タグ:憲法千話 ( 1144 ) タグの人気記事


2013年 12月 20日

憲法便り#509 岩田行雄編著『検証・憲法第九条の誕生』主な引用文献と参考資料

2013年 12月 20日
憲法便り#509 岩田行雄編著『検証・憲法第九条の誕生』主な引用文献と参考資料

【主な引用文献と参考資料】
『帝国議会衆議院議事速記録82 第九十回議会 ・上』(東大出版会、一九八五年)
『帝国議会衆議院議事速記録83 第九十回議会 ・下』(東大出版会、一九八五年)
『帝国議会衆議院委員会議録昭和篇161 第九十回議会 昭和二一年』(東大出版会、二〇〇〇年)
『帝国議会衆議院委員会議録昭和篇162 第九十回議会 昭和二一年』(東大出版会、二〇〇〇年)
衆議院事務局編『第九十回帝国議会衆議院 帝国憲法改正案委員小委員会速記録』(大蔵省印刷局、一九九五年)
衆議院・参議院編集『議会制度百年史 院内会派編 衆議院の部』(大蔵省印刷局、一九九〇年)
衆議院・参議院編集『議会制度百年史 衆議院議員名鑑』(大蔵省印刷局、一九九〇年)
『資料日本国憲法1・ 1945‐1949』 (全5巻)編集代表永井憲一・利谷信義(三省堂、一九八六年)
(以上、国立国会図書館・議会官庁資料室の開架資料)
Hussey Papersのコピー版(国立国会図書館・憲政資料室の開架資料)
犬丸秀雄監修『日本国憲法制定の経緯』(第一法規・一九八九年)
竹前栄治〔訳〕『GHQ日本占領史1/GHQ日本占領史序説』(日本図書センター・一九九六年)
思想史研究会編『日本占領研究辞典』:共同研究『日本占領軍』別冊(徳間書店、一九七八年)
臼井勝美他編『日本近現代人名辞典』(吉川弘文館・二〇〇一年)
国立国会図書館憲政資料室所蔵外交記録「第八回公開」マイクロフィルムより
国立国会図書館憲政資料室所蔵「西沢哲四郎旧蔵憲法調査会資料」より
[PR]

by kenpou-dayori | 2013-12-20 17:10 | 自著及び文献紹介
2013年 12月 20日

憲法便り#508 岩田行雄編著『検証・憲法第九条の誕生』第五版の目次

2013年 12月 20日
憲法便り#508 岩田行雄編著『検証・憲法第九条の誕生』第五版の目次

【第五版の目次】
『初版への序文』文』(2)
『増補・改訂 第三版への序(5)
序 章 国際貢献と軍備について(12)
昭和二十一年六月法制局作成『憲法改正草案に関する想定問答(増補第一輯(しゅう)より』

第一章 文部省は憲法をどのように教えたか(13)
文部省教科書『あたらしい憲法のはなし』より

第二章 法制局は第九条をどのよう説明したか(15)
昭和二十一年四月作成の憲法改正草案に関する想定問答〔 第三輯(しゅう)〕より
問 第九條第二項は、何故受身に書いてあるか
問 第九條の規定と自衛戰爭との関係如何
問 我國に對し、外國が戰爭を仕掛けて来た場合は如何
昭和二十一年四月憲法改正草案逐条説明〔第一輯(しゅう)〕より
昭和二十一年五月憲法改正草案逐条説明〔第一輯(しゅう)の二 〕より

第三章第九条の条文の変遷―草案から確定まで (20)
〔資料一〕「チェック・シート」(ハッシー・ぺーパーズ・ナンバー⑩)「戦争放棄」を初めて明文化した英文の憲法素案
〔資料二〕マッカーサーから一九四六年二月一三日に提示された英文草案(Hussey Papers No.12)
〔資料三〕前掲の英文草案を翻訳した文書(入江俊郎文書15)
〔資料四〕「日本国憲法」(一九四六年三月五日案)
〔資料五〕三月六日に提示された英文草案(三月五日付文書)
〔資料六〕「憲法改正草案要綱」(一九四六年三月六日付)
〔資料七〕日本国憲法[口語化第一次草案](一九四六年四月五日付)
〔資料八〕日本国憲法[口語化第二次草案](一九四六年四月一三日付)
〔資料九〕ひらがな口語体「憲法改正草案」(一九四六年四月一七日発表)
〔資料十〕第九十回帝国議会衆議院に提案された「帝国憲法改正案」(一九四六年六月二五日)
〔資料十一〕衆議院で修正可決された「帝国憲法改正案」に関する一九四六年八月二一日付報告書(佐藤達夫文書 二〇八) (現行憲法と同文)

第四章第九十回帝国議会衆議院本会議での憲法改正案論議(昭和二十一年六月二十五日~六月二十八日)(26)
六月二十五日(火曜日)北昤吉議員(日本自由党)の質問
「進んで永世局外中立運動を起こすべし」
六月二十六日(水曜日) 原 夫次郎議員(日本進歩党)の質問
「自衛権まで放棄しなければならぬのか」
吉田茂総理大臣の答弁
「近年の戦争は、多く自衛権の名において戦われた」
六月二十六日(水曜日) 鈴木義男議員(日本社会党)の質問
「世界の国々の憲法に先鞭を付ける意気込みで」
六月二十七日(木曜日)吉田 安議員(日本進歩党)の質問
「戦争放棄が空文になってはならぬ」
六月二十八日(金曜日) 野坂参三議員(日本共産党)の質問
「侵略戦争の反省に立ち、その根本原因の廃滅を!」
田中耕太郎文部大臣の答弁
「過去の国策及び教育の誤謬並びに既往数年間の国家的罪悪を、根本的に反省することに決して躊躇するものではない」

