2023年4月10日(月)(憲法千話)
憲法便り#6938:凡人会編加藤周一著『ひとりでいいんです』の第六章「人生の一番大事な部分――最後の対話」より、「『朝日新聞』からの“要望”」と題された加藤さんへの政治的圧力について紹介します!
質問:私は政治権力のメディアへの介入ということと同時に、メディア、とくにテレビ・新聞などのマス・メディアが政治権力化しているという問題があるんじゃないかと考えています。報道のしかたで非常に大きな影響を及ぼしますからね。加藤さんご自身はメディアに執筆したり、出演される際に、何か規制を受けたというようなことはあるのでしょうか。
加藤 ありません。しかし、一回だけ政治問題で注文をつけられたことがあります。それは七一年の秋のことで、このとき私は初めて中国へ行きました。「米中ピンポン外交」といって、米中接近があり、日本政府がそれに反応して、やがて七二年に田中角栄が北京政府を承認するという流れですね。私が中国へ行ったのはさっき言った日中文化交流協会の一員としてです。
それで、日本に帰ってきてから中国についての記事を『朝日新聞』に書くことになった(「中国または人民の兵営」「中国注意」一九七二年所収)。そうしたら、学芸部長が面談を申し込んできた。会ってみると、「こんどウチの新聞に中国について書いてもらうことになったが、われわれは中国承認に社の方針を決めたので、お書きになる記事で中国批判をやらないでくれ」といった。それだけではわからないので、「具体的にどういうことか」と聞くと、要するに「中共」という言葉を使わないでほしいということでした。
「中共」というのは中国共産党の略称です。それがなぜいけないかというと、中国と台湾に二つの政府があって、台湾を「中華民国」として「国府」と呼び、他方、北京政府を「中共」と呼ぶとふたつの政府が併存しているということですから、中華人民共和国を承認していないということになる。だから、「中共」という言葉は具合が悪いので、社の方針として使わないでほしいという。
私は後にも先にも、そのとき一度だけ、『朝日新聞』にたいしてタンカを切った。だから何を言ったかよく覚えています。ちょっと我慢がならなかったですね。私は、「中国革命以来今日にいたるまで、「中共」という言葉を使っていたのは誰なんだ。『朝日新聞』なのか、私なのか。私はただの一回も中国を「中共」と呼んだことはない。私が「中共」という言葉を使うとすれば、文字通り中国共産党を意味する。中国は「中共」ではなく、「中国」と呼ぶ。中国を「中共」と呼んできたのは朝日新聞社だ。だから私が朝日新聞社に「中国」を「中共」と呼ぶのはおやめになったらいかかでしょうと言うのは成り立つが、朝日新聞社が私にたいしてそういう注意をするのはおかしい!」と声を荒らげて言いました。そしたら黙っていました。これ一度です。だから、メディアから圧力を受けて書く内容を変えたことはありません。