2020年6月29日(月)(憲法千話)
憲法便り#3414:落合百景:新宿区下落合の「氷川神社」を紹介します!
禰宜の守山さんから、いろいろとご説明をいただきました。
その中には、太平洋戦争末期の衝撃的な証言も含まれています。
本殿を背景にした、禰宜の守山さんの写真。守山さんは、私たちと同じ
下落合町会 知久会(ちきゅうかい)の会員さんでもあり親しみが持てます。
鮮やかな紫の袴の色が、デジカメの性能の限界で、きれいに出ていないのが、残念です。
参道から、氷川神社の本殿を臨む。
本殿
神楽殿 毎年秋祭りに、落合四丁内の子供たちによる合同の落合囃子が披露されてきたが、今年は、神社本庁が全国の神社に通達を送り、コロナ感染症対策のため、中止となった。
本殿前左側の、親子の狛犬。有名な石工の作と伝えられる。
熱心な狛犬ファンがいて、全国から訪れてくるとのこと。
太平洋戦争末期の米軍による焼夷弾攻撃を受けたが、焼け残った。
本殿手前右側の狛犬。これも作者は同じ。
太平洋戦争末期の米軍による焼夷弾攻撃を受けたが、焼け残った。
日露戦争戦役記念碑
太平洋戦争末期の米軍による焼夷弾攻撃を受けたが、焼け残った。
消防記念之碑
米軍の焼夷弾攻撃は、予めガソリンを撒き、さらに焼夷弾にガソリンをかけて、
麦わら屋根の木造家屋を焼き尽くす戦術をとっていたとのこと。
大きな火の玉が、大きな火のこを撒き散らしながら、低空を飛んでいった。
この作戦の際、米軍機が氷川神社の真上を通ったため、まともに被害を受けた。
焼夷弾は山手線の線路方向へ100メートル程のところに着弾した。