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2017年 04月 26日

憲法便り#1989:金沢市当局による、「憲法集会の会場不許可」という憲法違反の決定に対し抗議する!

2017年4月26日(水)(憲法千話)

憲法便り#1989:金沢市当局による、「憲法集会の会場不許可」という憲法違反の決定に対し抗議する!

2017年4月25日付『しんぶん赤旗』14面で、「金沢市の市民団体「石川県憲法を守る会」が、5月3日の憲法記念日に市役所前で、憲法施行70周年集会を行うため、金沢市に同広場の使用を申請したのに対し、市が不許可とする決定を通知していたことが分かりました。」と報じられた。
市総務課の山田裕課長は、「申請団体に集会内容を聞いて、政治的な批判を含むと分かり、禁止行為に当たると判断した」と述べたことも伝えられている。

この決定は、日本国憲法第三章 国民の権利及び義務のうち「憲法第21条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」の規定に違反する。
小役人が、勝手に解釈を変更することなど、許されることではない。

以下は、2013年に自費出版した拙著『心踊る平和憲法誕生の時代』の表紙表紙である。
これは日本国憲法公布を祝う、金沢市国民学校の旗行列(兼六園)、議事堂神輿(浅野町校下)、仮装行列(同)、夜の花電車を報じた『北国毎日新聞』1946年11月4日2面の写真入り記事である。

金沢市の職員たちは、ここに喜びの表情で写っているひとびとの子孫の世代であろう。

この歴史的事実を、よく考えよ!
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by kenpou-dayori | 2017-04-26 13:49 | 自著紹介
2017年 02月 11日

憲法便り#1985:岩田行雄編・著『検証・憲法第九条の誕生』(改訂第六版)(B5判、191頁)を2月末に、1,000冊(一冊500円)刊行します!

2017年2月11日(土)(憲法千話)

憲法便り#1985:岩田行雄編・著『検証・憲法第九条の誕生』(改訂第六版)(B5判、191頁)を2月末に、1,000冊(一冊500円)刊行します!

カタログと、「改訂 第六版への序文」が出来ましたので、掲載します。

2月2日の『憲法便り』速報で、予定を「B5判175頁」とお伝えしましたが、私の見落としに気付き、「B5判191頁」に変更します。
このため、『憲法便り』を休んで出版準備に取り掛かっていましたが、作業に遅れが生じていますので、完成予定は、2月20日から、2月末に変更します。

すでに、500冊を超える注文をいただいていますので、「一冊500円」の価格は、そのままとします。

拙著『検証・憲法第九条の誕生ー「押し付け」ではなく、自ら平和条項を豊富化した論議の全経過』は、2004年6月30日に初版5,000冊を刊行して以来、増補・改訂第五版まで、24,200冊を世に送り出してきました。予備も含めると約25,000冊になります。

第五版までは、すでに完売しており、新たなご注文を頂いても、お断りしてきましたが、現在の情勢を見ていると、ここで何もしないことは、「人生に悔いを残すことになる」と考え、刊行の意向を親しい人たちに電話で相談してきました。

その結果、三日間で、注文が500冊を超えましたので、刊行に踏み切った次第です。

発売元は、美和書店。電話03ー3402-4146 FAX03-3402ー4147 営業時間10:00ー19:00(日・祝日は休み)
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by kenpou-dayori | 2017-02-11 21:24 | 自著紹介
2017年 02月 02日

憲法便り#1979:速報!!岩田行雄編・著『検証・憲法第九条の誕生』(改訂第六版)(B5判、175頁)を2月20日付けで、1,000冊(一冊500円)刊行することを決定しました!

2017年2月2日(木)(憲法千話)

憲法便り#1979:速報!!岩田行雄編・著『検証・憲法第九条の誕生』(改訂第六版)(B5判、175頁)を2月20日付けで、1,000冊(一冊500円)刊行することを決定しました!

カタログは、明日、作成する予定です。

安倍内閣の言いたい放題、やりたい放題に、我慢なりません。

拙著『検証・憲法第九条の誕生ー「押し付け」ではなく、自ら平和条項を豊富化した論議の全経過』は、2004年6月30日に初版5,000冊を刊行して以来、増補・改訂第五版まで、24,200冊を世に送り出してきました。

すでに完売しており、新たなご注文を頂いても、お断りしてきましたが、現在の情勢を見ていると、ここで何もしないことは、「人生に悔いを残すことになる」と考え、刊行の意向を親しい人たちに電話で相談してきました。

その結果、三日間で、注文が500冊を超えましたので、刊行に踏み切った次第です。

発売元は、美和書店。電話03ー3402-4146 FAX03-3402ー4147 営業時間10:00ー19:00(日・祝日は休み)

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by kenpou-dayori | 2017-02-02 22:45 | 自著紹介
2014年 01月 03日

憲法便り#533 自著紹介⑤(その四) 『心踊る平和憲法誕生の時代』「おわりに」

1月3日
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本書は、執筆途上にある『日本国憲法成立史の実証的再検討』と題する学位論文の中から、新聞報道による「憲法民主化の世論形成」、および「日本国憲法を国民がどのように迎えたか」という部分を判り易くまとめたものです。

『心躍る…』の書名は、1946年11月1日付『徳島民報』一面に掲載された《新憲法祝賀おどり》の広告の、次の喜び溢れる言葉に因んでいます。
「11月3日は新憲法公布の日だ、新日本の黎明だ、平和だ、友好だ、豊年じゃ、満作じゃ、みんなで祝う、阿波踊りが許された、踊りおどるなら華やかに踊ろう」(〔日時〕11月3日朝9時から夜11時まで〔会場〕市役所前〔主催者〕徳島商工会議所と徳島民報)。これが当時の国民の姿です。

調査した65紙に関しては、上記の標題紙に示してあります。新聞名を四角で囲んであるのは、調査した当時に国会図書館に所蔵がなかったので、各地の県立図書館(広島は市立図書館)を訪問して、現地調査したものです。


