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2016年 01月 31日

憲法便り#1560:三ヶ月限定、マグロの専門店『まぐろんち』が、2月2日、高田馬場栄通りにオープン!

2016年1月31日(日)

憲法便り#1560:三ヶ月限定店舗、マグロの専門店『まぐろんち』が、2月2日、高田馬場栄通りにオープン!

ひどいニュースが続いているので、気分転換に、美味しい話をひとつ。

つい最近まで、和牛の牛カツ、ハンバーグを出していた店が、マグロ専門店に変身する。

だが、これには、次のような事情がある。

同店は、高田馬場で魚料理の店を、2店経営している会社の3店舗目にあたる。
したがって、マグロ専門店を商うのは、従来の店舗展開の延長線上にあり、お手のものなのである。

これは、あくまでも、私の個人的見解である。

ランチタイムは、禁煙とのことなので、
2月2日、3日、4日のオープン記念3日間に、妻とともに、料理の出来栄えを確かめに行くつもりでいる。

栄通りは、最近、焼き鳥、ラーメン、そして中国、韓国、ミャンマー、インド、トルコなどのアジア料理通りの様相を呈しているので、『まぐろんち』が成功することを、願っている。

三ヶ月限定店舗などど言わず、長くほしいと思う。

因みに、栄通りの中ほどに四ツ辻があり、左の路地に入ると、私が以前「行きつけ」だった『魚清』のほか、もう一軒の魚料理の店がある。

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by kenpou-dayori | 2016-01-31 21:00 | 今日の話題
2016年 01月 31日

憲法便り#1559:雪混じりの強風のなか、秋田駅前時計台下1・19集会に100人が参加!(画像入り)

2016年1月31日(日)(憲法千話)

憲法便り#1559:雪混じりの強風のなか、秋田駅前時計台下1・19集会に100人が参加!(画像入り)

秋田県平和委員会から、『平和新聞 秋田県版』、および『平和新聞秋田市版』を送っていただきました。

12月から一月にかけての、『戦争法廃止』の一連の取り組みの報告が掲載されていますので、両紙の一面を紹介します。

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by kenpou-dayori | 2016-01-31 20:16 | 戦争法反対行動・声明
2016年 01月 31日

憲法頼り1558:西武百貨店からの当選祝いの酒を、その場でキッパリと断った共産党池田梅夫都議(当時)

2016年1月31日(日)(憲法千話)

憲法頼り1558:西武百貨店からの当選祝いの酒を、その場でキッパリと断った共産党池田梅夫都議(当時)

これは、かつて、私が実際に、目撃した話です。

豊島区で立候補して、活躍していた日本共産党の池田梅夫都議は、定員が四人から三人に減らされた選挙で、惜しくも四位の次点で落選した。

だが、「臥薪嘗胆(がしんしょうたん)」という言葉がピッタリと当てはまる、「地を這う」ような努力を積み重ね、次の都議会議員選挙では、見事、三人区での当選を勝ち取り、都議会議員として、
復活を果たした。

当選の報が伝えられ日の夕方、池袋東口から近い、六つ又交差点を飛鳥山方向に少し進んだ所にある池田梅夫選挙事務所には、中に入りきれないほどの支援者が詰めかけていた。

池田梅夫さんが支援者に対してお礼の言葉と、これからの活動の決意を述べ始めたとき、支援者をかき分けて、二人の男性が前へ進み出た。
一人は恰幅(かっぷく)の良い年配の男性、もう一人はやせぎすの40代に見える男性。

私は、いつも応援の活動をしていたが、一度も見かけたことのない人物だった。

明らかに上司と思われる、恰幅のよい男性が、西武デパートの誰某(だれそれ)と名乗り、やせぎすの男性が持っていた、のし紙を付け、お祝い用に一升瓶二本を紐でまとめてあるものを差し出した。

その瞬間、池田梅夫さんは、「いけません!」「それは受け取れません!」「名刺だけはいただきます」と、キッパリと言った。
池田梅夫さんには、爽やかな威厳があった。

二人は、その場にいたたまれない感じで、酒を持ってそそくさと出て行った。

地方議員から、国会議員まで、本来はこうあるべきなのだ。

金権政治につながる行為は、どんな小さなことでも、
いささかの曖昧さも許してはならない!

