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岩田行雄の憲法便り・日刊憲法新聞

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2013年 11月 05日

千倍返し②初版:副総理麻生太郎氏の「ナチス発言」に史実を以って反論する

麻生太郎氏の「ナチス発言」は、あまりにも不見識で、粗雑である。
しかし、残念ながら、この発言に対する詳細な、あるいは有効な反論を目にしていない。したがって、抗議の意思表示とともに、史実を以って反論しておく。

正確を期するため長文なるので目次をたて、下記の順で述べる。
第一項 はじめに・・・抗議の意見表明
第二項 「ナチス発言」について論述するに至った経緯
第三項 典拠とした文献
第四項 「ナチス憲法」出現の時代背景
第五項 「ナチス憲法」の全体像
第六項 ナチスの手口一覧表(1)~(21)
第七項 ナチスの手口とその根拠となった法律
第八項 まとめ


【第一項】はじめに・・・抗議の意見表明
2013年8月2日付の『憲法便り号外(6)』で、私は、「麻生太郎副総理の「ナチス」発言に断固抗議する!」と題して見解を表明した。
今回、ここで新たに加筆した部分を含め、改めて抗議の意思を表明する。

「麻生太郎副総理の「ナチス」発言は、どのように言い訳をしても、発言を撤回しても、また今後どのように取り繕っても、決して、それで許されるものではない。
彼は、元総理大臣でもあり、この発言は歴史に残る重大発言である。
この発言について日本では「有耶無耶(うやむや)」にすることは出来ても、国際社会では決して通用しない、恥ずべき発言である。
麻生太郎氏は、即刻、副総理の職を辞し、国会議員も辞職すべきである。そして、一切の政治活動をやめるべきである。」

「この発言について日本では「有耶無耶(うやむや)」にすることは出来ても、国際社会では決して通用しない、恥ずべき発言である。」は、今回の執筆に当って、加筆した部分である。

「ワイマール憲法は、いつの間にか変わっていた」という麻生太郎氏の発言は、まったくの誤りであり、デタラメである。不勉強なのか、嘘を言っているのか。そのどちらにしても、政治家として失格である。

以下、史実に基づき、そのデタラメと危険性を明らかにする。


【第二項】「ナチス発言」について論述するに至った経緯
7月18日:参院選投票日が目前に迫った7月18日に、下記の寄稿文を東京革新懇に提出。
7月24日:即ち参院選投票日の三日後に、東京革新懇への寄稿文を『憲法便り号外(2)』で公表。
題名は「ナチスの手口と酷似した改憲派の攻撃を撥ね返そう!」。
これは、麻生太郎氏の「ナチス発言」に先立つものである。

〔寄稿文〕「ナチスの手口と酷似した改憲派の攻撃を撥ね返そう!」
〔寄稿文の冒頭〕
「国会議事堂の放火したのは共産党だ!」。1933年2月、ナチスが政権を獲得した直後の放火事件。ナチスはこの事件を口実に、共産党を徹底的に弾圧し、さらに憲法の基本的人権に関する一連の条項を停止する緊急条例を発布。第二次大戦後、放火はゲーリングらナチス犯行説が有力となったが、真相は不明。
放火事件を利用したナチスの手口と、改憲派のデタラメ言いたい放題及び言論抑圧の手口は酷似している。
改憲派は「占領下の日本政府にGHQが草案を押し付けた」と繰り返し、事実関係については嘘も含めて言いたい放題で世論を誘導している。日本が占領下にあったこと、GHQが草案を提示したことは事実であるが、当時の世論や国民の姿には一切ふれない。一方、平和憲法を護ろうとする側も、様々な憲法書を読んでも、当時の「憲法民主化」の世論や国民が平和憲法を歓迎した姿に確信を持って運動を進める材料が乏しかった。
4月に緊急出版した『心踊る平和憲法誕生の時代』は、正確な歴史的事実を以って「押し付け憲法」論に対して痛烈な反撃を行い、護憲運動にとっては大きな確信につながる憲法書である。
(以下、略)

