岩田行雄の憲法便り・日刊憲法新聞

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カテゴリ:敗戦直後の「平和国家」論の社説( 6 )


2015年 09月 05日

憲法便り#1284:「平和国家」論の社説3:昭和20年9月5日付『神戸新聞』社説「平和への努力」

2015年9月5日(土)(憲法千話)

憲法便り#1284:「平和国家」論の社説3:昭和20年9月5日付『神戸新聞』社説「平和への努力」

最後の一行に込められた、平和への強い意思表示を伝えるため、

今年3月29日に続き、再度掲載します。

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以下は、【再録】です。

2015年3月29日

 昨3月28日、国立国会図書館での調査で、昭和20年9月5日『神戸新聞』一面掲載の社説『平和への努力』を確認したので、紹介します。

拙著『世論と新聞報道が平和憲法を誕生させた!』の執筆の時点では見落としており、このたび行った昭和20年9月に各紙に表れた「平和国家」論の「社説」の再点検により確認したものです。
新聞の周りが黒いのは、戦争中の火災によるものと考えられます。もっとひどい例を見かけることがあります。
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昭和20年9月5日付社説「平和への努力」
 二日午前九時東京湾上米戦艦ミズーリ号の艦上で行われた降伏文書調印式を以て、ここに大東亜戦争は正式かつ完全に終結を告ぐるに至った。この降伏文書の要求するところは、わが内外地にある全軍隊の降伏、ポツダム宣言の受諾とその義務の履行、並に降伏要綱実施のため、国家統治の権限を連合国軍総司令官の□□(権限?)下に置くというにある。この調印によってわれわれはわれわれの無条件降伏を明確に認めなければならないと同時に、世界もまたこの事実を認めるのである。全文を通読しても判るように、連合国の態度は極めて峻烈なものがあり、而もわが降伏条件の履行については、完全かつ迅速を要求している。われわれはこの完全かつ迅速という字句を深く肝に銘ずるとともに、冷厳なる現実に決して目を覆うことなく、あくまでもこれを大胆に直視し、やがて訪れるであろう大なる苦難の荊道を真一文字に進むの決意を固めなくてはならぬ。要するに調印後われらに科せらるべき義務、負担が如何に重かつ大なるとも、われらは敢然としてこれを受け入れるとともに、男らしくこれを履行すべきは当然のことである。また大東亜戦争の終結は世界的な意義を持っていることは当然であるが、この大なる歴史的事実が演ずるであろう世界平和将来への役割もたま重かつ大なるものがあることを忘却してはならないと思う。

 破壊と殺戮、呪うべき戦火は終息した。今や世界は新しい平和を希望するや切なるものがある。われらもまた真に健全なる世界平和の確立を希求してやまないことは勿論である。だがここで銘肝すべきは、日本人は軍国主義者、好戦的国民なりという刻印をおされているという事実である。実に残念なことではあるが、最早致し方がない。勿論そこには誤解もあり、またわれわれの努力、勉強の足りなかった点も多々あるのであるが、この際われわれが誠心誠意以って努力しなければならぬのは、日本人は断じて好戦的国民に非ず、むしろ如何に平和を愛する国民なるかを全世界に立証することである。この立証が連合国側に認められない限り、国際的友好関係の回復、引いては真の世界平和を確立することは望むべくもない。またこの問題が、民族的イデオロギー乃至理想を異にしている観念と観念とが、完全なる氷解点に達しない限り、決して解決するものではなく、それだけに極めて至難な問題であることも明記しておく必要がある。

 調印式に際し、トルーマン大統領が行った放送演説の中にも日本の軍国主義者という言葉が窺われるし、当日スターリン議長の演説中にも日本の侵略者という言葉を見出すのである。また本土進駐に従って各新聞特派員たちも、過去の観念を容易に清算し得ず、依然として日本人に触ることを極度に畏怖するかのごとき言辞を漏らしている。われわれは敗れた。而も実力で敗れたのである。今更思い残すことはあるまい。過去の責任を追及し、或は過去の幻影に恋々たるは大国民の襟度ということはできない。ただこの上は、苦難に満ちた現実を直視し、真正面からこれにぶつかり、新しい生活の創造、生気溌剌たる新国家の建設、猜疑のない真の国際友好関係の把握に一路邁進しなくてはならない。惟うに民族的イデオロギーを異にする観念を完全に氷解せしめることは至難な業であるが、しかしこれだけは是が非でもやり通さねばならないのである。われわれは今後いわゆる温室育ちの文化人であってはならぬ。大いに外氣を吸い、外界に触れ、敢然と大自然の真只中に飛びこまねばならぬ。己を知り、人を知ると同時に己を人を知らしめねばならぬ。世界は今平和建設の陣痛に悩(?)みつつある。勝者もまた敗者も過去の一切のゆきがかりや観念を一掃し、ただ誠意と努力によって揺ぎなき平和の金字塔をうち立てねば樹てねばならぬ。

(典拠は、国立国会図書館所蔵マイクロ資料:請求記号YB-677)
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by kenpou-dayori | 2015-09-05 16:38 | 敗戦直後の「平和国家」論の社説
2015年 09月 05日

