)」およびそれに続く一連の法律のことを指す。
それ故、「ナチス憲法」と呼ばずに、「ナチスの憲法」と呼ばれる。

以下に、「ナチスの憲法」の全体像を示す。

Iが、「ナチスの憲法」の始まりとなる、「ライヒ大統領令」である。
Ⅱは、「授権法」あるいは「全権委任法」と呼ばれるもので、不勉強なコメンテーターなどが、麻生副総理の「ナチス発言」後に、中途半端に話題にしている法律だが、これは「ナチスの憲法」の始まりでも、全体を示すものでもない。
明らかにその影響を受けたと思われる事例を紹介しておこう。
今日(2013年11月7日付)の『しんぶん赤旗』12面「読者の広場」に、ナチスの手口に関する埼玉県の男性(55歳)(名前は伏す)の投稿が掲載されている。投稿文は、「ナチスの手口とは、「全権委任法」の成立で、ワイマール憲法を無力化したことを指しています」と断定しているが、これは誤りでる。


I 民族および国家の保護のためのライヒ大統領令(1933年2月28日)
Ⅱ 民族および国家の危難を除去するための法律(1933年3月24日)
Ⅲ ラントとライヒとの均制化に関する暫定法律(1933年3月31日)
Ⅳ ラントとライヒとの均制化に関する第二法律(1933年4月7日)
Ⅴ 職業官吏制の再建に関する法律・・・・・・・(1933年4月7日)
Ⅵ 国民投票法・・・・・・・・・・・・・・・・(1933年7月14日)
Ⅶ 政党新設禁止法・・・・・・・・・・・・・・(1933年7月14日)
Ⅷ 党および国家の統一を確保するための法律・・(1933年12月1日)
Ⅸ ライヒの改造に関する法律・・・・・・・・・(1934年1月30日)
Ⅹ ライヒ参議院の廃止に関する法律・・・・・・(1934年2月14日)
ⅩⅠ ドイツ国元首に関する法律・・・・・・・・(1934年8月1日)

「ナチスの憲法」は、1933年2月28日の「ライヒ大統領令」の公布即施行から、わずか1カ月と7日間で、ワイマール憲法において保障されたあらゆる基本権を剥奪する。
そして、「ライヒ大統領令」公布即施行から1年5か月後の1934年8月1日に、ヒトラーにあらゆる権限を集中する独裁体制を「合法的」に完成する。
これは決して「いつの間にか」ではない。


【第六項】ナチスの手口(1)~(21)
上記の一連の法律名を見ただけでは、ナチスが、その法律で、何を行ったかはよく判らない。
したがって、それを判り易く紹介するために、主要な問題点を強調する「見出し」をつけた『憲法便り』をここに再録する。
ただし、これはあくまでも、主要な問題点を強調した見出しであって、すべてを表したものではない。それ故、詳しくは、『憲法便り』の各号を参照して頂きたい。

〔注〕それぞれを見るのは面倒だという人のために、
次の【第七項 ナチスの手口及びその根拠となった法律】で、【第五項「ナチスの憲法」の全体像(ライヒ大統領令および主要な法律)】と【第六項 ナチスの手口(1)~(21)】の関係を簡単にまとめてある。

〔ナチスの手口一覧表〕
憲法便り#169 日本共産党の皆さん必見!ナチスの手口(1)共産党弾圧
憲法便り#172 ナチスの手口(2)「人身の自由」の剥奪
憲法便り#175 ナチスの手口(3)「住居の不可侵」を侵す
憲法便り#178 ナチスの手口(4)「信書・郵便・電信・電話の秘密」への干渉
憲法便り#181 ナチスの手口(5)「意見表明の自由、検閲の禁止」を葬り去る
憲法便り#186 ナチスの手口(6)「集会の自由」の圧殺
憲法便り#188 ナチスの手口(7)「結社の自由」を奪う
憲法便り#192 ナチスの手口(8)「所有権、公用収用の規定」の侵害
憲法便り#196 ナチスの手口(9)地方自治権の破壊
憲法便り#200 ナチスの手口(10)法律無視、最高刑死刑の厳罰化
憲法便り#204 ナチスの手口(11)大統領令発布、即施行
憲法便り#207 「ナチスの憲法」の全体像についてまとめました
憲法便り#211 ナチスの憲法(12)立憲主義否定、政府が立法、憲法に違反出来る条文を規定
憲法便り#214 ナチスの手口(13)法律で地方自治破壊、共産党の議席を剥奪
憲法便り#216 ナチスの手口(14)「ライヒ総督法」を定め、総督による地方直接支配確立
憲法便り#219 ナチスの手口(15)共産主義者、社会民主主義者、非アーリア人種の官吏罷免
憲法便り#222 ナチスの手口(16)「国民投票法」の施行による、国民投票の改悪
憲法便り#225 ナチスの手口(17)政党新設禁止法
憲法便り#228 ナチスの手口(18)立法により、党と国家の一元化をはかる
憲法便り#231 ナチスの手口(19)立法により各州の議会廃止、国への州の従属
憲法便り#234 ナチスの手口(20)立法により参議院を廃止し、一院制に
憲法便り#237 ナチスの手口(21)大統領職をヒトラーの総理大臣職に統合
憲法便り#240 「ナチスの憲法」出現の時代背景
憲法便り#243 ナチス関連記事のまとめ:ナチスの手口(1)~(21)ほか


【第七項 ナチスの手口及びその根拠となった法律】
第六項でも述べたことだが、「ナチスの手口」の見出しはあくまでも、主要な問題点を強調した見出しであって、すべてを表したものではない。それ故、詳しくは、『憲法便り』の各号を参照して頂きたい。
なお、§の印を付したものは、実際の法律の訳文を引用したものである。

I 民族および国家の保護のためのライヒ大統領令(1933年2月28日)
 1933年2月27日夜、国会議事堂放火事件(炎上事件とも呼ばれる)があった。
翌2月28日朝八時、ナチス政権は「民族および国家の保護のためのライヒ大統領令」を公布、即施行という強硬手段をとった。
これは、明らかに、予め仕組まれた陰謀であった。
ナチスはこの「ライヒ大統領令」により、即日、ワイマール憲法の基本権をすべて停止し、民主的なワイマール憲法を窒息させた!
そして、共産党への徹底的な弾圧を開始した。
これが、いわゆる「ナチスの憲法」の始まりである。
国会議事堂放火事件を利用した大統領令の発布は、1月30日にヒトラーが首相に就任し、ナチス政権が誕生してからわずか1カ月後のことである。
「ワイマール憲法は、いつの間にか変わっていた」という麻生太郎氏の発言は、まったくの誤りであり、デタラメである。
一夜にして、ドイツを事実上の戒厳令状態にした、ナチスの手口を見習うということは、民主主義の破壊を意味する。

