岩田行雄の憲法便り・日刊憲法新聞

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2014年 09月 16日

憲法便り#659 昭和20年10月24日『朝日新聞』の社説及び社長、会長以下重役総辞職の記事

2014年9月16日

昨日の『憲法便り#658』において、昭和20年11月7日付『朝日新聞』で、「国民と共に立たん」と題した同社の宣言が発表されたことを紹介し、朝日新聞社の皆さんがこの宣言の原点に立ち戻ってほしい旨を書きました。

今日は、予告したとおり、昭和20年10月24日付『朝日新聞』一面で報じられた社説「新聞の戦争責任清算」、および「朝日新聞革新 戦争責任明確化 民主主義体制実現 社長、会長以下重役総辞職」との見出しの記事を、コピーにより紹介します。

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by kenpou-dayori | 2014-09-16 15:13 | 社説
2014年 09月 16日

憲法便り#658 朝日新聞の皆さん、昭和20年11月7日の宣言を読んで原点に立ち戻って下さい

2014年9月15日 

『朝日新聞』は、昭和20年10月24日付一面に、「新聞の戦争責任清算」と題する「社説」を掲げました。
そして、一面で、「朝日新聞革新 戦争責任明確化 民主々義体制実現 社長、会長以下重役総辞職」と題する記事を掲載しました。

朝日新聞社はこの決断を実効あるものとすべく、11月7日には、「新聞の新なる使命」と題する「社説」を掲げ、さらに、「国民と共に立たん 本社、新陣容で「建設」へ」との宣言文を発表しています。
ここに、そのコピーを掲載します。

現在の窮地を脱出し、信用を回復するために、まず、「国民と共に立たん」という宣言の精神を、全社員のものにして欲しいと思います。

昭和20年10月24日付一面に掲載された「社説」「新聞の戦争責任清算」、および「朝日新聞革新 戦争責任明確化 民主々義体制実現 社長、会長以下重役総辞職」と題する記事は、次回『憲法便り#659』にコピーを掲載します。

なお、「慰安婦」問題、「吉田調書」に関する問題点について、および一連の「朝日たたき」についての私の考えは、『憲法便り#660』に書くつもりです。
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『世論と新聞報道が平和憲法を誕生させた!』
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by kenpou-dayori | 2014-09-16 14:08 | 社説
2014年 09月 12日

憲法便り#657 新潟日報社説「平和国家の使命」(昭和20年9月12日)

2014年9月12日 

安倍内閣が、日本を「戦争が出来る国」にしようとしている今、「平和国家論」の優れた「社説」として、是非とも多くの人々に読んで欲しい文章である。
敗戦から一カ月も経たない時点の文章であるから、この論説の筆者には、まだ戦前からの思考の残滓もあるが、文章全体は高く評価出来る。

この社説は、9月10日付『毎日新聞』によるものだが、9月12日に『新潟日報』が『毎日新聞』の社説を借用している。
米軍の爆撃により壊滅的な打撃を受けた『香川日日新聞』および『徳島新聞』は、当時、『毎日新聞』(大阪本社)に紙面の編集委託をしており、9月10日に全く同じ社説を掲げている。
さらに、翌9月11日に『福島民報』が借用し、掲載している。したがって、『毎日新聞』の社説を、他の四社が掲載したことになる。