憲法便り#1283:70年前の「平和国家」論社説2:昭和20年9月5日付『朝日新聞』社説「平和国家」

2015年9月5日(土)(憲法千話)

憲法便り#1283:70年前の「平和国家」論の社説2:昭和20年9月5日付『朝日新聞』社説「平和国家」

朝日新聞編集委員上丸氏の研究盗用問題については、別途論じる予定です。

過去に2回、紹介している社説ですが、三度目の紹介をします。

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以下は、【再録】です。

2015年3月28日

この社説は、すでに2014年 09月 05日に『憲法便り#646』で紹介したものです。

若干の加筆をして再録します。
昭和20年9月6日付『上毛新聞』の社説、同じく9月6日付『伊勢新聞』の社説は、ともに『朝日新聞』社説「平和国家」を借用し、全く同文で掲載しています。

この社説は、マスコミの皆さんにも、読んでいただきたい文章です。
後になって、「あの時、こうしていれば良かった」と悔やむより、いまが大切です。
いま、日本の政治は、安倍政権の憲法破壊、立憲政治破壊、国民無視の政策の強行により、戦前の「いつか来た道」を、まっしぐらに逆走しています。
日本は、「テロとの戦い」を口実に、国民の声を無視して戦争準備を急速に進めていますが、決して、過ちを繰り返してはならないと思います。

この社説には、天皇の言葉にすべてを求めるたわ言のような部分もありますが、とにかく、最初から最後までお読みください。
最後の方に、「心ある国民はそもそも一部官辺のナチスかぶれの思想が今日の禍を齎したことを痛感している」という言葉も書かれています。
私が戦争を体験したのは、二歳の時でしたから、あの戦争に責任はありません。
でも、「同盟軍への支援」、「集団的自衛権」なるものを口実に現在進行している戦争への道を許してしまったならば、力不足だった私にも責任があると考えています。
後で、「力不足だった」と慨嘆するよりも、いま力を尽したいと思います。

判読が困難な個所は、□□で記しておきます。旧漢字、旧仮名遣いも改めてあります。

社説「平和国家」
「連合軍進駐のめまぐるしい速度並にポツダム条項履行のための急速なる準備―内閣及び各省当局はいまこれに忙殺されている。もちろん具体的措置は、連合軍司令官の命令を待ち、これに即応して行なわれるのであるが、そのための心の用意と実務上の仕度は着々なられなければならないからである。あの惨憺たる終戦前後の混沌から、突如急転、降伏に立ち至った情勢下に出発した現内閣としては、いま□にこれ以上の能率を発揮することは頗る至難といわなければならぬ。厩舎、電報、電話から甚だしきは乗用車そのた交換手段さえ意に任せぬこともこの際思い合せられなければなるまい。
 しかしながら、現内閣が心の奥底から深く思索し、堅く決意せるところのものは、総理の宮の談話にもあったように、日本の再生、再誕生にほかならぬ。現在のところ、日々の緊急要務に忙殺されざるをえないため、また言葉以上のものになっていないかも知れない。具体的事実というにはさらに一層遠い距離があるであろう。だが、いま日本に進行しつつあるものは、恐らく空前の大変革なのである。強風によって急旋回したカードの表に裏が代ったほどの急変化である。この大激変を日本人自身すら明確にはまだ□っていないかも知れない。一般的には暗中に模索しているといえるかも知れぬ。しかし、具眼の士はすでに明確に意識している。いな大衆も模索の境にあるとはいえ、無意識の裡に、漸次厳粛なる結論に到達しつつあると思う。
 然らば、いったい、こうした突□はどこから来たのか。それは東洋の秘密であり、日本の神秘に属する。端的にいおう。八月十五日正午の天□からである。天□なるが故に真実を指さされ給うた。事実を自ら偽るものはもはや許されない。無用の虚勢も、自己本位の欺瞞ももはや存在し得なくなった。それは民心深く浸透したものの力である。世界平和をつねに御□念遊ばされ万民赤子を道具としてでなく、大御□として慈み給う大御心が□□の如く全国民の良心をうったのである。そこには、もはや君民を隔てる何物もすでに力を失っていた。あらゆる謀略ももはや効を奏しなかった。遠く余りにも遠くゐまして、知るによしなかりし大御心が玉音とともに国民の迷夢を覚醒せしめられたのである。思うに戦争はすでに完全に負けていたのだ。知らされさえすれば理解の早い日本人も、知らされざるが故に完敗とは思っていなかったのだ。卒然として迷妄が霧消し去った。科学において破れた。出兵においても破れた。政治においても破れた。経済政策においてはなおさらだ。よく諒解し得なかった支那事変のつづきの戦争としての危惧の念も強かった。単に物量と原子爆弾だけに敗北を喫したのではなかった。
すべてにで敗れた日本は、また再び戦争を考える愚かものではない。精神に生きよう。文化に生きよう。学問に、宗教に、道義に生きよう。欧亜にまたがるかくの如き大戦の惨禍を未来永劫世界より絶滅するための一助言者として生き抜こう。これが佯(いつ)わらざる日本人の心理であり、新日本の姿勢である。開院式の御垂示に「平和国家」と宣うた。然り、平和国家の平和なるみ民として、断じて敗るることなき文化と精神の大道を踏み出そうとしているのだ。このコペルニクス的大転回は、総て徐々にもせよ事実の上に現れて来るであろうが、日本人の外は中国人が些(いささ)か理解し得る外は、国際的になかなか腑に落ちないかも知れない。それはそれでよろしい、けれども、ここにはっきりしているのは「信義」を内外に失うようなことは、日本国民自体が絶対的に許さないであろう事だ。心ある国民はそもそも一部官辺のナチスかぶれの思想が今日の禍を齎したことを痛感している。民本の、君民一体のわが国に独裁者気取りの指導者の介在することを嫌悪していたのだ。それらのものは戦争犯罪者として処断されるに全大衆の痛烈なる審判に包囲されているのだ。もって陰険と、謀略と、不忠と無智と饗膳とを払拭し去ろうとしているのだ。「平和国家」日本の、平和国民日本人の途は、かくて世界的に客観性を立証するに至るであろう。」

