2022年12月23日(金)(憲法千話)
憲法便り#6831:守山義雄文集より「ベルリン特派員時代」【連載第31回】「西部戦線第二回従軍」(昭和十五年六月十三日発:アーヘンにて「西部戦線第二回従軍第一報」)
「西部戦線第二回目の従軍許可がおりて一行十二名は十二日朝にぎやかにベルリンを出発した。今度はまったくにぎやかといってよい。第一にドイツ軍が調子よくやってゐるところへもって来て、イタリヤが横合いから応援して飛出して来たので、まtったく勝戦さを見物に出かけると言った感じで、それに今度の外人記者団の顔触れはアメリカ、イタリヤ、スペイン、ハンガリー、スエーデン、チェッコ保護国、日本の各国から参加してゐるのでやかましいほどに話がはずむ。国と国との間には縺れ(もつれ)はあっても記者仲間はみんな仲がよいのだ。
ベルリンからアーヘンまで十一時間の自動車の中および第一宿泊地アーヘンのホテルの食卓でさすがに第一の人気者はイタリヤの諸君だ。前の日に英仏に向って勇ましく宣戦を布告した直後だけに張りきってゐる。イタリヤの有名な戦争記者でかつて支那事変勃発当時東京へも派遣されたことのあるガゼッタ・ヂ(ディ)・ポポロ紙の記者ウオルタ君がゐる。同君は、
『どうだ、イタリヤには先見の明がある大臣がゐるよ。ある大臣がね、ドイツ軍は六月十五日には必ず入城すると僕に話したことがある。だがそれが未だ北欧進撃のはじまらない、今から三ヶ月前に公言したのだからえらいじゃないか』
傍から、
『六月十五日までにはまだ三日ある、それまでに入れるかなぁ』
と横槍が入ると、
『大体その辺だよ、どんなに間違っても一週間とは違ひあるまいよ』
と大変な権幕、これを支持するのがスペインの某君。
『スペインはもはや中立国じゃないよ、非交戦国と看板を塗りかへたよ。昨日までのイタリヤのやうにもちろん将来はドイツ側に立って戦争に参加することもあらうじゃないか。第一に眼の前の英領ジブララルタルなどといふのは辛抱のできない存在だし、仏領モロッコにもスペイン人が多数民族を占めるところが沢山あるんだよ、そのちにみんな取返すんだ』
とこれまた温順しない。『じゃスペインはいつ参戦するんだ』と聞かれて『イタリヤがするまで数ヶ月間呼吸をはかったからね、スペインはこれから戦争の呼吸をはかるんだよハッハゝゝゝ』と結局笑ひ飛ばす。
アメリカの同僚達がこれを黙って聞いてゐる。そこで風廻りは日本に吹いてくる。見廻したところイタリヤが参戦してしまった結果、強力な中立国としてはほんたうの意味において日本だけより残ってゐない。ソ聯は一応ドイツ側にゼスチュアを見せてゐるし、残ってゐるものは日本だけだ。この日本がどう出るかといふことは世界の焦点だ。
そこでわれわれが国際記者団の質問の矢面に立たされる。
『一たい日本はどうするか、こんな絶好なチャンスはまたと来ないじゃないか、上海もとってしまへ、香港も頂戴しろ、結局はオーストラリヤまでやらんと嘘だよ』
遠慮のない強硬派の仲間はこんな調子で日本をけしかける。
『オイ、本気でいってゐるのか、君達ヨーロッパ人は日本がその通りになるとあとで文句をもちこむのじゃないか』
とこっちがやる。だいたい今度のヨーロッパ事変がはじまって弱小国がつぎからつぎへと抹殺され、ちょっと数へて見ても、ヨーロッパにおける日本の大使二名、公使三名が失業状態になってゐるといふ現状だから、大分西洋人の考へかたといふものは荒んで来た。武力によって国境線が変更されるといふことはこちらでは日常茶飯事なのだ。強い奴が勝つんだ、弱い奴は諦めろ、日本は強いんだからやればよいじゃないかといふのが日本贔屓の別の不思議でもない考へ方なのだ。
ヨーロッパがこんな大戦争になってしまって以来支那事変といふものはすっかり彼らの頭から忘れられてしまってゐる。ヨーロッパ戦争に日本がいついかなる方法で介入するかといふことが彼らの注目の焦点になのだ。まあいへば両陣営から引張凧といった恰好だ。引張凧の間はいゝが気がついて見るとあちらの戦争が済んでしまって、妙に風当りの強い、をかしな風が吹いてゐたといったことにならぬやうに気をつけなければならない。
さてドイツの西部国境都市アーヘンの夜の食卓における国際従軍記者団の会談は、第一に伊の軍事行動の限界探究、第二に日本の対欧態度如何、第三にドイツ軍がパリに開城降伏勧告の期限附き要求を突きつけるのはこゝ数日中の出来事であらうといふ三つの題目をめぐって夜更までつゞけられた。」(十三日午前二時記)
*次回は、【連載第32回】「陣中のヒ総統」(昭和十五年六月十三日発:ブラッセルにて、ベルリン経由十六日着電)