社説「平和国家の使命」
「文化とは人類の生活を、より高く、より美しく、より良くせんがための努力であり顕現である。従ってその究極するところは当然平和の状態でなければならない。最近数年間戦争文化という言葉が用いられて来たが、こうした言葉は逆説的であって、むしろこうした言葉が用いられるところに文化が本来平和のためであるべき真実が潜んでいると考えられるのである。大御心に従い奉って日本は平和国家として、人類の文化に寄与すべき国家として再建されることとなった。聖旨畏しとも畏し、今は億兆一心ひたすら文化日本の建設に邁進すべきときである。
 日本人が知識を世界に求めるに吝かならぬ民族であったことは歴史が証明している。仏教の伝来然り、奈良朝時代における唐代の文物制度の移入採用また然り、幕末における西洋事物の探究の如き日本人の旺盛なる知識欲、未知に対する絶大なる関心をよく物語っているのである。日本はかくして短をおぎない無を塡(うず)めつつ古来の文化と渾然一体たる新文化形体を創造し民族の繁栄をその上に築き上げて来たのだった。
支那事変以来の八年間は文化的には停止期間であった。一切を挙げて戦勝という至近目的に集中する以上、文化活動も当然その埒外に止まるを許されなかったことはいうまでもないが、最も重大なことは戦争期間にあって日本が文化的に唯我独尊に陥ったことである。民族の純粋を強調するに急なる余り他の世界を忘れた観があったことである。われらの祖先は耳目に触れるあらゆるものに素朴に興味をもち、率直にこれを受入れ、自己の批判と好尚においてこれを咀嚼し消化して来たのであるが、こうした素朴が忘れられて独り自ら高しとするの観なきにしもあらずであった。徳川三百年の鎖国は短しとはいえぬ。だがある意味で過去八年は三百年より長かったとさえいえるであろう。しかもこの期間に敵国だった米英は、卑近な例をとればペニシリンを創り原子爆弾を発明している。日本だけからいえば文化の停止とみられるこの期間が、世界的相対的にみれば明かに後退であったのである。この意味で過去八年の日子は明かに三百年以上の鎖国であった。
われわれはまづこの遅れを取り返さねばならぬ。しかしいうまでもなく遅れを取返すことが徒なる競争心や敵愾心から出発するのであってはならない。ペニシリンに優る薬剤の発見は民族の幸福であること勿論であるが、進んでこれが人類の救いであることを念願としなければならない。頃日来(きょうじつらい)科学の振興、科学教育の充実が頻りに叫ばれているが、敗戦の原因が科学の貧困にあったからあというのでは余りにも功利的でとるに足らない。進んで人類の文化に貢献せんがための科学振興、科学教育であってこそ世界はこれを至当の要求として公認するであろう。首相宮殿下が「我大和民族は他の如何なる民族とも相共に携えて世界文化に貢献することによってのみ日本の将来に光明が輝くと思う。徒に優越感に捉われ或は排他的な考え方は日本の将来のためにいけないと思う」とこの意味かと拝察せらるるのである。
事がましくいうまでもなく、われわれは高度の文化を持って来た。しかし日本の文化の特質はいわば静的、内包的なものであった。日本が文化国家として再建され、これをもって世界平和に寄与するためには、在来の文化の特質に加えて動的、外延的なものをも併せもたねばならない。あらゆる文化行動はまづこの点から出発すべきである。戦争に捧げたと同じ努力をもってすれば、デンマークにもまさる集約農業国として立上り得るであろうし、スイスにも劣らぬ精密工業国として発展もし得よう。平和国家の使命はここにあり、日本民族はこのことに新たなる生き甲斐を感ずるのでなければならない。」


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by kenpou-dayori | 2014-09-12 20:48 | 社説
2014年 09月 11日

憲法便り654 必見!「平和日本の産業復興」(昭和20年9月11日付『長崎新聞』社説)

昨年9月11日に『憲法便り#286』「日本民主化の日歴」で紹介した『長崎新聞』の「社説」の再録です。
8月9日に原爆を投下されてから、わずか一ヶ月と二日の時点で発表されたものです。

これは、当時の社説の中で最も優れた社説です。
すでに紹介した朝日、毎日、讀賣の三大紙の社説と違って、天皇の詔勅や東久邇宮首相の言葉におもねることなく、自らの言葉で、ポツダム宣言の条文の解釈を問い、平和日本の産業復興を真正面から説いています。「骨太」とは、こういう言説を指します。