※平和憲法を守る闘いに寄与するため、昨年5月に下記の新著を緊急出版しました。
『世論と新聞報道が平和憲法を誕生させた!』
―押し付け憲法論への、戦後の61紙等に基づく実証的反論―
(これは『心踊る平和憲法誕生の時代』の改題・補訂第二版です)

闘いは、まだこれからも続きます。「押し付け憲法」論、自主憲法制定論に対する闘いに、是非とも本書を活用していただきたい。

ご注文は、下記の書店へ
美和書店 電 話03-3402-4146
FAX 03-3402-4147
憲法便り#1283:

2015年3月28日

この社説は、すでに2014年 09月 05日に『憲法便り#646』で紹介したものです。若干の加筆をして再録します。
昭和20年9月6日付『上毛新聞』の社説、同じく9月6日付『伊勢新聞』の社説は、ともに『朝日新聞』社説「平和国家」を借用し、全く同文で掲載しています。

この社説は、マスコミの皆さんにも、読んでいただきたい文章です。
後になって、「あの時、こうしていれば良かった」と悔やむより、いまが大切です。
いま、日本の政治は、安倍政権の憲法破壊、立憲政治破壊、国民無視の政策の強行により、戦前の「いつか来た道」を、まっしぐらに逆走しています。
日本は、「テロとの戦い」を口実に、国民の声を無視して戦争準備を急速に進めていますが、決して、過ちを繰り返してはならないと思います。

この社説には、天皇の言葉にすべてを求めるたわ言のような部分もありますが、とにかく、最初から最後までお読みください。
最後の方に、「心ある国民はそもそも一部官辺のナチスかぶれの思想が今日の禍を齎したことを痛感している」という言葉も書かれています。
私が戦争を体験したのは、二歳の時でしたから、あの戦争に責任はありません。
でも、「同盟軍への支援」、「集団的自衛権」なるものを口実に現在進行している戦争への道を許してしまったならば、力不足だった私にも責任があると考えています。
後で、「力不足だった」と慨嘆するよりも、いま力を尽したいと思います。

