岩田行雄の憲法便り・日刊憲法新聞

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カテゴリ:朝日新聞ドキュメント( 29 )


2016年 11月 27日

憲法便り#1235:朝日新聞編集委員上丸氏への協力中止の真相(15)研究の盗用に到る経過②(第三版)

2015年8月17日(月)(憲法千話)

朝日新聞組織図

憲法便り#1235:朝日新聞編集委員上丸氏への協力中止の真相(15)研究の盗用に到る経過②(第三版)

「剽窃(ひょうせつ)」という言葉を知ってはいたが、72年間の人生において、私は初めて使う。

『広辞苑』は、次のように説明している。
「ひょうせつ【剽窃】(「剽」は、かすめとる意)他人の詩歌・文章などの文句または説をぬすみ取って、自分のものとして発表すること。「他人の論文をーする」


興味深いことに、分野は違うが、時あたかも、東京オリンピックの「エンブレム」の盗作問題が、盛んに論じられている。この際、徹底的に追及すべきであると思う。

私も、上丸氏による研究盗用について、徹底的に追及したいと思う。

ここに展開するのは、「非難」ではなく、
朝日新聞編集委員という肩書きを持つ上丸氏の、「他人の研究を盗用して恥じない態度」、「知的財産を侵害して何とも思わない社会的非常識」に対する、学問的立場からの「批判」である。

2015年8月9日付『憲法便り#1137:朝日新聞編集委員上丸氏への協力中止の真相(15)研究の盗用に到る経過②(初版)』で、私は次のように述べている。

メーキングを公開します。
これは、In the making 初版です。

いろいろ考えましたが、経過をリアルに明らかにするために、読みづらいのですが、私が上丸氏に送った手書きのFAXをそのまま掲載します。

以下は、その原型ですが、これに加筆して、第二版、第三版と版を重ねる形で、完成を目指します。

第二版から、FAX画像への説明記入を本格的に開始します。

一度の掲載に字数制限がありますので、FAX画像を中心に構成し、経過の最も重要な部分を最後まで辿れるようにしたいと考えています。

朝日新聞社からの「回答文書」が送られてきましたので、それは、朝日新聞社との交渉経過を含めて、別途掲載します。

前置きはここまでにして、本論を進める。

私は、拙著『世論と新聞報道が平和憲法を誕生させた!』の訂正と論文執筆のために、新聞資料の見直しを昨年から進めていたが、心臓と目の具合が悪いので、長期にわたって、中断していた。

だが、治療の目処がたったので、上丸氏との話しをきっかけに、作業を再開した次第である。

マイクロ・フィルムを読む作業は、「集中力」を必要とする。
したがって、一日の作業時間を、3時間とした。
次の日の作業を考えると、これが限度である。

【3月25日の国立国会図書館での調査】

国立国会図書館新聞資料室での、マイクロ・フィルムを読む調査は、手順を理解していないと、はかどらない。

その手順を、簡単に示しておこう。
①マイクロ・フィルム貸出は、1回につき3本まで。
②貸出までの待ち時間は、約15分。
③1本を読むのに、約10分、3本で約30分。
④複写が必要な場合、マイクロ・フィルムの場合、約15分。

合計1時間の中で、これだけのことをこなす。かなり熟練の技である。
これは、あくまで、順調に進んだ場合の想定であって、必ずしも計算通りにはいかない。

一時間で3本、3時間で9本。
調査するのは、約60紙なので、約60本。
単純計算では6日間、早くても5日間はかかる。

目標通りに作業を進めるため、調査期間と対象項目を、厳密の絞り込んだ。
調査期間は、昭和20年8月15日から昭和20年10月13日まで。
調査対象は、憲法に関する社説および記事。その他の項目に興味深い記事があっても、メモ程度ですます。

以上の手順で、調査を進めた。

以下に領収書のコピーを示すのは、作業工程の確認のためで、金額を示すことが目的ではない。
領収書
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【3月26日(木)】

(1)3月26日午前10時10分、三井記念病院で手術後一週間の検診を受ける。
 病院近くで昼食後、調査のため国立国会図書館へ。
 調査時間は、3時間。
 この日は、複写すべきものなかったので、領収書もなし。
 複写するものがなかったので、予定よりも多くの本数を見ることが出来た。

(2)留守中に、上丸氏からFAXが届いていた。

【3月26日午前11時08分に、上丸氏から届いたFAX】
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 思いの外、2本目(4月13日付予定)の二度目の原稿は、意外と早く送られて来た。そんなに早く調査が出来るものではない。それは、2行短くした、手抜きの原稿であった。そして、不正確なものであった。
 端的に指摘すると、赤い傍線を付した二つの箇所。
①8行目「12日の各紙に載った。」
  朝日新聞は、他紙より1日遅れて10月13日に掲載している。
  この件については、2014年8月6日に、私の研究ファイルで実物を見せて説明している。
 画像2枚
②削除した地方紙の動きは、朝日、毎日、讀賣の大手三社に先んじる動きであり、戦後史の中で、重要な部分である。私が再調査をしていないのならばともかく、便宜的な手法でごまかすのは、読者に対して無責任である。ここは「岩田行雄の研究によれば、現在判っているのは」と前置きして、8紙の紙名を入れれば済むことである。
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【3月27日(金)】

(1)岩田から上丸氏へFAX一枚送付。
  上丸氏からは、FAXを受け取ったとの連絡は「なし」。
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(2)国立国会図書館での調査
  領収書
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【3月28日(土)】

(1)岩田から上丸氏へFAX二枚送付。
  上丸氏からは、これまた、FAXを受け取ったとの連絡は「なし」。
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(2)国立国会図書館での再調査終了
  領収書
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【3月30日(月)】
(1)岩田から上丸氏へFAX一枚送付。このFAXで、初めて上丸氏に眼のことを伝える。
  上丸氏からは、これまた、FAXを受け取ったとの連絡は「なし」。
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【3月31日(火)】
(1)三井記念病院に入院、右眼を手術。

【4月1日(水)】
(1)午前中に退院。

【4月2日(木)】
(1)午前、上丸氏から電話

私が、「FAX、ご覧になりましたか?」と、問いかけると、  

上丸氏が最初に口にしたのは、礼でも、見舞いでもなく、次のひと言だった。

「これ、まずいことになってたんじゃないですか!」
「まったく同じ文章なんですか?」

まるで、詰問である。
彼が言わんとしているのは、『毎日新聞』の社説「和平への強力な拍車」と、『福島民報』が、全く同一の文章だったことについてである。

私は、この「質問」に対して、次のように話し始めた。

「文章は確かに同じです。」
「しかし、和平という言葉の意味は、非常に限定されていて、弱々しいので、以前調べた時に、平和国家論の中には、含めませんでした。」

「見出しと、本文併せて、ひとつの記事となります。そのことは、新聞記者のあなたがよくご存知のはずです。」

「もしも、『毎日新聞』社説の本文と、『福島民報』社説の本文が同じだということにふれるのならば、まず、これを調査した結果であること、そして私の見解にふれ、そのあとで、あなたの見解を述べるべきである。それが、他人の研究を引用する際の正しい方法です」

ここまで話をすると、彼は、私の話を遮って言った。
「それは、岩田さんが、ほかに書けばいいことです。」
「それに、社に「毎日新聞社史」があったので調べましたが、毎日新聞と福島民報は協力関係にありました。」

その社史は、私も読んでいるが、協力関係などではなく、毎日新聞社が、福島民報を強引に買収しようとしていたのである。だが、私は、この電話でのやり取りの中では、その事実を彼に教えなかった。(この事実の付いては、本稿第三版で詳しく述べる)

