岩田行雄の憲法便り・日刊憲法新聞

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カテゴリ:平和運動( 32 )


2015年 08月 09日

憲法便り#1128: 田上富久長崎市長の平和宣言(2015年8月9日)

2015年8月9日(日)(憲法千話)

憲法便り#1128: 田上富久長崎市長の平和宣言(2015年8月9日)

大量の放射線が人々の体をつらぬき、想像を絶する熱線と爆風が街を襲いました。24万人の市民のうち、7万4千人が亡くなり、7万5千人が傷つきました。70年は草木も生えない、といわれた廃墟の浦上の丘は今、こうして緑に囲まれています。しかし、放射線に体を蝕(むしば)まれ、後障害に苦しみ続けている被爆者は、あの日のことを1日たりとも忘れることはできません。

原子爆弾は戦争の中で生まれました。そして、戦争の中で使われました。

原子爆弾の凄破壊力を身をもって知った被爆者は、核兵器は存在してはならない、そして二度と戦争をしてはならないと深く、強く、心に刻みました。日本国憲法における平和の理念は、こうした辛く厳しい経験と戦争の反省の中から生まれ、戦後、我が国は平和国家としての道を歩んできました。長崎にとっても、日本にとっても、戦争をしないという平和の理念は永久に変えてはならない原点です。

今、戦後に生まれた世代が国民の多くを占めるようになり、戦争の記憶が私たちの社会から急速に失われつつあります。長崎や広島の被爆体験だけでなく、東京をはじめ多くの街を破壊した空襲、沖縄戦、そしてアジアの多くの人々を苦しめた悲惨な戦争の記憶を忘れてはなりません。

70年を経た今、私たちに必要なことは、その記憶を語り継いでいくことです。

原爆や戦争を体験した日本、そして世界の皆さん、記憶を風化させないためにも、その経験を語ってください。

若い世代の皆さん、過去の話だと切り捨てずに、未来のあなたの身に起こるかもしれない話だからこそ伝えようとする、平和への思いをしっかりと受け止めてください。「私だったらどうするだろう」と想像してみてください。そして、「平和のために、私にできることは何だろう」と考えてみてください。若い世代の皆さんは、国境を越えて新しい関係を築いていく力を持っています。

世界の皆さん、戦争と核兵器のない世界を実現するための最も大きな力は私たち一人ひとりの中にあります。戦争の話に耳を傾け、核兵器廃絶の署名に賛同し、原爆展に足を運ぶといった一人ひとりの活動も、集まれば大きな力になります。長崎では、被爆二世、三世をはじめ、次の世代が思いを受け継ぎ、動き始めています。

私たち一人ひとりの力こそが、戦争と核兵器のない世界を実現する最大の力です。市民社会の力は、政府を動かし、世界を動かす力なのです。

今年5月、核不拡散条約(NPT)再検討会議は、最終文書を採択できないまま閉幕しました。しかし、最終文書案には、核兵器を禁止しようとする国々の努力により、核軍縮について一歩踏み込んだ内容も盛り込むことができました。

NPT加盟国の首脳に訴えます。

今回の再検討会議を決して無駄にしないでください。国連総会などあらゆる機会に、核兵器禁止条約など法的枠組みを議論する努力を続けてください。

また、会議では被爆地訪問の重要性が、多くの国々に共有されました。

改めて、長崎から呼びかけます。

オバマ大統領、核保有国をはじめ各国首脳の皆さん、世界中の皆さん、70年前、原子雲の下で何があったのか、長崎や広島を訪れて確かめてください。被爆者が、単なる被害者としてではなく、“人類の一員”として、今も懸命に伝えようとしていることを感じとってください。

日本政府に訴えます。

国の安全保障は、核抑止力に頼らない方法を検討してください。アメリカ、日本、韓国、中国など多くの国の研究者が提案しているように、北東アジア非核兵器地帯の設立によって、それは可能です。未来を見据え、“核の傘”から“非核の傘”への転換について、ぜひ検討してください。