「おわりに」
当初の文章に、何点かを加えて述べておきたい。
◎本書は、二月末に千部だけを出版する予定であった。原稿を執筆する傍ら、手紙を出した。宛名も自分の住所氏名も自筆で書き、ひと言添えると一日三十通が限度であった。ほどなくして、手紙、電話、ファックスで、激励とともに注文を頂くようになった。嬉しいことに、本はまだ出来ていないのだが、注文は千百部に達した。
 期待と激励に応えるため、いろいろと書き足しているうちに、予定を大きく超えて、二百四十頁となった。
支えて下さった皆様に、心から感謝を申し上げたい。
●「人を殺せば殺人だが、戦争でたくさん殺せば英雄になれる。」という言葉を学生の頃によく聞いた。
昔は「お国のため」と言ったが、いまは「国益」という言葉が政治家や御用学者や「評論家」の間で飛び交う。
「お国のために」、「国益のために」のどちらも、論議を打ち切るための超論理的言葉である。これらの言葉が声高に言われ始めた今、国民は戦前と同じような危険な状態におかれていることを強く意識しなければならない。
●農林水産業に壊滅的な打撃を与えるTPP交渉参加問題は国論を二分しているが、安倍政権は国益を強調し、不利な条件を隠し、食の安全、食糧自給率、環境保全等の問題を無視し、強い反対を押し切って参加表明をした。
だが、これは自動車産業を中心とする一部産業とアメリカの利益のためであって、国民の利益のためではない。「国益」と「国民の利益」は似て非なるものである。
●個人が紙幣を一枚でも印刷すればそれは犯罪だが、日銀が犯罪的なほど大量に印刷しても、それは「経済政策」と呼ばれ、犯罪にはならないし、だれも責任をとらない。
一九四五年十月十八日付『毎日新聞』の一面に、「日銀の独自性確立 改正案通常議会に提出」と題する記事があるので、その書き出しの部分と、改正案の最初の項目を紹介しよう。
「戦時中、中央銀行としての日銀の職能は極度に制約され僅かに大蔵省の窓口としての存在価値しか有しない実情であったが、終戦後の新事態に即応して官僚統制の最悪法と見られる現行日銀法(昭和十七年制定)を改訂して日銀の組織運営を政府から切離し、日銀の中央銀行としての独自性を確立して、通貨膨張の現難局打開に当らしめるべきであるという声が各方面に台頭し、大蔵省、日銀においても、目下改正案を考究中で遅くとも通常議会に提出されるものと見られる。
 現行日銀法改正の概要は次の通り。
一、日銀は国民経済の安定、国民の福利増進を目的として通貨の調節、金融の調整及び信用制度の保持育成に努めるよう運営されなければならない。」(以下略)
財政赤字に対処するため予算削減法を可決、発動をせざるを得なかったアメリカから招かれたノーベル経済学賞の経済学者が、安倍政権の経済政策と新日銀総裁の人選を天まで持ちあげているが、全くの茶番劇である。
今回の人事は、自動車に例えれば、暴走目的でブレーキを外して、ダブル・アクセルにした違法改造車であり、「白(川)」から「黒(田)」への極めて危険な交代である。
◎以前『検証…』を日本新聞協会加盟の九十二紙に手紙を添え、五百円のエクスパックで贈ったが、どこからも直接の反応はなかった。そこで、今回はその事実も書き添えて、本書で利用した六十一紙のうち現存する五十五紙に「憲法御担当者様」宛で出版趣意書、カタログ、表紙見本、資料頁のみを二月末までに郵送しておいた。
 当初、入稿を予定していた三月八日の前日までには一社からの反応もなかった。だが、入稿がおくれたために、二社から反応があったことを伝えることが出来る。
 一社目は三月十一日、東京新聞社会部の樋口薫記者からの電話。一九五〇年、六〇年代の改憲の動きについて勉強したいとのことで、三月十七日に二時間の予備取材を受けたが掲載の約束はない。また会う約束をしている。
 二社目は三月十三日、神戸新聞社会部の岸本達也記者からの電話。「憲法をやってみたいと思いますので」と、本書の注文と私の顔写真を送るよう依頼を受けた。
どのような記事になるのか楽しみである。
◎二〇一一年三月十一日、私は国立国会図書館新館四階の新聞資料室で『新岩手日報』の一九四六年二月一日号を読んでいた時に大きな長い揺れを感じた。地方紙に関する調査が大きく加速したのは、この日以降のことである。これからまだ何が起こるか解らない、私が命を落とした場合には、私と同じ視点での研究はおそらく出ないだろう、研究の完成を急がなければならない、その思いから、大きな余震が続く中、全国各地の図書館をまわり始めた。国立国会図書館で所蔵していないか、欠号がある地方紙(標題紙で紙名を  で囲ったもの)を調査するためである。私は、講演に招かれたことのある八戸、盛岡、仙台、いわき、須賀川、郡山、白河などの状況を聞くたびに支援に駆けつけるかどうかを繰り返し自問自答した。だが、カンパ、城南信用金庫への預金の移動、首相官邸へのデモに参加する以外は、研究に力を注いだ。
そして、各地での調査を一通り終えた時点で、国会図書館主題情報部新聞課の課長補佐堀越敬祐さんに、今後の利用者のために欠けている資料補充の要望を伝えた。
嬉しいことに、二〇一三年二月七日付の新聞資料室公開展示資料によれば、『河北新報』、『富山新聞』(一九四六年三月十一日創刊だが、補充は同年七月から)、『山梨日日新聞』、『静岡新聞』、『中国新聞』、『徳島新聞』、『四国新聞』が補充されている。大幅な前進である。
◎調査では、多くの方々の協力を得て、内容の充実を図ることが出来た。現地訪問、並びにその後の調査依頼にご協力下さった宮城、茨城、群馬、埼玉(浦和)、千葉、富山、福井、山梨、静岡、鳥取、徳島、香川の各県立図書館、広島市立図書館、さらに現地調査出来なかった北海道立、滋賀県立、岐阜県立各図書館の調査協力に感謝の意を表したい。
また、国立公文書館、外務省外交史料館、三島郷土資料館、埼玉県立文書館、福井県立文書館、逓信博物館、政治記者OB会、日本相撲協会広報部及び相撲博物館の調査協力にお礼を申し上げたい。
新宿区立中央図書館は移転が予定されているが、私の住居から二軒先にあるので、日常的に利用させて頂いた。
大学では、専修大学図書館の図書利用の件で、同館図書部図書課長千田朋子さんに大変お世話になった。
冒頭で、衆議院予算委員会のインターネット審議中継を紹介したが、これは私の甥・山田哲央君の協力による。
◎国立国会図書館が二〇〇三年五月三日以降、インターネット上に公開している電子展示会の『日本国憲法の誕生』は、誰もが等しく貴重な原資料に接することが出来る、網羅的で画期的な資料集である。この資料の利用を広めたく思い、参考資料の一番目に挙げた次第である。
同図書館には文字通り日参し、主に憲政資料室、議会官庁資料室、新聞資料室の資料を利用させて頂いた。
その中でも、憲政資料室の皆さんには、とてもお世話になった。特に、「生き字引」という表現がぴったりの堀内寛雄さん(現・利用者サービス部司書監)は、二〇〇四年以来、コンピューター検索では辿り着けない資料も含め、非常に多くのことを教えて下さった。彼との出会いがなければ、私の憲法研究をここまで深めることは出来なかった、「資料探しの師」である。
○私は、国立国会図書館での調査を終えて退出する際に、本館二階総合カウンターの上に刻み込まれた「真理がわれらを自由にする」という言葉に向い、感謝の気持ちを込めて必ず一礼をしている。
歴史の捏造、逆行が横行しているいま、歴史の真実、真理が力を発揮することを確信し、この「真理がわれらを自由にする」という言葉を以って、本書の結びとする。
二〇一三年三月二十九日


「目 次」

はじめに(4)
第一 「押し付け憲法」論のでたらめ
第二 安倍首相の所信表明演説に見る国民騙し
第三 「美しい国」「強い日本」のルーツ
平和への私の思い

三つのプロローグ(12)
プロローグ①…吉田茂元首相が『回想十年』に記した「押し付け憲法」論への反論(12)
プロローグ②…ポツダム宣言受諾と憲法改正の必然性(14)
プロローグ③…報道の違いで生じる差異(17)

第一部 新聞報道により一九四五年末までに形成された「憲法民主化」の世論(21)
外務省による意図的な誤訳(21)
「ポツダム」宣言受諾による民主化及び憲法改正の必然性(22)
民主化を進めなかった東久邇宮内閣(22)
法制局が自主的に行った憲法改正案研究(24)
外務省内での自由闊達な論議(26)
内大臣府の憲法研究(28)
憲法改正に消極的だった幣原内閣(31)
幣原内閣が憲法問題調査委員会を設置(33)
「平和」及び「平和国家」論の社説登場(38)
日本全国に吹く民主化の風(39) 
憲法民主化の世論(41)
日本国憲法の原型「憲法研究会」案の報道(44)
 書簡・出版物等に見る「憲法民主化」論(51)

