カテゴリ:核廃絶・脱原発( 21 )


2017年 01月 15日

憲法便り#1924:「非情!原発事故自主避難者に対する、あまりにも非情な、住宅無償3月末打ち切り、都の担当者は心がないのか!」

2017年1月15日(日)

憲法便り#1924:「非情!原発事故自主避難者に対する、あまりにも非情な、住宅無償3月末打ち切り、都の担当者は心がないのか!」

都営住宅の自主避難者向け優先住宅の募集は300戸、応募166。
毎月の家賃は、標準で1万~7万6千円。

かりに、平均4万円とした場合、4万×12ヶ月×300戸=1億4千4百万円。

50年間負担しても、72億円。

ずさんな入札で、湯水のごとく使っている都の財政を、困っている人たちのために使うのは、当然のことだろう!

いまからでも、遅くはない。
都は、住宅無償3月末打ち切りを中止せよ!
無償を続けよ!

2017年1月14日付『東京新聞』一面引用
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by kenpou-dayori | 2017-01-15 22:12 | 核廃絶・脱原発
2017年 01月 07日

憲法便り#1903:年頭20話(その15)非公開の高速増殖炉開発「五者協議会」の議事録なし!安全と民主主義の根幹に関わる大問題!

2017年1月7日(土)
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憲法便り#1903:年頭20話(その15)非公開の高速増殖炉開発「五者協議会」の議事録なし!安全と民主主義の根幹に関わる大問題!

1017年1月4日付『東京新聞』朝刊一面が伝えるところによれば、同社が公開請求した、2006年~2014年の官民会議の「開発議題」の議事録がないことが判明したという。
これでは、経済産業省、文部科学省、電気事業連合会の幹部らが、高速増殖炉の実用化に向けて話し合った「五者協議会」の内容が検証できない。
これは、単に原子力政策のみならず、安全と民主主義の根幹に関わる大問題である。
公的機関が記録を残すことは、義務である。
以下に、東京新聞を借用しし、紹介しておきたい。
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by kenpou-dayori | 2017-01-07 16:51 | 核廃絶・脱原発
2017年 01月 07日

憲法便り#1901:年頭20話(その13)三大銀行などが、原発事故後、東電から1993億円の利息!そして、2015年、三井住友、みずほ、三菱東京UFJが、自民党に各2000万円献金!

2017年1月7日(土)
(一覧しストに戻るのは、ここをクリック)

憲法便り#1901:年頭20話(その13)三大銀行などが、原発事故後、東電から1993億円の利息!そして、2015年、三井住友、みずほ、三菱東京UFJが、自民党に各2000万円献金!

これでは、まるで、火事場泥棒に近い!
一体これは、何なんだ!
怒りを覚える!
許せない!

政府はいま、損害賠償・廃炉・除染など21・5兆円に膨らむ原発事故費用を、電気料金への上乗せや税金投入で、国民に押し付けようとしている。

この記事を伝えた、2017年1月3日(火)付『しんぶん赤旗』一面を、そのまま紹介する。
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by kenpou-dayori | 2017-01-07 11:11 | 核廃絶・脱原発
2016年 08月 19日

憲法便り#1858:【新聞報道比較】伊方原発3号機再稼働の翌日、朝日、毎日、読売、東京、しんぶん赤旗5紙の一面報道は?

2016年8月19日(金)(憲法千話)

憲法便り#1858:【新聞報道比較】伊方原発3号機再稼働の翌日、朝日、毎日、読売、東京、しんぶん赤旗5紙の一面報道は?

最近の大手マスコミ報道を見ていると、戦前の「大本営発表報道」に限りなく、近づいていると思う。

したがって、大手マスコミの報道だけを見ていると、世の中の真実が判らなくなる恐れがある。

この危機的状況を見つめ直すために、大きな事件、問題について、新聞報道比較を行いたいと思う。

今回は、オリンピック報道沸騰の中で、十分には取り上げられていない、伊方原発3号機再稼働について、焦点を当てる。

私の新聞報道「比較三原則」は次の通りである。
①事実を正確に伝えているか?
②権力への批判を明確に行っているか?
③国民の批判的意見を伝えているか?

以下に、2016年8月13日付『東京新聞』一面、『しんぶん赤旗』一面と十二面、『朝日新聞』一面の順に、紙面を引用する。
『毎日新聞』及び『読売新聞』の一面に言及はない。





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by kenpou-dayori | 2016-08-19 11:01 | 核廃絶・脱原発
2016年 08月 12日

憲法便り#1839:伊方原発の再稼働を強行した、四国電力に抗議する!

<span style="line-height: 1.2;"><font size="5">2016年8月12日(金)(憲法千話)<br>
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憲法便り#1839:伊方原発の再稼働を強行した、四国電力に抗議する!

熊本群発地震の終息すら見通しが全く持てない状況の中で、目と鼻の先にある伊方原発3号機を再稼働するのは、狂気の沙汰である。

現在、鹿児島県知事は、川内原発の停止を申し入れている。これが当たり前の行動である。

このまま、なし崩しに、全国の原発の再稼働を許してはならない。

電力は、足りている。

以下を参照して下さい。
憲法便り#1838:伊方原発再稼働反対!高知大学防災推進センター特任教授岡村眞氏の見解。</font></span><br>
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1998年に父の郷里、愛媛の八幡浜を訪れた際に、伊方原発を見たことがあります。<br>
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立地条件は、一見しただけでも事故が起こった場合、近隣住民は、避難できないことが予見できます。<br>
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四国電力は、住民や多数の国民の再稼働反対の声を無視して、3号機の再稼働を強行しようとしています。<br>
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2016年8月11日付『しんぶん赤旗』3面に、高知大学防災推進センター特任教授岡村眞さんの詳しい談話が紹介されていますので、同紙を引用師、以下に紹介します。<br>
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by kenpou-dayori | 2016-08-12 19:35 | 核廃絶・脱原発
2016年 08月 10日

憲法便り#1832:「被爆者だからこそ言わねば」「核の傘 脱却を」安保法廃止も訴え」!

2016年8月10日(水)(憲法千話)

憲法便り#1832:「被爆者だからこそ言わねば」「核の傘 脱却を」安保法廃止も訴え」!


