2015年7月30日(木)(憲法千話)
憲法便り#1084 安倍政治とナチスの手口:立憲主義否定、政府が立法、憲法に違反出来る条文を規定
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以下は、【再録】です。
2013年 08月 17日
憲法便り#211 ナチスの手口(12) 立憲主義否定、政府が立法、憲法に違反出来る条文を規定
「ナチスの憲法」と呼ばれるものには、「日本国憲法」のように体系化されたものはありません。「ワイマール憲法」の機能を停止した大統領令およびそれに続く一連の法律のことを指します。
したがって、「ナチス憲法」と呼ばずに、「ナチスの憲法」と呼ばれます。
I については、すでに詳しく紹介しましたが、これが「ナチスの憲法」の始まりです。
Ⅱは、「授権法」あるいは「全権委任法」と呼ばれるもので、現在、テレビのコメンテーターなどが、麻生副総理の「ナチス発言」後に、話題にしている法律ですが、これは「ナチスの憲法」の始まりでも、全体を示すものでもありません。
全体像は、下記のI-XIの法律群を指します。
今回は、二番目の法律について紹介します。
Ⅱ 民族および国家の危難を除去するための法律」(1933年3月24日)(注2)
ライヒ議会は、次の法律を議決した。この法律は、憲法改正立法の要件を充たしたことを確認された後、ライヒ参議院の同意を得てここに公布する。
第1条〔ライヒ政府の法律制定権〕
ライヒの法律は、ライヒ憲法に定める手続きによるのほか、ライヒ政府によってもこれを議決することができる。ライヒ憲法第85条第2項および第87条に掲げられた法律についてもまた同じ。
第2条〔政府制定法律の憲法に対する優位〕
ライヒ政府が議決したライヒ法律は、ライヒ議会およびライヒ参議院の制度それ自体を対象としない限り、ライヒ憲法に違反することができる。ライヒ大統領の権利は、これにより影響を受けない。(注3)
第3条〔政府制定法律の公布・施行、等〕
ライヒ政府が議決したライヒの法律は、ライヒ総理大臣が認証し、ドイツ国官報をもって公布する。他の別段の定めのない限り、このライヒ法律は、公布の翌日より施行される。ライヒ憲法68条から第77条までの規定は、ライヒ政府の議決する法律にはこれを規定しない。
第4条〔条約の締結〕
ライヒが外国との間に締結する条約であってライヒ立法の対象に関するものは、立法参与機関の同意を要しない。右の条約を実施するため必要な法規は、ライヒ政府がこれを規定する。(注4)
第5条〔本法の施行・有効期間等〕
本法は公布の日よりこれを施行する。本法は、1937年4月1日をもってその効力を失う。また本法は、現ライヒ政府から他の政府への交替があった場合にも、効力を失うものとする。(注5)
ベルリーンにて, 1933年3月24日
ライヒ大統領 フォン・ヒンデンブルク
ライヒ総理大臣 アードルフ・ヒトラー
ライヒ内務大臣 フリック
ライヒ外務大臣 フライヘル・フォン・ノイラート
ライヒ財務大臣 グラーフ・シュヴェリーン・フォン・クロージク
(注2)本法は、憲法改正法律(Verfassungsaenderndes Gesetz:ヴァイマル憲法第76条)として制定されたものである。ナチスは、3月5日の総選挙に際して、暴力的干渉を行ったにもかかわらず、絶対多数を得られなかったため、憲法改正法律成立の要件(3分の2の出席、その3分の2の賛成)を充たすべく、さらに暴力・詐術等を用い、本法を成立させた。
本法は、「授権法」(Ermaechtigungsgesete)と称されるが、その内容に即して、「全権授権法」とか「全権委任法」とか訳されている。それは、本法が、第1条において政府も法律を制定し得ることを定めて近代立憲主義を否定し、第2条において政府の法律が憲法に違反し得ることをこととしたからである。
本法は、直接には、ライヒの立法について定めたヴァイマル憲法第68条乃至77条(同憲法第5章。ただし第71条を除く)(下記に岩田注1)を事実上廃止したこととなり、これ以降、議会による立法は(たとえば1935年9月15日の「ライヒ公民法」(Reichsbuergergesetz,RGB1.IS.1146)や本法の期限延長法(注(5)参照)のような)若干の例外を除いて、ほとんど政府による立法によって取って代られることとなった。しかし、実際には、本法第2条により、ヴァイマル憲法全体を葬り去ったものとなった。本法の内容からして、本法はナチス国家の「暫定的憲法」(Vorlaeufige Verfassung)と呼ばれることがある。なお、注(3)参照)
また本法は、限時法とされていたが(第5条)、結局、1945年まで効力を有し続けたのである。本法のその後の経緯については、後注(5)参照
(注3)~(注5)は省略(岩田)。
(岩田注1)ヴァイマル憲法第5章の構成は次の通り。(条文は省略)
第5章 ライヒの立法
第68条〔法律案の提出〕
第69条〔ライヒ政府の法律案提出〕
第70条〔法律の認証、公布〕
第71条〔ライヒ法律の発効〕
第72条〔公布の延期〕
第73条〔国民投票〕
第74条〔ライヒ参議院の異議権〕
第75条〔国民投票による無効〕
第76条〔憲法改正の方法〕
第77条〔ライヒ法律執行のための行政規則〕
「ナチスの憲法」の全体像
I 民族および国家の保護のためのライヒ大統領令(1933年2月28日)
Ⅱ 民族および国家の危難を除去するための法律(1933年3月24日)
Ⅲ ラントとライヒとの均制化に関する暫定法律(1933年3月31日)
Ⅳ ラントとライヒとの均制化に関する第二法律(1933年4月7日)
Ⅴ 職業官吏制の再建に関する法律・・・・・・・(1933年4月7日)
Ⅵ 国民投票法・・・・・・・・・・・・・・・・(1933年7月14日)
Ⅶ 政党新設禁止法・・・・・・・・・・・・・・(1933年7月14日)
Ⅷ 党および国家の統一を確保するための法律・・(1933年12月1日)
Ⅸ ライヒの改造に関する法律・・・・・・・・・(1934年1月30日)
Ⅹ ライヒ参議院の廃止に関する法律・・・・・・(1934年2月14日)
ⅩⅠ ドイツ国元首に関する法律・・・・・・・・(1934年8月1日)
文中の、ライヒは「国」、ラントは「州」を意味します。
ヴァイマルは、一般的には「ワイマール」と表記されています。
この内容と問題点を正確に伝えるために、次の文献を引用しました。
高田敏(たかだ・びん)・初宿正典(しやけ・まさのり)編訳
『ドイツ憲法集〔第3版〕』〈講義案シリーズ17〉(2001年、信山社)