第二部 新聞報道により追いつめられる松本国務相と幣原内閣(60)
憲法問題調査委員会無視の松本路線(60)
閣議における初めての憲法論議(64)
一月の新聞報道(64) 
二月一日・衝撃の「スクープ」報道(66)
全国二十一紙の「追い打ち」報道(68)
日本輿論調査所の調査結果(70)
GHQの動き(70) 
GHQ民政局の憲法制定会議(74)
二月十三日・外務大臣官邸(74)
松本国務相への不満が爆発した二月十九日の閣議(80) 
「押し付け憲法」論の始まり(82)
政府案作成を閣議決定(84)
松本・ホイットニー会談(86)
「戦争放棄」の原点は「パリ不戦条約」に!(87)
松本・ホイットニー会談以後について(88)
「政府、難局に直面」報道(90)

第三部 政府案についての国民的論議(92)
三月六日政府案の全文報道及び社説(92)
政府案の対する各党の態度(97)
「松本体制」から「金森体制」へ(98)
「憲法研究会」による批判的な声明(98)
讀賣新聞社主催『憲法草案批判講演会(99)
「庶民大学三島教室」主催の討論会(101)
各省庁の反応(102)
司法の民主化及び司法改革(103) 
共和制を規定した二つの憲法草案(105)
二つの世論調査に見る国民の意見(105)
国民の国語運動と「ひらがな口語体」草案の実現(108)
『憲法改正草案逐条説明』及び『憲法改正草案に関する想定問答』(110)

第四部 新憲法公布の記念行事(113)
北海道・東北地方(114)
関東・甲信越(134) 
北陸・東海地方(151)
近畿地方(164) 
中国・四国地方(172)
九州地方(186)

第五部 新憲法祝賀広告・・・大企業からキャバレーまで、そして露天商の組合も!(200)
北海道・東北地方(203)
関東・甲信越(204)
 北陸・東海地方(206) 
近畿地方(208)
中国・四国地方(210)
九州地方(212)

第六部 憲法普及会による多彩な活動
(一九四六年十二月―一九四七年十一月)(216)
『新しい憲法 明るい生活』の前文(216)   
憲法普及会の創設(217)
第一項 講習会及び講演会(218)  
第二項 出版・刊行物による普及活動(219)
第三項 芸能並びに民衆娯楽による啓蒙運動(220) 
第四項 記念作品の募集(223)
第五項 諸団体との提携事業(229)  
第六項 記念週間の設定並びに行事(229)
平和精神昂揚運動(231)

結びにかえて・・・吉田内閣の答弁より(234)
主な原資料と参考文献(236)
おわりに(237)
表紙デザイン 岩田行雄


※本書『心踊る平和憲法誕生の時代』の注文については、こちらから
歴史的事実をもって、安部首相と石原慎太郎議員の「押し付け憲法」論のデタラメを打破するこの本が十万部普及すれば、闘いは必ず勝てると思っています。
自公政権とその補完者である維新の会の暴走を食い止め、憲法改悪を阻止しましょう。
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by kenpou-dayori | 2014-01-03 17:03 | 自著紹介
2014年 01月 03日

憲法便り#532 自著紹介⑤(その三) 『心踊る平和憲法誕生の時代』「本書の特徴」

1月3日
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本書は、執筆途上にある『日本国憲法成立史の実証的再検討』と題する学位論文の中から、新聞報道による「憲法民主化の世論形成」、および「日本国憲法を国民がどのように迎えたか」という部分を判り易くまとめたものです。

『心躍る…』の書名は、1946年11月1日付『徳島民報』一面に掲載された《新憲法祝賀おどり》の広告の、次の喜び溢れる言葉に因んでいます。
「11月3日は新憲法公布の日だ、新日本の黎明だ、平和だ、友好だ、豊年じゃ、満作じゃ、みんなで祝う、阿波踊りが許された、踊りおどるなら華やかに踊ろう」(〔日時〕11月3日朝9時から夜11時まで〔会場〕市役所前〔主催者〕徳島商工会議所と徳島民報)。これが当時の国民の姿です。

調査した65紙に関しては、上記の標題紙に示してあります。新聞名を四角で囲んであるのは、調査した当時に国会図書館に所蔵がなかったので、各地の県立図書館(広島は市立図書館)を訪問して、現地調査したものです。

【本書の特徴】
本書は、私が二〇一〇年末以来準備をしてきている博士論文『日本国憲法成立史の実証的再検討』から、新聞報道及び国民の動きに関する部分を纏めたものである。
研究の手法は、国立国会図書館、国立公文書館、外務省外交史料館、各県立図書館等の原資料に依拠し、あくまでも実証的研究を基本としている。
本書の最大の特徴は一九四五年八月から一九四七年六月までの期間が調査可能であった戦後の新聞六十一紙の報道に基き、歴史的事実の検証を行っていることである。地方紙の存在を強調するため、紙名を標題紙に掲げた。
敗戦後、日本の国民は、食糧難とあらゆる物資の欠乏に苦しみながら、焦土、そして廃墟の中からの復興の努力を続けた。この時代の重要なキーワードとなったのは、戦争への反省を踏まえた「平和国家」、「文化国家」、「民主主義国家」の実現であった。
その中でも特に「民主化」は単なるスローガンではなく、日本の社会のあらゆる分野で「民主化」が提起され、具体的な改革が進められた「戦後の改革」の柱であった。そして「憲法の民主化」も、日本の将来に関わる最重要な問題として提起された。この「憲法の民主化」の世論形成を最も大きく担ったのは、新聞報道であった。
従来の日本国憲法成立史の研究では、主に「日本政府対GHQ」という対立軸で考えられてきた。そこでは国民や地方紙の存在について詳しくは触れられてはいない。
しかしながら、戦後の憲法改正問題に関する資料を精査し総合すると、新たな対立軸が浮び上がってくる。
この新たな対立軸とは、「日本国民への明治憲法押し付けに固執する松本国務相」対「憲法の民主的改革を望む幅広い国民」である。後者には、改革を望み憲法改正草案作成に携わった研究者、弁護士を含む法律家、ジャーナリスト、政治家、政党、官吏、市民、さらには通称「松本委員会」の中の委員、閣僚、新聞の社説、新聞記事と投稿、書籍、雑誌論文、世論調査等に示された広範な国民各層の意見が含まれる。
本書の主要な部分は、第九十回帝国議会で審議が始まるまでの過程(第一部―第三部)と、新憲法公布と施行の際の祝賀行事及び祝賀広告(第四部―第六部)から成っている。第九条に関する第九十回帝国議会での論議の詳細は、すでに拙著『検証・憲法第九条の誕生』で明らかにしているので、同書を参照して頂きたい。
 戦争協力への反省を表明して以後、当時の新聞は翼賛報道をやめ、権力の代弁者とはならず、権力との距離を保ち、ジャーナリズムが本来あるべき「批判者」の姿勢がはっきりとしていた。
現在のマスコミが、戦前のような翼賛報道一色に染まらないことを強く望みたい。
本書は、日本国憲法成立史に関する書であると同時に、社会正義に立ち、真実を伝える努力を続けているジャーナリスト、言論・出版・報道に携わる人々への期待と激励の書でもある。
平和憲法誕生の時代に記者として活躍なさった方では、元北海道新聞の富原薫さんと電話で話しただけだが、多くの記事を残して下さった記者の方々に本書を捧げたい。
二〇一三年三月八日(国際女性デーに)


