カテゴリ:自著及び文献紹介( 15 )


2017年 01月 15日

憲法便り#1920:年頭第28話「こいつは春から縁起が良いわい!」

2017年1月15日(日)(憲法千話)

憲法便り#1920:年頭第28話「こいつは春から縁起が良いわい!」

憲法が危機的状況を迎えている今、拙著『世論と新聞報道が平和憲法を誕生させた!』が果たす役割は大きいと思っている。

昨日、代々木の美和書店に立ち寄ったところ、委託していた同書は、昨年のうちに売り切れてしまっていた。
追加の分を頼もうと思っていたが、電話連絡をわすれていたとのことで、明日10冊を届けることになった。

以前は、いろいろな書店にお願いしていたこともあったが、現在は、自ら販売することを中心にしていて、
書店への以来は、美和書店だけに限定している。

カタログをここに再録しておきます。
c0295254_20550612.jpg





[PR]

by kenpou-dayori | 2017-01-15 20:55 | 自著及び文献紹介
2016年 03月 28日

憲法便り#1624:『検証・憲法第九条の誕生』5,000冊を自費出版した、12年前の私の決意

2016年3月28日(月)(憲法千話)

憲法便り#1624:『検証・憲法第九条の誕生』5,000冊を自費出版した、12年前の私の決意

『検証・憲法第九条の誕生』「初版(2004年)への序文」


いま、私に出来ること、そして願うこと、
それは、憲法改悪の策動に対して、史実に基づき反論し、思想・信条をこえて、憲法改悪反対一点での幅広い国民的共同の進展に役立つことです。
その行動の一つとして、ここに『検証・憲法第九条の誕生』に記した『初版への序文」を紹介します。
歴史を展望するうえで、参考にしていただければ、幸いです。

この文章の中の[小泉首相」を、安倍首相と置き換えても、そのまま通用する文章だと思います。

昨日のことですが、秩父の方から、この本10冊のご注文を受けました。
幸い、第3版が9冊ありましたので、注文を受けることにしました。


『初版への序文』

自衛隊の存在は明白な憲法違反である。その自衛隊の海外派兵、さらに多国籍軍への参加は、二重、三重の憲法違反である。小泉首相は、憲法解釈を捻じ曲げ、アメリカに追随し、米軍への軍事的支援を「国際貢献」と言い逃れをして、自衛隊派兵を強行した。だが、アメリカが強行したイラクへの侵攻が「大義なき戦争」であり、石油利権の独占を狙っての侵略行為であることは、白日の下に晒されている。
いま小泉政権が「国際貢献」と称して行なっているのは、イラク人に対する無差別の殺戮を続けている米軍への「殺人」幇助、市民生活の大規模な破壊と「捕虜」への虐待行為への支援にほかならない。彼らがどのように宣伝しようが、自衛隊派兵の根拠は、この現実からも、論理的にも、破綻している。
先頃、日本人人質事件に巻き込まれた青年たちやその家族に対して、政府や公明党幹部の「自己責任論」に端を発して、烈しいバッシングが展開された。これは、日本政府が政策破綻の本質を覆い隠すために、「無名」である彼らを「見せしめ」にした、国家的な規模での「いじめ」である。それのみならず、
大マスコミの各社は、「お前らは黙って、引っ込んでいろ」とばかりにバッシングに加わった。人質になったのが著名なジャーナリストや大手マスコミ各社の特派員であったならば、「自己責任論」によるバッシングではなく、自衛隊派兵の是非に関する根本問題の論議が展開されたに違いない。
「三日以内に自衛隊が撤退しなければ、人質を焼き殺す」との情報に接した家族たちが、自衛隊の撤退を要望し、小泉首相に面会を求めたのは当然のことである。しかしながら、小泉首相は即座に「自衛隊は撤退しない」と言明し、面会を拒否し続けた。
この事件で謝罪すべきは青年たちやその家族ではなく、自衛隊派兵により日本人が危険な目に遭うような状況を作り出した日本政府である。現に、本書を準備している最中に、二人のジャーナリストが襲撃され、死亡する悲惨な事件がおきてしまった。
いま政府は、自ら創り出した憲法違反の状態を解消し、日本を、戦争を出来る国にするために、憲法の改悪を急いでいる。自民党憲法調査会が発表した叩き台は、「憲法前文の書き換え」と「第九条の見直し」を主眼としている。自民党と同根の民主党も「創憲」なる造語により国民の目を欺きながら、憲法改悪を自民党と競っている。五月末には日本経団連が憲法改悪を進めるための研究会を発足させた。彼らは日本を「戦争を出来る国」に変え、三菱重工をはじめとする軍需産業が生産する大量の武器を「何の制約も受けずに、自由に輸出が出来る国」に変えようとしている。改憲の主張は、「現憲法は占領軍に押し付けられたもの」であり「自主憲法の制定を求める」とするもの、「古くさくなった」というもの、個別的自衛権から進んで集団的自衛権を容認するもの、環境権やプライバシー権の加筆、「雅子様問題」に端を発した皇室典範の見直し等様々だが、最大の狙いは第九条の廃棄である。
本書を刊行する目的は、これらの主張に対して、歴史的事実を以って第九条が押し付けられたものではないこと、平和憲法の先駆性を明らかにし、憲法改悪に真っ向から反対し、第九条を守る運動を広げ、その運動を勇気付けることにある。
ここで示す歴史的事実とは、第一に憲法草案の準備過程を丁寧に辿ること、第二に第九十回帝国議会衆議院本会議、帝国憲法改正案委員会議、帝国憲法改正案委員小委員会の議事速記録から、憲法第九条に関するすべての論議を忠実に再現することである。
そのために、本書では私の主張に都合の良い発言だけを恣意的にとりあげるのではなく、すべて政党の発言を収録している。小委員会は「秘密会」として行われた。その速記録は昭和三十一年五月十日に国会議員に限り閲覧が許されることになり、それ以外には特例として憲法調査委員のみに閲覧が許可されたが、公開が決定されたのは平成七年六月十六日というごく最近のことである。したがって、一般にはあまり知られていない資料である。
これらの資料で論議の全体を通して読んでみると、各党の議員と政府の間での自主的な、そして真剣な論議により、平和の理念が語られ、戦争への反省が語られ、平和条項である憲法第九条が、短文ながらも格調高い、豊富な内容を持った条文に仕上がっていく様子が手に取るように分かる。
外務大臣を兼任していた吉田茂総理大臣の答弁は堂々としており、現在の小泉首相のように、嘘を言ったり、すりかえたり、はぐらかしたり、他の問題をぶつけて気をそらさせるというような姑息で、見え透いた手法は採っていない。例えば、自衛権の問題に関した質問に対する答弁で、「近年の戦争は、多く自衛権の名において戦われたのであります。満州事変然り、大東亜戦争また然りであります」と断言し、軍備の必要性を認めていない。新憲法の起草を担当した金森徳次郎国務大臣の答弁も質問に正対している。さらに、田中耕太郎文部大臣の答弁は、一九四七年の「教育基本法」制定や、文部省による中学生教科書『あたらしい憲法のはなし』の刊行を予感させ特筆に価する。また、憲法改正案委員会の芦田均委員長の運営も誠実である。彼らには、それぞれ高い見識と信念があり、小泉首相やその周りに群がっている俗物たちとは、政治家として本質的な違いがある。相撲に例えれば「がっぷり」と四つに組んだ論議のありようは、民主主義の息吹を感じさせ、発言の内容に感動をすら覚える箇所もある。
典拠とした速記録はすべて、漢字は旧字体、仮名はカタカナ、表現は旧仮名遣いで書かれているので、高校生や外国人記者にも読み易いものにするために、できるだけ当用漢字、ひらがな、現代の仮名遣いに改めた。また、難しい漢字にはカッコ内に仮名と簡単な意味を補足した。さらに、質問や答弁、小委員会での論議の特徴点をとらえて、私の判断で原文にはない小見出しを設け、強調したい箇所には傍線を付した。そして巻末に日本国憲法、教育基本法、および『あたらしい憲法のはなし』の全文を再録した。
私は憲法学者でも、法学者でもない。だが、戦後の溌剌(はつらつ)とした民主教育を受けて育った主権者の一人として、憲法改悪の企みを黙って見過すことは出来ない。いま、ここで傍観者的な態度を取ることは、一生の悔いを残すことになる。事態は急を要するので、本書を自費出版(初版五千冊)することから私なりの行動を開始した。
国の内外に多くの犠牲者を出した侵略戦争の反省に立ち、現憲法に込められた平和への願いと、先人の論議を無にしてはならないし、二度と戦争はしてはならないのである。イラクとパレスチナでの武力の行使は憎しみと暴力の連鎖を生み、止まるところを知らない状況を作り出している。現実に合わせるために平和の理念を捨てるのではなく、今こそ現実を理想に近づけるための最大限の努力が必要である。
「時の記念日」にあたる六月十日に「九条の会」が発足し、日本の知性と良心を代表する文化人九氏によるアピールが発表された。いま世界に誇る平和憲法を守り、発展させる運動は新たな時を刻み始めた。本書が思想・信条をこえて、憲法改悪反対一点での幅広い国民的共同の進展に役立つことを願っている。
二〇〇四年六月一二日
[PR]

by kenpou-dayori | 2016-03-28 14:03 | 自著及び文献紹介
2015年 05月 16日

憲法便り#999記念号:私の憲法書自費出版の始まりとそれ以前の『ロシア書籍文化史』研究について

2015年5月16日(土)(憲法千話)
同日ブログ向けにもうひとつの題名を付ける:私の憲法書自費出版の始まりとそれ以前の『ロシア書籍文化史』研究について

憲法便り#999記念号: 『検証・憲法第九条の誕生』が初めて報道された新聞記事は、11年前の『赤旗』
憲法便り#999記念号:
2004年6月11日付『赤旗』5面に掲載された、岩田行雄編・著『検証・憲法第九条の誕生』紹介の記事。
前日の6月10日に「九条の会」が結成され、この日の『赤旗』の紙面は、一面から社会面まで覆い尽くされていました。
そのため。、残念ながら、この紹介記事は、ほとんど気づかれなかったが、200冊ほどの注文をいただきました。
私は、5月1日、すなわちメーデーの朝から入力を始め、その傍ら、編集、宣伝のためのカタログの発送、電話かけを行いました。その結果、刊行時点での注文数は1,750冊ほどに及び、わずか3ヶ月で、5,000冊が完売となりました。
c0295254_20512426.jpg