私は、「協力関係ではないと言ったあと、見出しを「和平」とせずに、「平和」とした福島民報の軍配を上げるね」と言った。

上丸氏は、一方的に、次の言葉を放って、電話を切ろうとした。
「編集委員室にFAXを貰っても、誰もいませんし、私は忙しいんです。これから出かけますから」

私は、怒りを現すことは、術後の目に良くないので、穏やかに言った。
「最後にひと言。明日から、目の養生をしますから」

彼は、何も言わずに電話を切った。

私は思った。「この態度は、何なんだ!」

彼の人間性の本質が現れている。

【4月6日(月)】

(1)岩田から上丸氏へFAX二枚送付

私は、上丸氏の無礼な態度をじっと我慢をしていたが、そのため、夜は一時間半しか眠れなくなってしまった。
そして命の危険を感じ、次のFAXを上丸氏宛てに送った。
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【4月7日(火)】

(1)午前10時10分 三井記念病院で、手術後一週間目の定期検診

(2)事前の原稿送付がないまま、いかにも、上丸氏が、自分で調べたような書き方で、『朝日新聞』夕刊に、研究無断盗用の記事が掲載された。
  

 
 すでに紹介した予定原稿は、次の通りである。

コピーをふたつ追加する。

これと比較すれば、その違いは、歴然としている。

すべて私が提供した資料および、指摘した問題点の借用である。

その中で、彼が調べたことといえば、せいぜい「平和国家」という言葉が、創刊以来初めて使われたということであるが、これは『聞く蔵』というデータベースで簡単に調べることが出来る。私は、常に『聞く蔵』を利用しており、過去において、すでに調査済みのことである。

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拡大部分(前半)
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拡大部分(後半)
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 私は、上丸氏に対して、資料、文献、研究を引用する国立国会図書館のホームページを含め、引用する際にはその出典を明かにしなければならないことを伝えて来た。これは、学問の世界では、常識であり、不可欠なことである。
 私の資料調査や研究を引用する場合も、当然おなじことが要求される。
 今回、上丸氏にFAXで送った情報、調査結果は、『世論と新聞報道が平和憲法を誕生させた!』の延長線上にある、加筆・訂正であり、これを勝手に利用することは、私は認めていない。
 しかしながら、かれは、白昼公然と無断引用、即ち盗用したのである。
 これを盗用と言わず、何と言う。

 もしも、研究者が上丸氏と同じことをしたならば、その事実が発覚した時点で、研究の世界から退場しなければならない。
 新聞記者の世界は別で、何をしても許されるということではない。
 
順を追ってまだ掲載する予定のFAXがあるが、ここで、少し先回りをして、4月27日付の上丸氏からのFAXを引用しておきたい。

【4月27日付の上丸氏からの手紙】
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上丸氏は、私の研究を盗用するために、付け焼刃の、いい加減な調べ物をして、毎日新聞と福島民報の協力関係を主張している。

彼は、わざわざ私のところに、毎日新聞社百年史のコピーを送ってきたが、その先へ読み進むと、毎日新聞による福島民報の買収について記述されている。

これをもっと詳しく述べているのが、『けんか飛び一代記』である。
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by kenpou-dayori | 2016-11-27 21:10 | 朝日新聞ドキュメント
2016年 08月 03日

#2000 上丸問題 加筆部分

※岩田行雄編著『世論と新聞報道が平和憲法を誕生させた!(『心踊る平和憲法誕生の時代』の改題・補訂第二版)の注文については、こちらから

2015年8月3日(月)

#2000 上丸問題加筆部分
字数オーバーのため保留・待機中


:********************************************

2015年8月3日(月)追加記入:赤字で表示した部分。それは、次の2箇所。
 ①国立国会図書館のHP・電子展示会「日本国憲法の誕生」について。
 ②【本館3階の喫茶室で】上丸氏に対して、メモを取るように促した箇所。
以下は、2015年8月3日に追加した部分。

私は、2013年5月3日に『岩田行雄の憲法便り』の掲載を開始した直後に、国立国会図書館のHP・電子展示会「日本国憲法の誕生」について、以下の通り紹介している。

それは、日常的に大変お世話になってきた国立国会図書館、そして特に、憲政資料室への感謝の気持ちを表してのことである。

2013年5月19日
2015年8月3日(月)追加記入:掲載日および標題

憲法便り#14 ご存知ですか?シリーズ(第3回) 国立国会図書館のHP・電子展示会「日本国憲法の誕生」


私は、永田町にある国立国会図書館へは40分、竹橋にある国立公文書館へは30分という、憲法研究者としては恵まれた条件のところに住んでいます。
ですから、集中的に調査を行う時には、国立国会図書館に文字通り日参します。

利用するのは、
本館四階・憲政資料室
新館四階・新聞資料室
新館三階・議会官庁資料室
新館二階・雑誌カウンター
新館一階・電子資料室
本館二階・総合カウンター(図書の館内貸し出し)
本館二階・人文資料室

私は、これら資料室をフルに活用し、総合的な調査・研究を進めてきました。「活用」という表現では単なる物質的な利用という感じになりますが、疑問点の解決、研究の進展には、各セクションの職員の方々の豊富な知識による助言が、大きな力となりました。
特に、憲政資料室の皆さんには大変お世話になりました。

『心踊る平和憲法誕生の時代』は、そうした調査・研究の集大成として執筆途上にある博士論文『日本国憲法成立史の実証的再検討』の中から、当時の新聞報道が果した役割及び国民の動きをまとめたものです。

東京から遠く離れて暮らしている方々が私と同じように国立国会図書館を直接訪ねて、資料を利用するのは難しいことと思いますが、インターネットを利用すれば、ご自宅に居ながらにして原資料を閲覧し、専門的なところに踏み込んだ憲法に関する調査研究が可能です。

それを可能にするのが、
国立国会図書館のホームページ・電子展示会の「日本国憲法の誕生」
http://www.ndl.go.jp/constitution/です。
この展示会は2003年5月3日に公開され、翌年に第2期として追加されています。

「日本国憲法の誕生」のメインとなる「資料と解説」には、詳しい解説がつけられていますので、とても分かり易いです。

「資料と解説」の構成と項目は、
第1章 戦争終結と憲法改正の始動(1-23)
第2章 近衛・政府の調査と民間案(1-20)
第3章 GHQ草案と日本政府の対応(1-28)
第4章 帝国議会における審議(1-17)
第5章 憲法の施行(1-14)
その他にも、リンクされた情報が多数あります。

とにかく、一度アクセスなさって見て下さい。原資料の山、宝の山です。皆さんも、かなりの専門家になれます。

公務員の方々は、何か問題が起きると、全公務員をひとくくりにした批判や攻撃にさらされることが多いので心を痛めておりますが、これは、私から国立国会図書館の皆さんへの感謝を込めた紹介コーナーです。

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明日は、憲法公布記念シリーズ(第6回)「当時の山梨県では」です。

※本書『心踊る平和憲法誕生の時代』の注文については、こちらから

追加した部分は、ここまでで終わり。
********************************************


以下、本論に悖る。

【2015年8月3日(月)追加記入部分】
これだけ多くのことを、エピソードを交えながら説明したが、上丸氏からは、特に質問はなかったので、先ほど述べたように、私はメモを残していない。

だが、私の方から、「この文献は、引用されているのを見たことがないが、とても便利なので」と言って、上丸氏に対して、次の文献についてメモを取るように指示している。

信山社が刊行している『日本立法資料全集』という壮大な資料集があるが、その中に『日本国憲法制定資料全集』(1)~(6)があることを、彼に教えた。

編者は、芦部信嘉、高橋和之、高見勝利、日比野勤の四氏。

他に、もう一言、書いておきたいことがあるが、現時点では保留にしておく。

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by kenpou-dayori | 2016-08-03 16:05 | 朝日新聞ドキュメント
2015年 12月 23日