「目 次」

はじめに(4)
第一 「押し付け憲法」論のでたらめ
第二 安倍首相の所信表明演説に見る国民騙し
第三 「美しい国」「強い日本」のルーツ
平和への私の思い

三つのプロローグ(12)
プロローグ①…吉田茂元首相が『回想十年』に記した「押し付け憲法」論への反論(12)
プロローグ②…ポツダム宣言受諾と憲法改正の必然性(14)
プロローグ③…報道の違いで生じる差異(17)

第一部 新聞報道により一九四五年末までに形成された「憲法民主化」の世論(21)
外務省による意図的な誤訳(21)
「ポツダム」宣言受諾による民主化及び憲法改正の必然性(22)
民主化を進めなかった東久邇宮内閣(22)
法制局が自主的に行った憲法改正案研究(24)
外務省内での自由闊達な論議(26)
内大臣府の憲法研究(28)
憲法改正に消極的だった幣原内閣(31)
幣原内閣が憲法問題調査委員会を設置(33)
「平和」及び「平和国家」論の社説登場(38)
日本全国に吹く民主化の風(39) 
憲法民主化の世論(41)
日本国憲法の原型「憲法研究会」案の報道(44)
 書簡・出版物等に見る「憲法民主化」論(51)

第二部 新聞報道により追いつめられる松本国務相と幣原内閣(60)
憲法問題調査委員会無視の松本路線(60)
閣議における初めての憲法論議(64)
一月の新聞報道(64) 
二月一日・衝撃の「スクープ」報道(66)
全国二十一紙の「追い打ち」報道(68)
日本輿論調査所の調査結果(70)
GHQの動き(70) 
GHQ民政局の憲法制定会議(74)
二月十三日・外務大臣官邸(74)
松本国務相への不満が爆発した二月十九日の閣議(80) 
「押し付け憲法」論の始まり(82)
政府案作成を閣議決定(84)
松本・ホイットニー会談(86)
「戦争放棄」の原点は「パリ不戦条約」に!(87)
松本・ホイットニー会談以後について(88)
「政府、難局に直面」報道(90)

第三部 政府案についての国民的論議(92)
三月六日政府案の全文報道及び社説(92)
政府案の対する各党の態度(97)
「松本体制」から「金森体制」へ(98)
「憲法研究会」による批判的な声明(98)
讀賣新聞社主催『憲法草案批判講演会(99)
「庶民大学三島教室」主催の討論会(101)
各省庁の反応(102)
司法の民主化及び司法改革(103) 
共和制を規定した二つの憲法草案(105)
二つの世論調査に見る国民の意見(105)
国民の国語運動と「ひらがな口語体」草案の実現(108)
『憲法改正草案逐条説明』及び『憲法改正草案に関する想定問答』(110)

第四部 新憲法公布の記念行事(113)
北海道・東北地方(114)
関東・甲信越(134) 
北陸・東海地方(151)
近畿地方(164) 
中国・四国地方(172)
九州地方(186)

第五部 新憲法祝賀広告・・・大企業からキャバレーまで、そして露天商の組合も!(200)
北海道・東北地方(203)
関東・甲信越(204)
 北陸・東海地方(206) 
近畿地方(208)
中国・四国地方(210)
九州地方(212)

第六部 憲法普及会による多彩な活動
(一九四六年十二月―一九四七年十一月)(216)
『新しい憲法 明るい生活』の前文(216)   
憲法普及会の創設(217)
第一項 講習会及び講演会(218)  
第二項 出版・刊行物による普及活動(219)
第三項 芸能並びに民衆娯楽による啓蒙運動(220) 
第四項 記念作品の募集(223)
第五項 諸団体との提携事業(229)  
第六項 記念週間の設定並びに行事(229)
平和精神昂揚運動(231)

結びにかえて・・・吉田内閣の答弁より(234)
主な原資料と参考文献(236)
おわりに(237)
表紙デザイン 岩田行雄


※本書『心踊る平和憲法誕生の時代』の注文については、こちらから
歴史的事実をもって、安部首相と石原慎太郎議員の「押し付け憲法」論のデタラメを打破するこの本が十万部普及すれば、闘いは必ず勝てると思っています。
自公政権とその補完者である維新の会の暴走を食い止め、憲法改悪を阻止しましょう。
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by kenpou-dayori | 2014-01-03 17:02 | 自著紹介
2014年 01月 03日

憲法便り#531 自著紹介⑤(その二) 『心踊る平和憲法誕生の時代』「平和への私の思い」

1月3日
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本書は、執筆途上にある『日本国憲法成立史の実証的再検討』と題する学位論文の中から、新聞報道による「憲法民主化の世論形成」、および「日本国憲法を国民がどのように迎えたか」という部分を判り易くまとめたものです。

『心躍る…』の書名は、1946年11月1日付『徳島民報』一面に掲載された《新憲法祝賀おどり》の広告の、次の喜び溢れる言葉に因んでいます。
「11月3日は新憲法公布の日だ、新日本の黎明だ、平和だ、友好だ、豊年じゃ、満作じゃ、みんなで祝う、阿波踊りが許された、踊りおどるなら華やかに踊ろう」(〔日時〕11月3日朝9時から夜11時まで〔会場〕市役所前〔主催者〕徳島商工会議所と徳島民報)。これが当時の国民の姿です。

調査した65紙に関しては、上記の標題紙に示してあります。新聞名を四角で囲んであるのは、調査した当時に国会図書館に所蔵がなかったので、各地の県立図書館(広島は市立図書館)を訪問して、現地調査したものです。


「はじめに」より

【平和への私の思い】
 私は、東京大空襲の直後に家族と共に福島に縁故疎開をし、一九四五年八月九日に、小名浜で米軍の焼夷弾の爆撃を受けた。命だけは助かったが、家も持ち物もすべて焼かれたという体験をしている。三歳の誕生日を迎える直前のことであったが、靑空と、藁ぶき屋根が燃えさかるオレンジ色の炎を、はっきりと記憶している。
その日、母が焼け跡で、米を入れてあったブリキの一斗缶の中を見て「みんな炭になっちゃった」とポツリと言って佇んでいたことを、小学一年だった姉はよく覚えている。その後、私たち家族は、アニメ映画『火垂るの墓』で描かれたような川辺の「岩屋」で暮らし、親戚や土地の人たちに助けられて生き永らえた。敗戦の年の十二月に東京に戻ると、皮肉なことに、疎開前に住んでいた借家は、焼けずに残っていた。私たち家族も戦争に翻弄されたが、幸いにして命を落とした者はなかった。
だが、この戦争で多くの人たちが亡くなっている。
私の小学校時代の同級生N君は父が戦死して、長い間、親類の家に同居していた。早稲田大学時代の同級生I君は、彼が生まれる前に父が戦死したため、父に抱かれたことがない。この友人たちの母親は「女手ひとつ」で子供を守り、育てた。私がおはぎを買いに行く伊勢屋のご主人は、東京大空襲の際に、二歳年上の兄と逃げたが、兄は生死不明のまま現在に至っている。私の周辺には、この他にも辛い戦争体験を持つ人たちが数多くいる。
 二〇〇九年五月に千葉の稲毛で講演を行った際に、小学校時代の同級生Kさんが友人二人を誘って聴きに来て下さった。暫くして、彼女から届いた綺麗な押し花付きの手紙には私が五十五年間全く知らなかったことが書かれていた。ご本人の承諾を得て、核心部分を紹介する。
「戦争放棄に関心がありました。私の父が戦死だからです。私は父の顔を知りません。父は若い時に耳を怪我して難聴になり、耳元で大きな声で話をしないと聞こえない状態だったそうです。昭和十九年、三十五歳のときに招集令状が来て狩りだされました。昭和二十年十一月(中華民国北***?)戦病死と書いた死亡通知が八ヶ月後に千葉の疎開先に届いて、増上寺に遺骨を引き取りに行ったのですが、渡された小さな箱には骨は入ってなく、お弁当箱と箸が入っていたそうです。母はそれを遺骨と思ってお墓に入れていたそうです。その母が九十六歳十カ月で亡くなりました。昨日、七七日忌の法要があり、お墓に母が入りました。建て替えたお墓には父の遺品はありませんでした。少し悲しい思いがしました。母に聞いたことを思い出して書いてみました。
 これからの人たちには、この様な思いをさせないように九条を守りたいです。」
私の身の回りにあったいくつかの例を紹介したのは、戦争による加害、国家的犯罪を不問にして、単に感情に訴え、戦争被害のみを強調するためでも、戦争こりごり論を展開するためでもない。伝えたかったのは、ひとたび国家が戦争を始めた時に、子供や母親たち父親たちがおかれていた冷厳な現実であり、平和への思いである。
私は昭和十七年九月生まれなので、太平洋戦争の時、戦争反対の表明は出来なかったし、責任もない。
しかしながら、現在は選挙権の行使、政治活動、市民運動、言論・出版活動等で戦争反対の意思表示が出来る。したがって、力及ばず憲法改悪、新たな戦争を許した場合、私にも責任の一端がある。いざという時には体を張ってでも九条を守るという言葉を聞くことがあるが、私自身は今がその「いざという時」だと思っている。