この時の過労がたたり、視力に大きな障害を抱えましたが、心配する妻の制止を振り切って、その後も、自費出版で、第5版までワンコインの出版を続けました。
他の著作も含めると、10年間で約45,000冊に及ぶ、下記の出版を行っています。
c0295254_21133211.jpg


ところで、上述の『赤旗』による紹介記事では、私の経歴について、次のように紹介されています。
「1997年まで30年間、洋書店に勤務。退職後は、「ロシアにおける書籍文化史」を中心に幅広い研究に専念し、2002年4月から2004年3月まで、早稲田大学現代政治経済研究所の特別研究員としての研究活動も行ってきました。現在は本来の研究を中断し、(『検証・・・Iの)執筆に取り組んでいます。」
私がそれまでに行ってきた「ロシアにおける書籍文化史」についても、ここで紹介しておきたいと思います。
『日本18世紀ロシア研究会年報 No.8』(2012)より
c0295254_2139554.jpg
c0295254_21393374.jpg
c0295254_2140893.jpg
c0295254_21403488.jpg


「16世紀ー18世紀ロシアの書籍文化史』研究は、以上のところまでで中断していますが、学位論文『日本国憲法成立史の実証的再検討』の完成を急ぐ傍ら、ロシア研究の方も、来年には発表にこぎつけたいテーマを決めてあります。
[PR]

by kenpou-dayori | 2015-05-16 21:57 | 自著及び文献紹介
2013年 12月 20日

憲法便り#512 自著紹介③:岩田行雄著『外務省と憲法第九条』「目次」「主な参考文献」「あとがき」

c0295254_2036954.jpg


【目 次】
刊行のことば(2)
凡例 (5)
序章 憲法の改正問題とデモクラシー(9)
『憲法の改正問題とデモクラシー』(吉田茂外務大臣に宛てた国際法学者蜷川新の手紙
【参考資料一】ポツダム宣言

第一章 外務省(その一)…自由闊達な論議(16)
〔一ノ一〕宮澤俊義東大教授の講演記録
『ポツダム宣言に基く憲法、同付属法令改正要点』
昭和二十年九月二十八日 於外務省
【時事解説・その一】
〔一ノ二〕『自主的即決的施策の緊急樹立に関する件』
 (試案)昭和二十年十月九日、政務局政務課
 『自主的即決的施策確立要綱』
〔一ノ三〕『帝国憲法改正問題試案』 昭和二十年十月十一日、条約局第二課長田付景一
〔一ノ四〕外務省『憲法改正大綱案』(極秘)昭和二十年十月十一日
   【参考資料二】婦人参政権の確立
〔一ノ五〕 外務省文書に呼応した『讀賣報知』の憲法改正への提言(昭和二十年十月十四日)
  【時事解説・その二】
〔一ノ六〕『憲法第十三条(外交大権)の改正問題に付て』(昭和二十年十一月十日 条約局一課)

第二章 法制局(その一)…抑圧感の下で(51)
A.入江稿『終戦と憲法』(昭和二十年九月十八日)
B.(秘)井出(成三)(入江の部下)稿:「ポツダム」宣言受諾に伴い研究を要する(明治)憲法第二章に於ける問題(昭和二十・十・二十二成)
C.入江稿:『憲法改正の基本的立場』(昭和二十年十月二十三日)(部内会議用)

第三章 憲法問題調査委員会(その一)…徹底した秘密主義(58)
〔三ノ一〕松本烝治という人物について
〔三ノ二〕憲法問題調査委員会設置の趣旨
〔三ノ三〕松本烝治国務相の「憲法改正四原則」
〔三ノ四〕昭和二十年十二月十九日付の内閣情報局輿論調査課『憲法改正に関する輿論調査報告』

第四章 昭和二十年―二十一年に民間で作成された憲法改正草案と意見書(75)

第五章 憲法研究会…開かれた論議と行動(86)
〔五ノ一〕憲法研究会の活動
〔五ノ二〕憲法研究会の『憲法草案要綱』
〔五ノ三〕憲法研究会案に対するGHQの積極的評価 一月十一日付のラウエルの報告書
〔五ノ四〕憲法研究会の行動提起と当時の情勢
〔五ノ五〕昭和二十一年二月三日輿論調査結果

第六章 憲法問題調査委員会(その二)密室審議(106)
〔六ノ一〕憲法問題調査委員会の総会・調査会の日程、出席者、及び特記事項
〔六ノ二〕総会及び調査会での論議の問題点
〔六ノ三〕松本烝治国務相『憲法改正私案』(一九四六年一月四日稿)(極秘)
〔六ノ四〕松本案を検討した際の訂正意見
『第十回憲法問題調査会議事録』より
〔六ノ五〕閣議での『松本私案』の審議
第七章 『毎日新聞』のスクープ記事とGHQの動き(128)
第八章「GHQ草案」の提示と外務省による翻訳 (135)
〔八ノ一〕二月十三日に「GHQ草案」(マッカーサー草案)を手渡した際の記録
〔八ノ二〕「二院制か一院制かの問題について」
〔八ノ三〕外務省による「GHQ草案」の日本語訳

第九章 松本国務相の明治憲法への固執(154)
〔九ノ一〕「松本案」のGHQへの提出
〔九ノ二〕松本国務相が二月八日にGHQへ提出した「松本案」に添付した『説明書』について
〔九ノ三〕白洲次郎の「ジープ・ウエイレター」
〔九ノ四〕松本国務相がGHQへ「再説明書」を提出
〔九ノ五〕内閣への衝撃と閣僚たちの不満の爆発
〔九ノ六〕二月二十二日「運命の閣議決定」
〔九ノ七〕松本・ホイットニー会談
〔九ノ八〕ケーディスの白洲次郎評

第十章 政府案『憲法改正草案要綱』発表と国民及び海外の反応(169)
〔十ノ一〕政府案『憲法改正草案要綱』の発表
〔十ノ二〕 『憲法改正草案要綱』に対する国民の反応
(一)新聞各社の反応
(二)各党の反応
(三)東京帝国大学憲法研究委員会の反応
 (四)各省庁の反応
〔十ノ三〕外務省がまとめた海外の反響
〔十ノ四〕極東委員会の反応の概略
〔十ノ五〕憲法、法文の口語化を求める国民運動
〔十ノ六〕内閣法制局の新たな経験

第十一章 法制局(その二)…平和憲法の神髄(205)
【時事解説・その三】
〔十一ノ一〕『憲法改正草案に関する想定問答』より
〔十一ノ二〕『憲法改正草案逐条説明』より
〔十一ノ三〕昭和二十一年五月の毎日新聞世論調査に表わされた《戦争放棄》に関する国民の意識

第十二章 外務省(その三)…第九条に関する研究(213)
〔十二ノ一〕『各国憲法における戦争の放棄に付て』昭和二十一年三月二十七日 条約局法規課
【参考資料三】「パリ不戦条約」
〔十二ノ二〕『改正憲法草案に付て』(第九条について)昭和二十一年四月五日 条約局
〔十二ノ三〕「文民」条項に関する民政局との会談記録より
〔十二ノ四〕『憲法第九条の解釈に関する資料』昭和二十六年一月十日 政務局政務一課 

第十三章 外務省(その四)国連加盟への道(250)
〔十三ノ一〕日本の永世中立国化について
〔十三ノ二〕国連加盟に関する昭和二十一年当時の見解
〔十三ノ三〕永世中立と国際情勢との関連に関する研究
〔十三ノ四〕 国際連合への加盟申請
〔十三ノ五〕元外務省条約局長西村熊雄の証言

「むすび」・・「押し付け憲法」論の始まりについて(275)
主な参考文献(278)
【参考資料三】『大日本帝国憲法』(279)
「あとがき」(国立国会図書館憲政資料室のこと)(284)
表紙デザイン               岩田行雄