2016年8月10日付『東京新聞』一面より引用
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「よくぞ、本音を言って下さった!」。

オバマ氏のいい加減なスピーチをもって、アメリカによる原爆投下という、未曾有の犯罪に対する免罪符としてはならないと思う。

私の印象に強く残っているのは、
オバマ氏が、折り鶴を二つ折ったこと。
だが、アメリカの核兵器を一発も減らしていないこと。

いま、核兵器の先制使用をしないこと、その他で提案を検討していると伝えられている。

大統領任期切れのオバマ氏の平和活動に期待する声もあるようだ。

しかしながら、現職の大統領として解決しなかった核問題を、
大統領の任期がきれたあとに、そう簡単に前進させることは出来ない。

本当に少しでもやる気があるのなら、
居間、ジュネーブで始まっている、国連軍縮作業部会に、責任ある人物を派遣すべきである。

それすらを実行しないオバマ氏の何を信じるべきなのか?
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by kenpou-dayori | 2016-08-10 11:34 | 核廃絶・脱原発
2016年 08月 10日

憲法便り#1831:長崎 原爆の日被爆者代表・井原東洋一さんの『平和への誓い』全文

2016年8月10日(水)(憲法千話)

憲法便り#1831:長崎 原爆の日被爆者代表・井原東洋一さんの『平和への誓い』全文


*以下は、『毎日新聞』2016年8月9日西部夕刊からの引用です。(リンク先は、こちらへ)(写真入りです)

平和への誓い(全文)
 幼い頃「神の国日本、ほしがりません勝つまでは」などと教えられて過ごした私は、相次ぐ空襲に逃げまわり、防空壕(ごう)で息をひそめ、日本の敗戦は近いと思っていました。

 1945年8月9日、午前11時2分、アメリカが投下した一発の原子爆弾は、ここ浦上の上空およそ500メートルで爆裂し、長崎の町は、一瞬にして廃墟となりました。

 原子雲の下は、想像を絶する修羅場となり、日本人だけでなく、強制連行された中国人や動員された朝鮮人、戦時捕虜のアメリカ人や諸国の人々を含むおよそ7万4000人が無差別に殺され、虫や鳥や植物などすべての生き物も死滅しました。

 私は当時9歳、爆心地から6.5キロメートルの地で大木に登り枝落としの最中に、巨大な火の玉に目が眩(くら)み、耳をつんざく大音響と猛烈な爆風で吹き飛ばされ気を失いました。

 翌日から、救護活動に参加した母や姉、兄などの体験で、惨劇の大きさを知りました。その母も姉も兄も歯ぐきから血を出し、髪が抜けるなど、長い間の苦しみに耐えながらも、次々に原爆症で亡くなりました。

 広島で歓迎されたオバマ大統領は、「空から死が降ってきた」と叙情的に表現されましたが、広島のウラン型原爆に対して長崎にはプルトニウム型原爆が投下された事から、私には2種類の原爆による実験ではなかったのかとの思いがあります。

 被爆した町は、国際的な支援のもとに復興しましたが、私たち被爆者は71年もの間、毎日が苦悩の中にあり、2世、3世もその憂いを引き継いでいます。政府には「原爆症」や「被爆体験者」の救済について、司法判断に委ねず、政治による解決を望みます。

 しかし、私たちは絶対悪の核兵器による被害を訴える時にも、日中戦争やアジア太平洋戦争などで日本が引き起こした過去の加害の歴史を忘れてはいません。

 わが国は、過去を深く反省し、世界平和の規範たる「日本国憲法」を作りこれを守って来ました。今後さらに「非核三原則を法制化」し、近隣諸国との友好交流を発展させ、「北東アジアの非核兵器地帯」を創設することによりはじめて、平和への未来が開けるでしょう。

 国会及び政府に対しては、日本国憲法に反する「安全保障関連法制」を廃止し、アメリカの「核の傘」に頼らず、アメリカとロシア及びその他の核保有国に「核兵器の先制不使用宣言」を働きかけるなど、核兵器禁止のために名誉ある地位を確立される事を願っています。

 科学の発展が人類の幸せに貢献せず、資源の独占と貧富の差が拡大する限り、世界の不安定は益々厳しくなるでしょう。オバマ大統領が率先して示された「核なき世界実現」への希望は、人類の英知による恒久平和をめざすものであり、「非核の国々による核兵器禁止のための国際的流れ」に共通するものと思います。私たちは、オバマ大統領が「最後の被爆地長崎」を訪問されるよう強く願い、歓迎いたします。

 私たち被爆者は、「武力で平和は守れない」と確信し、核兵器の最後の一発が廃棄されるまで、核物質の生産、加工、実験、不測の事故、廃棄物処理などで生ずる全世界の核被害者や、広島、福島、沖縄の皆さんと強く連帯します。長崎で育つ若い人々とともに「人間による安全保障」の思想を継承し、「核も戦争もない平和な地球を子供たちへ!」という歴史的使命の達成に向かって、決してあきらめず前進することを誓います。

地球市民とともに核兵器廃絶の実現を!!

ナガサキ マスト ビー ザ ラスト

2016年(平成28年)8月9日

被爆者代表
井原 東洋一(とよかず)

【岩田からの一言】
よくぞ、本音を言って下さった!」。

オバマ氏のいい加減なスピーチをもって、アメリカによる原爆投下という、未曾有の犯罪に対する免罪符としてはならないと思う。

私の印象に強く残っているのは、
オバマ氏が、折り鶴を二つ折ったこと。
だが、アメリカの核兵器を一発も減らしていないこと。

いま、核兵器の先制使用をしないこと、その他で提案を検討していると伝えられている。

大統領任期切れのオバマ氏の平和活動に期待する声もあるようだ。

しかしながら、現職の大統領として解決しなかった核問題を、
大統領の任期がきれたあとに、そう簡単に前進させることは出来ない。

本当に少しでもやる気があるのなら、
居間、ジュネーブで始まっている、国連軍縮作業部会に、責任ある人物を派遣すべきである。

それすらを実行しないオバマ氏の何を信じるべきなのか?
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by kenpou-dayori | 2016-08-10 10:01 | 核廃絶・脱原発
2016年 08月 09日

憲法便り#1829:広島におけるオバマ・スピーチの大きな問題点!

2016年8月9日(火)(憲法千話)

憲法便り#1829:広島におけるオバマ・スピーチの大きな問題点!