判読が困難な個所は、□□で記しておきます。旧漢字、旧仮名遣いも改めてあります。

社説「平和国家」
「連合軍進駐のめまぐるしい速度並にポツダム条項履行のための急速なる準備―内閣及び各省当局はいまこれに忙殺されている。もちろん具体的措置は、連合軍司令官の命令を待ち、これに即応して行なわれるのであるが、そのための心の用意と実務上の仕度は着々なられなければならないからである。あの惨憺たる終戦前後の混沌から、突如急転、降伏に立ち至った情勢下に出発した現内閣としては、いま□にこれ以上の能率を発揮することは頗る至難といわなければならぬ。厩舎、電報、電話から甚だしきは乗用車そのた交換手段さえ意に任せぬこともこの際思い合せられなければなるまい。
 しかしながら、現内閣が心の奥底から深く思索し、堅く決意せるところのものは、総理の宮の談話にもあったように、日本の再生、再誕生にほかならぬ。現在のところ、日々の緊急要務に忙殺されざるをえないため、また言葉以上のものになっていないかも知れない。具体的事実というにはさらに一層遠い距離があるであろう。だが、いま日本に進行しつつあるものは、恐らく空前の大変革なのである。強風によって急旋回したカードの表に裏が代ったほどの急変化である。この大激変を日本人自身すら明確にはまだ□っていないかも知れない。一般的には暗中に模索しているといえるかも知れぬ。しかし、具眼の士はすでに明確に意識している。いな大衆も模索の境にあるとはいえ、無意識の裡に、漸次厳粛なる結論に到達しつつあると思う。
 然らば、いったい、こうした突□はどこから来たのか。それは東洋の秘密であり、日本の神秘に属する。端的にいおう。八月十五日正午の天□からである。天□なるが故に真実を指さされ給うた。事実を自ら偽るものはもはや許されない。無用の虚勢も、自己本位の欺瞞ももはや存在し得なくなった。それは民心深く浸透したものの力である。世界平和をつねに御□念遊ばされ万民赤子を道具としてでなく、大御□として慈み給う大御心が□□の如く全国民の良心をうったのである。そこには、もはや君民を隔てる何物もすでに力を失っていた。あらゆる謀略ももはや効を奏しなかった。遠く余りにも遠くゐまして、知るによしなかりし大御心が玉音とともに国民の迷夢を覚醒せしめられたのである。思うに戦争はすでに完全に負けていたのだ。知らされさえすれば理解の早い日本人も、知らされざるが故に完敗とは思っていなかったのだ。卒然として迷妄が霧消し去った。科学において破れた。出兵においても破れた。政治においても破れた。経済政策においてはなおさらだ。よく諒解し得なかった支那事変のつづきの戦争としての危惧の念も強かった。単に物量と原子爆弾だけに敗北を喫したのではなかった。
すべてにで敗れた日本は、また再び戦争を考える愚かものではない。精神に生きよう。文化に生きよう。学問に、宗教に、道義に生きよう。欧亜にまたがるかくの如き大戦の惨禍を未来永劫世界より絶滅するための一助言者として生き抜こう。これが佯(いつ)わらざる日本人の心理であり、新日本の姿勢である。開院式の御垂示に「平和国家」と宣うた。然り、平和国家の平和なるみ民として、断じて敗るることなき文化と精神の大道を踏み出そうとしているのだ。このコペルニクス的大転回は、総て徐々にもせよ事実の上に現れて来るであろうが、日本人の外は中国人が些(いささ)か理解し得る外は、国際的になかなか腑に落ちないかも知れない。それはそれでよろしい、けれども、ここにはっきりしているのは「信義」を内外に失うようなことは、日本国民自体が絶対的に許さないであろう事だ。心ある国民はそもそも一部官辺のナチスかぶれの思想が今日の禍を齎したことを痛感している。民本の、君民一体のわが国に独裁者気取りの指導者の介在することを嫌悪していたのだ。それらのものは戦争犯罪者として処断されるに全大衆の痛烈なる審判に包囲されているのだ。もって陰険と、謀略と、不忠と無智と饗膳とを払拭し去ろうとしているのだ。「平和国家」日本の、平和国民日本人の途は、かくて世界的に客観性を立証するに至るであろう。」

※平和憲法を守る闘いに寄与するため、昨年5月に下記の新著を緊急出版しました。
『世論と新聞報道が平和憲法を誕生させた!』
―押し付け憲法論への、戦後の61紙等に基づく実証的反論―
(これは『心踊る平和憲法誕生の時代』の改題・補訂第二版です)

闘いは、まだこれからも続きます。「押し付け憲法」論、自主憲法制定論に対する闘いに、是非とも本書を活用していただきたい。

ご注文は、下記の書店へ
美和書店 電 話03-3402-4146
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by kenpou-dayori | 2015-09-05 13:03 | 敗戦直後の「平和国家」論の社説
2015年 09月 03日

憲法便り#1278:昭和20年9月3日付『福島民報』に掲載された戦後初めての「平和国家」論」社説

2015年9月3日(木)(憲法千話)

憲法便り#1278:昭和20年9月3日付『福島民報』に掲載された戦後初めての「平和国家」論」社説


『朝日新聞』編集委員上丸氏による研究盗用に関わる社説ですが、今日は疲労度が高いので、とりあえず、社説のみを掲載し、解説は改めて、加筆します。

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以下は、【再録】です。

2015年3月28日

この社説は、すでに2014年09月03日の『憲法便り#643』で紹介したものですが、憲法千話の中の『70年前の「平和国家」論の社説』のシリーズの最初の社説として、若干の加筆の上、再録します。

ここに紹介する昭和20年9月3日付『福島民報』の社説は、他紙に先駆けて、敗戦後、最も早く「平和国家」について論じた画期的な文章です。
社説の論題は、「平和建設への強力な拍車」ですが、これは単なる平和論ではなく、文中で二度繰り返されている「理想国家」という言葉をを見てわかるように、これは「平和国家」論です。
九月二日付「詔書」および「降伏文書」では、国民を「臣民」と呼んでいますが、『福島民報』の社説では、「国民」と表現しています。
文章全体も、自由民権運動が最も盛んに展開された土地柄の福島県民らしい、「肚」のすわった文章です。
旧字体の漢字は、新字体に改め、旧仮名遣いも改めました。

