カテゴリ:「憲法第九条の真の提唱者」問題について( 4 )


2016年 08月 18日

憲法便り#1856:新連載・憲法第九条の提案者はマッカーサーか幣原首相か;②ロスアンジェルス正餐会におけるマッカーサーの演説ーニューヨーク・タイムスより(1955年1月27日付)

2016年8月18日(木)(憲法千話)
2016年8月23日(火)標題改訂

憲法便り#1856:新連載・憲法第九条の提案者はマッカーサーか幣原首相か;②ロスアンジェルス正餐会におけるマッカーサーの演説ーニューヨーク・タイムスより(1955年1月27日付)

『ロスアンジェルス正餐会におけるマッカーサーの演説ーニューヨーク・タイムスより(1955年1月27日付)』は、『高柳会長とマッカーサー元帥及びホイットニー準将との間に交わされた書翰』(8通)に含まれる書翰よりも、5年近く前に公表、活字化された資料です。

これも、すでに、国立公文書館のホームページで公開されている「憲法調査会」資料です。

国立公文書館ホームページにリンクして紹介しますので、ご覧下さい。

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by kenpou-dayori | 2016-08-18 22:37 | 「憲法第九条の真の提唱者」問題について
2016年 08月 17日

憲法便り#1855:新連載・憲法第九条の提案者は、マッカーサー元帥か幣原首相か;①高柳会長とマッカーサー元帥及びホイットニー準将との間に交わされた書翰(訳文と原文)について(第二版)

2016年8月17日(水)(憲法千話)
(*改訂の作業中です)
2016年8月23日(火)標題改訂

憲法便り#1855:新連載・憲法第九条の提案者はマッカーサーか幣原首相か;①高柳会長とマッカーサー元帥及びホイットニー準将との間に交わされた書翰(訳文と原文)について(第二版)

往復書簡8通について、タイトルだけはすでに、下記の通り紹介しました。
⑤憲法調査会『高柳会長とマッカーサー元帥及びホイットニー準将との間に交わされた書翰』(昭和三十四年二月)
 目次
 1.高柳会長からマッカーサーへ(1958.12.1)
 2.高柳会長からホイットニーへ(1958.12.1)
 3.ホイットニーから高柳会長へ(1958.12.4)
 4.マッカーサーから高柳会長へ(1958.12.5)
 5.高柳会長からマッカーサーへ(1958.12.10)
 6.高柳会長からホイットニーへ(1958.12.10)
 7.マッカーサーから高柳会長へ(1958.12.15)
 8.ホイットニーから高柳会長へ(1958.12.18)

まず、新連載を掲載するにあたっての、私の基本的な考えを述べておきます。

私は、「押し付け憲法論」には反対です。
とくに、2013年2月12日の予算委員会での、石原慎太郎議員の質問に対する安倍首相の答弁のデタラメさ加減は、ひどいものです。
その具体的な内容は、拙著『心踊る平和憲法誕生の時代』の「はじめに」に収録してありますので、リンクしておきます。(リンク先は、こちらへ)

「押し付け憲法論」は、幣原内閣で、、憲法を担当した松本烝治元国務大臣が言い出したことが始まりです。
彼は、幣原内閣において、国民に対して、明治憲法をほぼそのまま押し付けようとしましたが、それが果たせずに憲法担当大臣の職を解かれました。
これは、GHQからの圧力によるものではなく、日本政府内部の問題でした。日本国民は、新憲法を大歓迎しましたが、
日本国民は、新憲法を歓迎しましたが、松本烝治は、依頼された談話や講演の中で、いわば、恨み節のような形で、「押し付け憲法論」を主張しました

私は、かれらの「押し付け憲法論」に反論するために、下記の出版活動を行なってきました。
『検証・憲法第九条の誕生』、
『平和憲法誕生の真実』、
『外務省と憲法第九条』、
『心躍る平和憲法誕生の時代』、
『世論と新聞報道が平和憲法を誕生させた!』(『心躍る平和憲法誕生の時代』改題補訂第二版)、
名大九条の会&東山・見付九条の会主催講演会の記録『憲法第九条はどのように誕生したか』、
その他を、低価格の自費出版で世に送り出してきました。