広島でのオバマ氏のスピーチを、私は評価していない。

冒頭の部分が、あまりにも無責任な、他人事のような表現だからである。

だが、批判のために、いま、もう一度読み直している。

そして、読み返すと、いろいろなことに気付く。

たとえば、原爆による死者について、オバマ氏は、「10万人を超える」と表現している。

だが、広島市のホームページで調べてみると、次のように書いてある。

【死者数について】
被爆当時、広島には約35万人の市民や軍人がいたと考えられています。これは、住民、軍関係者、建物疎開作業に動員された周辺町村からの人々などを合わせた数字です。当時日本の植民地だった朝鮮、台湾や、中国大陸からの人々が含まれ、その中には強制的に徴用された人々もいました。また、少数の、中国や東南アジアからの留学生や、アメリカ軍捕虜などの外国人も、含まれていました。

原爆によって死亡した人の数については、現在も正確にはつかめていません。しかし、放射線による急性障害が一応おさまった、昭和20年(1945年)12月末までに、約14万人が死亡したと推計されています。

爆心地から1.2キロメートルでは、その日のうちにほぼ50%が死亡しました。それよりも爆心地に近い地域では80~100%が死亡したと推定されています。また、即死あるいは即日死をまぬがれた人でも、近距離で被爆し、傷害の重い人ほど、その後の死亡率が高かったようです。 」(リンク先は、こちらへ)

この事実を踏まえて考えてみれば、オバマ氏の表現は、あまりにもいい加減であり、多数の死者を冒涜するものである。
これは、歴史上の事実認識の問題であり、ただスピーチをすれば、すれで済むというものではない。

新聞社によるいくつもの訳文が発表されているが、ここではあえて、Lady Satin's English Projectさんの訳文を紹介したい。

*訳文に対する多数のコメントも、訳者からの丁寧な返信付きで、掲載されていて、好感が持てるからである。
(リンク先は、こちらへ)

【訳文】
Lady Satin's English Project
2016年 05月 29日
オバマ大統領の広島スピーチ(全文・日本語訳)
今回は予定を変更して、先日のオバマ大統領のスピーチについて書きたいと思います。

テレビでは同時通訳者の声がかぶさって、大統領の声が聞きとりにくかったこともあり、ホワイトハウスの HP からスピーチ全文を入手しました。この歴史的なスピーチをを訳してみたいと思います。

全部で21パラグラフあります。私の翻訳の方針として、できるかぎり原文に忠実に訳すようにしています。意訳は意図しておりませんので、流れるような日本語ではないかもしれません。ご了承ください。新聞などの掲載訳と比較して、訳が異なっていると疑問をもたれた方は、コメント欄にご記入ください。お返事させていただきます。また、「ここの訳おかしいのでは?」って思われた方はご指摘ください。誤訳がある場合は速やかに訂正いたします。

Remarks by President Obama at Hiroshima Peace Memorial

翻訳最終更新日:2016年6月10日

1) Seventy-one years ago, on a bright, cloudless morning, death fell from the sky and the world was changed. A flash of light and a wall of fire destroyed a city and demonstrated that mankind possessed the means to destroy itself.

71年前、雲ひとつない明るい朝、死が空から降ってきました。そして世界は変わりました。閃光と火柱が町を破壊し、人類が己自身を破壊するための手段をもっていることを、証明したのです。

2) Why do we come to this place, to Hiroshima? We come to ponder a terrible force unleashed in a not so distant past. We come to mourn the dead, including over 100,000 in Japanese men, women and children; thousands of Koreans; a dozen Americans held prisoner. Their souls speak to us. They ask us to look inward, to take stock of who we are and what we might become.

なぜ、我々はこの場所、広島に来るのでしょうか?それは、そう遠くない過去に解き放たれた恐ろしい力について、沈思するためです。10万人を超える日本人の男性、女性、そして子供、何千人もの朝鮮半島出身者、十数人の米国人捕虜を含む死者を追悼するためです。彼らの魂が、我々に語りかけます。彼らは我々に、内なる心に目を向けよと、そして今の我々の姿と将来なりうる我々の姿というものを、熟考せよと訴えます。

3) It is not the fact of war that sets Hiroshima apart. Artifacts tell us that violent conflict appeared with the very first man. Our early ancestors, having learned to make blades from flint and spears from wood, used these tools not just for hunting, but against their own kind. On every continent, the history of civilization is filled with war, whether driven by scarcity of grain or hunger for gold; compelled by nationalist fervor or religious zeal. Empires have risen and fallen. Peoples have been subjugated and liberated. And at each juncture, innocents have suffered, a countless toll, their names forgotten by time.

広島を他から際立たせているのは戦争という事実ではありません。歴史的遺物が、我々に教えてくれます。暴力的紛争は最初の人類とともに出現していたのだと。我々の初期の祖先は、火打ち石から刃物を、そして木からやりを作ることを学び、これらの道具を、狩猟だけでなく同じ人間に対しても使いました。どの大陸においても、文明の歴史は戦争で満ちています。穀物不足や黄金への欲望に突き動かされ、また民族主義者の熱情や宗教上の熱情が、戦争を余儀ないものにしてきたのです。帝国は台頭しては衰退してきました。人々は従属させられ、解放されてきました。そして、それぞれの転機において、罪のない人々が苦しみ、無数の犠牲者を生み、彼らの名前は時の経過とともに忘れ去られてきたのです。

4) The World War that reached its brutal end in Hiroshima and Nagasaki was fought among the wealthiest and most powerful of nations. Their civilizations had given the world great cities and magnificent art. Their thinkers had advanced ideas of justice and harmony and truth. And yet, the war grew out of the same base instinct for domination or conquest that had caused conflicts among the simplest tribes; an old pattern amplified by new capabilities and without new constraints. In the span of a few years, some 60 million people would die -- men, women, children no different than us, shot, beaten, marched, bombed, jailed, starved, gassed to death.

広島と長崎で残酷な結末を迎えた世界大戦は、最も豊かかつ強盛大国間で行なわれた戦争でした。それまで彼らの文明は、世界の偉大な都市と壮大な芸術をもたらしてきました。彼らの思想家達は、正義と調和、そして真実についての概念を前進させました。しかし、この戦争は、最も単純な形態の部族間における争いの原因となったのと同じく、支配や征服に対する基本本能に起因していたのです。つまり古いパターンが、新たな能力によって増幅したということです。かつ新たな制約もなく。数年の間に、およそ6千万人が死んだことになります。我々と何ら変わらない男性、女性、子供たちが、撃たれ、殴られ、連行され、爆弾を落とされ、投獄され、飢えさせられ、毒ガスをまかれるなどして殺されたのです。

5) There are many sites around the world that chronicle this war -- memorials that tell stories of courage and heroism; graves and empty camps that echo of unspeakable depravity. Yet in the image of a mushroom cloud that rose into these skies, we are most starkly reminded of humanity’s core contradiction; how the very spark that marks us as a species -- our thoughts, our imagination, our language, our tool-making, our ability to set ourselves apart from nature and bend it to our will -- those very things also give us the capacity for unmatched destruction.

世界中の多くの場所で、この戦争が記録されています。勇気や勇敢な行動を物語る記念碑や、言うに耐えないほどの悪行を代弁する墓や無人の収容所などがあります。しかし、この空に上っていったきのこ雲のイメージは、我々に、人間の核心にある矛盾をこれ以上にないほどに思い起こさせます。我々を人類たらしめる特性、すなわち我々の思想、想像、言語、道具製作や、自然と我々を区別する能力、そして自然を我々の意志に屈服させる能力 - こういったものこそが我々に、比類なき破壊をもたらす能力をも与えたのです。

6) How often does material advancement or social innovation blind us to this truth. How easily we learn to justify violence in the name of some higher cause. Every great religion promises a pathway to love and peace and righteousness, and yet no religion has been spared from believers who have claimed their faith as a license to kill. Nations arise, telling a story that binds people together in sacrifice and cooperation, allowing for remarkable feats, but those same stories have so often been used to oppress and dehumanize those who are different.