「アリの一穴が、堤防を崩す」の例えがある。

自民党よ、金権政治を辞めよ!
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by kenpou-dayori | 2016-01-31 12:38 | 見逃せない真実
2016年 01月 30日

憲法便り#1557:国会図書館への寄贈資料、新憲法発布祝賀「大阪市復興芸能祭」プログラム

2016年1月30日(土)(憲法千話)

憲法便り#1557:国会図書館への寄贈資料、新憲法発布祝賀「大阪市復興芸能祭」プログラム

国立国会図書館の蔵書目録では見当たらなかった資料です。

過去に、二度紹介しています。

最初は、2014年9月4日付の『憲法便り#644』
二度目は、2015年5月3日(金)(憲法千話)
憲法便り#931:『日本国憲法公布、その日、あなたの故郷ではNo.31: 大阪篇』で、
『大阪新聞』および『産業経済新聞』の記事とともに紹介しています。

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【再録1】
2014年9月4日

憲法便り#644 資料発掘:昭和21年11月大阪市主催の新憲法発布祝賀「大阪市復興芸能祭」

徳島県の吉田書店から入手した史料です。
昭和21年11月1日・2日・3日に開催された大阪市主催の「大阪市復興芸能祭」のプログラム。
表紙には「新憲法発布祝賀 食糧感謝 大阪市復興芸能祭」と謳われ、敗戦から起ちあがる当時の市民の率直な気持ちが表されています。

戦災と食糧難を経験した私には、この気持ちがよく判ります。
今、憲法改悪や集団的自衛権行使を認める発言をしている政治家たち、また、その発言に影響されている人たちにも、よく考えて欲しいと思い、このプログラムの全文を紹介します。

これは、『心踊る平和憲法誕生の時代』および、同書の改題・補定第二版『世論と新聞報道が平和憲法を誕生させた!』の、167頁下段の記述への補足情報です。

【大阪新聞】憲法公布(十一月四日付一面より)
[大阪市]「公布を記念して 公会堂で大阪市民大会」菊花かおる今日の佳き日、新しい日本の門出を祝い、大阪市主催の新憲法公布記念、大阪市復興市民大会が中之島公会堂で開かれ、大阪軍政部司令官、トラクセス司令官、田中知事(代理)、阿部商工会議所副会頭など来賓をはじめ、全市町会代表約千名が来会。

『大阪新聞』では、このように大まかに報道されていましたが、その詳細は、以下の通りです。

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※平和憲法を守る闘いに寄与するため、5月に下記の新著を緊急出版しました。
『世論と新聞報道が平和憲法を誕生させた!』
―押し付け憲法論への、戦後の61紙等に基づく実証的反論―
(これは『心踊る平和憲法誕生の時代』の改題・補訂第二版です)

闘いは、まだこれからも続きます。「押し付け憲法」論、自主憲法制定論に対する闘いに、是非とも本書を活用していただきたい。

ご注文は、下記の書店へ
美和書店 電 話03-3402-4146
FAX 03-3402-4147

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【再録2】
2015年5月3日(金)(憲法千話)
同日午後7時45分加筆:

①『大阪新聞』は、当時発行されていた地方紙ですが、現在は発行されていません。
②『産業経済新聞』は、『産経新聞』の前紙ですが、当時は大阪の地方紙でした。

岩田行雄編著『世論と新聞報道が平和憲法を誕生させた!』第四部より


憲法便り#931:『日本国憲法公布、その日、あなたの故郷ではNo.31: 大阪篇』

『大阪新聞』憲法公布(十一月四日付一面より)
[大阪市]
「公布を記念して 公会堂で大阪市民大会」菊花かおる今日の佳き日、新しい日本の門出を祝い、大阪市主催の新憲法公布記念、大阪市復興市民大会が中之島公会堂で開かれ、大阪軍政部司令官、トラクセス司令官、田中知事(代理)、阿部商工会議所副会頭など来賓をはじめ、全市町会代表約千名が来会。