以下は、1933年2月28日の「ライヒ大統領令」公布・即日施行により、ナチスが実行に移した、基本権の権利侵害、剥奪、弾圧である。
  憲法便り#169 日本共産党の皆さん必見!ナチスの手口(1)共産党弾圧
憲法便り#172 ナチスの手口(2)「人身の自由」の剥奪
憲法便り#175 ナチスの手口(3)「住居の不可侵」を侵す
憲法便り#178 ナチスの手口(4)「信書・郵便・電信・電話の秘密」への干渉
憲法便り#181 ナチスの手口(5)「意見表明の自由、検閲の禁止」を葬り去る
憲法便り#186 ナチスの手口(6)「集会の自由」の圧殺
憲法便り#188 ナチスの手口(7)「結社の自由」を奪う
憲法便り#192 ナチスの手口(8)「所有権、公用収用の規定」の侵害
憲法便り#196 ナチスの手口(9)地方自治権の破壊
憲法便り#200 ナチスの手口(10)法律無視、最高刑死刑の厳罰化
憲法便り#204 ナチスの手口(11)大統領令発布、即施行

Ⅱ 民族および国家の危難を除去するための法律(1933年3月24日)
   憲法便り#211 ナチスの憲法(12)立憲主義否定、政府が立法、憲法に違反出来る条文を規定

Ⅲ ラントとライヒとの均制化に関する暫定法律(1933年3月31日)
   憲法便り#214 ナチスの手口(13)法律で地方自治破壊、共産党の議席を剥奪

Ⅳ ラントとライヒとの均制化に関する第二法律(1933年4月7日)
   憲法便り#216 ナチスの手口(14)「ライヒ総督法」を定め、総督による地方直接支配確立

Ⅴ 職業官吏制の再建に関する法律・・・・・・・(1933年4月7日)
   憲法便り#219 ナチスの手口(15)共産主義者、社会民主主義者、非アーリア人種の官吏罷免

Ⅵ 国民投票法・・・・・・・・・・・・・・・・(1933年7月14日)
   憲法便り#222 ナチスの手口(16)「国民投票法」の施行による、国民投票の改悪

Ⅶ 政党新設禁止法・・・・・・・・・・・・・・(1933年7月14日)
憲法便り#225 ナチスの手口(17)政党新設禁止法
§1〔唯一の政党としての民族社会主義ドイツ労働者党〕
    ドイツにおいて存在する唯一の政党は、民族社会主義ドイツ労働者党である。

Ⅷ 党および国家の統一を確保するための法律・・(1933年12月1日)
   憲法便り#228 ナチスの手口(18)立法により党と国家の一元化をはかる
§1〔民族社会主義ドイツ労働者党と国家の統合〕
(1)民族社会主義革命が勝利をおさめた後、民族社会主義ドイツ労働者党は、ドイツ国家思想の担い手となり、国家と不可分に統合しているものとする。

Ⅸ ライヒの改造に関する法律・・・・・・・・・(1934年1月30日)
   憲法便り#231 ナチスの手口(19)立法により各州の議会廃止、国への州の従属
§1〔ラント議会の廃止〕
    各ラントの議会はこれを廃止する。
§2〔ラントのライヒへの従属〕
(1)各ラントの高権は、これをライヒに移譲する。
(2)ラント政府はライヒ政府に従属する。
§3〔内務大臣による地方長官の監督〕
    地方長官はライヒ内務大臣の職務上の監督に服する。
§4〔内務大臣の命令制定権〕
    ライヒ政府は新憲法を制定することができる。

Ⅹ ライヒ参議院の廃止に関する法律・・・・・・(1934年2月14日)
   憲法便り#234 ナチスの手口(20)立法により参議院を廃止し、一院制に

ⅩⅠ ドイツ国元首に関する法律・・・・・・・・(1934年8月1日)
    憲法便り#237 ナチスの手口(21)大統領職をヒトラーの総理大臣職に統合
§1〔大統領官職の総理大臣官職への統合〕
    ライヒ大統領の官職は、ライヒ総理大臣の官職に統合される。これにより、ライヒ大統領の従来の権限は、総統・ライヒ総理大臣アードルフ・ヒトラーに移譲される。ヒトラーはその代理者を定めるものとする。


【第八項 まとめ】
以上、ナチスの手口について、史実に基づいて、明らかにしてきた。
全体を通してお読み下さった方は、自民党および改憲派の主張、現在、安倍内閣が「秘密保護法」を始めとする弾圧法案の成立を急ぐ政治状況とあまりにも「酷似」していることに、驚かれたことと思う。

国会議事堂放火事件を利用した「ライヒ大統領令」の公布は、1月30日にヒトラーが首相に就任し、ナチス政権が誕生してからわずか1カ月後のことである。
ナチスはこの「ライヒ大統領令」により、即日、ワイマール憲法の基本権をすべて停止し、民主的なワイマール憲法を窒息させた!
「ワイマール憲法は、いつの間にか変わっていた」という麻生太郎氏の発言は、まったくの誤りであり、デタラメである。
一夜にして、ドイツを事実上の戒厳令状態にした、ナチスの手口を見習うということは、民主主義の破壊を意味する。
したがって、麻生太郎氏の「ナチス発言」を放置することは、極めて危険なことである。

ひたすら、対米従属を強め、戦争への道を「積極的平和主義」という、まやかしの表現で国民を欺こうとしている安倍政権の暴走を許してはならないと強く思う。


※本書『心踊る平和憲法誕生の時代』の注文については、こちらから
歴史的事実をもって、安部首相と石原慎太郎議員の「押し付け憲法」論のデタラメを打破するこの本が十万部普及すれば、闘いは必ず勝てると思っています。
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by kenpou-dayori | 2013-11-08 00:00 | 国会議員・政党関連
2013年 11月 07日

増補改訂三版:副総理麻生太郎氏の「ナチス発言」に史実を以って反論する

〔増補改訂第三版〕について、
この増補改訂第三版では、第二項にコピー、第三項にコピー、第五項に文章の増補を行っています。

麻生太郎氏の「ナチス発言」は、あまりにも不見識で、粗雑である。
しかし、残念ながら、この発言に対する詳細な、あるいは有効な反論を目にしていない。したがって、抗議の意思表示とともに、史実を以って反論しておく。

正確を期するため長文なるので目次をたて、下記の順で述べる。
第一項 はじめに・・・抗議の意見表明
第二項 「ナチス発言」について論述するに至った経緯
第三項 典拠とした文献
第四項 「ナチス憲法」出現の時代背景
第五項 「ナチス憲法」の全体像
第六項 ナチスの手口一覧表(1)~(21)
第七項 ナチスの手口とその根拠となった法律
第八項 まとめ


【第一項】はじめに・・・抗議の意見表明
2013年8月2日付の『憲法便り号外(6)』で、私は、「麻生太郎副総理の「ナチス」発言に断固抗議する!」と題して見解を表明した。
今回、ここで新たに加筆した部分を含め、改めて抗議の意思を表明する。