物質的進歩や社会革新が、この真実に対する我々の判断力を奪ってしまうことが、いかに多いことでしょうか。また、何か高潔な大義の名のもとに、我々が暴力の正当性を学習することはいかに簡単なことでしょうか。あらゆる偉大な宗教は、愛と平和、そして正義への道を約束します。しかし、いかなる宗教も、自分の信仰は殺人を許可していると主張する信者の存在を、免れたことはないのです。国家は、驚くべき偉業を見越しつつ、犠牲と協力の中で人々を結束させる物語とともに発展します。しかし、それと同じ物語が、自分たちとは異なる人々の抑圧や人間性を奪うために、頻繁に使われてきました。

7) Science allows us to communicate across the seas and fly above the clouds; to cure disease and understand the cosmos. But those same discoveries can be turned into ever-more efficient killing machines.

科学によって、我々は海を越えた通信が可能になり、雲の上を飛行し、病気を治し、宇宙を理解することが可能になります。しかし同じ発見を、より効率的な殺人機械へと変貌させることも可能なのです。

8) The wars of the modern age teach this truth. Hiroshima teaches this truth. Technological progress without an equivalent progress in human institutions can doom us. The scientific revolution that led to the splitting of an atom requires a moral revolution, as well.

近代の戦争はこの真実をわれわれに教えます。広島がこの真実を教えるのです。技術の進歩は、人間社会における同等の進歩がなければ、我々を破滅の運命にいたらしめることもできます。原子の分裂をもたらした科学の革命は、道徳上の革命も求めています。

9) That is why we come to this place. We stand here, in the middle of this city, and force ourselves to imagine the moment the bomb fell. We force ourselves to feel the dread of children confused by what they see. We listen to a silent cry. We remember all the innocents killed across the arc of that terrible war, and the wars that came before, and the wars that would follow.

だからこそ我々は、この場所に来るのです。我々は、ここ、この都市の中心に立ち、我々自身に、爆弾が投下されたときの瞬間を想像することを強いるのです。目の当たりにした光景に混乱した子供たちの恐怖を感じることを、我々自身に強いるのです。我々は、無言の泣き声に耳を傾けます。我々は、あの恐ろしい戦争の弧の中で、またその前の戦争、そしてその後起こった戦争の中で殺された、全ての罪なき人々を追悼します。

10) Mere words cannot give voice to such suffering, but we have a shared responsibility to look directly into the eye of history and ask what we must do differently to curb such suffering again. Someday the voices of the hibakusha will no longer be with us to bear witness. But the memory of the morning of August 6th, 1945 must never fade. That memory allows us to fight complacency. It fuels our moral imagination. It allows us to change.

単なる言葉でそのような苦しみを表現することはできません。しかし、我々は、歴史の目を直視し、その苦しみを繰り返さないために、これまでと違って何をすべきなのかを問う共通の責任があります。いつの日か、生き証人としての被爆者の声は聞こえなくなるでしょう。しかし、1945年8月6日の朝の記憶は、決して風化させてはなりません。その記憶を糧に、我々は現状への満足と戦うことができるのです。記憶が我々の道徳に対する想像力を掻き立て、我々に変革をもたらしてくれるのです。

11) And since that fateful day, we have made choices that give us hope. The United States and Japan forged not only an alliance, but a friendship that has won far more for our people than we could ever claim through war. The nations of Europe built a Union that replaced battlefields with bonds of commerce and democracy. Oppressed peoples and nations won liberation. An international community established institutions and treaties that worked to avoid war and aspire to restrict and roll back, and ultimately eliminate the existence of nuclear weapons.

そして、あの運命の日以来、我々は、己自身に希望をもたらす選択をしてきました。米国と日本は同盟関係を築くだけでなく友情をも築き、その友情が、戦争を通じて得られるものよりも、もっと多くのものを我々の国民にもたらしてきたのです。欧州の国々は連合を築き、戦場を交易や民主主義の絆に変えました。抑圧された人々や国々は自由を勝ち取りました。国際社会は、戦争を回避し、核兵器の存在を制限、削減し、最終的には廃絶を目指す機関を設立し、条約を結びました。

12) Still, every act of aggression between nations; every act of terror and corruption and cruelty and oppression that we see around the world shows our work is never done. We may not be able to eliminate man’s capacity to do evil, so nations –- and the alliances that we’ve formed -– must possess the means to defend ourselves. But among those nations like my own that hold nuclear stockpiles, we must have the courage to escape the logic of fear, and pursue a world without them.

それでもなお、世界中でみられる国家間の武力による侵略や、テロ、腐敗、残虐行為や抑圧などの行為すべてが示すのは、我々の仕事には終わりがないということです。我々は、人間が悪事を働く能力を除去することはできないかもしれません。故に、国家や我々が作り上げてきた同盟は、自分らを守る手段を保持しなければなりません。しかし、わが国を含む核保有国において、我々は恐怖の論理から逃れ、核兵器のない世界を達成しようという勇気を持たなければなりません。

13) We may not realize this goal in my lifetime. But persistent effort can roll back the possibility of catastrophe. We can chart a course that leads to the destruction of these stockpiles. We can stop the spread to new nations, and secure deadly materials from fanatics.

この目標は私の生きている間には実現しないかもしれません。しかし、粘り強く取り組むことによって、惨劇の可能性を引き下げることができます。我々は、これらの保有核兵器を廃絶に至らしめる道筋を決めることができます。我々は、新しい国への核拡散を阻止し、また、死に至らしめる物質を狂信者の手から確保するができます。

14) And yet that is not enough. For we see around the world today how even the crudest rifles and barrel bombs can serve up violence on a terrible scale. We must change our mindset about war itself –- to prevent conflict through diplomacy, and strive to end conflicts after they’ve begun; to see our growing interdependence as a cause for peaceful cooperation and not violent competition; to define our nations not by our capacity to destroy, but by what we build.

