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岩田行雄の憲法便り・日刊憲法新聞

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2017年 10月 23日

憲法便り#2215:【平和俳句】「栗おこわ 見るたび思う 母の味」(2017年10月21日 岩田行雄作)

2017年10月23日(月)(憲法千話)

憲法便り#2215:【平和俳句】「栗おこわ 見るたび思う 母の味」(2017年10月21日 岩田行雄作)

昭和20年3月の東京大空襲直後、私の家族は、母方の親戚を頼って、最初は小高、次に小名浜に疎開した。
だが、8月9日、米軍の空爆により家は全焼した。

敗戦後、東京・葛飾に戻った。
住んでいた借家は、焼けずに残っていた。

昭和26年、小学校3年の時、平和な空の下の秋季大運動会。
私は、リレーのアンカーだった。

母は、妹をおんぶして、ゴールの真正面に陣取っていた。
昼の弁当は、うずら豆の入った栗おこわ。

病弱だった母は、翌年の運動会を見ることなく、
40歳で世を去った。

*この句は、東京新聞の平和俳句に応募しようと思ったものですが、撰者の好みに依って不採用になるのでは母に申し訳ないので、ここで発表することにしました。

*10月21日付で発表したのは、下記のような思い出があるからです。
*私が早稲田大学学生の3年の時、アメリカのベトナム侵略船頭反対の国際的な運動10・21が始めれらた。
その直前、友人の結婚式に出席するために、九州に行った。行く先々で、10・21のポスターを見かけ、取り組みの広がりを実感した。
10・21の当日、早稲田大学の構内で、学生の大集会が取り組まれた。
私も参加するために大学に行ったが、早稲田大学は「休校」だった。私は、「さすが、早稲田大学」と思った。
だが、これは私の思い違いで、10月21日は、早稲田大学の創立記念日で、休みだった。



by kenpou-dayori | 2017-10-23 12:59 | 川柳・俳句・短歌・狂歌


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