第五章衆議院憲法改正案委員会の一般審議(第一回から第十二回の前半まで)(43)
第三回委員会 七月二日(火曜日)
黒田壽男委員(日本社会党)の質問
「民主的憲法の配列として、戦争放棄を冒頭に」
第四回委員会 七月三日(水曜日)
穂積七郎委員(無所属倶楽部)の質問
「戦争放棄は、前文中又は総則を構えて謳うべき」
第五回委員会 七月四日(木曜日)
林 平馬委員(協同民主党)の質問
「歴史の教えるように、戦争は戦争を製造して居る」「世界の平和は我々民族の三千年来の念願」
第六回委員会 七月五日(金曜日)
赤澤正道委員(新政会)の質問
「国際連邦へまで提唱を発展させるべき」
第九回委員会 七月九日(火曜日)
竹谷源太郎委員(無所属倶楽部)の質問
「内乱、騒擾その他の非常事態への方策は如何に」
藤田 榮委員(新光倶楽部)の質問
「戦争放棄が、制裁としての戦争、自衛としての戦争を含むのか」「自衛戦争の否認は解釈に苦しむ」
森 三樹二委員(日本社会党)の質問
「我々は戦争を放棄して、永遠に戦争から解放されて、我々の子孫は平和な住みよき国家に生存することが得られる」
芦田 均委員長(日本自由党)の質問
「戦争放棄の宣言は、廃墟の中に呻吟する人々の衷心から出た要求であることは、間違いないと思う。」
「戦争の放棄の大理想を通じてのみ、再建と独立との大道を歩むことが出来るのであろうと思います。」
第十回委員会 七月十一日(木曜日)
野坂参三委員(日本共産党)の質問
「戦争の性質をここにはっきりと表わすような言葉を入れるべきが当然ではないか」

第六章衆議院憲法改正案委員会での逐条審議および討議全体のまとめ(第十二回後半および第十三回の前半)(69)
第十二回委員会 七月十三日(土曜日)
鈴木義男委員(日本社会党)の質問
「前文で戦争のことを言う場合、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が発生しないように」と言うのが正しい表現」
山田悟六委員(日本進歩党)の質問
「第九条の第二章は、今回の憲法の平和国家宣言という事柄に、非常に重大な意義を持っている」
第十三回委員会 七月十五日(月曜日)
加藤一雄委員(日本自由党)の質問
「教育の基本法と、労働法案と、官吏法案と、最高裁判所の構成法案の提出を!」
笠井重治委員(無所属倶楽部)の質問
「第九条の精神を世界各国に徹底せしむる努力を」
山崎岩男委員(日本進歩党)の質問
「国際連合よりは、アメリカの保護国の関係確立を」
高橋英吉委員(日本自由党)の質問
「唯一の頼みの綱、国際連合への加入の見通しは」「国家こそ主権の主体であり、統治権の主体である」
笹森順造委員(日本民主党準備会)の質問
「警察権の強力な発動に依って鎮定するのに、第九条に決めている戦力との区別、限界は」
金森国務大臣の答弁
「国内治安維持のための警察力に言葉を借りて、陸海空軍の戦力に匹敵するようなものを考えれば、第九条に違反する」
第二十回委員会 七月二十三日(火曜日)
芦田委員長による委員会論議のまとめ
「世界が依然として偏狭な国家思想と、民族観念に囚われている限り、戦争の原因は永久に除かれない」

第七章 改正案委員小委員会論議(106)
【「国権の発動」か「主権の発動」か】
【「戦争の放棄」か「戦争の否認」か】
【「抛棄」は「放棄」と直すのでは】
【仮名では、子供が掃き掃除の「箒」と間違える】
【「永遠の国是として、戦争の抛棄を宣言する」】
【「保持せず」か「保持しない」か】
第八章 改正案委員会の修正案報告と各党の賛否(138)
「委員会で最も熱心な論議が展開された九条問題」
芦田均委員長から衆議院本会議において行われた「憲法改正案委員会議事の経過と結果の報告」の一部と、各党代表による賛否の表明
投票結果と全議員名

〔資料〕
再録一 一九四五年一二月の政府世論調査(147)
再録二 一九四六年五月の毎日新聞世論調査に表われた《戦争放棄》に関する国民の意識(148)
再録三 芦田均の「新憲法」ラジオ演説草稿(151)
再録四 憲法研究会の『憲法草案要綱』全文(154)
再録五 『憲法音頭』の歌詞と楽譜(158)
再録六 憲法普及会編『新しい憲法 明るい生活』
『発刊のことば』及び「戦争放棄」の説明(昭和二十二年五月三日刊行)(160)
再録七 国際連合への加盟申請書(162)
再録八 西村熊雄元外務省条約局長の証言(164)

主な引用文献と参考資料一覧(180)
初版へのあとがき(181)
増補・改訂第二版へのあとがき(184)
増補・改訂第三版へのあとがき (187)
「婦人参政権」の確立の歴史的事実について ―映画「ベアテの贈り物」及びベアテ・シロタ=ゴードンさんの講演内容にふれて
増補・改訂第四版へのあとがき(190)
日本国憲法への「附帯決議」にふれて
増補・改訂第五版へのあとがき(191)
表紙デザイン『あたらしい憲法のはなし』より
[PR]