(同二面より)
「全市に轟く太鼓の音 赤いおべべで絢爛の地車を曳く」
秋日いよいよ和やかに赤い晴着の麗人をはじめ、美しい服に手を通し、母親に寄り添う子供たちの嬉々とした姿に、日曜と祭日と復興を行楽する姿が描かれ、中之島中央公会堂では市民大会が開かれて、復興祭を今日三日に祝い尽そうとする喜びが、こぞって全市民の胸に烈しく燃える一日であった。
▲ワッショイワッショイワッショイ、チンチンドンチンチンドンと叩く太鼓と鉦の音に、老いも若きも、男も女も赤いおべべに白粉つけて、鹿の子の帯を細めにしめ、あれ、やれうれしと大阪復興の祭りを踊る。生野区町会連合会では同区振興会主催のもとに地車十一台を押し出し、一台につき約八百人が付き添い、総勢二万の市民が取巻き、今日三日午前九時に同区勝山通りの生野女学校講堂に参集して繰り出し、燦々と照りそそぐ陽光をあびて、声の限り、力の限り、歌い舞う絢爛の地車行列を行い、生野国民学校前から産業道路を経、今(?)里新地で解散した。
[守口市]
「前市沸き返る 市政実施の守口」
新憲法公布と市政施行の二重の祝賀に賑わう守口市では、三日早朝から全市各町内会はそれぞれ思い思いの趣向をこらした花車や仮装行列も、三味や太鼓で練り出されているほか、三郷宮東第一町内会、守口岩井町内会、北日吉町内会などは、それぞれ地元で演芸や運動会を開き、福引券などを贈呈して大当たりの景気ぶりを展開していた。

『産業経済新聞』憲法公布(十一月四日付三面より)
「大阪府庁の祝賀」
新憲法公布、明治節、大阪復興祭の重なる喜びの日を迎え、大阪府では三日午前十時五十分から府正庁において田中府知事以下全庁員が参集、記念祝賀式を挙行したが、同式場において田中府知事は次のごとき祝辞をのべた。新憲法は平和日本再建の基礎をなす大憲章である。その構想が日本民主と平和愛好の遠大なる世界観にたっており、民主国家として立ち上がらんとする国民の理想、信条を如実に顕示するということは今更申すまでもない。この期においてわれら国民は、一面敗戦の厳粛なる事実を深く反省するとともに、自由民主の国民たる自覚に徹し、あくまで新憲法の精神発揮につとめ諧和協調、渾身の力をふるってあらゆる苦難を克服し、一路精進することを誓い合い必ずこれを実行したいと念願する。
[大阪港の祝賀]
憲法公布の三日、大阪港では港内に停泊する数十の船舶は半船飾を施し、佳き日を祝ったが、七日母港大阪を出港、南氷洋捕鯨への壮途にのぼる母船橋立丸も船尾に日章旗をへんぽんとひるがえし、再建日本の逞しい意気をしめし、迫る鹿島立ちを前に、佳き日を寿ぎつつ必需品の積込みに大わらわである。」

昭和21年11月3日付『大阪新聞』一面
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(画像の典拠は、国立国会図書館所蔵マイクロ資料:請求記号YB-13)
昭和21年11月3日付『産業経済新聞』一面
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(画像の典拠は、国立国会図書館所蔵マイクロ資料:請求記号YBー12)


【 再録資料 】
2014年9月4日付

憲法便り#644 資料発掘:昭和21年11月大阪市主催の新憲法発布祝賀「大阪市復興芸能祭」

徳島県の吉田書店から入手した史料です。
昭和21年11月1日・2日・3日に開催された大阪市主催の「大阪市復興芸能祭」のプログラム。

表紙には
「新憲法発布祝賀 食糧感謝 大阪市復興芸能祭」
と謳われ、敗戦から起ちあがる当時の市民の率直な気持ちが表されています。

戦災と食糧難を経験した私には、この気持ちがよく判ります。
今、憲法改悪や集団的自衛権行使を認める発言をしている政治家たち、また、その発言に影響されている人たちにも、よく考えて欲しいと思い、このプログラムの全文を紹介します。