憲法便り#1495:朝日新聞編集委員上丸洋一氏による研究盗用に関する記事一覧リスト

2015年12月23日(水)(憲法千話)

憲法便り#1495:朝日新聞編集委員上丸洋一氏による研究盗用に関する記事一覧リスト

憲法便り#1184:朝日新聞編集委員上丸氏への協力中止の真相(15)研究の盗用に到る経過②(第二版)
[ 2015-08-17 23:18 ]
憲法便り#1137:朝日新聞編集委員上丸氏への協力中止の真相(15)研究の盗用に到る経過②(初版)
[ 2015-08-11 18:53 ]
憲法便り#1100 朝日新聞編集委員上丸氏への協力中止の真相(14)研究の盗用に到る経過①(画像付)
[ 2015-08-05 23:15 ]
憲法便り#1099:『憲法便り』への、8月4日のアクセス・ベストテン
[ 2015-08-05 09:08 ]
憲法便り#1098朝日新聞編集委員上丸氏への協力中止の真相(14)研究の盗用に到る経過①(画像付)
[ 2015-08-04 22:44 ]
憲法便り#1097:朝日新聞社編集委員上丸洋一氏による研究無断使用、即ち盗用についての抗議文
[ 2015-08-04 20:37 ]
憲法便り#1034朝日新聞編集委員上丸氏への協力中止の真相(13)上から目線と開き直り(画像)
[ 2015-06-29 23:28 ]
憲法便り#1030 朝日新聞編集委員上丸氏への協力中止の真相(12)態度豹変(画像あり)
[ 2015-06-27 22:48 ]
憲法便り#1026朝日新聞編集委員上丸氏への協力中止の真相⑪「朝日新聞を助けて下さい」と拡張員が
[ 2015-06-26 21:23 ]
憲法便り#1025ドキュメント・朝日新聞上丸洋一編集委員への憲法研究協力・・・の標題を遡って改題
[ 2015-06-26 19:27 ]
憲法便り#897ドキュメント・朝日新聞上丸洋一編集委員への憲法研究協力とその中止について(第十回)
[ 2015-06-25 16:30 ]
憲法便り#882ドキュメント・朝日新聞上丸洋一編集委員への憲法研究協力とその中止について(第九回)
[ 2015-06-20 20:33 ]
憲法便り#881ドキュメント・朝日新聞上丸洋一編集委員への憲法研究・・・(第九回)は、今夕掲載予定
[ 2015-06-20 13:18 ]
憲法便り872:ドキュメント・朝日新聞上丸洋一編集委員への憲法研究協力とその中止について(第八回)
[ 2015-06-19 17:40 ]
憲法便り#868:ドキュメント・朝日新聞上丸洋一編集委員への憲法研究協力とその中止について(第七回)
[ 2015-06-17 20:45 ]
憲法便り#867:朝日新聞上丸洋一編集委員への憲法研究協力中止・・・(第七回)は今日掲載予定です
[ 2015-06-17 08:18 ]
憲法便り#855:ドキュメント・朝日新聞上丸洋一編集委員への憲法研究協力とその中止について(第六回)
[ 2015-06-12 22:28 ]
憲法便り#853:朝日新聞上丸洋一編集委員への憲法研究協力中止・・・(第六回)を明日掲載予定です
[ 2015-06-11 16:32 ]
憲法便り#824お知らせ:朝日新聞上丸洋一編集委員への・・・(第五回)の6月4日補訂版を掲載!
[ 2015-06-04 06:16 ]
憲法便り#823:朝日新聞上丸洋一編集委員への憲法研究協力とその中止について(第五回)(補訂版)
[ 2015-06-03 22:22 ]
憲法便り#821:『ドキュメント・朝日新聞上丸洋一編集委員への・・・(第五回)』は3日に延期します。
[ 2015-06-02 20:45 ]
憲法便り#820:『ドキュメント・朝日新聞上丸洋一編集委員への・・(第五回)』は明日に延期します。
[ 2015-06-01 21:31 ]
憲法便り#751:ドキュメント・朝日新聞上丸洋一編集委員への憲法研究協力とその中止について(第四回)
[ 2015-04-22 21:20 ]
憲法便り#750:ドキュメント・朝日新聞上丸洋一編集委員への憲法研究協力とその中止について(第三回)
[ 2015-04-21 20:10 ]
憲法便り#734:ドキュメント・朝日新聞上丸洋一編集委員への憲法研究協力とその中止について(第二回)
[ 2015-04-15 08:31 ]
憲法便り#730:ドキュメント・朝日新聞上丸洋一編集委員への憲法研究協力とその中止について(第一回)
[ 2015-04-12 18:02 ]
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by kenpou-dayori | 2015-12-23 15:56 | 朝日新聞ドキュメント
2015年 08月 17日

憲法便り#1184:朝日新聞編集委員上丸氏への協力中止の真相(15)研究の盗用に到る経過②(第二版)

2015年8月17日(月)(憲法千話)

憲法便り#1184:朝日新聞編集委員上丸氏への協力中止の真相(15)研究の盗用に到る経過②(第二版)

「剽窃(ひょうせつ)」という言葉を知ってはいたが、72年間の人生において、私は初めて使う。

『広辞苑』は、次のように説明している。
「ひょうせつ【剽窃】(「剽」は、かすめとる意)他人の詩歌・文章などの文句または説をぬすみ取って、自分のものとして発表すること。「他人の論文をーする」


興味深いことに、分野は違うが、時あたかも、東京オリンピックの「エンブレム」の盗作問題が、盛んに論じられている。この際、徹底的に追及すべきであると思う。

私も、上丸氏による研究盗用について、徹底的に追及したいと思う。

ここに展開するのは、「非難」ではなく、
朝日新聞編集委員という肩書きを持つ上丸氏の、「他人の研究を盗用して恥じない態度」、「知的財産を侵害して何とも思わない社会的非常識」に対する、学問的立場からの「批判」である。

2015年8月9日付『憲法便り#1137:朝日新聞編集委員上丸氏への協力中止の真相(15)研究の盗用に到る経過②(初版)』で、私は次のように述べている。

メーキングを公開します。
これは、In the making 初版です。

いろいろ考えましたが、経過をリアルに明らかにするために、読みづらいのですが、私が上丸氏に送った手書きのFAXをそのまま掲載します。

以下は、その原型ですが、これに加筆して、第二版、第三版と版を重ねる形で、完成を目指します。

第二版から、FAX画像への説明記入を本格的に開始します。

一度の掲載に字数制限がありますので、FAX画像を中心に構成し、経過の最も重要な部分を最後まで辿れるようにしたいと考えています。

朝日新聞社からの「回答文書」が送られてきましたので、それは、朝日新聞社との交渉経過を含めて、別途掲載します。

前置きはここまでにして、本論を進める。

私は、拙著『世論と新聞報道が平和憲法を誕生させた!』の訂正と論文執筆のために、新聞資料の見直しを昨年から進めていたが、心臓と目の具合が悪いので、長期にわたって、中断していた。

だが、治療の目処がたったので、上丸氏との話しをきっかけに、作業を再開した次第である。

マイクロ・フィルムを読む作業は、「集中力」を必要とする。
したがって、一日の作業時間を、3時間とした。
次の日の作業を考えると、これが限度である。

【3月25日の国立国会図書館での調査】

国立国会図書館新聞資料室での、マイクロ・フィルムを読む調査は、手順を理解していないと、はかどらない。

その手順を、簡単に示しておこう。
①マイクロ・フィルム貸出は、1回につき3本まで。
②貸出までの待ち時間は、約15分。
③1本を読むのに、約10分、3本で約30分。
④複写が必要な場合、マイクロ・フィルムの場合、約15分。