by kenpou-dayori | 2013-12-20 17:09 | 自著及び文献紹介
2013年 12月 20日

憲法便り#507 岩田行雄編著『検証・憲法第九条の誕生』増補・改訂第五版へのあとがき

2013年 12月 20日
憲法便り#507 岩田行雄編著『検証・憲法第九条の誕生』増補・改訂第五版へのあとがき

【増補・改訂第五版へのあとがき】
いま、ロシアがグルジアに対して軍事的侵略を続けており、黒海では軍事的な緊張が高まっています。また、このあとがきを準備している間に、アフガニスタンで活動していたNGO「ぺシャワール会」の日本人スタッフが拉致、殺害されるという悲惨な事件が引き起こされています。日本政府は、この事件をも利用して、アメリカの「テロとの闘い」への協力であるインド洋上での給油活動を続け、自衛隊海外派兵の新たな展開を図ろうとしています。しかし、いまこそ平和的な問題解決のため、全世界が憲法第九条の原点に立ち返ることが求められます。
第五版では、焦眉の問題である「国際貢献と軍備」について整理をするために、日本が国連に加盟を申請した際、憲法第九条をどのように位置づけ、どのようにアピールしたのかを検証し、増補しました。
まず、一九五二年に提出された国連への加盟申請書とそれに添付された外務大臣の「宣言」を読んでみると、憲法第九条についても、国連憲章で義務づけられている軍事行動への参加についても直接的な表現は何もありません。しかし、一九六〇年に憲法調査会で行われた元外務省条約局長の発言を読むと、国連への加盟申請書と外務大臣の「宣言」に込められた日本政府の意図が明かになってきます。さらに興味深いことは、元外務省条約局長の証言が、サンフランシスコ平和条約および日米安保条約締結にいたる交渉過程での日本政府の態度を明かにしていることです。その中には、アメリカから出された日本の再軍備要求に対して吉田茂首相がどのように回答したかも含まれています。
* * * * *
今年四月に『平和憲法誕生の真実』を三千冊出版しましたが、国立国会図書館の豊富な資料の公開とベテラン図書館員の方々の的確な助言が、この本の完成を可能にしました。特に、政治史料課課長の堀内寛雄さんには、資料発掘をはじめ大変お世話になりました。政治史料課は憲政資料室を担当しているセクションです。今回の第五版増補・改訂にあたっても、また大変お世話になりました。それだけに、最近明かになった国立国会図書館幹部の判断での資料隠しには、驚きと悲しみと怒りを覚えます。そして非常に残念に思っています。平和憲法に基く国立国会図書館創設の理念『真理がわれらを自由にする』に立ち戻ることを強く求めたい。
二〇〇八年八月三十一日
[PR]

by kenpou-dayori | 2013-12-20 17:06 | 自著及び文献紹介
2013年 12月 20日

憲法便り#506 岩田行雄編著『検証・憲法第九条の誕生』増補・改訂第四版へのあとがき

2013年 12月 20日
憲法便り#506 岩田行雄編著『検証・憲法第九条の誕生』増補・改訂第四版へのあとがき

【増補・改訂第四版へのあとがき】
本書は、多くの方々のおかげで、第三版までの一万八千冊が完売となり、北海道から沖縄まで全国各地での講演も好評で、六月には九十回に及びます。しかしながら、安倍首相は「改憲」を参院選の争点と宣言し、事態は急を告げています。彼らのやりたい放題を許しては、主権者の一分(いちぶん)がたちません。
負けられないこの闘い、私がいま最大限に出来ることは何かと考えた末、本書の第四版を一冊二百円で刊行、発売することを決意しました。全国各地を訪れ、地方経済の冷え込み、拡大する格差を実感しての決断です。人生に悔いを残したくありません。
赤字覚悟の出版ですが、この闘いに勝てば、私の「人生の決算」は充分に黒字です。
発行日は、私達の三十九回目の結婚記念日にあたる三月三十一日としました。
* * * * *
経費を節減するため、憲法全文、一九四七年の教育基本法全文、全国各地での講演会の記録、二版第二刷のあとがきで9条連について紹介した二頁を削除しました。
第四版は当初一五九頁で刊行する予定でしたが、憲法改正案委員会の修正案に対する各党の賛否の討論、投票結果の全議員名、映画『日本の青空』で大きな話題になり始めた憲法研究会の『憲法草案要綱』全文、『新しい憲法 明るい生活』の一部分を収録したことにより一七五頁になりました。その他に、ご指摘をいただいた振り仮名の誤りや、誤植の訂正を行いました。
* * * * *
最後に、一九四六年八月二十四日に行われた衆議院本会議において決議された、日本国憲法への附帯決議四項目より、第四項目を紹介します。
「四.憲法改正案は、基本的人権を尊重して、民主的国家機構を確立し、文化国家として国民の道義的水準を昂揚し、進んで地球表面より一切の戦争を駆逐せんとする高遠な理想を表明したものである。然し新しき世界の進運に適応する如く民衆の思想、感情を涵養し、前記の理想を達成するためには、国を挙げて絶大の努力をなさなければならぬ。吾等は政府が国民の総意を体し熱情と精力を傾倒して、祖国再建と独立完成のために邁進せんことを希望するものである。」
* * * * *
 二〇〇七年三月十五日
[PR]