しかし、まだそれでは十分ではありません。なぜなら、我々は今日、最も原始的なライフルや樽爆弾でさえ、恐ろしいスケールの暴力を生み出すことができることを、世界中で目の当たりにしているからです。我々は、戦争そのものに対する考え方を変えなければなりません。それにより、外交を通じて紛争を防ぎ、始まってしまった紛争を終わらせる努力をしなくてはなりません。深まる我々の相互依存関係を、暴力的な競争でなく平和的な協力の大義として理解しなくてはなりません。そして、破壊する能力によってではなく、我々が築くものによって我々の国家を定義するのです。

15) And perhaps above all, we must reimagine our connection to one another as members of one human race. For this, too, is what makes our species unique. We’re not bound by genetic code to repeat the mistakes of the past. We can learn. We can choose. We can tell our children a different story –- one that describes a common humanity; one that makes war less likely and cruelty less easily accepted.

そして、おそらく何にもまして、我々は、一つの人類の人員として、お互いのつながりを再考しなければなりません。なぜならこれもまた、我々人類を独自なものにするものだからです。我々は、過去の過ちを繰り返す遺伝情報に縛られてなどいないのです。学ぶことも、選択することもできるのです。我々は、子供たちに異なる物語を教えることができます。それは、共通の人間性を描き出す物語であり、戦争を今より少なくする物語であり、そして残酷さが簡単に受け入れられなくなるような物語なのです。

16) We see these stories in the hibakusha –- the woman who forgave a pilot who flew the plane that dropped the atomic bomb, because she recognized that what she really hated was war itself; the man who sought out families of Americans killed here, because he believed their loss was equal to his own.

我々は、これらの物語を被爆者の中に見ます。原爆を投下した飛行機を操縦したパイロットを許した女性は、本当に憎むべきは戦争そのものであることに気付き許したのです。また、日本で殺された米国人の家族を探し出した男性は、その喪失感は、自分自身が経験したものと同じであると思ったから探したのです。

17) My own nation’s story began with simple words: All men are created equal, and endowed by our Creator with certain unalienable rights, including life, liberty and the pursuit of happiness. Realizing that ideal has never been easy, even within our own borders, even among our own citizens.

私の国の物語は、簡潔な言葉で始まりました。「すべての人間は平等で、創造主によって、生命や自由、そして幸福を追求するなどの、奪うことのできない権利を与えられている」。この理想を実現することは、米国内であっても、米国民の中であっても、これまで決して簡単だったということはありません。

18) But staying true to that story is worth the effort. It is an ideal to be strived for; an ideal that extends across continents, and across oceans. The irreducible worth of every person, the insistence that every life is precious; the radical and necessary notion that we are part of a single human family -– that is the story that we all must tell.

しかし、その物語に忠実であり続けるということは、努力に値するものです。それは努力すべき理想であり、大陸をこえ、海をこえて広がる理想です。全ての人にとってこれ以上削りようのない価値、全ての命が大切であるという主張、我々は人類という一つの家族の一員であるという根本的で必要不可欠な概念。それが、我々すべてが伝えていかなくてはならない物語なのです。

19) That is why we come to Hiroshima. So that we might think of people we love -- the first smile from our children in the morning; the gentle touch from a spouse over the kitchen table; the comforting embrace of a parent –- we can think of those things and know that those same precious moments took place here seventy-one years ago. Those who died -– they are like us. Ordinary people understand this, I think. They do not want more war. They would rather that the wonders of science be focused on improving life, and not eliminating it.

だからこそ、我々は広島に来るのです。その結果、我々は、我々の愛する人々のことを考えるでしょう。朝一番の子供たちの笑顔、食卓越しの配偶者との優しいふれあい、親の温かい抱擁。我々がこれらのことを思うことができれば、71年前にもここで、同じように貴重な時間があったのだとわかります。亡くなった人々は、我々と同様の人々なのです。普通の人であれば、このことを理解すると私は思います。彼らは、これ以上の戦争を望んではいないのです。むしろ、科学の驚異は生活を奪うことにではなく、生活を向上させることに集中すべきであると思っているのです。

20) When the choices made by nations, when the choices made by leaders reflect this simple wisdom, then the lesson of Hiroshima is done.

国家や指導者たちが行う選択が、この単純な分別を反映したものであるとき、広島の教訓は生かされたことになります。

21) The world was forever changed here. But today, the children of this city will go through their day in peace. What a precious thing that is. It is worth protecting, and then extending to every child. That is the future we can choose -– a future in which Hiroshima and Nagasaki are known not as the dawn of atomic warfare, but as the start of our own moral awakening. (Applause.)

世界はここで永遠に変わりました。しかし今日、この市の子供たちは、平和に日々を過ごしていきます。なんと尊いことでしょうか。それは守るに値することであり、すべての子供たちに広げていくに値することです。これこそが、我々が選択できる未来なのです。広島と長崎が、核戦争の夜明けとしてではなく、我々の道徳的な目覚めの始まりとして知られる、そんな未来を我々は選択できるのです。(拍手)
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by kenpou-dayori | 2016-08-09 20:55 | 核廃絶・脱原発
2016年 08月 09日

憲法便り#1828:Lady Satin's English Projectの訳文でオバマ・スピーチを読んでみよう!

2016年8月9日(火)(憲法千話)

憲法便り#1828:Lady Satin's English Projectの訳文でオバマ・スピーチを読んでみよう!


広島でのオバマ氏のスピーチを、私は評価していない。

冒頭の部分が、あまりにも無責任な、他人事のような表現だからである。

だが、批判のために、いま、もう一度読み直している。

そして、読み返すと、いろいろなことに気付く。

たとえば、原爆による死者について、オバマ氏は、「10万人を超える」と表現している。

だが、広島市のホームページで調べてみると、次のように書いてある。

【死者数について】
被爆当時、広島には約35万人の市民や軍人がいたと考えられています。これは、住民、軍関係者、建物疎開作業に動員された周辺町村からの人々などを合わせた数字です。当時日本の植民地だった朝鮮、台湾や、中国大陸からの人々が含まれ、その中には強制的に徴用された人々もいました。また、少数の、中国や東南アジアからの留学生や、アメリカ軍捕虜などの外国人も、含まれていました。

原爆によって死亡した人の数については、現在も正確にはつかめていません。しかし、放射線による急性障害が一応おさまった、昭和20年(1945年)12月末までに、約14万人が死亡したと推計されています。

爆心地から1.2キロメートルでは、その日のうちにほぼ50%が死亡しました。それよりも爆心地に近い地域では80~100%が死亡したと推定されています。また、即死あるいは即日死をまぬがれた人でも、近距離で被爆し、傷害の重い人ほど、その後の死亡率が高かったようです。 」(リンク先は、こちらへ)

この事実を踏まえて考えてみれば、オバマ氏の表現は、あまりにもいい加減であり、多数の死者を冒涜するものである。
これは、歴史上の事実認識の問題であり、ただスピーチをすれば、すれで済むというものではない。

新聞社によるいくつもの訳文が発表されているが、ここではあえて、Lady Satin's English Projectさんの訳文を紹介したい。

*訳文に対する多数のコメントも、訳者からの丁寧な返信付きで、掲載されていて、好感が持てるからである。
(リンク先は、こちらへ)

