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岩田行雄の憲法便り・日刊憲法新聞

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2013年 08月 16日

憲法便り#206 朝日新聞は敗戦をどう伝えたか?

すでに昨日の憲法便り#202で示した通り、八月一四日付で「終戦」の詔書が、新聞及びラジオ放送を通じて国民に知らされました。

昭和二十年八月十五日、『朝日新聞』は次の見出しのもと、日本政府の「ポツダム」宣言受諾について、その経緯と詔書を伝えています。

【見出し】
「戰爭終結の大詔渙發さる」
「新爆彈の慘害に大御心
帝國、四國宣言を受諾
畏し、萬世の爲大平を開く」

【記事】
「大東亞戰爭は遂にその目的を達し得ずして終結するのやむなきにいたつた、科學史上未曾有の慘虐なる效力を有する原子爆彈とこれに續いて突如として起つたソ聯の參戰とは、大東亞戰爭を決定的な段階にまで追ひ込んだ、九日午前に開かれた最高戰爭指導會議と、これに引續いて同日午後二回に亙つて開かれた臨時閣議において帝國戰力の徹底的測定と諸般の國際状勢に關する檢討とが行はれたのをきつかけとして、大東亞戰爭終結の方式は急速なる進捗を見せ、同夜半畏くも 天皇陛下の親臨の下、最高戰爭指導會議が開かれ、帝國の基本方針こゝに決定、帝國政府は、これを中立國を通じて米英支蘇の四箇國に通達したのである、このポツダム宣言に対する帝國政府の通告文の要旨は「日本政府はポツダム宣言が 陛下の國家統治の大權を變更するがごとき如何なる要求をも含まざるものとの諒解の下に同宣言を受諾する用意ある」旨のものであつた、これに対する米英支蘇の公式回答は十三日朝帝國政府に到達、我方の通告文とこの四國政府の回答文とを繞り閣議を始めとして統帥と國務の最高首腦部の間において『國體の護持』といふ最後の一線に關する全く眞劍なる論議が重ねられたのであるが、結局十四日の御前會議において忝き聖斷を拜し、この大御心によつて四箇國の回答文を受諾するといふ方向は一決、ここに大証は嚴かに渙發せられ、大東亞戰爭は遂に終結を見ることゝなつたのである」
(注:「詔書」全文は、昨日の憲法便り#202に掲載したので、省略)

この記事に「詔書」の文言が続くと、一読しただけでは「國體ヲ護持シ得」たように見える。
だが、すでに詳しく述べてきたように、これは日本政府の国民騙しの手口に他ならず、翻訳技術上の違いや、解釈の違いという問題ではない。


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by kenpou-dayori | 2013-08-16 07:30 | 太平洋戦争日歴


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