【主な参考文献】
芦部信喜・高橋和之・高見勝利・日比野勤編著『日本国憲法制定資料全集(1)』(信山社、一九九七)
同(2)(信山社、一九九八)
池田 実訳『資料(邦訳)スペイン1931年憲法』/山梨大学教育人間科学部紀要、Vol.6 No.2(2004)
伊藤博文著・宮澤俊義校註『憲法義解』(岩波文庫、一九八二)
入江俊郎著『憲法成立の経緯と憲法上の諸問題―入江俊郎論集』(入江俊郎論集刊行会、一九七六)
江藤淳編集責任『占領史録 第三巻 憲法制定過程』(講談社、一九九五)
大島町史編さん会編『大島町史 資料編』(東京都大島町、
二〇〇一)
鹿島平和研究所編『日本外交主要文書・年表 第一巻 1941―1960』(原書房、一九八三)
憲法問題研究会編『憲法と私たち』(岩波新書、一九六三)
国政問題調査会編『日本の政治 近代政党史』(政策問題調査会、一九九八)
佐藤達夫著『日本国憲法成立史』第二巻(有斐閣、一九七七)
佐藤達夫著・佐藤功補訂『日本国憲法成立史』第三巻(有斐閣、一九九四)
鈴木安蔵著『憲法学三十年』(評論社、一九七七)
高柳賢三・大友一郎・田中英夫編著『日本国憲法制定の過程 I 原文と翻訳』(有斐閣、一九七二)
編訳者 中村義孝『フランス憲法史集成』(法律文化社、二〇〇三年)
日本共産党中央委員会『日本共産党の70年(上)』(新日本出版、一九九四)
秦郁彦編『日本官僚制総合事典・一八六八―二〇〇〇』(東京大学出版会、二〇〇一)
解説宮澤俊義/小島和司・久保田きぬ・芦部信喜訳/連合国最高司令部民政局「日本の新憲法」(『国家学会雑誌』第六十五巻・第一号)
『吉野作造通信』を刊行する会編・発行『吉野作造通信』創刊号―第十一号(一九八六―二〇〇九)
読売新聞社100年史編集委員会『読売新聞社100年史』(読売新聞社、一九七六)
『朝日新聞縮刷版』昭和二十年後半、昭和二十一年前半
『讀賣報知縮刷版』昭和二十年後半、昭和二十一年前半
『毎日新聞』(国立国会図書館所蔵マイクロフィルム版)昭和二十年七月―昭和二十一年六月
国立国会図書館へのアクセスの方法
国立国会図書館→電子展示会→日本国憲法の誕生(http://www.ndl.go.jp/gallery)→資料と解説

【あとがき】(国立国会図書館憲政資料室のこと)
本書の出典は、文中で示したように、そのほとんどすべてを国立国会図書館が所蔵する書籍、新聞、雑誌、史料に依拠しています。したがって、調査、研究の上で、国立国会図書館の憲政資料室及び議会官庁資料室の皆さんには大変お世話になりました。特に、資料探し及び資料判読の際に、憲政資料室を担当する政治史料課の課長で、経験豊富な堀内寛雄さんには一方ならぬお世話になりました。
これまでに、憲法制定過程に関する研究で多少の蓄積が出来ていたとはいえ、四ヶ月で本書を書き上げることを可能にしたのは、国立国会図書館の存在と、同図書館の皆さんのご協力によるものです。
ここで、改めて心からお礼を申し上げます。
 堀内寛雄さんが去る七月に「憲政資料室の六十年」と題して講演をなさったと伺い、その際の準備稿を読ませていただきました。一読して、その内容自体が私にとっては資料的な価値が高く、本書をしめくくるのに最もふさわしい文章と思い、堀内さんのご諒解を得て、その一部分を紹介することで「あとがき」に代えることとしました。
憲政資料室の六十年

○所管資料について
最初に、すでにご存知の方も多いとは思いますが、現在の憲政資料室が所管している資料を紹介します。
まず憲政資料です。これは、近現代の日本政治史に関りの深い人物が所蔵していた、私文書です。国立国会図書館の「収集方針書」によると、「主に政治家が所蔵していた文書類で、特に日本の憲政史及び議会政治に関連する文書類を積極的に収集する」ということになっています。類縁機関や研究者を通じて紹介された資料や、古書市場に出た資料を、寄贈・寄託・購入等の方法により収集しています。内容は、手紙・日記・メモ・執務資料あるいは写真など、その形態は多岐にわたります。それらの中に、本来は、公文書といってもよいものも含まれています。特に中央の議会政治に関わりのあった、政治家、官僚、外交官、軍人等が所蔵していた文書類を中心に収集してきました。現在資料群の数は約四百、総資料点数は約二十八万点以上に及びます。劣化が進んでいるため、利用頻度の高い資料群等のマイクロフィルム化を優先的に進めてきました。現在までに、原資料十五万点のマイクロフィルム化が終了しています。また政治家や官僚・軍人の談話を録音したテープや、その速記録も公開しています。
次に日本占領期資料です。これは主に、第二次世界大戦の敗戦後、連合国による日本占領時代における、各種の行政文書等で、米国を中心に、海外の諸機関が所蔵するものを、マイクロフィルムで収集しています。現在閲覧用のマイクロフィルム約一万二千巻、マイクロフィッシュ約五十万枚になります。主な資料として、米国国立公文書館所蔵のGHQ/SCAP(連合国最高司令官総司令部)資料、USSBS(戦略爆撃調査団)資料、国務省資料、またメリーランド大学所蔵で、占領期に検閲を受けた、雑誌や新聞のコレクションであるプランゲ文庫などがあります。
さらに日系移民関係資料は、中南米諸国や、北米・ハワイ等に残されている、日系移民の関係資料を収集したものです。資料は図書・雑誌・新聞・原資料の他に、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)などの機関が所蔵している資料も、マイクロフィルムで収集しています。

○憲政資料室創設まで
 憲政資料室の沿革は戦前にまで遡ります。一九三八年の明治憲法発布五十年記念事業の一環として、当時の衆議院と貴族院で、憲政史編纂事業を企画しました。衆議院には「憲政史編纂会」が、貴族院には「貴族院五十年史編纂掛」が各々設置されました。双方の長を尾佐竹猛が兼ね、「憲政史編纂会」には委員に渡辺幾治郎、藤井甚太郎、嘱託に林茂、鈴木安蔵、薄井福治等、「貴族院五十年史編纂掛」には、編集主任に深谷博治(ひろはる)、嘱託に大久保利謙(としあき)、林茂等が任命されました。両会は、憲法制定、議会史に関わる史料を収集して、主に写本を作成、また関係者の談話速記を収録する等の事業を展開しましたが、本来の目的である憲政史の編纂に着手することなく、事業は戦争で中断されました。なお、両会が収集した写本類は、戦後、憲政資料室に移管されて、各々「憲政史編纂会収集文書」「貴族院五十年史編纂会収集文書」として公開されています。中には原本が戦時中に焼失してしまったために、この写本が原本と同じ価値を持つ資料もあります。これらは現在でも憲政史の基本史料として利用されています。
 戦後、敗戦の混乱時に、史料が散逸の危機にある中で、一九四八年、大久保利謙氏により「日本国会史編纂所設置に関する請願」が出され、衆参両院で採択されました。これに基づき、一九四九年九月、国立国会図書館分館の一角に「憲政資料蒐集係」が設置され、大久保氏が嘱託として携わることになりました。これが憲政資料室の始まりです。
 大久保氏は、明治維新の功労者、大久保利通の孫で戦前に、貴族院五十年史のほかに、帝国大学五十年史編纂主任、帝国学士院六十年史等の編纂に関わり、実証主義的な歴史学者として活躍されました。一九九〇年に九十歳で退職されるまで、憲政資料室客員調査員として在籍されました。私は一九八八年に憲政資料室へ異動となり、二年間だけご一緒させていただきました。

○憲政資料収集の歴史
 ・初期の資料収集(一九五〇年代初期まで)
 一九四九年の憲政資料室発足当時は、戦後の社会的混乱の中で、貴重な文書類が散逸の危機にありました。国会分館には、憲政資料収集経費として一九五〇年から三年間で九百万円の経費が付き、大久保氏の旧華族間のネットワークを生かした活動により、幕末から明治期に活動した元勲、政治家、例えば伊藤博文・岩倉具視・陸奥宗光・三条実美などの旧蔵資料、総計五万点近くを購入しました。この時期に収集した資料は、現在でも憲政資料室のコレクションの中核をなっており、戦前に先ほどの憲政史・貴族院の両編纂会が収集した写本の原本も含まれています。
 ・収集対象の拡大(一九七〇年代まで)
その後、資料収集にとって、大きな契機になったのが、
一九六一年に開催された「議会開設七十年記念議会政治展示会」です。この展示会のための資料調査を契機として、資料収集が活性化し、収集対象を大正・昭和期の資料まで拡大しました。同年国立国会図書館の新庁舎が現在の場所に完成、憲政資料室も国会内から移転し、閲覧室が新設されました。それまで一部の研究者に限られていた史料の公開が進みました。またあらたに、戦後の新憲法制定に関わった法制局の官僚である、佐藤達夫・入江俊郎の旧蔵文書等も収集しました。
 ・昭和期資料の増加(一九八〇年代以降)
 一九八〇年代以降は、主に昭和期の首相経験者である、平沼騏一郎・芦田均・石橋湛山などの資料を始め、政党関係者、議会官僚及び軍人等の資料、さらにジャーナリスト、経済評論家、教育文化関係者などの資料も収集しました。また一九九〇年代に開設された「議会開設百年記念議会政治展示会」を契機として政治家の遺族の家などに埋もれている資料について、マスコミを使って情報提供を、広く呼びかけました。その成果として収集されたものもあります。また、最近では戦後の資料、特に官僚が所蔵していた資料の移管が増大しています。
(このあと、「占領期資料の収集」「日系移民資料収集の概要」「憲政資料室ホームページについて」「電子展示会」について述べられているが、省略します。ホームページへのアクセス方法については、参考文献のページを参照して下さい)