これは、『心踊る平和憲法誕生の時代』および、同書の改題・補定第二版『世論と新聞報道が平和憲法を誕生させた!』の、167頁下段の記述への補足情報です。

【大阪新聞】憲法公布(十一月四日付一面より)
[大阪市]「公布を記念して 公会堂で大阪市民大会」菊花かおる今日の佳き日、新しい日本の門出を祝い、大阪市主催の新憲法公布記念、大阪市復興市民大会が中之島公会堂で開かれ、大阪軍政部司令官、トラクセス司令官、田中知事(代理)、阿部商工会議所副会頭など来賓をはじめ、全市町会代表約千名が来会。

『大阪新聞』では、このように大まかに報道されていましたが、その詳細は、以下の通りです。

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*次回は、 兵庫篇。

※平和憲法を守る闘いに寄与するため、昨年5月に下記の新著を緊急出版しました。
『世論と新聞報道が平和憲法を誕生させた!』
―押し付け憲法論への、戦後の61紙等に基づく実証的反論―

(これは『心踊る平和憲法誕生の時代』の改題・補訂第二版です)
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闘いは、まだこれからも続きます。「押し付け憲法」論、自主憲法制定論に対する闘いに、是非とも本書を活用していただきたい。
ご注文は、下記の書店へ
美和書店 電 話03-3402-4146  FAX 03-3402-4147

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by kenpou-dayori | 2016-01-30 22:10 | 国立国会図書館への寄贈資料
2016年 01月 29日

憲法便り#1556:ナチスの末路:国会図書館への寄贈図書『世界画報』8号(昭和22年3月1日)より

2016年1月29日(金)(憲法千話)

憲法便り#1556:ナチスの末路:国会図書館への寄贈図書『世界画報』8号(昭和22年3月1日)より

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by kenpou-dayori | 2016-01-29 22:25 | 国立国会図書館への寄贈資料
2016年 01月 28日

憲法便り#1555:心打たれた、アキノ大統領との晩餐会での、天皇陛下の「お言葉」全文

2016年1月28日(木)(憲法千話)

憲法便り#1555:心打たれた、フィリピン・アキノ大統領との晩餐会での、天皇陛下の「お言葉」全文

心打たれる文章なので、全文を掲載します。

2016年1月28日付『東京新聞』朝刊6面より

貴国と我が国との国交正常化六十周年に当たり、大統領閣下の御招待によりここフィリピンの地を再び踏みますことは、皇后と私にとり、深い喜びと感慨を覚えるものであります。今夕は私どものために晩餐(ばんさん)会を催され、大統領閣下から丁重な歓迎の言葉をいただき、心より感謝いたします。

 私どもが初めて貴国を訪問いたしましたのは、一九五八年十二月、ガルシア大統領御夫妻が国賓として我が国を御訪問になったことに対する、昭和天皇の名代としての答訪であり、今から五四年前のことであります。一九六二年十一月、マニラ空港に着陸した飛行機の機側に立ち、温顔で迎えて下さったマカパガル大統領御夫妻を始め、多くの貴国民から温かく迎えられたことは、私どもの心に今も深く残っております。この時、カヴィテにアギナルド将軍御夫妻をお訪ねし、将軍が一八九八年、フィリピンの独立を宣言されたバルコニーに将軍御夫妻と共に立ったことも、私どもの忘れ得ぬ思い出であります。

 貴国と我が国の人々の間には、十六世紀中頃から交易を通じて交流が行われ、マニラには日本町もつくられました。しかし十七世紀に入り、時の日本の政治を行っていた徳川幕府が鎖国令を出し、日本人の外国への渡航と、外国人の日本への入国を禁じたことから、両国の人々の交流はなくなりました。その後再び交流が行われるようになったのは、十九世紀半ば、我が国が鎖国政策を改め、諸外国との間に国交を開くことになってからのことです。

 当時貴国はスペインの支配下に置かれていましたが、その支配から脱するため、人々は身にかかる危険をも顧みず、独立を目指して活動していました。ホセ・リサールがその一人であり、武力でなく、文筆により独立への機運を盛り上げた人でありました。若き日に彼は日本に一カ月半滞在し、日本への理解を培い、来たる将来、両国が様々な交流や関係を持つであろうと書き残しています。リサールは、フィリピンの国民的英雄であるとともに、日比両国の友好関係の先駆けとなった人物でもありました。

