岩田行雄の憲法便り・日刊憲法新聞

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カテゴリ:ナチス( 48 )


2017年 01月 22日

憲法便り#1943:ナチスの手口と、あまりにも酷似した安倍政権の手口!「ナチス関連記事の一覧リスト」を再録します!

2017年1月22日(日)(憲法千話)

憲法便り#1943:ナチスの手口と、あまりにも酷似した安倍政権の手口!「ナチス関連記事46件の一覧リスト」を再録します!

憲法便り#1928:「ナチス関連記事一覧リスト」



カテゴリ:ナチス( 46 )

の手口!




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by kenpou-dayori | 2017-01-22 10:14 | ナチス
2017年 01月 19日

憲法便り#1928:「ナチス関連記事一覧リストを掲載します」

2017年1月19日(木)

憲法便り#1928:「ナチス関連記事一覧リストを掲載します」

カテゴリ:ナチス( 46 )


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by kenpou-dayori | 2017-01-19 12:42 | ナチス
2016年 03月 26日

憲法便り#186 ナチスの手口(6)「集会の自由」の圧殺

2016年3月26日

(*ナチス関連記事45件一覧リストに戻るのは、こちらをクリックして下さい
http://kenpouq.exblog.jp/25451502/

ナチス政権は、1933年2月27日夜に起された国会議事堂放火事件(炎上事件とも呼ばれる)の翌朝、即ち1933年2月28日朝、「民族および国家の保護のためのライヒ大統領令」を発布し、大統領は事実上の戒厳令を布きました。

この大統領令は、冒頭で次のように述べています。
「ライヒ憲法〔=ヴァイマル憲法〕第48条第2項に基づき、共産主義的な、国家公安を害する暴力行為を防止するため、以下のことを命令する。」

大統領令は、これに続けて、ワイマール憲法第48条第2項に掲げられた7つの条文を具体的にあげ、すべての基本権を停止しています。

今回は、123条〔集会の自由〕の停止についてです。
ナチスは、この条文を停止し、「集会の自由」を圧殺しました。

第123条〔集会の自由〕
 すべてドイツ人は、届出または特別の許可なしに、平穏にかつ武器を持たないで集会する権利を有する。
 屋外の集会については、ライヒ法律により、届出を義務づけることができ、公共の安全に対し直接の危険がある場合には、これを禁止することができる。

文中の、ライヒは「国」を意味します。
ヴァイマルは、一般的には「ワイマール」と表記されています。

この内容と問題点を正確に伝えるために、次の文献を引用しました。
高田敏(たかだ・びん)・初宿正典(しやけ・まさのり)編訳
『ドイツ憲法集〔第3版〕』〈講義案シリーズ17〉(2001年、信山社)

なお、国会議事堂放火事件を利用したナチスの手口の全体像、ワイマール憲法の各条文の内容等についての詳細は、8月3日付の憲法便り号外(7)をご覧ください。


※本書『心踊る平和憲法誕生の時代』の注文については、こちらから
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by kenpou-dayori | 2016-03-26 20:18 | ナチス
2016年 03月 26日

憲法便り#1618:ナチス関連記事45件一覧リスト(リンク付き作用中)

2016年3月26日(土)(憲法千話)

憲法便り#1618:カテゴリ:ナチス 関連記事45件一覧リスト(リンク付き作業中)