「目 次」

はじめに(4)
第一 「押し付け憲法」論のでたらめ
第二 安倍首相の所信表明演説に見る国民騙し
第三 「美しい国」「強い日本」のルーツ
平和への私の思い

三つのプロローグ(12)
プロローグ①…吉田茂元首相が『回想十年』に記した「押し付け憲法」論への反論(12)
プロローグ②…ポツダム宣言受諾と憲法改正の必然性(14)
プロローグ③…報道の違いで生じる差異(17)

第一部 新聞報道により一九四五年末までに形成された「憲法民主化」の世論(21)
外務省による意図的な誤訳(21)
「ポツダム」宣言受諾による民主化及び憲法改正の必然性(22)
民主化を進めなかった東久邇宮内閣(22)
法制局が自主的に行った憲法改正案研究(24)
外務省内での自由闊達な論議(26)
内大臣府の憲法研究(28)
憲法改正に消極的だった幣原内閣(31)
幣原内閣が憲法問題調査委員会を設置(33)
「平和」及び「平和国家」論の社説登場(38)
日本全国に吹く民主化の風(39) 
憲法民主化の世論(41)
日本国憲法の原型「憲法研究会」案の報道(44)
 書簡・出版物等に見る「憲法民主化」論(51)

第二部 新聞報道により追いつめられる松本国務相と幣原内閣(60)
憲法問題調査委員会無視の松本路線(60)
閣議における初めての憲法論議(64)
一月の新聞報道(64) 
二月一日・衝撃の「スクープ」報道(66)
全国二十一紙の「追い打ち」報道(68)
日本輿論調査所の調査結果(70)
GHQの動き(70) 
GHQ民政局の憲法制定会議(74)
二月十三日・外務大臣官邸(74)
松本国務相への不満が爆発した二月十九日の閣議(80) 
「押し付け憲法」論の始まり(82)
政府案作成を閣議決定(84)
松本・ホイットニー会談(86)
「戦争放棄」の原点は「パリ不戦条約」に!(87)
松本・ホイットニー会談以後について(88)
「政府、難局に直面」報道(90)

第三部 政府案についての国民的論議(92)
三月六日政府案の全文報道及び社説(92)
政府案の対する各党の態度(97)
「松本体制」から「金森体制」へ(98)
「憲法研究会」による批判的な声明(98)
讀賣新聞社主催『憲法草案批判講演会(99)
「庶民大学三島教室」主催の討論会(101)
各省庁の反応(102)
司法の民主化及び司法改革(103) 
共和制を規定した二つの憲法草案(105)
二つの世論調査に見る国民の意見(105)
国民の国語運動と「ひらがな口語体」草案の実現(108)
『憲法改正草案逐条説明』及び『憲法改正草案に関する想定問答』(110)

第四部 新憲法公布の記念行事(113)
北海道・東北地方(114)
関東・甲信越(134) 
北陸・東海地方(151)
近畿地方(164) 
中国・四国地方(172)
九州地方(186)

第五部 新憲法祝賀広告・・・大企業からキャバレーまで、そして露天商の組合も!(200)
北海道・東北地方(203)
関東・甲信越(204)
 北陸・東海地方(206) 
近畿地方(208)
中国・四国地方(210)
九州地方(212)

第六部 憲法普及会による多彩な活動
(一九四六年十二月―一九四七年十一月)(216)
『新しい憲法 明るい生活』の前文(216)   
憲法普及会の創設(217)
第一項 講習会及び講演会(218)  
第二項 出版・刊行物による普及活動(219)
第三項 芸能並びに民衆娯楽による啓蒙運動(220) 
第四項 記念作品の募集(223)
第五項 諸団体との提携事業(229)  
第六項 記念週間の設定並びに行事(229)
平和精神昂揚運動(231)

結びにかえて・・・吉田内閣の答弁より(234)
主な原資料と参考文献(236)
おわりに(237)
表紙デザイン 岩田行雄


※本書『心踊る平和憲法誕生の時代』の注文については、こちらから
歴史的事実をもって、安部首相と石原慎太郎議員の「押し付け憲法」論のデタラメを打破するこの本が十万部普及すれば、闘いは必ず勝てると思っています。
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by kenpou-dayori | 2014-01-03 17:01 | 自著紹介
2014年 01月 03日

憲法便り#530 自著紹介⑤(その一) 『心踊る平和憲法誕生の時代』の「目次」

1月2日
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本書は、執筆途上にある『日本国憲法成立史の実証的再検討』と題する学位論文の中から、新聞報道による「憲法民主化の世論形成」、および「日本国憲法を国民がどのように迎えたか」という部分を判り易くまとめたものです。

『心躍る…』の書名は、1946年11月1日付『徳島民報』一面に掲載された《新憲法祝賀おどり》の広告の、次の喜び溢れる言葉に因んでいます。
「11月3日は新憲法公布の日だ、新日本の黎明だ、平和だ、友好だ、豊年じゃ、満作じゃ、みんなで祝う、阿波踊りが許された、踊りおどるなら華やかに踊ろう」(〔日時〕11月3日朝9時から夜11時まで〔会場〕市役所前〔主催者〕徳島商工会議所と徳島民報)。これが当時の国民の姿です。

調査した65紙に関しては、上記の標題紙に示してあります。新聞名を四角で囲んであるのは、調査した当時に国会図書館に所蔵がなかったので、各地の県立図書館(広島は市立図書館)を訪問して、現地調査したものです。


「目 次」

はじめに(4)
第一 「押し付け憲法」論のでたらめ
第二 安倍首相の所信表明演説に見る国民騙し
第三 「美しい国」「強い日本」のルーツ
平和への私の思い
本書の特徴

三つのプロローグ(12)
プロローグ①…吉田茂元首相が『回想十年』に記した「押し付け憲法」論への反論(12)
プロローグ②…ポツダム宣言受諾と憲法改正の必然性(14)
プロローグ③…報道の違いで生じる差異(17)