○最後に
近年、近現代一次史料の所在情報について、憲政資料室の元客員調査員伊藤隆先生を中心とした活動によって、科研費の研究成果報告書や、『近現代人物史料情報辞典』等の刊行により、これまで不透明だった史料所在情報が、広く共有化されつつあります。
さらに、史料のデジタル化の進展によりマイクロフィルムからデジタルへの流れが進んでいます。しかしデジタルで発信していくためには、言うまでもなくこれまでに蓄積された史料の存在・質が前提です。これは一朝一夕にできることではありません。情報発信の大波の中でも、その基礎となる史料の収集・整理に携わってきた先人の功績を、決して忘れないようにしたいと肝に銘じて私の話を終わらせていただきます。(終)
私は六十歳を過ぎてから、第九条のロシア語訳を依頼されたことがきっかけで憲法の制定過程を調べ始めました。初めて憲政資料室を訪ねたとき、「入江俊郎文書をご覧になりましたか?」と逆に質問され、「いいえ」と答え、さらに「佐藤達夫文書は」と訊かれ、「いいえ」と答えたことが、その始まりでした。ですから、そのずぶの素人である私が、憲法に関する本を三冊も刊行することになるとは夢にも思っていませんでした。
 国立国会図書館は私にとって知識の宝庫であり、国民にとって大切にすべき、大きな宝だと実感しています。
「国立国会図書館は、真理がわれらを自由にするという確信に立って、憲法の誓約する日本の民主化と世界平和とに寄与することを使命として、ここに設立される」
この格調高い言葉は、昭和二十三年二月九日に施行された国立国会図書館法の前文です。
国立国会図書館の正面カウンターの上には、日本語で「真理がわれらを自由にする」、その右にギリシア語で「真理があなたがたを自由にする」と掲げられています。
 私は、同図書館を訪れるたびに、この言葉の前に立って、感謝と尊敬の念をもって一礼します。
 皆様にも、この言葉を贈ります。
二〇〇九年八月十五日(「大日本帝国」敗戦記念の日に)
[PR]

by kenpou-dayori | 2013-12-20 20:45 | 自著及び文献紹介
2013年 12月 20日

憲法便り#510 自著紹介②:『平和憲法誕生の真実ー戦後の息吹を伝える物語のような資料集』

12日20日
c0295254_16474161.jpg


本書は、「憲法講演100回記念 特別出版」として、2008年に3,000冊の限定出版をしたものです。
講演を重ねるうちに、伝えたい資料が増え、レジュメはA4サイズで24枚に及ぶようになりました。
講演を聞いた方々からは、レジュメをまとめて本にして欲しいという要望も出されるようになりました。
しかしながら、単にレジュメを本にしたのでは「芸がない」し、面白くありません。
そこで、意を決して、日頃から気になってはいても、レジュメに収めきれない資料を含めて刊行したのが、本書です。英文資料は、新訳を試みました。
刊行前の予約だけで、2,700冊になりましたので、3,000冊の限定出版としました。
B5判、239頁で、一冊500円。今回も出版社の常識外の価格設定でしたから、発売後間もなく完売になりました。
以下に、「刊行のことば」「目次」「おわりに」「主な参考文献」を掲載します。

【「この感動を伝えたい」(刊行のことば)】
通算百一回目にあたる今年最初の憲法講演は、二月五日に国立国会図書館で行いました。国会図書館職員の研究サークル「憲法を考える有志の会」と国会図書館が共催する講演会にお招きを受けてのことです。この講演は関西分館にも同時中継されました。知名度や肩書きではなく、これまで四年間、国会図書館に通い続けて行なって来た地道な研究に目を止めて、年一回の文化祭での講演会にお招き下さった国会図書館の方々の見識にとても励まされています。
私の本来の研究テーマは一六ー一八世紀ロシアの書籍文化史研究ですから、四年前には、憲法についての本を出版したり、講演を行なうことなどは、夢にも思っていませんでした。でも、「この努力を続けてきて良かった」と心から思っています。
それは、クリスチャン、お寺のご住職、自衛官の家族、元自衛官、自民党員を含む実に多くの、そしてさまざまな方々との出会いがあったからです。お蔭様で、理屈やスローガンではなく、日々の生活の中で、思想、信条、職業、年齢を超えて仲良く暮らすという、「平和憲法の原点」に身を置いています。
二〇〇四年六月末に刊行した『検証・憲法第九条の誕生』は四版まで版を重ね、出版総数はすでに二万三千冊となりました。
寄贈先も国会議員全員七一九名(二〇〇六年三月)、日本新聞協会加盟新聞社九二社、都道府県立中央図書館五二館、都内区立中央図書館二三館、多摩地区市立中央図書館二六館、テレビのキャスター及びコメンテーター二八氏、新参議院議員六三名(二〇〇七年九月)など約千冊に及び、発信した手紙の数は四千通にのぼります。
そして最初は思いも及ばなかったことでしたが、本書の出版をきっかけに、北海道から沖縄に至る全国各地から依頼を受けるようになった講演も、憲法公布六十一周年にあたる昨年十一月三日で、通算百回目を迎えました。この記念すべき講演は、シスターたちのご好意とご協力により、三浦海岸を見下ろす高台にある三浦修道院で行うことが出来ました。
百回講演を記念して、以前から要望が寄せられていた資料集を刊行することにしました。二時間という限られた時間の中で、密度の濃い、そして、より良い講演を行なうために、調査、研究を続けてきましたが、講演のレジュメや講演そのもので伝えることが出来るのは、研究成果のごく一部分でしかありません。本書では、前著との重複を避け、補完し合うように工夫して、出来るだけ多く収録しました。
平和憲法が成立に至る時代は、日本の民主化、再建を求める実に様々な動きがあり、それが複合的な力となっていました。「憲法の成立過程には感動がある。この感動を伝えたい。」「激動の時代を多面的に捉える情報をまとめ、平和憲法を守る闘いの一助に提供したい。」と考え始めていた昨年六月に転機が訪れました。散歩中に自転車に激突され、肋骨を折りました。それがなんと「第九肋骨」です。このけがのおかげで、読書に専念するようになりました。
日頃から日本国憲法の制定過程を詳細に調べるためには、時間に制約がある図書館での読書では限界があることを感じていたので、重要な文献は購入することにしました。七月の書籍代は軽く十万円を超えましたが、この出費は無駄ではありませんでした。閉館の時間を気にせずに、腰を落ち着けてじっくりと読み、さらに当時の新聞や雑誌を調べることで、新たに事実や資料を発掘することも多くなりました。
「人間万事塞翁(さいおう)が馬」。
この資料集では解説を最低限に抑え、資料から戦後の息吹きを感じ取れる読み物として構成しました。疑問にも率直に応えるように務め、青年層の読者にも判り易くするために、旧仮名遣いは、現在の仮名遣いへと改めました。また、原文のカタカナを基本的には平仮名にしました。
難しいと思われる漢字の読み、そして言葉の意味は辞典などで調べたものを付しました。文章の味わいを考えて旧字体の漢字を残した箇所もあります。
GHQの文書は、田中安行さんに訳語のチェックを、また高田洋子さんに下訳のご協力を頂いた上で、岩田の責任において独自に新訳を試みました。
国立国会図書館の豊富な資料の公開とベテラン図書館員の方々の的確な助言が、この本の完成を可能にしました。特に政治史料課課長補佐の堀内康雄さんには、資料発掘をはじめ大変お世話になりました。
本書〔十ノ一〕に、新憲法制定時の憲法担当国務大臣として活躍し、その後国立国会図書館の初代図書館長を務めた金森徳次郎の講演記録『真理が吾等を自由にする』を、敬意を込めて収録しました。
本資料集を、良識ある全ての図書館人に捧げます。
二〇〇八年三月三十一日

【目 次】
序 章 「押し付け」憲法論の元祖は誰か?(7)

第一部 敗戦直前の日本(8)
〔一ノ一〕「美しい国」、「神の国」のルーツ(10)
〔一ノ二〕ポツダム宣言(11)
〔一ノ三〕新聞は「ポツダム宣言」をどのように報道したか? (12)
〔一ノ四〕ポツダム宣言受諾(20)

第二部 政府、民主化に着手せず! (23)
〔二ノ一〕ポツダム宣言の誠実なる履行の詔書(23)
〔二ノ二〕東久邇宮稔彦首相―「神州不滅」の所信表明(24)
〔二ノ三〕新聞、言論の自由へ(26)
〔二ノ四〕二人の大臣の問題発言―GHQによる五項目の勧告(いわゆる「人権指令」)の背景(28)
山崎巌内務大臣の問題発言(28)
岩田宙造司法大臣の問題発言(29)
〔二ノ五〕GHQによる五項目の勧告 (31)
〔二ノ六〕東久邇宮内閣総辞職の二つの理由(33)

第三部 戦後の息吹き、そして改革 (35)

〔三ノ一〕民主化への転換点 (35)

〔三ノ二〕マッカーサーが幣原首相に人権確保の五大改革と憲法の自由主義化を示唆(35)
〔三ノ三〕総合雑誌『新生』創刊号より(36)
〔三ノ四〕婦人参政権確立はベアテの贈り物? いいえ、違います!(42)
〔三ノ五〕「憲法の口語化」秘話 (44)

第四部 新憲法への胎動(51)
〔四ノ一〕法制局における密かな憲法改正準備…三つの文書より(54)
〔四ノ二〕憲法問題調査委員会の設置 (57)
〔四ノ三〕「憲法問題調査委員会第一回総会議事録」より(57)
〔四ノ四〕松本烝治国務相「憲法改正私案(原稿)」(62)
〔四ノ五〕『毎日新聞』のスクープ記事と社説(63)