この夏、長崎では世界の122の国や地域の子どもたちが、平和について考え、話し合う、「世界こども平和会議」を開きました。

11月には、長崎で初めての「パグウォッシュ会議世界大会」が開かれます。核兵器の恐ろしさを知ったアインシュタインの訴えから始まったこの会議には、世界の科学者が集まり、核兵器の問題を語り合い、平和のメッセージを長崎から世界に発信します。

「ピース・フロム・ナガサキ」。平和は長崎から。私たちはこの言葉を大切に守りながら、平和の種を蒔(ま)き続けます。

また、東日本大震災から4年が過ぎても、原発事故の影響で苦しんでいる福島の皆さんを、長崎はこれからも応援し続けます。

現在、国会では、国の安全保障のあり方を決める法案の審議が行われています。70年前に心に刻んだ誓いが、日本国憲法の平和の理念が、今揺らいでいるのではないかという不安と懸念が広がっています。政府と国会には、この不安と懸念の声に耳を傾け、英知を結集し、慎重で真摯な審議を行うことを求めます。

被爆者の平均年齢は今年80歳を超えました。日本政府には、国の責任において、被爆者の実態に即した援護の充実と被爆体験者が生きているうちの被爆地域拡大を強く要望します。

原子爆弾により亡くなられた方々に追悼の意を捧げ、私たち長崎市民は広島とともに、核兵器のない世界と平和の実現に向けて、全力を尽くし続けることを、ここに宣言します。

2015年(平成27年)8月9日 
                     長崎市長 田上富久
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by kenpou-dayori | 2015-08-09 14:28 | 平和運動
2015年 08月 06日

憲法便り#1108:こども代表による『平成27年度 「平和への誓い」』

2015年8月6日(木)(憲法千話)

憲法便り#1108:こども代表による『平成27年度 「平和への誓い」』

昨年の8月20日、土砂災害に巻き込まれ、大切な仲間の一人を失いました。
今まで、当たり前のように一緒に過ごしていた仲間が、突然いなくなるという悲しみを知りました。

昭和20年(1945年)8月6日 午前8時15分
照りつける太陽の下、一発の原子爆弾が、建物、自然、そして、たくさんの人々の大切な命を奪いました。
この日のことを経験していない私たちですが、大切な人を失う悲しみは、想像することができます。

あの日から70年
今の広島は、色とりどりの花が咲き、緑豊かで、みんな笑顔で過ごすことのできる素敵な街です。

この街で、今、私たちは、平和への思いを感じています。
平和を考えるきっかけは、身近なところにあります。
平和記念公園で見たたくさんの折り鶴
広島平和記念資料館を訪れて知った原子爆弾による被害の事実
悲しみ、苦しみとともに、平和への強い思いが込められた被爆体験者の話
そして、私たちこども代表による「平和への誓い」

祖父母たちが、この70年間ヒロシマを生き抜いて、私たちに命をつないでくれました。

私たちは、今まで受け継がれてきた命と平和への思いを受け止め、考え、自分たちにできることから、「小さな平和」をつくろうとしています。
もう一度、身近な友達、世代の違う人々、様々な国や地域に住む人々と、平和について共に考えてみませんか。

広島に育つ私たちは、
事実を
被爆者の思いや願いを
過去 現在 未来へと
私たちの平和への思いとともにつないでいく一人となることを誓います。

平成27年(2015年)8月6日
             こども代表 広島市立白島小学校  6年 桑原 悠露
                     広島市立矢野南小学校 6年 細川 友花

*岩田からの一言コメント:桑原悠露君と細川友花さんは、手にした書面には一度も目を落とすことなく、最後まで、交互に自分たちの言葉を伝え切った。堂々たるもの。

この二人に比して、その後に登壇した安倍首相は、終始、官僚が作文した書面をたどたどしく読み上げていた。連日の宴会疲れか、顔はかなりむくんでいた。
そして、最後に、平和の象徴である原爆慰霊碑に対して一礼する際に、両足は開いたままであった。

 
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by kenpou-dayori | 2015-08-06 16:16 | 平和運動
2015年 08月 06日