by kenpou-dayori | 2013-12-20 17:04 | 自著及び文献紹介
2013年 12月 20日

憲法便り#505 岩田行雄編著『検証・憲法第九条の誕生』増補・改訂最三板への序文とあとがき

2013年 12月 20日
憲法便り#505 岩田行雄編著『検証・憲法第九条の誕生』増補・改訂最三板への序文とあとがき

【増補・改訂 第三版への序文】
今回の改訂では、一二八頁以降を組替え、一九四五年の内閣調査室世論調査、芦田均のラジオ演説草稿、『憲法音頭』と、原資料を充実した。ただし、経費抑制のため、広く知られている「九条の会アピール」及び『あたらしい憲法のはなし』、は削除した。
今年二月二〇日に増補・改訂第二版第二刷を二千冊刊行したことにより、本書の合計が一万冊となった。それを記念して、去る四月二四日に、「一万冊記念パーティ」を開催した。正直なところ、昨年来の全速力で走り続けたような生活により、疲労が極度にたまっているので、これを区切りにして本来の研究生活に戻りたいとも思っていた。だが、記念パーティ直前の出来事が、私の考えを変えさせた。
本書は北海道から沖縄まで全国に広がっているが、四月の時点では、栃木、岐阜、富山、石川、福井、京都、鳥取、徳島、愛媛の各県からは、直接の注文は受けていなかった。そこで、私にとっての「空白県」にも何とか本書を広げたいと思い、栃木県の知人に依頼の電話をした。ひと通りの挨拶を終えて、出来ることならば本書の普及に協力していただきたい旨を話したところ、明らかに声の調子が変わり「それは出来ません」と断られた。断られることも覚悟の上での電話だったが、その理由は予想だにしなかったことであった。「八四歳になる私の母が、憲法九条の改正に賛成ですから、協力できません。母は戦争で弟を亡くしていますが、弟が死んだのは日本の軍隊が弱かったからだと、いつも言っています。私の母の信念は、弱肉強食です。」
この八四歳になる母親には、四〇年ほど前に一度だけ会ったことがある。彼女は数年前まで私立幼稚園の園長をしてきた方で、今も健在である。私は協力を断られたことよりも、憲法九条の「改正」、軍備の強化の必要性を言い切り、その人たちが「世の中は、すべて弱肉強食」という信念のもとに幼児教育にかかわり続けていることに、大きな衝撃を受けた。だが、電話のおかげで私には迷いが無くなった。
全国各地での講演も七月末までで、すでに三七回を数え、その後も一〇月まで講演の依頼が来ている。
十一月には韓国ソウルにおいて講演を韓国語で行う予定で、「六十の手習い」を始めたところである。
今年三月に、平和憲法を守る運動の一環として、手紙を添付し、全国会議員に本書を届けた。
当初、私は費用をあまりかけずにすますため、毎日数十冊を持参して、五月三日の憲法記念日までに直接届け終えるつもりで三月七日から行動を開始した。だが、情勢が急展開しているので、郵送料をかけても一気に発送を行うことにした。発送の作業は、妻の協力を得て、三月一四日から一六日の間にすべて終えた。この結果、次の議員から様々なメッセージや書物と共に礼状をいただいた。判っている範囲でその時点での役職名を含めて紹介したい。中川雅治参議院議員は、ご本人からの直接の電話である。
なお、左記の一覧表には含まれていないが、
日本共産党の不破哲三議長からは、文化放送で行った講演をまとめた本をいただいた。
また、同じく日本共産党の市田忠義書記局長・参議院議員からは、昨年七月に初版を贈呈した際に、対談・エッセイ集と共に、自筆の丁重な礼状をいただいている。
無所属:河野洋平衆議院議長、糸数慶子参議院議員
自民党:与謝野馨衆議院議員(政務調査会長・新憲法起草委員会事務総長)、中川秀直衆議院議員(国会対策委員長)、佐藤錬衆議院議員、亀井郁夫参議院議員、武見敬三参議院議員、中川雅治参議院議員、中島啓雄参議院議員、
民主党:鳩山由起夫衆議院議員、増子輝彦衆議院議員
公明党:神崎武法衆議院議員(公明党代表)
日本共産党:穀田恵二衆議院議員(国会対策委員長)、山口富男衆議院議員(憲法調査会委員)、吉川春子参議院議員(憲法調査会委員)
社民党:又市征治参議院議員(幹事長)
この運動のために講演等でカンパを訴え、五月三日までに、一万冊出版記念のお祝いを含めて、総額三九五、七一九円の協力をいただいた。
これまで、数多くの方々のご協力により、日本全国に本書の普及が計られてきたおかげで、このたび、改訂第三版三千冊を刊行する運びとなった。
特に、国際政治学者の畑田重夫先生、元参議院議員で弁護士の内藤功先生のお二人は、常に講演等で本書をご推薦下さっている。度々励ましのお手紙も頂戴している。全労連会館常務理事の藤田廣登さんにも一方ならぬお世話になっている。ここで改めてお礼を申し上げたい。また、この間の活動が認められて、『週刊金曜日』(八月五日号)の「私と憲法」の頁で人物紹介をうけたことも大きな励ましである。
敗戦から六十年の節目を迎えた今日、千葉県・館山市において、「終戦記念日・平和の集い」で行う講演は、新たな出発である。
二〇〇五年八月十五日

