岩田行雄の憲法便り・日刊憲法新聞

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2013年 08月 20日

憲法便り#217 昭和20年8月20日 満州方面の戦闘状態概ね終る

外務省編纂『終戦史録』の「太平洋戦争日歴」

昭和20年8月20日(月)

[日本]
軍人一部の降伏反対の不穏行動に関し、東久邇宮首相ラジオで警告。
満州方面の戦闘状態概ね終る。

[外国]
ソ連国際連合憲章批准。


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# by kenpou-dayori | 2013-08-20 07:00 | 太平洋戦争日歴
2013年 08月 19日

憲法便り号外(12)「福島の子ども保養プロジェクト・杉並」が今年も行われました

私の妻が東京総合教育センターで一緒に教育相談員をしている小林久枝さんが、今年も福島の子どもたちを保養に招くプロジェクトに参加していることを知りました。遅れ馳せながら、このプロジェクトについてお知らせします。
私たち夫婦も、ほんの心ばかりのカンパを致しましたが、今後もこのプロジェクトが続けられるよう支援をしたいと思い、とりあえず、計画段階で出されていたチラシをもとに、号外を出しました。
小林さんは「速報係」だったと言うことですので、「速報」が届き次第、またお知らせします。
各地での、このような取り組みが、まだまだ必要だと思います。
カンパは現在も受け付けていますので、よろしくお願いします。

「福島の子ども保養プロジェクト・杉並」― 2013年夏

「賛同とカンパのお願い」 
富士山麓の自然の中で 思いっきり遊ぼう!
今年も、福島の親子約45名を4泊5日で招待します。
(杉並の親子は20名。2泊3日富士学園で交流)

いまだに福島の多くの人たちは、
言い知れぬ不安と苦悩を抱えての生活を、強いられています。
今年も「福島の子ども保養プロジェクト・杉並」は、
放射能の影響を気にせず、自然の中で思いっきり遊ぼう!と呼びかけ、
福島の親子約45名を4泊5日で招待することにしました。
杉並の子どもたちとの交流も計画しています。

今年も、この企画への賛同と、資金の援助をお願いする次第です。

〈必要経費の概算〉
交通費―(福島の観光バスをチャーター予定で) 往復:350,000円
宿泊費―(1泊8,000)×4泊×45人         1,440,000円
その他―教材費、学習室使用料、報告書作成など    500,000円
以上のような経費とスタッフの費用などを入れると、250万円ほど
必要になります。みなさま、資金の援助をよろしくお願いします。
なお、団体賛同は、一口 5,000円からです。

郵便振替 口座記号番号 00170-7-655815
 加入者名 「福島の子ども保養プロジェクト・杉並の会」

期間 2013年8月12日(月)~8月16日(金) 4泊5日(昨年は3泊4日)
場所 富士学園⇒北富士の忍野村にあり、豊かな自然環境に立地しています。(2泊)
    <杉並区立小学校5・6年生が移動教室に使用しています>
   民宿・万田屋⇒富士学園の近くで、杉並の子どもたちが「ほうとう」作りや
          ソバ打ちでお世話になっている民宿です。(2泊)

主催:福島の子ども保養プロジェクト・杉並  <代表 長谷川和男>
   
http://suginamihoyo.jimdo.com/ 連絡先→東本<090-1859-6656
後援:杉並区、杉並区教育委員会、杉並区社会福祉協議会
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# by kenpou-dayori | 2013-08-19 08:00 | 今日の話題
2013年 08月 19日

憲法便り#216 ナチスの手口(14)「ライヒ総督法」を定め、総督による地方直接支配確立

2013年8月19日(月)

(*ナチス関連記事45件一覧リストに戻るのは、こちらをクリックして下さい
http://kenpouq.exblog.jp/25451502/

「ナチスの憲法」と呼ばれるものには、「日本国憲法」のように体系化されたものはありません。「ワイマール憲法」の機能を停止した大統領令およびそれに続く一連の法律のことを指します。
したがって、「ナチス憲法」と呼ばずに、「ナチスの憲法」と呼ばれます。

I については、すでに詳しく紹介しましたが、これが「ナチスの憲法」の始まりです。

Ⅱは、「授権法」あるいは「全権委任法」と呼ばれるもので、現在、テレビのコメンテーターなどが、麻生副総理の「ナチス発言」後に、話題にしている法律ですが、これは「ナチスの憲法」の始まりでも、全体を示すものでもありません。
全体像は、下記のI-XIの法律群を指します。

文中の、ライヒは「国」、ラントは「州」を意味します。
ヴァイマルは、一般的には「ワイマール」と表記されています。

今回は、四番目の法律について紹介します。前回紹介した三番目の法律とセットになる法律です。
この法律は、その内容から「ライヒ総督法」と呼ばれます。
(注11)から(注15)までは、かなり専門的な詳細に立ち入るので省略しました。

Ⅳ ラントとライヒとの均制化に関する第二法律(1933年4月7日)