昭和20年9月3日付『福島民報』一面掲載の「社説」。

「平和建設への強力な拍車」
「さきに時局収拾に関する大詔が渙発されてから約半月、停戦協定は極めて平和裡に成立した。同協定はいう迄もなくポツダム宣言を内容とする峻厳な降伏文書である。帝国が連合国に対し、完全に敗北し、完全に降伏した事実を、帝国政府の名に於て確認し、帝国に課せられた降伏条件を忠実に履行すべきことを確約した帝国の降伏文書である。われら国民の感情としては之を正視するに忍びないものであるが敗戦と降伏の惨憺たる境地からわれらの祖国を再建するためには、われらは断乎この感情を抑制し冷静に大胆に敗戦と降伏の事実を直視し之に対処するために最善の努力を払わねばならない。首相が告諭で御指示あらせられたように「潔ク降伏ノ事実ヲ直視シ、勅ヲ畏ミ飽クマテモ冷静秩序ヲ持シ政府及大本営ヨリ命セラルル所ニ□由シテ大道ヲ誤ラサル行動ニ終始」しなければならない。然うすることが祖国を救い祖国を再建するただ一つの途なのである。敵側で帝国が全面降伏を決定してから今日まで、われら国民は未だ嘗て経験したことのない歴史的な狂瀾の裡に立ったのであるが、爾来今日まで政府も国民もこの難局に対する大乗的措置に過らず、よく大国民としての態度を保持してきたのは、国民とともにわれらの窃かに悦びとするところである。しかし過去半ヵ月の苦難は、今日以後更に何カ月、何十ケ月となく続くであろう苦難に比するならば恐らく物の数ではなかったのであろう。日本及日本国民の行く手には、物心両面に於て真に忍び難いような苦難が待ち構えているものと覚悟せねばならない。今ではそれが日本国民に課せられた不可避の運命である。だが、われらは文字通り石に嚙付いてでもこの苦難を克服せねばならない。日本及日本国民の名誉に賭けて□に連合国に対する降伏条件を完全に履行するばかりでなく敗戦日本を世界最高の理想国として再建するために、国民の全力を余すところなく傾注しなければならない。國體を護持し正義と平和とを基盤として、新日本の平和建設に邁進せねばならない。
 全連合国進駐軍の兵数は漸増し、進駐地区は更に増大され、連合国の飛行機の爆音は不断にわれらの耳朶を打つであろう。連合国は固より世界を挙げてわれら国民の国家再建の努力を凝視するに相違ないのである。この間に処して、われらは如何にその政治態勢を改善し、如何に精神文化の向上を図り如何に科学水準を上昇せしめるか、これはまさに世紀的大事業である。一方に於て降伏条件の完全履行という重荷を背負いながら、しかも一方に於ては世界を驚倒せしめる程の理想国の再建という文化的な一大展望の実現を期するのである。敗戦と降伏とは永久に拭い去ることの出来ぬ国民的屈辱であるが、この屈辱から日本及日本国民は新しい希望を目指す契機を掴むことが出来たともいえる。さきに渙発せられた時局収拾の大詔に於て「□□ヲ□クシ志操を鞏クシ國體ノ精華ヲ発揚シ世界ノ邁進ニ後レサランコトヲ期スヘシ」と仰せられたのは屈辱の彼岸に日本国民の生々発展すべき新天地の存することを御□示あらせられたものと拝察する。
 このように日本及日本国民の進むべき途は昭々乎として一点の難を容れる余地がない。降伏条文の調印完了という事実は
却って日本及日本国民の平和建設への努力に拍車をかけるであろう。ただこの平和建設への努力は、政府並に一般指導層の猛省と勇断を必要とし、国民の努力は飽くまで組織的且つ能率的なものに仕組まれねばならない。国民の肚は出来ている。平和建設に対する政府当局の最善の努力を重ねて希求してやまない。

※平和憲法を守る闘いに寄与するため、5月に下記の新著を緊急出版しました。
『世論と新聞報道が平和憲法を誕生させた!』
―押し付け憲法論への、戦後の61紙等に基づく実証的反論―
(これは『心踊る平和憲法誕生の時代』の改題・補訂第二版です)

闘いは、まだこれからも続きます。「押し付け憲法」論、自主憲法制定論に対する闘いに、是非とも本書を活用していただきたい。

ご注文は、下記の書店へ
美和書店 電 話03-3402-4146
FAX 03-3402-4147
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by kenpou-dayori | 2015-09-03 21:26 | 敗戦直後の「平和国家」論の社説
2015年 03月 29日

70年前の「平和国家」論の社説No.3:昭和20年9月5日付『神戸新聞』社説「平和への努力」

2015年3月29日

 昨3月28日、国立国会図書館での調査で、昭和20年9月5日『神戸新聞』一面掲載の社説『平和への努力』を確認したので、紹介します。
拙著『世論と新聞報道が平和憲法を誕生させた!』の執筆の時点では見落としており、このたび行った昭和20年9月に各紙に表れた「平和国家」論の「社説」の再点検により確認したものです。
新聞の周りが黒いのは、戦争中の火災によるものと考えられます。もっとひどい例を見かけることがあります。
c0295254_216621.jpg