 昨年私どもは、先の大戦が終わって七十年の年を迎えました。この戦争においては、貴国の国内において日米両国間の熾烈(しれつ)な戦闘が行われ、このことにより貴国の多くの人が命を失い、傷つきました。このことは、私ども日本人が決して忘れてはならないことであり、この度の訪問においても、私どもはこのことを深く心に置き、旅の日々を過ごすつもりでいます。

 貴国は今、閣下の英邁(えいまい)な御指導のもと、アジアの重要な核を成す一国として、堅実な発展を続けています。過ぐる年の初夏、閣下を国賓として我が国にお迎えできたことは、今も皇后と私の、うれしく楽しい思い出になっています。

 この度の私どもの訪問が、両国国民の相互理解と友好の絆を一層強めることに資することを深く願い、ここに大統領閣下並びに御姉上の御健勝と、フィリピン国民の幸せを祈り、杯を挙げたいと思います。
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by kenpou-dayori | 2016-01-28 20:09 | 今日の話題
2016年 01月 28日

憲法便り#1554:反ナチの詩、「彼らが最初共産主義者を攻撃したとき」

2016年1月28日(木)(憲法千話)
憲法便り#1554:反ナチの詩、「彼らが最初共産主義者を攻撃したとき」

ルター派牧師マルティン・ニーメラーの詩形式の言葉。

私がこの詩に出会ったのは、たしか、2005年のこと。
2005年6月25日に、柏市南部「九条の会」に憲法講演に招かれたが、後日、同会が行った講演会に参加した時に、講師の方がこの詩をお読みになった。

強烈な印象を受けたことを今も、鮮明に憶えている。

最近、日本では、何か行動を起こすと、その人物に対して、脅迫、加害が行われる。

いやな時代になった。

だが、それに屈しては、ナチスの時代の再現になってしまう。

ナチス時代の再現を許さないため、私は、発言を続けたいと思う。

以下は、『ウィキペディア』からの引用です。
マルティン・ニーメラーについては、リンクしたウィキペディアを参照して下さい。

ドイツ語版[編集]
Als die Nazis die Kommunisten holten, habe ich geschwiegen, ich war ja kein Kommunist.
Als sie die Sozialdemokraten einsperrten, habe ich geschwiegen, ich war ja kein Sozialdemokrat.
Als sie die Gewerkschafter holten, habe ich geschwiegen, ich war ja kein Gewerkschafter.
Als sie mich holten, gab es keinen mehr, der protestieren konnte.
— マルティン・ニーメラー財団による作成[4]

日本語訳[編集]
ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は共産主義者ではなかったから

社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった
私は社会民主主義ではなかったから

彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は労働組合員ではなかったから

そして、彼らが私を攻撃したとき
私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった
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by kenpou-dayori | 2016-01-28 08:27 | ナチス
2016年 01月 27日

憲法便り#1553:蓮池透さんの講演を聴いて強く思ったこと、「拉致事件を忘れてはならない!」

2016年1月27日(水)(憲法千話):一時間以上かけて入力した文章が消えてしまいましたので、今日は、残念ながら、簡単に済ませます。

憲法便り#1553:蓮池透さんの講演を聴いて強く思ったこと、「拉致事件を忘れてはならない!」

昨日、午後7時から、高田馬場駅前にある、芳林堂書店高田馬場店上の多目的ホールで開催された、蓮池透さんの講演会に参加しました。

今後、数回にわたって、感想と問題点を紹介したいと思います。
そのため、まず、蓮池透さんの著書『拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々』の目次の詳細を、コピーで紹介します。
(コピーを利用することについては、講談社第一事業局企画部担当部長間渕隆さんのご了解をえています)

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by kenpou-dayori | 2016-01-27 22:29 | 拉致事件
2016年 01月 26日

憲法便り#1552:訂正版1933年ナチス第5回党大会、ニュルンベルクでの野外大集会のパノラマ写真

2016年1月26日(火)(憲法千話)
2016年1月27日:昨夜遅く、取りあえずの入力作業をしましたので、加筆、訂正をします。
訂正:本のタイトルを『ドイツの目覚め』→『ドイツは目覚めた』
訂正:写真のサイズ縦32cm、横140cm → 縦31cm、横127cm。

