2021年5月28日(金)(憲法千話)
憲法便り#5074:昔懐かしいイタリア映画『鉄道員』のパンフレットを神田神保町の矢口書店から入手しました! 日本運輸サービス労働組合連合会第4回大会へのメッセージを書くための参考資料です!
【ものがたり】
50才のクリスマスを迎えたイタリアの鉄道機関士、アンドレア・マルコッチは、末っ子のサンドロから英雄のように慕われていた。というのは父親は銀モールに輝く制帽をかぶり、最新式の電気機関車を運転し、誰よりもたくさん酒を飲み、誰よりも巧みにギターをひくことが出来るからである。
だが、長女のジュリアと長男のマルチェロには、厳格で律義で一本気な父親の態度がやりきれなかった。長女にも長男にも、それぞれ早急に解決しなければならない問題があったから、この二人がやがて父親と衝突することは避けられない成り行きだった。それを今まで持ちこらえてこられたのも、やさしく献身的な母親サーラがいればこそであった。
長女のジュリアは近所の食料店の青年レナートを愛していたが、すこし前から二人のなかはしっくりといかなくなっていた。その上、彼女はレナートの子を宿していた。そのことを知って激しく怒った父親は、娘にレナートとの結婚を急がせた。すべてをあきらめたジュリアはレナートと結婚式をあげた。しかし、まもなく彼女が流産してから、夫との仲もうまく運ばなくなってしまった。
長男のマルチェロは、夫の犠牲になって忍従の生活を送ってきた母親に深く同情していたが、それだけに横暴な父を憎むあまり、わが家をきらって、町の不良とつきあうになっていた。ただ末っ子のサンドロだけが、相変わらず無邪気にふるまっていた。少年は幸福を夢見ていたのだ。
月日が矢のように過ぎていった。ある日、アンドレアが運転する列車へ向かって、ひとりの若者が身を投げた。彼は急ブレーキをかけたが、ついに間にあわなかった。それをひどく気に病んだ彼は、その直後、赤信号をみそこなって、驀進してくる列車と衝突事故を起こしそうになった。
この事件によってアレサンドレアは取り調べを受け、とうとう操車場の機関士に格下げされてしまった。彼は労働組合大会の時にも自分の立場を懸命に訴えたが、親友のリヴェラーニを除いては、親身になって考えてくれる人は少なかった。アンドレアは緊張続きの激務に神経をすりへらしながら働いている機関士の生活を、みんなにわかってもらいたかったのである。
この事件以来、アンドレアは激しく悩み、酒の量もとみに増加して、まるで人が変ったようになってしまった。この不幸な出来事は不可抗力のものではあったが、彼の心はいよいよ孤独に、いよいよすさんでいった。
ある日、アンドレアの家にとうとう破局が訪れた。ジュリアのことが原因で激しく父親とジュリアが衝突した。激昂した父は仲裁に入った母にも手をかけた。これを見た長男のマルチェロは、父を憎み、家を出てしまった。ジュリアも夫との生活に耐えきれずに夫の家を出て、洗濯女工に自活の道を求めてしまった。こうしてアンドレアの家は、急に淋しくなった。
そのうちに鉄道のゼネストが決行された。アンドレアは無二の親友リヴェラーニの手を振り切って、敢然と、再び最新式の電気機関車を運転した。しかし、このヒロイズムも、同志を裏切るストライキ破りには変わりなかった。その結果、彼は全く孤立し、人びとの冷たい眼は、罪もないサンドロ少年の上にまで浴びせかけられた。これは一体なぜなのか、どうしてパパだけが除け者にされるのか、サンドロ少年には理解できなかった。
それを知ってからアンドレアは、ぷっつり職場へ行かなくなった。毎日、酒場から酒場へと入りびたって、妻ともサンドロとも口をきかなくなってしまった。外泊する夜も多くなった。少年には、それがたまらなく淋しかった。そこでリヴェラーニおじさんの助けをかりて、父の姿を酒場にもとめ歩いた。
そしてある晩、一軒の酒場に疲れ果てた父の姿を見つけた。少年は父を家につれ帰ろうとした。アンドレアは、いたいけな我が子の愛情にほだされ、さそわれるままに、リヴェラーニたち旧友がたむろする酒場に入った。そこは機関車仲間が、いつも仕事が終わると楽しく酒をくみかわし、ギターをひきながら合唱して、たがいの友情をあたためあった思い出の場所である。
ところが、旧友たちは気持ちよくアンドレアを迎えてくれた。よみがえる友情、愛の楽しさ。彼は以前のように仲間の中心になってギターをひき、久しぶりに愉快に酒を飲むことができた。が、ついに彼は泥酔して、卒中のために倒れてしまった。それから三カ月、彼は病の床についた。
めぐりくるクリスマスの前夜。アンドレアは小康を得て、妻とサンドロと、三人きりでささやかなクリスマス・イブの食卓を囲んだ。その時、家出していた長男のマルチェロが、リヴェラーニに付き添われて戻ってきた。隣人たちも皆やってきた。クリスマスのパーティはたけなわとなった。その上、長女のジュリアから電話がかかってきて、涙もろくなった父親を感激させた。
アンドレアの心ははずみ、得意のギターをとって昔なつかしい曲をかなでた。何もかも以前にもどったようだった。
やがて夜半すぎ、みんなは教会へ出かけていった。家にはアンドレアと妻だけが残った。彼女は台所で、夫のためにコーヒーをわかしていた。アンドレアは寝台に横たわり、愛用のギターで妻のためにセレナーデを爪びきながら、台所の妻との話をしていた。
しばらくするとアンドレアの声はやみ、彼の手がギターから落ちた。最後の弦音を響かせながら……。