昭和20年9月5日付社説「平和への努力」
 二日午前九時東京湾上米戦艦ミズーリ号の艦上で行われた降伏文書調印式を以て、ここに大東亜戦争は正式かつ完全に終結を告ぐるに至った。この降伏文書の要求するところは、わが内外地にある全軍隊の降伏、ポツダム宣言の受諾とその義務の履行、並に降伏要綱実施のため、国家統治の権限を連合国軍総司令官の□□(権限?)下に置くというにある。この調印によってわれわれはわれわれの無条件降伏を明確に認めなければならないと同時に、世界もまたこの事実を認めるのである。全文を通読しても判るように、連合国の態度は極めて峻烈なものがあり、而もわが降伏条件の履行については、完全かつ迅速を要求している。われわれはこの完全かつ迅速という字句を深く肝に銘ずるとともに、冷厳なる現実に決して目を覆うことなく、あくまでもこれを大胆に直視し、やがて訪れるであろう大なる苦難の荊道を真一文字に進むの決意を固めなくてはならぬ。要するに調印後われらに科せらるべき義務、負担が如何に重かつ大なるとも、われらは敢然としてこれを受け入れるとともに、男らしくこれを履行すべきは当然のことである。また大東亜戦争の終結は世界的な意義を持っていることは当然であるが、この大なる歴史的事実が演ずるであろう世界平和将来への役割もたま重かつ大なるものがあることを忘却してはならないと思う。
 破壊と殺戮、呪うべき戦火は終息した。今や世界は新しい平和を希望するや切なるものがある。われらもまた真に健全なる世界平和の確立を希求してやまないことは勿論である。だがここで銘肝すべきは、日本人は軍国主義者、好戦的国民なりという刻印をおされているという事実である。実に残念なことではあるが、最早致し方がない。勿論そこには誤解もあり、またわれわれの努力、勉強の足りなかった点も多々あるのであるが、この際われわれが誠心誠意以って努力しなければならぬのは、日本人は断じて好戦的国民に非ず、むしろ如何に平和を愛する国民なるかを全世界に立証することである。この立証が連合国側に認められない限り、国際的友好関係の回復、引いては真の世界平和を確立することは望むべくもない。またこの問題が、民族的イデオロギー乃至理想を異にしている観念と観念とが、完全なる氷解点に達しない限り、決して解決するものではなく、それだけに極めて至難な問題であることも明記しておく必要がある。
 調印式に際し、トルーマン大統領が行った放送演説の中にも日本の軍国主義者という言葉が窺われるし、当日スターリン議長の演説中にも日本の侵略者という言葉を見出すのである。また本土進駐に従って各新聞特派員たちも、過去の観念を容易に清算し得ず、依然として日本人に触ることを極度に畏怖するかのごとき言辞を漏らしている。われわれは敗れた。而も実力で敗れたのである。今更思い残すことはあるまい。過去の責任を追及し、或は過去の幻影に恋々たるは大国民の襟度ということはできない。ただこの上は、苦難に満ちた現実を直視し、真正面からこれにぶつかり、新しい生活の創造、生気溌剌たる新国家の建設、猜疑のない真の国際友好関係の把握に一路邁進しなくてはならない。惟うに民族的イデオロギーを異にする観念を完全に氷解せしめることは至難な業であるが、しかしこれだけは是が非でもやり通さねばならないのである。われわれは今後いわゆる温室育ちの文化人であってはならぬ。大いに外氣を吸い、外界に触れ、敢然と大自然の真只中に飛びこまねばならぬ。己を知り、人を知ると同時に己を人を知らしめねばならぬ。世界は今平和建設の陣痛に悩(?)みつつある。勝者もまた敗者も過去の一切のゆきがかりや観念を一掃し、ただ誠意と努力によって揺ぎなき平和の金字塔をうち立てねば樹てねばならぬ。

(典拠は、国立国会図書館所蔵マイクロ資料:請求記号YB-677)
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by kenpou-dayori | 2015-03-29 21:16 | 敗戦直後の「平和国家」論の社説
2015年 03月 28日

70年前の「平和国家」論の社説No.2:昭和20年9月5日付『朝日新聞』社説「平和国家」

2015年3月28日

この社説は、すでに2014年 09月 05日に『憲法便り#646』で紹介したものです。若干の加筆をして再録します。
昭和20年9月6日付『上毛新聞』の社説、同じく9月6日付『伊勢新聞』の社説は、ともに『朝日新聞』社説「平和国家」を借用し、全く同文で掲載しています。

この社説は、マスコミの皆さんにも、読んでいただきたい文章です。
後になって、「あの時、こうしていれば良かった」と悔やむより、いまが大切です。
いま、日本の政治は、安倍政権の憲法破壊、立憲政治破壊、国民無視の政策の強行により、戦前の「いつか来た道」を、まっしぐらに逆走しています。
日本は、「テロとの戦い」を口実に、国民の声を無視して戦争準備を急速に進めていますが、決して、過ちを繰り返してはならないと思います。

この社説には、天皇の言葉にすべてを求めるたわ言のような部分もありますが、とにかく、最初から最後までお読みください。

最後の方に、「心ある国民はそもそも一部官辺のナチスかぶれの思想が今日の禍を齎したことを痛感している」という言葉も書かれています。

私が戦争を体験したのは、二歳の時でしたから、あの戦争に責任はありません。
でも、「同盟軍への支援」、「集団的自衛権」なるものを口実に現在進行している戦争への道を許してしまったならば、力不足だった私にも責任があると考えています。
後で、「力不足だった」と慨嘆するよりも、いま力を尽したいと思います。