7月30日:7月29日に行った講演での、麻生太郎副総理大臣の「ナチス発言」が報じられ、大きな問題として取り上げられるようになる。
8月2日:『憲法便り号外(6)』において「麻生太郎副総理大臣の「ナチス」発言に断固抗議する!」を発表。、
8月3日:『憲法便り号外(7)』において、「ナチスは国会議事堂放火事件の翌朝に(ワイマール)憲法の基本権を停止した!」を発表。
私は、東京革新懇ニュースへの寄稿文を書いた時点では、勿論、麻生太郎のあまりにも「バカ」正直な発言までは予見していなかったが、ブログでの「ナチスの憲法」についての連載の準備に取り掛かっていたので、夏休みをとることなく、予定を繰り上げて連載を続けた。

8月5日:『憲法便り#169』で、「ナチスの手口」についての連載を開始。
8月5日:『東京革新懇ニュース』7・8月合併号発行
8月26日:21回にわたる「ナチスの手口」の連載を完了。
(【第六項】参照。なお、「ナチス」のタグで検索するとナチス関連項目あり)

八月半ばに、妻宛に届いた知人・新堰義昭さんからの暑中お見舞いに、私の寄稿文についての感想が述べられていましたので、ご本人の了解を得て、ここに紹介します。
「さて、行雄さんの原稿は、ナチスの国会放火事件を切り口に書かれていますが、その後、例の麻生副総理の暴言があり、改憲勢力の本質を見抜く先見性に関心しております。」
これは、とても嬉しい感想です!!!


【第三項】典拠とした文献
内容と問題点を正確に伝えるために、次の文献を引用した。
高田敏(たかだ・びん)・初宿正典(しやけ・まさのり)編訳
『ドイツ憲法集〔第3版〕』〈講義案シリーズ17〉(2001年、信山社、)
同書には、各憲法の訳文のほか、詳しい原注、訳者注が収録されている。
訳者の意向を考慮して、「ワイマール」を「ヴァイマル」と表記した。

同書の「目次」は次の通り。(全323頁)
 ドイツ憲法略史 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1頁
 1.フランクフルト憲法(1849年3月28日)・・・・・17頁
 2.プロイセン憲法(1850年1月31日)・・・・・・・53頁
 3.ビスマルク憲法(1871年4月16日)・・・・・・・83頁
 4.ヴァイマル憲法(1919年8月11日)・・・・・・111頁
 5.ナチスの憲法(1933年-1934年)・・・・・・153頁
 6.ドイツ民主共和国憲法(1968年4月6日)・・・・173頁
 7.ドイツ連邦共和国基本法(1949年5月23日)・・209頁
 おわりに――ドイツ憲法と日本 ・・・・・・・・・・・・295頁


【4.「ナチス憲法」出現の時代背景】
「ナチスの憲法」が出現した時代背景については、下記の文献の7ページの前半をそのまま引用する。
ただし、読み易くするために、適宜、改行し、行間もあけてある。
高田敏(たかだ・びん)・初宿正典(しやけ・まさのり)編訳
『ドイツ憲法集〔第3版〕』〈講義案シリーズ17〉(2001年、信山社)より

「7 ナチス・ドイツの憲法(1933~1934)

第一次大戦におけるドイツの敗北によって1919年6月28日に締結された《ヴェルサイユ条約》には、ドイツにとってはきわめて屈辱的な内容が盛り込まれており、これがドイツにとってきわめて大きな不満をもたらすことになり、それが、ヴァイマル体制の崩壊の大きな誘因となったといえる。

ヴァイマル共和国の初期はテロと一揆があいつぐ不安定期であったが、第2期の1924年頃になって経済的にも安定期に入ったドイツは、国際連盟に加入(1926年)し、国際的にも地位を改善した。

しかし1929年の世界恐慌に始まる第3期に入ると、失業者が増大し、ナチス党(民族社会主義ドイツ労働者党)と共産党が急速に勢力を伸ばしていく。とくにナチスは、1930年9月14日の選挙では一挙に社会民主党についで第二党となり、さらに1932年には得票数が倍増してついに第一党に躍進した。

その後、1932年11月の選挙ではナチス党の議席数はいったん減少し、同年12月3日にはシュライヒャー内閣が成立するが、その内閣はたった2ヶ月たらずで翌1933年1月30日にはヒトラーに取って代わられ、2月1日にはライヒ議会が解散され、同年3月5日のヴァイマル共和国最後の選挙ではナチスが一大躍進し、《ヒトラーの時代》に移ることになる。(以下、略)」