第五部 「憲法研究会」の活動 (67)
〔五ノ一〕「憲法研究会」に集った人々の著作(73)
室伏高信著「新たなる日のために」 (73)
馬場恒吾著「政治談義―この喪心状態を奈何(いかん)」(81)
高野岩三郎著「囚はれたる民衆」 (86)
岩淵辰雄著「憲法改正と近衛公」 (97)
鈴木安蔵著「憲法改正の根本論点」(104)
森戸辰男著「知識階級に與ふ」 (110)

〔五ノ二〕「憲法研究会」の活動記録 (121)
〔五ノ三〕憲法研究会『憲法草案要綱』の全文(126)
〔五ノ四〕岩佐作太郎提案の「日本国民ノ人権宣言」(『憲法学三十年』より)(130)
〔五ノ五〕民主主義的憲法制定会議の提唱(131)

第六部 GHQの文書より (135)
〔六ノ一〕明治憲法に関する分析と新憲法に含まれるべき条項の論点整理―1945年12月6日付のラウエルの報告書(144)
〔六ノ二〕「憲法研究会」の『憲法草案要綱』に対する積極的評価―1946年1月11日付のラウエルの報告書 (147)
〔六ノ三〕1946年2月13日にマッカーサー草案を手渡した際の記録(153)
〔六ノ四〕憲法第二章はなぜ第九条だけなのか(160)

第七部 一九四五~四六年の世論調査より(162)
〔七ノ一〕昭和二十年十二月十九日(内閣情報局世論調査課)(164)
〔七ノ二〕昭和二十一年二月三日(輿論調査所)(164)
〔七ノ三〕昭和二十一年五月二十七日(毎日新聞社)(165)

第八部 衆議院本会議議事速記録より (166)
〔八ノ一〕修正案への四項目の付帯決議全文(167)
〔八ノ二〕日本共産党が採決で反対した四つの理由…野坂参三議員の反対討論 (168)
〔八ノ三〕衆議院本会議の採決結果(174)

第九部 新憲法公布後 (177)
〔九ノ一〕芦田均によるラジオ放送「新憲法」(一九四六年十一月四日)の草稿(177)
〔九ノ二〕政府の新憲法普及活動 (180)
〔九ノ三〕法律の前文に示された新憲法の精神(181)
〔九ノ四〕憲法普及会編『新しい憲法 明るい生活』の再録(182)

第十部 二人の憲法担当大臣のその後 (198)
〔十ノ一〕講演記録『真理が吾等を自由にする』国立国会図書館長金森徳次郎(199)
〔十ノ二〕憲法制定過程に関する松本烝治博士の説明(講演記録)(211)

おわりに…「戦争放棄の真の提唱者」、そして国民投票法にふれて(234)
表紙デザイン           岩田 行雄


【おわりに…「戦争放棄の真の提唱者」、そして国民投票法にふれて】
「戦争放棄の真の提唱者は誰か?」ということが屡問題にされます。幣原首相ではないかという推定が、繰り返し述べられています。
私の結論は、「幣原首相は真の提唱者にあらず」といことです。それはなぜか?
「提唱」とは、具体的に問題を提示し、主張することです。しかるに、彼は首相であったにもかかわらず、議会でも、閣議でも、記者会見でも、周辺の人間に対しても、「戦争放棄」の提唱をしたことは、一度たりともありません。推定の根拠とされる、マッカーサーと会見した際の随行者の証言も、メモも残っていません。仮に、一般論として話題にすることがあったとしても、それは提唱したことにはなりません。ましてや、随行者のいない二人だけの私的な会見での話しを色々想像しての推論は問題外です。
そればかりか、無任所国務大臣だった松本烝治(専門は商法)を憲法担当大臣とし、憲法問題調査委員会委員長に任命しました。そして、審議も内容も松本国務大臣に任せきりでした。私から見れば、「超」保守的な人物にです。この松本烝治元国務大臣も講演の中で、閣議において幣原首相から軍の廃止についての発言はなく、松本国務大臣からの提案は、閣議で全員の了承を得ていることを述べています。そして、幣原首相を戦争放棄の真の提唱者と見なすことは間違いであると断言しています。
では、「戦争放棄」の発想の原点はどこにあるか?
私は、「パリ不戦条約」にあると考えます。
「パリ不戦条約」の正式名称は「戦争放棄に関する条約で、これは一九二八年八月二七日にパリで締結された多国間の不戦条約です。フランス外相ブリアンが米国務長官ケロッグに、両国間での不戦条約締結を提案したことがはじまりです。その後、米国内で反応が大きかったことから、ケロッグが一九二七年一二月に他の諸国をも加えた条約とすることを提案します。その結果、米、仏、英、独、伊、日など一五ヶ国が原調印国となり、ついでソ連など六三ヶ国が加入しました。別名「ケロック・ブリアン条約」とも呼ばれ、次の三ヶ条から成っています。
第一条「締約国は国際紛争解決のため戦争に訴えることを非とし、かつその相互関連において、国家の政策の手段としての戦争を放棄することを、その各自の人民の名において厳正に宣言す」
第二条「締約国は起ることあるべき一切の紛争又は紛議は、その性質又は起因の如何を問わず平和的手段に依るの外、之が処理又は解決を求めざることを約す」
第三条は批准の手続について(省略)

憲法第九条の条文にそっくりです。
戦力の不保持にこそふれていませんが、第一次世界大戦の反省を踏まえた、画期的な条約でした。
ところが一九三一年九月十八日、日本軍による「満州事変」が引き起こされます。これは、日本の関東軍が自ら南満州鉄道の柳条湖で爆破事件を仕掛け、それを理由に「事変」と称して開始した、中国に対する宣戦布告なき侵略戦争です。その結果、「パリ不戦条約」は反古(ほご)にされました。
自民党の改憲案に依って、第九条二項を変えることは、八〇年前の「パリ不戦条約」の水準に後戻りすることに他なりません。
かって第一次世界大戦の反省から誕生した「パリ不戦条約」を反古にした日本が、今度は、第二次世界大戦の反省から生れた「平和憲法」を反古にしようとしています。過ちを繰り返してはなりません。
自公政権は、国民投票法の採決を強行し、その実施を準備しつつあります。
一九四六年に法制局が作成した『憲法改正草案に関する想定問答』には過半数の考え方について次のように述べています。
問 国民投票においてその過半数の賛成とは有効投票の過半数の意なりや。
答 然り。然れども事の重大性に鑑み国会に於て其の投票数の最低限度、例えば有権者総数の何分の一の投票あることを要すると云うが如く定むるを実際とすべし。

一〇〇回を超える講演と数多くの出会い、そして国立国会図書館は、私の学びの場であり、文字通り「わたしの大学」です。そして、この本は、多くの先達の文章と言葉を借りて、私の平和思想を語ったものです。これからも力の続く限り走り続けます。
巻末に感謝の念を込めて講演の記録を収めました。
この資料集が平和憲法を守り発展させる闘いに役立つことを心から願ってペンをおきます。
二〇〇八年三月三十一日(結婚四十年記念日に)

【主な参考文献】
国立国会図書館の電子展示会「日本国憲法の誕生」
本書の執筆にあたっては、電子展示会に依拠して、資料の大部分を入手することが出来た。「日本国憲法の誕生」は国立国会図書館のホームページの中の一つであるが、特に「資料と解説」の部分には、憲法研究に必要な原資料が、ほとんど全て含まれている。次の二つの文書と共に、必見である。国立国会図書館所蔵『ハッシー文書』複写版
国立国会図書館所蔵のマイクロ資料四点
「入江俊郎文書」
「佐藤達夫文書」
「日本占領関係資料」の『米国国務省関係文書』
「プランゲ文庫」中の雑誌『汎交通』
外務省文書・「ポツダム」宣言受諾に関し、瑞西(スイス)、瑞典(スウェーデン)両国を介し連合国側に申入れ関係
外務省編『終戦史録』(北洋社、昭和五二年)
入江俊郎著『憲法成立の経緯と憲法上の諸問題』―入江俊郎論集(入江俊郎論集刊行会、昭和五十一年)
井出孫六著『抵抗の新聞人 桐生悠々』(岩波新書、一九八〇年)
江藤 淳責任編集『占領史録 第3巻 憲法制定過程』(講談社、一九八二年)
近代日本社会運動史人物大事典編集委員会編『近代日本社会運動史人物大事典』(日外アソシエーツ、一九九七年)
鈴木安蔵著「憲法学三十年」(評論社、昭和四十二年)
高柳賢三・大友一郎・田中英夫編著『日本国憲法制定の過程』
法政大学大原社会問題研究所編『民報 東京民報(1)』(復刻シリーズ 戦後社会運動資料)(法政大学出版局)
森戸辰男著『遍歴八十年』(日本経済新聞社、昭和五十一年)
『[現代日本]朝日人物事典』(朝日新聞社、一九九〇年)
『日本人名大辞典』(講談社、二〇〇一年)
『朝日新聞』昭和二十年~二十一年
『毎日新聞』昭和二十年~二十一年
『読売報知』昭和二十年~二十一年
総合雑誌『新生』創刊号(一九四五年十一月)―第二巻第二号(一九四六年二月)
[PR]