昭和20年9月11日付『長崎新聞』社説「平和日本の産業復興」
「戦争終結と共にわが産業界は極めて大規模且つ困難なる再編成、再転換の渦中に投ぜられた。ポツダム宣言に規定する各種の制約の下、巨大なる賠償物資の重圧に耐えつつ遂行さるべき点に於てその困難さは更に数倍する。而して日本が直面する現実の事態が国民食糧確保について極めて大いなる努力と工夫を要すべき事情にあることは衆知の事実であり、更に国民生活に欠くべからざる各種の、資料、鍋釜、コンロ等の最も手近なものですら、極端なる窮乏の状態を示して居ることも悲痛なる事実なら、住居、衣料等に関し、単に雨露を凌ぎ、暖を保つに弛ものさえ行届き得ぬことを憂えしめるのも、之亦胸を抉(えぐ)る現実なのである。一般的無差別的な焼爆攻撃の被害はかくも深刻なのであって、平和日本産業再編の第一重点として民主的平和産業復興の急務なること真に眉を焦がす程のものがある、と云わなければならぬ。
 連合国側が純平和的なる産業の復興□作に就て、格別干渉の意思も権利も有せざることはポツダム宣言の条項に照し当然のことであろう。しかも之等純平和産業と雖も、その所要器具、所要資材、所要設備の点にふれるやこれが調達には各種の重工業、化学工業の協力を要するのであって、ポツダム宣言を最も峻烈無残に適用する場合、忽ち幾多の疑義を生ずることを免れぬ。宣言に所謂軍事産業□絶の意義並に範囲如何『原料資材の入手(支配と区別す)を許容す』と云う同宣言の解釈如何。終戦の際に当り日本産業界が、昏迷状態に陥り一種気抜けの相貌を呈し、現在なお到底立直ったと云い得ぬのは、事態の急変、真に已むを得ぬ所としても、又一面、降伏文書の内容たる産業関係の諸条項が極めて抽象的且つ微妙であって寛厳自在、むしろ生かすも殺すも一に連合国側の解釈に係る、とも云い得る□幅広きものであり、敗戦国たる悲痛な立場上、これが適正なる解釈に甚だ昏迷を覚えたこと云うことも亦強力なる一原因であったことを掩い得ぬ。重光外相は過般来、マックアーサー司令部との間に折衝を重ねた結果、連合国側の本問題に対する態度は相当理解あるものであって、我国の社会経済秩序維持、国民生活の安定に関し必ずしも苛酷を極めるものでないことが判明し、一二の重要産業に関しては、具体的内容にまで入って諒解に到達したと伝えられることは、日本産業再建の前途に一の炬火を□したものと云うを憚らぬ。
 併し乍ら、日本の経済を維持し賠償物資□□の能力を保有するに必要な産業はこれを維持せしむべき旨はポツダム宣言に於ても明らかに規定する処であり、しかも連合国は日本人を民族として奴隷化せんとし、又は国民として滅亡せしめんとするの意図を有せざることは彼等の犀々言明せる処なのであるから、たとえポツダム宣言に云う所の『戦争のため再軍備をなすことを得しむる如き産業』の範囲、内容に関し解釈上幾多の疑義は存するにしても、その目的、用途さえ純平和的、平和的である限り、常識に所謂軍需産業であっても、これを平和的産業に切換えるに、理論上遠慮は要らぬ筈である。即ちわが産業界としては一々受動的に連合国側の指示を俟つ迄もなく、誠実、真率たるポツダム宣言履行の根本方針に立つ限り、必要なる作業転換は此の際、急速、大胆に、自らの責任において実行する程の気魄と信念とを持すべきものであろう。此の場合正当なる国家機関を通じ連合国側最高機関との連絡、諒解の手続きを苟くもすべからざるは固よりである。
 嘗て特に平和的産業の諸部門に於て世界の最高水準にまで到達した日本である。戦後世界復興の為、平和日本の荷うべき産業的役割は決して軽からざるものであることを確信する。しかも現に日本は、国内民生の最低限確保の為にすら、今後永きに亘ってあらゆる困難を□べき運命にあることは、これを敗戦の責任に処すべきは無論としても、連合国側に於ても亦□に十分なる認識と考慮とを要請せざるを得ぬ。日本経済連盟其他の四団体が、日本経済再建のため五項目に亘る目標を定め、これがため連合国側の公正なる判断を要請したことは、真に時宜を得た措置と云うべく、今後わが産業界としてその実相を明かにし、平和建設の為の所要に応ずべく、的確なる資料と真率なる決意を表明するにあらゆる機会を逸してはならぬのである。」

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by kenpou-dayori | 2014-09-11 14:00 | 社説
2014年 09月 11日

憲法便り#656 「平和国家の使命」:昭和20年9月11日付『福島民報』社説

2014年9月11日
 
昭和20年9月11日付『福島民報』が、『毎日新聞』の「社説」を借用したものである。

安倍内閣が、日本を「戦争が出来る国」にしようとしている今、「平和国家論」の優れた「社説」として、是非とも多くの人々に読んで欲しい文章である。
敗戦から一カ月も経たない時点の文章であるから、この論説の筆者には、まだ戦前からの思考の残滓もあるが、文章全体は高く評価出来る。