【第五項】「ナチスの憲法」の全体像(ライヒ大統領令および主要な法律)
「ナチスの憲法」と呼ばれるものは、「日本国憲法」のように体系化されたものではない。
「ナチスの憲法」とは、「ワイマール憲法」の機能を停止した「民族および国家の保護のためのライヒ大統領令(1933年2月28日)」およびそれに続く一連の法律のことを指す。
それ故、「ナチス憲法」と呼ばずに、「ナチスの憲法」と呼ばれる。

以下に、「ナチスの憲法」の全体像を示す。

Iが、「ナチスの憲法」の始まりとなる、「ライヒ大統領令」である。
Ⅱは、「授権法」あるいは「全権委任法」と呼ばれるもので、不勉強なコメンテーターなどが、麻生副総理の「ナチス発言」後に、中途半端に話題にしている法律だが、これは「ナチスの憲法」の始まりでも、全体を示すものでもない。

I 民族および国家の保護のためのライヒ大統領令(1933年2月28日)
Ⅱ 民族および国家の危難を除去するための法律(1933年3月24日)
Ⅲ ラントとライヒとの均制化に関する暫定法律(1933年3月31日)
Ⅳ ラントとライヒとの均制化に関する第二法律(1933年4月7日)
Ⅴ 職業官吏制の再建に関する法律・・・・・・・(1933年4月7日)
Ⅵ 国民投票法・・・・・・・・・・・・・・・・(1933年7月14日)
Ⅶ 政党新設禁止法・・・・・・・・・・・・・・(1933年7月14日)
Ⅷ 党および国家の統一を確保するための法律・・(1933年12月1日)
Ⅸ ライヒの改造に関する法律・・・・・・・・・(1934年1月30日)
Ⅹ ライヒ参議院の廃止に関する法律・・・・・・(1934年2月14日)
ⅩⅠ ドイツ国元首に関する法律・・・・・・・・(1934年8月1日)

「ナチスの憲法」は、1933年2月28日の「ライヒ大統領令」の公布即施行から、わずか1カ月と7日間で、ワイマール憲法において保障されたあらゆる基本権を剥奪する。
そして、「ライヒ大統領令」公布即施行から1年5か月後の1934年8月1日に、ヒトラーにあらゆる権限を集中する独裁体制を「合法的」に完成する。
これは決して「いつの間にか」ではない。


【第六項】ナチスの手口(1)~(21)
上記の一連の法律名を見ただけでは、ナチスが、その法律で、何を行ったかはよく判らない。
したがって、それを判り易く紹介するために、主要な問題点を強調する「見出し」をつけた『憲法便り』をここに再録する。
ただし、これはあくまでも、主要な問題点を強調した見出しであって、すべてを表したものではない。それ故、詳しくは、『憲法便り』の各号を参照して頂きたい。

〔注〕それぞれを見るのは面倒だという人のために、
次の【第七項 ナチスの手口及びその根拠となった法律】で、【第五項「ナチスの憲法」の全体像(ライヒ大統領令および主要な法律)】と【第六項 ナチスの手口(1)~(21)】の関係を簡単にまとめてある。