by kenpou-dayori | 2013-12-20 17:11 | 自著及び文献紹介
2013年 12月 20日

憲法便り#509 岩田行雄編著『検証・憲法第九条の誕生』主な引用文献と参考資料

2013年 12月 20日
憲法便り#509 岩田行雄編著『検証・憲法第九条の誕生』主な引用文献と参考資料

【主な引用文献と参考資料】
『帝国議会衆議院議事速記録82 第九十回議会 ・上』(東大出版会、一九八五年)
『帝国議会衆議院議事速記録83 第九十回議会 ・下』(東大出版会、一九八五年)
『帝国議会衆議院委員会議録昭和篇161 第九十回議会 昭和二一年』(東大出版会、二〇〇〇年)
『帝国議会衆議院委員会議録昭和篇162 第九十回議会 昭和二一年』(東大出版会、二〇〇〇年)
衆議院事務局編『第九十回帝国議会衆議院 帝国憲法改正案委員小委員会速記録』(大蔵省印刷局、一九九五年)
衆議院・参議院編集『議会制度百年史 院内会派編 衆議院の部』(大蔵省印刷局、一九九〇年)
衆議院・参議院編集『議会制度百年史 衆議院議員名鑑』(大蔵省印刷局、一九九〇年)
『資料日本国憲法1・ 1945‐1949』 (全5巻)編集代表永井憲一・利谷信義(三省堂、一九八六年)
(以上、国立国会図書館・議会官庁資料室の開架資料)
Hussey Papersのコピー版(国立国会図書館・憲政資料室の開架資料)
犬丸秀雄監修『日本国憲法制定の経緯』(第一法規・一九八九年)
竹前栄治〔訳〕『GHQ日本占領史1/GHQ日本占領史序説』(日本図書センター・一九九六年)
思想史研究会編『日本占領研究辞典』:共同研究『日本占領軍』別冊(徳間書店、一九七八年)
臼井勝美他編『日本近現代人名辞典』(吉川弘文館・二〇〇一年)
国立国会図書館憲政資料室所蔵外交記録「第八回公開」マイクロフィルムより
国立国会図書館憲政資料室所蔵「西沢哲四郎旧蔵憲法調査会資料」より
[PR]

by kenpou-dayori | 2013-12-20 17:10 | 自著及び文献紹介
2013年 12月 20日

憲法便り#508 岩田行雄編著『検証・憲法第九条の誕生』第五版の目次

2013年 12月 20日
憲法便り#508 岩田行雄編著『検証・憲法第九条の誕生』第五版の目次

【第五版の目次】
『初版への序文』文』(2)
『増補・改訂 第三版への序(5)
序 章 国際貢献と軍備について(12)
昭和二十一年六月法制局作成『憲法改正草案に関する想定問答(増補第一輯(しゅう)より』

第一章 文部省は憲法をどのように教えたか(13)
文部省教科書『あたらしい憲法のはなし』より

第二章 法制局は第九条をどのよう説明したか(15)
昭和二十一年四月作成の憲法改正草案に関する想定問答〔 第三輯(しゅう)〕より
問 第九條第二項は、何故受身に書いてあるか
問 第九條の規定と自衛戰爭との関係如何
問 我國に對し、外國が戰爭を仕掛けて来た場合は如何
昭和二十一年四月憲法改正草案逐条説明〔第一輯(しゅう)〕より
昭和二十一年五月憲法改正草案逐条説明〔第一輯(しゅう)の二 〕より

第三章第九条の条文の変遷―草案から確定まで (20)
〔資料一〕「チェック・シート」(ハッシー・ぺーパーズ・ナンバー⑩)「戦争放棄」を初めて明文化した英文の憲法素案
〔資料二〕マッカーサーから一九四六年二月一三日に提示された英文草案(Hussey Papers No.12)
〔資料三〕前掲の英文草案を翻訳した文書(入江俊郎文書15)
〔資料四〕「日本国憲法」(一九四六年三月五日案)
〔資料五〕三月六日に提示された英文草案(三月五日付文書)
〔資料六〕「憲法改正草案要綱」(一九四六年三月六日付)
〔資料七〕日本国憲法[口語化第一次草案](一九四六年四月五日付)
〔資料八〕日本国憲法[口語化第二次草案](一九四六年四月一三日付)
〔資料九〕ひらがな口語体「憲法改正草案」(一九四六年四月一七日発表)
〔資料十〕第九十回帝国議会衆議院に提案された「帝国憲法改正案」(一九四六年六月二五日)
〔資料十一〕衆議院で修正可決された「帝国憲法改正案」に関する一九四六年八月二一日付報告書(佐藤達夫文書 二〇八) (現行憲法と同文)

第四章第九十回帝国議会衆議院本会議での憲法改正案論議(昭和二十一年六月二十五日~六月二十八日)(26)
六月二十五日(火曜日)北昤吉議員(日本自由党)の質問
「進んで永世局外中立運動を起こすべし」
六月二十六日(水曜日) 原 夫次郎議員(日本進歩党)の質問
「自衛権まで放棄しなければならぬのか」
吉田茂総理大臣の答弁
「近年の戦争は、多く自衛権の名において戦われた」
六月二十六日(水曜日) 鈴木義男議員(日本社会党)の質問
「世界の国々の憲法に先鞭を付ける意気込みで」
六月二十七日(木曜日)吉田 安議員(日本進歩党)の質問
「戦争放棄が空文になってはならぬ」
六月二十八日(金曜日) 野坂参三議員(日本共産党)の質問
「侵略戦争の反省に立ち、その根本原因の廃滅を!」
田中耕太郎文部大臣の答弁
「過去の国策及び教育の誤謬並びに既往数年間の国家的罪悪を、根本的に反省することに決して躊躇するものではない」

第五章衆議院憲法改正案委員会の一般審議(第一回から第十二回の前半まで)(43)
第三回委員会 七月二日(火曜日)
黒田壽男委員(日本社会党)の質問
「民主的憲法の配列として、戦争放棄を冒頭に」
第四回委員会 七月三日(水曜日)
穂積七郎委員(無所属倶楽部)の質問
「戦争放棄は、前文中又は総則を構えて謳うべき」
第五回委員会 七月四日(木曜日)
林 平馬委員(協同民主党)の質問
「歴史の教えるように、戦争は戦争を製造して居る」「世界の平和は我々民族の三千年来の念願」
第六回委員会 七月五日(金曜日)
赤澤正道委員(新政会)の質問
「国際連邦へまで提唱を発展させるべき」
第九回委員会 七月九日(火曜日)
竹谷源太郎委員(無所属倶楽部)の質問
「内乱、騒擾その他の非常事態への方策は如何に」
藤田 榮委員(新光倶楽部)の質問
「戦争放棄が、制裁としての戦争、自衛としての戦争を含むのか」「自衛戦争の否認は解釈に苦しむ」
森 三樹二委員(日本社会党)の質問
「我々は戦争を放棄して、永遠に戦争から解放されて、我々の子孫は平和な住みよき国家に生存することが得られる」
芦田 均委員長(日本自由党)の質問
「戦争放棄の宣言は、廃墟の中に呻吟する人々の衷心から出た要求であることは、間違いないと思う。」
「戦争の放棄の大理想を通じてのみ、再建と独立との大道を歩むことが出来るのであろうと思います。」
第十回委員会 七月十一日(木曜日)
野坂参三委員(日本共産党)の質問
「戦争の性質をここにはっきりと表わすような言葉を入れるべきが当然ではないか」

第六章衆議院憲法改正案委員会での逐条審議および討議全体のまとめ(第十二回後半および第十三回の前半)(69)
第十二回委員会 七月十三日(土曜日)
鈴木義男委員(日本社会党)の質問
「前文で戦争のことを言う場合、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が発生しないように」と言うのが正しい表現」
山田悟六委員(日本進歩党)の質問
「第九条の第二章は、今回の憲法の平和国家宣言という事柄に、非常に重大な意義を持っている」
第十三回委員会 七月十五日(月曜日)
加藤一雄委員(日本自由党)の質問
「教育の基本法と、労働法案と、官吏法案と、最高裁判所の構成法案の提出を!」
笠井重治委員(無所属倶楽部)の質問
「第九条の精神を世界各国に徹底せしむる努力を」
山崎岩男委員(日本進歩党)の質問
「国際連合よりは、アメリカの保護国の関係確立を」
高橋英吉委員(日本自由党)の質問
「唯一の頼みの綱、国際連合への加入の見通しは」「国家こそ主権の主体であり、統治権の主体である」
笹森順造委員(日本民主党準備会)の質問
「警察権の強力な発動に依って鎮定するのに、第九条に決めている戦力との区別、限界は」
金森国務大臣の答弁
「国内治安維持のための警察力に言葉を借りて、陸海空軍の戦力に匹敵するようなものを考えれば、第九条に違反する」
第二十回委員会 七月二十三日(火曜日)
芦田委員長による委員会論議のまとめ
「世界が依然として偏狭な国家思想と、民族観念に囚われている限り、戦争の原因は永久に除かれない」

第七章 改正案委員小委員会論議(106)
【「国権の発動」か「主権の発動」か】
【「戦争の放棄」か「戦争の否認」か】
【「抛棄」は「放棄」と直すのでは】
【仮名では、子供が掃き掃除の「箒」と間違える】
【「永遠の国是として、戦争の抛棄を宣言する」】
【「保持せず」か「保持しない」か】
第八章 改正案委員会の修正案報告と各党の賛否(138)
「委員会で最も熱心な論議が展開された九条問題」
芦田均委員長から衆議院本会議において行われた「憲法改正案委員会議事の経過と結果の報告」の一部と、各党代表による賛否の表明
投票結果と全議員名

〔資料〕
再録一 一九四五年一二月の政府世論調査(147)
再録二 一九四六年五月の毎日新聞世論調査に表われた《戦争放棄》に関する国民の意識(148)
再録三 芦田均の「新憲法」ラジオ演説草稿(151)
再録四 憲法研究会の『憲法草案要綱』全文(154)
再録五 『憲法音頭』の歌詞と楽譜(158)
再録六 憲法普及会編『新しい憲法 明るい生活』
『発刊のことば』及び「戦争放棄」の説明(昭和二十二年五月三日刊行)(160)
再録七 国際連合への加盟申請書(162)
再録八 西村熊雄元外務省条約局長の証言(164)