憲法便り#1552:必見!1933年、ナチス第5回党大会ニュルンベルク郊外での野外大集会のパノラマ写真

昨年、早稲田の古書店で見つけ、購入しておいた『ドイツは目覚めた』(1933年11月刊)という、ナチスの歴史の本に、縦31cm、横127cmのパノラマ写真が付録として折り込まれていた。
これが付いていたから、二万円も払って購入したのだが、宝の持ち腐れになってはいけないので、
今後の講演では、大いに利用しようと思っていいる。

この画面に、横長に入れても、小さくなってしまって、迫力がないので、縦に3枚を並べることにした。

写真は、1933年8月30日から9月3日までニュルンベルクで開催された、ナチスの第5回党大会の中で、
郊外のルーイトポルトの森での、野外大集会『旗の儀式』の様子である。

第5回党大会の日程、およびニュルンベルクで開催されたことに関しては、東京ドイツ文化センター図書館に問合せをして、同館の町田さんにお教えいただいた。
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【再録1】
2013年 08月 27日
憲法便り#240 「ナチスの憲法」出現の時代背景

ナチスの手口について21回にわたって明らかにしてきました。
全体を通してお読み下さった方は、自民党および改憲派の主張とあまりにも「酷似」していることに、驚かれたことと思います。

最後に、「ナチスの憲法」が出現した時代背景について、下記の文献の7ページをそのまま引用します。ただし、読み易くするために、改行をしてあります。
なお、文中の命令および法律名のドイツ語は省略します。

高田敏(たかだ・びん)・初宿正典(しやけ・まさのり)編訳
『ドイツ憲法集〔第3版〕』〈講義案シリーズ17〉(2001年、信山社)


7 ナチス・ドイツの憲法(1933~1934)

第一次大戦におけるドイツの敗北によって1919年6月28日に締結された《ヴェルサイユ条約》には、ドイツにとってはきわめて屈辱的な内容が盛り込まれており、これがドイツにとってきわめて大きな不満をもたらすことになり、それが、ヴァイマル体制の崩壊の大きな誘因となったといえる。

ヴァイマル共和国の初期はテロと一揆があいつぐ安定期であったが、第2期の1924年頃になって経済的にも安定期に入ったドイツは、国際連盟に加入(1926年)し、国際的にも地位を改善した。

しかし1929年の世界恐慌に始まる第3期に入ると、失業者が増大し、ナチス党(民族社会主義ドイツ労働者党)と共産党が急速に勢力を伸ばしていく。とくにナチスは、1930年9月14日の選挙では一挙に社会民主党についで第二党となり、さらに1932年には得票数が倍増してついに第一党に躍進した。

その後、1932年11月の選挙ではナチス党の議席数はいったん減少し、同年12月3日にはシュライヒャー内閣が成立するが、その内閣はたった2ヶ月たらずで翌1933年1月30日にはヒトラーに取って代わられ、2月1日にはライヒ議会が解散され、同年3月5日のヴァイマル共和国最後の選挙ではナチスが一大躍進し、《ヒトラーの時代》に移ることになる。

1933年2月28日に大統領ヒンデンブルクが出した緊急命令「民族と国家を保護するためのライヒ大統領の命令」という。これはヴァイマル憲法第48条2項の定める大統領の非常措置権が発動されたもので、これにより同項の列挙するすべての基本権が停止された。

3月24日に成立した「全権授権法」(または授権法)は、正式名称を「民族および国家の危難を除去するための法律」という。
当時のライヒ議会の総議席数は647で、ナチスの議席数は288であったから、単独では過半数も制しえない情勢であったが、この議決には中央党、ドイツ国民党等の協力を得、共産党議員らを排除・逮捕したり、脅迫・欺罔したりして、憲法を改正するのに必要な議会の3分の2以上の多数決(441対94)でこれを可決した(反対は社会民主党のみ)。

この法律は、ヴァイマル憲法の改正手続きを経て「合法的」に制定されたが、この法律により、法律はライヒ議会による立法によらなくても、政府によって議決することができることになり、しかも内容的にも憲法に違背することが許されるとされた。これによってヴァイマル憲法の議会制は事実上崩壊したことになる。この法律は、規定上は1937年4月1日に失効することとなっていたが、その後、1937年1月30日と1939年1月30日の法律で1943年5月10日まで効力が延長され、さたにヒトラーの命令で当分の間、延期された。
この全権委任法によって次々と政府制定による法律が成立した。