憲法便り#1107:広島市長による『広島平和宣言』全文

2015年8月6日

憲法便り#1107:広島市長による『広島平和宣言』全文

広島平和宣言全文

 私たちの故郷ふるさとには、温かい家族の暮らし、人情あふれる地域の絆、季節を彩る祭り、歴史に育まれた伝統文化や建物、子どもたちが遊ぶ川辺などがありました。

 1945年8月6日午前8時15分、その全てが一発の原子爆弾で破壊されました。きのこ雲の下には、抱き合う黒焦げの親子、無数の遺体が浮かぶ川、焼け崩れた建物。幾万という人々が炎に焼かれ、その年の暮れまでにかけがえのない14万もの命が奪われ、その中には朝鮮半島や、中国、東南アジアの人々、米軍の捕虜なども含まれていました。

 辛うじて生き延びた人々も人生を大きく歪ゆがめられ、深刻な心身の後遺症や差別・偏見に苦しめられてきました。生きるために盗みと喧嘩けんかを繰り返した子どもたち、幼くして原爆孤児となり今も一人で暮らす男性、被爆が分かり離婚させられた女性など――苦しみは続いたのです。

 「広島をまどうてくれ!」。これは、故郷や家族、そして身も心も元通りにしてほしいという被爆者の悲痛な叫びです。
 広島県物産陳列館として開館し100年、被爆から70年。歴史の証人として、今も広島を見つめ続ける原爆ドームを前に、皆さんと共に、改めて原爆被害の実相を受け止め、被爆者の思いを噛かみしめたいと思います。

 しかし、世界には、いまだに1万5000発を超える核兵器が存在し、核保有国等の為政者は、自国中心的な考えに陥ったまま、核による威嚇にこだわる言動を繰り返しています。また、核戦争や核爆発に至りかねない数多くの事件や事故が明らかになり、テロリストによる使用も懸念されています。

 核兵器が存在する限り、いつ誰が被爆者になるか分かりません。ひとたび発生した被害は国境を越え無差別に広がります。世界中の皆さん、被爆者の言葉とヒロシマの心をしっかり受け止め、自らの問題として真剣に考えてください。

 当時16歳の女性は「家族、友人、隣人などの和を膨らませ、大きな和に育てていくことが世界平和につながる。思いやり、やさしさ、連帯。理屈ではなく体で感じなければならない」と訴えます。当時12歳の男性は「戦争は大人も子どもも同じ悲惨を味わう。思いやり、いたわり、他人や自分を愛することが平和の原点だ」と強調します。

 辛つらく悲しい境遇の中で思い悩み、「憎しみ」や「拒絶」を乗り越え、紡ぎ出した悲痛なメッセージです。その心には、人類の未来を見据えた「人類愛」と「寛容」があります。

 人間は、国籍や民族、宗教、言語などの違いを乗り越え、同じ地球に暮らし一度きりの人生を懸命に生きるのです。私たちは「共に生きる」ために、「非人道性の極み」「絶対悪」である核兵器の廃絶を目指さなければなりません。そのための行動を始めるのは今です。既に若い人々による署名や投稿、行進など様々な取り組みも始まっています。共に大きなうねりを創りましょう。

 被爆70年という節目の今年、被爆者の平均年齢は80歳を超えました。広島市は、被爆の実相を守り、世界中に広め、次世代に伝えるための取り組みを強化するとともに、加盟都市が6700を超えた平和首長会議の会長として、2020年までの核兵器廃絶と核兵器禁止条約の交渉開始に向けた世界的な流れを加速させるために、強い決意を持って全力で取り組みます。

 今、各国の為政者に求められているのは、「人類愛」と「寛容」を基にした国民の幸福の追求ではないでしょうか。為政者が顔を合わせ、対話を重ねることが核兵器廃絶への第一歩となります。そうして得られる信頼を基礎にした、武力に依存しない幅広い安全保障の仕組みを創り出していかなければなりません。その実現に忍耐強く取り組むことが重要であり、日本国憲法の平和主義が示す真の平和への道筋を世界へ広めることが求められます。