【増補・改訂第三版へのあとがき】
一万冊の本が全国各地に出回ると、予想もしなかった様々な出来事に出会う。最も印象的なことは、本書を原資料として、芝居の台本が作られ、上演されたことである。大阪勤労者教育協会が今年七月に開催した第二八回「夏の勤労協大学」の期間中に、《夏勤大劇場》と題したアトラクションで、『憲法九条誕生秘話 朝焼けの歌』が上演された。出演者は、全員が「夏の勤労協大学」の参加者。吉田総理大臣、金森国務大臣、芦田委員長をはじめ、主要な人物が適切に配置されている。脚色は勤労協講師の槙野理啓さん。今後の上演にも期待したい。
昨年七月以来、全国各地で三八回もの講演を行ってきた。そうした中で気がついたことは数多くあるが、ここでは三点だけについてふれておきたい。
より良い講演を行うために、そして、質問や疑問に丁寧に答えるため、国会図書館に通い続けた。特に憲政資料室には、随分お世話になった。その国会図書館の設立を定めた 『国立国会図書館法』(一九四八年二月九日:法律第五号)の前文が、平和憲法を体現した素晴らしい文章なので紹介しておきたい。
「国立国会図書館は、真理がわれらを自由にするという確信に立って、憲法の誓約する日本の民主化と世界平和とに寄与することを使命として、ここに設立される。」国会図書館の初代館長は、憲法担当国務大臣の重責を担った金森徳次郎である。
* * * * *
明治憲法の起草者は、伊藤博文と学んだ人が多い。だが、実際には、いわゆる「お雇い外国人」のひとりである、ドイツ人の法律顧問K・F・H・ロエスレル(一八三四‐九四)が明治二〇年四月に起草した草案が原型となっている。彼は明治一一年に来日し、明治二三年に帰国するまで、憲法のほか、行政裁判制度、民法、商法などの制定に大きく貢献した。
* * * * *
昨年来、ベアテ・シロタ=ゴードンさんの講演や、映画「ベアテの贈りもの」の上映が盛んである。だが、ベアテさんの話には、歴史的事実についての認識不足に起因する誤りがある。また、映画の上映会や講演会を組織している人々や、これに参加した善意の人々にも、ベアテさんの話の誤った部分に気付かず、それをそのまま伝説のように語りついでいる例に、各地で出会う。
いくら改憲反対運動に役立つこととは言え、歴史的事実と違う話が「伝説」のように語り継がれていくことには、問題を感じる。草の根の運動であっても、私たちの運動が歴史を歪曲してはならない。したがって、今後の運動に生かして欲しいという思いを込め、実例を挙げて問題点の指摘をしておきたい。
我が家に届いた『世界へ 未来へ 九条連ニュース No・125』(二〇〇五年五月二〇日)の一〇頁では、「ベアテさん、憲法を大いに語る」と題した無署名のレポート前半部分で、次にように紹介している。
「平和憲法が全面改悪の危機にある今、憲法制定の原点に戻り、考え、今後の行動の指針にしようと四月一八日、婦選会館においてベアテ・シロタ・ゴードンさんをお招きし、講演会を開催。9条連も協賛団体に加わり、約四〇名が参加しました。ベアテさんは戦後まもない頃、元連合国総司令部民政局(GHQ)のスタッフとして、女性でただひとり、わたしたちの憲法の、女性の権利条項を起草された方です。(当時二二歳)。「選挙権がない」「好きな人と結婚ができない」という日本女性の置かれた立場に大きな疑問を持ち、「どうしても幸せになって欲しかった」という気持から草案したそうです。流暢な日本語と時々ユーモアを混じえてのお話しは超満席の会場からも、どっと笑いの渦が。(後略)」

この話の中で「選挙権がない」と言っている部分は、歴史的事実に反する。彼女が来日したのは一九四五年一二月、憲法の起草スタッフに指名されたのは一九四六年二月だが、日本では一九四五年一二月に選挙法を改正し、すでに女性の参政権は、新憲法制定以前に確立している。
その事実を、公的な文書に基づき示しておこう。
一.一九四五年一〇月九日に幣原喜重郎内閣が成立し、二日後の一九四五年一〇月一一日に、幣原首相は新任の挨拶でマッカーサーを訪れた。この会談の席で、マッカーサーは幣原首相に、日本社会の民主化に関して五項目の要望を表明している。その第一項目は婦人解放に関するものである。(「会談要旨」より)
「一、参政権ノ賦与ニ依リ日本ノ婦人ヲ解放スルコト―婦人ヲ国家ノ一員トシテ各家庭ノ福祉ニ役立ツヘキ新シキ政治ノ概念ヲ齎スヘシ。」
二.前項に対して、二日後の一九四五年一〇月一三日の文書によればこの会談で、幣原首相はマッカーサーに次のように答えた。(「会談要旨」より)
「第一ノ婦人参政権ノ件ハ、既ニ政府ニ於テハ之カ実施ヲ決心シ、閣議ニ於テ内定ヲ見居レリ。選挙権ノ問題ニツイテハ次ノ順序ニテ事ヲ運ブ予定ナリ。即チ現議会ハ選挙後数年ヲ経過シ居リ、民意ヲ反映シ居ルモノナリヤ否ヤ疑ヲ有スル向鮮カラサルニ付、現在ノ民意ヲ反映セシムル為解散ニ進ミタシ。解散ニ当リテハ現行ノ選挙法ヲ以ッテシテハ実際ニ選挙ヲ行ヒ得サル節アリ。例ヘハ戦災ニヨリ疎開若ハ転居セル家庭多数ニ上リ居ルコト記録ヲ喪失セル役場ノ鮮カラサルコト等ノ事実アルノミナラス、真ノ民意ヲ議会ニ反映セシムル為ニハ現行制度ニハ不適当ナル条意モ鮮カラス婦人参政権ノ定メ無キモ其ノ一ナリ。之等ノ改正ヲ行フニ当リ、当面ノ改正ノミヲ取上ケ根本的改正ハ之ヲ他日ニ譲ルヤ否ヤノ問題アリ、苦心ヲ要スル所ナリ。政府トシテハナルヘク根本的改正ト考ヘ見タルカ時日之ヲ許サス当面ノ必要問題ノミニ付改正ヲ加ヘ、近々ノ臨時議会ニ提出シ同意ヲ得レバナルヘク早ク議会ヲ解散シ、之ニヨリ(改正した選挙法に基き)選挙ヲ行フ考ヘナリ。」(後略)
三.幣原首相がマッカーサーに伝えた婦人参政権を実現する選挙法改正は一九四五年一二月に行われた。昭和二〇年一二月一七日官報号外は一~三頁に亘って、「衆議院議員選挙法改正(法律第四二号)について報じている。婦人参政権に関するのは次の条文である。
「第五条 帝国臣民ニシテ年齢二〇歳以上ノモノハ選挙権ヲ有ス。帝国臣民ニシテ年齢二五歳以上ノモノハ被選挙権ヲ有ス。」
ここで註釈を加えておかなければならないのは、敗戦後も、新憲法が施行されるまでは、日本国民は「帝国臣民」とされていたことである。ちなみに、国会も同様に、新憲法施行までは、帝国議会のままであった。また、新憲法施行までは参議院は存在せず、国民が選挙権、被選挙権を行使できるのは、衆議院議員選挙のみであった。(貴族院は勅撰議員で構成されていた)
一九四六年四月一〇日、改正された衆議院議員選挙法による第二二回衆議院議員選挙が行われた。
もうひとつ事実を指摘しておくが、GHQ民政局の憲法草案起草委員会には、六名の女性が存在した。ベアテさんは、人権委員会三名の中でただひとりの女性。
二〇〇五年八月一五日
[PR]

by kenpou-dayori | 2013-12-20 17:03 | 自著及び文献紹介
2013年 08月 22日

憲法便り#225 ナチスの手口(17)政党新設禁止法

2013年8月22日(木)

