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岩田行雄の憲法便り・日刊憲法新聞

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カテゴリ:追悼( 3 )


2018年 05月 20日

憲法便り#2617:西城秀樹さんの急逝に、心からお悔やみを申し上げます。

2018年5月20日(日)

憲法便り#2617:西城秀樹さんの急逝に、心からお悔やみを申し上げます。

数年前、西城秀樹さんのステージを、一度だけ観たことがある。

彼が、リハビリを兼ねて出演していた「同窓会 コンサート」である。

かれは、最盛期のような過激な動きは避けて、『ヤングマン』を歌っていた。

私は、人生で初めて、立ちあがって、「YMCA」の振りでおどりながら、観客と一緒に歌った。

楽しく、そして、懸命に生きる姿に、ほろりとした思い出である。

人生100年時代といわれ始めたいま、63歳は、あまりにも若い。

心から、ご冥福をお祈り申し上げます。























by kenpou-dayori | 2018-05-20 10:38 | 追悼
2018年 01月 28日

憲法便り#2391:野中広務さんのご逝去に対し、心からのお悔やみを申し上げます。

2018年1月28日(日)(憲法千話)

憲法便り#2391:野中広務さんのご逝去に対し、心からのお悔やみを申し上げます。

憲法をめぐる情勢が厳しい中で、本当に惜しい方をなくしたと思います。

一般的には、あまり知られていないと思うので、以下に、日本平和委員会の活動ブログを引用して、「知られざる野中広務さん」について紹介いたします。

わたしは、畑田重夫先生の米寿をお祝いするこの会に参加しましたが、風邪気味で、かなりの熱があったので、シンポジウムだけに参加をしましたが、その際に、初めて、野中さんのお話を聞き、感銘を覚えたことを今でも鮮明に思い出します。
参加者は、400人という報告があります。

野中さんは、この会の呼びかけ人の一人でした。

実は、野中さんが政界を引退なさった直後に、拙著『検証・憲法第九条の誕生』を、ご自宅あてにお送りしたことがあります。

野中さんのご冥福をお祈りします。

【東京】畑田重夫代表理事米寿のお祝い

【東京】畑田重夫代表理事米寿のお祝い
「1分でも長生きして 平和に貢献し続けたい」


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 9月5日に88歳の誕生日を迎えた日本平和委員会代表理事の畑田重夫さんの米寿を祝い、神奈川県川崎市のホテルで祝賀記念会が開催されました。発起人には日本平和委員会代表理事の面々をはじめ、各界の名士が名を連ねました。
 畑田さんは「20世紀の教訓と21世紀」と題して記念講演。20世紀が「戦争一色の世紀だったと見るのは一面的で、大切なのはあらゆる面で民主主義が着実に発展を遂げたこと」と強調。21世紀初頭におけるアメリカのちょう落傾向を指摘するとともに、東日本大震災後においてはあらゆる関係で「憎悪や差別、排除、戦争ではなく、人命の尊重、助け合い、平和、連帯の方向へかじを切り替えることが切実に求められる」と述べました。日本の「政治の劣化」を指摘するとともに、「たえず民度を高めるため、学習を深め、広めることの大切さ」を訴えました。
 続くシンポジウムでは、コーディネーターに東京大学大学院教授の小森陽一さん、パネラーには畑田さんのほか元NHKの戸崎賢二さん、田村智子参議院議員が登場。「政治の劣化」とともに「ジャーナリズムの劣化」を指摘、これを告発し打開しようと確認しました。

野中元内閣官房長官も祝辞
 祝賀会では、日本共産党の市田忠義参議院議員、故瀬長亀次郎・元衆議院議員の二女である内村千尋さん、東北大学名誉教授の河相一成さん、野中広務元内閣官房長官が祝辞。野中さんはともに学んだ旧制中学時代や同窓会の思い出、畑田さんが都知事に立候補した当時の思い出を紹介、「畑田先生が平和の先頭に立ち、我々の先頭に立って活躍されることを心から期待します」と話しました。
 元プロ野球選手の王貞治さんから祝電が寄せられました。内村さんらによる琉球舞踊の他、歌手の佐藤真子さん、きたがわてつさんが熱唱、会場は大きくわきました。
 畑田さんは最後に謝辞を述べました。「この日を持って私の社会的活動を含む人生が終わるわけでは決してありません。皆さんの善意と好意に満ちた気持ちに応えるためにも、本日を契機にいっそう健康に留意し、一日でも一時間でも一分でも元気で長生きし、平和と民主主義と社会進歩に貢献し続けたいという決意を新たにしています。健康と命にまさる大義なし。どうかご自身の健康と命にこだわってくださるよう、切にお願いします」
(平和新聞2011年9月15日号)


by kenpou-dayori | 2018-01-28 20:34 | 追悼
2016年 08月 08日

憲法便り#1823:【追悼】横綱千代の富士関

2016年8月8日(月)

憲法便り#1823:【追悼】元横綱千代の富士関


大相撲ファンとして、元横綱千代の富士の急逝のの報に接し、驚き、大変悲しんでいる。

土俵における千代の富士の業績は、大相撲ファンのみならす、多くの人々に知られている。

したがって、私は、ここでは、違った視点から、千代の富士関の業績に触れて、追悼の一文としたいと思う。

かつて、『東京新聞』スポーツの欄に、「ウルフの目」という、場所中の大相撲の解説記事が連載されていた。

この連載は、1991年名古屋場所から、2010年5月場所までの19年間にわたって続けられた。

回数にして、実に1710回。

「ウルフの目」の解説は、鋭く、説得力があり、スポーツ記者の解説よりも数段優れていた。

したがって、読むのが楽しみであった。

本にまとめれば、2,000頁に及ぶ平成時代の大相撲の歴史を語る大作となる。

東京新聞に尋ねたところ、残念ながら、出版はされていないという。

「名力士は、名解説者であった」。

これが、元千代の富士関に贈る言葉である。

心から、お冥福をお祈りします。

by kenpou-dayori | 2016-08-08 21:50 | 追悼