【訳文】
Lady Satin's English Project
2016年 05月 29日
オバマ大統領の広島スピーチ(全文・日本語訳)
今回は予定を変更して、先日のオバマ大統領のスピーチについて書きたいと思います。

テレビでは同時通訳者の声がかぶさって、大統領の声が聞きとりにくかったこともあり、ホワイトハウスの HP からスピーチ全文を入手しました。この歴史的なスピーチをを訳してみたいと思います。

全部で21パラグラフあります。私の翻訳の方針として、できるかぎり原文に忠実に訳すようにしています。意訳は意図しておりませんので、流れるような日本語ではないかもしれません。ご了承ください。新聞などの掲載訳と比較して、訳が異なっていると疑問をもたれた方は、コメント欄にご記入ください。お返事させていただきます。また、「ここの訳おかしいのでは?」って思われた方はご指摘ください。誤訳がある場合は速やかに訂正いたします。

Remarks by President Obama at Hiroshima Peace Memorial

翻訳最終更新日:2016年6月10日

1) Seventy-one years ago, on a bright, cloudless morning, death fell from the sky and the world was changed. A flash of light and a wall of fire destroyed a city and demonstrated that mankind possessed the means to destroy itself.

71年前、雲ひとつない明るい朝、死が空から降ってきました。そして世界は変わりました。閃光と火柱が町を破壊し、人類が己自身を破壊するための手段をもっていることを、証明したのです。

2) Why do we come to this place, to Hiroshima? We come to ponder a terrible force unleashed in a not so distant past. We come to mourn the dead, including over 100,000 in Japanese men, women and children; thousands of Koreans; a dozen Americans held prisoner. Their souls speak to us. They ask us to look inward, to take stock of who we are and what we might become.

なぜ、我々はこの場所、広島に来るのでしょうか?それは、そう遠くない過去に解き放たれた恐ろしい力について、沈思するためです。10万人を超える日本人の男性、女性、そして子供、何千人もの朝鮮半島出身者、十数人の米国人捕虜を含む死者を追悼するためです。彼らの魂が、我々に語りかけます。彼らは我々に、内なる心に目を向けよと、そして今の我々の姿と将来なりうる我々の姿というものを、熟考せよと訴えます。

3) It is not the fact of war that sets Hiroshima apart. Artifacts tell us that violent conflict appeared with the very first man. Our early ancestors, having learned to make blades from flint and spears from wood, used these tools not just for hunting, but against their own kind. On every continent, the history of civilization is filled with war, whether driven by scarcity of grain or hunger for gold; compelled by nationalist fervor or religious zeal. Empires have risen and fallen. Peoples have been subjugated and liberated. And at each juncture, innocents have suffered, a countless toll, their names forgotten by time.

広島を他から際立たせているのは戦争という事実ではありません。歴史的遺物が、我々に教えてくれます。暴力的紛争は最初の人類とともに出現していたのだと。我々の初期の祖先は、火打ち石から刃物を、そして木からやりを作ることを学び、これらの道具を、狩猟だけでなく同じ人間に対しても使いました。どの大陸においても、文明の歴史は戦争で満ちています。穀物不足や黄金への欲望に突き動かされ、また民族主義者の熱情や宗教上の熱情が、戦争を余儀ないものにしてきたのです。帝国は台頭しては衰退してきました。人々は従属させられ、解放されてきました。そして、それぞれの転機において、罪のない人々が苦しみ、無数の犠牲者を生み、彼らの名前は時の経過とともに忘れ去られてきたのです。

4) The World War that reached its brutal end in Hiroshima and Nagasaki was fought among the wealthiest and most powerful of nations. Their civilizations had given the world great cities and magnificent art. Their thinkers had advanced ideas of justice and harmony and truth. And yet, the war grew out of the same base instinct for domination or conquest that had caused conflicts among the simplest tribes; an old pattern amplified by new capabilities and without new constraints. In the span of a few years, some 60 million people would die -- men, women, children no different than us, shot, beaten, marched, bombed, jailed, starved, gassed to death.

広島と長崎で残酷な結末を迎えた世界大戦は、最も豊かかつ強盛大国間で行なわれた戦争でした。それまで彼らの文明は、世界の偉大な都市と壮大な芸術をもたらしてきました。彼らの思想家達は、正義と調和、そして真実についての概念を前進させました。しかし、この戦争は、最も単純な形態の部族間における争いの原因となったのと同じく、支配や征服に対する基本本能に起因していたのです。つまり古いパターンが、新たな能力によって増幅したということです。かつ新たな制約もなく。数年の間に、およそ6千万人が死んだことになります。我々と何ら変わらない男性、女性、子供たちが、撃たれ、殴られ、連行され、爆弾を落とされ、投獄され、飢えさせられ、毒ガスをまかれるなどして殺されたのです。

5) There are many sites around the world that chronicle this war -- memorials that tell stories of courage and heroism; graves and empty camps that echo of unspeakable depravity. Yet in the image of a mushroom cloud that rose into these skies, we are most starkly reminded of humanity’s core contradiction; how the very spark that marks us as a species -- our thoughts, our imagination, our language, our tool-making, our ability to set ourselves apart from nature and bend it to our will -- those very things also give us the capacity for unmatched destruction.

世界中の多くの場所で、この戦争が記録されています。勇気や勇敢な行動を物語る記念碑や、言うに耐えないほどの悪行を代弁する墓や無人の収容所などがあります。しかし、この空に上っていったきのこ雲のイメージは、我々に、人間の核心にある矛盾をこれ以上にないほどに思い起こさせます。我々を人類たらしめる特性、すなわち我々の思想、想像、言語、道具製作や、自然と我々を区別する能力、そして自然を我々の意志に屈服させる能力 - こういったものこそが我々に、比類なき破壊をもたらす能力をも与えたのです。

6) How often does material advancement or social innovation blind us to this truth. How easily we learn to justify violence in the name of some higher cause. Every great religion promises a pathway to love and peace and righteousness, and yet no religion has been spared from believers who have claimed their faith as a license to kill. Nations arise, telling a story that binds people together in sacrifice and cooperation, allowing for remarkable feats, but those same stories have so often been used to oppress and dehumanize those who are different.

物質的進歩や社会革新が、この真実に対する我々の判断力を奪ってしまうことが、いかに多いことでしょうか。また、何か高潔な大義の名のもとに、我々が暴力の正当性を学習することはいかに簡単なことでしょうか。あらゆる偉大な宗教は、愛と平和、そして正義への道を約束します。しかし、いかなる宗教も、自分の信仰は殺人を許可していると主張する信者の存在を、免れたことはないのです。国家は、驚くべき偉業を見越しつつ、犠牲と協力の中で人々を結束させる物語とともに発展します。しかし、それと同じ物語が、自分たちとは異なる人々の抑圧や人間性を奪うために、頻繁に使われてきました。

7) Science allows us to communicate across the seas and fly above the clouds; to cure disease and understand the cosmos. But those same discoveries can be turned into ever-more efficient killing machines.