憲法便り#1567:ご存知ですか?杉原千畝関係資料が、外交史料館玄関に常設展示されています。
[ 2016-02-02 08:59 ]
憲法便り#1554:反ナチの詩、「彼らが最初共産主義者を攻撃したとき」(こちらへ)
[ 2016-01-28 08:27 ]
憲法便り#1552:訂正版1933年ナチス第5回党大会、ニュルンベルクでの野外大集会のパノラマ写真(こちらへ
[ 2016-01-26 22:32 ]
憲法便り#1551:ご存知ですか? ナチと闘ったマルティン・ニーメラーのことば(こちらへ
[ 2016-01-25 21:35 ]
憲法便り#1493: カテゴリ:ナチス ( 40 )に掲載記事の一覧リスト
[ 2015-12-23 11:01 ]
憲法便り#781:真珠湾攻撃の5日後、ヒットラーが大島大使に語った内話の暗号秘密電文(戦争の真実)
[ 2015-05-13 21:33 ]
憲法便り#780: 大阪の皆さん!ナチスが「カジノ」を重要な財源としていたことを、ご存知ですか?
[ 2015-05-12 18:22 ]
憲法便り#779 ご存知ですか? 「ナチスも第二次大戦中にカジノを重要な財源としていたこと」
[ 2015-05-12 16:40 ]
憲法便り#630 ヒットラア著・室伏高信訳『我が闘争』(昭和16年刊)あとがきと奥付
[ 2014-08-08 12:02 ]
憲法便り#628 ヒットラア著・室伏高信訳『我が闘争』(昭和16年刊)戦時体制版の宣言
[ 2014-08-07 14:52 ]
憲法便り#627 ヒットラア著・室伏高信訳『我が闘争』(昭和16年刊)訳者の序
[ 2014-08-06 21:56 ]
憲法便り#626 ヒットラア著・室伏高信訳『我が闘争』(昭和16年刊)の序文
[ 2014-08-05 11:20 ]
憲法便り#623 ひとり芝居『ヒットラー来り、ヒットラー去る』上演への反応と、三部構成の詳細について
[ 2014-07-27 16:14 ]
憲法便り#622 ひとり芝居『ヒットラー来り、ヒットラー去る』を上演しました
[ 2014-07-26 09:45 ]
憲法便り#346 歴史の証言『ヒットラ来り去る』より、第四話「盲聾唖の奴隷状態」 
[ 2013-10-03 08:00 ]
憲法便り#344 歴史の証言『ヒットラ来り去る』より、第三話「自由なきペンの兵」 
[ 2013-10-02 08:00 ]
憲法便り#341 歴史の証言『ヒットラ来り去る』より、第二話「誤れる栄光の眩惑」 
[ 2013-10-01 08:00 ]
憲法便り#337 歴史の証言『ヒットラ来り去る』より、第一話「二つの戦勝演説」
[ 2013-09-30 07:15 ]
憲法便り#325 『朝日新聞』が昭和20年9月に連載した歴史の証言「ヒットラ来り去る」 
[ 2013-09-29 07:30 ]
憲法便り#243 ナチス関連記事のまとめ:ナチスの手口(1)~(21)ほか(こちらへ
[ 2013-08-28 07:30 ]
憲法便り#240 「ナチスの憲法」出現の時代背景(こちらへ
[ 2013-08-27 07:30 ]
憲法便り#237ナチスの手口(21)大統領職をヒトラーの総理大臣職に統合(こちらへ
[ 2013-08-26 07:30 ]
憲法便り#234 ナチスの手口(20)立法により参議院を廃止し、一院制に(こちらへ
[ 2013-08-25 07:30 ]
憲法便り#231 ナチスの手口(19)立法により各州の議会廃止、国への州の従属
[ 2013-08-24 07:30 ](こちらへ)
憲法便り#228 ナチスの手口(18)立法により、党と国家の一元化をはかる。(こちらへ
[ 2013-08-23 07:30 ]
憲法便り#225 ナチスの手口(17)政党新設禁止法(こちらへ
[ 2013-08-22 07:30 ]
憲法便り#222 ナチスの手口(16)「国民投票法」の施行により、ワイマール憲法の国民投票条項を改悪(こちらへ
[ 2013-08-21 07:30 ]
憲法便り#219 ナチスの手口(15)共産主義者、社会民主主義者、非アーリア人種の官吏を罷免(こちらへ
[ 2013-08-20 07:35 ]
憲法便り#216 ナチスの手口(14)「ライヒ総督法」を定め、総督による地方直接支配確立(こちらへ
[ 2013-08-19 07:30 ]
憲法便り#214 ナチスの手口(13)法律で地方自治破壊、共産党の議席を剥奪(こちらへ
[ 2013-08-18 08:00 ]
憲法便り#211 ナチスの手口(12) 立憲主義否定、政府が立法、憲法に違反出来る条文を規定(こちらへ
[ 2013-08-17 08:00 ]
憲法便り#207 「ナチスの憲法」の全体像についてまとめました(こちらへ
[ 2013-08-16 08:02 ]
憲法便り#204 ナチスの手口(11)大統領令発布、即施行(こちらへ
[ 2013-08-15 08:00 ]
憲法便り#200 ナチスの手口(10)法律無視、最高刑死刑を含む厳罰化(こちらへ
[ 2013-08-14 08:00 ]
憲法便り#196 ナチスの手口(9)地方自治権の破壊(こちらへ
[ 2013-08-13 08:00 ]
憲法便り#192 ナチスの手口(8)「所有権、公用収用の規定」の侵害(こちらへ
[ 2013-08-12 08:00 ]
憲法便り#188 ナチスの手口(7)「結社の自由」を奪う(こちらへ
[ 2013-08-11 08:00 ]
憲法便り#186 ナチスの手口(6)「集会の自由」の圧殺(こちらへ
[ 2013-08-10 08:00 ]
憲法便り#181 ナチスの手口(5)「意見表明の自由、検閲の禁止」を葬り去る(こちらへ
[ 2013-08-09 08:00 ]
憲法便り#178 ナチスの手口(4)「信書・郵便・電信・電話の秘密」への干渉(こちらへ
[ 2013-08-08 08:00 ]
憲法便り#175 ナチスの手口(3)「住居の不可侵」を侵す(こちらへ)
[ 2013-08-07 08:00 ]
憲法便り#172 ナチスの手口(2)「人身の自由」の剥奪(こちらへ
[ 2013-08-06 08:00 ]
憲法便り#169 日本共産党の皆さん必見!ナチスの手口(1)共産党弾圧(こちらへ
[ 2013-08-05 08:00 ]
憲法便り 号外(7)ナチスは国会議事堂放火事件の翌朝に憲法の基本権を停止した!(こちらへ
[ 2013-08-03 08:00 ]
憲法便り 号外(6) 麻生太郎副総理大臣の「ナチス」発言に断固抗議する!(こちらへ
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by kenpou-dayori | 2016-03-26 19:49 | ナチス
2016年 02月 02日