第一部 新聞報道により一九四五年末までに形成された「憲法民主化」の世論(21)
外務省による意図的な誤訳(21)
「ポツダム」宣言受諾による民主化及び憲法改正の必然性(22)
民主化を進めなかった東久邇宮内閣(22)
法制局が自主的に行った憲法改正案研究(24)
外務省内での自由闊達な論議(26)
内大臣府の憲法研究(28)
憲法改正に消極的だった幣原内閣(31)
幣原内閣が憲法問題調査委員会を設置(33)
「平和」及び「平和国家」論の社説登場(38)
日本全国に吹く民主化の風(39) 
憲法民主化の世論(41)
日本国憲法の原型「憲法研究会」案の報道(44)
 書簡・出版物等に見る「憲法民主化」論(51)

第二部 新聞報道により追いつめられる松本国務相と幣原内閣(60)
憲法問題調査委員会無視の松本路線(60)
閣議における初めての憲法論議(64)
一月の新聞報道(64) 
二月一日・衝撃の「スクープ」報道(66)
全国二十一紙の「追い打ち」報道(68)
日本輿論調査所の調査結果(70)
GHQの動き(70) 
GHQ民政局の憲法制定会議(74)
二月十三日・外務大臣官邸(74)
松本国務相への不満が爆発した二月十九日の閣議(80) 
「押し付け憲法」論の始まり(82)
政府案作成を閣議決定(84)
松本・ホイットニー会談(86)
「戦争放棄」の原点は「パリ不戦条約」に!(87)
松本・ホイットニー会談以後について(88)
「政府、難局に直面」報道(90)

第三部 政府案についての国民的論議(92)
三月六日政府案の全文報道及び社説(92)
政府案の対する各党の態度(97)
「松本体制」から「金森体制」へ(98)
「憲法研究会」による批判的な声明(98)
讀賣新聞社主催『憲法草案批判講演会(99)
「庶民大学三島教室」主催の討論会(101)
各省庁の反応(102)
司法の民主化及び司法改革(103) 
共和制を規定した二つの憲法草案(105)
二つの世論調査に見る国民の意見(105)
国民の国語運動と「ひらがな口語体」草案の実現(108)
『憲法改正草案逐条説明』及び『憲法改正草案に関する想定問答』(110)

第四部 新憲法公布の記念行事(113)
北海道・東北地方(114)
関東・甲信越(134) 
北陸・東海地方(151)
近畿地方(164) 
中国・四国地方(172)
九州地方(186)

第五部 新憲法祝賀広告・・・大企業からキャバレーまで、そして露天商の組合も!(200)
北海道・東北地方(203)
関東・甲信越(204)
 北陸・東海地方(206) 
近畿地方(208)
中国・四国地方(210)
九州地方(212)

第六部 憲法普及会による多彩な活動
(一九四六年十二月―一九四七年十一月)(216)
『新しい憲法 明るい生活』の前文(216)   
憲法普及会の創設(217)
第一項 講習会及び講演会(218)  
第二項 出版・刊行物による普及活動(219)
第三項 芸能並びに民衆娯楽による啓蒙運動(220) 
第四項 記念作品の募集(223)
第五項 諸団体との提携事業(229)  
第六項 記念週間の設定並びに行事(229)
平和精神昂揚運動(231)

結びにかえて・・・吉田内閣の答弁より(234)
主な原資料と参考文献(236)
おわりに(237)
表紙デザイン 岩田行雄


※本書『心踊る平和憲法誕生の時代』の注文については、こちらから
歴史的事実をもって、安部首相と石原慎太郎議員の「押し付け憲法」論のデタラメを打破するこの本が十万部普及すれば、闘いは必ず勝てると思っています。
自公政権とその補完者である維新の会の暴走を食い止め、憲法改悪を阻止しましょう。
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by kenpou-dayori | 2014-01-03 17:00 | 自著紹介
2013年 12月 26日

憲法便り#520 自著紹介④ 講演記録『憲法第九条はどのように誕生したか』(2011年12月)

12月25日
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2010年7月3日
於 名古屋大学理学部講義室
主催 名大九条の会 東山・見付九条の会

この講演記録は、世界的に有名な物理学者で名古屋大学名誉教授の丹生潔先生と、東山・見付九条の会の事務局の方々のお骨折りにより約600冊刊行されました。
講演以降の一年五カ月間の研究成果を丁寧に加筆しましたので、実際の講演の二倍近い内容になっています。約9万語。
刊行は、2011年12月20日、A4判、50頁、一部100円。(完売)


目 次(岩田行雄著『憲法第九条はどのように誕生したか』)

はじめに・・・講演の三つの要点
《第一部》敗戦前後の状況について(2頁上)
【ポツダム宣言の受諾と憲法改正の必然性または起因】(2頁下) 
【憲法改正をめぐる主な動き】(4頁上)
【外務省における憲法講演会】(1945年9月28日)(4頁下)
【二人の閣僚の問題発言】(1945年10月3日)(5頁上)→東久邇宮内閣総辞職へ
【幣原内閣の誕生と婦人参政権の確立】(1945年10月11日閣議決定)(6頁上)
【内大臣府御用掛・近衛文麿による憲法研究開始】(1945年10月11日)(6頁下)
【最初のマッカーサー・幣原会談】(1945年10月11日)(7頁上)
【幣原内閣が憲法問題調査委員会を設置】(1945年10月13日決定)(7頁下)
【憲法改正に関する戦後初めての世論調査】(1945年12月16~17日報道)(8頁下)
【『朝日新聞』よりー民主化を中心に】(9頁下)
【『讀賣報知』よりー第一次争議を中心に】(10頁上)
【憲法の民主化および平和国家に関する当時の主な著作あるいは主張】(11頁上)

《第二部》昭和20年~21年に作成された主な憲法改正草案及び提言(12頁下)
【法制局の文書】(12頁下) 入江稿『終戦と憲法』(1945年9月18日)ほか。
【外務省の文書】(12頁下) 『憲法改正大綱案』(1945年10月11日)ほか。
【特徴的な草案】(13頁上)
 近衛文麿案(13頁上)、弁護士・布施辰治案(13頁下)、野村淳治案(13頁下)、
憲法研究会案(13頁下)、松本私案(13頁下)、宮澤甲案(13頁下)、
憲法懇談会案(13頁下)、司法改革同志会修正案(14頁上)、
日本弁護士協会・東京弁護士会共同修正案(14頁上)、
日本共産党案(14頁下)、大島暫定憲法14頁下)
【法制局内で敗戦直後から密かに、自発的に検討された憲法改正文書から】(15頁上)
 入江稿『終戦と憲法』(1945年9月18日)(15頁下)
 入江稿『憲法改正の基本的立場』(1945年10月23日)(15頁下)
(秘)井出稿『ポツダム宣言受諾ニ伴ヒ研究ヲ要スル憲法第二章ニ於ケル問題     (1945年10月22日成)(16頁上)
【憲法研究会『憲法草案要綱』(1945年12月26日)について】(18頁上)
 憲法研究会案を起草した七人(18頁下)
 高野岩三郎(18頁下)および『改正憲法私案要綱』(11頁下の⑯)
馬場恒吾(19頁上)、杉森孝次郎(19頁上)、森戸辰男(19頁上)、
岩淵辰雄(19頁下)、室伏高信(19頁下)、鈴木安蔵(19頁下)
 憲法研究会『憲法草案要綱』の内容(20頁下)
 憲法研究会『憲法草案要綱』に関する新聞報道(21頁下)
【松本国務相『憲法改正私案』(1946年1月4日稿)】(22頁下)
【憲法問題調査委員会・宮澤(俊義)甲案(1946年1月4日(秘)】(23頁上)