「麻生太郎副総理の「ナチス」発言は、どのように言い訳をしても、発言を撤回しても、また今後どのように取り繕っても、決して、それで許されるものではない。
彼は、元総理大臣でもあり、この発言は歴史に残る重大発言である。
この発言について日本では「有耶無耶(うやむや)」にすることは出来ても、国際社会では決して通用しない、恥ずべき発言である。
麻生太郎氏は、即刻、副総理の職を辞し、国会議員も辞職すべきである。そして、一切の政治活動をやめるべきである。」

「この発言について日本では「有耶無耶(うやむや)」にすることは出来ても、国際社会では決して通用しない、恥ずべき発言である。」は、今回の執筆に当って、加筆した部分である。

「ワイマール憲法は、いつの間にか変わっていた」という麻生太郎氏の発言は、まったくの誤りであり、デタラメである。不勉強なのか、嘘を言っているのか。そのどちらにしても、政治家として失格である。

以下、史実に基づき、そのデタラメと危険性を明らかにする。


【第二項】「ナチス発言」について論述するに至った経緯
7月18日:参院選投票日が目前に迫った7月18日に、下記の寄稿文を東京革新懇に提出。
7月24日:即ち参院選投票日の三日後に、東京革新懇への寄稿文を『憲法便り号外(2)』で公表。
題名は「ナチスの手口と酷似した改憲派の攻撃を撥ね返そう!」。
これは、麻生太郎氏の「ナチス発言」に先立つものである。

〔寄稿文〕「ナチスの手口と酷似した改憲派の攻撃を撥ね返そう!」
〔寄稿文の冒頭〕
「国会議事堂の放火したのは共産党だ!」。1933年2月、ナチスが政権を獲得した直後の放火事件。ナチスはこの事件を口実に、共産党を徹底的に弾圧し、さらに憲法の基本的人権に関する一連の条項を停止する緊急条例を発布。第二次大戦後、放火はゲーリングらナチス犯行説が有力となったが、真相は不明。
放火事件を利用したナチスの手口と、改憲派のデタラメ言いたい放題及び言論抑圧の手口は酷似している。
改憲派は「占領下の日本政府にGHQが草案を押し付けた」と繰り返し、事実関係については嘘も含めて言いたい放題で世論を誘導している。日本が占領下にあったこと、GHQが草案を提示したことは事実であるが、当時の世論や国民の姿には一切ふれない。一方、平和憲法を護ろうとする側も、様々な憲法書を読んでも、当時の「憲法民主化」の世論や国民が平和憲法を歓迎した姿に確信を持って運動を進める材料が乏しかった。
4月に緊急出版した『心踊る平和憲法誕生の時代』は、正確な歴史的事実を以って「押し付け憲法」論に対して痛烈な反撃を行い、護憲運動にとっては大きな確信につながる憲法書である。
(以下、略)

7月30日:7月29日に行った講演での、麻生太郎副総理大臣の「ナチス発言」が報じられ、大きな問題として取り上げられるようになる。
8月2日:『憲法便り号外(6)』において「麻生太郎副総理大臣の「ナチス」発言に断固抗議する!」を発表。、
8月3日:『憲法便り号外(7)』において、「ナチスは国会議事堂放火事件の翌朝に(ワイマール)憲法の基本権を停止した!」を発表。
私は、東京革新懇ニュースへの寄稿文を書いた時点では、勿論、麻生太郎のあまりにも「バカ」正直な発言までは予見していなかったが、ブログでの「ナチスの憲法」についての連載の準備に取り掛かっていたので、夏休みをとることなく、予定を繰り上げて連載を続けた。

8月5日:『憲法便り#169』で、「ナチスの手口」についての連載を開始。
8月5日:『東京革新懇ニュース』7・8月合併号発行
 この見出しは、『東京革新懇ニュース』編集担当者によるものです。

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8月26日:21回にわたる「ナチスの手口」の連載を完了。【第六項】参照。
(なお、「ナチス」のタグで検索するとナチス関連項目あり)

八月半ばに、妻宛に届いた知人・新堰義昭さんからの暑中お見舞いに、私の寄稿文についての感想が述べられていましたので、ご本人の了解を得て、ここに紹介します。
「さて、行雄さんの原稿は、ナチスの国会放火事件を切り口に書かれていますが、その後、例の麻生副総理の暴言があり、改憲勢力の本質を見抜く先見性に関心しております。」
これは、とても嬉しい感想です!!!


【第三項】典拠とした文献
内容と問題点を正確に伝えるために、次の文献を引用した。
高田敏(たかだ・びん)・初宿正典(しやけ・まさのり)編訳
『ドイツ憲法集〔第3版〕』〈講義案シリーズ17〉(2001年、信山社、)
同書には、各憲法の訳文のほか、詳しい原注、訳者注が収録されている。
訳者の意向を考慮して、「ワイマール」を「ヴァイマル」と表記した。

同書の「目次」は次の通り。(全323頁)
 ドイツ憲法略史 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1頁
 1.フランクフルト憲法(1849年3月28日)・・・・・17頁
 2.プロイセン憲法(1850年1月31日)・・・・・・・53頁
 3.ビスマルク憲法(1871年4月16日)・・・・・・・83頁
 4.ヴァイマル憲法(1919年8月11日)・・・・・・111頁
 5.ナチスの憲法(1933年-1934年)・・・・・・153頁
 6.ドイツ民主共和国憲法(1968年4月6日)・・・・173頁
 7.ドイツ連邦共和国基本法(1949年5月23日)・・209頁
 おわりに――ドイツ憲法と日本 ・・・・・・・・・・・・295頁

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【4.「ナチス憲法」出現の時代背景】
「ナチスの憲法」が出現した時代背景については、下記の文献の7ページの前半をそのまま引用する。
ただし、読み易くするために、適宜、改行し、行間もあけてある。
高田敏(たかだ・びん)・初宿正典(しやけ・まさのり)編訳
『ドイツ憲法集〔第3版〕』〈講義案シリーズ17〉(2001年、信山社)より

「7 ナチス・ドイツの憲法(1933~1934)

第一次大戦におけるドイツの敗北によって1919年6月28日に締結された《ヴェルサイユ条約》には、ドイツにとってはきわめて屈辱的な内容が盛り込まれており、これがドイツにとってきわめて大きな不満をもたらすことになり、それが、ヴァイマル体制の崩壊の大きな誘因となったといえる。

ヴァイマル共和国の初期はテロと一揆があいつぐ不安定期であったが、第2期の1924年頃になって経済的にも安定期に入ったドイツは、国際連盟に加入(1926年)し、国際的にも地位を改善した。

しかし1929年の世界恐慌に始まる第3期に入ると、失業者が増大し、ナチス党(民族社会主義ドイツ労働者党)と共産党が急速に勢力を伸ばしていく。とくにナチスは、1930年9月14日の選挙では一挙に社会民主党についで第二党となり、さらに1932年には得票数が倍増してついに第一党に躍進した。