合計1時間の中で、これだけのことをこなす。かなり熟練の技である。
これは、あくまで、順調に進んだ場合の想定であって、必ずしも計算通りにはいかない。

一時間で3本、3時間で9本。
調査するのは、約60紙なので、約60本。
単純計算では6日間、早くても5日間はかかる。

目標通りに作業を進めるため、調査期間と対象項目を、厳密の絞り込んだ。
調査期間は、昭和20年8月15日から昭和20年10月13日まで。
調査対象は、憲法に関する社説および記事。その他の項目に興味深い記事があっても、メモ程度ですます。

以上の手順で、調査を進めた。

以下に領収書のコピーを示すのは、作業工程の確認のためで、金額を示すことが目的ではない。
領収書
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【3月26日(木)】

(1)3月26日午前10時10分、三井記念病院で手術後一週間の検診を受ける。
 病院近くで昼食後、調査のため国立国会図書館へ。
 調査時間は、3時間。
 この日は、複写すべきものなかったので、領収書もなし。
 複写するものがなかったので、予定よりも多くの本数を見ることが出来た。

(2)留守中に、上丸氏からFAXが届いていた。

【3月26日午前11時08分に、上丸氏から届いたFAX】
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 思いの外、2本目(4月13日付予定)の二度目の原稿は、意外と早く送られて来た。そんなに早く調査が出来るものではない。それは、2行短くした、手抜きの原稿であった。そして、不正確なものであった。
 端的に指摘すると、赤い傍線を付した二つの箇所。
①8行目「12日の各紙に載った。」
  朝日新聞は、他紙より1日遅れて10月13日に掲載している。
  この件については、2014年8月6日に、私の研究ファイルで実物を見せて説明している。
 画像2枚
②削除した地方紙の動きは、朝日、毎日、讀賣の大手三社に先んじる動きであり、戦後史の中で、重要な部分である。私が再調査をしていないのならばともかく、便宜的な手法でごまかすのは、読者に対して無責任である。ここは「岩田行雄の研究によれば、現在判っているのは」と前置きして、8紙の紙名を入れれば済むことである。
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【3月27日(金)】

(1)岩田から上丸氏へFAX一枚送付。
  上丸氏からは、FAXを受け取ったとの連絡は「なし」。
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(2)国立国会図書館での調査
  領収書
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【3月28日(土)】

(1)岩田から上丸氏へFAX二枚送付。
  上丸氏からは、これまた、FAXを受け取ったとの連絡は「なし」。
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(2)国立国会図書館での再調査終了
  領収書
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【3月30日(月)】
(1)岩田から上丸氏へFAX一枚送付。このFAXで、初めて上丸氏に眼のことを伝える。
  上丸氏からは、これまた、FAXを受け取ったとの連絡は「なし」。
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【3月31日(火)】
(1)三井記念病院に入院、右眼を手術。

【4月1日(水)】
(1)午前中に退院。

【4月2日(木)】
(1)午前、上丸氏から電話

私が、「FAX、ご覧になりましたか?」と、問いかけると、  

上丸氏が最初に口にしたのは、礼でも、見舞いでもなく、次のひと言だった。

「これ、まずいことになってたんじゃないですか!」
「まったく同じ文章なんですか?」

まるで、詰問である。
彼が言わんとしているのは、『毎日新聞』の社説「和平への強力な拍車」と、『福島民報』が、全く同一の文章だったことについてである。

私は、この「質問」に対して、次のように話し始めた。
「文章は確かに同じです。」
「しかし、和平という言葉の意味は、非常に限定されていて、弱々しいので、以前調べた時に、平和国家論の中には、含めませんでした。」

「見出しと、本文併せて、ひとつの記事となります。そのことは、新聞記者のあなたがよくご存知のはずです。」

「もしも、『毎日新聞』社説の本文と、『福島民報』社説の本文が同じだということにふれるのならば、まず、これを調査した結果であること、そして私の見解にふれ、そのあとで、あなたの見解を述べるべきである。それが、他人の研究を引用する際の正しい方法です」

ここまで話をすると、彼は、私の話を遮って言った。
「それは、岩田さんが、ほかに書けばいいことです。」
「それに、社に「毎日新聞社史」があったので調べましたが、毎日新聞と福島民報は協力関係にありました。」

その社史は、私も読んでいるが、協力関係などではなく、毎日新聞社が、福島民報を強引に買収しようとしていたのである。だが、私は、この電話でのやり取りの中では、その事実を彼に教えなかった。(この事実の付いては、本稿第三版で詳しく述べる)

私は、「協力関係ではないと言ったあと、見出しを「和平」とせずに、「平和」とした福島民報の軍配を上げるね」と言った。

上丸氏は、一方的に、次の言葉を放って、電話を切ろうとした。
「編集委員室にFAXを貰っても、誰もいませんし、私は忙しいんです。これから出かけますから」

私は、怒りを現すことは、術後の目に良くないので、穏やかに言った。
「最後にひと言。明日から、目の養生をしますから」

彼は、何も言わずに電話を切った。

私は思った。「この態度は、何なんだ!」

【4月6日(月)】

(1)岩田から上丸氏へFAX二枚送付

私は、上丸氏の無礼な態度をじっと我慢をしていたが、そのため、夜は一時間半しか眠れなくなってしまった。
そして命の危険を感じ、次のFAXを上丸氏宛てに送った。
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【4月7日(火)】

(1)午前10時10分 三井記念病院で、手術後一週間目の定期検診

(2)事前の原稿送付がないまま、いかにも、上丸しが自分が調べたような書き方で、『朝日新聞』夕刊に、研究無断盗用の記事が掲載された。
   これを盗用と言わず、何と言う。


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拡大部分(前半)
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拡大部分(後半)
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 私は、上丸氏に対して、資料、文献、研究を引用する国立国会図書館のホームページを含め、引用する際にはその出典を明かにしなければならないことを伝えて来た。これは、学問の世界では、常識であり、不可欠なことである。
 私の資料調査や研究を引用する場合も、当然おなじことが要求される。
 今回、上丸氏にFAXで送った情報、調査結果は、『世論と新聞報道が平和憲法を誕生させた!』の延長線上にある、加筆・訂正であり、これを勝手に利用することは、私は認めていない。
 しかしながら、かれは、白昼公然と無断引用、即ち盗用したのである。

 もしも、研究者が上丸氏と同じことをしたならば、その事実が発覚した時点で、研究の世界から退場しなければならない。

【4月27日付の上丸氏からの手紙】
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by kenpou-dayori | 2015-08-17 23:18 | 朝日新聞ドキュメント
2015年 08月 11日

憲法便り#1137:朝日新聞編集委員上丸氏への協力中止の真相(15)研究の盗用に到る経過②(初版)

2015年8月9日(日)(憲法千話)
2015年8月17日(月):標題変更 カッコ内を(画像付)⇒(初版)に変更。これは、第二版準備中を示す。

憲法便り#1137:朝日新聞編集委員上丸氏への協力中止の真相(15)研究の盗用に到る経過②(初版)

メーキングを公開します。
これは、In the making 初版です。

いろいろ考えましたが、経過をリアルに明らかにするために、読みづらいのですが、私が上丸氏に送った手書きのFAXをそのまま掲載します。

昨日、誤って、すでに『憲法便り#1135』として公表していますので、昨日のアクセス・ベストテンに含まれています。

以下は、その原型ですが、これに加筆して、第二版、第三版と版を重ねる形で、完成を目指します。

第二版から、FAX画像への説明記入を本格的に開始します。

一度の掲載に字数制限がありますので、FAX画像を中心に構成し、経過の最も重要な部分を最後まで辿れるようにしたいと考えています。

朝日新聞社からの「回答文書」が送られてきましたので、それは別途掲載します。

以下は、昨日誤って公開された内容そのままです。ツイッターに投稿していません。


【3月25日の国立国会図書館での調査】
領収書
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【3月26日(木)】