【再録2】
2013年 08月 28日
憲法便り#243 ナチス関連記事のまとめ:ナチスの手口(1)~(21)ほか

私は、東京革新懇からの要請を受けて、参院選の投票日が迫った2013年7月18日(木)に、『東京革新懇ニュース7・8月合併号』へ、一文を寄稿しました。

その寄稿文を、『東京革新懇ニュース』に先駆けて、参院選投票日の二日後、7月24日付の『憲法便り号外(2)』において、下記のタイトルで公表しました。

「ナチスの手口と酷似した改憲派の攻撃を撥ね返そう!」

文章の冒頭は次の通りです。

「国会議事堂の放火したのは共産党だ!」。1933年2月、ナチスが政権を獲得した直後の放火事件。ナチスはこの事件を口実に、共産党を徹底的に弾圧し、さらに憲法の基本的人権に関する一連の条項を停止する緊急条例を発布。第二次大戦後、放火はゲーリングらナチス犯行説が有力となったが、真相は不明。
放火事件を利用したナチスの手口と、改憲派のデタラメ言いたい放題及び言論抑圧の手口は酷似している。
改憲派は「占領下の日本政府にGHQが草案を押し付けた」と繰り返し、事実関係については嘘も含めて言いたい放題で世論を誘導している。日本が占領下にあったこと、GHQが草案を提示したことは事実であるが、当時の世論や国民の姿には一切ふれない。一方、平和憲法を護ろうとする側も、様々な憲法書を読んでも、当時の「憲法民主化」の世論や国民が平和憲法を歓迎した姿に確信を持って運動を進める材料が乏しかった。
4月に緊急出版した『心踊る・・・』は、正確な歴史的事実を以って「押し付け憲法」論に対して痛烈な反撃を行い、護憲運動にとっては大きな確信につながる憲法書である。
(以下、略)

その一週間後、麻生太郎副総理大臣の「ナチス発言」が報じられ、大きな問題として取り上げられるようになりました。

八月半ばに、妻宛に届いた知人・新堰義昭さんからの暑中お見舞いに、私の寄稿文についての感想が述べられていましたので、ご本人の了解を得て、ここに紹介します。
「さて、行雄さんの原稿は、ナチスの国会放火事件を切り口に書かれていますが、その後、例の麻生副総理の暴言があり、改憲勢力の本質を見抜く先見性に関心しております。

嬉しい感想です。
私は、東京革新懇ニュースへの寄稿文を書いた時点では、勿論、麻生太郎のあまりにも「バカ」正直な発言までは予見しておりませんでしたが、ぶろぐでの「ナチスの憲法」についての連載の準備をしておりましたので、夏休みもとることなく、予定を繰り上げて連載を続けた次第です。

憲法便り 号外(2)「ナチスの手口と酷似した改憲派の攻撃を撥ね返そう!」
憲法便り 号外(6)麻生太郎副総理の「ナチス」発言に断固抗議する!
憲法便り 号外(7)ナチスは国会議事堂放火事件の翌朝に憲法の基本権を停止した!
憲法便り#169 日本共産党の皆さん必見!ナチスの手口(1)共産党弾圧
憲法便り#172 ナチスの手口(2)「人身の自由」の剥奪
憲法便り#175 ナチスの手口(3)「住居の不可侵」を侵す
憲法便り#178 ナチスの手口(4)「信書・郵便・電信・電話の秘密」への干渉
憲法便り#181 ナチスの手口(5)「意見表明の自由、検閲の禁止」を葬り去る
憲法便り#186 ナチスの手口(6)「集会の自由」の圧殺
憲法便り#188 ナチスの手口(7)「結社の自由」を奪う
憲法便り#192 ナチスの手口(8)「所有権、公用収用の規定」の侵害
憲法便り#196 ナチスの手口(9)地方自治権の破壊
憲法便り#200 ナチスの手口(10)法律無視、最高刑死刑の厳罰化
憲法便り#204 ナチスの手口(11)大統領令発布、即施行
憲法便り#207 「ナチスの憲法」の全体像についてまとめました
憲法便り#211 ナチスの憲法(12)立憲主義否定、政府が立法、憲法に違反出来る条文を規定
憲法便り#214 ナチスの手口(13)法律で地方自治破壊、共産党の議席を剥奪
憲法便り#216 ナチスの手口(14)「ライヒ総督法」を定め、総督による地方直接支配確立
憲法便り#219 ナチスの手口(15)共産主義者、社会民主主義者、非アーリア人種の官吏罷免
憲法便り#222 ナチスの手口(16)「国民投票法」の施行による、国民投票の改悪
憲法便り#225 ナチスの手口(17)政党新設禁止法
憲法便り#228 ナチスの手口(18)立法により、党と国家の一元化をはかる
憲法便り#231 ナチスの手口(19)立法により各州の議会廃止、国への州の従属
憲法便り#234 ナチスの手口(20)立法により参議院を廃止し、一院制に
憲法便り#237 ナチスの手口(21)大統領職をヒトラーの総理大臣職に統合
憲法便り#240 「ナチスの憲法」出現の時代背景
憲法便り#243 ナチス関連記事のまとめ:ナチスの手口(1)~(21)ほか


