岩田行雄の憲法便り・日刊憲法新聞

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2013年 08月 05日

憲法便り#168 昭和20年8月5日 船舶義勇戦闘隊編成発令

外務省編纂『終戦史録』の「太平洋戦争日歴」

昭和20年8月5日(日)

[日本]
船舶義勇戦闘隊編成発令。(注1)

[外国]
スターリン、モロトフ独逸より帰国。

(注1)
昭和20年6月23日(土) 義勇兵役法(国民各組織の軍隊化)公布。
昭和20年7月23日(月) 鉄道義勇隊編成下命。


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# by kenpou-dayori | 2013-08-05 07:00 | 太平洋戦争日歴
2013年 08月 04日

憲法便り#167 ご存知ですか?シリーズ(第16回)ベトナムダイオキシンデー

『枯葉剤作戦は、ケネディ大統領の命令で始められた戦争犯罪だ!』
 
☆8月10日が「枯葉剤デー」なのはなぜ?

1961年の8月10日に、ケネディ大統領の命令で、米軍がベトナム南部で、大量の枯葉剤空中散布作戦を開始したことに因んでいます。

ケネディ大統領は、1963年11月22日、凶弾に倒れましたが、枯葉剤散布作戦は1971年に中止されるまで、10年間の長期にわたり続けられました。
その結果、数百万人のベトナム人が枯葉剤を浴び、白血病、皮膚がんなどの病魔に侵されて、多数の人が命を落としました。

だが、それだけではありません。
ダイオキシンは、遺伝子を破壊して、次世代、孫世代に数多くの障害児、奇形児が生まれ、いまでも犠牲児が生まれています。
枯葉剤の犠牲者、彼等はベトナム戦争での最も痛ましい、最大の犠牲者です。

ベトナムは、8月10日を「枯葉剤被害者支援の日」に制定し、猛毒ダイオキシンを含む枯葉剤被害者を救援し、化学兵器・枯葉剤の残虐さを国際社会に訴える多彩な行事を展開しています。

以上の文章は、「ベトナムダイオキシンデー第3回ニッポン2013」の宣伝リーフレットに掲載されている、木谷八士さんの解説「ベトナム戦争と枯葉剤ダイオキシン」の最初の部分を参考にして書いたものです。
木谷八士さんは現在、日本ベトナム友好協会東京都連合会会長、ベトナム友好村日本委員会代表、ベトナムダイオキシンデーニッポン2013年実行委員会副委員長。

この行事には、私の親友で、出版労連の仲間であった鈴木芳博君(極東書店勤務)が積極的に取り組んでおり、彼からの呼びかけで、私が出来る最低限の協力として、この憲法便り#167、及び憲法便り号外(8)でベトナムダイオキシンデーについて書いた次第です。

☆『枯葉剤被害者支援ベトナムダイオキシン募金』にご協力下さい。
 送り先 ☆郵便振替 00140-7-6722365
 阿原成光(募金と明記して下さい)

*参加した感想は、後日お伝えします。


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# by kenpou-dayori | 2013-08-04 11:45 | ご存知ですか?シリーズ
2013年 08月 04日

憲法便り 号外(8)ベトナム ダイオキシンデー第3回ニッポン2013のお知らせ

『ベトナム戦争は終っていない』

ベトナムでは、いまも枯葉剤犠牲者が生まれている!
多くの被害者が苦しんでいる!
アメリカから謝罪も補償もされていない!

と き:2013年8月10日(土)
    11時30分 開場
会 費:2,000円
*学生、ベトナム人は1,000円
ところ:武蔵野公会堂  定員350名(先着順)
    吉祥寺駅から徒歩2分
    電話 0422-46-5121

なかみ:
1.映画『花はどこへいった』上映・・・・・・・・・ 12:00~13:10
  坂田雅子監督デビュー作品

2.シンポジウム ・・・・・・・・・・・・・・・・ 13:35~15:05
 「ベトナム枯葉剤被害と国際的な支援活動」
  坂田雅子(映画監督)、中村梧郎(フォトジャーナリスト)
   VAVA(ベトナム枯葉剤被害者協会)代表
   司会 阿原成光(ベトナム友好村日本委員会代表)

3.ベトナムジョイントコンサート ・・・・・・・・・15:20~16:15
  松島よしおwithグェン・タック&ハイ・チュウ
   〈演奏〉ホンベト&王晶(二胡)早田歩未(フルート)
       福田早苗(ハープ)槇維子(バイオリン)

