2022年12月23日(金)(憲法千話)
憲法便り#6832:守山義雄文集より「ベルリン特派員時代」【連載第32回】「陣中のヒ総統」(昭和十五年六月十三日発:ブラッセルにて、ベルリン経由十六日着電)
「十三日ドイツ軍占領下のブラッセルを第二回目に訪れた。三週間前占領直後に入った時でさへ街では平静の空気が漲っていたが、ドイツ軍を迎へて一ヶ月も経った今日では街の外観はすっかり落着いてベルギー人の運転する市内電車にドイツの兵隊と会社から帰りの若い職業婦人が仲良く乗ってゐるといふ調子で、軒並の商店は店を開き、人々は街頭に溢れ、占領後一ヶ月のブラッセルの印象は英、仏への執念を綺麗さっぱり見限ってドイツ軍にすっかり身を委せたという感じだ。
衣料品や食料品に切符制度は布かれてをらず、煙草が少くなりかけてゐる程度、物資はまだ豊富にあるやうだ。例のドイツの軍票も円滑に流通してゐる。たゞ街を走る自動車の半数以上がドイツ軍の灰色の車であることと、ドイツ兵の姿がベルリンの街で見るよりも多いことが数週間前まで戦場であったことを思はせる。こゝで一流のホテルメトロポールは占領直後にはドイツ軍司令部が入ってゐたが、今は司令部は引払って一般に営業を開始してゐる。しかしお客はドイツの軍人ばかり、こゝで宿泊することになったわれわれは、同夜ドイツ宣伝長官デイトリッヒ氏からホテルの晩餐に招かれた。
長官はヒットラー総統の後継者の一人とまで噂されるナチ少壮党員の大立者で、ヒットラー総統に最も近く接近する総統総監本部ブレーントラストの一人。
デイトリッヒ氏はわれわれにこんな話をした。
『これまでの世界歴史のうちで最も愚かな馬鹿げたことをわれわれは最近に経験した。それは英仏がドイツに向って戦争を吹っかけて来たことである。自分はこの戦争がすむと一つの書物が書きたい。その標題は”人間の馬鹿さ加減”
英仏の指導者たちが考へもなしに、ドイツに向って宣戦を布告したのは世にも愚かなことで、昨年十月六日の総統の平和演説にたいするチェンバレン英首相の回答演説はその標本である。しかし今となってはすでにおそい。ドイツはヨーロッパの新秩序を武力によって戦ひとるまであくまであくまで矛ををさめぬものだ。チェンバレン、チャーチル、レイノー、かういった民主主義、欺瞞政治家達のこのごろの落莫たる狼狽せる心情にはそゞろ同情されるが、それは自ら招いた罪で、ドイツの与り知らぬところである。五月十七日レイノー仏首相は、フランス政府はあくまでパリを去らずと立派に国民に誓ったが、今ではパリのどこを捜しても彼らの姿は見当らない。民心がかゝる指導者を離れて行くのは当然のことだ。諸君が見られる通りドイツの勝利は決定的となった。ドイツ、イタリヤの強さは若い新しきものゝ強さだ――』
デイトリッヒ氏はさらに記者の質問に答へてヒットラー総統の陣中生活についてはじめて少しばかり口を開いた。
『総統統監督本部がどこにあるかはもちろんいへないが、五月十日以来ヒットラー総統はいつも作戦の中心地にあり、一度もベルリンその他におもむいたことがないことはたしかだ。もちろん三軍を直接指揮するのだから非常に多忙で、一日の大部分は作戦協議に没頭してゐる。ある時には深夜二時、三時になることもある。睡眠時間は非常に少ない。陣中における総統唯一の慰安は読書のやうに思はれる。それから二度づつは必らず世界各国の新聞に目を通し、国際情勢の推移に注目されるやうだ。この間には戦線にも出動し、フランダースのガン、イーブルなどのごとき激戦のあった跡及びフランス領のリールをはじめ、まだ戦闘中のダンケルクの近くまで危険を冒して視察したこともあり、前線で総統を見た兵士たちは感激のあまりどっと総統を取巻くさまには、私たちも思はず嬉し涙をこぼしたものだ。私個人の印象をいへばヒットラー総統こそ戦術に優れた偉大な将軍である。もちろん作戦も自身で指導し、その作戦たるや時を費して慎重に計算したものであるが、一たん行動が開始されるや、一分一厘の隙もなく時間にすれば一秒まで正確に計算された通りに遂行されるが、恐ろしいばかりである。」
*次回は、【連載第33回】「パリ入城記」(昭和十五年六月十四日記:パリ入城従軍記第一報)