(*ナチス関連記事45件一覧リストに戻るのは、こちらをクリックして下さい
http://kenpouq.exblog.jp/25451502/

「ナチスの憲法」と呼ばれるものには、「日本国憲法」のように体系化されたものはありません。「ワイマール憲法」の機能を停止した大統領令およびそれに続く一連の法律のことを指します。
したがって、「ナチス憲法」と呼ばずに、「ナチスの憲法」と呼ばれます。

I については、すでに詳しく紹介しましたが、これが「ナチスの憲法」の始まりです。

Ⅱは、「授権法」あるいは「全権委任法」と呼ばれるもので、現在、テレビのコメンテーターなどが、麻生副総理の「ナチス発言」後に、話題にしている法律ですが、これは「ナチスの憲法」の始まりでも、全体を示すものでもありません。
全体像は、下記のI-XIの法律群を指します。

文中の、ライヒは「国」、ラントは「州」を意味します。
ヴァイマルは、一般的には「ワイマール」と表記されています。

今回は、七番目の法律についてです。

Ⅶ 政党新設禁止法(1933年7月14日)(注29)

 ライヒ政府は、次の法律を議決し、ここにこれを公布する。

§1〔唯一の政党としての民族社会主義ドイツ労働者党〕
 ドイツにおいて存在する唯一の政党は、民族社会主義ドイツ労働者党である。

§2〔罰 則〕
 他の政党の組織的団結を保持すること、または新政党を結成することを企てる者は、その行為が他の法規定によって本法に定めるところ以上の形が定められていない限り、3年以下の懲役または6ヵ月以上3年以下の禁錮に処す。
     ベルリーンにて、ライヒ総理大臣 アードルフ・ヒトラー
             ライヒ内務大臣 フリック
             ライヒ司法大臣 博士 ギュルトナー
     
(注29)ヒトラーは、全権授権法制定後、6月22日に社会民主党を禁止したが、本法でもって一党独裁制を確立しようとしたのである。

「ナチスの憲法」の全体像
I 民族および国家の保護のためのライヒ大統領令(1933年2月28日)
Ⅱ 民族および国家の危難を除去するための法律(1933年3月24日)
Ⅲ ラントとライヒとの均制化に関する暫定法律(1933年3月31日)
Ⅳ ラントとライヒとの均制化に関する第二法律(1933年4月7日)
Ⅴ 職業官吏制の再建に関する法律・・・・・・・(1933年4月7日)
Ⅵ 国民投票法・・・・・・・・・・・・・・・・(1933年7月14日)
Ⅶ 政党新設禁止法・・・・・・・・・・・・・・(1933年7月14日)
Ⅷ 党および国家の統一を確保するための法律・・(1933年12月1日)
Ⅸ ライヒの改造に関する法律・・・・・・・・・(1934年1月30日)
Ⅹ ライヒ参議院の廃止に関する法律・・・・・・(1934年2月14日)
ⅩⅠ ドイツ国元首に関する法律・・・・・・・・(1934年8月1日)

この内容と問題点を正確に伝えるために、次の文献を引用しました。
高田敏(たかだ・びん)・初宿正典(しやけ・まさのり)編訳
『ドイツ憲法集〔第3版〕』〈講義案シリーズ17〉(2001年、信山社)

*ナチス関連リスト(45件)は、こちら



※本書『心踊る平和憲法誕生の時代』の注文については、こちらから
[PR]

by kenpou-dayori | 2013-08-22 07:30 | ナチス
2013年 08月 08日

憲法便り#178 ナチスの手口(4)「信書・郵便・電信・電話の秘密」への干渉

2013年8月8日

(*ナチス関連記事45件一覧リストに戻るのは、こちらをクリックして下さい
http://kenpouq.exblog.jp/25451502/

ナチス政権は、1933年2月27日夜に起された国会議事堂放火事件(炎上事件とも呼ばれる)の翌朝、即ち1933年2月28日朝、「民族および国家の保護のためのライヒ大統領令」を発布し、大統領は事実上の戒厳令を布きました。

この大統領令は、冒頭で次のように述べています。
「ライヒ憲法〔=ヴァイマル憲法〕第48条第2項に基づき、共産主義的な、国家公安を害する暴力行為を防止するため、以下のことを命令する。」

大統領令は、これに続けて、ワイマール憲法第48条第2項に掲げられた7つの条文を具体的にあげ、すべての基本権を停止しています。

今回は、117条〔信書の秘密〕についてです。
ナチスは、この条文を停止し、「信書・郵便・電信・電話の秘密」に干渉しました。

第117条〔信書の秘密〕
 信書の秘密ならびに郵便、電信および電話の秘密は、これを侵してはならない。これに対する例外は、ライヒ法律によってのみ、許容することができる。

文中の、ライヒは「国」を意味します。
ヴァイマルは、一般的には「ワイマール」と表記されています。

この内容と問題点を正確に伝えるために、次の文献を引用しました。
高田敏(たかだ・びん)・初宿正典(しやけ・まさのり)編訳
『ドイツ憲法集〔第3版〕』〈講義案シリーズ17〉(2001年、信山社)