その後、1932年11月の選挙ではナチス党の議席数はいったん減少し、同年12月3日にはシュライヒャー内閣が成立するが、その内閣はたった2ヶ月たらずで翌1933年1月30日にはヒトラーに取って代わられ、2月1日にはライヒ議会が解散され、同年3月5日のヴァイマル共和国最後の選挙ではナチスが一大躍進し、《ヒトラーの時代》に移ることになる。(以下、略)」


【第五項】「ナチスの憲法」の全体像(ライヒ大統領令および主要な法律)
「ナチスの憲法」と呼ばれるものは、「日本国憲法」のように体系化されたものではない。
「ナチスの憲法」とは、「ワイマール憲法」の機能を停止した「民族および国家の保護のためのライヒ大統領令(1933年2月28日)」およびそれに続く一連の法律のことを指す。
それ故、「ナチス憲法」と呼ばずに、「ナチスの憲法」と呼ばれる。

以下に、「ナチスの憲法」の全体像を示す。

Iが、「ナチスの憲法」の始まりとなる、「ライヒ大統領令」である。
Ⅱは、「授権法」あるいは「全権委任法」と呼ばれるもので、不勉強なコメンテーターなどが、麻生副総理の「ナチス発言」後に、中途半端に話題にしている法律だが、これは「ナチスの憲法」の始まりでも、全体を示すものでもない。
明らかにその影響を受けたと思われる事例を紹介しておこう。
今日(2013年11月7日付)の『しんぶん赤旗』12面「読者の広場」に、ナチスの手口に関する埼玉県の男性(55歳)(名前は伏す)の投稿が掲載されている。投稿文は、「ナチスの手口とは、「全権委任法」の成立で、ワイマール憲法を無力化したことを指しています」と断定しているが、これは誤りでる。


I 民族および国家の保護のためのライヒ大統領令(1933年2月28日)
Ⅱ 民族および国家の危難を除去するための法律(1933年3月24日)
Ⅲ ラントとライヒとの均制化に関する暫定法律(1933年3月31日)
Ⅳ ラントとライヒとの均制化に関する第二法律(1933年4月7日)
Ⅴ 職業官吏制の再建に関する法律・・・・・・・(1933年4月7日)
Ⅵ 国民投票法・・・・・・・・・・・・・・・・(1933年7月14日)
Ⅶ 政党新設禁止法・・・・・・・・・・・・・・(1933年7月14日)
Ⅷ 党および国家の統一を確保するための法律・・(1933年12月1日)
Ⅸ ライヒの改造に関する法律・・・・・・・・・(1934年1月30日)
Ⅹ ライヒ参議院の廃止に関する法律・・・・・・(1934年2月14日)
ⅩⅠ ドイツ国元首に関する法律・・・・・・・・(1934年8月1日)

「ナチスの憲法」は、1933年2月28日の「ライヒ大統領令」の公布即施行から、わずか1カ月と7日間で、ワイマール憲法において保障されたあらゆる基本権を剥奪する。
そして、「ライヒ大統領令」公布即施行から1年5か月後の1934年8月1日に、ヒトラーにあらゆる権限を集中する独裁体制を「合法的」に完成する。
これは決して「いつの間にか」ではない。


【第六項】ナチスの手口(1)~(21)
上記の一連の法律名を見ただけでは、ナチスが、その法律で、何を行ったかはよく判らない。
したがって、それを判り易く紹介するために、主要な問題点を強調する「見出し」をつけた『憲法便り』をここに再録する。
ただし、これはあくまでも、主要な問題点を強調した見出しであって、すべてを表したものではない。それ故、詳しくは、『憲法便り』の各号を参照して頂きたい。

〔注〕それぞれを見るのは面倒だという人のために、
次の【第七項 ナチスの手口及びその根拠となった法律】で、【第五項「ナチスの憲法」の全体像(ライヒ大統領令および主要な法律)】と【第六項 ナチスの手口(1)~(21)】の関係を簡単にまとめてある。

〔ナチスの手口一覧表〕
憲法便り#169 日本共産党の皆さん必見!ナチスの手口(1)共産党弾圧
憲法便り#172 ナチスの手口(2)「人身の自由」の剥奪
憲法便り#175 ナチスの手口(3)「住居の不可侵」を侵す
憲法便り#178 ナチスの手口(4)「信書・郵便・電信・電話の秘密」への干渉
憲法便り#181 ナチスの手口(5)「意見表明の自由、検閲の禁止」を葬り去る
憲法便り#186 ナチスの手口(6)「集会の自由」の圧殺
憲法便り#188 ナチスの手口(7)「結社の自由」を奪う
憲法便り#192 ナチスの手口(8)「所有権、公用収用の規定」の侵害
憲法便り#196 ナチスの手口(9)地方自治権の破壊
憲法便り#200 ナチスの手口(10)法律無視、最高刑死刑の厳罰化
憲法便り#204 ナチスの手口(11)大統領令発布、即施行
憲法便り#207 「ナチスの憲法」の全体像についてまとめました
憲法便り#211 ナチスの憲法(12)立憲主義否定、政府が立法、憲法に違反出来る条文を規定
憲法便り#214 ナチスの手口(13)法律で地方自治破壊、共産党の議席を剥奪
憲法便り#216 ナチスの手口(14)「ライヒ総督法」を定め、総督による地方直接支配確立
憲法便り#219 ナチスの手口(15)共産主義者、社会民主主義者、非アーリア人種の官吏罷免
憲法便り#222 ナチスの手口(16)「国民投票法」の施行による、国民投票の改悪
憲法便り#225 ナチスの手口(17)政党新設禁止法
憲法便り#228 ナチスの手口(18)立法により、党と国家の一元化をはかる
憲法便り#231 ナチスの手口(19)立法により各州の議会廃止、国への州の従属
憲法便り#234 ナチスの手口(20)立法により参議院を廃止し、一院制に
憲法便り#237 ナチスの手口(21)大統領職をヒトラーの総理大臣職に統合
憲法便り#240 「ナチスの憲法」出現の時代背景
憲法便り#243 ナチス関連記事のまとめ:ナチスの手口(1)~(21)ほか


【第七項 ナチスの手口及びその根拠となった法律】
第六項でも述べたことだが、「ナチスの手口」の見出しはあくまでも、主要な問題点を強調した見出しであって、すべてを表したものではない。それ故、詳しくは、『憲法便り』の各号を参照して頂きたい。
なお、§の印を付したものは、実際の法律の訳文を引用したものである。