判読が困難な個所は、□□で記しておきます。旧漢字、旧仮名遣いも改めてあります。

社説「平和国家」
「連合軍進駐のめまぐるしい速度並にポツダム条項履行のための急速なる準備―内閣及び各省当局はいまこれに忙殺されている。もちろん具体的措置は、連合軍司令官の命令を待ち、これに即応して行なわれるのであるが、そのための心の用意と実務上の仕度は着々なられなければならないからである。あの惨憺たる終戦前後の混沌から、突如急転、降伏に立ち至った情勢下に出発した現内閣としては、いま□にこれ以上の能率を発揮することは頗る至難といわなければならぬ。厩舎、電報、電話から甚だしきは乗用車そのた交換手段さえ意に任せぬこともこの際思い合せられなければなるまい。
 しかしながら、現内閣が心の奥底から深く思索し、堅く決意せるところのものは、総理の宮の談話にもあったように、日本の再生、再誕生にほかならぬ。現在のところ、日々の緊急要務に忙殺されざるをえないため、また言葉以上のものになっていないかも知れない。具体的事実というにはさらに一層遠い距離があるであろう。だが、いま日本に進行しつつあるものは、恐らく空前の大変革なのである。強風によって急旋回したカードの表に裏が代ったほどの急変化である。この大激変を日本人自身すら明確にはまだ□っていないかも知れない。一般的には暗中に模索しているといえるかも知れぬ。しかし、具眼の士はすでに明確に意識している。いな大衆も模索の境にあるとはいえ、無意識の裡に、漸次厳粛なる結論に到達しつつあると思う。
 然らば、いったい、こうした突□はどこから来たのか。それは東洋の秘密であり、日本の神秘に属する。端的にいおう。八月十五日正午の天□からである。天□なるが故に真実を指さされ給うた。事実を自ら偽るものはもはや許されない。無用の虚勢も、自己本位の欺瞞ももはや存在し得なくなった。それは民心深く浸透したものの力である。世界平和をつねに御□念遊ばされ万民赤子を道具としてでなく、大御□として慈み給う大御心が□□の如く全国民の良心をうったのである。そこには、もはや君民を隔てる何物もすでに力を失っていた。あらゆる謀略ももはや効を奏しなかった。遠く余りにも遠くゐまして、知るによしなかりし大御心が玉音とともに国民の迷夢を覚醒せしめられたのである。思うに戦争はすでに完全に負けていたのだ。知らされさえすれば理解の早い日本人も、知らされざるが故に完敗とは思っていなかったのだ。卒然として迷妄が霧消し去った。科学において破れた。出兵においても破れた。政治においても破れた。経済政策においてはなおさらだ。よく諒解し得なかった支那事変のつづきの戦争としての危惧の念も強かった。単に物量と原子爆弾だけに敗北を喫したのではなかった。
すべてにで敗れた日本は、また再び戦争を考える愚かものではない。精神に生きよう。文化に生きよう。学問に、宗教に、道義に生きよう。欧亜にまたがるかくの如き大戦の惨禍を未来永劫世界より絶滅するための一助言者として生き抜こう。これが佯(いつ)わらざる日本人の心理であり、新日本の姿勢である。開院式の御垂示に「平和国家」と宣うた。然り、平和国家の平和なるみ民として、断じて敗るることなき文化と精神の大道を踏み出そうとしているのだ。このコペルニクス的大転回は、総て徐々にもせよ事実の上に現れて来るであろうが、日本人の外は中国人が些(いささ)か理解し得る外は、国際的になかなか腑に落ちないかも知れない。それはそれでよろしい、けれども、ここにはっきりしているのは「信義」を内外に失うようなことは、日本国民自体が絶対的に許さないであろう事だ。心ある国民はそもそも一部官辺のナチスかぶれの思想が今日の禍を齎したことを痛感している。民本の、君民一体のわが国に独裁者気取りの指導者の介在することを嫌悪していたのだ。それらのものは戦争犯罪者として処断されるに全大衆の痛烈なる審判に包囲されているのだ。もって陰険と、謀略と、不忠と無智と饗膳とを払拭し去ろうとしているのだ。「平和国家」日本の、平和国民日本人の途は、かくて世界的に客観性を立証するに至るであろう。」

※平和憲法を守る闘いに寄与するため、昨年5月に下記の新著を緊急出版しました。
『世論と新聞報道が平和憲法を誕生させた!』
―押し付け憲法論への、戦後の61紙等に基づく実証的反論―
(これは『心踊る平和憲法誕生の時代』の改題・補訂第二版です)

闘いは、まだこれからも続きます。「押し付け憲法」論、自主憲法制定論に対する闘いに、是非とも本書を活用していただきたい。

ご注文は、下記の書店へ
美和書店 電 話03-3402-4146
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by kenpou-dayori | 2015-03-28 09:06 | 敗戦直後の「平和国家」論の社説
2015年 03月 28日

70年前の「平和国家」論の社説No.1:昭和20年9月3日付『福島民報』社説「平和建設への強力な拍車」

2015年3月28日

この社説は、すでに2014年09月03日の『憲法便り#643』で紹介したものですが、憲法千話の中の『70年前の「平和国家」論の社説』のシリーズの最初の社説として、若干の加筆の上、再録します。