憲法便り#1567:ご存知ですか?杉原千畝関係資料が、外交史料館玄関に常設展示されています。

2016年2月2日(火)(憲法千話)

憲法便り#1567:ご存知ですか?杉原千畝関係資料が、外交史料館玄関に常設展示されています。

昨年12月5日に、映画『杉原千畝』が公開され、東宝公式サイトの1月28日現在の情報では、北海道から鹿児島までの全国各地で、上映が行われている。
彼が、ビザの発給で、6,000人にのぼる多数のユダヤ人を助けたことは、今ではよく知られている。

私は、この映画をまだ見ていないし、これからも、当分は見に行く予定はないが、
しばしば足を運ぶ、外務省外交史料館の玄関に常設展示されている、写真を含む杉原千畝関係資料の実物は、何回も見ている。

外務省というと、霞ヶ関の庁舎を思い浮かべる人が多いと思うので、
外交史料館は、六本木近くの飯倉にあることを、伝えておきたい。

交通機関は、渋谷駅から都バスで六本木まで行き、そこから東京タワー方面に向かって、ふた停留所分を歩くことをおすすめしたい。
地下鉄を利用する場合は、日比谷線六本木駅下車で、あとはやはり東京タワー方面に歩く。

外交史料館は、無料で見学出来るが、多人数で行く場合には、事前に連絡をしておいた方が良いのではないかと思う。
官庁だから、土日、祝日は休みである。

電話番号は、03-3585-4511。
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by kenpou-dayori | 2016-02-02 08:59 | ナチス
2016年 01月 28日

憲法便り#1554:反ナチの詩、「彼らが最初共産主義者を攻撃したとき」

2016年1月28日(木)(憲法千話)
憲法便り#1554:反ナチの詩、「彼らが最初共産主義者を攻撃したとき」

ルター派牧師マルティン・ニーメラーの詩形式の言葉。

私がこの詩に出会ったのは、たしか、2005年のこと。
2005年6月25日に、柏市南部「九条の会」に憲法講演に招かれたが、後日、同会が行った講演会に参加した時に、講師の方がこの詩をお読みになった。

強烈な印象を受けたことを今も、鮮明に憶えている。

最近、日本では、何か行動を起こすと、その人物に対して、脅迫、加害が行われる。

いやな時代になった。

だが、それに屈しては、ナチスの時代の再現になってしまう。

ナチス時代の再現を許さないため、私は、発言を続けたいと思う。

以下は、『ウィキペディア』からの引用です。
マルティン・ニーメラーについては、リンクしたウィキペディアを参照して下さい。

ドイツ語版[編集]
Als die Nazis die Kommunisten holten, habe ich geschwiegen, ich war ja kein Kommunist.
Als sie die Sozialdemokraten einsperrten, habe ich geschwiegen, ich war ja kein Sozialdemokrat.
Als sie die Gewerkschafter holten, habe ich geschwiegen, ich war ja kein Gewerkschafter.
Als sie mich holten, gab es keinen mehr, der protestieren konnte.
— マルティン・ニーメラー財団による作成[4]

日本語訳[編集]
ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は共産主義者ではなかったから

社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった
私は社会民主主義ではなかったから

彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は労働組合員ではなかったから

そして、彼らが私を攻撃したとき
私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった
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by kenpou-dayori | 2016-01-28 08:27 | ナチス
2016年 01月 26日

憲法便り#1552:訂正版1933年ナチス第5回党大会、ニュルンベルクでの野外大集会のパノラマ写真

2016年1月26日(火)(憲法千話)
2016年1月27日:昨夜遅く、取りあえずの入力作業をしましたので、加筆、訂正をします。
訂正:本のタイトルを『ドイツの目覚め』→『ドイツは目覚めた』
訂正:写真のサイズ縦32cm、横140cm → 縦31cm、横127cm。

憲法便り#1552:必見!1933年、ナチス第5回党大会ニュルンベルク郊外での野外大集会のパノラマ写真

昨年、早稲田の古書店で見つけ、購入しておいた『ドイツは目覚めた』(1933年11月刊)という、ナチスの歴史の本に、縦31cm、横127cmのパノラマ写真が付録として折り込まれていた。
これが付いていたから、二万円も払って購入したのだが、宝の持ち腐れになってはいけないので、
今後の講演では、大いに利用しようと思っていいる。

この画面に、横長に入れても、小さくなってしまって、迫力がないので、縦に3枚を並べることにした。

写真は、1933年8月30日から9月3日までニュルンベルクで開催された、ナチスの第5回党大会の中で、
郊外のルーイトポルトの森での、野外大集会『旗の儀式』の様子である。