 来年、日本の伊勢志摩で開催される主要国首脳会議、それに先立つ広島での外相会合は、核兵器廃絶に向けたメッセージを発信する絶好の機会です。オバマ大統領をはじめとする各国の為政者の皆さん、被爆地を訪れて、被爆者の思いを直接聴き、被爆の実相に触れてください。核兵器禁止条約を含む法的枠組みの議論を始めなければならないという確信につながるはずです。

 日本政府には、核保有国と非核保有国の橋渡し役として、議論の開始を主導するよう期待するとともに、広島を議論と発信の場とすることを提案します。また、高齢となった被爆者をはじめ、今この時も放射線の影響に苦しんでいる多くの人々の苦悩に寄り添い、支援策を充実すること、とりわけ「黒い雨降雨地域」を拡大するよう強く求めます。

 私たちは、原爆犠牲者の御霊みたまに心から哀悼の誠を捧ささげるとともに、被爆者をはじめ先人が、これまで核兵器廃絶と広島の復興に生涯をかけ尽くしてきたことに感謝します。そして、世界の人々に対し、決意を新たに、共に核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向けて力を尽くすよう訴えます。

平成27年(2015年)8月6日

                  広島市長 松井一実
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by kenpou-dayori | 2015-08-06 16:15 | 平和運動
2015年 07月 27日

憲法便り#1077「米軍基地の危険性」横田基地フィールドワークの感想➄(画像付き)

2015年7月27日(月)(憲法千話)

憲法便り#1077「米軍基地の危険性」横田基地フィールドワークの感想➄(画像付き)

『憲法便り#1047』の標題は、
「無理が通れば、道路が引っ込む!」:横田基地フィールドワークの感想①(地図付き)
『憲法便り#1048』の標題は、
「無理が通れば、線路も引っ込む!」:横田基地フィールドワークの感想②(地図付き)
『憲法便り#1049』の標題は、
「なぜ基地の中を八高線が通る?」:横田基地フィールドワークの感想③:(地図付き)
『憲法便り#1060』の標題は、
「米軍住宅は、犯罪の温床」:横田基地フィールドワークの感想④(地図付き)

7月10日に横田基地を視察し、その感想を述べてきたが、住宅地の真ん中にある飛行場の危険性をまざまざと示す、なんとも痛ましい事故が起きてしまった。

今回掲載するのは、日本共産党東京都議団の活動報告である。

この報告の試作版は、7月10日に配布されていたが、三日前に、完成版が『赤旗』への折り込まれていたので、紹介する次第です。

偶然の一致とはいえ、あまりにも、悲惨な事故。

被害に遭われた方々に、心からのお悔やみとお見舞いを申し上げます。

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by kenpou-dayori | 2015-07-27 06:42 | 平和運動
2015年 07月 18日

憲法便り#1060「米軍住宅は、犯罪の温床」:横田基地フィールドワークの感想④(地図付き)

2015年7月19日(土)(憲法千話)

憲法便り#1060「米軍住宅は、犯罪の温床」:横田基地フィールドワークの感想④(地図付き)

『憲法便り#1047』の標題は、
「無理が通れば、道路が引っ込む!」:横田基地フィールドワークの感想①(地図付き)
『憲法便り#1048』の標題は、
「無理が通れば、線路も引っ込む!」:横田基地フィールドワークの感想②(地図付き)
『憲法便り#1049』の標題は、
「なぜ基地の中を八高線が通る?」:横田基地フィールドワークの感想③:(地図付き)