I 民族および国家の保護のためのライヒ大統領令(1933年2月28日)
 1933年2月27日夜、国会議事堂放火事件(炎上事件とも呼ばれる)があった。
翌2月28日朝八時、ナチス政権は「民族および国家の保護のためのライヒ大統領令」を公布、即施行という強硬手段をとった。
これは、明らかに、予め仕組まれた陰謀であった。
ナチスはこの「ライヒ大統領令」により、即日、ワイマール憲法の基本権をすべて停止し、民主的なワイマール憲法を窒息させた!
そして、共産党への徹底的な弾圧を開始した。
これが、いわゆる「ナチスの憲法」の始まりである。
国会議事堂放火事件を利用した大統領令の発布は、1月30日にヒトラーが首相に就任し、ナチス政権が誕生してからわずか1カ月後のことである。
「ワイマール憲法は、いつの間にか変わっていた」という麻生太郎氏の発言は、まったくの誤りであり、デタラメである。
一夜にして、ドイツを事実上の戒厳令状態にした、ナチスの手口を見習うということは、民主主義の破壊を意味する。

以下は、1933年2月28日の「ライヒ大統領令」公布・即日施行により、ナチスが実行に移した、基本権の権利侵害、剥奪、弾圧である。
  憲法便り#169 日本共産党の皆さん必見!ナチスの手口(1)共産党弾圧
憲法便り#172 ナチスの手口(2)「人身の自由」の剥奪
憲法便り#175 ナチスの手口(3)「住居の不可侵」を侵す
憲法便り#178 ナチスの手口(4)「信書・郵便・電信・電話の秘密」への干渉
憲法便り#181 ナチスの手口(5)「意見表明の自由、検閲の禁止」を葬り去る
憲法便り#186 ナチスの手口(6)「集会の自由」の圧殺
憲法便り#188 ナチスの手口(7)「結社の自由」を奪う
憲法便り#192 ナチスの手口(8)「所有権、公用収用の規定」の侵害
憲法便り#196 ナチスの手口(9)地方自治権の破壊
憲法便り#200 ナチスの手口(10)法律無視、最高刑死刑の厳罰化
憲法便り#204 ナチスの手口(11)大統領令発布、即施行

Ⅱ 民族および国家の危難を除去するための法律(1933年3月24日)
   憲法便り#211 ナチスの憲法(12)立憲主義否定、政府が立法、憲法に違反出来る条文を規定

Ⅲ ラントとライヒとの均制化に関する暫定法律(1933年3月31日)
   憲法便り#214 ナチスの手口(13)法律で地方自治破壊、共産党の議席を剥奪

Ⅳ ラントとライヒとの均制化に関する第二法律(1933年4月7日)
   憲法便り#216 ナチスの手口(14)「ライヒ総督法」を定め、総督による地方直接支配確立

Ⅴ 職業官吏制の再建に関する法律・・・・・・・(1933年4月7日)
   憲法便り#219 ナチスの手口(15)共産主義者、社会民主主義者、非アーリア人種の官吏罷免

Ⅵ 国民投票法・・・・・・・・・・・・・・・・(1933年7月14日)
   憲法便り#222 ナチスの手口(16)「国民投票法」の施行による、国民投票の改悪

Ⅶ 政党新設禁止法・・・・・・・・・・・・・・(1933年7月14日)
憲法便り#225 ナチスの手口(17)政党新設禁止法
§1〔唯一の政党としての民族社会主義ドイツ労働者党〕
    ドイツにおいて存在する唯一の政党は、民族社会主義ドイツ労働者党である。

Ⅷ 党および国家の統一を確保するための法律・・(1933年12月1日)
   憲法便り#228 ナチスの手口(18)立法により党と国家の一元化をはかる
§1〔民族社会主義ドイツ労働者党と国家の統合〕
(1)民族社会主義革命が勝利をおさめた後、民族社会主義ドイツ労働者党は、ドイツ国家思想の担い手となり、国家と不可分に統合しているものとする。

Ⅸ ライヒの改造に関する法律・・・・・・・・・(1934年1月30日)
   憲法便り#231 ナチスの手口(19)立法により各州の議会廃止、国への州の従属
§1〔ラント議会の廃止〕
    各ラントの議会はこれを廃止する。
§2〔ラントのライヒへの従属〕
(1)各ラントの高権は、これをライヒに移譲する。
(2)ラント政府はライヒ政府に従属する。
§3〔内務大臣による地方長官の監督〕
    地方長官はライヒ内務大臣の職務上の監督に服する。
§4〔内務大臣の命令制定権〕
    ライヒ政府は新憲法を制定することができる。

Ⅹ ライヒ参議院の廃止に関する法律・・・・・・(1934年2月14日)
   憲法便り#234 ナチスの手口(20)立法により参議院を廃止し、一院制に

ⅩⅠ ドイツ国元首に関する法律・・・・・・・・(1934年8月1日)
    憲法便り#237 ナチスの手口(21)大統領職をヒトラーの総理大臣職に統合
§1〔大統領官職の総理大臣官職への統合〕
    ライヒ大統領の官職は、ライヒ総理大臣の官職に統合される。これにより、ライヒ大統領の従来の権限は、総統・ライヒ総理大臣アードルフ・ヒトラーに移譲される。ヒトラーはその代理者を定めるものとする。


【第八項 まとめ】
以上、ナチスの手口について、史実に基づいて、明らかにしてきた。
全体を通してお読み下さった方は、自民党および改憲派の主張、現在、安倍内閣が「秘密保護法」を始めとする弾圧法案の成立を急ぐ政治状況とあまりにも「酷似」していることに、驚かれたことと思う。

国会議事堂放火事件を利用した「ライヒ大統領令」の公布は、1月30日にヒトラーが首相に就任し、ナチス政権が誕生してからわずか1カ月後のことである。
ナチスはこの「ライヒ大統領令」により、即日、ワイマール憲法の基本権をすべて停止し、民主的なワイマール憲法を窒息させた!
「ワイマール憲法は、いつの間にか変わっていた」という麻生太郎氏の発言は、まったくの誤りであり、デタラメである。
一夜にして、ドイツを事実上の戒厳令状態にした、ナチスの手口を見習うということは、民主主義の破壊を意味する。
したがって、麻生太郎氏の「ナチス発言」を放置することは、極めて危険なことである。

ひたすら、対米従属を強め、戦争への道を「積極的平和主義」という、まやかしの表現で国民を欺こうとしている安倍政権の暴走を許してはならないと強く思う。


※本書『心踊る平和憲法誕生の時代』の注文については、こちらから
歴史的事実をもって、安部首相と石原慎太郎議員の「押し付け憲法」論のデタラメを打破するこの本が十万部普及すれば、闘いは必ず勝てると思っています。
安倍首相と石原慎太郎議員のデマに、本書の真実で千倍返しを!
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by kenpou-dayori | 2013-11-07 23:00 | 国会議員・政党関連
2013年 11月 07日

増補改訂三版:副総理麻生太郎氏の「ナチス発言」に史実を以って反論する

〔増補改訂第三版〕について、
この増補改訂第三版では、第二項にコピー、第三項にコピー、第五項に文章の増補を行っています。

麻生太郎氏の「ナチス発言」は、あまりにも不見識で、粗雑である。
しかし、残念ながら、この発言に対する詳細な、あるいは有効な反論を目にしていない。したがって、抗議の意思表示とともに、史実を以って反論しておく。