ここに紹介する昭和20年9月3日付『福島民報』の社説は、他紙に先駆けて、敗戦後、最も早く「平和国家」について論じた画期的な文章です。
社説の論題は、「平和建設への強力な拍車」ですが、これは単なる平和論ではなく、文中で二度繰り返されている「理想国家」という言葉をを見てわかるように、これは「平和国家」論です。
九月二日付「詔書」および「降伏文書」では、国民を「臣民」と呼んでいますが、『福島民報』の社説では、「国民」と表現しています。
文章全体も、自由民権運動が最も盛んに展開された土地柄の福島県民らしい、「肚」のすわった文章です。
旧字体の漢字は、新字体に改め、旧仮名遣いも改めました。

昭和20年9月3日付『福島民報』一面掲載の「社説」。

「平和建設への強力な拍車」
「さきに時局収拾に関する大詔が渙発されてから約半月、停戦協定は極めて平和裡に成立した。同協定はいう迄もなくポツダム宣言を内容とする峻厳な降伏文書である。帝国が連合国に対し、完全に敗北し、完全に降伏した事実を、帝国政府の名に於て確認し、帝国に課せられた降伏条件を忠実に履行すべきことを確約した帝国の降伏文書である。われら国民の感情としては之を正視するに忍びないものであるが敗戦と降伏の惨憺たる境地からわれらの祖国を再建するためには、われらは断乎この感情を抑制し冷静に大胆に敗戦と降伏の事実を直視し之に対処するために最善の努力を払わねばならない。首相が告諭で御指示あらせられたように「潔ク降伏ノ事実ヲ直視シ、勅ヲ畏ミ飽クマテモ冷静秩序ヲ持シ政府及大本営ヨリ命セラルル所ニ□由シテ大道ヲ誤ラサル行動ニ終始」しなければならない。然うすることが祖国を救い祖国を再建するただ一つの途なのである。敵側で帝国が全面降伏を決定してから今日まで、われら国民は未だ嘗て経験したことのない歴史的な狂瀾の裡に立ったのであるが、爾来今日まで政府も国民もこの難局に対する大乗的措置に過らず、よく大国民としての態度を保持してきたのは、国民とともにわれらの窃かに悦びとするところである。しかし過去半ヵ月の苦難は、今日以後更に何カ月、何十ケ月となく続くであろう苦難に比するならば恐らく物の数ではなかったのであろう。日本及日本国民の行く手には、物心両面に於て真に忍び難いような苦難が待ち構えているものと覚悟せねばならない。今ではそれが日本国民に課せられた不可避の運命である。だが、われらは文字通り石に嚙付いてでもこの苦難を克服せねばならない。日本及日本国民の名誉に賭けて□に連合国に対する降伏条件を完全に履行するばかりでなく敗戦日本を世界最高の理想国として再建するために、国民の全力を余すところなく傾注しなければならない。國體を護持し正義と平和とを基盤として、新日本の平和建設に邁進せねばならない。
 全連合国進駐軍の兵数は漸増し、進駐地区は更に増大され、連合国の飛行機の爆音は不断にわれらの耳朶を打つであろう。連合国は固より世界を挙げてわれら国民の国家再建の努力を凝視するに相違ないのである。この間に処して、われらは如何にその政治態勢を改善し、如何に精神文化の向上を図り如何に科学水準を上昇せしめるか、これはまさに世紀的大事業である。一方に於て降伏条件の完全履行という重荷を背負いながら、しかも一方に於ては世界を驚倒せしめる程の理想国の再建という文化的な一大展望の実現を期するのである。敗戦と降伏とは永久に拭い去ることの出来ぬ国民的屈辱であるが、この屈辱から日本及日本国民は新しい希望を目指す契機を掴むことが出来たともいえる。さきに渙発せられた時局収拾の大詔に於て「□□ヲ□クシ志操を鞏クシ國體ノ精華ヲ発揚シ世界ノ邁進ニ後レサランコトヲ期スヘシ」と仰せられたのは屈辱の彼岸に日本国民の生々発展すべき新天地の存することを御□示あらせられたものと拝察する。
 このように日本及日本国民の進むべき途は昭々乎として一点の難を容れる余地がない。降伏条文の調印完了という事実は
却って日本及日本国民の平和建設への努力に拍車をかけるであろう。ただこの平和建設への努力は、政府並に一般指導層の猛省と勇断を必要とし、国民の努力は飽くまで組織的且つ能率的なものに仕組まれねばならない。国民の肚は出来ている。平和建設に対する政府当局の最善の努力を重ねて希求してやまない。

※平和憲法を守る闘いに寄与するため、5月に下記の新著を緊急出版しました。
『世論と新聞報道が平和憲法を誕生させた!』
―押し付け憲法論への、戦後の61紙等に基づく実証的反論―
(これは『心踊る平和憲法誕生の時代』の改題・補訂第二版です)

闘いは、まだこれからも続きます。「押し付け憲法」論、自主憲法制定論に対する闘いに、是非とも本書を活用していただきたい。

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by kenpou-dayori | 2015-03-28 08:00 | 敗戦直後の「平和国家」論の社説