「憲法改革を人民の手に」
今日は、昭和20年12月29日付『讀賣報知』に掲載された、見出しも文章も痛快な「社説」を紹介します。
【見出し】
「憲法改革を人民の手に」
【記事】
政府は憲法改正の大綱をすでに決定、いよいよ各条の改正審議に入ると称しているが、民間側でも今回憲法研究会が全条項を具備せる新憲法の草案を起草し、これを政府に提出した。先には共産党でも新憲法の骨子なるものが発表されている。政府の憲法改正が天皇と人民との間の統治権の関係につき、今なお煩瑣(はんさ)哲学的なややこしい規定を維持し、今次大戦で極めて明らかとなった大権濫用の余地を多分に残しているとき、現下の民主主義革命の内容を広く採り入れた憲法草案が民間でどしどし作成され、憲法問題に対する国民の関心が高められるのはよいことである。
しかし、憲法研究会の草案は憲法改正ではなく、新憲法の作成を目的とし、反動的な欽定憲法に比し多分の新鮮味を示しているのは事実であるが、現下進行しつつある民主主義革命の内容を余すところなく反映しうるや否やはなお疑問とせねばなるまい。法律技術の巧拙は問わぬが、これがまだまだ民間憲法の決定版でないこというまでもない。現に右憲法研究会の内部にも憲法草案中に日本共和国の樹立を明確に規定せんとする少数派が存在する。明治の民権運動時代には、官の草案中にも元老院草案の如き統治権について今次民間草案にほぼ匹敵するような進歩的規定を含んでいたと伝えられている。それが官僚の手にかかって漸時反動的な内容に転化されたのである。今憲法は官民ともに極めて微温的なスタートを切っている。人民の努めはこれを一歩一歩前進させることである。
そもそも、憲法の制定については二つの行き方がありうる。一つは当面せる民主主義の理想を具体化した憲法を先づ制定し、これを革命の槓桿(こうかん=てこ)として利用しつつ現実に民主主義を建設確立することである。その第二は民主革命の結果として出来上がった政治状態を消極的に反映する憲法を作ることである。現下の日本民主主義革命では前者の方法がとられるならば、国家社会の改革が極めてスムースに進むことは疑いない。しかしそのためには先づきわめて高遠な理想を掲げる革命政権が存在することを前提とする。日本にはいまその政権はない。従って現実は第二の方法に従って動かざるをえまい。ただ第二の方法を出来るだけ第一の方法に近づけること、即ち出来るだけ早く革命的な憲法を制定し、これに革命的な役割をも演じさせ、民主革命の徹底を促進させることである。
民間憲法草案の起草の意義もまたこの点にあると考えられる。外圧の下で開始された日本の民主主義革命は果してどこまで行くべきであるか、また行くか。新憲法の内容はこの疑問への回答によって決まる。而して民間憲法起草の危険もまたそこに伏在する。即ち革命進行の全過程を見透しえずに、中途半端な規定を設け、却って革命の進行にブレーキをかける惧れもある。だから、民間憲法の場合においては特に革命の全過程を見透し、これを全面的に憲法の内容に採り入れねばならぬ。民間憲法は革命の綱領であらねばならぬのだ。
今次の民間草案で特に目新しいのは人民の権利を相当詳細に規定し、また経済条項の設けられていることである。再び専制勢力によって人民の権利が侵害されないように周到な規定が必要である。特に人民が一定の生活水準を保障される権利は今大戦後の新民主主義の基本的な要請となっている。これなくして政治の民主主義も確保されえない。経済条項はこれが実現のために必要となるのであって、その他になお多数の法律、社会保険(保障)、社会政策の広汎な体系が樹立され、多大の努力が払われねばならぬのである。これは革命綱領たる憲法として当然な行き方である。
いづれにせよ、新日本の憲法は主権在民、一定生活水準の享受をも含めた人民の諸権利を確保し、封建的遺制の撤廃、ファシズム、ミリタリズム再興の防止を完璧にせねばならぬ。他の諸規定はいかにもあれ、これが実現されなければ憲法改革は全く無意味となる。ところが政府は第三の奇怪な道をとっている。それは革命中道の現状を憲法化し、それ以上の革命の進行を阻止しようと企てているかに見える。革命にふさわしく新憲法を制定するのではなく、旧憲法を修正しようとしている。このような小手先細工の修正は革命が進行すれば忽ち覆され、二度も三度も手習草紙のように憲法を書換える結果に終るかも知れぬ。それ以上は、憲法改正の明文に従って、合法的に実行不可能というのかも知れない。それならば国民の要求するところは、先づ人民の手で憲法議会を召集し、人民の手で憲法を改革しうるだけの憲法改革を政府が行うことである。政府の各条審議など無用のことだ。要は、法三章的の条文で憲法改革を人民の手に移転し、解放することに尽きるのである。
〔注:法三章(ほうさんしょう)=漢の高祖が、秦の煩雑で苛酷な法を廃止して公布した殺人、傷害、窃盗のみを罰するという三カ条の法。転じて、法を極めて簡略にすること〕(『広辞苑』より)
※本書『心踊る平和憲法誕生の時代』の注文については、
こちらから