(1)3月26日午前10時10分、三井記念病院で手術後一週間の検診を受ける。
 病院近くで昼食後、調査のため国立国会図書館へ。
 調査時間は、3時間。
この日は、複写すべきものなし。したがって、領収書もなし。

(2)留守中に、上丸氏からFAXが届いていた。

【3月26日午前11時08分に、上丸氏から届いたFAX】
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 思いの外、2本目(4月13日付予定)の二度目の原稿は、意外と早く送られて来た。そんなに早く調査が出来るものではない。それは、2行短くした、手抜きの原稿であった。そして、不正確なものであった。
 端的に指摘すると、赤い傍線を付した二つの箇所。
①8行目「12日の各紙に載った。」
  朝日新聞は、他紙より1日遅れて10月13日に掲載している。
  この件については、2014年8月6日に、私の研究ファイルで実物を見せて説明している。
 画像2枚
②削除した地方紙の動きは、朝日、毎日、讀賣の大手三社に先んじる動きであり、戦後史の中で、重要な部分である。私が再調査をしていないのならばともかく、便宜的な手法でごまかすのは、読者に対して無責任である。ここは「岩田行雄の研究によれば、現在判っているのは」と前置きして、8紙の紙名を入れれば済むことである。
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【3月27日(金)】
(1)岩田から上丸氏へFAX一枚送付
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(2)国立国会図書館での調査
  領収書
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【3月28日(土)】
(1)岩田から上丸氏へFAX二枚送付
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(2)国立国会図書館での再調査終了
  領収書
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【3月30日(月)】
(1)岩田から上丸氏へFAX一枚送付
  このFAXで、初めて上丸氏に眼のことを伝える。
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【3月31日(火)】
(1)三井記念病院に入院、右眼を手術。

【4月1日(水)】
(1)午前中に退院。

【4月2日(木)】
(1)午前、上丸氏から電話。
  上丸氏が最初に言ったこと。
「これ、まずいことになっていたんじゃないですか!」
「まったく同じ文章なんですか?」

  お見舞いのひと言もない。まるで、詰問である。
 彼が言わんとしているのは、『毎日新聞』の社説「和平への強力な拍車」と、『福島民報』が、全く同一の文章だったことである。

 「編集委員室にFAXを貰っても、誰もいませんし、私は忙しいんです。」

【4月6日(月)】
(1)岩田から上丸氏へFAX二枚送付
私は、上丸氏の無礼な態度をじっと我慢をしていたが、そのため、夜は一時間半しか眠れなくなってしまった。
そして命の危険を感じ、次のFAXを上丸氏宛てに送った。
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【4月7日(火)】
(1)午前10時10分 三井記念病院で、手術後一週間目の定期検診

(2)事前の原稿送付がないまま、『朝日新聞』夕刊に、研究無断盗用の記事が掲載される。
   これを盗用と言わず、何と言う。

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拡大部分(前半)
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拡大部分(後半)
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 私は、上丸氏に対して、資料、文献、研究を引用する国立国会図書館のホームページを含め、引用する際にはその出典を明かにしなければならないことを伝えて来た。これは、学問の世界では、常識であり、不可欠なことである。
 私の資料調査や研究を引用する場合も、当然おなじことが要求される。
 しかしながら、かれは、白昼公然と無断引用、即ち盗用したのである。

【4月27日付の上丸氏からの手紙】
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by kenpou-dayori | 2015-08-11 18:53 | 朝日新聞ドキュメント
2015年 08月 05日

憲法便り#1100 朝日新聞編集委員上丸氏への協力中止の真相(14)研究の盗用に到る経過①(画像付)

2015年8月5日(水)(憲法千話)

憲法便り#1100 朝日新聞編集委員上丸氏への協力中止の真相(14)研究の盗用に到る経過①(画像付)

【3月25日の会話の続き】

「じゃあ、掲載するのは、やめましょうか。」
と上丸氏が高圧的な態度で臨んできたので、

私が、
「掲載するかどうかは、そちらで決めることです。どうぞ。」
「私は、どうでも構いません。」
と応えると、意外だったのか、彼は押し黙ったままだった。

ちょっとの間をおいて、私は言った。
「私は、ゼロの証明をするために、この研究をしている訳ではありません。あなたは、4月7日予定の記事原稿では、「福島民報の社説が初めてである」とか、4月13日予定の記事原稿では、「社説などで論じた新聞2紙。記事で取り上げたのは6紙にとどまった」と書いている。だが、前回(3月23日のこと)も指摘したことだが、歴史研究というのは、ただ単に事実の羅列を目的とするものではなく、時代の状況を正確にとらえ、その時代の本質を把握することが最も重要なことなのです。あなたが書いていることは、私の歴史研究の立場とはまったく違います。」
「私は、全国各地を訪ね、日本全国で発行されていたすべての新聞を調査し、今まで他の研究者が手掛けたことのない、この研究の完成を目指して来たんです。他人の研究を利用するだけで、自分ではこのような研究を手掛けたことのないあなたには、そのことの重要性が分かっていない。」

 私は、以前にも上丸氏に指摘したことだが、蜜蜂が花を飛び回るように、新聞記者として身についた、さも自分で発見したかのように「個々の事件に飛びつく」形で、私の研究のごく一部分を利用するのは、間違いなのだ。

私は続けて言った。
「第一、あなたが書いた二回分の記事の中でふれている各紙の社説や記事の内容を、あなた自身、読んでいないから中味のない文章になる。例えば、私のブログに掲載した一連の平和国家論の社説でいえば、『毎日新聞』の「武器なき大国の可能性」へのアクセスが最も多い。これは、見出しに惹かれてのことです。反応は、まず見出しによって決まる。この人たちが、あなたの4月7日の記事を読んだら、「上丸って男は、「武器なき大国の可能性」を知らない」とすぐに分かる。もっとも、内容的には『朝日新聞』の「平和国家」の方が、まだましなのだが、あなたはそれも読んでいない。」
 この指摘に対して、彼は、何も反論出来なかった。図星だったからである。
 
「それから、私はいま、論文執筆のため、資料の再点検を始めていますが、その作業の中で、あなたが4月13日予定原稿に列挙した記事以外にもあることが判っています。だから、あの原稿であなたが断定していることは、正確ではありませんので、直す必要があります。私は調査・研究に於いて、つねに全力を尽していますが、見落としに気が付くこともあります。」

私がここまで話したところで、上丸氏は食い下がって言った。
「あの本(『世論と新聞報道が平和憲法を誕生させた!』)には、私が引用した通り書いてあるじゃないですか!」

私は、応えて言った。
「見落としがあったので、著者の責任として、いまそのことを伝えているのです。」

だが、上丸氏は食い下がって、ふたたび言った。
「でも、あの本には、私が引用した通り書いてあるじゃないですか!」
この反応は、「頑固」というよりは、俗に言う「石頭」と言った方が良いだろう。

私は、言った。
「ですから、私は、著者の責任として、いま販売している著書には、59頁の表1の改訂版を挟み込んでいます。」

上丸氏は偉そうに言った。
「それなら良いです。」

私は、次のように続けた。
「いま続けている再点検の作業を、4月7日分と、4月13日分に間に合うように速度を上げてやって見ましょう。それで、何か判ったことがあれば連絡します」。

上丸氏は言った。
「でも、目のことがあるんじゃないですか?」

私は、彼に目のことは何も話したことはない。
まして、この時点では、私が3月19日に左眼の手術をしたこと、3月31日に右眼の手術を予定していることは、ひとことも触れていない。
だが、ブログには目がつらいことを度々かいているから、ブログを見にきて知っていたのであろう。
 
