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岩田行雄の憲法便り・日刊憲法新聞

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2013年 09月 30日 ( 4 )


2013年 09月 30日

憲法便り#339 『朝日新聞』昭和20年9月30日「新聞、言論の自由へ」詳報

昭和二十年九月三十日付『朝日新聞』一面より、「新聞、言論の自由へ」を紹介する

連合国最高司令官のこの措置により、敗戦後も続いていた日本政府からの言論統制がなくなり、新聞報道は大きく変化する。
これまでは、おずおず「平和国家」論を展開していた大手三紙を含め、「民主化」報道、「憲法改正」論を積極的に展開するようになる。

「憲法改正」に関しては、「平和国家」の際と同様に、地方各紙が大手三紙に先行している。
「民主化」報道に関しては、『讀賣報知』が自社における民主化闘争を含めて見るべきものがある。

【見出し】
「制限法令を全廃
連合国司令官「新たなる措置」通達」

【記事】
「連合国最高司令官は二十九日午前十一時三十分新聞並に言論の自由に対する新たなる措置と題するつぎの指令を日本政府に通達した。
一、日本政府は新聞の自由並に通信の自由に関する平時並に戦時の制限の手段を即時停止すること
二、今後新聞そのほかの刊行物、無線並に国際電話電信、国内電信電話、郵便、映画そのほか一切の書面或は言葉に対する検閲に際しては最高司令官が特に承認した制限によってのみ取締まられる
三、輿論表示の一切の機関を完全に統制する権限を日本政府に賦与する制限法令が撤廃されるまでこれら法令の施行を停止すること
四、各新聞紙乃至各新聞社長或は新聞社員に対しては、彼等がいかなる政策乃至意見を表明しようとも最高司令官の命がない限り日本政府において絶対に処罰的措置に出ないこと、社説社論に対する処罰として出版許可の取消し、最高司令官の同意に先立っての逮捕、罰金の賦課並に用紙供給の削減等を課する日本政府の権限を今後行使しないこと
五、出版業者、著述家の強制的組織の存続を許さない
六、日本政府のいかなる機関も今後報道の禁止令を出すことが出来ない、かつ一切の言論機関に対し右機関の抱懐しない編集方針を強要するために直接乃至間接の圧迫を加へることができない
七、ニュースの頒布に関する一九四五年九月十日附最高司令官の指令並に新聞を政府と切離す一九四五年九月二十四日の指令と相容れない現行の平時並に戦時諸法令の各部分を撤廃すること、関係法令つぎの通り。
(イ)新聞紙法
(ロ)国家総動員法
(ハ)新聞紙等掲載禁止令
(ニ)新聞事業令
(ホ)言論出版集会結社等臨時取締法
(ヘ)言論出版集会結社等臨時取締法施行規則
(ト)戦時刑事特別法
(チ)国防保安法
(リ)軍機保護法
(ヌ)不穏文書取締法
(ル)軍用資源秘密保護法
(オ)重要産業団体令及び重要産業団体令施行規則
八、日本政府は毎月一日並に十六日毎に今回の命令並に九月十日附二十四日附命令に基き日本政府の取った措置の細目を記述した報告を最高司令官に提出すること

【見出し】
「五段階の措置完了」

【記事】
「連合国最高司令官は二十九日日本政府に対し新聞、映画、郵便、電信、電話その他書面によると口頭とを問はず一切の意思表示の方式の自由に対し制限を加える一切の法令を撤廃するやう要求した、その全文は次の通りである

日本政府はマックァーサー元帥の指令により新聞並に通信の自由に対する一切の制限を即時撤廃するよう命令された、右命令に基き日本政府は新聞、映画、郵便、電信、電話其の他書面によると口頭とを問はず一切の意思表示の自由に対し制限を課する総ての法令を撤廃しなければならぬ、関係法令の多数は一九〇九年(明治四十一年)にさかのぼるが法令の撤廃が実現するまでは日本政府において関係法令の施行を停止しなければならない、今回の措置は二十七日附で二十九日に午前日本政府に通達された、今回の措置により日本国内において新聞並にラジオの自由を促進し日本国民が戦争以前から押しつけられていた宣伝から解放され、正確かつ色のついてゐないニュースを提供するための五段階の措置が完了したわけである、五段階の措置は次の通り
一、新聞、ラジオ並に映画の検閲に関する九月十日附発表 右の発表は虚偽の報道、乃至公安を撹乱することを専ら目的とする通信機関を□□(二字不明)に統制する趣旨に出てゐる
二、九月十四日の日本新聞並に放送局に対する厳重な処分 右措置は日本言論界が最高司令官の命に応じ研究せる結果日本側がその宣伝を続けんとする意図が明らかになったからである
三、九月二十一日の検閲に関する新聞準則細目の発表
四、九月二十四日附の日本新聞を政府の統制から解放し日本国内に新聞自由主義を確立する途を開いた命令
五、東京の各紙が米人記者の天皇陛下謁見記に関する記事を掲載した為発売禁止の処分を受けた点に関連し検閲係長ドナルド・フーヴァ大佐は「今回の指令は九月二十七日附であるから当日実施されている各種の制限□□(二字不明)適用されるわけだ」との意向を洩らした、日本政府が発売を禁止した諸新聞に対しては連合国最高司令部検閲官から二十九日午後一時半以後当該新聞を頒布して差支へない旨通告し同時に日本政府に対しても以上の措置について通告した」

