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岩田行雄の憲法便り・日刊憲法新聞

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2015年 05月 08日

憲法便り#957:吉田茂首相特集(第一回) 「戦争放棄に関する答弁」(その1)北 昤吉議員へ

2015年5月8日(金)(憲法千話)

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以下は、【再録】の記事です。

憲法便り#104 吉田茂首相特集(第一回) 「戦争放棄に関する答弁」(その1)北 昤吉議員へ
[ 2013-07-08 07:00 ]

今日から六回連続で、吉田茂首相の発言を特集します。

吉田茂を知る年代の人たちには、繰り返し放映されて来た「ばかやろ―」解散の映像だけが強く印象に残っているのではないかと思います。
彼が戦前に外交官として果した役割を強く非難し、全否定する人から、私が講演を行った後の懇親会の席で、他の参加者の存在を無視して、突然激しく長時間にわたって喰ってかかられたこともあります。
しかしながら、私は彼が平和憲法誕生に果した役割及びその後に述べた見解を、冷静にそして率直に評価しています。

第90回帝国議会衆議院本会議 昭和21年6月25日(火)の質疑より
北 昤吉(りょうきち)議員(日本自由党)の質問要点
「進んで永世局外中立運動を起こすべし」


北 議員 それから、戦争放棄の第二章に移ります。勿論、我々は、この憲法の特色は、国内において民主化を徹底するのみならず、国の内外にわたって、その平和思想を徹底するという新段階に躍進せんとするのでありますから、この憲法の進歩性はここにあるのであると思いますが、私は、戦争に負けて武装解除をした国が、戦争を致しませぬというのは、貧乏者が赤貧に陥って居って、倹約致しますと言うのと同じことである、国際的には余り効果はない、これはむしろ進んで永世局外中立運動をおこして、この微力なる日本が平和に生活出来るように、内閣諸公の用意と準備がなければならぬと考えますが、内閣総理大臣、外務大臣等はこれについて何らかの態度を執っておられるのでしょうか(拍手)。これを承りたい。
勿論、理論的に言えば、この自衛権の場合は、相手が武器を持ち、こっちは空手であっても、自分の貞操もしくは名誉を擁護する場合には、敢然と反対するのが日本の国民の本当の基本的の権利です。これは、国家の基本的権利と言わざるを得ないのじゃないか。実質的な陸海空の三軍を設けないという憲法の規定であるから、これは設けても宜しいが、一部の人は突如として、天皇と国民の権利義務の二つの章の間に、こういうものを入れるより、天皇の章の前に持って来て、総論的に入れたらどうかという説もあります。更に進んで、この憲法の前文「プレアンブル」の中に入れたらどうかという説もあります。体裁としては、この二つの何れもが、是よりも宜しいでしょうが、しかし、この憲法の草案が発表されましたときに、マッカーサー元帥が、日本の憲法の進歩性、非常に特色のある進歩性として指摘しましたところのこの条項でありますから、当局としては、変更は困難を感じますと想像いたします。
政府は、どうかこの規定は、日本が平和生活を愛するのみならず、世界に向かって平和生活の勧告をする、平和運動の尖端に立つ覚悟があることを示すために、何らかの政治的工作をしなければならぬ義務があると私は考える(拍手)。そうしなければこの憲法は進歩的であるということが、画餅に属する。
この前の大戦後、ドイツが戦争に負けまして、ワイマール憲法が出来た時は、世界の最も進歩的な、近代的な憲法だと言われたが、その運用を誤って、小党分立して、最右党から最左党まで、絶えず国内闘争をことと致して居ったがために、連立内閣、短命内閣の連続であります。遂に「デモクラシー」は失敗し、「デモクラシー」は労力的にも金銭的にも、あまり効果的ではないという印象を与えて、「ヒトラー」運動の台頭を促した。世間では、あれを称して、社会党と共産党が共同戦線を張ったら「ヒトラー」運動は起らなかった、この二つの政党の共同戦線を張らざりしことに原因を求めて居るが、私は、ドイツの欧州大戦後、即ち国内政治の失敗、民主主義政治の失敗が「ヒトラー」運動を起したと思って居る(拍手)。イタリーの「ファッショ」運動もそこにある。「デモクラシー」が完全なる限り、「ナチス」運動や、「ファシズム」運動は起らない。
不健全で失敗した時は、混沌たる無政府状態よりは、「ストロング・ハンド」、強き手に依る何らかの政治が宜しい、二つの悪きものを選ぶ時に、少なき悪いものを選ぶ、これが「ファッショ」や「ナチス」の台頭の所以であります。
政府は、これに十分に注意しなければならぬ。しかるに、憲法でこういう規定を掲げながら、国内においては、いたるところ戦闘準備―やあ人民戦線だ、やあ民主戦線だ―戦争放棄、平和主義のものは、いやしくも戦いという名を、国内においては、私は用うべからざるものであると考えるのであります(拍手)。諸君はいかに考えますか。国内世論の闘争の連続は、国際的な波乱を生ずる、一種の準備行動と考えざるを得ない。

吉田総理大臣 その他、戦争放棄に関するご質問もございましたが、これはご意見の通りであります。日本と致しましては、新平和国家の建設、日本が再建せらるる場合において、平和主義に徹底し、民主主義に徹底するためには、かくのごとき新しい条項を憲法の中に入るることが、先ほど申しました国際情勢から考えて見て、必要と考えるのであります。また、かくすることに依って、日本自身が平和国家団体の魁になるということを考えての、この憲法の条章の規定なのであります。

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(官報号外 昭和21年6月26日)

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by kenpou-dayori | 2015-05-08 20:47 | 吉田茂


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