第5回党大会の日程、およびニュルンベルクで開催されたことに関しては、東京ドイツ文化センター図書館に問合せをして、同館の町田さんにお教えいただいた。
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【再録1】
2013年 08月 27日
憲法便り#240 「ナチスの憲法」出現の時代背景

ナチスの手口について21回にわたって明らかにしてきました。
全体を通してお読み下さった方は、自民党および改憲派の主張とあまりにも「酷似」していることに、驚かれたことと思います。

最後に、「ナチスの憲法」が出現した時代背景について、下記の文献の7ページをそのまま引用します。ただし、読み易くするために、改行をしてあります。
なお、文中の命令および法律名のドイツ語は省略します。

高田敏(たかだ・びん)・初宿正典(しやけ・まさのり)編訳
『ドイツ憲法集〔第3版〕』〈講義案シリーズ17〉(2001年、信山社)


7 ナチス・ドイツの憲法(1933~1934)

第一次大戦におけるドイツの敗北によって1919年6月28日に締結された《ヴェルサイユ条約》には、ドイツにとってはきわめて屈辱的な内容が盛り込まれており、これがドイツにとってきわめて大きな不満をもたらすことになり、それが、ヴァイマル体制の崩壊の大きな誘因となったといえる。

ヴァイマル共和国の初期はテロと一揆があいつぐ安定期であったが、第2期の1924年頃になって経済的にも安定期に入ったドイツは、国際連盟に加入(1926年)し、国際的にも地位を改善した。

しかし1929年の世界恐慌に始まる第3期に入ると、失業者が増大し、ナチス党(民族社会主義ドイツ労働者党)と共産党が急速に勢力を伸ばしていく。とくにナチスは、1930年9月14日の選挙では一挙に社会民主党についで第二党となり、さらに1932年には得票数が倍増してついに第一党に躍進した。

その後、1932年11月の選挙ではナチス党の議席数はいったん減少し、同年12月3日にはシュライヒャー内閣が成立するが、その内閣はたった2ヶ月たらずで翌1933年1月30日にはヒトラーに取って代わられ、2月1日にはライヒ議会が解散され、同年3月5日のヴァイマル共和国最後の選挙ではナチスが一大躍進し、《ヒトラーの時代》に移ることになる。

1933年2月28日に大統領ヒンデンブルクが出した緊急命令「民族と国家を保護するためのライヒ大統領の命令」という。これはヴァイマル憲法第48条2項の定める大統領の非常措置権が発動されたもので、これにより同項の列挙するすべての基本権が停止された。

3月24日に成立した「全権授権法」(または授権法)は、正式名称を「民族および国家の危難を除去するための法律」という。
当時のライヒ議会の総議席数は647で、ナチスの議席数は288であったから、単独では過半数も制しえない情勢であったが、この議決には中央党、ドイツ国民党等の協力を得、共産党議員らを排除・逮捕したり、脅迫・欺罔したりして、憲法を改正するのに必要な議会の3分の2以上の多数決(441対94)でこれを可決した(反対は社会民主党のみ)。

この法律は、ヴァイマル憲法の改正手続きを経て「合法的」に制定されたが、この法律により、法律はライヒ議会による立法によらなくても、政府によって議決することができることになり、しかも内容的にも憲法に違背することが許されるとされた。これによってヴァイマル憲法の議会制は事実上崩壊したことになる。この法律は、規定上は1937年4月1日に失効することとなっていたが、その後、1937年1月30日と1939年1月30日の法律で1943年5月10日まで効力が延長され、さたにヒトラーの命令で当分の間、延期された。
この全権委任法によって次々と政府制定による法律が成立した。

【再録2】
2013年 08月 28日
憲法便り#243 ナチス関連記事のまとめ:ナチスの手口(1)~(21)ほか

私は、東京革新懇からの要請を受けて、参院選の投票日が迫った2013年7月18日(木)に、『東京革新懇ニュース7・8月合併号』へ、一文を寄稿しました。

その寄稿文を、『東京革新懇ニュース』に先駆けて、参院選投票日の二日後、7月24日付の『憲法便り号外(2)』において、下記のタイトルで公表しました。

「ナチスの手口と酷似した改憲派の攻撃を撥ね返そう!」

文章の冒頭は次の通りです。

「国会議事堂の放火したのは共産党だ!」。1933年2月、ナチスが政権を獲得した直後の放火事件。ナチスはこの事件を口実に、共産党を徹底的に弾圧し、さらに憲法の基本的人権に関する一連の条項を停止する緊急条例を発布。第二次大戦後、放火はゲーリングらナチス犯行説が有力となったが、真相は不明。
放火事件を利用したナチスの手口と、改憲派のデタラメ言いたい放題及び言論抑圧の手口は酷似している。
改憲派は「占領下の日本政府にGHQが草案を押し付けた」と繰り返し、事実関係については嘘も含めて言いたい放題で世論を誘導している。日本が占領下にあったこと、GHQが草案を提示したことは事実であるが、当時の世論や国民の姿には一切ふれない。一方、平和憲法を護ろうとする側も、様々な憲法書を読んでも、当時の「憲法民主化」の世論や国民が平和憲法を歓迎した姿に確信を持って運動を進める材料が乏しかった。
4月に緊急出版した『心踊る・・・』は、正確な歴史的事実を以って「押し付け憲法」論に対して痛烈な反撃を行い、護憲運動にとっては大きな確信につながる憲法書である。
(以下、略)