《第三部》日本政府とGHQの動き=明治憲法押し付けと平和憲法制定のせめぎ合い(24頁上)
日本政府の動き・第一期 法制局の文書に基づいて既述(15頁下~16頁上)
日本政府の動き・第二期(24頁上)
第一の問題点 『マッカーサー回想記』に書かれている幣原首相との会談内容
第二の問題点 憲法問題調査委員会で、軍に関する条項の存置決定(26頁上)
第三の問題点 閣議での憲法改正案論議(26頁下)
GHQの動き・第一期 改憲および憲法の自由主義化を示唆(27頁上)
GHQの動き・第二期 研究と論点整理(27頁上)
1945年12月6日付け『日本の憲法についての準備的な研究と勧告の報告書』(同)
1946年1月11日付け報告書『民間の研究団体(憲法研究会を指す)により提案された憲法改正案に関する註解』(27頁上)
  連合国の動き・極東委員会の設置決定および日本視察(27頁下)
 日本政府の動き・第三期 GHQとの交渉へ(28頁上)
 GHQの動き・第三期 憲法草案作成と提示(29頁上)
 「マッカーサー・ノート」の三条件(29頁下)
【2月13日に外務大臣官邸でGHQ草案を手渡した際の『記録』より】(30頁下)
第一の論題 GHQ草案の提示(30頁下)
第二の論題 草案の内容について(31頁上)
第三の論題 天皇の戦犯問題(31頁下)
第四の論題 民主的な憲法草案、保守的な憲法草案のどちらを選ぶかついては国民に権利がある(31頁下)
第五の論題 一院制か、二院制かの問題(32頁下)
第六の論題 日本側からの検討の約束および再会談の約束(32頁下)
第七の論題 GHQ側の秘密保持の確約と再会談の約束(33頁上)
【2月19日の閣議での初めての報告と「押し付け憲法」論の始まり】(35頁上)
松本国務相の閣議での報告(35頁上)、佐藤達夫論文(35頁下)、ロバート・ウ
ォード論文(35頁下)、吉田茂の証言(37頁上)、白洲次郎の証言(39頁上)、
長谷川元吉の証言(39頁上)、ハッシー(39頁上)、ラウエル(39頁下)
【戦争放棄を、単独の条文だけで第二章とした理由は】(41頁下)
【パリ不戦条約(「戦争放棄に関する条約」)】(1928年8月27日)(42頁下)
【日本政府の『憲法改正草案要綱』発表と新聞報道】(1946年3月6日)(44頁上)
【松本国務相排除と金森徳次郎登場の準備完了】(44頁下)
【政府が「ひらがな口語体」の憲法改正草案を発表】(1946年4月17日)(45頁上)

《第四部》憲法草案の審議、そして条文の確定(46頁上)
【衆議院の構成と三段階の審議】(46頁上)
【小委員会での審議の基本点】(46頁下)
【小委員会での第九条に関する論議の主要な点】(47頁下)

おわりに 法制局作成の『想定問答集』と『草案逐条説明』に見る第九条の精神の真髄
〔資料〕平和と憲法の民主化を求める世論(1945年9月~1945年12月の全国各紙より)
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by kenpou-dayori | 2013-12-26 07:13 | 自著紹介
2013年 12月 21日

憲法便り#511 自著紹介③:岩田行雄編著『外務省と憲法第九条』(刊行のことば)

2013年12月20日

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正式なタイトルは、『外務省と憲法第九条―外務省極秘文書、内部文書を出発点に、内閣法制局、憲法問題調査委員会(通称「松本委員会」)、民間の憲法草案、GHQ文書を辿り憲法制定過程の真相に迫る資料復元と時事問題の書』と、長い副題が付いている。
二番目の著作『平和憲法誕生の真実』の刊行で一段落したと思っていたが、外務省外交史料館および国立国会図書館憲政資料室における調査で、外務省が三十年経過で公表した外交資料の中に、多数の憲法関係資料が存在することが判明した。
調べてみると、外務省と憲法九条の関係を深く追求した研究はない。したがって、『外務省と憲法第九条』と銘打って、真正面から取り組んだのが本書である。
幸い、30年経過で外交文書、外務省文書が公表されたから、検証や研究が可能であった。
秘密保護法では、秘密指定された文書の公表は、最長60年を可能としており、そのようなことが罷り通れば、事実上、検証は不可能となる。
それゆえ、刑罰による罰則規定を具備した「特定秘密保護法」なるものは、絶対に許してはならない。廃止すべきである。
本書は、B5判、287頁、一冊200円。2,000円の誤りではない。
憲法関係の出版はこれを最後にして、16-18世紀ロシアの書籍文化史研究に戻るつもりだったので、全国各地の多くの方々にご協力いただいた「韓国講演のためのカンパ」の残額(あとで計算してみるとこれは残額ではなかったが)をすべて印刷代の廻したため、このような価格設定が可能であったが、1冊売る毎に、500円の赤字となった。
予約注文が1,500冊を上回り、1,700冊を刊行したが、即完売となった。
以下、「刊行の」「目次」「主な参考文献」「あとがき」を掲載する。