〔ナチスの手口一覧表〕
憲法便り#169 日本共産党の皆さん必見!ナチスの手口(1)共産党弾圧
憲法便り#172 ナチスの手口(2)「人身の自由」の剥奪
憲法便り#175 ナチスの手口(3)「住居の不可侵」を侵す
憲法便り#178 ナチスの手口(4)「信書・郵便・電信・電話の秘密」への干渉
憲法便り#181 ナチスの手口(5)「意見表明の自由、検閲の禁止」を葬り去る
憲法便り#186 ナチスの手口(6)「集会の自由」の圧殺
憲法便り#188 ナチスの手口(7)「結社の自由」を奪う
憲法便り#192 ナチスの手口(8)「所有権、公用収用の規定」の侵害
憲法便り#196 ナチスの手口(9)地方自治権の破壊
憲法便り#200 ナチスの手口(10)法律無視、最高刑死刑の厳罰化
憲法便り#204 ナチスの手口(11)大統領令発布、即施行
憲法便り#207 「ナチスの憲法」の全体像についてまとめました
憲法便り#211 ナチスの憲法(12)立憲主義否定、政府が立法、憲法に違反出来る条文を規定
憲法便り#214 ナチスの手口(13)法律で地方自治破壊、共産党の議席を剥奪
憲法便り#216 ナチスの手口(14)「ライヒ総督法」を定め、総督による地方直接支配確立
憲法便り#219 ナチスの手口(15)共産主義者、社会民主主義者、非アーリア人種の官吏罷免
憲法便り#222 ナチスの手口(16)「国民投票法」の施行による、国民投票の改悪
憲法便り#225 ナチスの手口(17)政党新設禁止法
憲法便り#228 ナチスの手口(18)立法により、党と国家の一元化をはかる
憲法便り#231 ナチスの手口(19)立法により各州の議会廃止、国への州の従属
憲法便り#234 ナチスの手口(20)立法により参議院を廃止し、一院制に
憲法便り#237 ナチスの手口(21)大統領職をヒトラーの総理大臣職に統合
憲法便り#240 「ナチスの憲法」出現の時代背景
憲法便り#243 ナチス関連記事のまとめ:ナチスの手口(1)~(21)ほか


【第七項 ナチスの手口及びその根拠となった法律】
第六項でも述べたことだが、「ナチスの手口」の見出しはあくまでも、主要な問題点を強調した見出しであって、すべてを表したものではない。それ故、詳しくは、『憲法便り』の各号を参照して頂きたい。
なお、§の印を付したものは、実際の法律の訳文を引用したものである。

I 民族および国家の保護のためのライヒ大統領令(1933年2月28日)
 1933年2月27日夜、国会議事堂放火事件(炎上事件とも呼ばれる)があった。
翌2月28日朝八時、ナチス政権は「民族および国家の保護のためのライヒ大統領令」を公布、即施行という強硬手段をとった。
これは、明らかに、予め仕組まれた陰謀であった。
ナチスはこの「ライヒ大統領令」により、即日、ワイマール憲法の基本権をすべて停止し、民主的なワイマール憲法を窒息させた!
そして、共産党への徹底的な弾圧を開始した。
これが、いわゆる「ナチスの憲法」の始まりである。
国会議事堂放火事件を利用した大統領令の発布は、1月30日にヒトラーが首相に就任し、ナチス政権が誕生してからわずか1カ月後のことである。
「ワイマール憲法は、いつの間にか変わっていた」という麻生太郎氏の発言は、まったくの誤りであり、デタラメである。
一夜にして、ドイツを事実上の戒厳令状態にした、ナチスの手口を見習うということは、民主主義の破壊を意味する。

以下は、1933年2月28日の「ライヒ大統領令」公布・即日施行により、ナチスが実行に移した、基本権の権利侵害、剥奪、弾圧である。
  憲法便り#169 日本共産党の皆さん必見!ナチスの手口(1)共産党弾圧
憲法便り#172 ナチスの手口(2)「人身の自由」の剥奪
憲法便り#175 ナチスの手口(3)「住居の不可侵」を侵す
憲法便り#178 ナチスの手口(4)「信書・郵便・電信・電話の秘密」への干渉
憲法便り#181 ナチスの手口(5)「意見表明の自由、検閲の禁止」を葬り去る
憲法便り#186 ナチスの手口(6)「集会の自由」の圧殺
憲法便り#188 ナチスの手口(7)「結社の自由」を奪う
憲法便り#192 ナチスの手口(8)「所有権、公用収用の規定」の侵害
憲法便り#196 ナチスの手口(9)地方自治権の破壊
憲法便り#200 ナチスの手口(10)法律無視、最高刑死刑の厳罰化
憲法便り#204 ナチスの手口(11)大統領令発布、即施行

Ⅱ 民族および国家の危難を除去するための法律(1933年3月24日)
   憲法便り#211 ナチスの憲法(12)立憲主義否定、政府が立法、憲法に違反出来る条文を規定