その一週間後、麻生太郎副総理大臣の「ナチス発言」が報じられ、大きな問題として取り上げられるようになりました。

八月半ばに、妻宛に届いた知人・新堰義昭さんからの暑中お見舞いに、私の寄稿文についての感想が述べられていましたので、ご本人の了解を得て、ここに紹介します。
「さて、行雄さんの原稿は、ナチスの国会放火事件を切り口に書かれていますが、その後、例の麻生副総理の暴言があり、改憲勢力の本質を見抜く先見性に関心しております。

嬉しい感想です。
私は、東京革新懇ニュースへの寄稿文を書いた時点では、勿論、麻生太郎のあまりにも「バカ」正直な発言までは予見しておりませんでしたが、ぶろぐでの「ナチスの憲法」についての連載の準備をしておりましたので、夏休みもとることなく、予定を繰り上げて連載を続けた次第です。

憲法便り 号外(2)「ナチスの手口と酷似した改憲派の攻撃を撥ね返そう!」
憲法便り 号外(6)麻生太郎副総理の「ナチス」発言に断固抗議する!
憲法便り 号外(7)ナチスは国会議事堂放火事件の翌朝に憲法の基本権を停止した!
憲法便り#169 日本共産党の皆さん必見!ナチスの手口(1)共産党弾圧
憲法便り#172 ナチスの手口(2)「人身の自由」の剥奪
憲法便り#175 ナチスの手口(3)「住居の不可侵」を侵す
憲法便り#178 ナチスの手口(4)「信書・郵便・電信・電話の秘密」への干渉
憲法便り#181 ナチスの手口(5)「意見表明の自由、検閲の禁止」を葬り去る
憲法便り#186 ナチスの手口(6)「集会の自由」の圧殺
憲法便り#188 ナチスの手口(7)「結社の自由」を奪う
憲法便り#192 ナチスの手口(8)「所有権、公用収用の規定」の侵害
憲法便り#196 ナチスの手口(9)地方自治権の破壊
憲法便り#200 ナチスの手口(10)法律無視、最高刑死刑の厳罰化
憲法便り#204 ナチスの手口(11)大統領令発布、即施行
憲法便り#207 「ナチスの憲法」の全体像についてまとめました
憲法便り#211 ナチスの憲法(12)立憲主義否定、政府が立法、憲法に違反出来る条文を規定
憲法便り#214 ナチスの手口(13)法律で地方自治破壊、共産党の議席を剥奪
憲法便り#216 ナチスの手口(14)「ライヒ総督法」を定め、総督による地方直接支配確立
憲法便り#219 ナチスの手口(15)共産主義者、社会民主主義者、非アーリア人種の官吏罷免
憲法便り#222 ナチスの手口(16)「国民投票法」の施行による、国民投票の改悪
憲法便り#225 ナチスの手口(17)政党新設禁止法
憲法便り#228 ナチスの手口(18)立法により、党と国家の一元化をはかる
憲法便り#231 ナチスの手口(19)立法により各州の議会廃止、国への州の従属
憲法便り#234 ナチスの手口(20)立法により参議院を廃止し、一院制に
憲法便り#237 ナチスの手口(21)大統領職をヒトラーの総理大臣職に統合
憲法便り#240 「ナチスの憲法」出現の時代背景
憲法便り#243 ナチス関連記事のまとめ:ナチスの手口(1)~(21)ほか


「ナチスの憲法」の全体像(ライヒ大統領令および主要な法律)
文中の、ライヒは「国」、ラントは「州」を意味します。
ヴァイマルは、一般的には「ワイマール」と表記されています。

I 民族および国家の保護のためのライヒ大統領令(1933年2月28日)
Ⅱ 民族および国家の危難を除去するための法律(1933年3月24日)
Ⅲ ラントとライヒとの均制化に関する暫定法律(1933年3月31日)
Ⅳ ラントとライヒとの均制化に関する第二法律(1933年4月7日)
Ⅴ 職業官吏制の再建に関する法律・・・・・・・(1933年4月7日)
Ⅵ 国民投票法・・・・・・・・・・・・・・・・(1933年7月14日)
Ⅶ 政党新設禁止法・・・・・・・・・・・・・・(1933年7月14日)
Ⅷ 党および国家の統一を確保するための法律・・(1933年12月1日)
Ⅸ ライヒの改造に関する法律・・・・・・・・・(1934年1月30日)
Ⅹ ライヒ参議院の廃止に関する法律・・・・・・(1934年2月14日)
ⅩⅠ ドイツ国元首に関する法律・・・・・・・・(1934年8月1日)