この「社説」は、昭和20年9月10日付『毎日新聞』によるものである。
米軍の爆撃により壊滅的な打撃を受けた『香川日日新聞』および『徳島新聞』は、当時、『毎日新聞』(大阪本社)に紙面の編集委託をしており、全く同じ社説を掲げている。
さらに、9月12日に『新潟日報』が『毎日新聞』の社説を借用している。

社説「平和国家の使命」
「文化とは人類の生活を、より高く、より美しく、より良くせんがための努力であり顕現である。従ってその究極するところは当然平和の状態でなければならない。最近数年間戦争文化という言葉が用いられて来たが、こうした言葉は逆説的であって、むしろこうした言葉が用いられるところに文化が本来平和のためであるべき真実が潜んでいると考えられるのである。大御心に従い奉って日本は平和国家として、人類の文化に寄与すべき国家として再建されることとなった。聖旨畏しとも畏し、今は億兆一心ひたすら文化日本の建設に邁進すべきときである。
 日本人が知識を世界に求めるに吝かならぬ民族であったことは歴史が証明している。仏教の伝来然り、奈良朝時代における唐代の文物制度の移入採用また然り、幕末における西洋事物の探究の如き日本人の旺盛なる知識欲、未知に対する絶大なる関心をよく物語っているのである。日本はかくして短をおぎない無を塡(うず)めつつ古来の文化と渾然一体たる新文化形体を創造し民族の繁栄をその上に築き上げて来たのだった。
支那事変以来の八年間は文化的には停止期間であった。一切を挙げて戦勝という至近目的に集中する以上、文化活動も当然その埒外に止まるを許されなかったことはいうまでもないが、最も重大なことは戦争期間にあって日本が文化的に唯我独尊に陥ったことである。民族の純粋を強調するに急なる余り他の世界を忘れた観があったことである。われらの祖先は耳目に触れるあらゆるものに素朴に興味をもち、率直にこれを受入れ、自己の批判と好尚においてこれを咀嚼し消化して来たのであるが、こうした素朴が忘れられて独り自ら高しとするの観なきにしもあらずであった。徳川三百年の鎖国は短しとはいえぬ。だがある意味で過去八年は三百年より長かったとさえいえるであろう。しかもこの期間に敵国だった米英は、卑近な例をとればペニシリンを創り原子爆弾を発明している。日本だけからいえば文化の停止とみられるこの期間が、世界的相対的にみれば明かに後退であったのである。この意味で過去八年の日子は明かに三百年以上の鎖国であった。
われわれはまづこの遅れを取り返さねばならぬ。しかしいうまでもなく遅れを取返すことが徒なる競争心や敵愾心から出発するのであってはならない。ペニシリンに優る薬剤の発見は民族の幸福であること勿論であるが、進んでこれが人類の救いであることを念願としなければならない。頃日来(きょうじつらい)科学の振興、科学教育の充実が頻りに叫ばれているが、敗戦の原因が科学の貧困にあったからあというのでは余りにも功利的でとるに足らない。進んで人類の文化に貢献せんがための科学振興、科学教育であってこそ世界はこれを至当の要求として公認するであろう。首相宮殿下が「我大和民族は他の如何なる民族とも相共に携えて世界文化に貢献することによってのみ日本の将来に光明が輝くと思う。徒に優越感に捉われ或は排他的な考え方は日本の将来のためにいけないと思う」とこの意味かと拝察せらるるのである。
事がましくいうまでもなく、われわれは高度の文化を持って来た。しかし日本の文化の特質はいわば静的、内包的なものであった。日本が文化国家として再建され、これをもって世界平和に寄与するためには、在来の文化の特質に加えて動的、外延的なものをも併せもたねばならない。あらゆる文化行動はまづこの点から出発すべきである。戦争に捧げたと同じ努力をもってすれば、デンマークにもまさる集約農業国として立上り得るであろうし、スイスにも劣らぬ精密工業国として発展もし得よう。平和国家の使命はここにあり、日本民族はこのことに新たなる生き甲斐を感ずるのでなければならない。」

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by kenpou-dayori | 2014-09-11 14:00 | 社説
2014年 09月 11日