私はきっぱりと言った。
「行くかどうかは、私が決めることです。今日の午後から、国会図書館で調査を行うことにします。」
 
それには応えず、上丸氏は言った。
「一本目については、少し考えて見ます。」

午前の会話が終ったのは、昼食時にかかっていた。


【3月25日の二回目のFAX】

昼食を終え、一息ついて、そろそろ国会図書館に出かけようとしていたところへ、上丸氏からのFAX(別紙)が届いた。

内容をチェックすると、13行目から15行目が次のように書き換えられている。

[3月23日13:24のFAX]と[3月25日11:44のFAX](同文)
「在野の憲法研究者、岩田行雄(72)によると、これが「平和」を主題にした戦後最初の新聞社説だという。」

[3月25日14:14のFAX]
「在野の憲法研究者、岩田行雄(72)によると、この福島民報を皮切りに「平和」社説が相次ぎ各紙に掲載される。」

 多少の前進はあるが、福島民報の社説そのものの内容を知ったのも、私の研究と、私の研究ファイルをコピーしたことに依るものだということには全くふれず、自分自身が以前から知っていたように記述し、私の研究を補足情報として扱っている文章構造は、変わっていない。ずるいやり方である。

だが、内容についてのやり取りをしていると、国会図書館での調査時間が足りなくなるので、私は、FAXを受け取った確認の電話をかけ、
「いま、国会図書館に出掛けるところなので、このあとは、自宅にはおりません。」とだけ伝えた。

すると、上丸氏は言った。
「二本目(4月13日付予定)については、私は私なりに国会図書館で調査しますから。」

これを聞いて、私は思った。
「そう簡単に出来るものではない。それに、国立国会図書館の新聞資料室が、私の提言を受け入れて、昭和20年8月から昭和23年3月までの欠号が補充されているものもあるが、まだ不補充のまま残されているものもある。したがって、彼が本当に現物調査をするつもりならば、まず、不補充のタイトルでつまずくであろう。」
 
だが、私は「そうですか」と言っただけで、電話を終えた。お手並み拝見である。

再調査に行くのは、私の研究者としての責任感からだが、電話を聞いていた妻は、礼儀知らずの上丸氏のために、無理を重ねて、失明することを恐れて強く反対した。

私は、眼への負担を考えて、国会図書館での調査時間を3時間とした。これは、往復の時間を含めると5時間になるから、けっこうな肉体的負担である。
私はこの作業を3月28日(土)にやり終えたが、その間およびその後の、上丸氏との驚くべきやり取りは、次回に掲載する。

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by kenpou-dayori | 2015-08-05 23:15 | 朝日新聞ドキュメント
2015年 08月 05日

憲法便り#1099:『憲法便り』への、8月4日のアクセス・ベストテン

2015年8月4日(火)(憲法千話)

憲法便り#1099:『憲法便り』への、8月4日のアクセス・ベストテン

『憲法便り』への、前日の「アクセス・ベストテン」は、いわば、私の備忘録として始めた記事である。

反応の傾向を知るためである。

今日の時点で言えば、データをさかのぼれるのは、「毎日のベストテン」は2015年6月1日まで、「月間のベストテン」は6月まで。

それ以前は、私には辿ることが出来ない仕組みである。

したがって、過去の反響の傾向をデータで確認しようと思っても、手がかりがなくなってしまう。

そこで考えたのが、このベストテンのコーナー。

順位はデータそのもので、一切手を加えていないのは勿論のことである。
そんなことをしたら、データそのものの信頼性を損なってしまうばかりでなく、私自身の実証的研究の全否定になってしまう。

ただし、アクセス件数とパーセンテイジについては、省略している。
その理由パソコンへのアクセスと、スマホなどからのアクセスが混在しているので、正確な分析にならないからである。

6月の「月間ベストテン」、および7月の「月間ベストテン」は、別途掲載の予定。


1.憲法便り#1097:朝日新聞社編集委員上丸洋一氏による研究無断使用、即ち盗用についての抗議文

2.憲法便り#1034朝日新聞編集委員上丸氏への協力中止の真相(13)上から目線と開き直り(画像)

3.憲法便り#1030 朝日新聞編集委員上丸氏への協力中止の真相(12)態度豹変(画像あり)

4.憲法便り#897ドキュメント・朝日新聞上丸洋一編集委員への憲法研究協力とその中止について(第十回)

5.憲法便り#1026朝日新聞編集委員上丸氏への協力中止の真相⑪「朝日新聞を助けて下さい」と拡張員が

6.憲法便り#751:ドキュメント・朝日新聞上丸洋一編集委員への憲法研究協力とその中止について(第四回)

7.憲法便り#855:ドキュメント・朝日新聞上丸洋一編集委員への憲法研究協力とその中止について(第六回)

8.憲法便り#882ドキュメント・朝日新聞上丸洋一編集委員への憲法研究協力とその中止について(第九回)

9.憲法便り872:ドキュメント・朝日新聞上丸洋一編集委員への憲法研究協力とその中止について(第八回)

10.憲法便り#730:ドキュメント・朝日新聞上丸洋一編集委員への憲法研究協力とその中止について(第一回)
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by kenpou-dayori | 2015-08-05 09:08 | 朝日新聞ドキュメント
2015年 08月 04日

憲法便り#1098朝日新聞編集委員上丸氏への協力中止の真相(14)研究の盗用に到る経過①(画像付)

2015年8月4日(火)(憲法千話)

憲法便り#1098朝日新聞編集委員上丸氏への協力中止の真相(14)研究の盗用に到る経過①(画像付)

『憲法便り#1097』で、標題の記事の前半部分を掲載する旨を予告しましたが、中途半端になるので、明日まで掲載を延期します。

『憲法便り#1100』をご覧下さい。
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by kenpou-dayori | 2015-08-04 22:44 | 朝日新聞ドキュメント
2015年 08月 04日

憲法便り#1097:朝日新聞社編集委員上丸洋一氏による研究無断使用、即ち盗用についての抗議文

2015年8月4日(火)(憲法千話)
2016年4月24日アクセス・ベストテン一覧に戻るのは、こちらをクリック
憲法便り#1097:朝日新聞社編集委員上丸洋一氏による研究無断使用、即ち盗用についての抗議文

去る7月29日午後、朝日新聞本社を訪ね、同社の窓口として対応している広報部石原嘉人に、7月28日付の下記文書を手渡して来ました。

その文書を公表します。

また、抗議の根拠とする記事を、
憲法便り#1098朝日新聞編集委員上丸氏への協力中止の真相(14)研究の盗用に到る経過①(画像付)を掲載しますが、緊急の用事がありましたので、前半部分のみとし、明日、後半を掲載るることとします。

2015年7月9日以来の同社とのやりとりは、別途、明らかにします。

また


「2015年7月28日
朝日新聞社 広報部 石原嘉人 様

前略お許し下さい。
 貴社編集委員上丸洋一氏による研究無断使用、即ち盗用について(以下、上丸問題と略す)、去る2015年7月9日に、「朝日新聞への抗議」の意思を電話にてお伝えし、その概略を昨7月27日に手書きの文面をFAXで送りましたが、意を尽しておりませんので、予めお伝えした通り、正式な文面を作成致しました。
 貴社の誠実なご検討を願うものです。
 
 
 朝日新聞社 御中

上丸洋一氏による知的財産の侵害、精神的、肉体的苦痛に対して、以下の通り求めます。
① 朝日新聞社に対して抗議し、文書での謝罪を求めます。
② 朝日新聞の紙面で、具体的な事実を述べた明確な謝罪文の掲載を求めます。
③ 事実経過に関する私の主張を、朝日新聞に掲載することを求めます。
④ 私の研究を盗用している『新聞と9条』を、出版しないよう求めます。
⑤ 慰謝料として、金壱円也の支払いを求めます。