この内容と問題点を正確に伝えるために、次の文献を引用しました。
高田敏(たかだ・びん)・初宿正典(しやけ・まさのり)編訳
『ドイツ憲法集〔第3版〕』〈講義案シリーズ17〉(2001年、信山社)

*ナチス関連リスト(45件)は、こちら
*********************************

なお、党大会については、『ウィキペディア』をご参照下さい。
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by kenpou-dayori | 2016-01-26 22:32 | ナチス
2016年 01月 25日

憲法便り#1551:ご存知ですか? ナチと闘ったマルティン・ニーメラーのことば

2016年1月25日(月)(憲法千話)

憲法便り#1551:ご存知ですか? ナチと闘ったマルティン・ニーメラーのことば

マルティンニーメラーの言葉は、いくつかの形で伝えられている。
詩の形式に整えられたものもあるが、ここでは、インターネットで検索できた散文形式のことばを紹介する。
今の日本に必要なメッセージだと、強く思うからである。

「ナチスがコミュニスト(共産主義者)を弾圧した時,私は不安に駆られたが,
自分はコミュニストではなかったので,何の行動も起こさなかった。

その次,ナチスはソーシャリスト(社会主義者,労働組合員)を弾圧した。
私はさらに不安を感じたが,自分はソーシャリストではないので,何の抗議もしなかった。

それからナチスは学生,新聞人,ユダヤ人と,順次弾圧の輪を広げていき,
そのたびに私の不安は増大したが,それでも私は行動に出なかった。

ある日ついにナチスは教会を弾圧してきた。
そして私は牧師だった。

だから行動に立ち上がったが,その時は,すべてがあまりに遅過ぎた。」

*ナチス関連リスト(45件)は、こちら
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by kenpou-dayori | 2016-01-25 21:35 | ナチス
2015年 12月 23日

憲法便り#1493: カテゴリ:ナチス ( 40 )に掲載記事の一覧リスト

2015年12月23日(水)(憲法千話)

憲法便り#1493: カテゴリ:ナチス ( 40 )に掲載記事の一覧リスト

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憲法便り#779 ご存知ですか? 「ナチスも第二次大戦中にカジノを重要な財源としていたこと」
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憲法便り#627 ヒットラア著・室伏高信訳『我が闘争』(昭和16年刊)訳者の序
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憲法便り#626 ヒットラア著・室伏高信訳『我が闘争』(昭和16年刊)の序文
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[ 2013-08-18 08:00 ]
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[ 2013-08-11 08:00 ]
憲法便り#186 ナチスの手口(6)「集会の自由」の圧殺
[ 2013-08-10 08:00 ]
憲法便り#181 ナチスの手口(5)「意見表明の自由、検閲の禁止」を葬り去る
[ 2013-08-09 08:00 ]
憲法便り#178 ナチスの手口(4)「信書・郵便・電信・電話の秘密」への干渉
[ 2013-08-08 08:00 ]
憲法便り#175 ナチスの手口(3)「住居の不可侵」を侵す
[ 2013-08-07 08:00 ]
憲法便り#172 ナチスの手口(2)「人身の自由」の剥奪
[ 2013-08-06 08:00 ]
憲法便り#169 日本共産党の皆さん必見!ナチスの手口(1)共産党弾圧
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憲法便り 号外(7)ナチスは国会議事堂放火事件の翌朝に憲法の基本権を停止した!
[ 2013-08-03 08:00 ]
憲法便り 号外(6) 麻生太郎副総理大臣の「ナチス」発言に断固抗議する!
[ 2013-08-02 11:00 ]
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by kenpou-dayori | 2015-12-23 11:01 | ナチス
2015年 05月 13日

憲法便り#781:真珠湾攻撃の5日後、ヒットラーが大島大使に語った内話の暗号秘密電文(戦争の真実)

2015年5月13日(水)

憲法便り#781:真珠湾攻撃の5日後、ヒットラーが大島大使に語った内話の暗号電文

以下に紹介する秘密文書を読んでいると、オバマ・安倍「怪談」を見ているようだ。
相互依存の両者が、自分に都合の良いことのみを話している。
近未来を見ているようでもある。
いま、国会を無視して強引に進めようとしている「戰爭法」、
これは、際限のない戦争の泥沼にはまり込む、悪夢の序章である。
だから、「亜米政権」の暴走、やりたい放題で「戦争法」を通してしまうことを、絶対に許してはならない。

紹介する文書は、暗号電文を、カタカナ、旧仮名遣い、旧字体で書き起こしたものだが、
まず、旧仮名遣い、旧漢字を直し、ふりがな、句読点を補い、(注)を付した文章を、
次に、原文を掲載した。