科学によって、我々は海を越えた通信が可能になり、雲の上を飛行し、病気を治し、宇宙を理解することが可能になります。しかし同じ発見を、より効率的な殺人機械へと変貌させることも可能なのです。

8) The wars of the modern age teach this truth. Hiroshima teaches this truth. Technological progress without an equivalent progress in human institutions can doom us. The scientific revolution that led to the splitting of an atom requires a moral revolution, as well.

近代の戦争はこの真実をわれわれに教えます。広島がこの真実を教えるのです。技術の進歩は、人間社会における同等の進歩がなければ、我々を破滅の運命にいたらしめることもできます。原子の分裂をもたらした科学の革命は、道徳上の革命も求めています。

9) That is why we come to this place. We stand here, in the middle of this city, and force ourselves to imagine the moment the bomb fell. We force ourselves to feel the dread of children confused by what they see. We listen to a silent cry. We remember all the innocents killed across the arc of that terrible war, and the wars that came before, and the wars that would follow.

だからこそ我々は、この場所に来るのです。我々は、ここ、この都市の中心に立ち、我々自身に、爆弾が投下されたときの瞬間を想像することを強いるのです。目の当たりにした光景に混乱した子供たちの恐怖を感じることを、我々自身に強いるのです。我々は、無言の泣き声に耳を傾けます。我々は、あの恐ろしい戦争の弧の中で、またその前の戦争、そしてその後起こった戦争の中で殺された、全ての罪なき人々を追悼します。

10) Mere words cannot give voice to such suffering, but we have a shared responsibility to look directly into the eye of history and ask what we must do differently to curb such suffering again. Someday the voices of the hibakusha will no longer be with us to bear witness. But the memory of the morning of August 6th, 1945 must never fade. That memory allows us to fight complacency. It fuels our moral imagination. It allows us to change.

単なる言葉でそのような苦しみを表現することはできません。しかし、我々は、歴史の目を直視し、その苦しみを繰り返さないために、これまでと違って何をすべきなのかを問う共通の責任があります。いつの日か、生き証人としての被爆者の声は聞こえなくなるでしょう。しかし、1945年8月6日の朝の記憶は、決して風化させてはなりません。その記憶を糧に、我々は現状への満足と戦うことができるのです。記憶が我々の道徳に対する想像力を掻き立て、我々に変革をもたらしてくれるのです。

11) And since that fateful day, we have made choices that give us hope. The United States and Japan forged not only an alliance, but a friendship that has won far more for our people than we could ever claim through war. The nations of Europe built a Union that replaced battlefields with bonds of commerce and democracy. Oppressed peoples and nations won liberation. An international community established institutions and treaties that worked to avoid war and aspire to restrict and roll back, and ultimately eliminate the existence of nuclear weapons.

そして、あの運命の日以来、我々は、己自身に希望をもたらす選択をしてきました。米国と日本は同盟関係を築くだけでなく友情をも築き、その友情が、戦争を通じて得られるものよりも、もっと多くのものを我々の国民にもたらしてきたのです。欧州の国々は連合を築き、戦場を交易や民主主義の絆に変えました。抑圧された人々や国々は自由を勝ち取りました。国際社会は、戦争を回避し、核兵器の存在を制限、削減し、最終的には廃絶を目指す機関を設立し、条約を結びました。

12) Still, every act of aggression between nations; every act of terror and corruption and cruelty and oppression that we see around the world shows our work is never done. We may not be able to eliminate man’s capacity to do evil, so nations –- and the alliances that we’ve formed -– must possess the means to defend ourselves. But among those nations like my own that hold nuclear stockpiles, we must have the courage to escape the logic of fear, and pursue a world without them.

それでもなお、世界中でみられる国家間の武力による侵略や、テロ、腐敗、残虐行為や抑圧などの行為すべてが示すのは、我々の仕事には終わりがないということです。我々は、人間が悪事を働く能力を除去することはできないかもしれません。故に、国家や我々が作り上げてきた同盟は、自分らを守る手段を保持しなければなりません。しかし、わが国を含む核保有国において、我々は恐怖の論理から逃れ、核兵器のない世界を達成しようという勇気を持たなければなりません。

13) We may not realize this goal in my lifetime. But persistent effort can roll back the possibility of catastrophe. We can chart a course that leads to the destruction of these stockpiles. We can stop the spread to new nations, and secure deadly materials from fanatics.

この目標は私の生きている間には実現しないかもしれません。しかし、粘り強く取り組むことによって、惨劇の可能性を引き下げることができます。我々は、これらの保有核兵器を廃絶に至らしめる道筋を決めることができます。我々は、新しい国への核拡散を阻止し、また、死に至らしめる物質を狂信者の手から確保するができます。

14) And yet that is not enough. For we see around the world today how even the crudest rifles and barrel bombs can serve up violence on a terrible scale. We must change our mindset about war itself –- to prevent conflict through diplomacy, and strive to end conflicts after they’ve begun; to see our growing interdependence as a cause for peaceful cooperation and not violent competition; to define our nations not by our capacity to destroy, but by what we build.

しかし、まだそれでは十分ではありません。なぜなら、我々は今日、最も原始的なライフルや樽爆弾でさえ、恐ろしいスケールの暴力を生み出すことができることを、世界中で目の当たりにしているからです。我々は、戦争そのものに対する考え方を変えなければなりません。それにより、外交を通じて紛争を防ぎ、始まってしまった紛争を終わらせる努力をしなくてはなりません。深まる我々の相互依存関係を、暴力的な競争でなく平和的な協力の大義として理解しなくてはなりません。そして、破壊する能力によってではなく、我々が築くものによって我々の国家を定義するのです。

15) And perhaps above all, we must reimagine our connection to one another as members of one human race. For this, too, is what makes our species unique. We’re not bound by genetic code to repeat the mistakes of the past. We can learn. We can choose. We can tell our children a different story –- one that describes a common humanity; one that makes war less likely and cruelty less easily accepted.

そして、おそらく何にもまして、我々は、一つの人類の人員として、お互いのつながりを再考しなければなりません。なぜならこれもまた、我々人類を独自なものにするものだからです。我々は、過去の過ちを繰り返す遺伝情報に縛られてなどいないのです。学ぶことも、選択することもできるのです。我々は、子供たちに異なる物語を教えることができます。それは、共通の人間性を描き出す物語であり、戦争を今より少なくする物語であり、そして残酷さが簡単に受け入れられなくなるような物語なのです。

16) We see these stories in the hibakusha –- the woman who forgave a pilot who flew the plane that dropped the atomic bomb, because she recognized that what she really hated was war itself; the man who sought out families of Americans killed here, because he believed their loss was equal to his own.