憲法便り#655 必見!社説「平和国家の使命」昭和20年9月10日毎日新聞、香川日日新聞、徳島新聞

2014年9月11日 

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by kenpou-dayori | 2014-09-11 13:42 | 社説
2014年 09月 10日

憲法便り#653 静岡の藁科九条の会で、10月19日(日)に講演を行います

静岡の藁科九条の会のお招きにより、10月19日(日)午後一時半から講演を行います
詳細は追ってお知らせしますが、講演の内容は以下の予定です。
静岡方面の皆さんのご参加を呼びかけます。

藁科九条の会 憲法講演会レジュメ
論題『世論と新聞報道が平和憲法を誕生させた!』
岩田行雄
【講演の要点】
1.昭和20年末までに「憲法民主化」の世論は形成されていた。
2.憲法改正問題の根本的対立軸は、「明治憲法押し付けの松本烝治国務相」対「憲法の民主的改革を望む幅広い国民」であり、「日本政府」対「GHQ」ではない。
3.日本国憲法成立に最も重要な役割を果たした「憲法研究会」案(高野岩三郎、鈴木安蔵他)は、「憲法民主化」及び「社会の民主化」の世論を背景に作成された。
4.「GHQ草案」は、この「憲法研究会」案を基礎に作成された。
5.「GHQ草案」は、素人集団ではなく、「軍服を着た法律家集団」の主導で作成された。
6.GHQ民政局の草案作業は、「やっつけ仕事」ではなく、事前の研究と日本の世論を踏まえた、周到な準備に基づいていた。
7.様々な憲法草案の中から、四つの具体例を紹介
①法制局入江稿『終戦と憲法』、②外務省文書、③憲法研究会案、④松本国務相私案
8.日本国憲法は、GHQ草案の単なる翻訳ではない。国会での3段階(本会議、改正案委員会、改正案委員小委員会)の詳細かつ徹底した論議に基づいている。
9.婦人参政権は、昭和20年12月17日に衆議院議員選挙法改正公布により確立した。ベアテがGHQ民政局で働くために来日したのは、同年12月24日である。

【レジュメの資料】
〔資料1〕憲法改正を巡る主な動き … 政府は民主化も改憲も進める気がなかった!
〔資料2〕平和と憲法の民主化を求める世論(1945年9月~12月の全国各紙より)
〔資料3〕日本全国に吹く民主化の風!『朝日新聞』『讀賣報知』(共に東京版)より               
〔資料4〕1945年9月46年3月に作成された主な憲法改正草案・提言の一覧表     
〔資料5〕法制局内部で敗戦直後から密かに、自発的に検討された憲法改正文書より
〔資料6〕外務省内の憲法改正問題に関する検討文書より(外務省の公式文書!)
〔資料7〕◎憲法研究会『憲法草案要綱』(1945年12月26日)[抜粋]
〔資料8〕松本烝治国務相『憲法改正私案』(1946年1月4日稿)(極秘)【抜粋】
〔資料9〕 GHQ民政局の「憲法草案作成委員会」の構成とメンバーの原簿
〔資料10〕日本政府とGHQの動き=明治憲法押し付けと平和憲法制定の攻めぎ合い
〔資料11〕ラウエル著『民間の研究団体により提案された憲法改正案に関する註解』
〔資料12〕2月13日に外務大臣官邸でGHQ草案を手渡した際の『記録』より
〔資料13〕『1946年2月22日午後のホイットニー将軍達と松本博士達の会談記録』より
〔資料14〕「戦争放棄」の原点は「パリ不戦条約」(1928年)に!
*参考資料「その他の戦力」について
〔資料15〕1945-1946年の三つの 世論調査に見る憲法改正に関する国民の意識
〔資料16〕 衆議院での実質審議(1946年6月25日~8月24日)と議事録
〔資料17〕講演の主な参考文献と資料
〔資料18〕【 行動する研究者・岩田行雄のプロフィール 】


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by kenpou-dayori | 2014-09-10 22:01 | 憲法関係の活動
2014年 09月 09日

憲法便り#652 ご存知ですか?:吉田茂首相が米英からの再軍備要請を拒否したこと

2014年9月9日
憲法便り#652 ご存知ですか?:吉田茂首相が米英からの再軍備要請を拒否したこと
拙著『検証・憲法第九条の誕生』(第五版)に収録した、西村熊雄元外務省条約局長の証言を紹介します。