外務省編纂『日本外交文書 太平洋戦争 第一冊』(平成二十二年一月十五日発行)

13 昭和16年12月13日(13は、この文書集の中で、外務省がつけた整理番号)
在独国大島大使より
東郷外務大臣宛(電報)

【対米英戦緒戦の評価及び今後の協力方針に関するヒトラーの内話について】
ベルリン 12月13日後発
本  省 12月14日夜着

第一七四一号(館長符号扱)(岩田注:大使館の長、すなわち大島大使だけが判読できる暗号)
十三日「ヒ」総統の求めに依り往訪一時間に亘り会談せり
「リ」(リッペントロップ)外相同席す
要旨左の如し(岩田注:資料原文は、縦書き)

一、「ヒ」は帝國政府の決意及び皇軍の勇敢なる戦果に対し、心からの嘆賞と感激を述べ、更に今回日本が謙譲を以て平和的の解決を図り(注1)一度剣を抜くや敢然猛烈なる攻撃に出でたる開戦前後の遣口(やりくち)は自分が対波蘭(ポーランド)戦諾意作戦に於いてとりたる措置と全く同一(注2)にして深く喜ぶ所なる旨並に独もはっきり対米宣戦を為し得るに至りたるは自分の最も欣快とする旨を語りたる後、御承知の通り自分(「ヒ」)は「一旦事を始めたる以上、中途にして止むることは出来ざる人間にして勿論今回の戦争は日伊と共に最後の目的貫徹迄徹底的に戦い抜く決心なるを確信せられたし」と述べたり。

二、次で「ヒ」は「自分は日米開戦の報を聞くや、直ちに出先潜水艦等に対し、爾今米国戦艦に対し当方より積極的に攻撃すべきことを命じた」る旨語り、「今日迄は各潜水艦長は先ず英国船なるや中立国船なるやを見分けたる後にあらざれば、攻撃を開始し得ざるの苦哀ありたるが、今や何らの顧慮なく思い切ったる攻撃を為し得ることとなり、大いに能率を上げ得べし」と述べたり。

三、対蘇(ソ連)戦に関しては、最近急激に寒気至り、中北部戦線(注3)の温度は零下三十八度(注4)に上り、事実上戦闘不可能なるに依り、此の機会に戦線を整理短縮(注5)し、「レニングラード」「タガンログ」に至る略一直線の線に於いて冬営し、弗々最前線にありたる装甲兵団、機械化部隊を後方に下げ、機材の修理整備を行うと共に鉄道建設其の他後方補給の整備(注6)を行う積りなり、其の一部に於いては二、三十粁(キロメートル)後退することあるやも知れざるが、斯かる地域の喪失は勿論問題とならず、来春天候恢復(かいふく)し再び戦闘可能の状況ともなれば、更めて大攻撃を行う予定なり、尤も(もっとも)「コーカサス」に対しては、凡(あら)ゆる方面より(黒海、土耳古(トルコ)方面よりの意なるべし)攻撃を続行すべく、「レニングラード」「セバストポール(セバストーポリ)」は引続き攻撃する予定なり」と述べたり。

四、北阿戦線(北アフリカ戦線)に関し、「既に「ケッスルリング」麾下の大空軍地中海方面に派遣せられ、潜水艦の活動と相俟ち(あいまち)、地中海に於ける独伊の地位は決して御心配の要なし」と述べたり。

五、尚本使(大島大使)よりは日米交渉が飽迄(あくまで)三国条約(日独伊三国軍事同盟)の範囲に於いて行われたる次第を述べたるに、「ヒ」は、「開戦前平和的態度に出ずるは当然なり」と述べ、また対蘇(ソ連)政策に関し、貴電第九八五号(原注:見当たらず)の趣旨を説明せるに、「ヒ」は、直ちに「当然のことなり」と語り、更に本使より現在迄の戦果を説明せるに、「ヒ」は興味深く之を聴取し、本使より「我軍が海峡植民地より緬甸(ビルマ)方面に進駐する際には独軍も近東に進出し、相呼応して英国打倒に協力したき旨のべたる処、「ヒ」は、「独としても勿論出来得る限り協力を為すべき」旨を述べたり。

【岩田注】
(注1)平和的の解決を図り:形式的に日米交渉を行ったことを指す。
(注2)開戦前後の遣口(やりくち)は自分が対波蘭(ポーランド)戦諾意作戦に於てとりたる措置と全く同一:第一次大戦での敗北により失った旧占領地を、ドイツに返すようポーランドに対して要求し、これが拒否されると、宣戦布告なしに、ポーランドに侵攻したこと。
(注3)中北部戦線:ここでは、「スターリングラード」の戦いを指している。
(注4)零下三十八度:かつて、ナポレオンがモスクワまで攻め込みながら、冬将軍の到来により惨敗したことは、衆知の事実である。奇襲攻撃をかけ、短期間に
(注5)戦線を整理短縮:退却と言わず、「戦線の短縮」と言った誤魔化しの誤報。かつて、大日本帝国の大本営は、退却と言わず、「転進」と発表し、国民に敗北の事実を隠し続けた。
(注6)鉄道建設其の他後方補給の整備:後方の補給の原則は、他国の支援をあてにせず、自前でやるもの。

