岩田行雄の憲法便り・日刊憲法新聞

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2013年 08月 27日

憲法便り#341 「福島の子ども保養プロジェクト・杉並」速報NO.2

今日は、8月13日付の「福島の子ども保養プロジェクト・杉並」速報NO.2です。

内容は、次の3点です。
①おはようございます! 色々メニューはありますが、
 どうぞ ご自由にお過ごし下さい。
②手作りスタッフから

③さっそくかわいいお便よりをいただきました!

*このプロジェクトについては、8月19日付の憲法便り号外(12)をご覧下さい。


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# by kenpou-dayori | 2013-08-27 08:00 | 今日の話題
2013年 08月 27日

憲法便り#240 「ナチスの憲法」出現の時代背景

2013年8月27日(火)

(*ナチス関連記事45件一覧リストに戻るのは、こちらをクリックして下さい
http://kenpouq.exblog.jp/25451502/

ナチスの手口について21回にわたって明らかにしてきました。
全体を通してお読み下さった方は、自民党および改憲派の主張とあまりにも「酷似」していることに、驚かれたことと思います。

最後に、「ナチスの憲法」が出現した時代背景について、下記の文献の7ページをそのまま引用します。ただし、読み易くするために、改行をしてあります。
なお、文中の命令および法律名のドイツ語は省略します。

高田敏(たかだ・びん)・初宿正典(しやけ・まさのり)編訳
『ドイツ憲法集〔第3版〕』〈講義案シリーズ17〉(2001年、信山社)


7 ナチス・ドイツの憲法(1933~1934)

第一次大戦におけるドイツの敗北によって1919年6月28日に締結された《ヴェルサイユ条約》には、ドイツにとってはきわめて屈辱的な内容が盛り込まれており、これがドイツにとってきわめて大きな不満をもたらすことになり、それが、ヴァイマル体制の崩壊の大きな誘因となったといえる。

ヴァイマル共和国の初期はテロと一揆があいつぐ安定期であったが、第2期の1924年頃になって経済的にも安定期に入ったドイツは、国際連盟に加入(1926年)し、国際的にも地位を改善した。

しかし1929年の世界恐慌に始まる第3期に入ると、失業者が増大し、ナチス党(民族社会主義ドイツ労働者党)と共産党が急速に勢力を伸ばしていく。とくにナチスは、1930年9月14日の選挙では一挙に社会民主党についで第二党となり、さらに1932年には得票数が倍増してついに第一党に躍進した。

その後、1932年11月の選挙ではナチス党の議席数はいったん減少し、同年12月3日にはシュライヒャー内閣が成立するが、その内閣はたった2ヶ月たらずで翌1933年1月30日にはヒトラーに取って代わられ、2月1日にはライヒ議会が解散され、同年3月5日のヴァイマル共和国最後の選挙ではナチスが一大躍進し、《ヒトラーの時代》に移ることになる。

1933年2月28日に大統領ヒンデンブルクが出した緊急命令「民族と国家を保護するためのライヒ大統領の命令」という。これはヴァイマル憲法第48条2項の定める大統領の非常措置権が発動されたもので、これにより同項の列挙するすべての基本権が停止された。

3月24日に成立した「全権授権法」(または授権法)は、正式名称を「民族および国家の危難を除去するための法律」という。
当時のライヒ議会の総議席数は647で、ナチスの議席数は288であったから、単独では過半数も制しえない情勢であったが、この議決には中央党、ドイツ国民党等の協力を得、共産党議員らを排除・逮捕したり、脅迫・欺罔したりして、憲法を改正するのに必要な議会の3分の2以上の多数決(441対94)でこれを可決した(反対は社会民主党のみ)。

この法律は、ヴァイマル憲法の改正手続きを経て「合法的」に制定されたが、この法律により、法律はライヒ議会による立法によらなくても、政府によって議決することができることになり、しかも内容的にも憲法に違背することが許されるとされた。これによってヴァイマル憲法の議会制は事実上崩壊したことになる。この法律は、規定上は1937年4月1日に失効することとなっていたが、その後、1937年1月30日と1939年1月30日の法律で1943年5月10日まで効力が延長され、さたにヒトラーの命令で当分の間、延期された。
この全権委任法によって次々と政府制定による法律が成立した。
(以下、すでに紹介ずみの各法律についてのことなので省略)


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# by kenpou-dayori | 2013-08-27 07:30 | ナチス
2013年 08月 27日

憲法便り#239 昭和20年8月27日 中部太平洋及び北部ルソンの日本軍降伏

外務省編纂『終戦史録』の「太平洋戦争日歴」

昭和20年8月27日(月)

[日本]
中部太平洋及び北部ルソンの日本軍降伏。
米艦隊相模湾入泊。

[外国]
駐華米大使ハーレー延安に飛び毛沢東と会見。


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# by kenpou-dayori | 2013-08-27 07:00 | 太平洋戦争日歴
2013年 08月 26日

憲法便り#238 「福島の子ども保養プロジェクト・杉並」速報NO.1

8月19日付の憲法便り号外(12)で紹介した「福島の子ども保養プロジェクト・杉並」の速報が届きましたので、7回に分けて紹介します。
今日は、8月12日付の速報NO.1です。