当時、日本の言論は、戦前から続いていた情報局によって統制されていた。
情報局は敗戦後もしばらく存続したが、同年(二十年)九月二十七日に天皇が連合国最高司令官マッカーサー元帥を訪問した際の写真を掲載した二十九日付けの東京各紙を発売禁止処分に付したのが契機となって、連合国総司令部から「新聞及び言論の自由への追加措置に関する覚書」(日付は遡及して九月二十七日付)を発したため、これによって情報局の言論・報道に対する指導と取締り機能が停止されることとなり、目的も「斡旋助長」(十一月一日改正官制)に衣替えした。しかし、結局、昭和二十年十二月三十一日廃止された。(『國史大辞典』の内閣情報局の項(内川芳美執筆)を引用)


※本書『心踊る平和憲法誕生の時代』の注文については、こちらから

by kenpou-dayori | 2013-09-30 15:00 | 戦後日本と憲法民主化報道
2013年 09月 30日

憲法便り#338 本日夕刊を発行:『朝日新聞』昭和20年9月30日「新聞、言論の自由へ」の詳報掲載

憲法便り#336『昭和20年9月30日の日歴』に掲載した「新聞、言論の自由へ」の全文を紹介します。


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by kenpou-dayori | 2013-09-30 10:00 | お知らせ
2013年 09月 30日

憲法便り#337 歴史の証言『ヒットラ来り去る』より、第一話「二つの戦勝演説」

昭和20年9月17日から25日までの間に、『ヒットラ来り去る』と題する連載が、下記の通り、6回にわたって掲載された。
筆者は、前ベルリン支局長守山義雄(1910-1964)。この連載を執筆した時、彼はちょうど30代半ばである。朝日新聞大阪本社勤務。

各回とも、第二次世界大戦中のヨーロッパの生々しい様子、そして人々の息づかいが伝わってくる名文である。
連載全体については、下記の通り。
今日は、①9月17日二面「失われた言論:離反する“思想の闇”、勝利のみが支えた独裁」から、「二つの戦勝演説」の部分を紹介する。(旧字体の漢字、および旧仮名づかいは改めた。)

【二つの戦勝演説】
「さる五月八日の夕べのことだ。全欧州の教会という教会の鐘は、平和克復のよろこびを□□たる余韻に托して、鳴りひびいていた。ふたたび起った独逸は、ふたたびそこに屈したのだ。天は勝敗を公平には分配しない。わが伯林(ベルリン)大使館の防空地下室で、われわれはその鐘の音を人ごととしてきくことはできなかった。みんな黙々として、それぞれの物思いに耽(ふけ)っていた。誰かがラジオのスイッチをいじった。波長はロンドン放送局だ。ジョージ六世のすこぶる人間的な声が対独勝利の日の勅語を読んでいる。背景にやはりウエストミンスターの鐘の音がきこえてくる。そのあとでチャーチルの演説がはじまった。それは彼の生涯になされた演説のなかで、最も確信にみちた得意の絶頂にある言葉であった。今後世界を支配する民主主義はわれわれの考えているデモクラシーでなければならぬ、と彼が突如としてデモクラシーの解釈について問題をなげだしたのもこのときであった。しかしこのチャーチル演説のなかで、筆者に打ちのめすがごとき痛撃をあたえたのは、次のような一句である。

《余はこのたびの戦争を通じて、われわれイギリス人がもっている議会制度が、政体として地球上で最もすぐれた組織であることを確信した。大英帝国の勝利は実にわが政体の勝利、言論の勝利であった。》

彼は欧州の全体主義独裁国家が、何故に敗退しなければならなかったかということを、みごとな間接法の表現のなかに的確に喝破した。敵も味方も、あるいは政敵も同志も、すべてのイギリス人がこの勝利の日の瞬間に、彼の言葉に自らなる誇りを感じたにちがいない。筆者はチャーチルの言葉をききながら、ちょうどそれとは全く対蹠的なあの日のヒットラの言葉を思いだしていた。それは一九四〇年の夏、フランスを六週間の電撃戦で圧倒したヒットラが花と旗で埋った伯林へ凱旋してきた時のこと、国会の壇上にたった彼は、満場を睨みつけて絶叫した。