出版数は、約4万5千冊に及びます。

しかしながら、これまでの研究の中で、「第九条の真の提案者は幣原首相」という考え方には、否定的です。
歴史的状況を俯瞰する研究から事実を見極める必要があります。
私は、この観点からの研究を進めるために、自らの考えにあっている資料のみを見るのではなく、いわば、対極にある考え方の資料も読んできました。それは、自らの目を真実から外らさず、研究上の誤謬を避けるためです。

「第九条の真の提案者は幣原首相」という考え方は、いわば、「押し付け憲法論」に対する切り札として主張されてきましたが、歴史的事実を詳細に見ていくと、矛盾があります。

「押し付け憲法論」に対しては、単に「第九条の真の提案者は幣原首相」ではないがということだけでは、立論が狭すぎます。

幣原首相は明治憲法改憲論者ではなく、1945年10月11日に、マッカーサーと初めての会談をしたあと、10月13日の臨時閣議で会談の報告をした際に、「改憲せず、法律の改正でポツダム宣言履行は可能」と言明しています。
そして、前述した松本烝治を委員長とする「憲法問題調査委員会」を設置し、憲法問題を松本国務大臣に「丸投げ」しました。
その状況は、1946年1月24日に行われたマッカーサーとの私的な会談(*私はこれを「ペニシリン会談」と呼んでいる)以降も変わってはいません。

ですから、ここに紹介する手紙の内容についても、否定的です。

でも、この手紙が偽物だということではありません。

講演でも、「第九条の真の提案者は幣原首相」という考え方に対して、否定的な考えの理由を明らかにしてきました。

憲法調査会の資料だけでなく、憲法問題調査委員会(通称=松本委員会)の議事録、松本委員長の発言、幣原首相の長男・道太郎氏の小論文、その他の一連の文書を読んできたことからの判断です。

私がかなり以前(3・11よりも前)に、国立国会図書館憲政資料室所蔵の書翰8点を、複写で入手していますが、
ブログ、論文などに使用する場合、担当セクションに連絡を取り、使用確認を得る必要があります。

内閣法制局にも同じ資料があるとのことなので訪ねましたが、手紙を含んでいるので、公開の対象とはしていないとのことでした。

国立公文書館で所蔵している、憲法調査会資料に関しては、出典を明記すうれば、利用可能とのことなので、ホームページで公開されている書翰8点にリンクして紹介します。

上記3箇所の機関所蔵されている資料を比較して、次のことが判りました。
国立公文書館に内閣府から移管された憲法調査会資料が原本で、国立国会図書館憲政資料室、及び内閣法制局所蔵の資料は、国立公文書館所蔵の資料を複写したものです。

国立公文書館資料の現物の裏表紙には、憲法調査会事務局の印が押印されています。(*ただし、ホームページには写っていません)

三つの資料は同一の内容であることが判りましたが、二つの問題点が浮かび上がってきました。

第一の問題点は、8通の手紙の発信者は、高柳会長4通、マッカーサー2通ですが、活字の字体から判断して、すべて同じ活字のタイプライターで、タイプされているものとおもわれること。

第二の問題は、どの手紙にも、自筆の署名がないことです。
したがって、本物の手紙は、どこか別のところに所蔵されているのではないかと考えられること。
可能性としては、高柳賢三旧蔵書の中、あるいはその近辺。これは、あくまでも推測です

これらの手紙がどのような状況でやり取りされたのかについて、憲法調査会の調査活動の全体像を示す必要があります。

資料はすでに準備が出来ていますが、昨16日は、台風のため外出ができず、これらの文書のスキャンが出来ませんので、
今日以降、準備が出来たものから、順次、掲載します。

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by kenpou-dayori | 2016-08-17 09:16 | 「憲法第九条の真の提唱者」問題について
2016年 08月 17日

憲法便り#1854:昭和39年7月の『憲法調査委報告書』その他に基づく新連載開始について(改訂第二版)

2016年8月17日(火)(憲法千話)

憲法便り#1854:昭和39年7月の『憲法調査委報告書』その他に基づく新連載開始について(改訂第二版)

昨8月16日、内閣法制局及び国立公文書館を訪ね、資料の内容及び著作権の問題の確認を行いました。
午後一時、霞ヶ関にある内閣法制局総務課の閲覧窓口を訪ね、下記の①から③までの資料の利用については、問題がないことが、直接確認出来ました。