【主 催】ベトナムダイオキシンデー第3回ニッポン2013実行委員会
【後 援】ベトナム大使館
【事務局】〒170-0005 東京都豊島区南大塚2-17-10
                    日本ベトナム友好協会内
【連 絡】阿原090-1607-3749
     FAX042-421-9157
     Eメール asige@kc5.so- net.ne.jp

*皆さまのご参加を呼びかけます。
*私も参加する予定です。


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# by kenpou-dayori | 2013-08-04 09:45 | お知らせ
2013年 08月 04日

憲法便り#166 昭和20年8月4日 ポ宣言受諾進言のモスクワ佐藤大使暗号電文

外務省編纂『終戦史録』の「太平洋戦争日歴」

昭和20年八月四日 22:28 莫斯科発
       八月五日 17:15 東 京 着
               在「ソ」佐藤大使
東郷外務大臣
◇第一五二〇号(館長符号、緊急)
 往電一五一七号に関し
 ソ連政府が戦争終結の斡旋を引受くると否とに不拘今次の大東亜戦終結の為に七月二十六日の英米支対日宣言がその基礎たるべきこと最早動かし難き所ソ連が仲介の労を取る場合にも右の基礎において為さるべきこと自然の帰結なり此の点において貴電九七三号括弧内の記述は少くとも三国宣言を我方条件攻究の基礎としたき御所存とのことにて至極結構と存ぜらる。
 右に付貴電合第六二九号をもって転電を受けたる在瑞西加瀬公使の三国宣言に関する考察は極めて中正妥当の観察と思考せられ本使も全幅的同意を表する所なりもし右宣言が同公使解釈の如きものなりとせば、その基礎において立案せらるべき講和条件は今次のポツダム三国会議決定に係る独逸処理条件に比しある程度緩和せられたるものとなるべしと想像すること必ずしも牽強付会の説とべからず而して右は日本の平和提唱の決意が一日も早く連合側に通達せらるれば夫れ丈条件緩和の度を増すことなる道理なるに反しもし政府軍部の決意成らず荏苒日を空うするにおいては日本全土焦土と化し帝国は滅亡の一途を辿らざると得ざるべし
 如何に緩和せらるるとするも講和条件の如何なるものなるべきやは独逸の例に観るまでもなく事前において既に明かにして多数の戦争責任者を出すことも予め覚悟せざるべからず去りながら今や国家は滅亡の一歩前にあり此等戦争責任者が真に愛国の士として従容帝国の犠牲者となるも真に已むを得ざる所とすべし
 加瀬公使の意見を読んで感極めて深きものあり敢て卑見を呈す(了)

(注1)加瀬公使からの暗号電文の全文は、8月1日付『憲法便り#159』に掲載。
(注2)ポツダム宣言の全文は、7月26日付『憲法便り#142』に掲載。
(注3)7月29日付『憲法便り#151』に、昭和19年10月以降の、沖縄、日本本土への爆撃、艦砲射撃の日歴を記載。(上記以外の地域への日本軍に対する攻撃は対象外とした)


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# by kenpou-dayori | 2013-08-04 07:30 | 太平洋戦争日歴
2013年 08月 04日

憲法便り#165 昭和20年8月4日 モスクワの佐藤大使もポ宣言受諾の進言

外務省編纂『終戦史録』の「太平洋戦争日歴」

昭和20年8月4日(土)

[日本]
佐藤大使よりポ宣言受諾を進言し来る。(注1)

[外国]
英国労働党内閣の陣容殆ど完了。

(注1)佐藤大使は、スイス駐在加瀬公使の意見に賛同しています。
佐藤大使の暗号電文の全文は、8月4日付『憲法便り#166』に掲載します。
(注2)加瀬公使からの暗号電文の全文は、8月1日付『憲法便り#159』に掲載。
(注3)ポツダム宣言の全文は、7月26日付『憲法便り#142』に掲載。
(注4)7月29日付『憲法便り#151』に、昭和19年10月以降の、沖縄、日本本土への爆撃、艦砲射撃の日歴を記載。(上記以外の地域への日本軍に対する攻撃は対象外とした)
これらの日歴を見れば、「ポツダム宣言黙殺、戦争邁進」の声明が、如何に無謀で、無責任で、馬鹿げたものであったかが判ります。


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# by kenpou-dayori | 2013-08-04 07:00 | 太平洋戦争日歴