今回は、米軍住宅が、犯罪の温床になっている話です。

地図上部の、国道16号線の左側にはみ出した、米軍用の「西住宅地区」、
赤丸の中に白抜きで、
「W16」とあるのは、テラスハウス群、
「W17」は、高層住宅群。

地図下部の、大きくはみ出したような部分が「東住宅地区」、
赤丸の中に白抜きで、
「E4」とあるのは、テラスハウス群、
「E5」は、高層住宅群。

ここに住めるのは、米軍の軍人とその家族、および軍属とその家族。

ただし、子どもといえども、同居可能なのは、19歳まで。

ところが、ある米軍住宅では、25人もの登録がされていたことが、ある犯罪捜査で判明した。

登録されていた大部分は、友人・知人の名前。

彼らには、それぞれ米軍基地への立ち入りが自由に出来る「IDカード」が発行されていた。

彼らは、基地周辺で、さまざまな犯罪を犯すたびに、基地内に逃げ込んで、アメリカ本国へ逃げ帰ってしまう。

殺人のような重大事件は別として、それ以外は、日本の警察も熱心な捜査はしない。

「日米地位協定」による「壁」という。

この「壁」なるものは、日本の為政者たちや、警察の「事なかれ主義」によって、「補強」されてきた。

したがって、犯罪の被害者は、そのほとんどが「泣き寝入り」するしかないのが実情だ。

「思いやり予算」で作られた「米軍住宅」は、「抑止力」どころではなく、犯罪の温床なのだ。

この実態は、独立国というよりは、アメリカの「属国」としか言いようがない。

米軍基地は、不要である。

地図は、
横田基地撤去センター・基地研究会作成
東京平和委員会発行(2008年12月1日発行)原寸はA2サイズ、ほぼ新聞紙面と同じ)
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by kenpou-dayori | 2015-07-18 10:00 | 平和運動
2015年 07月 12日

憲法便り#1051 新婦人新宿支部の皆さん、高田馬場駅前での「戦争法案」反対行動ご苦労様でした!

2015年7月12日(日)(憲法千話)

憲法便り#1051 新婦人新宿支部の皆さん、高田馬場駅前での「戦争法案」反対行動ご苦労様でした!

今日、昼過ぎに高田馬場駅前を通りかかったところ、ビッグボックスの前で、十数名の女性が、赤いTシャツを着て、戦争法案に反対する行動を行っていました。主婦が、日曜日の昼に行動するのは、大変なこと。

その中に、一人小学生らしいお嬢さんも混じって、シール投票のボードを持って、手伝っていました。
母親たちの行動に参加して、子供ながらに、一生懸命な姿は、どても感動的でした。

その様子を見て、私は、芳林堂書店三階によって、そのお嬢さんへのささやかなプレゼントとして図書カードを求めました。

そして、シール投票に協力し、お嬢さんに「えらいねえ、暑いのにご苦労さん。何年生?」と聞くと、

彼女は、びっくりしたのか、ちいさな声で「◎年生」と答えました。

私が、「いま、あなたへのプレゼントとして買ってきましたので」と、差し出すと、彼女よりも先に隣りに立っていた女性が、「あら良かったわねえ」と反応し、お母さんを呼びました。

その間、日本共産党区議団長の沢田あゆみさんが、ハンドマイクで訴えを続けていました。

私は、前日の三時から五時まで行われた日本共産党労働者後援会の宣伝行動で、四時半から五時まで、高田馬場在住の憲法研究者として、ハンドマイクで話をさせてもらいましたが、皆さんの連日の行動は、頭が下がります。

私も、体調を整えながら、できる限りのことをしたいと思います。
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by kenpou-dayori | 2015-07-12 22:19 | 平和運動
2015年 07月 12日

憲法便り#1049 「なぜ基地の中を八高線が通る?」横田基地フィールドワークの感想③:(地図付き)

2015年7月12日(日)(憲法千話)

憲法便り#1049 「なぜ基地の中を八高線が通る?」横田基地フィールドワークの感想③:(地図付き)

:(地図付き)

『憲法便り#1047』の標題は、
「無理が通れば、道路が引っ込む!」。横田基地フィールドワークの感想①(リンク先は、ここをクリック)
「憲法便り#1048』の標題は、
「無理が通れば、線路も引っ込む!」。横田基地フィールドワークの感想②(リンク作は、ここをクリック)

今回は、八高線が基地内を通っている話です。

地図上部の、国道16号線と並行して走る八高線の線路を見て下さい。

国道16号線の左側にはみ出した、米軍用の「西住宅地区」の中を、八高線(緑色の線)が通っています。

これは、もともと八高線が通っていた所に、米軍基地がはみ出して来て、八高線の線路を「飲み込んでしまった」部分です。

八高線は、いまも単線です。

沿線住民も増え、複線化の要望が高まり、土地の買収も進んだが、この米軍基地を通過する部分が、米軍の了解を得られず、複線化は実現しなかった。

米軍基地は、住民の生活向上の「抑止力」となっているのである。

「西住宅地区」には、テラスハウス、高層住宅の他に、快適な基地生活を送るために、ショッピングモール、ボーリング場、ピザ屋、テイクアウト料理店、レンタカー、ガソリンスタンド、コインランドリー、屋外プール、幼児用プールなど、至れり尽くせりであるが、これ全部が「思いやり予算」、すなわち我々の税金で賄われている。