正確を期するため長文なるので目次をたて、下記の順で述べる。
第一項 はじめに・・・抗議の意見表明
第二項 「ナチス発言」について論述するに至った経緯
第三項 典拠とした文献
第四項 「ナチス憲法」出現の時代背景
第五項 「ナチス憲法」の全体像
第六項 ナチスの手口一覧表(1)~(21)
第七項 ナチスの手口とその根拠となった法律
第八項 まとめ


【第一項】はじめに・・・抗議の意見表明
2013年8月2日付の『憲法便り号外(6)』で、私は、「麻生太郎副総理の「ナチス」発言に断固抗議する!」と題して見解を表明した。
今回、ここで新たに加筆した部分を含め、改めて抗議の意思を表明する。

「麻生太郎副総理の「ナチス」発言は、どのように言い訳をしても、発言を撤回しても、また今後どのように取り繕っても、決して、それで許されるものではない。
彼は、元総理大臣でもあり、この発言は歴史に残る重大発言である。
この発言について日本では「有耶無耶(うやむや)」にすることは出来ても、国際社会では決して通用しない、恥ずべき発言である。
麻生太郎氏は、即刻、副総理の職を辞し、国会議員も辞職すべきである。そして、一切の政治活動をやめるべきである。」

「この発言について日本では「有耶無耶(うやむや)」にすることは出来ても、国際社会では決して通用しない、恥ずべき発言である。」は、今回の執筆に当って、加筆した部分である。

「ワイマール憲法は、いつの間にか変わっていた」という麻生太郎氏の発言は、まったくの誤りであり、デタラメである。不勉強なのか、嘘を言っているのか。そのどちらにしても、政治家として失格である。

以下、史実に基づき、そのデタラメと危険性を明らかにする。


【第二項】「ナチス発言」について論述するに至った経緯
7月18日:参院選投票日が目前に迫った7月18日に、下記の寄稿文を東京革新懇に提出。
7月24日:即ち参院選投票日の三日後に、東京革新懇への寄稿文を『憲法便り号外(2)』で公表。
題名は「ナチスの手口と酷似した改憲派の攻撃を撥ね返そう!」。
これは、麻生太郎氏の「ナチス発言」に先立つものである。

〔寄稿文〕「ナチスの手口と酷似した改憲派の攻撃を撥ね返そう!」
〔寄稿文の冒頭〕
「国会議事堂の放火したのは共産党だ!」。1933年2月、ナチスが政権を獲得した直後の放火事件。ナチスはこの事件を口実に、共産党を徹底的に弾圧し、さらに憲法の基本的人権に関する一連の条項を停止する緊急条例を発布。第二次大戦後、放火はゲーリングらナチス犯行説が有力となったが、真相は不明。
放火事件を利用したナチスの手口と、改憲派のデタラメ言いたい放題及び言論抑圧の手口は酷似している。
改憲派は「占領下の日本政府にGHQが草案を押し付けた」と繰り返し、事実関係については嘘も含めて言いたい放題で世論を誘導している。日本が占領下にあったこと、GHQが草案を提示したことは事実であるが、当時の世論や国民の姿には一切ふれない。一方、平和憲法を護ろうとする側も、様々な憲法書を読んでも、当時の「憲法民主化」の世論や国民が平和憲法を歓迎した姿に確信を持って運動を進める材料が乏しかった。
4月に緊急出版した『心踊る平和憲法誕生の時代』は、正確な歴史的事実を以って「押し付け憲法」論に対して痛烈な反撃を行い、護憲運動にとっては大きな確信につながる憲法書である。
(以下、略)

7月30日:7月29日に行った講演での、麻生太郎副総理大臣の「ナチス発言」が報じられ、大きな問題として取り上げられるようになる。
8月2日:『憲法便り号外(6)』において「麻生太郎副総理大臣の「ナチス」発言に断固抗議する!」を発表。、
8月3日:『憲法便り号外(7)』において、「ナチスは国会議事堂放火事件の翌朝に(ワイマール)憲法の基本権を停止した!」を発表。
私は、東京革新懇ニュースへの寄稿文を書いた時点では、勿論、麻生太郎のあまりにも「バカ」正直な発言までは予見していなかったが、ブログでの「ナチスの憲法」についての連載の準備に取り掛かっていたので、夏休みをとることなく、予定を繰り上げて連載を続けた。

8月5日:『憲法便り#169』で、「ナチスの手口」についての連載を開始。
8月5日:『東京革新懇ニュース』7・8月合併号発行
 この見出しは、『東京革新懇ニュース』編集担当者によるものです。

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8月26日:21回にわたる「ナチスの手口」の連載を完了。【第六項】参照。
(なお、「ナチス」のタグで検索するとナチス関連項目あり)

八月半ばに、妻宛に届いた知人・新堰義昭さんからの暑中お見舞いに、私の寄稿文についての感想が述べられていましたので、ご本人の了解を得て、ここに紹介します。
「さて、行雄さんの原稿は、ナチスの国会放火事件を切り口に書かれていますが、その後、例の麻生副総理の暴言があり、改憲勢力の本質を見抜く先見性に関心しております。」
これは、とても嬉しい感想です!!!


【第三項】典拠とした文献
内容と問題点を正確に伝えるために、次の文献を引用した。
高田敏(たかだ・びん)・初宿正典(しやけ・まさのり)編訳
『ドイツ憲法集〔第3版〕』〈講義案シリーズ17〉(2001年、信山社、)
同書には、各憲法の訳文のほか、詳しい原注、訳者注が収録されている。
訳者の意向を考慮して、「ワイマール」を「ヴァイマル」と表記した。

同書の「目次」は次の通り。(全323頁)
 ドイツ憲法略史 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1頁
 1.フランクフルト憲法(1849年3月28日)・・・・・17頁
 2.プロイセン憲法(1850年1月31日)・・・・・・・53頁
 3.ビスマルク憲法(1871年4月16日)・・・・・・・83頁
 4.ヴァイマル憲法(1919年8月11日)・・・・・・111頁
 5.ナチスの憲法(1933年-1934年)・・・・・・153頁
 6.ドイツ民主共和国憲法(1968年4月6日)・・・・173頁
 7.ドイツ連邦共和国基本法(1949年5月23日)・・209頁
 おわりに――ドイツ憲法と日本 ・・・・・・・・・・・・295頁

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【4.「ナチス憲法」出現の時代背景】
「ナチスの憲法」が出現した時代背景については、下記の文献の7ページの前半をそのまま引用する。
ただし、読み易くするために、適宜、改行し、行間もあけてある。
高田敏(たかだ・びん)・初宿正典(しやけ・まさのり)編訳
『ドイツ憲法集〔第3版〕』〈講義案シリーズ17〉(2001年、信山社)より

「7 ナチス・ドイツの憲法(1933~1934)