【文書の原文】
13 昭和16年12月13日
在独国大島大使より
東郷外務大臣宛(電報)

【対米英戦緒戦の評価及び今後の協力方針に関するヒトラーの内話について】
ベルリン 12月13日後発
本  省 12月14日夜着

第一七四一號(館長符號扱)(岩田注:大使館の長、すなわち大島大使だけが判読できる暗号)
十三日「ヒ」総統ノ求ニ依リ往訪一時間ニ亘リ會談セリ
「リ」外相同席ス要旨左ノ如シ

一、「ヒ」ハ帝國政府ノ決意及皇軍ノ勇敢ナル戰果ニ對シ心カラノ嘆賞ト感激ヲ述ヘ更ニ今囘日本カ謙讓ヲ以テ平和的ノ解決ヲ圖リ一度劍ヲ拔クヤ敢然猛烈ナル攻撃ニ出テタル開戰前後ノ遣口ハ自分カ對波蘭戰諾意作戰ニ於テ執リタル措置ト全ク同一ニシテ深ク喜フ所ナル旨竝ニ獨モハッキリ對米宣戰ヲ為シ得ルニ至リタルハ自分ノ最モ欣快トスル旨ヲ語リタル後御承知ノ通リ自分(「ヒ」)ハ一旦事ヲ始メタル以上中途ニシテ止ムルコトハ出來サル人間ニシテ勿論今囘の戰爭ハ日伊ト共ニ最後ノ目的貫徹迄徹底的ニ戰ヒ拔ク決心ナルヲ確信セラレタシト述ヘタリ

二、次テ「ヒ」ハ自分ハ日米開戰ノ報ヲ聞クヤ直ニ出先潜水艦等ニ對シ爾今米國戰艦ニ對シ當方ヨリ積極的ニ攻撃スヘキコトヲ命シタル旨語リ今日迄は各潜水艦長ハ先ス英國船ナルヤ中立國船ナルヤヲ見分ケタル後ニアラサレハ攻撃ヲ開始シ得サルノ苦哀アリタルカ今ヤ何ラノ顧慮ナク思ヒ切ツタル攻撃ヲ爲シ得ルコトトナリ大イニ能率ヲ上ケ得ヘシト述ヘタリ

三、對蘇戰ニ關シテハ最近急激ニ寒氣至リ中北部戰線ノ溫度ハ零下三十八度ニ上リ事實上戰闘不可能ナルニ依リ此ノ機會ニ戰線ヲ整理短縮シ「レニングラード」「タガンログ」ニ至ル略一直線ノ線ニ於テ冬營シ弗々最前線ニアリタル裝甲兵團、機械化部隊ヲ後方ニ下ケ機材ノ修理整備ヲ行フト共ニ鉄道建設其ノ他後方補給ノ整備(注5)ヲ行フ積リナリ其ノ一部ニ於テハ二、三十粁後退スルコトアルヤモ知レサルカ斯ル地域ノ喪失ハ勿論問題トナラス來春天候恢復シ再ヒ戰戦闘可能ノ狀況トモナレハ更メテ大攻撃ヲ行フ予定ナリ尤モ「コーカサス」ニ對シテハ凡ユル方面ヨリ(黒海、土耳古方面ヨリノ意ナルヘシ)攻撃ヲ續行スヘク「レニングラード」「セバストポール」ハ引続キ攻撃スル豫定ナリト述ヘタリ

四、北阿戰線ニ關シ既ニ「ケッスルリング」麾下ノ大空軍地中海方面ニ派遣セラレ潜水艦ノ活動ト相俟チ地中海ニ於ケル獨伊ノ地位ハ決シテ御心配ノ要ナシト述ヘタリ

五、尚本使ヨリハ日米交渉カ飽迄三國條約ノ範圍ニ於テ行ハレタル次第ヲ述ヘタル「ヒ」ハ開戰前平和的態度ニ出スルハ當然ナリト述へ又對蘇政策に關シ貴電第九八五號(見当ラズ)ノ趣旨ヲ説明セルニ「ヒ」ハ直ニ當然ノコトナリト語リ更ニ本使ヨリ現在迄ノ戰果ヲ説明セルニ「ヒ」ハ興味深ク之ヲ聽取シ本使ヨリ我軍カ海峡植民地ヨリ緬甸方面ニ進駐スル際ニハ獨軍モ近東ニ進出シ相呼應シテ英國打倒ニ協力シタキ旨述ヘタル處「ヒ」ハ獨トシテモ勿論出氣得ル限リ協力ヲ爲スへキ旨ヲ述ヘタリ

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by kenpou-dayori | 2015-05-13 21:33 | ナチス