 ライヒ政府は、以下の法律を議決し、ここにこれを公布する。

§1〔ライヒ総督の任命、権限等〕
(1)プロイセンを除くドイツ各ラントにおいて、ライヒ大統領は、ライヒ総理大臣の提案にもとづき、ライヒ総督を任命する。ライヒ総督は、ライヒ総理大臣によって定立された施政基準を遵守する任務を有する。ラントの権力のうち以下の権限は、ライヒ総督に属する:
 1.ラント政府の首長およびその提案にもとづくその他のラント政府構成員の任免。
 2.ラント議会を解散すること、および1933年3月31日の暫定的均制化法(官報I 153頁)§8の定める場合を別として新選挙を命ずること。
 3.ラント政府が1933年3月31日の暫定的均制化法(官報I 153頁)§1により議決した法律を含めて、ラント法律の編成および公布、1919年8月11日のライヒ憲法(ワイマール憲法のこと:岩田注)第70条は準用される。
 4.従来ラントの最高官庁により任免されていた直属のラント官吏および裁判官を、ラント政府の提案にもとづき任免すること。
 5.恩赦権。
(2)ライヒ総督は、第1項第4号および第5号に掲げる権利の行使を、部分的にラント政府に委任することができ、ラント政府に、さらにこれらの権利を委任する権限を有する。
(3)ライヒ総督は、ラント政府の会議においてその議長となることができる。
(4)1919年8月11日のライヒ憲法(ワイマール憲法のこと:岩田注)63条は、妨げられない。

§2〔ライヒ総督の資格要件等〕
(1)ライヒ総督は、同時にラント政府の構成員となり得ない。同総督は、その行使する国権が帰属するラントの所属員であることを要する。同総督は、ラント政府の所在地にその事務所を有する。
(2)人口250万人以下の諸ラントにつき一人の共同のライヒ総督を任命することができる。同総督は、その諸ラントの中の1ラントの所属員であることを要する。

§3〔ライヒ総督の解任、官職、俸給等〕
(1)ライヒ総督は、ラント議会の会期中に、任命される。ライヒ大統領は、ライヒ総理大臣の提案にもとづき、何時でもライヒ総督を解任することができる。
(2)ライヒ総督の官職に対しては、1930年ライヒ国務大臣法(官報I 96頁)の規定が準用される。俸給はライヒの負担とし、その最高額の設定は留保される。

§4〔ラント政府による政府不信任議決の否認〕
 ラント政府の首長および構成員に対するラント議会の不信任議決は、認められない。

§5〔プロイセンの特例〕(省略)

§6〔本法の効力〕
 本法は公布の日よりその効力を生ずる。1919年8月11日のライヒ憲法(ワイマール憲法のこと:岩田注)および各ラント憲法のうち本法に反するものは、廃止される。ラント憲法がラント総理大臣の官職を定めている限りにおいて、その規定はライヒ総督の任命と共にその効力を失う。
    ベルリーンにて, 1933年4月7日
    ライヒ総理大臣 アードルフ・ヒトラー
    ライヒ内務大臣 フリック

「ナチスの憲法」の全体像
I 民族および国家の保護のためのライヒ大統領令(1933年2月28日)
Ⅱ 民族および国家の危難を除去するための法律(1933年3月24日)
Ⅲ ラントとライヒとの均制化に関する暫定法律(1933年3月31日)
Ⅳ ラントとライヒとの均制化に関する第二法律(1933年4月7日)
Ⅴ 職業官吏制の再建に関する法律・・・・・・・(1933年4月7日)
Ⅵ 国民投票法・・・・・・・・・・・・・・・・(1933年7月14日)
Ⅶ 政党新設禁止法・・・・・・・・・・・・・・(1933年7月14日)
Ⅷ 党および国家の統一を確保するための法律・・(1933年12月1日)
Ⅸ ライヒの改造に関する法律・・・・・・・・・(1934年1月30日)
Ⅹ ライヒ参議院の廃止に関する法律・・・・・・(1934年2月14日)
ⅩⅠ ドイツ国元首に関する法律・・・・・・・・(1934年8月1日)

この内容と問題点を正確に伝えるために、次の文献を引用しました。
高田敏(たかだ・びん)・初宿正典(しやけ・まさのり)編訳
『ドイツ憲法集〔第3版〕』〈講義案シリーズ17〉(2001年、信山社)


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# by kenpou-dayori | 2013-08-19 07:30 | ナチス
2013年 08月 19日

憲法便り#215 昭和20年8月19日 降伏条件受理のため河邊使節マニラ着

外務省編纂『終戦史録』の「太平洋戦争日歴」

昭和20年8月19日(日)

[日本]
チャンドラ・ボーズ氏台北で死去。(岩田注1)
降伏条件受理のため河邊使節マニラ着。
米空挺隊、奉天でウェンライト将軍を救出。(岩田注2)

[外国]
南越帝国ハオダイ帝独立を宣言。
ソ連新五ヵ年計画(1946-1950)実施を発表。

(岩田注1)台湾は、当時はまだ日本の領土と考えていたので、国内の出来ごとに記されている。
(岩田注2)奉天に関しても、満洲国は日本の領土と考えていたので、国内の出来ごととして記されている。


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# by kenpou-dayori | 2013-08-19 07:00 | 太平洋戦争日歴
2013年 08月 18日