第一次大戦におけるドイツの敗北によって1919年6月28日に締結された《ヴェルサイユ条約》には、ドイツにとってはきわめて屈辱的な内容が盛り込まれており、これがドイツにとってきわめて大きな不満をもたらすことになり、それが、ヴァイマル体制の崩壊の大きな誘因となったといえる。

ヴァイマル共和国の初期はテロと一揆があいつぐ不安定期であったが、第2期の1924年頃になって経済的にも安定期に入ったドイツは、国際連盟に加入(1926年)し、国際的にも地位を改善した。

しかし1929年の世界恐慌に始まる第3期に入ると、失業者が増大し、ナチス党(民族社会主義ドイツ労働者党)と共産党が急速に勢力を伸ばしていく。とくにナチスは、1930年9月14日の選挙では一挙に社会民主党についで第二党となり、さらに1932年には得票数が倍増してついに第一党に躍進した。

その後、1932年11月の選挙ではナチス党の議席数はいったん減少し、同年12月3日にはシュライヒャー内閣が成立するが、その内閣はたった2ヶ月たらずで翌1933年1月30日にはヒトラーに取って代わられ、2月1日にはライヒ議会が解散され、同年3月5日のヴァイマル共和国最後の選挙ではナチスが一大躍進し、《ヒトラーの時代》に移ることになる。(以下、略)」


【第五項】「ナチスの憲法」の全体像(ライヒ大統領令および主要な法律)
「ナチスの憲法」と呼ばれるものは、「日本国憲法」のように体系化されたものではない。
「ナチスの憲法」とは、「ワイマール憲法」の機能を停止した「民族および国家の保護のためのライヒ大統領令(1933年2月28日)」およびそれに続く一連の法律のことを指す。
それ故、「ナチス憲法」と呼ばずに、「ナチスの憲法」と呼ばれる。

以下に、「ナチスの憲法」の全体像を示す。

Iが、「ナチスの憲法」の始まりとなる、「ライヒ大統領令」である。
Ⅱは、「授権法」あるいは「全権委任法」と呼ばれるもので、不勉強なコメンテーターなどが、麻生副総理の「ナチス発言」後に、中途半端に話題にしている法律だが、これは「ナチスの憲法」の始まりでも、全体を示すものでもない。
明らかにその影響を受けたと思われる事例を紹介しておこう。
今日(2013年11月7日付)の『しんぶん赤旗』12面「読者の広場」に、ナチスの手口に関する埼玉県の男性(55歳)(名前は伏す)の投稿が掲載されている。投稿文は、「ナチスの手口とは、「全権委任法」の成立で、ワイマール憲法を無力化したことを指しています」と断定しているが、これは誤りでる。


I 民族および国家の保護のためのライヒ大統領令(1933年2月28日)
Ⅱ 民族および国家の危難を除去するための法律(1933年3月24日)
Ⅲ ラントとライヒとの均制化に関する暫定法律(1933年3月31日)
Ⅳ ラントとライヒとの均制化に関する第二法律(1933年4月7日)
Ⅴ 職業官吏制の再建に関する法律・・・・・・・(1933年4月7日)
Ⅵ 国民投票法・・・・・・・・・・・・・・・・(1933年7月14日)
Ⅶ 政党新設禁止法・・・・・・・・・・・・・・(1933年7月14日)
Ⅷ 党および国家の統一を確保するための法律・・(1933年12月1日)
Ⅸ ライヒの改造に関する法律・・・・・・・・・(1934年1月30日)
Ⅹ ライヒ参議院の廃止に関する法律・・・・・・(1934年2月14日)
ⅩⅠ ドイツ国元首に関する法律・・・・・・・・(1934年8月1日)

「ナチスの憲法」は、1933年2月28日の「ライヒ大統領令」の公布即施行から、わずか1カ月と7日間で、ワイマール憲法において保障されたあらゆる基本権を剥奪する。
そして、「ライヒ大統領令」公布即施行から1年5か月後の1934年8月1日に、ヒトラーにあらゆる権限を集中する独裁体制を「合法的」に完成する。
これは決して「いつの間にか」ではない。


【第六項】ナチスの手口(1)~(21)
上記の一連の法律名を見ただけでは、ナチスが、その法律で、何を行ったかはよく判らない。
したがって、それを判り易く紹介するために、主要な問題点を強調する「見出し」をつけた『憲法便り』をここに再録する。
ただし、これはあくまでも、主要な問題点を強調した見出しであって、すべてを表したものではない。それ故、詳しくは、『憲法便り』の各号を参照して頂きたい。

〔注〕それぞれを見るのは面倒だという人のために、
次の【第七項 ナチスの手口及びその根拠となった法律】で、【第五項「ナチスの憲法」の全体像(ライヒ大統領令および主要な法律)】と【第六項 ナチスの手口(1)~(21)】の関係を簡単にまとめてある。

〔ナチスの手口一覧表〕
憲法便り#169 日本共産党の皆さん必見!ナチスの手口(1)共産党弾圧
憲法便り#172 ナチスの手口(2)「人身の自由」の剥奪
憲法便り#175 ナチスの手口(3)「住居の不可侵」を侵す
憲法便り#178 ナチスの手口(4)「信書・郵便・電信・電話の秘密」への干渉
憲法便り#181 ナチスの手口(5)「意見表明の自由、検閲の禁止」を葬り去る
憲法便り#186 ナチスの手口(6)「集会の自由」の圧殺
憲法便り#188 ナチスの手口(7)「結社の自由」を奪う
憲法便り#192 ナチスの手口(8)「所有権、公用収用の規定」の侵害
憲法便り#196 ナチスの手口(9)地方自治権の破壊
憲法便り#200 ナチスの手口(10)法律無視、最高刑死刑の厳罰化
憲法便り#204 ナチスの手口(11)大統領令発布、即施行
憲法便り#207 「ナチスの憲法」の全体像についてまとめました
憲法便り#211 ナチスの憲法(12)立憲主義否定、政府が立法、憲法に違反出来る条文を規定
憲法便り#214 ナチスの手口(13)法律で地方自治破壊、共産党の議席を剥奪
憲法便り#216 ナチスの手口(14)「ライヒ総督法」を定め、総督による地方直接支配確立
憲法便り#219 ナチスの手口(15)共産主義者、社会民主主義者、非アーリア人種の官吏罷免
憲法便り#222 ナチスの手口(16)「国民投票法」の施行による、国民投票の改悪
憲法便り#225 ナチスの手口(17)政党新設禁止法
憲法便り#228 ナチスの手口(18)立法により、党と国家の一元化をはかる
憲法便り#231 ナチスの手口(19)立法により各州の議会廃止、国への州の従属
憲法便り#234 ナチスの手口(20)立法により参議院を廃止し、一院制に
憲法便り#237 ナチスの手口(21)大統領職をヒトラーの総理大臣職に統合
憲法便り#240 「ナチスの憲法」出現の時代背景
憲法便り#243 ナチス関連記事のまとめ:ナチスの手口(1)~(21)ほか