主な引用文献と参考資料一覧(180)
初版へのあとがき(181)
増補・改訂第二版へのあとがき(184)
増補・改訂第三版へのあとがき (187)
「婦人参政権」の確立の歴史的事実について ―映画「ベアテの贈り物」及びベアテ・シロタ=ゴードンさんの講演内容にふれて
増補・改訂第四版へのあとがき(190)
日本国憲法への「附帯決議」にふれて
増補・改訂第五版へのあとがき(191)
表紙デザイン『あたらしい憲法のはなし』より
[PR]

by kenpou-dayori | 2013-12-20 17:09 | 自著及び文献紹介
2013年 12月 20日

憲法便り#507 岩田行雄編著『検証・憲法第九条の誕生』増補・改訂第五版へのあとがき

2013年 12月 20日
憲法便り#507 岩田行雄編著『検証・憲法第九条の誕生』増補・改訂第五版へのあとがき

【増補・改訂第五版へのあとがき】
いま、ロシアがグルジアに対して軍事的侵略を続けており、黒海では軍事的な緊張が高まっています。また、このあとがきを準備している間に、アフガニスタンで活動していたNGO「ぺシャワール会」の日本人スタッフが拉致、殺害されるという悲惨な事件が引き起こされています。日本政府は、この事件をも利用して、アメリカの「テロとの闘い」への協力であるインド洋上での給油活動を続け、自衛隊海外派兵の新たな展開を図ろうとしています。しかし、いまこそ平和的な問題解決のため、全世界が憲法第九条の原点に立ち返ることが求められます。
第五版では、焦眉の問題である「国際貢献と軍備」について整理をするために、日本が国連に加盟を申請した際、憲法第九条をどのように位置づけ、どのようにアピールしたのかを検証し、増補しました。
まず、一九五二年に提出された国連への加盟申請書とそれに添付された外務大臣の「宣言」を読んでみると、憲法第九条についても、国連憲章で義務づけられている軍事行動への参加についても直接的な表現は何もありません。しかし、一九六〇年に憲法調査会で行われた元外務省条約局長の発言を読むと、国連への加盟申請書と外務大臣の「宣言」に込められた日本政府の意図が明かになってきます。さらに興味深いことは、元外務省条約局長の証言が、サンフランシスコ平和条約および日米安保条約締結にいたる交渉過程での日本政府の態度を明かにしていることです。その中には、アメリカから出された日本の再軍備要求に対して吉田茂首相がどのように回答したかも含まれています。
* * * * *
今年四月に『平和憲法誕生の真実』を三千冊出版しましたが、国立国会図書館の豊富な資料の公開とベテラン図書館員の方々の的確な助言が、この本の完成を可能にしました。特に、政治史料課課長の堀内寛雄さんには、資料発掘をはじめ大変お世話になりました。政治史料課は憲政資料室を担当しているセクションです。今回の第五版増補・改訂にあたっても、また大変お世話になりました。それだけに、最近明かになった国立国会図書館幹部の判断での資料隠しには、驚きと悲しみと怒りを覚えます。そして非常に残念に思っています。平和憲法に基く国立国会図書館創設の理念『真理がわれらを自由にする』に立ち戻ることを強く求めたい。
二〇〇八年八月三十一日
[PR]

by kenpou-dayori | 2013-12-20 17:06 | 自著及び文献紹介
2013年 12月 20日

憲法便り#506 岩田行雄編著『検証・憲法第九条の誕生』増補・改訂第四版へのあとがき

2013年 12月 20日
憲法便り#506 岩田行雄編著『検証・憲法第九条の誕生』増補・改訂第四版へのあとがき

【増補・改訂第四版へのあとがき】
本書は、多くの方々のおかげで、第三版までの一万八千冊が完売となり、北海道から沖縄まで全国各地での講演も好評で、六月には九十回に及びます。しかしながら、安倍首相は「改憲」を参院選の争点と宣言し、事態は急を告げています。彼らのやりたい放題を許しては、主権者の一分(いちぶん)がたちません。
負けられないこの闘い、私がいま最大限に出来ることは何かと考えた末、本書の第四版を一冊二百円で刊行、発売することを決意しました。全国各地を訪れ、地方経済の冷え込み、拡大する格差を実感しての決断です。人生に悔いを残したくありません。
赤字覚悟の出版ですが、この闘いに勝てば、私の「人生の決算」は充分に黒字です。
発行日は、私達の三十九回目の結婚記念日にあたる三月三十一日としました。
* * * * *
経費を節減するため、憲法全文、一九四七年の教育基本法全文、全国各地での講演会の記録、二版第二刷のあとがきで9条連について紹介した二頁を削除しました。
第四版は当初一五九頁で刊行する予定でしたが、憲法改正案委員会の修正案に対する各党の賛否の討論、投票結果の全議員名、映画『日本の青空』で大きな話題になり始めた憲法研究会の『憲法草案要綱』全文、『新しい憲法 明るい生活』の一部分を収録したことにより一七五頁になりました。その他に、ご指摘をいただいた振り仮名の誤りや、誤植の訂正を行いました。
* * * * *
最後に、一九四六年八月二十四日に行われた衆議院本会議において決議された、日本国憲法への附帯決議四項目より、第四項目を紹介します。
「四.憲法改正案は、基本的人権を尊重して、民主的国家機構を確立し、文化国家として国民の道義的水準を昂揚し、進んで地球表面より一切の戦争を駆逐せんとする高遠な理想を表明したものである。然し新しき世界の進運に適応する如く民衆の思想、感情を涵養し、前記の理想を達成するためには、国を挙げて絶大の努力をなさなければならぬ。吾等は政府が国民の総意を体し熱情と精力を傾倒して、祖国再建と独立完成のために邁進せんことを希望するものである。」
* * * * *
 二〇〇七年三月十五日
[PR]

by kenpou-dayori | 2013-12-20 17:04 | 自著及び文献紹介
2013年 12月 20日

憲法便り#505 岩田行雄編著『検証・憲法第九条の誕生』増補・改訂最三板への序文とあとがき

2013年 12月 20日
憲法便り#505 岩田行雄編著『検証・憲法第九条の誕生』増補・改訂最三板への序文とあとがき

【増補・改訂 第三版への序文】
今回の改訂では、一二八頁以降を組替え、一九四五年の内閣調査室世論調査、芦田均のラジオ演説草稿、『憲法音頭』と、原資料を充実した。ただし、経費抑制のため、広く知られている「九条の会アピール」及び『あたらしい憲法のはなし』、は削除した。
今年二月二〇日に増補・改訂第二版第二刷を二千冊刊行したことにより、本書の合計が一万冊となった。それを記念して、去る四月二四日に、「一万冊記念パーティ」を開催した。正直なところ、昨年来の全速力で走り続けたような生活により、疲労が極度にたまっているので、これを区切りにして本来の研究生活に戻りたいとも思っていた。だが、記念パーティ直前の出来事が、私の考えを変えさせた。
本書は北海道から沖縄まで全国に広がっているが、四月の時点では、栃木、岐阜、富山、石川、福井、京都、鳥取、徳島、愛媛の各県からは、直接の注文は受けていなかった。そこで、私にとっての「空白県」にも何とか本書を広げたいと思い、栃木県の知人に依頼の電話をした。ひと通りの挨拶を終えて、出来ることならば本書の普及に協力していただきたい旨を話したところ、明らかに声の調子が変わり「それは出来ません」と断られた。断られることも覚悟の上での電話だったが、その理由は予想だにしなかったことであった。「八四歳になる私の母が、憲法九条の改正に賛成ですから、協力できません。母は戦争で弟を亡くしていますが、弟が死んだのは日本の軍隊が弱かったからだと、いつも言っています。私の母の信念は、弱肉強食です。」
この八四歳になる母親には、四〇年ほど前に一度だけ会ったことがある。彼女は数年前まで私立幼稚園の園長をしてきた方で、今も健在である。私は協力を断られたことよりも、憲法九条の「改正」、軍備の強化の必要性を言い切り、その人たちが「世の中は、すべて弱肉強食」という信念のもとに幼児教育にかかわり続けていることに、大きな衝撃を受けた。だが、電話のおかげで私には迷いが無くなった。
全国各地での講演も七月末までで、すでに三七回を数え、その後も一〇月まで講演の依頼が来ている。
十一月には韓国ソウルにおいて講演を韓国語で行う予定で、「六十の手習い」を始めたところである。
今年三月に、平和憲法を守る運動の一環として、手紙を添付し、全国会議員に本書を届けた。
当初、私は費用をあまりかけずにすますため、毎日数十冊を持参して、五月三日の憲法記念日までに直接届け終えるつもりで三月七日から行動を開始した。だが、情勢が急展開しているので、郵送料をかけても一気に発送を行うことにした。発送の作業は、妻の協力を得て、三月一四日から一六日の間にすべて終えた。この結果、次の議員から様々なメッセージや書物と共に礼状をいただいた。判っている範囲でその時点での役職名を含めて紹介したい。中川雅治参議院議員は、ご本人からの直接の電話である。
なお、左記の一覧表には含まれていないが、
日本共産党の不破哲三議長からは、文化放送で行った講演をまとめた本をいただいた。
また、同じく日本共産党の市田忠義書記局長・参議院議員からは、昨年七月に初版を贈呈した際に、対談・エッセイ集と共に、自筆の丁重な礼状をいただいている。
無所属:河野洋平衆議院議長、糸数慶子参議院議員
自民党:与謝野馨衆議院議員(政務調査会長・新憲法起草委員会事務総長)、中川秀直衆議院議員(国会対策委員長)、佐藤錬衆議院議員、亀井郁夫参議院議員、武見敬三参議院議員、中川雅治参議院議員、中島啓雄参議院議員、
民主党:鳩山由起夫衆議院議員、増子輝彦衆議院議員
公明党:神崎武法衆議院議員(公明党代表)
日本共産党:穀田恵二衆議院議員(国会対策委員長)、山口富男衆議院議員(憲法調査会委員)、吉川春子参議院議員(憲法調査会委員)
社民党:又市征治参議院議員(幹事長)
この運動のために講演等でカンパを訴え、五月三日までに、一万冊出版記念のお祝いを含めて、総額三九五、七一九円の協力をいただいた。
これまで、数多くの方々のご協力により、日本全国に本書の普及が計られてきたおかげで、このたび、改訂第三版三千冊を刊行する運びとなった。
特に、国際政治学者の畑田重夫先生、元参議院議員で弁護士の内藤功先生のお二人は、常に講演等で本書をご推薦下さっている。度々励ましのお手紙も頂戴している。全労連会館常務理事の藤田廣登さんにも一方ならぬお世話になっている。ここで改めてお礼を申し上げたい。また、この間の活動が認められて、『週刊金曜日』(八月五日号)の「私と憲法」の頁で人物紹介をうけたことも大きな励ましである。
敗戦から六十年の節目を迎えた今日、千葉県・館山市において、「終戦記念日・平和の集い」で行う講演は、新たな出発である。
二〇〇五年八月十五日