さらに午後二時半、竹橋にある国立公文書館を訪ね、下記の資料⑤についても、出典を明示すれば、ブログでの利用に問題はないことを確認出来ました。

したがいまして、これらの部分から掲載を始めます。

全体の構成については、最終的に調整致します。

①憲法調査会『憲法調査会報告書』(昭和三十九年七月)より。
 1.はじめに 
 2.海外調査について
 
②憲法調査会『憲法制定の経過に関する小委員会報告書』より。
 「戦争放棄条項の提案者」について

③『憲法制定の経過に関する小委員会議事録』議事録より
 1.『憲法制定の経過に関する小委員会第十六回議事録』(昭和三十四年一月二十二日)
 2.『憲法制定の経過に関する小委員会第十七回議事録』(昭和三十四年二月十二日)
 3.『憲法制定の経過に関する小委員会第十八回議事録』(昭和三十四年二月二十六日)

⑤憲法調査会『高柳会長とマッカーサー元帥及びホイットニー準将との間に交わされた書翰』(昭和三十四年二月)
 目次
 1.高柳会長からマッカーサーへ(1958.12.1)
 2.高柳会長からホイットニーへ(1958.12.1)
 3.ホイットニーから高柳会長へ(1958.12.4)
 4.マッカーサーから高柳会長へ(1958.12.5)
 5.高柳会長からマッカーサーへ(1958.12.10)
 6.高柳会長からホイットニーへ(1958.12.10)
 7.マッカーサーから高柳会長へ(1958.12.15)
 8.ホイットニーから高柳会長へ(1958.12.18)

なお、その他の資料についても、現在、著作権の確認作業を続けています。

*********************************************
【再録】
2016年8月14日(日)(憲法千話)

憲法便り#1846:明日から、昭和39年7月の『憲法調査会報告書』その他に基づく連載を掲載します。(改訂版)

著作権、及び資料利用の許諾の手続きがありますので、掲載まで時間を要する記事もありますが、次の内容で、連載を考えています。
ただし、多少の増減があるかもしれません。
関連して、増えることの方が多いと思います。

これらの資料は、現在執筆途上にある、論文『日本国憲法成立史の実証的再検討』のために数年前に収集したものですが、最近『東京新聞』が報じた『マッカーサー書簡』が話題になっていますので、事実関係をより正確にするために、その背景を含めて、全容を明らかにするものです。

①憲法調査会『憲法調査会報告書』(昭和三十九年七月)より。
 1.はじめに 
 2.海外調査について
 
②憲法調査会『憲法制定の経過に関する小委員会報告書』より。
 「戦争放棄条項の提案者」について

③『憲法制定の経過に関する小委員会議事録』議事録より
 1.『憲法制定の経過に関する小委員会第十六回議事録』(昭和三十四年一月二十二日)
 2.『憲法制定の経過に関する小委員会第十七回議事録』(昭和三十四年二月十二日)
 3.『憲法制定の経過に関する小委員会第十八回議事録』(昭和三十四年二月二十六日)

④『憲法調査会総会議事録』
 1.『憲法調査会第八回総会議事録』(*吉田茂からの書簡を含む)(昭和三十二年十二月十八日)
 2.『憲法調査会第二十四回総会議事録』(昭和三十四年一月二十一日)(別添 高柳論文「押しつけ憲法論の否定および日米合作論の論拠」(昭和三十九年三月一八日 第百二十四回総会)

⑤憲法調査会『高柳会長とマッカーサー元帥及びホイットニー準将との間に交わされた書翰』(昭和三十四年二月)
 目次
 1.高柳会長からマッカーサーへ(1958.12.1)
 2.高柳会長からホイットニーへ(1958.12.1)
 3.ホイットニーから高柳会長へ(1958.12.4)
 4.マッカーサーから高柳会長へ(1958.12.5)
 5.高柳会長からマッカーサーへ(1958.12.10)
 6.高柳会長からホイットニーへ(1958.12.10)
 7.マッカーサーから高柳会長へ(1958.12.15)
 8.ホイットニーから高柳会長へ(1958.12.18)