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※平和憲法を守る闘いに寄与するため、5月に下記の新著を緊急出版しました。
『世論と新聞報道が平和憲法を誕生させた!』
―押し付け憲法論への、戦後の61紙等に基づく実証的反論―
(これは『心踊る平和憲法誕生の時代』の改題・補訂第二版です)

闘いは、まだこれからも続きます。「押し付け憲法」論、自主憲法制定論に対する闘いに、是非とも本書を活用していただきたい。

ご注文は、下記の書店へ
美和書店 電 話03-3402-4146
FAX 03-3402-4147
[PR]

by kenpou-dayori | 2014-09-09 22:20 | 吉田茂
2014年 09月 08日

憲法便り#651 復刻:昭和20年9月8日 『福島民報』社説「武器なき大国の可能性」

2014年 9月7日

この社説は、昨9月8日付『毎日新聞』の社説を借用して、全文掲載しています。
『福島民報』は、他紙に先駆けて、9月3日付けの社説で『平和建設への強力な拍車』を掲載しています。
『憲法便り#643』に収録してありますのでそちらも併せてご覧下さい。

昨年も、9月7日に『毎日新聞』の社説を『憲法便り#275』に掲載しました。かなり多くのアクセスがありました。その時に書いたコメントに少しだけ加筆して収録します。

9月5日付『朝日新聞』社説、6日付『讀賣報知』社説に続いて、『毎日新聞』のこの社説で、9月2日に日本政府が降伏文書に調印した後、三大紙の社説が出揃いました。
ところが、『ポツダム宣言』に対しても「笑止」などの見出しで戦争邁進を煽ってきた翼賛報道への反省は、全く見られません。

私は、『毎日新聞』社説の「武器なき大国の可能性」という題名を初めて見た時には、大いに期待を持って読み始めました。
しかしながら、最後の部分まで、侵略戦争への反省はひと言もなく、懲りもせず「大国」にこだわっていることに、「まだ報道体質は変わっていない」ことを強く感じました。
それでも、戦争を煽っている記事より、少しはましであろうと我慢をしてこの入力をしました。それには、当時の下記の状況を考慮した上のことです。

この社説は、昭和20年9月7日の「日本民主化の日歴」で示したように、戦災の被害が甚大だった『香川新聞』および『徳島新聞』が、『毎日新聞』(大阪)に紙面の編集委託を行っていたことから、9月7日付の「社説」は、両紙とも「武器なき大国の可能性」を掲げています。