我々は、これらの物語を被爆者の中に見ます。原爆を投下した飛行機を操縦したパイロットを許した女性は、本当に憎むべきは戦争そのものであることに気付き許したのです。また、日本で殺された米国人の家族を探し出した男性は、その喪失感は、自分自身が経験したものと同じであると思ったから探したのです。

17) My own nation’s story began with simple words: All men are created equal, and endowed by our Creator with certain unalienable rights, including life, liberty and the pursuit of happiness. Realizing that ideal has never been easy, even within our own borders, even among our own citizens.

私の国の物語は、簡潔な言葉で始まりました。「すべての人間は平等で、創造主によって、生命や自由、そして幸福を追求するなどの、奪うことのできない権利を与えられている」。この理想を実現することは、米国内であっても、米国民の中であっても、これまで決して簡単だったということはありません。

18) But staying true to that story is worth the effort. It is an ideal to be strived for; an ideal that extends across continents, and across oceans. The irreducible worth of every person, the insistence that every life is precious; the radical and necessary notion that we are part of a single human family -– that is the story that we all must tell.

しかし、その物語に忠実であり続けるということは、努力に値するものです。それは努力すべき理想であり、大陸をこえ、海をこえて広がる理想です。全ての人にとってこれ以上削りようのない価値、全ての命が大切であるという主張、我々は人類という一つの家族の一員であるという根本的で必要不可欠な概念。それが、我々すべてが伝えていかなくてはならない物語なのです。

19) That is why we come to Hiroshima. So that we might think of people we love -- the first smile from our children in the morning; the gentle touch from a spouse over the kitchen table; the comforting embrace of a parent –- we can think of those things and know that those same precious moments took place here seventy-one years ago. Those who died -– they are like us. Ordinary people understand this, I think. They do not want more war. They would rather that the wonders of science be focused on improving life, and not eliminating it.

だからこそ、我々は広島に来るのです。その結果、我々は、我々の愛する人々のことを考えるでしょう。朝一番の子供たちの笑顔、食卓越しの配偶者との優しいふれあい、親の温かい抱擁。我々がこれらのことを思うことができれば、71年前にもここで、同じように貴重な時間があったのだとわかります。亡くなった人々は、我々と同様の人々なのです。普通の人であれば、このことを理解すると私は思います。彼らは、これ以上の戦争を望んではいないのです。むしろ、科学の驚異は生活を奪うことにではなく、生活を向上させることに集中すべきであると思っているのです。

20) When the choices made by nations, when the choices made by leaders reflect this simple wisdom, then the lesson of Hiroshima is done.

国家や指導者たちが行う選択が、この単純な分別を反映したものであるとき、広島の教訓は生かされたことになります。

21) The world was forever changed here. But today, the children of this city will go through their day in peace. What a precious thing that is. It is worth protecting, and then extending to every child. That is the future we can choose -– a future in which Hiroshima and Nagasaki are known not as the dawn of atomic warfare, but as the start of our own moral awakening. (Applause.)

世界はここで永遠に変わりました。しかし今日、この市の子供たちは、平和に日々を過ごしていきます。なんと尊いことでしょうか。それは守るに値することであり、すべての子供たちに広げていくに値することです。これこそが、我々が選択できる未来なのです。広島と長崎が、核戦争の夜明けとしてではなく、我々の道徳的な目覚めの始まりとして知られる、そんな未来を我々は選択できるのです。(拍手)
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by kenpou-dayori | 2016-08-09 20:11 | 核廃絶・脱原発
2016年 08月 09日

憲法便り#1827:長崎被爆者代表井原さん、オバマ氏演説にがく然「原爆は落ちたのではない」

2016年8月9日(火)(憲法千話)

憲法便り#1827:長崎被爆者代表井原さん、オバマ氏演説にがく然「原爆は落ちたのではない」

私は、かねてから、オバマ演説と、その後の行動に問題を感じていたが、
今日、長崎市の平和公園で行われた「原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」で、被爆者代表の井原東洋一さんが、「原爆は落ちたのではない」「米国が落としたんだ」と、明確に批判した。

以下は、8月9日付『東京新聞』夕刊11面が報じたもの「原爆は落ちたのではない」(リンク先は、こちらへ)*写真入りです。 

長崎は九日、原爆投下から七十一年を迎えた。五月のオバマ米大統領の広島訪問から初めて迎えた「原爆の日」。被爆者は今も戦争の「加害」と「被害」に向き合い続けている。改憲など政府の姿勢への懸念表明がこの数年続いている、平和祈念式典での被爆者代表の「平和への誓い」では今年も、安保法廃止の訴えが盛り込まれた。 
 オバマ米大統領が広島訪問の演説で、原爆が空から落ちてきたと表現したことに、九日の平和祈念式典で被爆者代表を務めた井原東洋一(とよかず)さん(80)はがくぜんとした。
 「落ちたのではない。米国が、落としたんだ」
 広島に投下された原爆はウラン型、長崎に落とされたのはプルトニウム型。この違いに疑念を抱き続けてきた。式典で読み上げた「平和への誓い」で、「二種類の原爆による実験ではなかったのか」と思いをぶつけた。
 九歳の時、爆心地から約六・五キロの自宅近くで、まきを集めるため大木の枝切り中に爆風で吹き飛ばされた。気を失ったが、大きなけがをせずに済んだ。
 だが、爆心地付近で負傷し搬送されてきた人々を手当てし続けた母親は、終戦から七年後に亡くなった。「原因が分からなかった。今思えば、体がだるくなる『原爆ぶらぶら病』に似ていた」
 高校卒業後、電力会社の組合幹部を経て、長崎市議に。三十代前半から平和運動に身を投じた。十年前からは被爆者団体「長崎県被爆者手帳友の会」の会長として、長崎の反核運動を引っ張った。
 「平和への誓い」では、原爆被害を一方的に訴えるだけでなく「日中戦争や太平洋戦争などで日本が引き起こした加害の歴史を忘れていない」との言葉も盛り込んだ。政府に対しては、憲法に反する安全保障関連法を廃止し、米国の「核の傘」に頼らぬよう訴えた。
 スウェーデンの平和問題研究機関の推計では、今なお約一万五千発の核弾頭が世界に残るとされる。「長崎を最後の被爆地に」。全ての核兵器がなくなるまで、諦めずに叫ぶことを、自分に誓っている。
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by kenpou-dayori | 2016-08-09 16:52 | 核廃絶・脱原発