「ナチスの憲法」の全体像(ライヒ大統領令および主要な法律)
文中の、ライヒは「国」、ラントは「州」を意味します。
ヴァイマルは、一般的には「ワイマール」と表記されています。

I 民族および国家の保護のためのライヒ大統領令(1933年2月28日)
Ⅱ 民族および国家の危難を除去するための法律(1933年3月24日)
Ⅲ ラントとライヒとの均制化に関する暫定法律(1933年3月31日)
Ⅳ ラントとライヒとの均制化に関する第二法律(1933年4月7日)
Ⅴ 職業官吏制の再建に関する法律・・・・・・・(1933年4月7日)
Ⅵ 国民投票法・・・・・・・・・・・・・・・・(1933年7月14日)
Ⅶ 政党新設禁止法・・・・・・・・・・・・・・(1933年7月14日)
Ⅷ 党および国家の統一を確保するための法律・・(1933年12月1日)
Ⅸ ライヒの改造に関する法律・・・・・・・・・(1934年1月30日)
Ⅹ ライヒ参議院の廃止に関する法律・・・・・・(1934年2月14日)
ⅩⅠ ドイツ国元首に関する法律・・・・・・・・(1934年8月1日)

この内容と問題点を正確に伝えるために、次の文献を引用しました。
高田敏(たかだ・びん)・初宿正典(しやけ・まさのり)編訳
『ドイツ憲法集〔第3版〕』〈講義案シリーズ17〉(2001年、信山社)

*ナチス関連リスト(45件)は、こちら
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なお、党大会については、『ウィキペディア』をご参照下さい。
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by kenpou-dayori | 2016-01-26 22:32 | ナチス
2016年 01月 25日

憲法便り#1551:ご存知ですか? ナチと闘ったマルティン・ニーメラーのことば

2016年1月25日(月)(憲法千話)

憲法便り#1551:ご存知ですか? ナチと闘ったマルティン・ニーメラーのことば

マルティンニーメラーの言葉は、いくつかの形で伝えられている。
詩の形式に整えられたものもあるが、ここでは、インターネットで検索できた散文形式のことばを紹介する。
今の日本に必要なメッセージだと、強く思うからである。

「ナチスがコミュニスト(共産主義者)を弾圧した時,私は不安に駆られたが,
自分はコミュニストではなかったので,何の行動も起こさなかった。

その次,ナチスはソーシャリスト(社会主義者,労働組合員)を弾圧した。
私はさらに不安を感じたが,自分はソーシャリストではないので,何の抗議もしなかった。

それからナチスは学生,新聞人,ユダヤ人と,順次弾圧の輪を広げていき,
そのたびに私の不安は増大したが,それでも私は行動に出なかった。

ある日ついにナチスは教会を弾圧してきた。
そして私は牧師だった。

だから行動に立ち上がったが,その時は,すべてがあまりに遅過ぎた。」

*ナチス関連リスト(45件)は、こちら
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by kenpou-dayori | 2016-01-25 21:35 | ナチス