⑥幣原道太郎(独協大学教授)著『先考喜重郎の戦争・戦力放棄論ー憲法第九条提案説について』(1975)
 *著者は、幣原喜重郎の長男

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by kenpou-dayori | 2016-08-17 05:50 | 憲法調査会報告書及び関連資料
2016年 08月 15日

憲法便り#1852:昭和39年7月の『憲法調査委報告書』その他に基づく新連載開始について

2016年8月15日(日)(憲法千話)

憲法便り#1852:昭和39年7月の『憲法調査委報告書』その他に基づく新連載開始について

昨8月14日付『憲法便り#1846』で、下記の通りお伝えしましたが、慎重に著作権関係の確認を行いましたので、今日からの連載の準備は整いませんでした。

従いまして、明8月16日からの連載開始と致します。

なお、今日、内閣法制局総務課に連絡を取り、下記の①から③までの資料の利用については、問題がないことが、確認出来ましたので、これらの部分から掲載を始めます。

全体の構成については、最終的に調整致します。

①憲法調査会『憲法調査会報告書』(昭和三十九年七月)より。
 1.はじめに 
 2.海外調査について
 
②憲法調査会『憲法制定の経過に関する小委員会報告書』より。
 「戦争放棄条項の提案者」について

③『憲法制定の経過に関する小委員会議事録』議事録より
 1.『憲法制定の経過に関する小委員会第十六回議事録』(昭和三十四年一月二十二日)
 2.『憲法制定の経過に関する小委員会第十七回議事録』(昭和三十四年二月十二日)
 3.『憲法制定の経過に関する小委員会第十八回議事録』(昭和三十四年二月二十六日)
*********************************************
2016年8月14日(日)(憲法千話)

憲法便り#1846:明日から、昭和39年7月の『憲法調査会報告書』その他に基づく連載を掲載します。(改訂版)

著作権、及び資料利用の許諾の手続きがありますので、掲載まで時間を要する記事もありますが、次の内容で、連載を考えています。
ただし、多少の増減があるかもしれません。
関連して、増えることの方が多いと思います。

これらの資料は、現在執筆途上にある、論文『日本国憲法成立史の実証的再検討』のために数年前に収集したものですが、最近『東京新聞』が報じた『マッカーサー書簡』が話題になっていますので、事実関係をより正確にするために、その背景を含めて、全容を明らかにするものです。

①憲法調査会『憲法調査会報告書』(昭和三十九年七月)より。
 1.はじめに 
 2.海外調査について
 
②憲法調査会『憲法制定の経過に関する小委員会報告書』より。
 「戦争放棄条項の提案者」について

③『憲法制定の経過に関する小委員会議事録』議事録より
 1.『憲法制定の経過に関する小委員会第十六回議事録』(昭和三十四年一月二十二日)
 2.『憲法制定の経過に関する小委員会第十七回議事録』(昭和三十四年二月十二日)
 3.『憲法制定の経過に関する小委員会第十八回議事録』(昭和三十四年二月二十六日)

④『憲法調査会総会議事録』
 1.『憲法調査会第八回総会議事録』(*吉田茂からの書簡を含む)(昭和三十二年十二月十八日)
 2.『憲法調査会第二十四回総会議事録』(昭和三十四年一月二十一日)(別添 高柳論文「押しつけ憲法論の否定および日米合作論の論拠」(昭和三十九年三月一八日 第百二十四回総会)

⑤憲法調査会『高柳会長とマッカーサー元帥及びホイットニー準将との間に交わされた書翰』(昭和三十四年二月)
 目次
 1.高柳会長からマッカーサーへ(1958.12.1)
 2.高柳会長からホイットニーへ(1958.12.1)
 3.ホイットニーから高柳会長へ(1958.12.4)
 4.マッカーサーから高柳会長へ(1958.12.5)
 5.高柳会長からマッカーサーへ(1958.12.10)
 6.高柳会長からホイットニーへ(1958.12.10)
 7.マッカーサーから高柳会長へ(1958.12.15)
 8.ホイットニーから高柳会長へ(1958.12.18)

⑥幣原道太郎(独協大学教授)著『先考喜重郎の戦争・戦力放棄論ー憲法第九条提案説について』(1975)
 *著者は、幣原喜重郎の長男

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by kenpou-dayori | 2016-08-15 20:23 | 憲法調査会の報告書