全国二十二紙が報道した『憲法草案要綱』
今日は、昭和20年12月26日に発表された「憲法研究会」の『憲法草案要綱』を、12月28日から30日にかけて、全国の二十二紙が報道した時の様子を紹介します。
「憲法研究会」案が公表されるまでに政府が公表していたのは、松本国務相が12月8日に衆議院予算総会で答弁した「松本四原則」だけでした。その第一項は「天皇の統治権総攬は不変」ですから、それに比して「憲法研究会」案は、対極にある革新的な内容でした。
(その全文は、次に紹介する
『憲法便り#74』を参照して下さい。)
最初は、12月28日の報道した大手三紙を、『讀賣報知』、『毎日新聞』、『朝日新聞』の順で紹介します。
紹介の順序を、これまでの順序と変えたのは、記事の扱い、見出しの印象の強さから判断したことによります。
第一は、昭和二十年十二月二十八日付『讀賣報知』の一面トップ記事です。
解説とともに草案要綱全文を掲載し。経済の條章に高い評価を与えています。
【見出し】
「民間側の新憲法草案 憲法研究會 首相に手交」
「統治權は國民に 天皇は國家的儀禮を司る 國民の權利義務も明確に保證」
【記事】
日本の民主主義體制確立の重要なる根幹をなす憲法の民主化については今や朝野の間に白熱的なる論が展開されてゐるが、政府における松本國務相を中心とする官制的な憲法調査の機關に對應し民間人の立場から廣く在野の有識者をもつて構成せる憲法研究會では、十一月上旬より高野岩三郎、馬場恒吾、杉森孝次郎、森戸辰男、岩淵辰雄、室伏高信、鈴木安蔵の七氏を中心として研究を進めつゝあつたところ、この程成案を得たので廿六日室伏氏らの代表者が首相官邸を訪問右の草案を幣原首相に手交した」(注:幣原首相には会えなかった)
「該案は先づ根本原則として
(一)天皇は國政を親裁せられず國政一切の最高責任者は内閣としたことで、所謂天皇大權は名實共に議會派の手に移される、從つて天皇は單に國家的儀禮を司るに留る
(二)國民の自由を確保するためその權利、義務は憲法においてこれを明確に保證する
(三)議會は二院制よりなるが第一院の權限は第二院に優先することにし第二院は各機能の代表者をもつてする解散の如きも國民投票により決定する
等であるがその他内閣、法、會計、財政、經濟等各般に亙り民主主義の原則を徹底せしめたもので特に經濟の條章をあげてゐることは注目に値する」
第二は、昭和二十年十二月二十八日付『毎日新聞』の一面トップ記事です。
【見出し】
憲法改正 民間の草案
「統治權の主體・國民 議會は國民投票により解散 首相は兩院議長推薦」
【記事】
毎日新聞も解説と共に草案要綱全文を報じている。その中で、憲法研究会の代表者が首相官邸を訪問した日時を、二十六日午後一時と伝えている。解説は次の通り。
「高野岩三郎、馬場恒吾、杉森孝次郎、森戸辰男、岩淵辰雄、室伏高信、鈴木安蔵の諸氏は憲法研究會を組織、民間憲法研究機関として活揆なる研究を行なつてゐたが、このほど憲法草案要綱を脱稿したので代表者は廿六日午後一時首相官邸を訪問、參考として次の草案要綱を手交した
憲法研究會案の統治權、國民權利義務、議會、内閣諸章の大略は既報したが、同案は憲法の徹底的民主化を圖り統治權の主体は國民にあり、天皇は單に國家的儀禮を司るのみであり、國民の權利義務は基本權を基調として規定されてをり、また第一院(衆議院)の權限を特に強化すると共に議院、内閣制を規定する等諸□の点に相當思ひ切つた改革を含んでゐる」
因みに、翌二十九日付けの『毎日新聞』は一面で、
憲法民間草案の意図 鈴木安蔵氏に聴くと題して談話を掲載しているが、その見出しを、「原則論は共和制」「天皇 君臨すれど統治せず」としている。
第三は、昭和二十年十二月二十八日付『朝日新聞』の一面記事です。
朝日新聞は、一面トップの扱いはしていませんが、解説とともに草案要綱全文を報じています。
解説文は短いものですが、要点を的確に述べています。特に、憲法研究会に関して「民間憲法改正研究の権威あるもの」との評価を書き添えており、その点も注目に値する。以下に全文を紹介します。
【見出し】
「統治権は国民に」「憲法研究会 草案、政府へ提出」
【記事】
政府の憲法改正に関する調査の進渉に伴ひ同問題に対する一般の関心も昂められてゐるが、民間憲法改正研究の權威あるものとして注目されてゐた憲法研究會は二十七日憲法草案要綱を参考として政府へ提出した
同研究會は民間の憲法學者、評論家で構成され高野岩三郎、馬場恒吾、杉森孝次郎、森戸辰男、岩淵辰雄、室伏高信、鈴木安蔵の七氏が起草委員である。
上記三紙と同じ12月28日に、次の二紙も、七名の起草委員名とともに全文報道をしています。
『中部毎日新聞』
『西日本新聞』
その他、地方紙17紙の紙名及び報道日のみを紹介します。
〔12月29日〕
『北海道新聞』『新岩手日報』『河北新報』『秋田魁新報』
『山形新聞』『新潟日報』『北国毎日新聞』『福井新聞』
『静岡新聞』『合同新聞』『香川日日新聞』『愛媛新聞』
『高知新聞』『佐賀新聞』『熊本日日新聞』
〔12月30日〕
『神奈川新聞』(全文報道)
『京都新聞』(社説)
上記17紙のうち、全文報道したのは『神奈川新聞』の一紙のみ。
『秋田魁新報』は抜粋、
『香川日日新聞』は「第六章 会計及財政」まで、
『佐賀新聞』は「第三章 議会」までという部分的収録。
それ以外の13紙は、共同通信が配信した同文の記事です。
説明文では「全文左の如し」と書かれていますが、実際は「第四章 内閣」までの収録で、(以下略)となっています。
なお、『東京新聞』は、翌年一月五日から七日まで、鈴木安蔵の解説付きで(上)(中)(下)三回の連載を行っていいます。その主な中見出しは、
(上)一、「統治権、国民に発す」「共和制への前段階性」、二、「『臣民』概念を排除」「人権に積極的新規定」、
(中)三、「職能的第二院創設」「国民投票で議会解散」、四、「内閣は議会に対し責任負う」、五、「租税原則を明記」
(下)八、「過渡的な二重性格」「発展的改正の必然性含む」
などであす。
「発展的改正」とは、憲法研究会の論議の中で、十年後には共和制に移行するであろうという共通認識があり、「真に透明な民主主義国家」を実現するための改正を意味しています。
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