岩田行雄の憲法便り・日刊憲法新聞

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2013年 10月 01日 ( 2 )


2013年 10月 01日

憲法便り#341 歴史の証言『ヒットラ来り去る』より、第二話「誤れる栄光の眩惑」 

今日は、①9月17日二面「失われた言論:離反する“思想の闇”、勝利のみが支えた独裁」からの二回目、「誤れる栄光の眩惑」の部分を紹介する。(旧字体の漢字、および旧仮名づかいは改めた。)

【誤れる栄光の眩惑】
人間の智慧には限りがあるものとみえ、勝利者としても言い廻しは、ヒットラの場合もチャーチルの場合も変りはない。然しその内容は二つの両極端である。国会とはいうもののナチの国会はヒットラの演説に黙って拍手をおくる機関であり、制服をきておし並んだ議員からは一言の質問も発言もない。当時ナチスの精神は大部分の心ある独逸人からは嫌われていた。然しつぎつぎにヴェルサイユ条約を打ち破って行った外交の功、さらに戦えば必ず勝った圧倒的な軍事上の成功、すなわちまのあたりに独逸の国権が□□と伸びてゆくのをみて、国民の目は漸く□んできた。(日本にもそういう時期があった!)フランスから凱旋してきたヒットラを迎える伯林市民の空前絶後の熱狂は長い間虐げられてきた人間の弱点を暴露した一つの悲劇ともみることができる。党と国民がピタリとかさなって、一つのものにみえたのも単なる錯覚にすぎなかった。それが証拠にそのときヒットラの演説をきいた大部分の独逸人は、おやおやそれじゃ約束が違うといいたいような顔をしていた。暗黒の警察政治、思うことの言えない組織、戦争に勝つためならさしあたりはそれも辛抱しようけれど、たのしかるべき勝利の戦後に、ヒットラがますますナチスに徹底するんではたまったものではないぞ、というのが独逸市民のいつわりない肚の中であった。まことにこのときのヒットラの不用意な失言(?)は、ようやく見直そうとしていた独逸国民の興奮に冷水を浴びせかけたようなものであった。かつてはヒットラを偉大なる民衆政治家となした批評もあったようだけれども、筆者のみるところでは彼は暗愚の大衆を率いる行動の英雄であり独逸社会の中核をなす西欧市民たる真の民衆の心を把握することはできなかった。政治家というにはあまりにも『政治』のない行動で終始一貫していた。もし彼に『政治』ありとすれば、それは党争テクニックの延長に過ぎない。要するにヒットラは七千万大独逸の国政を担当する人物にしては、あまりにも極端な国粋政党の指導者にすぎなかったのである。伯林にある世界各国の外人記者に、見たままのナチス、感じたままのヒットラを堂々と通信せしめるほどの自信をもった独逸宣伝者であったならば、独逸は今日のような哀れな姿になっていなかったろうとおもう。」
(次回、『自由なきペンの兵』に続く)

この文章の中の、「ヒットラ」を「安倍」に、「伯林」を「東京」に、「独逸」を「日本」に、「ナチス」を「自民党」に、「戦争」を「オリンピック」に置き換えて読んでみることは可能であろう。


前ベルリン支局長 守山義雄著「ヒットラ来り去る」の見出し一覧。 
①9月17日二面 失われた言論:離反する“思想の闇”、勝利のみが支えた独裁。
②9月18日二面 制服文化の失敗:沙漠のナチス楼閣、恐喝者をつくる教育。
 (9月19日、20日は刊行停止)
③9月21日四面 ルーレットと戦争:切りあげの“潮どき”、運命かけた恐ろしい偶然。
④9月23日二面 開戦の秘密:遂に陥る侵略の轍、鍍金のはげた戦争目的。
⑤9月24日二面 英雄国を滅ぼす:買手なき“民族理論”、こけおどしの「舞台美術」。
⑥9月25日二面 世界戦の遺:業病の血、軍国主義。同胞よ、新鮮な空気の中に。


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by kenpou-dayori | 2013-10-01 08:00 | ナチス
2013年 10月 01日

憲法便り#340 昭和20年10月1日「日本の民主化、憲法民主化の日歴」

今日は、昭和20年10月1日付『朝日新聞』に基づいています。

昭和20年10月1日(月)

[社説]
「国民政治」

[日本に関係する英米の動向および世論]
皇室の在外資産の取扱いも検討、クレーマー大佐言明。【サンフランシスコ二十九日発SF=同盟】
極東委員会設置、開催地は東京か。米の提案に各国賛意【ロンドン特電二十九日発AP特約】

[日本国内]

〔連合国最高司令部の動き〕
満鉄、鮮銀、台銀など即時閉鎖を指令。最高司令官、役員の罷免も命令。建物立入も禁止。
連合軍経済科学部長言明。日本の食糧窮迫。

〔経済・産業〕
證券市場再開は延期。

〔行政・司法〕
警備隊を増強し、監察制度独立へ。警視庁の新機構。

〔戦犯問題〕
東郷元外相出頭。

〔社会・労働〕
適正賃金設定、松村厚相車中談。
「労働組合準備会」結成。旧全評系、荒畑勝三氏も参加。

同盟通信社解散。

〔生活用品・食糧事情〕
二合三勺復帰不能、収穫五千五百万石なら上々。
新米供出の皮切り、越後の稔りゆたか。

〔文化・スポーツ〕
懐かしのグローブ、ネット裏には野菜畑。明大野球部の初練習。

〔国外の日本軍〕
二十九日に、ハノイで日本軍の降伏調印式【ハノイ二十九日発SF=同盟】
在支日本軍の武装解除進む【重慶特電二十九日発=AP特約】
日本兵捕虜アメリカで労働【ワシントン特電二十九日発=AP特約】
タイで虐殺日本将校の責任を検証【バンコック特電二十九日発=AP特約】

〔復員および外地からの引揚げ〕
陸軍内地部隊の復員八割以上完了、遺族扶養料は停止せず。

〔進駐軍の動向〕
第六軍司令部、京都へ進駐。
豪州空軍も近く進駐。
大津へ進駐下検分。

[外国]
中国の統一未だし、国共交渉を再開【重慶特電二十九日発=AP特約】
中国から賠償交渉代表【重慶二十九日発SF=同盟】
フィリピン、日本へ賠償請求。
満州の赤軍撤収開始。
ギリシャ、イタリアへ賠償請求。
独逸に新通信社設置。


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by kenpou-dayori | 2013-10-01 07:00 | 戦後日本と憲法民主化報道