社説「武器なき大国の可能性」。
「日本は昨日まで強国であり、大国であった。その日本が今度の敗戦によって海外領土を剥奪され、日清戦争以前よりももっと小さな国土した持たないことになった。しかも武装を完全に解除される。強大な陸軍と海軍を均勢的に併有する世界第一の武装国家といわれたその武装がなくなる。明らかに強国ではなくなる。しかし八千万に近い人口を擁する。東亞の盟主として昨日まで持った高い矜持を捨てよう術のない、しかも世界に冠絶する初等教育の普及率を持つ国民である。強国でなくなるのは明白なことだが、同時に大国であるといい切ることは出来ない。そこで問題になるのは、日本が大国として残り得るかどうかである。従来の観念では、強国ならざる大国は在り得なかった。しかし言語の本来の意味からいえば強国と大国とは別物である。日本の今後の建設の仕方によっては、武器なき大国を、人類の歴史の上に、初めて創って見せることが出来るのではあるまいか。その可能性ありや否や。
 日本の降伏の重要な理由の一つが、原子爆弾の出現にあったことは詔書に示された通りである。このために将来の戦争の様相は全く変るであろうといわれている。すでに英誌は原子爆弾の発見によって、敗戦のドイツに飛行機の製作を禁止する理由がなくなり、英国自身が艦隊を保有することすら無意味であることを指摘している。もしそうだとすれば、旧来の兵備軍装はそれがどれほど大きなものであっても、この新兵器の前には無力である。それにも拘らず、今度の大戦の戦勝国はその無力な軍備を常備することを止めないであろう。そうしてその準備のために強国の格付をすることは依然として続くであろう。しかしこのことは、事の実体を考えるときに何の意味があるだろう。原子爆弾で容易に吹き飛ぶ軍備の何処に「強国」があるかである。そんな意味の軍備と強国なら、それから解放される日本こそまことに多幸といわなければならない。尤も原子爆弾の使用については、すでに国際管理説が伝えられている。従ってこの新兵器の使用を封じた場合には、旧来の武装が依然として強国を資格づけるに至るということもいえないことはない。しかしこれも余りに技巧的である。米英が何といおうと、原子爆弾の理論と製法は遠からず公開されざるを得ないであろう。その商業的、工業的利用も必ず起るに違いない。今後百年は平和的用途に向くまいというのは恐らく宣伝である。全世界の鉱工業の既設投資を全く無価値にする脅威を観念しての申し訳と解される。何れにしても今後の戦争はこれまでと全く違った兵器によって、全く新しい方法え闘われなくてはならない。旧来の意味での武装を持つか否かは、国家の強弱を弁別する標準にならず、況んや国家の大小をやといわなくてはならないと思う。
 八千万の国民がどうして狭められた領土で生存するか。食うだけでも相当の難事業であることは否定出来ない。しかしそこで食うことに成功する。しかもポツダム宣言は生来日本の国際通商への参加を否定しない。日本国民がまづ食うことに成功したうえに、その生活程度を高めることに努力する。生活を高めるだけでなく、一切の物的、心的の文化においても世界の第一流国家の上に出る。このことを容易に出来ることとは考えないが、出来ないことではない。最も簡単な事実を見よう。日清戦争直前の米穀生産は三千七、八百万石であった。それが現在では平年作六千万石に達している。農業技術の進歩、肥料の使用増加党のためであるが、これにもう一段の改善を加えればさらに増産せしめることは出来る。八千万人のほぼ純潔な血の民族の形成する国家を世界は小国と呼ぶことは出来ない。しかもその国民の励精によって、生活も文化も道義も世界のどの国民よりも高いとすれば、実に偉大なる大国といわなくてはならない。武装なくして大国となる。これが出来れば人類の偉観である。日本はこの目標に向って先進を起そう。」

※平和憲法を守る闘いに寄与するため、5月に下記の新著を緊急出版しました。
『世論と新聞報道が平和憲法を誕生させた!』
―押し付け憲法論への、戦後の61紙等に基づく実証的反論―
(これは『心踊る平和憲法誕生の時代』の改題・補訂第二版です)
闘いは、まだこれからも続きます。「押し付け憲法」論、自主憲法制定論に対する闘いに、是非とも本書を活用していただきたい。

ご注文は、下記の書店へ
美和書店 電 話03-3402-4146
FAX 03-3402-4147
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by kenpou-dayori | 2014-09-08 07:00 | 社説
2014年 09月 07日

憲法便り#650 復刻:昭和20年9月7日 『毎日新聞』社説「武器なき大国の可能性」

2014年 09月 07日

昨年も、9月7日にこの社説を『憲法便り#275』に掲載しました。かなり多くのアクセスがありました。その時に書いたコメントに少しだけ加筆して収録します。

9月5日付『朝日新聞』社説、6日付『讀賣報知』社説に続いて、『毎日新聞』のこの社説で、9月2日に日本政府が降伏文書に調印した後、三大紙の社説が出揃いました。
ところが、『ポツダム宣言』に対しても「笑止」などの見出しで戦争邁進を煽ってきた翼賛報道への反省は、全く見られません。

私は、『毎日新聞』社説の「武器なき大国の可能性」という題名を初めて見た時には、大いに期待を持って読み始めました。
しかしながら、最後の部分まで、侵略戦争への反省はひと言もなく、懲りもせず「大国」にこだわっていることに、「まだ報道体質は変わっていない」ことを強く感じました。
それでも、戦争を煽っている記事より、少しはましであろうと我慢をしてこの入力をしました。それには、当時の下記の状況を考慮した上のことです。

この社説は、昭和20年9月7日の「日本民主化の日歴」で示したように、戦災の被害が甚大だった『香川新聞』および『徳島新聞』が、『毎日新聞』(大阪)に紙面の編集委託を行っていたことから、9月7日付の「社説」は、両紙とも「武器なき大国の可能性」を掲げています。
なお、翌9月8日付『福島民報』は、『毎日新聞』のこの社説を借用して、全文掲載しています。