赤い数字で示された建造物、要するに、「西住宅地区」のほとんどすべてが、「思いやり予算」の結晶である。米軍用の住宅の広さは、日本人の住宅平均80平米の約三倍、バスルームが三つ付いているとのこと。

地図は、
横田基地撤去センター・基地研究会作成
東京平和委員会発行(2008年12月1日発行)原寸はA2サイズ、ほぼ新聞紙面と同じ)
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by kenpou-dayori | 2015-07-12 09:38 | 平和運動
2015年 07月 11日

憲法便り#1048 「無理が通れば、線路も引っ込む」。横田基地フィールドワークの感想②:(地図付き)

2015年7月11日(土)(憲法千話)

憲法便り#1048 「無理が通れば、線路も引っ込む!」。横田基地フィールドワークの感想②:(地図付き)

『憲法便り#1047』の標題は、
「無理が通れば、道路が引っ込む!」。横田基地フィールドワークの感想①でしたが、
今回は、線路の話です。

八高線(八王子と高崎を結ぶ)が昔から通っていたところに、滑走路が造られ、線路は大きく曲げられました。

地図上部の、旧八高線(紫色の線)と緑色の線(現在の八高線)を比較して見て下さい。

地図は、
横田基地撤去センター・基地研究会作成
東京平和委員会発行(2008年12月1日発行)原寸はA2サイズ、ほぼ新聞紙面と同じ)
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by kenpou-dayori | 2015-07-11 20:23 | 平和運動
2015年 07月 11日

憲法便り#1047 「無理が通れば、道路が引っ込む!」。横田基地フィールドワークの感想①(地図付き)

2015年7月11日(土)(憲法千話)
同日、地図を追加。

憲法便り#1047 「無理が通れば、道路が引っ込む!」。横田基地フィールドワークの感想①(地図付き)

「無理が通れば、道理が引っ込む」

これは、昔の諺。

現在の安倍政権の強引で、傲慢なやり方は、論理的にも破綻しており、この諺そのものである。

「無理が通れば、道路が引っ込む!」は、そのパロディである。

この岩田作の新「諺」を「横田基地フィールドワークの感想①」としたのは
横田基地を作ったため、従来の国道は、基地で中断され、16号線が大きく迂回させられことを言い表したもの。

地図上部の、紫色の点線が、旧国道16号線。
茶色の線が、現在の国道16号線。

地図は、
横田基地撤去センター・基地研究会作成
東京平和委員会発行(2008年12月1日発行)原寸は、A2サイズ(新聞とほぼ同じ)
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by kenpou-dayori | 2015-07-11 11:22 | 平和運動
2015年 07月 10日

憲法便り#1046 今日、 「横田基地フィールドワークツアー」に参加します(主催:大山とも子事務所)

2015年7月10日(金)(憲法千話)

憲法便り#1046 今日、「横田基地フィールドワークツアー」に参加してきます(主催:大山とも子事務所)

今日、日本共産党大山とも子事務所が主催する、「横だ基地フィールドワークツアー」に参加してきます。

日程表(予定)次の通りです。

新宿⇒砂川闘争の地⇒堀向商店街跡地⇒横田基地【南側・サウスゲート】⇒基地外米軍専用住宅【アメリカンビレッジ】⇒地域会館【学習会】⇒横田基地西側⇒新宿

45人定員のバスツアーです。

バスツアーは苦手なのですが、オスプレイ配備の横田基地を見ないままでは、基地問題に関する発言も、あまり実感を伴わないし、迫力がない。

そう思い、参加することにしました。

その体験は、後日掲載の予定です。
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by kenpou-dayori | 2015-07-10 07:28 | 平和運動