以上について、貴社からの文書での回答を求めます。いつまでにご回答いただけるのか、ご連絡下さい。
なお、この抗議と要求についてはブログで公表し、他社やマスコミ関係者にも知らせ、見解を伺う予定です。


【要求理由の説明】
①から④に関しては、明日7月29日以降のブログで公表します。
⑤で金壱円としたのは、金銭の要求が目的ではないことを明確にするためです。
また、被害者である私が、いつの間にか加害者であるような論理のすり替えを許さないためです。


 上丸問題は、私にとって「トラウマ」となっており、書こうとしても書けません。
 その上、7月9日以降も、体調が悪く、なかなかこの文章が書けませんでした。
 体調とは、まず心臓のことで、この文章のことを考えただけで、動悸と不整脈が起り、左胸に痛みが生じることもあります。
 そのうえ、原因不明の喉からの出血、右眼の内出血を繰り返しており、出来るだけ安静にしていることが必要です。勿論、これらの症状も信頼できる専門医に通い、治療を受けて、経過を見ているところです。
私は、急性心筋梗塞の恐れと、失明の恐怖を抱きながら、文字通り体を張って、平和憲法を守るために、研究成果を、惜しみなくブログに掲載してきました。
それは、定年の花道を自ら飾ろうとする、功名心に駆られた新聞記者の研究盗用のためではなく、地方に住む人々や、未来の有権者となる青少年を含めた多くの人々のために公表したデータベースです。しかしながら、上丸氏の不正行為に遭って以降、正直に申しまして、研究成果のこれ以上の公表には、ためらいが生じています。
「戦争法案」をめぐる情勢は、いつまでも上丸問題に拘っている状況ではありませんが、そうかと言って、事実を明かにしないままでは、「死んでも、死にきれません」。

 上丸氏との出会いは、2014年6月29日(日)に、私が「早稲田九条の会」で講演を行った際の、講演終了後です。
早稲田大学名誉教授浦田賢治先生(憲法学)をはじめ、『登山時報』副編集長橋口清彦氏、東秩父村からご来聴のFさん、富岡市からご来聴のAさんなど、4名の方から挨拶や感想、質問を受けた後、上丸氏が「朝日新聞 編集委員」の名刺を出して、開口一番、「実証的な講演に感銘を受けました。これまで何人かの講演を聴きましたが、このような講演は初めてです」ということでした。
そして、「来年が戦後70年にあたるので、各社ともいろいろと企画を検討中だと思います。朝日でも何か企画を検討しなければならないのですが、具体的には、まだ何も決まっていません。」とのこと。
「時間が取れれば、一度話を聞かせていただきたい」との申し入れに、私は、休日の日曜日を使って聴きに来た熱心さを買って、応諾しました。
ここではっきり指摘しておきたいのは、この時点で、彼が『新聞と9条』を書くつもりでいたこと、しかしながら、2015年3月末に定年を迎える「先の見えない時期」にあったことについては、もちろん何も知らされてはいません。
私に対しては、企画を決定できる立場にあるような印象を持たせる話ぶりでしたが、実際はどうだったのか、「編集委員」はどのような権限を持っているのか、部外者の私には未だに判りません。
一般的に、戦後70年間の憲法にふれることと、『新聞と9条』という著作の執筆を目論んでいることには、大きな違いがあります。

すでにブログに詳しく書いた通り、私は、上丸氏に対して、二回にわたる詳しいレクチャーは行いましたが、具体的な質問は何も受けていません。
取材ならば、取材メモに基づいての質問があって然るべきですが、彼は、「話を聞かせて欲しい」とは言ったものの、何を質問したらいいのか、その準備はなかったし、私がレクチャーを行った際に示した事柄も、私からの問い掛けに関しても、すべて「何も知らなかった」というのが実際のところです。
したがって、「朝日新聞の編集委員とは、この程度のものなのか」と言うのが率直な感想です。
因みに触れておきますが、私が論文等を書くときには、あらかじめ目次を作成し、併せて、調査が必要である項目の簡単なリストを用意します。論文の場合は、これで80%完成です。

私は、人を疑うことがありませんので、「朝日新聞 編集委員」という立場を信じ、朝日新聞の窮状を支援したいという思いから、十年来の研究成果、それも未発表の資料も含めて、協力を行いました。そして、彼には、誤った情報を流布しないため、事実に基づいて書くことを助言しました。これは、私が提供した研究成果に関しては、典拠として、私の研究であることを前提とするものです。
しかしながら、それに対して、上丸氏は、人の善意を裏切り、いかにも自分自身で調べたような記述を行うという、背信行為を行いました。
これは、私に対する背信行為に止まらず、何も知らない読者を騙すことであり、朝日新聞社の上司をはじめとする社員全体を騙すことでもあります。
今回の上丸氏による研究の盗用は、単に、「朝日新聞の体質」として片付けることの出来ない、朝日新聞、そしてジャーナリズムそのものへの信頼をも裏切る行為であると断言します。
学問の世界ならば、彼が行った行為は、学問の世界から「即退場」になる、不正行為です。
私は、今回の上丸氏の行為は、勿論ジャーナリストの世界でも許されないことだと考えます。それとも、ジャーナリストの世界では「全く問題なし」と考えるのでしょうか。

研究の盗用で始まっている『新聞と9条』は、朝日新聞社取材班による『新聞と戦争』『新聞と「昭和」とは、似て非なるものです。

上丸問題が生じた時点で、私は大変悩みました。
その悩みは今も続いていて、「トラウマ」の原因にもなっています。
この「トラウマ」によって、簡単に終えるつもりで始めた上丸問題の連載は、焦れば焦るほど、先に進むことが出来ませんでした。

憲法が重大な情勢を迎えている時、この問題をどのように扱うべきか?
「憲法書出版活動十周年記念パーティ」に参加した友人の一人は、『新聞と9条』というタイトルを見たとたん、「これは、岩田さんの本のパクリじゃない!私、朝日新聞をとろうと思っていたけれど、それは止めます。歴史の研究会の皆さんにも、この事実を伝えますので、是非、ブログに掲載して下さい」と反応しました。
また、私がお願いして、上丸氏を紹介し、多数の資料を提供して下さった私の「資料探しの師」である堀内寛雄氏は、ご挨拶がてら伺った時に、4月7日付夕刊およびその前段にやりとりしたFAX等を示すと、「上丸氏は、こういうことをする人だったのか」と、唖然としておられました。
さらに、私の著作をいつも取り扱って下さっている方は、「朝日は、そこまで落ちてしまったのですか」と驚きを隠しませんでした。

私は色々と考えましたが、不売運動や、裁判所に連載中止を求める提訴、あるいは他社の紙誌を利用するという方法は取りませんでした。
それは、私の生き方には、そぐわない方法だからです。
とくに、相手が不正行為をしたからと言って、私が他社の紙誌を利用するような手段をとらなかったのは、「どっちもどっち」という批判が出て来る可能性があるからです。
私が選んだ方法は、この問題を社会的に告発するために、まず、正確に記録を残すことでした。こういう問題は、説得力が大事ですし、「自称憲法研究者が売名行為で、大騒ぎをしている」などという批判を許さないためです。
また、これは、たとえ、上丸氏または朝日新聞社から「名誉棄損」あるいは、「威力業務妨害」などで提訴されることがあっても、十分に闘える準備と、朝日新聞社内の良識ある人々、そして日本社会の理解を得るためでもあります。
ところで私は、現在は朝日新聞の読者ではありませんが、朝日新聞には特別の親しみを抱いています。それは、優れた「朝日人」との出会いがあったからです。