なお、国会議事堂放火事件を利用したナチスの手口の全体像、ワイマール憲法の各条文の内容等についての詳細は、8月3日付の憲法便り号外(7)をご覧ください。


※本書『心踊る平和憲法誕生の時代』の注文については、こちらから
[PR]

by kenpou-dayori | 2013-08-08 08:00 | ナチス
2013年 08月 06日

憲法便り#172 ナチスの手口(2)「人身の自由」の剥奪

2013年8月6日

(*ナチス関連記事45件一覧リストに戻るのは、こちらをクリックして下さい
http://kenpouq.exblog.jp/25451502/

昨日に続き、今日から7回連続で、ナチスの具体的な手口について述べます。
ナチス政権は、1933年2月27日夜に起された国会議事堂放火事件(炎上事件とも呼ばれる)の翌朝、即ち1933年2月28日朝、「民族および国家の保護のためのライヒ大統領令」を発布し、大統領は事実上の戒厳令を布きました。

この大統領令は、冒頭で次のように述べています。
「ライヒ憲法〔=ヴァイマル憲法〕第48条第2項に基づき、共産主義的な、国家公安を害する暴力行為を防止するため、以下のことを命令する。」

大統領令は、これに続けて、ワイマール憲法第48条第2項に掲げられた7つの条文を具体的にあげ、すべての基本権を停止しています。

今回は、114条〔人身の自由〕についてです。ナチスは、この条文を停止しました。

第114条〔人身の自由〕
 人身の自由は、これを侵してはならない。公権力による人身の自由の侵害または剥奪は、法律の根拠に基づいてのみ許される。
 自由を剥奪される者は、遅くともその翌日に、いかなる官庁によりいかなる理由で自由が剥奪されたのかを知らされるものとし、これらの者に対しては、遅滞なく、その自由剥に対して異議を申し立てる機会を与えなければならない。

文中の、ライヒは「国」を意味します。
ヴァイマルは、一般的には「ワイマール」と表記されています。

この内容と問題点を正確に伝えるために、次の文献を引用しました。
高田敏(たかだ・びん)・初宿正典(しやけ・まさのり)編訳
『ドイツ憲法集〔第3版〕』〈講義案シリーズ17〉(2001年、信山社)

なお、国会議事堂放火事件を利用したナチスの手口の全体像、ワイマール憲法の各条文の内容等についての詳細は、8月3日付の憲法便り号外(7)をご覧ください。


※本書『心踊る平和憲法誕生の時代』の注文については、こちらから
[PR]

by kenpou-dayori | 2013-08-06 08:00 | ナチス
2013年 07月 13日

憲法便り#114 吉田茂首相特集(第六回) 『回想十年』に記した、「押し付け憲法」論への反論

今日は、2013年5月6日に紹介した吉田茂元首相の文章の再録です。ブログの中で埋もれてしまわないように、吉田茂首相特集に含めました。
吉田茂元首相が『回想十年』に書いた、「押し付け憲法」論への反論を、『心躍る平和憲法誕生の時代』の「プロローグ①」に収録してありますので、その部分を紹介します。

三つのプロローグより
プロローグ①・・・吉田元首相が『回想十年』に記した「押し付け憲法」論への反論

冒頭で、まず吉田茂元首相の『回想十年』第二巻第八章(四十九~五十一頁)に記された、「押し付け憲法」論への反論を紹介する。この文章を読むと、まるで彼が現在の政治状況を見ているような説得力を持っている。
声高に憲法改正を叫んでいる安倍首相にも、孫である麻生太郎副総理にも、素直な気持ちで読んで、是非とも勉強して欲しい文章である。

c0295254_5502660.jpg


七、私の見る憲法批判論議

押しつけ憲法ということ このようにして公布された憲法が、翌二十二年五月三日から発効したことは誰も知る通りである。然るに、この憲法については、それが占領軍の強権によって日本国民に押し付けられたものだとする批評が近頃強く世の中に行われている。それは改正論議が喧しくなるに連れて特に甚だしいようである。しかし私はその制定当時の責任者としての経験から、押しつけられたという点に、必ずしも全幅的に同意し難いものを覚えるのである。
成るほど、最初の原案作成の際に当っては、終戦直後の特殊な事情もあって、可成り積極的に、せき立ててきたこと、また内容に関する注文のあったことなどは、前述のとおりであるが、さればといって、その後の交渉経過中、徹頭徹尾「強圧的」もしくは「強制的」というのではなかった。わが方の専門家、担当官の意見に十分耳を傾け、わが方の言分、主張に聴従した場合も少なくなかった。また彼我の議論がなかなか決しない際などには、先方としてよくいったことは、「とにかく、一応実施して成績を見ることにしてはどうか、案外うまくゆくということもある、やってみて、どうしても不都合だというならば、適当の時期に再検討し、必要ならば改めればよいではないか」ということであった(註)。そういう次第で、時の経過とともに、彼我の応酬は次第に円熟して、協議的、相談的となってきたことは、偽りなき事実である。