【増補・改訂第三版へのあとがき】
一万冊の本が全国各地に出回ると、予想もしなかった様々な出来事に出会う。最も印象的なことは、本書を原資料として、芝居の台本が作られ、上演されたことである。大阪勤労者教育協会が今年七月に開催した第二八回「夏の勤労協大学」の期間中に、《夏勤大劇場》と題したアトラクションで、『憲法九条誕生秘話 朝焼けの歌』が上演された。出演者は、全員が「夏の勤労協大学」の参加者。吉田総理大臣、金森国務大臣、芦田委員長をはじめ、主要な人物が適切に配置されている。脚色は勤労協講師の槙野理啓さん。今後の上演にも期待したい。
昨年七月以来、全国各地で三八回もの講演を行ってきた。そうした中で気がついたことは数多くあるが、ここでは三点だけについてふれておきたい。
より良い講演を行うために、そして、質問や疑問に丁寧に答えるため、国会図書館に通い続けた。特に憲政資料室には、随分お世話になった。その国会図書館の設立を定めた 『国立国会図書館法』(一九四八年二月九日:法律第五号)の前文が、平和憲法を体現した素晴らしい文章なので紹介しておきたい。
「国立国会図書館は、真理がわれらを自由にするという確信に立って、憲法の誓約する日本の民主化と世界平和とに寄与することを使命として、ここに設立される。」国会図書館の初代館長は、憲法担当国務大臣の重責を担った金森徳次郎である。
* * * * *
明治憲法の起草者は、伊藤博文と学んだ人が多い。だが、実際には、いわゆる「お雇い外国人」のひとりである、ドイツ人の法律顧問K・F・H・ロエスレル(一八三四‐九四)が明治二〇年四月に起草した草案が原型となっている。彼は明治一一年に来日し、明治二三年に帰国するまで、憲法のほか、行政裁判制度、民法、商法などの制定に大きく貢献した。
* * * * *
昨年来、ベアテ・シロタ=ゴードンさんの講演や、映画「ベアテの贈りもの」の上映が盛んである。だが、ベアテさんの話には、歴史的事実についての認識不足に起因する誤りがある。また、映画の上映会や講演会を組織している人々や、これに参加した善意の人々にも、ベアテさんの話の誤った部分に気付かず、それをそのまま伝説のように語りついでいる例に、各地で出会う。
いくら改憲反対運動に役立つこととは言え、歴史的事実と違う話が「伝説」のように語り継がれていくことには、問題を感じる。草の根の運動であっても、私たちの運動が歴史を歪曲してはならない。したがって、今後の運動に生かして欲しいという思いを込め、実例を挙げて問題点の指摘をしておきたい。
我が家に届いた『世界へ 未来へ 九条連ニュース No・125』(二〇〇五年五月二〇日)の一〇頁では、「ベアテさん、憲法を大いに語る」と題した無署名のレポート前半部分で、次にように紹介している。
「平和憲法が全面改悪の危機にある今、憲法制定の原点に戻り、考え、今後の行動の指針にしようと四月一八日、婦選会館においてベアテ・シロタ・ゴードンさんをお招きし、講演会を開催。9条連も協賛団体に加わり、約四〇名が参加しました。ベアテさんは戦後まもない頃、元連合国総司令部民政局(GHQ)のスタッフとして、女性でただひとり、わたしたちの憲法の、女性の権利条項を起草された方です。(当時二二歳)。「選挙権がない」「好きな人と結婚ができない」という日本女性の置かれた立場に大きな疑問を持ち、「どうしても幸せになって欲しかった」という気持から草案したそうです。流暢な日本語と時々ユーモアを混じえてのお話しは超満席の会場からも、どっと笑いの渦が。(後略)」

この話の中で「選挙権がない」と言っている部分は、歴史的事実に反する。彼女が来日したのは一九四五年一二月、憲法の起草スタッフに指名されたのは一九四六年二月だが、日本では一九四五年一二月に選挙法を改正し、すでに女性の参政権は、新憲法制定以前に確立している。
その事実を、公的な文書に基づき示しておこう。
一.一九四五年一〇月九日に幣原喜重郎内閣が成立し、二日後の一九四五年一〇月一一日に、幣原首相は新任の挨拶でマッカーサーを訪れた。この会談の席で、マッカーサーは幣原首相に、日本社会の民主化に関して五項目の要望を表明している。その第一項目は婦人解放に関するものである。(「会談要旨」より)
「一、参政権ノ賦与ニ依リ日本ノ婦人ヲ解放スルコト―婦人ヲ国家ノ一員トシテ各家庭ノ福祉ニ役立ツヘキ新シキ政治ノ概念ヲ齎スヘシ。」
二.前項に対して、二日後の一九四五年一〇月一三日の文書によればこの会談で、幣原首相はマッカーサーに次のように答えた。(「会談要旨」より)
「第一ノ婦人参政権ノ件ハ、既ニ政府ニ於テハ之カ実施ヲ決心シ、閣議ニ於テ内定ヲ見居レリ。選挙権ノ問題ニツイテハ次ノ順序ニテ事ヲ運ブ予定ナリ。即チ現議会ハ選挙後数年ヲ経過シ居リ、民意ヲ反映シ居ルモノナリヤ否ヤ疑ヲ有スル向鮮カラサルニ付、現在ノ民意ヲ反映セシムル為解散ニ進ミタシ。解散ニ当リテハ現行ノ選挙法ヲ以ッテシテハ実際ニ選挙ヲ行ヒ得サル節アリ。例ヘハ戦災ニヨリ疎開若ハ転居セル家庭多数ニ上リ居ルコト記録ヲ喪失セル役場ノ鮮カラサルコト等ノ事実アルノミナラス、真ノ民意ヲ議会ニ反映セシムル為ニハ現行制度ニハ不適当ナル条意モ鮮カラス婦人参政権ノ定メ無キモ其ノ一ナリ。之等ノ改正ヲ行フニ当リ、当面ノ改正ノミヲ取上ケ根本的改正ハ之ヲ他日ニ譲ルヤ否ヤノ問題アリ、苦心ヲ要スル所ナリ。政府トシテハナルヘク根本的改正ト考ヘ見タルカ時日之ヲ許サス当面ノ必要問題ノミニ付改正ヲ加ヘ、近々ノ臨時議会ニ提出シ同意ヲ得レバナルヘク早ク議会ヲ解散シ、之ニヨリ(改正した選挙法に基き)選挙ヲ行フ考ヘナリ。」(後略)
三.幣原首相がマッカーサーに伝えた婦人参政権を実現する選挙法改正は一九四五年一二月に行われた。昭和二〇年一二月一七日官報号外は一~三頁に亘って、「衆議院議員選挙法改正(法律第四二号)について報じている。婦人参政権に関するのは次の条文である。
「第五条 帝国臣民ニシテ年齢二〇歳以上ノモノハ選挙権ヲ有ス。帝国臣民ニシテ年齢二五歳以上ノモノハ被選挙権ヲ有ス。」
ここで註釈を加えておかなければならないのは、敗戦後も、新憲法が施行されるまでは、日本国民は「帝国臣民」とされていたことである。ちなみに、国会も同様に、新憲法施行までは、帝国議会のままであった。また、新憲法施行までは参議院は存在せず、国民が選挙権、被選挙権を行使できるのは、衆議院議員選挙のみであった。(貴族院は勅撰議員で構成されていた)
一九四六年四月一〇日、改正された衆議院議員選挙法による第二二回衆議院議員選挙が行われた。
もうひとつ事実を指摘しておくが、GHQ民政局の憲法草案起草委員会には、六名の女性が存在した。ベアテさんは、人権委員会三名の中でただひとりの女性。
二〇〇五年八月一五日
[PR]

by kenpou-dayori | 2013-12-20 17:03 | 自著及び文献紹介