私が最も尊敬する「朝日人」は、秦正流さんです。私は、秦さんが日本ジャーナリスト会議の代表委員をなさっていた頃、一度だけですが、懇親会の四人がけの席で向い合せになり、ナウカのこと、その他を親しく話した経験があります。その時、私が早稲田大学ロシア文学科での丸山政男先生(朝日新聞の初代モスクワ特派員)の教え子であること及びご自宅にも何回か伺ったことがあることを話したところ、大変懐かしがって、大いに話が弾んだことを、昨日のことのように思い出します。いまはやりの言葉で言う二人の「レジェンド」との接点です。

生前にお目にかかったことはありませんが、ヒトラー時代のベルリン特派員だった守山義雄さんの『守山義雄 文集』に基づく一人芝居『ヒットラー来り、ヒットラー去る』(2時間休憩なし)を、昨2014年6月15日に、演じたことがあります。この際、西宮市にお住まいのご長男雄介氏とも連絡をとり、快くご諒解を得て上演し、その成功をお伝えしたところ、お手紙もいただいています。
このひとり芝居は、昨年12月に第二回公演を予定していましたが、衆議院選挙と日程が重なってしまったため、残念ながら、延期したまま今日に至っています。
ひとり芝居に取り組んだ結果、私は、しばしば、守山義雄そのものになったような感じになるほど、ナチスの時代のとらえ方が鋭くなっています。

最近、もう一人、朝日の「レジェンド」との接点がありました。
去る2015年7月2日、新宿区教育委員会宛に、「教科書採択に関する要請書」を提出しましたが、教育委員長の羽原清雅さんは、朝日新聞の元政治部長あることを最近になって知りました。
朝日新聞の「レジェンド」たちが今回の事実を知ったら、何とおっしゃるだろうか?

今回のことは、他社を「抜くこと」、さらには、社内でも「囲い込み」が当たり前の在りようの中で過ごしてきた上丸氏にとっては、大したことではないのかも知れませんが、こうしたことは、もう二度と繰り返してはならないと思います。

朝日新聞社の「良識」に一縷の望みを抱いて、この文書をお届けします。
                                              岩田行雄

ご参考までに、私の経歴および研究をご理解いただくために、下記を添付します。
①『私の18世紀研究』(日本18世紀ロシア研究会年報No.8, 2012)
② 「行動する研究者・岩田行雄のプロフィール」
③ 中馬清福著『考 混迷の時代と新聞』についての感想とコメント
④ 自費出版した憲法書リスト
⑤ 新宿区教育委員会に提出した『教科書採択に関する要請書』
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by kenpou-dayori | 2015-08-04 20:37 | 朝日新聞ドキュメント
2015年 06月 29日

憲法便り#1034朝日新聞編集委員上丸氏への協力中止の真相(13)上から目線と開き直り(画像)

2015年6月29日(月)(憲法千話)
2015年8月3日(月)加筆:赤い文字の部分。

憲法便り#1034朝日新聞編集委員上丸氏への協力中止の真相(13)上から目線と開き直り

上丸氏は、冷たく言い放った。

「在野の憲法研究者」と書いてあるんだから、それで十分じゃないですか。」

私は、応えた。
「そんなことは、どうでもいいことです。」

無名のお前を、天下の朝日新聞が名前を入れて紹介してやるのだから、何の文句があるんだ、という態度である。

8月6日に、戸塚区民センターで、コピーを「おねだり」した時とは、まったく別人であった。
当日、私は、地方各紙の社説のコピーファイル、および『主要地方紙の憲法に関する紙面チェックリスト』を示しながら、次のように言っている。

「このような研究は、誰にも真似出来るものではありません。特に、チェックリストの方は、絶対に真似出来ません。」
「研究の質は、肩書きで決まるものではなく、自分の頭と足を使い、どれだけ多くの資料に当たって調べ、従来にはなかった問題提起が出来るのかどうかにかかっています。」

「ただし、大量な資料の中に埋没してしまって、抜け出せなくなることは、避けなければなりません。」
「何を読み取り、何を抽出するか、いつ、どこで切り上げるか、そこが腕の見せどころなんです。」

彼は、その時、次のように言っている。
「まったく、その通りですね。」

そんなことも、忘れてしまったのか、忘れたふりをしているのか、まったく、おくびにも出さない。

上丸氏が送ってきた4月7日付夕刊に掲載予定の原稿は、すでに示したが、そこには、次のように書かれている。

「在野の憲法研究者、岩田行雄(72)によると、これが「平和」を主題にした戦後初の新聞社説だという。
 岩田は、東京の国立国会図書館や各地の県立図書館などが所蔵する当時の一般紙六十数紙にあたって、この事実を突き止めた(岩田『世論と新聞報道が平和憲法を誕生させた!』)。

この部分について、私は言った。

「私は、そんな部分的なことを言っているのではない。そんなことを証明するために、全国各地の図書館を廻って調査をした訳ではない。」
「私が明らかにしたのは、昭和20年の敗戦後の9月から12月末までの間に、日本国民が主体的に行った、平和国家論を前段とし、さらに、憲法民主化と憲法改正手続きの民主化へと発展した世論形成の大きな流れだ。」
「これは、「押し付け憲法論」を論破するために、最も重要なことだ。」

「あなたは、一体、私の話の何を聞いていたのか。」
「歴史研究において、他人の研究を引用する場合の基本をまったく知らないではないか。このような引用の仕方はない。」

「他人の研究を引用する場合には、その研究を正確に紹介し、その上で自分の見解を述べるというのが、当たり前のやり方です。」
「あなたがとっている方法では、研究者に対しても失礼であるし、読者にも誤った情報を与えることになります。」

「それにあなたは、私の著作をきちんと読んでいない。」

「『世論と新聞報道が平和憲法を誕生させた!』の第一部は、従来の憲法研究になかった重要な問題提起で、この問題提起が執筆中の博士論文の重要な柱になることは、あなたに話してあります。」

「それは、59ページを開けばわかることです。」
「59ページの〔表1〕『平和と憲法の民主化を求める世論(1945年9月~12月の全国各紙より)』は、第一部のまとめとして掲載したものです。」

そして、私が最も肝心なことを伝え始めた時、上丸氏は私の話を遮って、

「とにかく、私の書くものを読んで下さい。」と言った。

私は言った。
「このままでは、私の研究の最も重要な部分が、まったく伝わらない。」
「東久邇宮内閣の時代に、「平和国家論」が、そして、幣原内閣成立の直前から、憲法改正論、憲法民主化論が、全国各紙に掲載され始めたこと、この時代の全体の流れを明らかにすることが重要なんです。」

それでも、彼は食い下がった。
後半にあたる部分は、13日の分として書きますので、それを読んで下さい。

私は疲れていたので、これ以上の繰り返しを避け、電話を終えた。

それから2日後の3月25日の昼前に、上丸氏からFAX3枚が送られてきた。

上述の通り、論理的に、詳しく説明したにも拘わらず、4月7日付予定分は、何ら変わっていなかった。

私は、一通り目を通してから、電話をかけた。

電話に出た上丸氏は言った。
「4月13日付予定分は、いまさら、朝日が言うのも、おこがましいようですが、地方紙を励ますつもりで、紙名を具体的に上げました。」

私は、それには応えず、言った。(本当におこがましいことだが、それに触れていると、本質的な論議からそれてしまうからだ)
「この前にも言いましたが、あなたの書き方は、間違っています。」

すると、彼は言った。
「じゃあ、掲載するのは、やめましょうか。」

私は応えて言った。
「掲載するかどうかは、そちらで決めることです。どうぞ。」
「私は、どうでも構いません。」

その後の会話は、次回に続く。

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下は、3月23日に送られてきたFAX
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by kenpou-dayori | 2015-06-29 23:28 | 朝日新聞ドキュメント