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岩田行雄の憲法便り・日刊憲法新聞

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2013年 10月 02日

憲法便り#344 歴史の証言『ヒットラ来り去る』より、第三話「自由なきペンの兵」 

今日は、①9月17日二面掲載の前ベルリン支局長守山義雄著「失われた言論:離反する“思想の闇”、勝利のみが支えた独裁」からの三回目、「自由なきペンの兵」の部分を紹介する。(旧字体の漢字、および旧仮名づかいは改めた。)

【訂正のお知らせ】今回の見出しが、当初「自由なるペンの兵」となっていましたが、「自由なきペンの兵」の誤りなので、訂正します。10月3日午前10時。

【自由なきペンの兵】
「チャーチルの言葉は敵をすら納得せしめ頷かせた。ヒットラの言葉は味方をすら慄然とせしめ、眉をしかめさせた。勝敗の帰趨は、すでにこの一事をもってしても、決っていたといってよい。もちろん正邪と強弱は別ものであり、したがってナチスの武力が発作的に全欧をきり従えることは可能であったろう。しかし自他ともにゆるす常識と倫理の裏打ちのない異常武力は、決して長つづきするものではない。口先きでは欧州新秩序を唱えながらも、やることなすことがすべて『独逸民族没(?)優秀論』という狭嗌な唯我独尊を一歩も出でなかったナチスが、侵略戦争の名のもとに自国民からも背かれ、ついに全ヨーロッパから袋叩きにあったのも、やはり天に唾きした自らの罪であった。そのナチス独逸と日本は盟邦の契りを結んでいた。そして筆者らはいわゆる盟邦の記者であった。両国の戦時プロパガンダ政策の垣根からは一歩も外へ出られない。いわば戦うために戦列に加えられた一個の兵隊にすぎなかった。兵隊に自由がないごとく、ペンの自由をもたないのがいわゆる全体主義国家における新聞である。

 たとえば独逸の新聞にもいろんな批評がのっていた。映画批評あり、音楽会の批評あり、絵の展覧会の批評がある。もちろん時にはヒットラ演説の批評もある。しかしどの批評をみても、ただ褒めてあるばかりで、ほんとうに人々を納得せしめる正しい批判というものにはついにおめにかかれなかった。従ってナチスの新聞だけをよみ、ラジオだけをきいていると独逸国内はいたって円満、よいことづくめで何一つ相克はなかった。それは極度の強権政治、極端な独裁機構をもっていたナチスとしては当然のゆき方であった。自分自身があまりにも批判されうる多くのものをもちすぎていたために、すべての批判を禁じてしまったのだ。そして能事終れりとなした。ナチスの幹部たちは自分のつくっている新聞の紙面に陶酔し、国民の総意の赴くところを見誤ってしまったのだ。独逸の悲劇はそこに胚胎していた。おそるべし、あの独裁、かの強権をもってしても、民衆が自由に頭の中に描く思想は統御できなかったのである。ご法度の『批判』は沈黙のうちになされた。街頭でゆるされない「考えごと」は自分の私室へひきさがって行われた。不気味な沈黙のうちに、将軍たちは党の独断的作戦の失敗をひそかに指摘し、学者たちは狭嗌なナチスの民族理論にこっそりとメスを加え、民衆は互いに目で語りあって昔の自由を憧れた。そこにおそるべき『思想の闇』が生じてきたことは当然すぎるほどの当然であった。同じ『闇』でも食料品や衣類の闇はまだ罪が浅い。独逸の闇はそういうケチな闇ではない。独逸民族がもっている世界観にふかく根をおろした堂々たる思想の『闇』である。殊に欧州戦争の決戦ともいうべきあのノルマンヂーの一戦に敗れて以来、この『闇』は暗さをまし深さを加えた。民衆の闇だけではない。祖国の国境を守って立つ前線の将兵の胸にまでこの闇はひたひたと忍びこんだ。もうそうなればおしまいである。戦争はおしまいだ。闇が明るみへでようとしてもがくとき、そこに惨憺たる敗戦が待っていたのである。こうしてナチス・独逸は崩るる如くに倒れてしまった。」
(次回は、第四話『盲聾唖の奴隷状態』です)

前ベルリン支局長 守山義雄著「ヒットラ来り去る」の見出し一覧。 
①9月17日二面 失われた言論:離反する“思想の闇”、勝利のみが支えた独裁。
②9月18日二面 制服文化の失敗:沙漠のナチス楼閣、恐喝者をつくる教育。
 (9月19日、20日は刊行停止)
③9月21日四面 ルーレットと戦争:切りあげの“潮どき”、運命かけた恐ろしい偶然。
④9月23日二面 開戦の秘密:遂に陥る侵略の轍、鍍金のはげた戦争目的。
⑤9月24日二面 英雄国を滅ぼす:買手なき“民族理論”、こけおどしの「舞台美術」。
⑥9月25日二面 世界戦の遺:業病の血、軍国主義。同胞よ、新鮮な空気の中に。


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by kenpou-dayori | 2013-10-02 08:00 | ナチス


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