憲法便り#214 ナチスの手口(13)法律で地方自治破壊、共産党の議席を剥奪

2013年8月18日(日)

(*ナチス関連記事45件一覧リストに戻るのは、こちらをクリックして下さい
http://kenpouq.exblog.jp/25451502/

「ナチスの憲法」と呼ばれるものには、「日本国憲法」のように体系化されたものはありません。「ワイマール憲法」の機能を停止した大統領令およびそれに続く一連の法律のことを指します。
したがって、「ナチス憲法」と呼ばずに、「ナチスの憲法」と呼ばれます。

I については、すでに詳しく紹介しましたが、これが「ナチスの憲法」の始まりです。

Ⅱは、「授権法」あるいは「全権委任法」と呼ばれるもので、現在、テレビのコメンテーターなどが、麻生副総理の「ナチス発言」後に、話題にしている法律ですが、これは「ナチスの憲法」の始まりでも、全体を示すものでもありません。
全体像は、下記のI-XIの法律群を指します。

文中の、ライヒは「国」、ラントは「州」を意味します。
ヴァイマルは、一般的には「ワイマール」と表記されています。

今回は、三番目の法律について紹介します。
全体については、項目のみを示します。
なお、話を判り易く進めるために下記の(注6)を先に示します。
(注6)本法は、第一均制化法と称されるもので、内容的には、「民族および国家の危機を除去するための法律(全権授権法)」(岩田注:前回紹介した二番目の法律)の趣旨をラントに及ぼしたものである。なお、本法はヴァイマル憲法(第6条から第19条までを参照)のライヒとラントの関係を変更するものである。

Ⅲ ラントとライヒとの均制化に関する暫定法律(1933年3月31日)
  〔抄訳〕(注6)
 ライヒ政府は以下の法律を議決し、ここにこれを公布する。

〔1〕ラント立法の簡素化
§1〔ラント政府の法律制定権〕
§2〔ラント政府の制定した法律のラント憲法への優位〕
§3〔ラントの立法事項に関する条約〕

〔2〕ラントの国民議会
§4〔ラント国民議会の解散と新構成〕
§5〔バイエルン、ザクセン、ヴェルテンベルクおよびバーデンにおける議席配分〕
§6〔テューリンゲンほか12ラントにおける議会議員数〕
§7〔議席配分の方法〕
§8〔新たなラント議会の選挙〕
§9〔本法によるラント議会の新設の実施期限〕
§10〔共産党への議席配分の無効〕
  1933年3月5日の選挙結果を根拠とする、ライヒ議会およびプロイセン議会のための共産党の公認候補者名簿への議席の配分は、無効である。補充配分はこれを行わない。(岩田注:1933年3月5日に行われたヴァイマル共和国最後の国会総選挙での主要政党の獲得議席は、ナチス党288、社会民主党120、共産党81)
§11〔ライヒ議会の解散とラント議会のそれとの連動〕

〔3〕地方自治機関
§12〔地方自治機関の解散と新構成〕
§13〔下級自治体における代表機関の構成員数〕
§14〔地方自治機関における議席配分〕
§15〔新たな地方公共団体の自治機関の選挙〕
§16〔本法による地方自治機関新設の期限〕
§17〔プロイセンに関する特例〕

〔4〕通則
§18〔本法の補充および実施ならびに例外〕
§19〔本法の規定のラント政府への適用〕
  §1から§3まで、および§18の規定は、ライヒの委員または受任者から構成されるラントの政府に対してもまた適用される。
    ベルリーンにて, 1933年3月31日
    ライヒ総理大臣 アードルフ・ヒトラー
    ライヒ内務大臣 フリック

「ナチスの憲法」の全体像
I 民族および国家の保護のためのライヒ大統領令(1933年2月28日)
Ⅱ 民族および国家の危難を除去するための法律(1933年3月24日)
Ⅲ ラントとライヒとの均制化に関する暫定法律(1933年3月31日)
Ⅳ ラントとライヒとの均制化に関する第二法律(1933年4月7日)
Ⅴ 職業官吏制の再建に関する法律・・・・・・・(1933年4月7日)
Ⅵ 国民投票法・・・・・・・・・・・・・・・・(1933年7月14日)
Ⅶ 政党新設禁止法・・・・・・・・・・・・・・(1933年7月14日)
Ⅷ 党および国家の統一を確保するための法律・・(1933年12月1日)
Ⅸ ライヒの改造に関する法律・・・・・・・・・(1934年1月30日)
Ⅹ ライヒ参議院の廃止に関する法律・・・・・・(1934年2月14日)
ⅩⅠ ドイツ国元首に関する法律・・・・・・・・(1934年8月1日)

この内容と問題点を正確に伝えるために、次の文献を引用しました。
高田敏(たかだ・びん)・初宿正典(しやけ・まさのり)編訳
『ドイツ憲法集〔第3版〕』〈講義案シリーズ17〉(2001年、信山社)


※本書『心踊る平和憲法誕生の時代』の注文については、こちらから
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# by kenpou-dayori | 2013-08-18 08:00 | ナチス