社説「武器なき大国の可能性」。
「日本は昨日まで強国であり、大国であった。その日本が今度の敗戦によって海外領土を剥奪され、日清戦争以前よりももっと小さな国土した持たないことになった。しかも武装を完全に解除される。強大な陸軍と海軍を均勢的に併有する世界第一の武装国家といわれたその武装がなくなる。明らかに強国ではなくなる。しかし八千万に近い人口を擁する。東亞の盟主として昨日まで持った高い矜持を捨てよう術のない、しかも世界に冠絶する初等教育の普及率を持つ国民である。強国でなくなるのは明白なことだが、同時に大国であるといい切ることは出来ない。そこで問題になるのは、日本が大国として残り得るかどうかである。従来の観念では、強国ならざる大国は在り得なかった。しかし言語の本来の意味からいえば強国と大国とは別物である。日本の今後の建設の仕方によっては、武器なき大国を、人類の歴史の上に、初めて創って見せることが出来るのではあるまいか。その可能性ありや否や。
 日本の降伏の重要な理由の一つが、原子爆弾の出現にあったことは詔書に示された通りである。このために将来の戦争の様相は全く変るであろうといわれている。すでに英誌は原子爆弾の発見によって、敗戦のドイツに飛行機の製作を禁止する理由がなくなり、英国自身が艦隊を保有することすら無意味であることを指摘している。もしそうだとすれば、旧来の兵備軍装はそれがどれほど大きなものであっても、この新兵器の前には無力である。それにも拘らず、今度の大戦の戦勝国はその無力な軍備を常備することを止めないであろう。そうしてその準備のために強国の格付をすることは依然として続くであろう。しかしこのことは、事の実体を考えるときに何の意味があるだろう。原子爆弾で容易に吹き飛ぶ軍備の何処に「強国」があるかである。そんな意味の軍備と強国なら、それから解放される日本こそまことに多幸といわなければならない。尤も原子爆弾の使用については、すでに国際管理説が伝えられている。従ってこの新兵器の使用を封じた場合には、旧来の武装が依然として強国を資格づけるに至るということもいえないことはない。しかしこれも余りに技巧的である。米英が何といおうと、原子爆弾の理論と製法は遠からず公開されざるを得ないであろう。その商業的、工業的利用も必ず起るに違いない。今後百年は平和的用途に向くまいというのは恐らく宣伝である。全世界の鉱工業の既設投資を全く無価値にする脅威を観念しての申し訳と解される。何れにしても今後の戦争はこれまでと全く違った兵器によって、全く新しい方法え闘われなくてはならない。旧来の意味での武装を持つか否かは、国家の強弱を弁別する標準にならず、況んや国家の大小をやといわなくてはならないと思う。
 八千万の国民がどうして狭められた領土で生存するか。食うだけでも相当の難事業であることは否定出来ない。しかしそこで食うことに成功する。しかもポツダム宣言は生来日本の国際通商への参加を否定しない。日本国民がまづ食うことに成功したうえに、その生活程度を高めることに努力する。生活を高めるだけでなく、一切の物的、心的の文化においても世界の第一流国家の上に出る。このことを容易に出来ることとは考えないが、出来ないことではない。最も簡単な事実を見よう。日清戦争直前の米穀生産は三千七、八百万石であった。それが現在では平年作六千万石に達している。農業技術の進歩、肥料の使用増加党のためであるが、これにもう一段の改善を加えればさらに増産せしめることは出来る。八千万人のほぼ純潔な血の民族の形成する国家を世界は小国と呼ぶことは出来ない。しかもその国民の励精によって、生活も文化も道義も世界のどの国民よりも高いとすれば、実に偉大なる大国といわなくてはならない。武装なくして大国となる。これが出来れば人類の偉観である。日本はこの目標に向って先進を起そう。」

※平和憲法を守る闘いに寄与するため、5月に下記の新著を緊急出版しました。
『世論と新聞報道が平和憲法を誕生させた!』
―押し付け憲法論への、戦後の61紙等に基づく実証的反論―
(これは『心踊る平和憲法誕生の時代』の改題・補訂第二版です)
闘いは、まだこれからも続きます。「押し付け憲法」論、自主憲法制定論に対する闘いに、是非とも本書を活用していただきたい。

ご注文は、下記の書店へ
美和書店 電 話03-3402-4146
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by kenpou-dayori | 2014-09-07 10:30 | 社説