Ⅲ ラントとライヒとの均制化に関する暫定法律(1933年3月31日)
   憲法便り#214 ナチスの手口(13)法律で地方自治破壊、共産党の議席を剥奪

Ⅳ ラントとライヒとの均制化に関する第二法律(1933年4月7日)
   憲法便り#216 ナチスの手口(14)「ライヒ総督法」を定め、総督による地方直接支配確立

Ⅴ 職業官吏制の再建に関する法律・・・・・・・(1933年4月7日)
   憲法便り#219 ナチスの手口(15)共産主義者、社会民主主義者、非アーリア人種の官吏罷免

Ⅵ 国民投票法・・・・・・・・・・・・・・・・(1933年7月14日)
   憲法便り#222 ナチスの手口(16)「国民投票法」の施行による、国民投票の改悪

Ⅶ 政党新設禁止法・・・・・・・・・・・・・・(1933年7月14日)
憲法便り#225 ナチスの手口(17)政党新設禁止法
§1〔唯一の政党としての民族社会主義ドイツ労働者党〕
    ドイツにおいて存在する唯一の政党は、民族社会主義ドイツ労働者党である。

Ⅷ 党および国家の統一を確保するための法律・・(1933年12月1日)
   憲法便り#228 ナチスの手口(18)立法により党と国家の一元化をはかる
§1〔民族社会主義ドイツ労働者党と国家の統合〕
(1)民族社会主義革命が勝利をおさめた後、民族社会主義ドイツ労働者党は、ドイツ国家思想の担い手となり、国家と不可分に統合しているものとする。

Ⅸ ライヒの改造に関する法律・・・・・・・・・(1934年1月30日)
   憲法便り#231 ナチスの手口(19)立法により各州の議会廃止、国への州の従属
§1〔ラント議会の廃止〕
    各ラントの議会はこれを廃止する。
§2〔ラントのライヒへの従属〕
(1)各ラントの高権は、これをライヒに移譲する。
(2)ラント政府はライヒ政府に従属する。
§3〔内務大臣による地方長官の監督〕
    地方長官はライヒ内務大臣の職務上の監督に服する。
§4〔内務大臣の命令制定権〕
    ライヒ政府は新憲法を制定することができる。

Ⅹ ライヒ参議院の廃止に関する法律・・・・・・(1934年2月14日)
   憲法便り#234 ナチスの手口(20)立法により参議院を廃止し、一院制に

ⅩⅠ ドイツ国元首に関する法律・・・・・・・・(1934年8月1日)
    憲法便り#237 ナチスの手口(21)大統領職をヒトラーの総理大臣職に統合
§1〔大統領官職の総理大臣官職への統合〕
    ライヒ大統領の官職は、ライヒ総理大臣の官職に統合される。これにより、ライヒ大統領の従来の権限は、総統・ライヒ総理大臣アードルフ・ヒトラーに移譲される。ヒトラーはその代理者を定めるものとする。


【第八項 まとめ】
以上、ナチスの手口について、史実に基づいて、明らかにしてきた。
全体を通してお読み下さった方は、自民党および改憲派の主張、現在、安倍内閣が「秘密保護法」を始めとする弾圧法案の成立を急ぐ政治状況とあまりにも「酷似」していることに、驚かれたことと思う。

国会議事堂放火事件を利用した「ライヒ大統領令」の公布は、1月30日にヒトラーが首相に就任し、ナチス政権が誕生してからわずか1カ月後のことである。
ナチスはこの「ライヒ大統領令」により、即日、ワイマール憲法の基本権をすべて停止し、民主的なワイマール憲法を窒息させた!
「ワイマール憲法は、いつの間にか変わっていた」という麻生太郎氏の発言は、まったくの誤りであり、デタラメである。
一夜にして、ドイツを事実上の戒厳令状態にした、ナチスの手口を見習うということは、民主主義の破壊を意味する。
したがって、麻生太郎氏の「ナチス発言」を放置することは、極めて危険なことである。

ひたすら、対米従属を強め、戦争への道を「積極的平和主義」という、まやかしの表現で国民を欺こうとしている安倍政権の暴走を許してはならないと強く思う。


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by kenpou-dayori | 2013-11-05 19:00 | 国会議員・政党関連


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