内容は、次の四つです。
ようこそ!「福島の子ども保養プロジェクト・杉並」へ
これからどんなことが出切るの?・・大まかな日程
お散歩にいかがでしょう
忍野村は・・・

画面が圧縮されてしまい、読みづらいかと思いますが、拡大してお読みください。

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# by kenpou-dayori | 2013-08-26 08:00 | 今日の話題
2013年 08月 26日

憲法便り#237ナチスの手口(21)大統領職をヒトラーの総理大臣職に統合

2013年8月26日(月)

(*ナチス関連記事45件一覧リストに戻るのは、こちらをクリックして下さい
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「ナチスの憲法」と呼ばれるものには、「日本国憲法」のように体系化されたものはありません。「ワイマール憲法」の機能を停止した大統領令およびそれに続く一連の法律のことを指します。
したがって、「ナチス憲法」と呼ばずに、「ナチスの憲法」と呼ばれます。

I については、すでに詳しく紹介しましたが、これが「ナチスの憲法」の始まりです。

Ⅱは、「授権法」あるいは「全権委任法」と呼ばれるもので、現在、テレビのコメンテーターなどが、麻生副総理の「ナチス発言」後に、話題にしている法律ですが、これは「ナチスの憲法」の始まりでも、全体を示すものでもありません。
全体像は、下記のI-XIの法律群を指します。

文中の、ライヒは「国」、ラントは「州」を意味します。
ヴァイマルは、一般的には「ワイマール」と表記されています。

今回は、十一番目の法律についてです。
この法律により、ヒトラー独裁の総仕上げが行われました。

ⅩⅠ ドイツ国元首に関する法律(1934年8月1日)(注36)

 ライヒ政府は、以下の法律を議決し、ここにこれを公布する。

§1〔大統領官職の総理大臣官職への統合〕
 ライヒ大統領の官職は、ライヒ総理大臣の官職に統合される。これにより、ライヒ大統領の従来の権限は、総統・ライヒ総理大臣アードルフ・ヒトラーに移譲される。ヒトラーはその代理者を定めるものとする。

§2〔本法の発効〕
 本法は、ライヒ大統領フォン・ヒンデンブルクの逝去の時点よりその効力を発する。(注37)
ベルリーンにて、1934年8月1日
ライヒ総理大臣 アードルフ・ヒトラー
ライヒ総理大臣 フォン・パーペン
ライヒ外務大臣 フライヘル・フォン・ノイラート
ライヒ内務大臣 フリック
ライヒ財務大臣 グラーク・シュヴェリーン・フォン・クロージク
ライヒ労働大臣 フランツ・ゼルテ
ライヒ司法大臣 博士 ギュルトナー
ライヒ国防大臣 フォン・ブロムベルク
ライヒ郵政大臣・運輸大臣 フライヘル・フォン・エルツ
ライヒ食糧・農業大臣 R・ヴァルター・ダレ
ライヒ国民啓蒙・宣伝大臣 博士 ゲッペルス
ライヒ航空大臣 ヘルマン・ゲーリング
ライヒ文部大臣 ベルンハルト・ルスト
ライヒ無任所大臣 ルードルフ・ヘス
ライヒ無任所大臣 ハンス・ケルル

(注36)この法律は正式には「ドイツ・ライヒ国家元首に関する法律」といい、ヴァイマル憲法第1編第3章(第41条から第59条まで)を変更するものであり、これにより「ライヒ大統領」の名称および権限は、「ライヒ総理大臣」たる総統ヒトラーによって取って代られることとなった。
(注37)大統領ヒンデンブルクは、1934年8月2日逝去。


「ナチスの憲法」の全体像
I 民族および国家の保護のためのライヒ大統領令(1933年2月28日)
Ⅱ 民族および国家の危難を除去するための法律(1933年3月24日)
Ⅲ ラントとライヒとの均制化に関する暫定法律(1933年3月31日)
Ⅳ ラントとライヒとの均制化に関する第二法律(1933年4月7日)
Ⅴ 職業官吏制の再建に関する法律・・・・・・・(1933年4月7日)
Ⅵ 国民投票法・・・・・・・・・・・・・・・・(1933年7月14日)
Ⅶ 政党新設禁止法・・・・・・・・・・・・・・(1933年7月14日)
Ⅷ 党および国家の統一を確保するための法律・・(1933年12月1日)
Ⅸ ライヒの改造に関する法律・・・・・・・・・(1934年1月30日)
Ⅹ ライヒ参議院の廃止に関する法律・・・・・・(1934年2月14日)
ⅩⅠ ドイツ国元首に関する法律・・・・・・・・(1934年8月1日)

この内容と問題点を正確に伝えるために、次の文献を引用しました。
高田敏(たかだ・びん)・初宿正典(しやけ・まさのり)編訳
『ドイツ憲法集〔第3版〕』〈講義案シリーズ17〉(2001年、信山社)


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# by kenpou-dayori | 2013-08-26 07:30 | ナチス