【第七項 ナチスの手口及びその根拠となった法律】
第六項でも述べたことだが、「ナチスの手口」の見出しはあくまでも、主要な問題点を強調した見出しであって、すべてを表したものではない。それ故、詳しくは、『憲法便り』の各号を参照して頂きたい。
なお、§の印を付したものは、実際の法律の訳文を引用したものである。

I 民族および国家の保護のためのライヒ大統領令(1933年2月28日)
 1933年2月27日夜、国会議事堂放火事件(炎上事件とも呼ばれる)があった。
翌2月28日朝八時、ナチス政権は「民族および国家の保護のためのライヒ大統領令」を公布、即施行という強硬手段をとった。
これは、明らかに、予め仕組まれた陰謀であった。
ナチスはこの「ライヒ大統領令」により、即日、ワイマール憲法の基本権をすべて停止し、民主的なワイマール憲法を窒息させた!
そして、共産党への徹底的な弾圧を開始した。
これが、いわゆる「ナチスの憲法」の始まりである。
国会議事堂放火事件を利用した大統領令の発布は、1月30日にヒトラーが首相に就任し、ナチス政権が誕生してからわずか1カ月後のことである。
「ワイマール憲法は、いつの間にか変わっていた」という麻生太郎氏の発言は、まったくの誤りであり、デタラメである。
一夜にして、ドイツを事実上の戒厳令状態にした、ナチスの手口を見習うということは、民主主義の破壊を意味する。

以下は、1933年2月28日の「ライヒ大統領令」公布・即日施行により、ナチスが実行に移した、基本権の権利侵害、剥奪、弾圧である。
  憲法便り#169 日本共産党の皆さん必見!ナチスの手口(1)共産党弾圧
憲法便り#172 ナチスの手口(2)「人身の自由」の剥奪
憲法便り#175 ナチスの手口(3)「住居の不可侵」を侵す
憲法便り#178 ナチスの手口(4)「信書・郵便・電信・電話の秘密」への干渉
憲法便り#181 ナチスの手口(5)「意見表明の自由、検閲の禁止」を葬り去る
憲法便り#186 ナチスの手口(6)「集会の自由」の圧殺
憲法便り#188 ナチスの手口(7)「結社の自由」を奪う
憲法便り#192 ナチスの手口(8)「所有権、公用収用の規定」の侵害
憲法便り#196 ナチスの手口(9)地方自治権の破壊
憲法便り#200 ナチスの手口(10)法律無視、最高刑死刑の厳罰化
憲法便り#204 ナチスの手口(11)大統領令発布、即施行

Ⅱ 民族および国家の危難を除去するための法律(1933年3月24日)
   憲法便り#211 ナチスの憲法(12)立憲主義否定、政府が立法、憲法に違反出来る条文を規定

Ⅲ ラントとライヒとの均制化に関する暫定法律(1933年3月31日)
   憲法便り#214 ナチスの手口(13)法律で地方自治破壊、共産党の議席を剥奪

Ⅳ ラントとライヒとの均制化に関する第二法律(1933年4月7日)
   憲法便り#216 ナチスの手口(14)「ライヒ総督法」を定め、総督による地方直接支配確立

Ⅴ 職業官吏制の再建に関する法律・・・・・・・(1933年4月7日)
   憲法便り#219 ナチスの手口(15)共産主義者、社会民主主義者、非アーリア人種の官吏罷免

Ⅵ 国民投票法・・・・・・・・・・・・・・・・(1933年7月14日)
   憲法便り#222 ナチスの手口(16)「国民投票法」の施行による、国民投票の改悪

Ⅶ 政党新設禁止法・・・・・・・・・・・・・・(1933年7月14日)
憲法便り#225 ナチスの手口(17)政党新設禁止法
§1〔唯一の政党としての民族社会主義ドイツ労働者党〕
    ドイツにおいて存在する唯一の政党は、民族社会主義ドイツ労働者党である。

Ⅷ 党および国家の統一を確保するための法律・・(1933年12月1日)
   憲法便り#228 ナチスの手口(18)立法により党と国家の一元化をはかる
§1〔民族社会主義ドイツ労働者党と国家の統合〕
(1)民族社会主義革命が勝利をおさめた後、民族社会主義ドイツ労働者党は、ドイツ国家思想の担い手となり、国家と不可分に統合しているものとする。

Ⅸ ライヒの改造に関する法律・・・・・・・・・(1934年1月30日)
   憲法便り#231 ナチスの手口(19)立法により各州の議会廃止、国への州の従属
§1〔ラント議会の廃止〕
    各ラントの議会はこれを廃止する。
§2〔ラントのライヒへの従属〕
(1)各ラントの高権は、これをライヒに移譲する。
(2)ラント政府はライヒ政府に従属する。
§3〔内務大臣による地方長官の監督〕
    地方長官はライヒ内務大臣の職務上の監督に服する。
§4〔内務大臣の命令制定権〕
    ライヒ政府は新憲法を制定することができる。

Ⅹ ライヒ参議院の廃止に関する法律・・・・・・(1934年2月14日)
   憲法便り#234 ナチスの手口(20)立法により参議院を廃止し、一院制に

ⅩⅠ ドイツ国元首に関する法律・・・・・・・・(1934年8月1日)
    憲法便り#237 ナチスの手口(21)大統領職をヒトラーの総理大臣職に統合
§1〔大統領官職の総理大臣官職への統合〕
    ライヒ大統領の官職は、ライヒ総理大臣の官職に統合される。これにより、ライヒ大統領の従来の権限は、総統・ライヒ総理大臣アードルフ・ヒトラーに移譲される。ヒトラーはその代理者を定めるものとする。


【第八項 まとめ】
以上、ナチスの手口について、史実に基づいて、明らかにしてきた。
全体を通してお読み下さった方は、自民党および改憲派の主張、現在、安倍内閣が「秘密保護法」を始めとする弾圧法案の成立を急ぐ政治状況とあまりにも「酷似」していることに、驚かれたことと思う。

国会議事堂放火事件を利用した「ライヒ大統領令」の公布は、1月30日にヒトラーが首相に就任し、ナチス政権が誕生してからわずか1カ月後のことである。
ナチスはこの「ライヒ大統領令」により、即日、ワイマール憲法の基本権をすべて停止し、民主的なワイマール憲法を窒息させた!
「ワイマール憲法は、いつの間にか変わっていた」という麻生太郎氏の発言は、まったくの誤りであり、デタラメである。
一夜にして、ドイツを事実上の戒厳令状態にした、ナチスの手口を見習うということは、民主主義の破壊を意味する。
したがって、麻生太郎氏の「ナチス発言」を放置することは、極めて危険なことである。

ひたすら、対米従属を強め、戦争への道を「積極的平和主義」という、まやかしの表現で国民を欺こうとしている安倍政権の暴走を許してはならないと強く思う。


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by kenpou-dayori | 2013-11-07 22:00 | 国会議員・政党関連