一応国民の良識と総意を反映 また、いわゆる草案が出来上がってからは、国内手続きとしても、枢密院、衆議院及び貴族院という三段階の公的機関において審議を経たのである。これらの機関の顧問官または議員のうちには、第一流の憲法学者をはじめ、法律、政治、官界のいわゆる学識経験者を網羅しており、しかもこれらの人々は占領下とはいいながら、その言論には何等の拘束を受くることなく、縦横無尽に論議を尽したのである。すなわち憲法問題に関する限り、一応当時のわが国の国民の良識と総意が、あの憲法議会に表現されたのである。
 新憲法は終戦直後、軍事占領下に制定されたという点を特に強調する論があるが、外国の憲法制定をみても、戦時とか非常時とかに生まれたものが多く、普通、平常の場合というのは案外少ないようである。故に制定当時の事情にこだわって、余り多く神経を尖らせることは妥当ではないように思う。要は、新憲法そのものが、国家国民の利害に副うか否かである。
 国民としては、新憲法が一たび制定された上は、その特色、長所を十分に理解し、その真意を汲み取り、運用を誤らざるように致すことが大切なのである。憲法は一国の基本法である。「千古不磨の大典」とまでいわざるも、一たび公布された以上は、これを尊重してその運用よろしきを得るよう務むべきである。「不都合な点があれば改めればよい」といった前述の総司令部側の発言も、日本側を納得させるための説得の言であったと私は解する。強圧ではなかった証左の一つであるともいえる。」
 この後、吉田茂は五十三頁で次のように述べている。

改正の功を急ぐこと勿れ 憲法改正の如き重大事は、仮にそのこと有りとするも、一内閣や一政党の問題ではない。もちろん私といえども、永遠に改正を不可とするものではない。また現行憲法の運用に対して、国民が絶えず批判的精神を持っている必要もまた十分にこれを認める。国民の総意がどうしても憲法を改正せねばならぬというところまできて、それが何らかの形で表面に現れた時に、初めて改正に乗り出すべきである。換言すれば、相当の年月をかけて、十分国民の総意を聴取し、広く検討審議を重ね、しかも飽くまで民主的手続を踏んで、改正に至るべきである。一内閣や一政党が改正の功をあせるがごときは強く排撃せねばならぬ。」(以下、略)

c0295254_5384785.jpg


c0295254_5392665.jpg


c0295254_5402510.jpg


掲載した『回想十年』第二巻の外函の写真と本文の複写は、故吉田茂首相の著作権者であるお孫さん(麻生太郎氏ではない)、及び初版を出版した新潮社の著作権管理室の許諾を得て使用しております。

※本書『心踊る平和憲法誕生の時代』の注文については、こちらから
[PR]

by kenpou-dayori | 2013-07-13 07:00 | 吉田茂
2013年 07月 12日

憲法便り#112 吉田茂首相特集(第五回) 昭和21年11月3日 憲法公布記念日のラジオ放送

2013年 07月 12日
憲法便り#112 吉田茂首相特集(第五回) 昭和21年11月3日 憲法公布記念日のラジオ放送

吉田茂首相は昭和21年3日午後8時から約10分間『日本国憲法の公布に当って』と題してラジオ放送しました。
翌11月4日付の『朝日新聞』、『毎日新聞』、『讀賣報知』の報道はいずれも要約で、『毎日新聞』は東京版と大阪版で文章の違いがあります。
したがって、ここでは共同通信配信の全文を掲載した『山形新聞』を引用します。

『山形新聞』昭和21年11月4日付一面より
「理想実現に努めん 世界人類の進歩へ 首相放送」


「諸君、本日新しい日本国憲法が公布せられました、天皇陛下におかせられましては勅語を賜り、全国民に対し新憲法の意義と今後我が国の進むべき途につきしたしくおさとしになりましたことは、まことに恐懼(きょうく)に堪えません、昨年我が国が受諾せるポツダム宣言並に降伏文書には『日本国々民の間における民主々義的傾向の復活強化に対する一切の障碍を除去し言論、宗教および思想の自由並に基本的人権の尊重すべきこと』並に『日本国の政治の最終の形態は日本国国民の自由に表明する意思により決定さるべきこと』という条項があるのであります、本日平和日本の向わなければならぬ大道を明かにしたものであります、これによって国家の基本法たる憲法の根本的改正が絶対に必要となったのであります、
政府は前内閣以来鋭意それに関する調査立案を進め成案を得て過般の第九十回帝国議会の議に附せられたのであります、議会においては六月下旬より十月中旬に至るまで実に前後百十四日間という議会始まって以来未曾有の長期に亘って議会における代表者を通じて確定したもの、言い換えれば真剣なる論議を尽し貴衆両院共に政府原案に若干の適正なる修正を加え十月七日をもって新憲法は可決成立いたしたのであります
即ちこの憲法はその前文に明かな通り日本国民が選んだ議会に国民の自由に表明した意思による憲法であります、しかしこの憲法は天皇を日本国および国民統合の象徴を(と)明記し人類普遍の原理に基き且徹底した平和主義によって国家再建の基礎を固め、国民の福祉を永久に保障せんとするものであります、また世界に率先して戦争を放棄し、自由と平和を希求する世界人類の理想をその条章に明記いたしますとともに常に基本的人権を尊重し、真の民主々義国家を建設せんとする国民の決意を明かにしたものであります、我々国民はこれによって高い理想をかかげて一路祖国再建の途へと進まんとするものであります(*)、即ち我々は常にこの理想に生き力を合せてその運行につき常に新憲法の精神にのっとり、その理想に努力いたさんとするのであります、現在の国民の努力は次々に次代の国民によって受け継がれ真の平和国家文化国家として再建し、全世界の尊敬と信頼とを集めんとするものであります、私はこの憲法の下我々国民がたえざる努力を続けますならば必ずや我が日本は国民の幸福を確保し、更に進んで世界人類の進歩に偉大な貢献をするにいたりますことを堅く信じて疑いません、かくしてこの理想の実現する日我々の子孫は我々が新憲法の公布を祝賀して国家再建のための努力を誓い合った、この昭和二十一年十一月三日を深く感銘をもって回想することと信ずるのであります、本日この意義深い日に当りまして私は全国民諸君と共に新日本を建設せんとするの決意をここに更に堅くする次第であります」

※本書『心踊る平和憲法誕生の時代』の注文については、こちらから
[PR]

by kenpou-dayori | 2013-07-12 07:00 | 吉田茂