《諸君、余はこのたびの西方における戦闘の経験を通じて、われわれ独逸が現在もっている国家社会主義(ナチズム)が地上における最もすぐれた組織であることを確信した。この戦争が完全なる独逸の勝利に終った暁には、余はますます国家社会主義者として徹底するであろう!》」
(次回、「誤れる栄光の眩惑」に続く)

ここで、二つの点について触れておきたい。 
第一は、チャーチルが反共主義者であったこと。したがって、「われわれイギリス人がもっている議会制度が、政体として地球上で最もすぐれた組織であることを確信した」という表現は、単に「国家社会主義」との比較ではなく、ソ連邦の「社会主義体制」を意識したものであったと言うことが出来る。
 第二は、つい先日、イギリス議会が、米オバマ政権が打ち出した「シリアへの武力攻撃」に同調するイギリス政府の提案を否決したことは、記憶に新しいところである。この点では、チャーチルが強調した「政体として地球上で最もすぐれた組織」の伝統が息づいていることを証明したとも言えよう。


前ベルリン支局長 守山義雄著「ヒットラ来り去る」の見出し一覧。 
①9月17日二面 失われた言論:離反する“思想の闇”、勝利のみが支えた独裁。
②9月18日二面 制服文化の失敗:沙漠のナチス楼閣、恐喝者をつくる教育。
 (9月19日、20日は刊行停止)
③9月21日四面 ルーレットと戦争:切りあげの“潮どき”、運命かけた恐ろしい偶然。
④9月23日二面 開戦の秘密:遂に陥る侵略の轍、鍍金のはげた戦争目的。
⑤9月24日二面 英雄国を滅ぼす:買手なき“民族理論”、こけおどしの「舞台美術」。
⑥9月25日二面 世界戦の遺:業病の血、軍国主義。同胞よ、新鮮な空気の中に。

〔次回以降の予告〕①9月17日二面「失われた言論:離反する“思想の闇”、勝利のみが支えた独裁」の全文を、「二つの戦勝演説」のあと、「誤れる栄光の眩惑」、「自由なきペンの兵」、「盲聾唖の奴隷状態」の順で紹介します。


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by kenpou-dayori | 2013-09-30 07:15 | ナチス
2013年 09月 30日

憲法便り#336 昭和20年9月30日「日本の民主化、憲法民主化の日歴」

今日は、昭和20年9月30日付『朝日新聞』に基づいています。

昭和20年9月30日(日)

[社説]
「言論制限の撤去」

[日本に関係する英米の動向および世論]
日本の四大財閥の処分検討【ロンドン二十八日発BBC=同盟】
対日経済使節を近く派遣【ロンドン二十八日発SF=同盟】

[日本国内]

〔連合国最高司令部の動き〕
連合国司令官「新たなる措置」通達:新聞・言論の自由へ、制限法令を全廃。五段階の措置完了。

〔政治〕
連載・関口泰著『議会制度の改革』(下)「華族の特権廃止、貴族院は職能代表的に」
*同連載(上)9月27日付「真の民意を反映、偽りの挙国一致を打破」
 *同連載(中)9月28日付「総選挙の主題に、運動方法大革新が必要」

〔経済・産業〕
個別的に申請手続き。軍需工場転換の処理方針決る。
百トン未満漁船の出漁区域拡大。
貯蓄増強、奨励委員会から蔵相へ答申。

〔行政・司法〕
戦時諸法令の廃止。
都市の膨張を抑止、警察改善調査会設置:内相との一問一答。

〔戦犯問題〕
戦争犯罪人の摘発、法相が積極化を言明。
東郷前外相、阿部大将に逮捕命令。

〔社会・労働〕
人権の徹底的保護、弁護士報国会から建議。
省線(国鉄)の乗り越しができる、五十銭の均一回数券発売。
〔復興〕
浅草六区の復興策:道路の幅を広げて、建て坪は四分の一。観音様も近く遷座式。倍に広がる新仲見世。
全都一斉に清浄化運動、明日から十日間。
神奈川戦災三市の地代、坪二円が最高。
〔生活用品・食糧事情〕
旅行者外食券の有効期間を延長。

〔文化・スポーツ〕
学生スポーツの在り方:銃剣術、射撃は禁止。野球は全面的に。文相、大学高専校長らと懇談。

〔復員および外地からの引揚げ〕
遅れる外地部隊の復員、船舶二十六万トンは民需輸送に使用。
残留邦人援護に出先機関の残置。内相、外地の状況を語る。

[外国]
赤軍一千万を復員【モスクワ二十八日発SF=同盟】
独一千名に逮捕命令【ロンドン特電二十八日発=AP特約】
米陸軍死傷八十万、うち死者二十万五千九百十八名【ワシントン二十八日発SF=同盟】
イタリアとユーゴの国境画定、未解決問題なお山積。


※本書『心踊る平和憲法誕生の時代』の注文については、こちらから

by kenpou-dayori | 2013-09-30 07:00 | 戦後日本と憲法民主化報道