【刊行のことば】
 このたび新たに『外務省と憲法第九条』を刊行することを大きな喜びとするものです。
昨年四月に『平和憲法誕生の真実』を三千冊出版した段階では、憲法に関する普及書の執筆はこれで最後になるものと考えておりました。
しかし今年四月に、外務省の外交記録の中に約九十点に及ぶ憲法関係資料が存在することが判り、従来の研究でほとんど触れられていないことも判りましたので、出版を決意した次第です。
文書は、外務省が三十年経過で一九七六年に行った第一回、第二回公開外交記録(マイクロフィルム版)の中にありました。文書の作成は、敗戦の翌月である一九四五年九月に始まっています。詳しいことが判ったのは、二〇〇四年から足掛け六年通い続けている国立国会図書館の憲政資料室に於いてです。
国家の最重要機関である外務省文書の中に出てくる「不純物(内大臣、枢密院など)を除去すること」、「特権階級の絶滅を期すべきなり」、「軍国主義の抹殺」などの言葉は驚きです。明快であり、「過激」でもあります。軍の消滅を惜しむ声は全くありません。
また、外務省での一連の第九条研究は優れた啓蒙の書です。日本の永世中立国化、日本と朝鮮半島を中立地帯とする構想の検討があったことも注目に値します。
外務省の憲法関係資料に気づいたのは、今年五月十六日に予定していた講演の準備をしていた時のことでした。
私は、講演を行なう度ごとに、帰りの乗り物の中で、その日不十分だった点、失敗した点について反省をし始めます。そして、さらに研究を重ね、より良い講演を目指します。そして、それぞれの講演ではその前日までの研究成果を駆使して、最善を尽して来ました。
しかしながら、ひとつの大きな課題が残っていました。それは、憲法をめぐる当時の日本社会の実相を明らかにしきれていない、漠とした点が残ることでした。そのため、かなり緻密な研究を積み重ねてきたつもりでも、常に「画竜点睛を欠く」というような思いがありました。
これまで憲法制定過程は、「松本委員会」対GHQという対立軸の狭い範囲で捉えられてきました。そして、その論議の対象は、成立過程に直接関係したごく一部の人々の動静であり、国民が何を望んでいたのかという最も重要なことについては語られてきませんでした。唯一の例外は、「憲法研究会」についての言及です。
しかし、国家の最重要機関である外務省の文書の中に存在していた憲法関係文書に光を当てることにより、新たな視点からの検討が可能となりました。そして、日本社会の実相に基く対立軸を明確に描くことが出来ました。
それは、外務省資料を加えての「日本国民への明治憲法押し付けに固執する松本委員会」対「憲法の民主的改革を望む幅広い国民」という対立軸です。これは日本で始めての、具体的で明確な提起と言えます。
「憲法の民主的改革を望む幅広い国民」には、「憲法研究会」に集った人々のみならず、改革を望み憲法改正草案作成に携わった研究者、弁護士を含む法律家、ジャーナリスト、政治家、政党、官吏、市民、さらに松本委員会の中の少数意見、及び新聞記事、雑誌論文、世論調査等に示された広範な国民各層の意見が含まれます。
こうした視点から検討をすると、これまで省みられることのなかった民間で個々に発表された草案も、当時の国民の意見として大きな意味合いを持ち、光を放ちます。
この提起を揺るぎないものにするために松本委員会、法制局、外務省の憲法改正草案のみならず、民間で作成された個々の憲法改正草案にもすべて目を通し、当時の『朝日新聞』、『毎日新聞』、『讀賣報知』新聞をも読み返しながら検証を行ないました。この検証の過程で数多くの「発見」がありました。天皇と天皇制、戦争責任追及は勿論のこと、朝日、読売をはじめとする報道機関の民主化、農業の民主化、国語の民主化運動、お相撲さんも民主化、警察改善、官僚制度改革等、日本の民主化が日常的に新聞の見出しとなっていました。
この時代には、自由、平和、民主主義、憲法改正、戦線の統一を求める思想、信条、党派を超えた巨大なエネルギーがありました。深刻な食糧不足、失業問題を抱えながらも、日本の再建が熱く語られていました。
これらを感じ取って頂くため、収録を大幅に増やしました。従って、内容は当初予定した『外務省と憲法第九条』という狭い範囲を大きく超えましたが、本書の出発点を明確にするために標題をそのままとしました。
本書では、敗戦直後からの憲法改正を巡るを動きを同時並行的な記述に近づけるため、外務省、法制局、民間の研究団体「憲法研究会」、政府が松本烝治を委員長として組織した憲法問題調査委員会等について、それぞれの章を細かく設定して説明を行なっています。社会の状況を伝えるため、重点的な【時事解説】も挿入しました。
本書の執筆で、ようやく、竜に睛(ひとみ)を描き入れることが出来たと思います。
今回も、自費出版を選択し、歴史の真実以外からは如何なる制約も受けずに、本の完成を目指して来ました。
発行日を八月二十七日としたのは、パリ不戦条約(正式名称は「戦争放棄に関する条約」)が締結された一九二八年八月二七日を記念してのことです。
表紙をライトブルーにしたのは、それなりの理由があってのことです。『平和憲法誕生の真実』の桜色は、憲法公布の日に紅白のお饅頭が配られたとの友人の話に因んで、『検証・憲法第九条の誕生』の白に合わせてのことでした。今回のライトブルーは、前二作と併せて、フランスの三色旗を想い描いてのことです。
この本は、前回の『平和憲法誕生の真実』と同様、講演活動の中から生まれました。従いまして、これまで講演にお招き下さった方々、講演をお聞き下さった方々、著作を普及して下さった方々、カンパや励ましの手紙や電話を下さった方々に対する感謝の気持ちを込めて、価格は一冊二百円としました。採算は全く度外視です。
短く、そしてやさしくまとめた本の出版の要望を受けることがあります。それはそれなりの役目を果たしますが、やさしくまとめたパンフレットを何冊読んでも、本当に知りたいことには辿りつけません。
個人を英雄化した映画も、史実の不正確さという限界があります。ドラマは歴史の真実ではありません。例え近く予想される国民投票に勝利したとしても、改憲の策動は執拗に繰り返されます。歴史的事実にしっかりと根ざした確信がなければ、不十分さや不正確さに攻撃を向けられた場合、確信が崩れ、有効な闘いは組めません。
本書を執筆中に、東京近県に十七年間に亘り、毎月一回の学習会を開いている市民団体があると聞きました。毎回五十人近い参加者があるそうです。「改憲」を主張する元自衛官の人たちを中心とする会だということです。すごいエネルギーと持続力です。改憲勢力をあなどってはならないと思います。
憲法をめぐる最大の問題は、八月三十日の選挙結果でどのような政権が実現しても、憲法をめぐる情勢がますます切迫して来ることです。自民党も民主党も改憲派が多数をしめており、鳩山由紀夫民主党代表も改憲論者で、第九条を変えることを主張しているからです。
力強く運動を進めるためにいま最も大切なことは、原点に立ち返り、歴史の真実を我がものとし、確信を深めることだと思います。
真実は十年後、二十年後の闘いにも十分に通用します。古くて新しい攻撃である「押し付け憲法」論を、説得力により押し返すことの出来る第一級の史料として、本書を世に送り出します。
二〇〇九年八月九日(平和を祈念しつつ)
〔凡例〕
*大日本帝国憲法以外は、読み易さを優先し、カタカナを平仮名に改めた。カタカナを平仮名に改めた資料には、その旨を記した。
*旧仮名遣いを現在の仮名使いに改めた。
*カタカナ文語体の文章には濁点がなく、また句読点も非常に少なく読みづらいので、著者の判断で、濁点、句読点を付した。
 ただし、条文には句読点は追加していない。
*送り仮名を次のように改めた。
(例)及→及び、且→且つ、速に→速やかに、並に→並びに、従て→従って、以て→以って、於て→於いて
*旧字体の漢字を、現在の字体に改めた。
(例)聯合→連合、國體→国体
ただし、新聞の見出しなどでは強調するためにあえて旧字体を残した場合もある。
*難しい漢字は、読み仮名と意味をカッコ内に付した。
*編著者による(注)は、はっきりと区別出来るように、あえて(岩田注)と表記した。
*記述の対象期間はほぼ一年間なので、年号は西暦ではなく、「昭和」に統一した。
*判読不能な箇所は□□で代用した。
*大日本帝国憲法は、巻末に参考資料として収録した。
*つぎの語彙は、本文中でも適宜説明を挿入した。
[欽定憲法(きんていけんぽう)]君主の単独の意思によって制定された憲法。
【国体】主権又は統治権の所在により区別した国家体制。
【諮詢(しじゅん)】問いはかること
【諮詢機関】明治憲法下で、天皇の諮詢に応じて意見を上奏した機関。枢密院、皇族会議、元帥府、軍事参議院の類。
【枢密院(すうみついん)】天皇の諮詢機関。昭和二十二年五月二日に廃止。
【天皇機関説】天皇は法人としての国家の最高機関で、統治権は国家にあると、美濃部達吉らが唱えた学説。明治憲法の解釈では、国家の統治権は天皇にある。
【大権(たいけん)】明治憲法下、広義には天皇が国土・人民を統治する権限、即ち統治権。狭義には憲法上の大権として、帝国議会の参与によらず、輔弼(ほひつ)機関のみの参与によって天皇が行使する権限
【内大臣(ないだいじん)】天皇の側近。昭和二十年十一月二十四日に廃止。
【内府(ないふ)】内大臣の別称
【輔弼(ほひつ)】天子の政治をたすけること

*『憲法便り#512』に続く。
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by kenpou-dayori | 2013-12-21 22:09 | 自著紹介